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2018/07
03
[ #1035 ]

今年の散策・・・

 今年も少しばかりリフレッシュ休暇といいますか、少々お休みをいただき色々と散策してまいりました(台下冷蔵庫も壊れてしまったし・・・・とか?)。
 周って来たのは兵庫津周辺~海雲台~旧沖之村(常盤)遊郭跡周辺&鶴丸城址・・・といったところです。

 
 先ず最初の目的地は兵庫津周辺・・・今で言う神戸市兵庫区ですね・・・・。
 
 この神戸市兵庫区の海際、古くからの重要な港町でして(今の神戸港は幕末以降の発展の印象が深いです)、古くは遣唐使、日宋貿易、日明貿易、北前舟、朝鮮通信士・・・等々の寄港地として名の挙がる場所、また平安末期には清盛が都を築こうとしたりと・・・・兎も角、日本史において重要な港町なのです(その割りに影が薄い印象も)。

 明治半ば以降に全国に鉄道網が普及するまでは海運(水運)が重要な輸送手段でして、人・物・情報といったものが水の上を移動していた訳です(最も最近では鉄道インフラも新幹線と都市部以外は見捨てられ気味ですが)。
 そしてこの兵庫の港(兵庫津・兵庫の関)はその中でも都に近く重要な場所、それ故に清盛も都を築こうとしたりした場所。
 また清盛といいますと、私の生まれ育った広島の瀬戸内とも関連深く音戸の瀬戸や厳島神社と関わりは直ぐに思い浮かびますし、まあその辺りも含め一度訪れてみたかったのです。


 そしてこれが兵庫の清盛像

 清盛像

 
 晩年の剃髪後のお姿ですね。この像があります住吉神社周辺に往時に関連するものが多く残され、また清盛の存在感が強いです。
 広島の清盛像、どちらかというと未だ若かりし頃といいますか上り調子の頃、対して兵庫は晩年の清盛を・・・という印象です。

 
 また運河付近に到着しますと、至る所にこのような幟が・・・・。

   幟


 知らなかったのですが、明治期に造られた兵庫運河を中心とした遺構が日本遺産として登録されたという事なのでしょうね。
 そういえば私が店をさせていただいている東広島の西条駅前の酒蔵が密集している地域も確か・・・・(もしかするとこの日本遺産、明治の近代産業遺構中心なのですかね?個人的には江戸以前が日本らしい気がするのですが・・・)。


 少々再開発され過ぎというきらいもありますが確かに雰囲気はあります。

 水門 1  水門 2

 この二つの水門やこんな風景

 兵庫運河



 で、私としてはこの写真に小さく写っている紅い橋にやはり惹かれる訳で・・・・。

 その橋、


 新川橋


 新川橋を南に渡った周辺、往時は新川遊郭として賑わった場所です。

 もっとも現在では再開発が進み当時の面影は全くといっていい程残っていませんが・・・・、


 新川 建物

 しいて言えばこの建物が一寸雰囲気でしたかね・・・。

 しかしこれら(遊郭の存在)もわが国近代の一つの側面ですしね、そうした存在を保全しても・・・と思うのは私だけでしょうかね?

 
 とまあこんな事を思いつつ兵庫運河周辺を散歩した後はそのまま北に歩き、新開地周辺へ・・・・。
 この”新開地”という地名、如何にもといった感で惹かれます。


 歩いて見ますと大衆演芸場が残っていたり・・・・。

 新開地劇場


 ドヤが残っていたり・・・・

 どや


 と、雰囲気です。

 まあ港近くは日雇い港湾労働者等々が必要とされる面もあり、こうした雰囲気ありますよね・・・・。
 


 で、其の新開地の直ぐ傍に旧福原遊郭跡がありまして・・・・、吉原・嶋原と並び、3原の一角を占めた著名な遊郭地、また多くの女性が働いていたことでも(洲崎等とともに)著名な場所。


 当然歩いて観ます・・・・。



 ここも空襲で焼けていますので古い建物は無いです。また、戦後直ぐの建物も少ないです。強いてあげればこのような旅館が数軒見受けられました。

 福原

 
 といいますか福原、しっかり現役の風俗街として存在しています。
 東京の吉原がマンション等に転換している場所が多かったり、歴史遺構的雰囲気を表に出そうとしていたりするの比べ現役感が強いです。


 福原 看板


 流石、関西ですか?



