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2018/08
24
[ #1046 ]

古地図展

 先日これを観て来ました。


   古地図展


   広島県立歴史博物館の企画展示  「日本人の地図づくり」

 
 古い地図、好きなのです。


 といいますか、
 連日の殺人的猛暑ゆえと言うこともあるのでしょうが、先月の豪雨災害以降何とはなしに元気が出ない。
 この一月余りはひたすら店と自宅の往復のみ、晴天の日が続いているにも関わらず単車も車庫の肥やし情態。
 (まあ、私が良く使う交通量の少ない道、今だ道端には瓦礫の山、路面には砂、各所で片側交互・・・・という状況もあるのですが)

 しかし何時までも引きこもって鬱々していても仕方ない・・・、といったところにこの展示。
 これは久々、単車を引っ張り出し元気を取り戻そう・・・という事です。


 で単車で福山に向かったのですが、途中結構な雨量の通り雨・・・・何故に私が単車を引っ張り出すと・・・・・・という気分。


 雨粒

 ホント・・・・。



 それはさておき今回の展示内容ですが、17世紀中期の江戸幕府の地図編纂事業に関連する古地図が前半のメインかな?
 そこから江戸期を中心としたわが国の古地図、およびその関連の品。後半には蝦夷風俗図等およびその関係のもの等々といった展示。
 また「海国兵談」の実物も・・・・。

 はい、私好みの物が多く展示されていました。


 しかしそれ故余計にストレスが溜まるといいますか・・・・。
 そう、どれも直に手に取って眺めたい物ばかり・・・。しかし対象はケースの内。
 ね?ストレスでしょ?

 確かにタブレット等も活用され工夫された展示とは想うのですが、やはり”直に手に取りたい”という想いが・・・・・。
 展示図録の購入も考えはしたのですが、印刷だと細かい部分(特に文字等)がつぶれて読みとれないのですよね・・・・。
 


 それはそれとして、2Fにて同時に行われていたこのミニ企画も見せていただくことに。


 オッペケペー


 1900年、川上音二郎のロンドン公演の音源が聞けたり(1900年のパリ万博にあわせ結構な数の日本の芸能人がヨーロッパに渡りパリを中心に周辺のヨーロッパ諸国を公演して廻った筈で、その時の物でしょうね)。
 しかしこれまたケース内で細かい文字が読み取れない・・・・(最近、歳で目が・・・・・)。
 
 1・2Fとも完全に好みの企画で良かったのですが、その分ストレスも・・・・といった感じですかね?
 でも興味深かったですよ。


 その後は幹線道では無く、裏道を・・・・。

 各所に豪雨災害の傷跡が残っていました。

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2018/04
06
[ #1015 ]

桜を横目に・・・

 先日の火曜日、初夏の様な陽気に誘われオートバイを引っ張り出し近所をウロウロ。

 向かったのは下蒲刈島の三ノ瀬地区、朝鮮通信士の寄港地として著名な地区で、一寸気になる物も有り此処を最初の目的地とした訳ですが、駐車場にバイクを停め少しばかり散策と歩き始めると周辺が妙に静か。
 そうこの地区の美術館・博物館等々の施設、火曜日が休館日と記してあります。又故にみやげ物屋さん等も休業日。広島県のこうした施設の多くが月曜休館ですので何も考えず訪れた訳ですが”大失敗”(もう少し慎重に行動しないと・・・・)。

 また各施設等閉まっています故トイレも・・・・、で役所にお邪魔しトイレを拝借しトイレ休憩のみで次へと向かうことに・・・(三ノ瀬は改めてリベンジですな、まあ何度も訪れている場所でもありはするのですが・・・)。


 
 で、次にバイクを停めたのはこちら・・・・

     観音崎


 愛媛県の岡村島に在ります”観音崎という場所。向かいは大崎下島で広島県。
 といいますか、真向かいに御手洗の常夜灯が見えます。そういう場所です。

 御手洗は何度も訪れているのですがここは足を踏み入れて無かったので、今回は此処に。
 さて岬の上までバイクで・・・とも想っていたのですがこの看板のすぐ脇にこれが・・・・。

