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2018/07
03
[ #1035 ]

今年の散策・・・

 今年も少しばかりリフレッシュ休暇といいますか、少々お休みをいただき色々と散策してまいりました(台下冷蔵庫も壊れてしまったし・・・・とか?)。
 周って来たのは兵庫津周辺~海雲台~旧沖之村(常盤)遊郭跡周辺&鶴丸城址・・・といったところです。

 
 先ず最初の目的地は兵庫津周辺・・・今で言う神戸市兵庫区ですね・・・・。
 
 この神戸市兵庫区の海際、古くからの重要な港町でして(今の神戸港は幕末以降の発展の印象が深いです)、古くは遣唐使、日宋貿易、日明貿易、北前舟、朝鮮通信士・・・等々の寄港地として名の挙がる場所、また平安末期には清盛が都を築こうとしたりと・・・・兎も角、日本史において重要な港町なのです(その割りに影が薄い印象も)。

 明治半ば以降に全国に鉄道網が普及するまでは海運(水運)が重要な輸送手段でして、人・物・情報といったものが水の上を移動していた訳です(最も最近では鉄道インフラも新幹線と都市部以外は見捨てられ気味ですが)。
 そしてこの兵庫の港(兵庫津・兵庫の関)はその中でも都に近く重要な場所、それ故に清盛も都を築こうとしたりした場所。
 また清盛といいますと、私の生まれ育った広島の瀬戸内とも関連深く音戸の瀬戸や厳島神社と関わりは直ぐに思い浮かびますし、まあその辺りも含め一度訪れてみたかったのです。


 そしてこれが兵庫の清盛像

 清盛像

 
 晩年の剃髪後のお姿ですね。この像があります住吉神社周辺に往時に関連するものが多く残され、また清盛の存在感が強いです。
 広島の清盛像、どちらかというと未だ若かりし頃といいますか上り調子の頃、対して兵庫は晩年の清盛を・・・という印象です。

 
 また運河付近に到着しますと、至る所にこのような幟が・・・・。

   幟


 知らなかったのですが、明治期に造られた兵庫運河を中心とした遺構が日本遺産として登録されたという事なのでしょうね。
 そういえば私が店をさせていただいている東広島の西条駅前の酒蔵が密集している地域も確か・・・・(もしかするとこの日本遺産、明治の近代産業遺構中心なのですかね?個人的には江戸以前が日本らしい気がするのですが・・・)。


 少々再開発され過ぎというきらいもありますが確かに雰囲気はあります。

 水門 1  水門 2

 この二つの水門やこんな風景

 兵庫運河



 で、私としてはこの写真に小さく写っている紅い橋にやはり惹かれる訳で・・・・。

 その橋、


 新川橋


 新川橋を南に渡った周辺、往時は新川遊郭として賑わった場所です。

 もっとも現在では再開発が進み当時の面影は全くといっていい程残っていませんが・・・・、


 新川 建物

 しいて言えばこの建物が一寸雰囲気でしたかね・・・。

 しかしこれら(遊郭の存在)もわが国近代の一つの側面ですしね、そうした存在を保全しても・・・と思うのは私だけでしょうかね?

 
 とまあこんな事を思いつつ兵庫運河周辺を散歩した後はそのまま北に歩き、新開地周辺へ・・・・。
 この”新開地”という地名、如何にもといった感で惹かれます。


 歩いて見ますと大衆演芸場が残っていたり・・・・。

 新開地劇場


 ドヤが残っていたり・・・・

 どや


 と、雰囲気です。

 まあ港近くは日雇い港湾労働者等々が必要とされる面もあり、こうした雰囲気ありますよね・・・・。
 


 で、其の新開地の直ぐ傍に旧福原遊郭跡がありまして・・・・、吉原・嶋原と並び、3原の一角を占めた著名な遊郭地、また多くの女性が働いていたことでも(洲崎等とともに)著名な場所。


 当然歩いて観ます・・・・。



 ここも空襲で焼けていますので古い建物は無いです。また、戦後直ぐの建物も少ないです。強いてあげればこのような旅館が数軒見受けられました。

 福原

 
 といいますか福原、しっかり現役の風俗街として存在しています。
 東京の吉原がマンション等に転換している場所が多かったり、歴史遺構的雰囲気を表に出そうとしていたりするの比べ現役感が強いです。


 福原 看板


 流石、関西ですか?