 とまあ神戸はこれ位で・・・・続いて(翌々日)こちらを訪れてみました・・・・。












 プサン



 反対から観ると・・・。

 プサン2



 完全に現役ですな・・・・。
 (因みに場所は海雲台、某所)


 夜はこんな風景になるのでしょう・・・・。
 
 ジオラマ


 このジオラマですが、タイトルは”金上等兵の休暇”とついていましてこちらに展示されていました。




 ラブランド

 
 済州ラブランドという場所です。


 済州島にありますテーマパークです。
 多くの現代アート作品が展示してあるテーマパークなのですが、テーマが”性”という事で・・・・・・まあいわば”秘宝館”な訳ですが(済州島、新婚旅行のメッカで温泉もあるということで・・・?)、基本的に作品は芸大の方が造られたらしく、結構アートしています。


 例えば・・・・。

 ラブランド3



 と同時に秘宝館ですから笑いを取ることも忘れず・・・・。

 ラブランド2



 元々春画の事を”笑い絵”とも言いますし、この手のものはおおらかに笑って鑑賞するのが一番ですね。
 はい、お勧めのテ-マパークです。



 そして更に次の日はこちら・・・・。

 思案橋


 旧沖之村遊郭傍の思案橋です。
 先の新川橋もそうですが、遊郭的空間、やはり川や橋が結界として存在するのがよいですね。
 場所は鹿児島・・・。

 ここも今は昔で、往時の建物は殆ど残っておりません。
 強いてあげれば・・・・。

 タイル  旅館  つれこみ


 唯、これらの建物が在る大通りの一本裏の通り、しっかり現役で明るいうちから黒服の男性がしっかり立たれていました(この辺が南国か?)


 とまあこんな感じで歩いて来ました。



 おっと、他、鶴丸城址も・・・。

 弾痕

 美しい石垣に壮絶な弾痕です。


 細かいことは店のカウンターででも・・・・。



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2018/06
13
[ #1031 ]

VOL.13 土佐の高知

 先の日・月で四国の高知に行ってまいりました。

 はい、バカナリヤの恒例行事となってしまいました一泊旅行(以前にも書きましたがお客様とこうした旅行を行うのが良いのか・・・?と想う面も無い訳ではないのですがもはや完全な恒例行事、お客様との距離感は意識している心算ですし、また参加してくださる皆様もその辺り理解してくださっている様で相変わらず実施っています。そして、またこれからも出来れば続けたいとは思っております)です。


 前置きが長くなりましたが、今年は7年振りに土佐の高知を再訪。7年前に参加された方々から非常に楽しかった故出来れば再度、との声もありました故。また前回参加できなかった方からも一度高知に・・・という意見もありで。
 
 移動手段は前回同様レンタカー、運転手は当然主催者の私(これも前回同様。運転変わりましょうか?という意見も有りましたがそういう訳には参りません)。

 行程は少し変え・・・・。

 前回が、7時に東広島発~香川県で讃岐うどんの梯子~桂浜で酔鯨ショップでの買い物&観光~酔鯨酒造酒蔵見学~お座敷。2日目は自由行動&得月楼でランチ及び盆梅見学~帰広、という行程でしたが、今回は少し遅めの8時20分出発、寄り道せず昼前に高知着~解散各自自由行動、という最近のこの旅行らしいパターンです。


 因みに私は、地元の居酒屋で昼呑み兼昼食~最近出来た高知城博物館見学という行動。
 しかし一杯引っ掛けての博物館見学はちょっと失敗だったかな?集中力が・・・。
 そこで、早めに切り上げ館内のカフェでコーヒーをいただいておりますと、目の前に雨に煙る高知城天守・・・・。


  IMG_20180610_135704.jpg

 7年前にも歩いているのですが雨に濡れた石垣も魅力的とであろうということで、酔い覚ましも兼ね?城内散策に向かいました。


 はい、雨に濡れた野趣あふれる高知城の石垣、魅力的でした(ここの石垣好きなのです)。

 IMG_20180610_142607.jpg




 その後ホテルにチェックイン、濡れた服や靴を変え夜のお座敷に。


 会場は前回同様料亭”濱長”さま。

 IMG_20180610_181319.jpg



 最近は恥ずかしげも無く店の名前を曝し・・・・。  笑

 IMG_20180610_181354.jpg
 



 そのお座敷・・・・・、先ずは豪快な皿鉢の盛り付けに驚かされます(基本的に料理や食い物をアップする趣味は無いので写真は無しです)。

 その皿鉢料理を女将さんに取り分けてもらいつつ・・・、また芸妓さんにお酌をしてもらいつつしばらく食事&歓談。

 007_20180613105641842.jpg



 その後正調土佐節の舞を観せていただき・・・・。

 IMG_20180610_194956.jpg


 続いて高知流のお座敷遊びで楽しませていただきます。

 020.jpg  IMG_20180610_200514.jpg



 前回同様楽しませていただきました(というか参加者の皆様、楽しまれていた様子で良かったです)。

 ありがとうございました。


 その後は各自自由行動。
 私はバーを一軒。
 (寝不足と体調不良で一軒が限界でした・・・・)
 (そういえば前回の高知の時も体調不良で・・・相性悪いのか・・・?)