      2輪は・・・


  
 はい、真面目にバイクを降り徒歩で遊歩道を観音堂まで登ります。


 此処を音訪れたのはこれを観てみたかった故です。

     地蔵




 この近くお不動さんを祭った祠のそばにこうした説明文があります。

 説明文



 また、以前聞いた話では、
 「身の不幸を嘆き身投げをした御手洗の遊女の遺体がこの観音崎沿岸に打ち上げられる事が多く、その引き取り手の無い彼女たちの骸を当時の島民達が無縁仏として松林のなかに埋葬し墓をたて供養した~~」

 どちらが正しいか?何て事を断定するのは難しいですが、話としては後者の方が古いと想われますので、実際に此処に遊女の遺体が流れ着いた事が有ったのでしょう。他の案内板等にも”遊女の墓”と記されていたりもしますしね。


 またこの遊女の墓のある観音崎の突端、これ以外にも観音堂等や古い常夜灯等もありまして。
 その常夜灯・・・、

 元文年間


 元文の文字が刻まれています(既にそのころより沖乗り航路が活性化していたということでしょう)。

 
 またその周辺も含め遊歩道やちょっとした公園に整備されておりまして、ちょうど桜が満開~散り始め。
 桜吹雪の下を散歩させていただきました。

 桜



 しかし、こうして桜の舞う中、こうした句を眼にしますと、色々な思いが浮かんできます。

  句碑


 
 一時間余り居たでしょうか?そこからせっかくなので御手洗にも立ち寄ります。


 それが此処も火曜日は各種施設はお休み・・・・。

 まあ何度も来ている場所でも有りますし、というか此処もいつかリベンジですね。


 それに今回はこうした物を手に御手洗の街並みを歩いてやろう、という気で立ち寄った面もありまして・・・。

 089.jpg 090.jpg


 昭和初年の職業別明細図です。


 これを頼りに歩いてみますと、結構往時の建物が残っております(平成3年の台風19号の被害でかなり崩壊したという話も聞いていたのですが・・・・、)。


 例えばこれは往時御手洗券番だった建物。

 元芸妓券番

 
 やはりどこか粋な風情が残っていますね。


 そんなこんなでしばらく街を散策させていただいた後、天満宮にも立ち寄り・・・

 天満宮


 散り際の桜を愛でさせていただき



 更にこちらに・・・・。

 070_20180406134618053.jpg


 此処はこうした場所です。

 071.jpg



 084.jpg



 此処に並んでいるお墓、享保から慶応辺りに掛けての年号が記されています。唯、殆どが戒名が記されているだけで俗名は無く、本当に全てが遊女の墓か?というと少々疑問も・・・・・。


 まあ、色町や風俗に関する話というのは中々難しいですしね・・・・・。


 又いつか訪れてみたいと想い、夜は仕事なので早々に退散。



 そんなこんなの今シーズン最初のバイクでの散歩(プチツーリング)でした。
 
 
 

 追記

 
 帰りがけに一寸だけ遠回りして、宿根の江戸彼岸の巨木に立ち寄り。

 昨年から丁度1年での訪問。
 昨年はつぼみでしたが、今年は風に花びらが舞っていました。
 今年の桜は本当に早いです。


 宿根の江戸彼岸



 

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2017/06
07
[ #939 ]

千代田辺り

 先の日曜日、余りに良い天気ということもありガレージから単車を引っ張り出し軽く跨る事に・・・。

 22年前から所有しているこいつです。
 
  1号機


 たまには跨ってやらないと機嫌がね・・・・、ということで。

 向かったのは千代田町辺り。


 この千代田町辺り、日帰りツーリングの途中やスキー場の帰り等に良く通過していたのですが目的に設定することはしばらく無かったのですが(最近私がツーリングの目的地に設定するのは殆ど元遊郭地ですしね・・・・笑)。
 唯、通貨のたびに道路沿いの看板等に少し気になるものがあり、今回はそこに行ってみることに。



 それは古保利薬師(古保利山福光寺 現廃寺)。
 現在は廃寺ですが、その跡地に寺由来の古い仏像が多数保存展示したありました。


 千手観音

 これは千手観音像


 ここでしばらく仏様とにらめっこ・・・です。
 また管理人の方に寺や仏像の由来等を色々説明いただいたり(元々9世紀建立の密教寺院で山門と薬師堂が弘法大師建立とか)・・・・。