 とまあ神戸はこれ位で・・・・続いて(翌々日)こちらを訪れてみました・・・・。












 プサン



 反対から観ると・・・。

 プサン2



 完全に現役ですな・・・・。
 (因みに場所は海雲台、某所)


 夜はこんな風景になるのでしょう・・・・。
 
 ジオラマ


 このジオラマですが、タイトルは”金上等兵の休暇”とついていましてこちらに展示されていました。




 ラブランド

 
 済州ラブランドという場所です。


 済州島にありますテーマパークです。
 多くの現代アート作品が展示してあるテーマパークなのですが、テーマが”性”という事で・・・・・・まあいわば”秘宝館”な訳ですが(済州島、新婚旅行のメッカで温泉もあるということで・・・?)、基本的に作品は芸大の方が造られたらしく、結構アートしています。


 例えば・・・・。

 ラブランド3



 と同時に秘宝館ですから笑いを取ることも忘れず・・・・。

 ラブランド2



 元々春画の事を”笑い絵”とも言いますし、この手のものはおおらかに笑って鑑賞するのが一番ですね。
 はい、お勧めのテ-マパークです。



 そして更に次の日はこちら・・・・。

 思案橋


 旧沖之村遊郭傍の思案橋です。
 先の新川橋もそうですが、遊郭的空間、やはり川や橋が結界として存在するのがよいですね。
 場所は鹿児島・・・。

 ここも今は昔で、往時の建物は殆ど残っておりません。
 強いてあげれば・・・・。

 タイル  旅館  つれこみ


 唯、これらの建物が在る大通りの一本裏の通り、しっかり現役で明るいうちから黒服の男性がしっかり立たれていました(この辺が南国か?)


 とまあこんな感じで歩いて来ました。



 おっと、他、鶴丸城址も・・・。

 弾痕

 美しい石垣に壮絶な弾痕です。


 細かいことは店のカウンターででも・・・・。



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2018/06
13
[ #1031 ]

VOL.13 土佐の高知

 先の日・月で四国の高知に行ってまいりました。

 はい、バカナリヤの恒例行事となってしまいました一泊旅行(以前にも書きましたがお客様とこうした旅行を行うのが良いのか・・・?と想う面も無い訳ではないのですがもはや完全な恒例行事、お客様との距離感は意識している心算ですし、また参加してくださる皆様もその辺り理解してくださっている様で相変わらず実施っています。そして、またこれからも出来れば続けたいとは思っております)です。


 前置きが長くなりましたが、今年は7年振りに土佐の高知を再訪。7年前に参加された方々から非常に楽しかった故出来れば再度、との声もありました故。また前回参加できなかった方からも一度高知に・・・という意見もありで。
 
 移動手段は前回同様レンタカー、運転手は当然主催者の私(これも前回同様。運転変わりましょうか?という意見も有りましたがそういう訳には参りません)。

 行程は少し変え・・・・。

 前回が、7時に東広島発~香川県で讃岐うどんの梯子~桂浜で酔鯨ショップでの買い物&観光~酔鯨酒造酒蔵見学~お座敷。2日目は自由行動&得月楼でランチ及び盆梅見学~帰広、という行程でしたが、今回は少し遅めの8時20分出発、寄り道せず昼前に高知着~解散各自自由行動、という最近のこの旅行らしいパターンです。


 因みに私は、地元の居酒屋で昼呑み兼昼食~最近出来た高知城博物館見学という行動。
 しかし一杯引っ掛けての博物館見学はちょっと失敗だったかな?集中力が・・・。
 そこで、早めに切り上げ館内のカフェでコーヒーをいただいておりますと、目の前に雨に煙る高知城天守・・・・。


  IMG_20180610_135704.jpg

 7年前にも歩いているのですが雨に濡れた石垣も魅力的とであろうということで、酔い覚ましも兼ね?城内散策に向かいました。


 はい、雨に濡れた野趣あふれる高知城の石垣、魅力的でした(ここの石垣好きなのです)。

 IMG_20180610_142607.jpg




 その後ホテルにチェックイン、濡れた服や靴を変え夜のお座敷に。


 会場は前回同様料亭”濱長”さま。

 IMG_20180610_181319.jpg



 最近は恥ずかしげも無く店の名前を曝し・・・・。  笑

 IMG_20180610_181354.jpg
 



 そのお座敷・・・・・、先ずは豪快な皿鉢の盛り付けに驚かされます(基本的に料理や食い物をアップする趣味は無いので写真は無しです)。

 その皿鉢料理を女将さんに取り分けてもらいつつ・・・、また芸妓さんにお酌をしてもらいつつしばらく食事&歓談。

 007_20180613105641842.jpg



 その後正調土佐節の舞を観せていただき・・・・。

 IMG_20180610_194956.jpg


 続いて高知流のお座敷遊びで楽しませていただきます。

 020.jpg  IMG_20180610_200514.jpg



 前回同様楽しませていただきました(というか参加者の皆様、楽しまれていた様子で良かったです)。

 ありがとうございました。


 その後は各自自由行動。
 私はバーを一軒。
 (寝不足と体調不良で一軒が限界でした・・・・)
 (そういえば前回の高知の時も体調不良で・・・相性悪いのか・・・?)