 明けて二日目・・・・。
 同じルートを帰広も面白みが無いので、今回はドライブがてら少しばかり遊んでみました。


 先ずは・・・・・・カツオのタタキの藁焼き体験。

 IMG_20180611_105511.jpg


 先ずはしっかり手を洗い(某レストラン副店長の指導の下・・・・?  )~
 カツオに塩を振り・・・・・。


 IMG_20180611_105719.jpg

 良い手つきですな・・・・。



 焼きます。


IMG_20180611_110227.jpg

 (某日本酒BARのマスター、カメラ目線でカツオを炙るの図)


 
 後は店の方が切り分け&盛り付けして下さり、皆で美味しくいただきました。


 IMG_20180611_110711.jpg  (あれ?食い物の写真はアップしないのでは?と突っ込まない様に・・・・)


 本当に美味しかったのです、一瞬で皆のお腹に収まりましたから。



 その後、大正市場周辺散策~四万十川周辺ドライブ

 といった具合で無事時間通り、東広島に帰りつきました。


 皆様お疲れ様でした。

 &

 お世話になった高知の皆様、ありがとうございました。
 またいつか行きます。


 ということで、今回も無事終了。


 
 

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2017/09
19
[ #965 ]

台風接近の中博多へ

 この日曜日は店をお休みさせていただき博多に行っておりました。

 何故に台風接近の中わざわざ博多に出向くのか・・・?等と問われますと返答に困る面もありますが、しばらく前から予定をしていた行動でして、色々と予約等してある事もあり中止に出来なかったのです。

 そこで、まあ台風に関しては”気合”でそれていただく事にして・・・・。
 何をかといいますと、いつものこれです。



      舞


 

 数年前から年に一度位行っておりますバカナリヤの恒例行事。
 気の置けないお客様にお声掛けし、一緒にお座敷に上がりこもうという企画です。
 そして今回は馬賊芸者(今はこういった呼び方も一寸失礼かな?)さんに構っていただこうと博多まで出張った訳です。


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2017/05
22
[ #935 ]

日本海周辺(移動手段編)

 先日、舞鶴~金沢~境港~釜山~といった日本海沿岸の諸都市を散策してきた事は既に記しましたが、今回はその移動手段の話。

 こいつですね・・・・。


      船

 コスタ・ネオ・ロマンチカというイタリアのカジュアルクルーズ船。



 事の始まりは確か4月の10日頃。
 自宅で雑誌に目を通しておりますとこのクルーズの広告が・・・・、たいそうリーズナブルな価格表示に驚き傍に居た連れ合いに「えらくリーズナブルなんだけどどう思う?」・・・なんて感じで其の雑誌を手渡すとそれを一瞥した連れ合いは、「行く、行きたい、行かねば・・・・・」といった具合で・・・・。



 そう以前にもショートクルーズに行った事が有るのですが、その折連れ合いは体調が余り良くなく(その後しばらくして入院~手術という仕儀と相成りました故結構悪かったのでしょう)て楽しめずリベンジの機会を探していた様で、もうこれは行くしかないか?という状況。また私も最近煮詰まり気味といいますか・・・・。で、たまにはリフレッシュをと、その後数日の検討の後行くことに決めた訳です。

 時間も差し迫って居ます故、何はとまれ広告主の旅行社にTEL・・・・、空き部屋が有るという話で結果5月6日博多港発に乗ることに・・・・。


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2017/05
17
[ #934 ]

舞鶴他(街並み編)

 先日少々まとまった休みをいただきましてちょっと出かけてまいりました。
 めぐって来たのは舞鶴他の日本海側諸都市です。


 舞鶴を訪れるのは実質初(正確には30年程前にオートバイで通過はしているのですが、雨中に通過しただけですので)。
 ここで先ず目指したのは朝代地区。西舞鶴駅前から徒歩で向かいますが、其の手前高野川に掛かる橋を渡っている折に思ったのが、この街(西舞鶴)は江戸期に北前舟等の入る港町としてかなり繁栄していた街であろうという事。