 元が密教寺院という事で立派な仁王像も
 
   仁王
 
 


 そんなこんなで当地の歴史等に妄想を膨らませた後、壬生の街中まで戻ります。

 自宅から県道を繋いで千代田の道の駅にたどり着いたのですが、其の周辺いたる所に”壬生花田植え”と記された幟がはためいており・・・観光案内にて尋ねてみますとちょうど本日開催との事。
 花田植え、以前から気にはなっていたのですが直接目にする事は無く、これは良い機会と愛でさせていただくことにした訳です。


 駐車場に単車を停め、会場方面に商店街を歩いておりますと丁度飾り牛の行列が・・・・。

   飾り牛


 どの牛も見事に飾ってもらってますね。



 そして牛による代掻き~花田植えと見学・・・・。

 花田植え


 一寸観光化されているきらいはありましたが、良かったです。
 こうした物を観させいただきますと、昔(江戸以前)の我が国の美しさとか精神的豊かさ・・・・といった事を思いますね。
 田植えという辛い作業を楽しみに変える工夫。神々(自然神)や自然に対する感謝の作法の数々。祭りのハレやかさ・・・・。
 等々、等々・・・・。


 細かいことを書くときりが無いのですが、この早乙女の赤いけだし何てハレの日を端的に現してる気も・・・・。というと叱られますかね?

 けだし



 ということで、しっかり楽しませたいただきましたので他の場所を廻るのはやめ、素直に帰宅することに(一寸だけ遠回りで)。

 また帰りがけ商店街にこんな表示が。


 集落図

 
 壬生地区の明治30年代の集落図ですが、私が店をさせていただいている東広島市周辺との類似性等含め、安芸のくにの歴史等にも妄想が拡がりました・・・・(遊郭は記されて無さそうで・・・ 笑)。


 天気も良くリフレッシュ出来た一日でした。

 
 

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2017/04
07
[ #924 ]

広島市内にて

 一昨日は某インポーター様のワインの内見会(試飲会)の為広島市内に出向いておりました。

 
 またこちらの試飲会、こんなグラスが使用されるのですがこれが良いグラスで(個人的意見)、いっぱんのテイスティンググラスより美味しく感じれれる気がします。


  テイスティンググラス

 
 そんなこんなで、何はとまれ出品されているワインの殆どに口を付けさせていただき会場を後にしました(ありがたい事です)。


 それから天気も良いし、ポカポカ陽気で暖かいという事もありまして酔い覚ましがてらこちらを少しばかり散歩・・・・。


      川沿いの桜

 平和公園ですね。見ごろの桜が美しかったです。

 そこから昼食がわりにとワインバーに引っかかり(まだ飲むのか?)、さらに周辺を散策。


 先ず立ち寄ったのは浄国寺。此処にはこんな物があります。


      六地蔵

 六地蔵。

 このお地蔵さん、原爆で一体の首が切れて飛んでしまい行方不明になっていた物を奇特な方が見つけられ戦後再びこうして祭られる様になった物とか・・・。

 側にこのような碑があります。

     碑




 そこからさらに少しあるいてこちらの建物を愛でに・・・・。


    券番


 この建物は・・・・・。


           券番2




 先日廃業された”広島券番”の建物です。


 という事は今年まで広島市内にも芸妓さんがいらっしゃった訳ですね・・・・・。
 知りませんでした(うかつでした!)。

 しかし広島市内、花街のイメージが無かったのも事実ですよね。特に戦後は・・・・・。
 このあたり、舟入・土橋・小網町・堺町(旧地方町・西新町)周辺・・・・往時は遊郭地だった訳ですが原爆にて焼け野原になったわけでして、戦後にも券番が有ったとは実は知らなかったのです・・・・。


 閑話休題、そんなこんなでこの建物が解体される前に愛でさせていただいたという訳です。
 こうした建物、全国的に急速に無くなって来ていますしね・・・・・。




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2015/10
09
[ #762 ]

ピカソ

 福山市立美術館の特別展を観てまいりました。
 現在開催中の特別展は・・・、


        ピカソ展


 ピカソ展。

 