 明けて二日目・・・・。
 同じルートを帰広も面白みが無いので、今回はドライブがてら少しばかり遊んでみました。


 先ずは・・・・・・カツオのタタキの藁焼き体験。

 IMG_20180611_105511.jpg


 先ずはしっかり手を洗い(某レストラン副店長の指導の下・・・・?  )~
 カツオに塩を振り・・・・・。


 IMG_20180611_105719.jpg

 良い手つきですな・・・・。



 焼きます。


IMG_20180611_110227.jpg

 (某日本酒BARのマスター、カメラ目線でカツオを炙るの図)


 
 後は店の方が切り分け&盛り付けして下さり、皆で美味しくいただきました。


 IMG_20180611_110711.jpg  (あれ?食い物の写真はアップしないのでは?と突っ込まない様に・・・・)


 本当に美味しかったのです、一瞬で皆のお腹に収まりましたから。



 その後、大正市場周辺散策~四万十川周辺ドライブ

 といった具合で無事時間通り、東広島に帰りつきました。


 皆様お疲れ様でした。

 &

 お世話になった高知の皆様、ありがとうございました。
 またいつか行きます。


 ということで、今回も無事終了。


 
 

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2017/05
17
[ #934 ]

舞鶴他(街並み編)

 先日少々まとまった休みをいただきましてちょっと出かけてまいりました。
 めぐって来たのは舞鶴他の日本海側諸都市です。


 舞鶴を訪れるのは実質初(正確には30年程前にオートバイで通過はしているのですが、雨中に通過しただけですので)。
 ここで先ず目指したのは朝代地区。西舞鶴駅前から徒歩で向かいますが、其の手前高野川に掛かる橋を渡っている折に思ったのが、この街(西舞鶴)は江戸期に北前舟等の入る港町としてかなり繁栄していた街であろうという事。


 高野川

 高野川と国道が交わる辺りにも立派な商家建築が幾つか残っておりましたし、また訪れた朝代神社にありましたこの巨大な灯篭等も其のあたりを想像させられるのです。


 石灯籠

 江戸期、北前舟等の廻船の主要航路は日本海側だったと思われます。当時の廻船では銚子の鼻や遠州灘沖が結構な難所という事も有り少なくとも江戸中期頃までは日本海が主要航路。故に日本海側の港町が発展していた訳ですし、そして港町の神社等には化政期辺りから大阪あたりの豪商が立派な石灯籠を寄進している例も多いように思われます故ですね・・・・。



 閑話休題、この朝代地区を私が訪れたのはそれもありますが明治20年代に遊郭地となった故(相変わらずです)。
 どうも朝代地区の高野川沿いは往時商家街だったと想像されますが、その裏手が遊郭地とされたように思えます。もしかすると往時から茶屋や旅籠の在った地区かも知れません(一寸、米子の灘町遊郭と似た立地にも思えます・・・)。

 
 そして朝代神社の次に訪れた千野宮神社、これが良かったのです。

 此処の社を囲む玉垣・・・・。


 朝代玉垣1

 朝代玉垣2


 といった感じで・・・・記されている名前が、・朝代貸席組合 ・朝代芸妓一同 ・霞月楼 ・・・と往時遊郭に存在した店等の名がずらり。

 更に入り口付近にはこんなものも・・・・。

 大門柱?


 大門の門柱に思えるのですがいかがでしょうか・・・?


 
 ということで周辺を少々徘徊。

 立派な木造3階建ての建物が残っていたり、他にも雰囲気のある建物がちらほら・・・・。


 木造3階建て  朝代建物


 思うのですが古くからの港町はこうした色町の存在等に寛容な気がするのですよね・・・。そうしてこうした玉垣や碑等も割りと残されているように・・・・・。


 また桂林寺という立派な寺も観させていただき・・・・・

 桂林寺


 田辺城址公園経由で西舞鶴駅に取って返しました・・・・。

 田辺城址公園


 因みに田辺城址、戦国武将細川幽斎が思い出されますが、この幽斎、信長暗殺の黒幕の一人なんて説も有ったり・・・・(妄想が膨らみますな・・・・)。それはさておき市民の憩いの場として愛されている印象でした。そこ此処に往時の石垣も残っていますし花も綺麗で・・・・・。


 
 そして西舞鶴駅からJRで一駅(思ったより遠いです)、東舞鶴駅に降り立ちました・・・・。

 ここでタクシーを拾い目的地を告げます・・・・。

 それは・・・・・。



   竜宮遊郭跡

 旧竜宮遊郭跡。
 (お約束です 笑 )


 因みにこれは私が愛読している書籍に掲載されている往時の絵葉書。


   往時の竜宮遊郭



 此処は明治30年代東舞鶴に海軍鎮守府が置かれた際に開かれた遊郭。

 この朝代と竜宮の関係、同じ軍港都市”呉”の吉浦遊郭と朝日町遊郭との関係を連想させられますね・・・(私だけか・・・?)。


 でこの竜宮遊郭跡ですが、かなり開発が進んで住宅地然とした雰囲気となっています。また空き地もチラホラ・・・・・。
 (このあたり土地の記憶の強弱か?あるいは立地に寄るものか・・・・)

 ただこの場所は、こんな感じで・・・・。


 植え込み


 往時のメインロードの中に造られた桜の植え込みの形が残っているのです・・・。(他所にはあまり無いのでは?)