 高野川

 高野川と国道が交わる辺りにも立派な商家建築が幾つか残っておりましたし、また訪れた朝代神社にありましたこの巨大な灯篭等も其のあたりを想像させられるのです。


 石灯籠

 江戸期、北前舟等の廻船の主要航路は日本海側だったと思われます。当時の廻船では銚子の鼻や遠州灘沖が結構な難所という事も有り少なくとも江戸中期頃までは日本海が主要航路。故に日本海側の港町が発展していた訳ですし、そして港町の神社等には化政期辺りから大阪あたりの豪商が立派な石灯籠を寄進している例も多いように思われます故ですね・・・・。



 閑話休題、この朝代地区を私が訪れたのはそれもありますが明治20年代に遊郭地となった故(相変わらずです)。
 どうも朝代地区の高野川沿いは往時商家街だったと想像されますが、その裏手が遊郭地とされたように思えます。もしかすると往時から茶屋や旅籠の在った地区かも知れません(一寸、米子の灘町遊郭と似た立地にも思えます・・・)。

 
 そして朝代神社の次に訪れた千野宮神社、これが良かったのです。

 此処の社を囲む玉垣・・・・。


 朝代玉垣1

 朝代玉垣2


 といった感じで・・・・記されている名前が、・朝代貸席組合 ・朝代芸妓一同 ・霞月楼 ・・・と往時遊郭に存在した店等の名がずらり。

 更に入り口付近にはこんなものも・・・・。

 大門柱?


 大門の門柱に思えるのですがいかがでしょうか・・・?


 
 ということで周辺を少々徘徊。

 立派な木造3階建ての建物が残っていたり、他にも雰囲気のある建物がちらほら・・・・。


 木造3階建て  朝代建物


 思うのですが古くからの港町はこうした色町の存在等に寛容な気がするのですよね・・・。そうしてこうした玉垣や碑等も割りと残されているように・・・・・。


 また桂林寺という立派な寺も観させていただき・・・・・

 桂林寺


 田辺城址公園経由で西舞鶴駅に取って返しました・・・・。

 田辺城址公園


 因みに田辺城址、戦国武将細川幽斎が思い出されますが、この幽斎、信長暗殺の黒幕の一人なんて説も有ったり・・・・(妄想が膨らみますな・・・・)。それはさておき市民の憩いの場として愛されている印象でした。そこ此処に往時の石垣も残っていますし花も綺麗で・・・・・。


 
 そして西舞鶴駅からJRで一駅(思ったより遠いです)、東舞鶴駅に降り立ちました・・・・。

 ここでタクシーを拾い目的地を告げます・・・・。

 それは・・・・・。



   竜宮遊郭跡

 旧竜宮遊郭跡。
 (お約束です 笑 )


 因みにこれは私が愛読している書籍に掲載されている往時の絵葉書。


   往時の竜宮遊郭



 此処は明治30年代東舞鶴に海軍鎮守府が置かれた際に開かれた遊郭。

 この朝代と竜宮の関係、同じ軍港都市”呉”の吉浦遊郭と朝日町遊郭との関係を連想させられますね・・・(私だけか・・・?)。


 でこの竜宮遊郭跡ですが、かなり開発が進んで住宅地然とした雰囲気となっています。また空き地もチラホラ・・・・・。
 (このあたり土地の記憶の強弱か?あるいは立地に寄るものか・・・・)

 ただこの場所は、こんな感じで・・・・。


 植え込み


 往時のメインロードの中に造られた桜の植え込みの形が残っているのです・・・。(他所にはあまり無いのでは?)

 またこんな如何にもカフェー建築といった建物が残っていたり・・・・。

 カフェー建築


 結構雰囲気は感じられました。


 そしてそこから再び東舞鶴駅までバスでも使って帰ろうかと国道に出てバス停の時刻表を確認・・・・・・。

 が・・・・・、時間が中途半端な故か1時間以上バスが無い!
 仕方なく駅までトボトボと歩きましたが結構な距離・・・・。もしかすると戦後竜宮遊郭が流行らなかったのはこの辺も要因の一つかとも思われたり・・・・・。
 (そして商店街は西も東もシャッター通り・・・・、地方都市の悲哀を感じます・・・・)

 閑話休題、東舞鶴駅に無事到着、これで私の舞鶴徘徊は一段落。そこ此処に花が植えられ綺麗な印象も有る街でした。





 明けて二日目、今度は金沢。

 金沢といえば私のような人間からすると東廓西廓となるところですが、此処は昨年割りとしっかり歩かせていただいております故今回は、21世紀美術館~兼六園~金沢城址公園~と定番コースを歩かせていただき、近江町市場で鮨をつまみに軽く一杯としました。