 パブロ=ピカソ、近代を代表する芸術家で天才の呼び声も高いのですが、じっくりと鑑賞した記憶も無く。県内で特別展が開催されるとなればやはり気になる訳です(そういえば7~8年前に呉の私立で彫刻作品等を主体とした展示が有った様な記憶も有るのですが見逃しております)。
 そんな訳でいそいそと出かけて来ました。


 天気も良く、また季節柄も良いという事で単車を引っ張りでして・・・・等とも想っていたのですが、朝めざめますと連れ合いがこんな具合で・・・・、

 連れ合い


 流石にタンデムは無理だろうという事で電車の移動です。



 さて、肝心の展示ですが・・・・。

 先ず観始めて想ったのは、ピカソという作家、なんと言いますか南(ヨーロッパ)の方だな・・・という印象を持ちましたね(プリミティヴとか、海洋の血とか、古いタイプとか、日本なら縄文の血とか・・・・、まあ、そんな感じ)。

 そして更に観進めますと、この方、実はすごく真っ当な(病んでいない)方なのでは・・・?という印象。
 具象にしろ抽象にしろドロドロとした印象は無く、見ていて気持ちいいといいますか。嫌なものが残らないのです。
 大戦中の作品も暗くはありますが嫌な印象は無いのですよね。


 個人的には、ジャズ・ジャイアント、マイルス=デイヴィスを思い出したといいますか、印象がかぶるといいますか。

 どちらにしろ、ピカソが天才と呼ばれる所以の一端を見せていただいた気がします。
 特に50年代60年代の自由自在な表現力は天才の面目躍如といった印象も強く・・・・。



 展示の仕方としては、解説はやや少なめ。これはこれで観やすかった気がします。気になる物に関しては長椅子の上に置いてあります展示カタログを捲らせて頂けば良かったですし。
 また一部の作品に小学生向けと想われるサブ解説が付けて有りました。賛否両論ありそうですが、個人的には良い事では無いかと。

 全体的に小品が多めなのは、まあ地方都市の福山という事を考えれば仕方無いと思えますし、版画作品が多目なのは個人的には嬉しいのです。
 まあ福山でこれだけのピカソを観る事が出来る訳ですから満足です。
 (その割には平日という事もあるのか人は少なく、ゆったりと鑑賞出来ました)


 その後絵葉書を1・2枚購入の後、散歩がてら駅の南側に、途中こんな物が張り出して有ったりで・・・。

 古地図


 
 そこから、せっかく電車という事で、食事がてら昼酒を一杯。

 有意義な半日を過ごさせていただきました。


 因みに、購入した絵葉書の一枚。

 絵葉書


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2014/10
05
[ #652 ]

海田辺り

 先日良い天気でしたのでガレージからバイクを引っ張り出し近所を散歩、向かったのは海田市辺り・・・。

 海田市はその地名からも判る様に、江戸期には市の立つ西国街道の宿場町、本陣も置かれていたということで古い街並みや建物でも在ればということです。
 また瀬野川という水運にも良さそうな川も在り、また西には船越という地名。古くは貝田という字があてられていたという話もあって水の存在を感じる面も・・・、更に明治以降は山陽線と呉線の結節点として交通の要衝といった面も・・・。

 まあ、遊郭は存在しなかった様ですが(笑)、芸妓置屋は在った様です。


       地図



 という事でその辺りを歩いてみる事に・・・。



 旧西国街道沿いに江戸期の建物が、多くは無いですが残っています。

   海田3 海田4


 ただ本陣は説明板が有るばかり。

 説明版


 西国街道やその周辺をしばらく散歩。戦前の物と思われる建物も幾つか残り、小さいながらウダツの揚った建物が何軒かあります。

 駅の北側、西国街道との間が往時の繁華街でしょう・・・。


 海田2 床屋 海田

 現在は寂れ気味ですが幾つか雰囲気の有る建物も・・・・・。


 また散歩の途中こんな物も発見、

 レーサー

 確かここは地元では有名なマフラー(エキパイ)屋さんだった場所ですね。


  
 また、海田というともう一つ気になる物がありまして。
 それはこれ・・・、


    九十九橋
      九十九橋。


 一風変わった構造をしております。


 九十九橋3   (このアングルが判り易いかな、バイクが邪魔?)