 またこんな如何にもカフェー建築といった建物が残っていたり・・・・。

 カフェー建築


 結構雰囲気は感じられました。


 そしてそこから再び東舞鶴駅までバスでも使って帰ろうかと国道に出てバス停の時刻表を確認・・・・・・。

 が・・・・・、時間が中途半端な故か1時間以上バスが無い!
 仕方なく駅までトボトボと歩きましたが結構な距離・・・・。もしかすると戦後竜宮遊郭が流行らなかったのはこの辺も要因の一つかとも思われたり・・・・・。
 (そして商店街は西も東もシャッター通り・・・・、地方都市の悲哀を感じます・・・・)

 閑話休題、東舞鶴駅に無事到着、これで私の舞鶴徘徊は一段落。そこ此処に花が植えられ綺麗な印象も有る街でした。





 明けて二日目、今度は金沢。

 金沢といえば私のような人間からすると東廓西廓となるところですが、此処は昨年割りとしっかり歩かせていただいております故今回は、21世紀美術館~兼六園~金沢城址公園~と定番コースを歩かせていただき、近江町市場で鮨をつまみに軽く一杯としました。


 さて21世紀美術館ですが、ちょうど展示がお休み(月曜日)ということもあり、ゆっくりと建物を愛でさせていただきました。


 21世紀美術館

 正に現代アートを主に展示する美術館に似合った建物といった印象、興味深かったです。


 そして兼六園、此処は約30年振りですか・・・・。
 若い時はその魅力等良く判らなかったのですが、一歳拾うとまた違った味わいといいますか・・・・。


 兼六園

 こんな場所で金沢芸妓さんと、何て思ったり(笑)。


 そして金沢城址。
 此処も30年ほど前訪れている筈ですが記憶が・・・・・・。


 で、今回思ったのは・・・・石垣が魅力的!

 金沢城址

 &ともかく広い・・・ということ(流石加賀百万石ですか・・・・)。


 また50間長屋も復元され・・・・・(これはこれで築城時の雰囲気が伝わって良いのかも知れません、賛否はありそうですが・・・)。


 そして近江町市場は相変わらずの人出。
 何といいますか金沢市、日本海側の唯一の勝ち組都市といった雰囲気も・・・・・。

 それはそれとして、市場内で食べた鰯の握り寿司が私の口に合い嬉しかったです(鰯、下魚ですが美味しいのです、足が速くてあまり握りなどにはならなかったりですしね・・・・)。




 更に翌日は境港。


 此処はノーチェックだったのですよね。港町ですし遊郭色町が存在しない筈は無いとは思っていましたし、若いころ訪れた印象も適度に怪しく・・・・・。唯、其の手の資料等にはほとんど記載されずで・・・。
 
 唯、少し前に此処に昔栄町(桜町)遊郭なる物が存在したと聞き及び・・・・其の辺りを歩いてみようという事です。


 栄町遊郭跡


 が・・・・・・、雰囲気のある建物は見当たらず・・・・・・・(やはり戦中の徴用船の事故による壊滅故か・・・・)。
 

 栄町辺り

 この建物も一寸違う印象だし・・・・・。

 ということで、代わりといっては何ですが水木しげるロード歩いてみることに・・・・・。


 これが思ったより良いのです・・・・。
 漫画で街起こし??? 等と思って訪れて無かったのですが、これが結構魅力的といいますか、本気度が伝わるといいますか、手抜き感が無いといいますか・・・・・。

 はい、良かったです。

 特にこの”砂かけ婆”さんなんて、動き等ちゃんと煮詰てあるな~~という印象で。

 砂かけ婆



 更に造り酒屋のかくうちで軽く飲んだりと・・・・・、

 精米歩合


 ハイ、結構楽しかったのです。境港。




 そして翌日は更に釜山で街歩き。
 韓国上陸は初めてです。


 国際ターミナル前から無料バスで南浦洞、チャガルチ近くに行き、先ずは国際市場の東の通りを歩いてみます。
 此処は帽子や鞄、靴といった商品が並んでいるのですが余り魅力は感じなく、更に真ん中の通り、此処は厨房機器や食器が並んでいるのですが此処も・・・ということで富平市場に移動してみると。
 此処は一寸DEEPな雰囲気で、路地(裏)好きの私としては結構好みといいますか・・・・・。

 此処で・・・


 モペット


 働いてる感満載のモペット発見(私には車種不明)、人や店は写し辛いのでこんな物を撮ってみました。

 また市場内といわず、歩道等もバンバン走っているスクーター、排気量の大小に関わらず大体こんな一体型のバンパーをつけています。

 スクーター




 それはそれとして、そこから忠武洞遊郭跡辺りに移動・・・・(相変わらずです)。

 この辺り10年余り前までは風俗街として栄えたらしいのですが、法改正により・・・・・・ということらしく。
 (そういえば我が国も風営法の改正等で風俗産業が派遣・デリバリー型に移行し、いわばコールガール化といいますか・・・店舗型は急速に目立たなくなっているとも思えるのですが、この辺りもグローバル化、西洋化、なのですかね?)
 (ジェントリフィケーション?)
 