 さて21世紀美術館ですが、ちょうど展示がお休み(月曜日)ということもあり、ゆっくりと建物を愛でさせていただきました。


 21世紀美術館

 正に現代アートを主に展示する美術館に似合った建物といった印象、興味深かったです。


 そして兼六園、此処は約30年振りですか・・・・。
 若い時はその魅力等良く判らなかったのですが、一歳拾うとまた違った味わいといいますか・・・・。


 兼六園

 こんな場所で金沢芸妓さんと、何て思ったり(笑)。


 そして金沢城址。
 此処も30年ほど前訪れている筈ですが記憶が・・・・・・。


 で、今回思ったのは・・・・石垣が魅力的!

 金沢城址

 &ともかく広い・・・ということ(流石加賀百万石ですか・・・・)。


 また50間長屋も復元され・・・・・(これはこれで築城時の雰囲気が伝わって良いのかも知れません、賛否はありそうですが・・・)。


 そして近江町市場は相変わらずの人出。
 何といいますか金沢市、日本海側の唯一の勝ち組都市といった雰囲気も・・・・・。

 それはそれとして、市場内で食べた鰯の握り寿司が私の口に合い嬉しかったです(鰯、下魚ですが美味しいのです、足が速くてあまり握りなどにはならなかったりですしね・・・・)。




 更に翌日は境港。


 此処はノーチェックだったのですよね。港町ですし遊郭色町が存在しない筈は無いとは思っていましたし、若いころ訪れた印象も適度に怪しく・・・・・。唯、其の手の資料等にはほとんど記載されずで・・・。
 
 唯、少し前に此処に昔栄町(桜町)遊郭なる物が存在したと聞き及び・・・・其の辺りを歩いてみようという事です。


 栄町遊郭跡


 が・・・・・・、雰囲気のある建物は見当たらず・・・・・・・(やはり戦中の徴用船の事故による壊滅故か・・・・)。
 

 栄町辺り

 この建物も一寸違う印象だし・・・・・。

 ということで、代わりといっては何ですが水木しげるロード歩いてみることに・・・・・。


 これが思ったより良いのです・・・・。
 漫画で街起こし??? 等と思って訪れて無かったのですが、これが結構魅力的といいますか、本気度が伝わるといいますか、手抜き感が無いといいますか・・・・・。

 はい、良かったです。

 特にこの”砂かけ婆”さんなんて、動き等ちゃんと煮詰てあるな~~という印象で。

 砂かけ婆



 更に造り酒屋のかくうちで軽く飲んだりと・・・・・、

 精米歩合


 ハイ、結構楽しかったのです。境港。




 そして翌日は更に釜山で街歩き。
 韓国上陸は初めてです。


 国際ターミナル前から無料バスで南浦洞、チャガルチ近くに行き、先ずは国際市場の東の通りを歩いてみます。
 此処は帽子や鞄、靴といった商品が並んでいるのですが余り魅力は感じなく、更に真ん中の通り、此処は厨房機器や食器が並んでいるのですが此処も・・・ということで富平市場に移動してみると。
 此処は一寸DEEPな雰囲気で、路地(裏)好きの私としては結構好みといいますか・・・・・。

 此処で・・・


 モペット


 働いてる感満載のモペット発見(私には車種不明)、人や店は写し辛いのでこんな物を撮ってみました。

 また市場内といわず、歩道等もバンバン走っているスクーター、排気量の大小に関わらず大体こんな一体型のバンパーをつけています。

 スクーター




 それはそれとして、そこから忠武洞遊郭跡辺りに移動・・・・(相変わらずです)。

 この辺り10年余り前までは風俗街として栄えたらしいのですが、法改正により・・・・・・ということらしく。
 (そういえば我が国も風営法の改正等で風俗産業が派遣・デリバリー型に移行し、いわばコールガール化といいますか・・・店舗型は急速に目立たなくなっているとも思えるのですが、この辺りもグローバル化、西洋化、なのですかね?)
 (ジェントリフィケーション?)
 
 閑話休題、この辺りと思われる場所を少々徘徊してみたのですがハングルが読めない私としては風情が・・・・・。
 (そう、朝代の玉垣みたいなのが好きなのです)


 忠武洞遊郭跡  つれこみ?