 確か終戦直後の枕崎台風で先代の橋が流出、架け替えられた物です。


 九十九橋2

 昭和25年の竣工ですが、往時は敗戦に拠り資材不足という事で、山口県光市に在った海軍工廟の建物の廃材を再利用して架けられたとの事。
 確かに橋の部材としては一寸安っぽい”Lチャンネル鋼”で組まれています。
 更に各所に米軍の空襲で受けたと思われる弾痕が・・・。

 弾痕   (という事は、ブローニング12.7ミリ機銃弾の物ですかね?)


 そしてもう一つ、九十九橋には人柱が入っているという噂を聞いた事が有るのです・・・・。




 更についでと言っては何ですが、矢野の街にも少しだけ立ち寄りまして。

 この矢野の街、明治から昭和の前半にかけて”かもじ”の町として全国に名を知られていたそうで(全国で生産されるかもじの90%近くもここで造られていたとか)、何かそれらに関するもの(例えば資料館)でも有れば・・・、と立ち寄って見たのです。

 因みにJR矢野駅はかもじ(鬘)の形をイメージしてデザインされているとか・・・。


 矢野駅

 しかし、らしい物は見つからず・・・、強いて言えば”かもじの碑”が残っているくらい?

 かもじの碑


 洗い場?

 これは、かもじの洗い場跡かも知れませんが・・・。

 
 あと、海田や矢野も含めこの周辺、往時の軍の存在をけっこう感じるのですよね、招魂碑とかが多く・・・。
 考えて見ますと我々戦後世代は、広島=被爆地=平和都市と教育されましたが、戦前の広島は明らかに”軍都”。
 広島城址には一時期大本営も置かれていた訳ですし、呉には海軍も・・・。福山だって・・・。
 そして軍需工場も・・・。
 海田の自衛隊駐屯地も基は陸軍の補給品廠でしょうしね・・・。


 どちらにしろ、近所でも興味深い場所や事柄はまだまだありそうです。

 
 

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2014/07
22
[ #630 ]

梅雨が明けた様なので・・・

 梅雨明けしたという事を耳にしますとやはりバイクを引っ張り出したくなりまして・・・(海の日なので海に行けよって話もありそうですが)。
 また少しは車庫から引っ張り出してやらないと、バイクも私も黴そうでという事です。


 相も変わらず一人バイクに跨り、今回は西に・・・。

 バイクを停めたのはJR徳山駅近く、その昔、徳山にも遊郭が在ったという事で・・・。(笑)
 周辺地図等、何か良い観光パンフレットでも有ればと思い駅構内へ。


 観光パンフレットは無かったのですが、代わりにこのような物が張り出して有るのを見つけました。

 職業別明細図

 昭和10年版の徳山市職業別明細図


 嬉しいですね。思わずその前に座り込んでじっくりと・・・(殆ど不審者です。&裏面が気になります)


 戦前の徳山の遊郭辺り、ちゃんと券番が記載されてあります。

 券番

 (判りますかね)


 ということでその辺りを少し散策。


 が、 完全に今は昔です。
 確か徳山市も空襲で焼けておりますので戦前の建物を期待した訳では無いのですが、その何といいますか”土地の記憶”の様な物、気配といいますか、その様な物が感じられればと思ったのですが・・・・。
 妙に健全な街並みになっています。(というか寂れている?)


 このような物も少しは残っていますので、戦後も少しは飲食店等が有った時期も有るのでしょうが、現在は無機質な印象。
 
 栄町  栄町スナック

 上記の地図を見ても判りますが、元々小規模の遊郭であった事もあるのでしょうし、恐らく駅の開業後に造られた遊郭でも有るのでしょうから、土地の記憶という程の事も無いのかもしれません。
 (戦後は少し離れた場所に特飲街が造られ、そちらが盛り場に成った事にもよるのでしょう)


 ついでといってはあれですが、駅の南側も少し散歩。こちらの方が雰囲気は有りますね。鉄道駅と港の間ですしね。

駅裏

 木造4(3?)階建ての旅館があったり・・・・。

 戦後の特飲街周辺は別の機会とすることとして、次の場所に移動・・・・。


 それはこちら・・・。


 下松地図

 下松市です。(上記の地図から)


 下松市、山陽線の花園駅辺りに花園神社があり、その辺りを旧西国街道が通っており、本陣も在ったり古い町並みも残っているという話は聞いていたのですが、私が向かったのは下松駅周辺。
 その昔この辺りにも遊郭があったらしい・・・。という話も耳にし・・・・。