 閑話休題、この辺りと思われる場所を少々徘徊してみたのですがハングルが読めない私としては風情が・・・・・。
 (そう、朝代の玉垣みたいなのが好きなのです)


 忠武洞遊郭跡  つれこみ?

 これくらいで・・・・・。


 代わりに猫なんか撮ってみたり・・・・。

 釜山の猫


 まあ、港町ですから・・・・・。


 それから、忠武市場辺りを歩き(此処も雰囲気でした)、チャガルチ市場ビル(此処は観光化され過ぎの印象)、ロッテデパート(綺麗ですが広すぎて疲れました)と歩き・・・、自宅から持ってきた地図を頼りに国際ターミナルまで歩き・・・・・。




 が・・・・。

 何か景色が違う・・・・・・。


 周辺を結構うろうろしてたのですが、やっぱり来がけにバスに乗った場所が判らない・・・・・。

 意を決して建物まで歩き内で人に尋ねると・・・・・・。


 此処は昔の国際ターミナル。1年ほど前にターミナルの移転がありまして此処からタクシーで5分程です。との返答。


 持って来た地図が古かったのですね・・・・・。
 疲れが一気に出まして(其の所為かここ数日体調が・・・・)、何はとまれ広い道まで出てタクシーを拾うことに。


 しかしこのタクシー、運転手さん愛想がよくまた日本よりリーズナブルで助かりました。



 とこんな感じで各地の町並みを徘徊した数日でした・・・・。


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2016/06
09
[ #833 ]

長野辺り

 前回の続き。

 早起きして上諏訪の遊郭跡を散歩した後、ホテルで一風呂浴び朝食も済ませ次の目的地に移動。
 それはこちら・・・・。


     松本城


 
 松本城です。
 国宝指定も受けている名城です。
 
 個人的には天守閣の残らない石垣のみの城址が好みといえば好みなのですが、此処は良いですね。
 折角なので天守閣内部も見学させていただきましたが、これがまた良いのです。

 天守の建物自体も良いですが、窓から遠くに望める山々が良いですし、鉄砲に特化したとも言える展示も良かったです。


 こんなマニアックな物も有ったり。

 鉄砲


 それから城下町も少しだけですが散策、これまた雰囲気。
 城下町の空気を色濃く残す街、どこか文化的な雰囲気を感じるのは私だけでしょうか?
 まあとは言いましても私が主に歩くのは少々怪しい雰囲気の残る場所だったりもするのですが・・・・ (笑) 。


 其の辺りで・・・・・。

   松本にて   松本2



 観光開発された故か綺麗に整備された街の印象、怪しい雰囲気の建物は少ないですね・・・・。
 (市内から少し離れた場所に遊郭跡が在る事も知ってはいたのですが、今回は時間が無くスルーです)


 ということでそそくさと移動、次はこちら・・・・・。



   仁王門

 善光寺です。これは立派な仁王門。


 本堂はこんな感じです。

   善光寺
 

 遠くとも一度は参れ善光寺・・・・等とも言いますし、年老いた親を伴っての善光寺参りも悪くは無いかと・・・・。


 此処はなんといいますか上諏訪の本宮に近い雰囲気。神社仏閣という言葉もあるとおり、著名な寺や神社、少々似た空気を感じます。
 また今回は神社仏閣ばかり巡っていましてやや食傷気味といいますか、疲れも有りで長居はせず早めにに次の目的地に移動(遊郭跡もスルーです 笑 )。




   火之御子社

 戸隠の火之御子社。


 由緒は・・・・・

   由来



 此処が気になっていたのです。

 由来にも記してありますが、”天うず女命”を祭る神社で仏教に習合されることの無かった神社です。
 戸隠で最も古いと思われる九頭竜社(古くからの竜神信仰の場所)も九頭竜権現となったにも関わらずです・・・・。
 また”あまのうずめの命”、古事記の逸話を素直に受けるのであれば、日本最古の遊女とも言えそうですし・・・・。

 更に言えば、天岩戸伝説も気になります。
 天岩戸伝説、皆既日食が基になって作られた逸話という説も強いですが、もう一つ火山噴火による火山灰の影響で太陽が遮られた事を基にした逸話という説も有り・・・・・。
 (恐らくは上記二つの出来事、或いは更に他の出来事等も習合して生まれて逸話でしょう・・・・)
 其のうち皆既日食は卑弥呼失脚に繋がると思え、そして此の地の伝説は後者の火山噴火由来では?と個人的には思っています。