 これくらいで・・・・・。


 代わりに猫なんか撮ってみたり・・・・。

 釜山の猫


 まあ、港町ですから・・・・・。


 それから、忠武市場辺りを歩き(此処も雰囲気でした)、チャガルチ市場ビル(此処は観光化され過ぎの印象)、ロッテデパート(綺麗ですが広すぎて疲れました)と歩き・・・、自宅から持ってきた地図を頼りに国際ターミナルまで歩き・・・・・。




 が・・・・。

 何か景色が違う・・・・・・。


 周辺を結構うろうろしてたのですが、やっぱり来がけにバスに乗った場所が判らない・・・・・。

 意を決して建物まで歩き内で人に尋ねると・・・・・・。


 此処は昔の国際ターミナル。1年ほど前にターミナルの移転がありまして此処からタクシーで5分程です。との返答。


 持って来た地図が古かったのですね・・・・・。
 疲れが一気に出まして(其の所為かここ数日体調が・・・・)、何はとまれ広い道まで出てタクシーを拾うことに。


 しかしこのタクシー、運転手さん愛想がよくまた日本よりリーズナブルで助かりました。



 とこんな感じで各地の町並みを徘徊した数日でした・・・・。


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2016/09
15
[ #864 ]

東廓

 明けて月曜日、覚めると体内にしっかりと酔いが宿ったままです。
 まあ前夜の宴会、酒の燗付けが間に合わない位のペースで燗徳利が空いておりましたし(今回もですか・・・!)、其処から更にバーホッパー(因みに私は4軒程・・・・・)。まあ仕方ないですがやはり歳は感じます。確か10年ほど前に初めて実施した京都では、昼から飲み続けた後~お座敷でも飲み倒し~更にバーを8軒回ってもそれほど二日酔い無かった記憶が有ったのですが・・・・。


 閑話休題、宿酔いを嘆いても仕方ないので、ホテルの朝食はしっかりと腹に収め街歩きに出かけます。


 この日の目的地は東の茶屋街周辺。

 この辺りが恐らく入り口、その昔木戸が置かれた辺りですかね?


   東廓


 紅柄の壁と風にそよぐ柳が雰囲気です。

 此処で先ず向かったのは、国の文化財にも指定されております御茶屋建築「志摩」様。続けてその斜め向かい、やはり保存されています御茶屋建築の「懐華楼」様。

 ハイ、完全に私の趣味です。


 しかし、この二つの建物の雰囲気の差異、興味深かったですね。

 共に文政3(1820)年に建てられたものでしょうが、志摩の方は其の当時の雰囲気を残しており(まあ、故に文化財指定なのでしょう)、懐華楼の方は(恐らくは御茶屋としての廃業時)、昭和初期の雰囲気が色濃く出ている感じですね。

 そう、志摩は江戸末期の金沢の社交文化の中心であり社交場であったお茶屋の雰囲気やありようが感じられます。
 全体的に抑え気味かつ繊細で風雅な空気ですかね。

 この中庭などいかにもですよね。

 志摩
 

 またここでもう一つ個人的に興味深かったのが此処。


 台所

 台所といいますか厨房といいますか。

 地域に拠りますが、お茶さんでは基本的にお客様向けの料理はしない訳で、お酒の燗付けと後、吸い物の出汁をひく位、でこうした場所はこじんまり。

 これが料理を造れるしっかりした厨房&庭に本格的な茶室が付くと、所謂”揚屋”ですね(長崎ではこの呼称が逆の様です)。


 これに対し懐華楼は、いかにも大正~昭和の雰囲気といいますか、謂わば世間でイメージされるであろう所謂”遊郭”的雰囲気が漂っています。

 玄関を入ったところのたたきがこうですし。

 懐華楼



 其の先の大階段がこうですし。

 階段



 更に2階の大広間がこうですから。

 畳


 そう粋な志摩に艶っぽい懐華楼。
 あるいはお茶屋的志摩に妓楼的懐華楼。

 興味深かったです。


 
 そこからこの辺りの芸妓さんの信仰が厚いといわれる菅原神社に・・・・。
 此処の玉垣は・・・・。


 玉垣


 東廓事務所ときしてあります。

 現在は東茶屋街と呼ばれていますが、恐らく昭和の時代まではこの辺り東廓(ひがしのくるわ)と呼ばれていたはずでして、耳ざわりもそちらの方が良い気がしますし日本語としても・・・・・(で、私は東廓と書くわけですが)。


