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禅とオートバイ修理技術 ロバート・M・パーシグ |

禅とオートバイ修理技術 ロバート・M・パーシグ 1990・4 めるくまーる社
ジャンル ニューアカデミズム
全体としては、作者が友人夫婦及び、自分の息子と計4名で、キャンプツーリングをしながら考えた事。を、書いてあるのですが、オートバイの事、キャンプの事、メインテナンスの事が、具体的に書いてあるわけではありません。
では、何が書いてあるのか・・・?
この本に作者が書いているのは、物事の認識の仕方、考え方、感じ方には、ロマン的思考と、古典的思考が有り。オートバイに乗るという行為は、ロマン的である。しかし、オートバイが不調になり、それをメインテナンスしようとした場合、このロマン的思考は、役を成さない。そういった場合には古典的思考が必要である。
そして、この古典的思考にて、世界、或いは自分、自分の内面、他者、自分を取り巻く状況等を認識する行為は、重要で、かつ楽しい・・・。
と、同時に、この二つの思考の融合、バランスが大事である。
更に、多くのアメリカ人はロマン的思考に偏り勝ちで、トラブルになった場合にヒステリー的に成りやすい(その例ととしての友人)。
また、この古典的思考、或いはそれによって世界、自分の内面等を認識する作業は禅的である・・・。
と、いった事ではないかと想うのです。あるいは、作者がツーリングを通してこうした考えをする事が書いてある気がします。
???ロマン的思考、対、古典的思考?
ゴシック→バロック→ロココ→新古典主義→ロマン主義→印象主義・・といった、西洋の文化の流れから採っているのか判らないですが、初めて読んだ時にはこの二項対立、或いは、言葉の使い方に違和感を覚え、最後までこの違和感に引きずられ、しっくりと来なかった覚えが有ります。
そして、何年か後に読み返してみると・・・。
この、ロマン的⇔古典的、とした考え方。私なりに翻訳すれば、感覚的⇔分析的、表面的⇔内面的、文系的⇔理系的、感情的⇔理性的、形而下⇔形而上、直感的⇔論理的・・・・・・・・・。でも良いのかな?
そう想って読み返すと、ちょっとすっきりしました。
しかし、だとすると、この古典的と作者がした思考パターン。これに近いものは、私は物心付いた頃から、当たり前にしていた様な・・・・・。(だから、周りから”暗い”と言われる事が有ったのかも知れませんが)
なかなか、他の方の思考パターンって、判り辛いですが、日本人は昔からこういった思考の人は多いのでは・・・・。
まあ、だからこそ、禅といった事も我が国でひろまったのかもしれません。
閑話休題、確か、1980年頃から、根アカ⇔根クラ、なる言葉が流行りだし、根クラ=悪い。といった風潮になった様な覚えがあります。
この本の言う、古典的思考って、ある種、自分の内面を掘り下げる思考=根クラの思考とも言えるのでは・・・・。
何だか1980年頃から、根アカ=軽い、思考が持て囃され、世の中の軽薄化が進み、その後にバブルがあった様な気もします。特に、メディアの軽薄化は、更に進んだのでは・・・・?
まあ、其れはそれとして、たまにはこういった読み甲斐のある本も良いですよ。
ますた
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