 先ずは歴史有る妙見宮に参拝。

 少々寂れ気味ですが興味を惹かれる存在です。

 妙見宮仁王門

 門前町は見事に寂れています。といいますか往時の繁栄の名残ですかね。

 また縁起書きも興味深く・・・。


 妙見宮縁起


 戦国武将大内氏由来もあり、また大内氏=百済系、またそれが南朝にも繋がり・・・・・・・。
 色々と妄想が広がります。


 で、街並みですが、結構らしい雰囲気が漂っていましたね。(ちょっと写真は撮り辛い気もしましたが・・・)

 昔の(料理)旅館や飲食店の建物が残っていまして・・・・。

 下松


 そこから更に笠戸島へとフロントタイヤを向け・・・・。
 海の日なので海とか島とかに立ち寄るのもね・・・・。
 と・・・・・いいますか、ある知人の方のお話で、その方の親戚が戦前笠戸島で遊郭(女郎屋)をやっていらっしゃった、なんて事を耳にしまして・・・。
 

 更にそこから北に向かい田布施の駅に。
 駅前に立派な唐破風の有る料理旅館が・・・・・。

 田布施



  閑話休題。田布施町周辺、兎に角明治以降、政治に深くコミットしている町。出身者を思いつくままにあげてみましても・・・・

 ・伊藤博文初代総理大臣・松岡洋右元外相・安部源基内務大臣・岸信介元総理・佐藤栄作元総理・宮本顕治元共産党書記長 等々・・・・・・。

 まあ個人的には、シベリヤお菊なんてのが気になるのですが・・・・。


 で、一寸民俗資料館を拝観・・・と立ち寄る事にしたのですが・・・・・

 休館日

 休館日・・・・。

 いきなり疲れが倍増です。  
 気温も上昇、寝不足でもありますし・・・・。
 やる気を殺がれ早々に帰宅する事に決定。 
 

 でも折角なので帰りがけ、岩国にも一寸立ち寄る事に・・・・。

 ここも戦前遊郭が在ったのですよね・・・・。

 こんな物が残っています。

 楼  木造三階  岩国

 (しかし山口県、当時そこかしこに小さな遊郭が存在していたのですよね。)


 それはさて置き、夏の到来をバイクで感じた一日でした。

 

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2014/05
12
[ #607 ]

古地図展

 昨日あまりに天気の良さに、ついついバイクを車庫から引っ張り出し・・・。


   歴史博物館
 


 地図を眺めるという行為は私の好きな事の一つ、また、少し古めの地図に興味を惹かれる面も強くバカナリヤのトイレにはこんな物が掛けてあったりで・・・。


 トイレの地図



 因みに場所は ”広島県立歴史博物館”。

 この地区、福山城本丸で有った場所なのですが、現在は福山城公園として整備され、他にも市立美術館や福山城博物館も在り、福山市の文化ゾーンを形成しています。
 芝生やこじんまりとした庭園も美しく(その割には人も多くなく)嬉しくなります。

 まあ城址という視点で見ますと、少しばかりきれい過ぎて哀感に欠ける気もしますが・・・。


 因みに天守閣等、昭和20年の戦災に焼け、今はRC造の博物館が建っております(JR福山駅は二の丸跡でしょう)。


 福山城

 折角なので公園内を散歩がてらその博物館にもお邪魔(上の展示の半券で少し割引がありました)。


 (この公園の猫はあまり人馴れしてない様で・・・・ 猫の尻尾 尻尾だけ・・・)


 
 更にそこから鞆の浦の民俗資料館に移動し関連展示も拝見。

 鞆資料館

 (こちらは半券で無料入館出来ました)



 また鞆に立ち寄ったのはもう一つ理由がありまして、それは・・・。


 保命酒


 海外向けに度数40度の保命酒が造られたという噂を耳にし、一寸気になっていたのですよね。


 何はとまれミニボトルを購入。通常の大きさの物が欲しかったのですが、バイクに積めそうに無いので断念。味見をして気に入れば改めて購入するか?という事に。

 酒蔵バイク

 製造元の岡本亀太郎本店


 こんな感じで半日うろうろして来ました。

   