 この日は余り時間の余裕も無い&単独行動でも無い故余り長居はせず、梅の橋まで坂を下り此処から川沿いを中の橋まで散歩。


 浅野川を挟んで観る主計町の茶屋街が雰囲気です。


    主計町

 何といいますか、京都の木屋町辺りとも似た雰囲気ですかね・・・・。

 川沿い、柳。
 雰囲気ですね。


 ここから、券番事務所前~暗がり坂と歩き今回の金沢の街歩き、個人的には終了。

 市場で軽く昼食&散策の後は帰るばかり・・・・・。
 やはり一泊二日では足りないですな、21世紀美術館も行けなかったですし・・・・・。

 まあまた機会が有れば・・・・です。




 追記

 金沢の東西両廓。文政4年に成立する訳ですが・・・・、其の前は?なんて疑問もありそうです。

 個人的な見解では有るのですが、1620年辺りから、金沢の廓の成立する1820年頃迄の江戸の主要期、江戸(吉原)、大阪(新町)、京(島原)、長崎(丸山)といったところに(官許の)廓が有るわけですが、其処以外、殆どの城下町には公には廓はあまり存在しないのですよね(勿論例外も)。また往時の黄表紙等にも「遊郭」の文字は殆ど見当たらない・・・・。

 また我が国で娼妓さんの数が最も多かったのは、恐らく昭和初期。


 言ってみれば”遊郭”とは、明治~大正~戦前 といった時代の象徴ともいえそうです。

 江戸期は、廓とか茶屋(街)(あるいは遊所)・・・・。


 そんな事も考えた金沢でした。

 

 

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2016/09
14
[ #863 ]

宴会

 前回の続きです。

 この度の旅行のメイン、夜の宴会はこちらでお願いしました。


   山錦楼


 「山錦楼」様


 昭和初期の建物で金沢市の保存建物に指定されていらっしゃるというはなしです。


 この旅行、何時ものごとく駅で解散~各個自由行動ということで、此処が集合場所。

 集合時間は17時50分に設定。、私はその十分前を目標に・・・・。

 

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2016/09
13
[ #862 ]

金沢

 この日月とお休みをいただき、金沢まで行ってまいりました。

 在来線~新幹線~特急サンダーバードと乗り継いでの行程ですが、東広島からだと遠いですね金沢。
 一泊二日だと少々無理も感じる旅程ですがそこは貧乏暇無しなバーテンダー、これが精一杯という感じなのです。

 そこまでして何をしに金沢まで?

 
 はい、いつものこれです。







   舞




 そう10年程前ですかね?有る方のご尽力も有り、初めてこうした企画の旅を行ったのは・・・・。
 どうもそれ以来定番化致しまして、1年か2年に一度こうした事をさせていただいております。

 そして今回は念願の金沢です。

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2016/07
26
[ #848 ]

瀬戸内モダニズム周遊

 先日図書館で借り出したこの本、中々興味を惹かれる本でしたのでその感想等を少々・・・・。


        瀬戸内モダニズム周遊

 「瀬戸内モダニズム周遊」   橋爪紳也



 何はとまれタイトルと装丁に惹かれ借り出したのですが、色々と興味惹かれる本でした。

 先ずはこの装丁が良いですね、この分野の第一人者”吉田初三郎”氏の観光鳥瞰図ですから。

 内容はと言いますと、大正から昭和初期にかけわが国に観光ブームが訪れる訳ですが、その観光ブームを”瀬戸内”と”モダニズム”という2つのキーワードを切り口に多面的に論じてみようという物です。
 私自身、瀬戸内で生まれ育ったこともありますし、またこのモダニズムあるいはそうしたことが喧伝された大正~昭和初期の建物に惹かれる面もありまして、正にツボ嵌ったという訳です。

 そして読み進めるにつれ観光立国を目指す現在のわが国の在り様および観光ブームと、往時のそれの余りの類似性に驚いたり楽しくなったりと・・・・。


 たとえば昭和初期の観光ブーム、国立公園という世界基準の公園の制定により地域のブランド化がなされた事をきっかけに沸騰する面が有るのですが(また故に地域おこしとして制定を促す運動が各地域で行われたり)、これは現在の世界遺産等の登録運動と瓜二つに思えますし、また格地域における観光開発のやり方も同様に・・・・。
 地域の風景・景観・神社仏閣・歴史・民話・伝統・工場・盛り場・等々・・・・・を観光資源として開発。更にレジャーランド等の建設。
 そして各種イベントの開催(往時では博覧会、共進会etc、現在では各種グルメやスポーツイベント等々)。
 国を挙げて外国人観光客の誘致を推し進め、それに対応するホテル等の建設、等々・・・・・・。
 また、船旅のブームなんてのも・・・・。、
 まさに約100年前と同じことを現在もやっているのだと実感させられます。