 しかしどちらにしろある種の空気を強く感じる場所でした・・・・・。



 それからこの日の宿泊地までドライブ・・・・。

 選択したのは上山田戸倉温泉。

 善光寺参りの精進落としの地として賑わった等という話を耳にした事もあり・・・・(また、見番が生きているなんて噂も耳にし・・・・)。



 ホテルに行く前に一寸だけ寄り道、城山城址公園(荒砥城址)に立ち寄るという話になり・・・。
 しかしこれが駐車場に車を止めますと、其処から更に(数百M?)歩かなければならない事が判明、しかも閉館時間間際・・・という事で、駐車場からの景色のみを愛でてホテルに向かう事に・・・・。


    城山史跡公園

 櫓跡まで登れば更に良い景色に出会えたのでしょうが、雰囲気は伝わりました。
 (先日訪れた備中松山城からの眺めと共通する物がありますね、此の時期の山城に共通する物でしょう・・・)


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2016/04
26
[ #820 ]

タンデムで散歩

 一週間ほど前の事、連れ合いとたまたま空いた時間が重なり、どこかに出かけるかね?という話になりまして・・・・。




     備中松山城


 備中松山城です。



 私自身は何度か訪れているのですが、連れ合いは天守まで登った事が無いという事で・・・・。

 確か以前一人で訪れた際には上(下太鼓の丸)の駐車場までバイクで上がれた記憶もありタンデムを選択した訳ですが、当日は下(城見橋)の駐車場まででストップ。
 そこからシャトルバス、そして20分程山道を歩きますと本丸です。


 この城、個人的には結構お気に入りでして、天守や其処からの景色もよいのですが、それ以上に石垣や其の周辺にに魅力を感じます。


 石垣


 恐らくこの石垣等は江戸時代に入ってからの物でしょうが、その基礎の辺りといいますか、立地といいますか、古い山城の佇まいを色濃く感じさせて呉れるのです。

 石垣の基礎の部分は岩山の岩そのままの部分が多いのです、といいますか岩の上に構造物を載せているといいますか・・・。
 こんな感じで・・・・。


 岩山



 確かキッチリと石垣の組まれた城の嚆矢は、信長の小牧山城と記憶していますが、それ以前の城は、どちらかというと山の上の造られた”砦”的風情であった思われますが、こお城、そうした部分も感じさせて呉れるのですよね。


 しばらく城や景色を愛でさせて頂き、折角なのでこちらの石垣も愛でに・・・・・。



広兼邸



 吹屋の大野呂地区、広兼邸の石垣です。

 ここもお気に入りの場所の一つ、威容を誇るともいえそうな見事な石垣で下手なお城以上の迫力ですかね。

 恐らくは19世紀初頭のもの。

 この時期、享和~化政年間は江戸の爛熟期、流通経済も発展しある種バヴリーともいえる時期。
 往時の大商人の経済力を感じさせられます。

 
 
 更に折角なので、吹屋の弁柄の街並みにも立ち寄り・・・・一寸バイクで通過・・・・で帰るつもりが 「一般車の乗り入れはご遠慮下さい」との立て札が・・・・。

 で、結局徒歩で散策・・・・・。


 吹屋郵便局


 因みにこれは郵便局。

 ここでフと時計を見ると結構な時間。
 (オッと、開店時間に間に合うのか?)


 吹屋から県道50で東城に抜けたのですが、この選択がもしかすると失敗だったか?
 中央線が有る場所が少ない上に、矢鱈と曲がりくねって、結局かなりの距離を走らされた感じ、タンデムだと結構きつかったですね。
 東城で一休みした後、自宅までは知った道ですのでそれなりのペースはキープ出来ましたが、夕方になるとまだまだ寒く・・・・。


 はい、無事に店は開けました・・・・。


 
 若い頃は基本的にタンデムはしない主義だったのですが、このペースや寒さ、距離を走っても泣きが入らない連れ合いの様ですので、これからはたまにはタンデムで散歩もアリかな?とも思いましたね。

 
 

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2016/04
01
[ #812 ]

桜を探して

 本格的に暖かく成って来た事もあり、昨日は桜を求めてバイクで散歩。

 冬場は冬眠気味でしたのでバイクに身体を馴染ませる事も含めてですね。
 (少しだけバイクのセッティグを変えた面もあり味聞きも兼ねてかな?)

 
 先ずは自宅から須波港に向かい・・・・。
 一寸いい気に成って走った所為で早く着き過ぎてしまいましたので、写真を撮ってみたり・・・。


 須波港

 天候は良い感じの花曇り・・・・。

 此処からフェリーで先ずは生口島(瀬戸田)に渡ります(何だかフェリーが小さい物になっている気が・・・・・・)。



 これが気になってのルートを選択。


 金剛館

 
 耕三寺博物館の名品展。
 ポスターの下の部分に”洛中洛外図”が写っています。
 洛中洛外図や昔の鳥瞰図、古地図なんて存在に惹かれるのですよね。

 という事で、洛中洛外図が展示されています”金剛館”を訪れますと、受付にて 「チケットを見せて下さい」 と・・・・。
 「エッ?此処でチケット売って無いのですか?」 ・・・・。

 耕三寺、メイン部分&金剛館&未来心の丘、と大きく分けて三つの部分に分かれていて、共通券で全てを見る事が出来るというシステムの様で・・・・。
 確かにお得な気もしますが、出来れば金剛館単独や未来心の丘単独のチケットも有ると嬉しいかな?
 