 追記

 気まぐれにバイクの2次減速比を少しばかりロングに変更したのですが・・・・。
 かなり乗り味が変わったのですよね・・・・。
 
 一寸失敗かな?という気もしていたり・・・。
 
 何やってんだか・・・・・。
 

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2013/11
07
[ #553 ]

近くの街並み・・・

 先日、広島市内まで買い物に出たい用事が出来まして、外を見ると見事な秋晴れ、これはやはりバイクで行くべきだよね?とエンジンに火を入れる事に・・・。
 また、折角バイクを車庫から引っ張り出すのであれば買い物だけで帰るのも勿体無いな?と少しばかり足を延ばしてみました。 

 どこまで足を延ばしたかといいますと、大竹市の玖波地区。
 此処にも古い街並みが残っているという噂を耳にしておりまして。

 
 隧道

 幹線道路である国道2号のすぐ側に上の様な隧道が有り、この隧道から西に旧西国街道の街並みが残っておりました。


 玖波3

 こんな感じです。


 玖波地区の歴史については、私などが詰まらない事を書くよりも当地に設置して有りました案内板を読んで戴く方が早そうです。


 説明板


 しかし、広島~岩国間の2号線と言えば交通量の非常に多い幹線国道、このすぐ側にこうした街並みが残っていますのは少々驚きでした。
 少し西に行けば、大竹市の重工業地帯ですしね。
 

 私が店をさせていただいています東広島市西条地区も、その昔は西国街道の宿場町(更に古くは国府であったり、維新後は近代酒造の街としての面も・・・)、少し似た空気が有りまが、西条に関して言えば最近急速に開発が進んでいる印象。
 その点、玖波は昔の風情が残って居る様にも想えます。


 玖波  玖波2




 そこから広島市内へと取って返し、買い物の前に更に一寸バイクを停めてお散歩。


 停めた場所は、旧西遊郭跡周辺。

 とは言いましても広島市内は昭和20年8月に見事に焼け野原にされていますので、戦前の遊郭建築は当然存在しないのですが・・・。しいて言えば羽田別荘様が、殆ど結一当時の場所に残っていらっしゃいます(戦後間も無く再建されたとか)。


 羽田別荘


 この羽田別荘から北側に、当時西遊郭が拡がっていたわけですが、

 
 地図 昭和14年    明治27年  明治27年 (舟入遊郭地と記されています、開設はこの少し前)


 久々にこの辺りを歩いて一寸驚きました。


 実は30年程前、ほんの短い期間ですがこの辺りのアパートにいた事が有りまして。その当時の羽田別荘、広大な敷地に立派な石垣等も有り見事な存在感をたたえていた記憶が有ったのですが(更に夏には、その敷地内の日本庭園でビア・ガーデンが行われていたり)、現在では母屋を残し他は殆どが駐車場と化しています。


 羽田別荘2


 時代の流れといいますか寂しいと言いますか・・・。また、周辺地区も再開発真っ盛りといった印象。


 では、他に当時の空気を感じさせる物は無いのか?といいますと。


 川沿い

 川沿い周辺に連れ込み(ラブホテル)が多いのは土地の記憶でしょう。(そう言えば40年程前、親戚がこの辺りで一軒やっていた記憶が・・・) 


 川沿い2

 もしかすると、天満川沿いの遊歩道にある柵は当時の物か?また、土手に大きな柳の木が幾つか在るのももしかしたら・・・・。

 更に近くの公園に在るこんな物も当時の名残か?

 宗易型灯篭  神明型灯篭


 これ(井戸のポンプ)は当時の物でしょうかね?(此処以外でも広島市内、そこここに残されてます)。

 井戸ポンプ

 
 と、まあ。西遊郭の跡は急速にその気配を消して居るという事ですね・・・。(買い物はどうした?)





 またそれとは別の日ですが、紅葉を眺めに少しだけバイクを走らせてみたりもしておりました。

 
 野呂の紅葉2


 場所は、1980年代にしばしば訪れておりました峠道。

 野呂の紅葉

 
 バイクの味利きも兼ねてですかね(夏前に、カウルを外たもので)。

 しかし此処の走り方、完全に忘れてます(笑)。怖いの何の。
 
 ほんと、最近は観光ライダーです。


 

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