 またそうした行為、一言で言ってしまえば(少々不遜な言い方ではありますが)「軽薄」と成りますかね。

 勿論現場で苦労された方々の行動や地域おこしの想い等々は安直に軽薄とはいえない様に思えます。
 しかし、この観光ブームを俯瞰的(それこそ鳥瞰図的に?)に見た場合、やはり軽薄という印象が拭えないのですよね。
 まあ”ブーム”というものは押しなべて軽薄なものではあるわけですしね・・・・。


 また、(物見遊山や近代)観光と言う行為自体が言わば生産性の無い行為、言ってみれば軽薄な行為と言われても仕方ない面が強くあるとも言えそうですし。
 現実に当時もそう認識されていた面もありそうでして・・・・。この本に記されていたことによれば、当時、観光産業のみで成立していると言っても良い”別府”という街。ある識者は別府を”煙突の無い街”評価したそうです。その意というのは、工場の無い街であり生産的行為は行っておらず、タダタダ人様の財布の小遣いをあてにして飯を食っている・・・云々、と。

 (まあ、非生産的、非実利的行為が遊びであろうし、また上手くすればそれが文化ともなりそうで、結構個人的には好きなのですがね・・・・ 笑 )


 更に言えば、近代と言う存在自体が実は軽薄ともいえそうでもありますし。
 (確か「近代の夜明けと共に世界は軽薄の炎に包まれた・・・・云々、・・・」といった言い回しもありました・・・・誰だったかな?橋本治か?)

 実際当時でもそうした見方はあった様で、この本に紹介されています「モダン讃岐」という雑誌、その創刊号に編集者がこの様な意味なる創刊の辞を載せているのです。
 「浅薄なるモダニズムは真のモダニズムにあらず・・・云々・・・・」
 詰まり当時、モダニズムには浅薄というイメージがもたれていたと言うことでしょう。

 (まあモダニズム、場合に拠っては、また捕らえ方によれば、伝統的な物事を否定する主観的思想であり、とにかく新しいことをよしとする風潮でもありますからね。まあ、浅薄と言われても仕方ない気も・・・・・・。)


 実際、近代化、あるいは近代観光ってやはり浅薄・軽薄に堕し易いともいえそうで。


 例えば当時、また現代でも、地域の祭りや盆踊りが観光商品として存在感を放っていますが、近代以前それらの行為は地域の人々にとって先祖供養であったり、自然に対する感謝であったり、祭司的であったり、儀式的であったり、ハレとしての重要な日であったり・・・と、気域の行事として重要な意味を持っていた筈ですが、近代(観光)というもの、それらの多くの意味をすべて無視し、あるいは無理解とする立場において、単に観光資源としてしか評価しないわけですね・・・・・。
 更に言えば近代化と言うもの、言わば資本主義化でもあり、結局のところ全ての物事に対し、商品価値というスケール以外をあてはめ無い訳ですから・・・・そりゃ軽薄ですわな(それらの行為物事に内包された多々ある意味を理解出来ないって・・・・そりゃ浅薄といいますか、軽薄といいますか・・・・・)。


 そうして言ってみればこの商品価値でしか判断できない=経済理論優先の先にあったのが、わが国の大陸への進出であり、満州事変~日中戦争~太平洋戦争~敗戦・・・という一連の流れにつながっているとも思えるのですよね・・・・。

 実際に西洋でも、爛熟と退廃の19世紀末の先に第一次大戦があり、喧騒と金融バブルのジャズエイジの先に第二次世界大戦が来たともいえそうですしね。


 もしかすると、軽薄・浅薄なる社会風潮の先には地獄が口を空けて待っているのかも・・・・・、何てことも考えてしまいましね・・・・。
 特に今朝、いやなニュース(介護施設での大量殺人事件)を耳にしたこともありまして、こんな話しになってしまいました。



 それはさておきこの本、版が小さめ&白黒の印刷と言うこともあり見えにくいのがネックですが、多くの資料も掲載されていますし非常に魅力的な本なのですよね。特に呉や高松の当時の花街の事や、各種ホテル等の建築物などの資料は正に私好み、この企画で博物館展示なんてしてもらえませんかね?といった内容でした。

 


 追記、そういえば北海道の某所では新たに伝説を創作(捏造?)しその文脈にて祭りを行い観光客を集めているとかいないとか・・・?正に・・・・といった印象ですね。
 (しかし、アイヌとの関係やその存在はどう表しているのでしょうか?)
 

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