 閑話休題、洛中洛外図屏風や源平合戦図屏風、源氏物語図屛風、曽我派の鷹図屛風・・・等々楽しませていただきました。
 (其の辺りを細かく書くと長くなりそうなので、カウンターの話題にするという事で・・・・ 笑 )

 次いで、折角なので? メイン部分にも立ち寄らせていただきました(結局立ち寄る訳です)。
 館外のしだれ桜が良い感じで開いておりましたので・・・、


 耕三寺 桜

 内の桜はさぞかし・・・・、と期待したのですが、三分咲き位でしたかね。


 耕三寺 桜 2

 
 それもあり、個人的にお気に入りの”潮セイ閣”(和洋折衷の見事な建築です)を見せていただき次に移動です。


 一山超えて洲ノ江港まで走り、またまたフェリーで岩城島まで・・・・。

 
 洲ノ江港   洲ノ江港です



 この岩城島に有ります”積善山”が桜の名所と聞き及び、訪れる事にした訳です。

 唯、フェリーの方にお聞きしますと、”未だ三部咲き”との事。
 ニュース等で、東京等では史上最も早く開花宣言が・・・・といった報道もされていた印象もあるのですが、島の桜は平年どおりの様です。
 

 何はとまれ小漕港に上陸、此処から4キロ程舗装林道を走った場所に山頂展望台の駐車場が有りまして、そこにバイクを停めます。この舗装林道(桜登山道)の両脇に多くの桜が植えてあります。

 木によって開花状況はまちまちですが、おしなべて観れば五部咲きといった感じでしたね。


 積善山 駐車場


 この駐車場から更に100m余り徒歩で登った場所に展望台があり・・・。

 積善山 登り道

 これを登って来る訳ですが、結構、急に感じます。



 展望台

 これが展望台。この屋上から周囲360度見渡せる訳です。


 はい、多島美が満喫出来ます。

 多島美



 しばらく楽しませていただいた後は島の南側、岩城港辺りへ・・・・・。

 
 岩城郷土館


 こうした場所が好きなのです。


 この郷土館、解説板にも書かれてあります様に、松山藩の島本陣としても使われた三浦家の屋敷跡という事で、江戸中期頃から大正期頃にかけて多くの文人(頼春水・山陽親子や若山牧水、吉井勇等々や其の関係者)が訪れた場所でもあるという事です。

 (往時の豪商、金持ちはこうしたかたちで文人等を”たにまち”的に援助、育てていたという事を実感させられます)

 という事で建物も往時の繁栄が伺われる物です(岩城港、藩の垣根を越えて使われたある種の自由貿易港だったとか)。

 瓦  内部  頼氏 詩



 出来れば此処で管理者の方に昔の事でもお聞きしてみたかったのですが(港町につき物の色町の事とか・・・・・笑 )、なんと管理人さんはいらっしゃらないのですよね・・・・。

 という事で代わりといっては何ですが、しばらく中庭等を眺めさせていただき、ゆっくりさせていただきました。

 
 それから、この郷土館を探している時にすぐ東側に神社の石段があることに気付いておりましたので、そちらにも立ち寄る事に・・・・。

 この神社、現在は八幡様となっておりますが、

 社殿



 ・・・・往時は水軍の砦(城)であった場所でした。


 亀山城址


 忠海の賀儀城跡と似た雰囲気でしたね。
 (現在は木が生い茂って海は見え辛い事も同様に?)

 また、玉垣や石灯籠も興味深かったです。

 玉垣  灯篭


 そうこうしているうちに、空が暗くなり始め、気温も心持ち低下・・・・。

 帰りのフェリーの場所と時間を確認しておくかな?と長江港に行きますと、丁度因島行きのフェリーがいます。

 これ幸いとそのまま乗り込み・・・・・、岩城島を後にしました。

 長江港


 フェリーの上で煙草を一本吹かしながら、フッと思いついたのが、そういえば岩城島では(色町跡を探して?)街並みを徘徊しなかったな・・・・と。

 いつかの宿題ですね。


 結局、あまり距離は走りませんでしたが、これで私のバイクシーズンの始まりです。

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2014/06
20
[ #621 ]

富士の山

 もう一月程前の事ですが、富士の山を見に行って来ました。


 本栖湖より
  河口湖より  白糸の滝から


 西日本に暮らしておりますと観る機会も少なく、一度はじっくりと観てみたかったのです。

 ユネスコ世界遺産に登録されたという話も耳にしましたが、それとは関係無くですね(どちらかと言いますとユネスコ世界遺産登録って、結局は英米の価値基準に取り込まれたという事でしょうから・・・。私としては日本人として日本人的に富士を愛でる事が出来れはそれで十分という気がしますので、逆に少々複雑といいますか・・・・)。


 しかし富士の山、圧倒的存在感が在りますね。ある方の本で”江戸時代、江戸の中心は江戸城では無く富士山であった”という論を提示しておられましたが、それも納得できる佇まい。
 また独立峰故か、瞬間瞬間に雲の掛かり具合等も変化し、いくら眺めていても飽きないですね。
 

 良い体験をしました。
 (噴火する前に美しい姿を拝めて?   ←オイオイ  )



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2014/05
12
[ #607 ]

古地図展

 昨日あまりに天気の良さに、ついついバイクを車庫から引っ張り出し・・・。


   歴史博物館
 


 地図を眺めるという行為は私の好きな事の一つ、また、少し古めの地図に興味を惹かれる面も強くバカナリヤのトイレにはこんな物が掛けてあったりで・・・。


 トイレの地図



 因みに場所は ”広島県立歴史博物館”。

 この地区、福山城本丸で有った場所なのですが、現在は福山城公園として整備され、他にも市立美術館や福山城博物館も在り、福山市の文化ゾーンを形成しています。
 芝生やこじんまりとした庭園も美しく(その割には人も多くなく)嬉しくなります。

 まあ城址という視点で見ますと、少しばかりきれい過ぎて哀感に欠ける気もしますが・・・。


 因みに天守閣等、昭和20年の戦災に焼け、今はRC造の博物館が建っております(JR福山駅は二の丸跡でしょう)。


 福山城

 折角なので公園内を散歩がてらその博物館にもお邪魔(上の展示の半券で少し割引がありました)。


 (この公園の猫はあまり人馴れしてない様で・・・・ 猫の尻尾 尻尾だけ・・・)


 
 更にそこから鞆の浦の民俗資料館に移動し関連展示も拝見。

 鞆資料館

 (こちらは半券で無料入館出来ました)



 また鞆に立ち寄ったのはもう一つ理由がありまして、それは・・・。


 保命酒


 海外向けに度数40度の保命酒が造られたという噂を耳にし、一寸気になっていたのですよね。


 何はとまれミニボトルを購入。通常の大きさの物が欲しかったのですが、バイクに積めそうに無いので断念。味見をして気に入れば改めて購入するか?という事に。

 酒蔵バイク

 製造元の岡本亀太郎本店


 こんな感じで半日うろうろして来ました。

   



 追記

 気まぐれにバイクの2次減速比を少しばかりロングに変更したのですが・・・・。
 かなり乗り味が変わったのですよね・・・・。
 
 一寸失敗かな?という気もしていたり・・・。
 
 何やってんだか・・・・・。
 

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2014/05
07
[ #606 ]

賀儀城辺り

 GWもアッという間に終わりましたが、私の様な職業の人間にはあまり関係は無かったりなのです。
 基本的には略毎日カウンターの内側に立っております訳ですから。
 しいて挙げればGWに中1日だけ、連れ合いをバイクの後ろに乗せて近所を散歩した事ですかね。


 向かった場所はこちら、賀儀城址。


  賀儀城跡

 忠海にあります浦宗勝由来の水軍城址です。


 賀儀城看板



 先日あるお客様に「村上水軍の娘」という本を貸していただき、夫婦して読んだばかりということもあり、訪れて見る事にした訳です。


 この場所、国道から細い道を入って行かねばならず、4輪車では一寸躊躇してしまう場所。その分、人の気配も少なくお気に入りの場所の一つなのです。
 当時の水軍の砦の雰囲気もよく解り、また建物が無く城址のみ残っているという事も私好み。


 直ぐ側には、同じく宗勝由来の床浦神社も在りまして、地形も含め当時の事に思いをはせたり・・・。

 床浦神社

 床浦神社看板



 折角ですので、賀儀城の本丸跡まで登ってみますと、わずか20m程の高さですが360度の眺望が開けます。 
 今では、周りの樹木が伸びまして少々視界の邪魔ですが、往時はこの上に更に砦が築かれていたのでしょうから、そこに登れば更に眺望は開けていたでしょう。

 
 南東南西

 (下手な写真で申し訳ない)

 
 
 実はここに至る前、本郷~三原~幸崎と走り、三原城址の天守台跡にも立ち寄ったり・・・。

 三原城址 三原城址2

 
 三原城址。JR(旧国鉄)が本丸跡を貫き、更に天守台南半分は新幹線ホームの下となっております。
 (拠って、天守台に揚るには駅の建物の中からです)
 非常に個性的な城なのですがね・・・。


 福山城址もそうですが、基本的に広島県の街、城下町の割りにその風情(文化)が余り残っていないのは、この辺りにも象徴されている気もします。(明治維新時やその後の立ち位置、歴史にも拠るのですかね?)


 そういえば、幸崎の能地の港も埋め立てられていたり・・・・。(この能地者の漁師等が宗勝の水軍の中心であった記憶が在るのですが・・・)



 これら含めこの周辺、探せば水軍やそれ絡みに歴史や遺構が多く、その辺りの事に想いを馳せるのも結構楽しいのです。


  

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