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2018/05
21
[ #1025 ]

すい

 確か前回”いき(粋)”という言葉、あるいは価値観につい、”しゃれ”と同様江戸っ子を規定する重要な価値観、あるいは言葉ではないか?等と書いた記憶があります。
 また実はこの”粋”という漢字、関西圏では”すい”と読むのですよね(すいなお方やなぁ~ なんて)、でこれはこれでやはり難波っ子を規定する重要な価値観にもおもえたり・・・・。


 そうなるとこの”いき(な)”と”すい(な)”ってどう違うのか、あるいはどう似通っているのか? やはり考えてみたくなりますよね。

 江戸っ子の”粋な”って感覚、日本各地から異なる出自の人々が江戸という過密都市で暮らす上において無益な争いを減ずる為、・性欲・食欲・金銭欲 等に恬淡である(こだわらない、あっさりしている)様に振舞う事、あるいは他者に感じさせない事、それらをよしとする物だろうと思えるわけですが、思えば関西圏だって太閤さんの都市開発以降全国から異なる出自、価値観の人々が集まり大阪(難波)という都市を築く訳で、それは江戸という都市と変らないわけで・・・・。
 といいますか大阪周辺という地域、それよりも相当昔から港町として成立していたわけで(それこそ太古の昔から)、当然色々な出自の人間、よそ者、まれびと・・・等が訪れて来た場所、当然、無益な争いを避ける為、三欲に恬淡であることをよしとする文化は古くから育まれていた筈というか、そう思えますよね。

 で、当然”すい(粋)”という価値観にはそれらを内包している様に思えます。
 金や女や食い物に拘る(欲深い・えげつない)人って、あまり粋(すい)な感じではないですよね?というか”粋”という評価はされないでしょう。


 じゃあ、江戸の”いき”と同じではないか?となるのですが・・・・ちょっとちがいそうです。


 人前で三欲に恬淡であることは当然というかなんというか、まあそうすれば無益な争いは減るでしょう。
 ただ、それでも人間という生き物、根っこのところでは、三欲からは離れきれない、色と欲の存在は否定しきれない訳で・・・・・。

 その根っこの部分、色と欲から逃げ切れない人間の業も認める、あるいはそれを判った上で、三欲に適度に恬淡である姿、これがおそらく”すい”なのではないかと・・・・・。

 いってみれば三欲に恬淡で有ることに拘る、若い江戸っ子文化の”いき”にたいして、さらにそこから成熟し色と欲から逃げ切れないことも飲み込む大人の難波っ子というといいすぎですかね・・・・。
 あるいは建前重視の江戸にたいして、本音と建前の両方認める難波というか・・・・・。

 歌舞伎等もそうですが、江戸の荒事ってわかり易いヒーローものといいますか・・・・。
 対して上方の和事歌舞伎や文楽、浄瑠璃の主人公って、結構、色(性欲)や金、出世等々に振り回されているというか、とらわれているというか、あがいているというか・・・・そんな印象ですよね。

 それにだいいち、大阪(難波)は商都、商売の街。金銭に恬淡だと街が成立しないでしょうし・・・・ 笑 。
 

 しかし、金(金銭欲)って、三欲の中でも最もえげつないというか汚いというか(少なくとも近代以前ではそう認識されていた筈)そうした物、その金という存在と難波はどう折り合いを付けてきたのか?といのは気になります。
 銭金オンリーというか、金儲けの安直な肯定は争いを増やすでしょうし残酷な都市を生み出しそうですし・・・・。



 恐らくですが・・・・・、
 難波の商人は往事、出来る限り手形決済等を増やし、出来る限り現銀(金)のやり取りする機会をへした。あるいは定期的に読書会や勉強会等を催し”商人道”といったものの研鑽に勤めた(義を忘れたビジネスは単なる金儲けに堕するといった意の事をいったのは確か渋沢栄一だったとおもいますが、そういうものかと・・・・)。


 あともうひとつ、しゃべくり倒す。

 等というと ?????  と思われそうですが・・・・・。

 儲かりまっか? ボチボチでんな ~~~~~~~~等々というある種形式化された会話、実は、銭金のえげつなさを中和する為の作法というか道具立てというか、しつらえというか・・・・。まあそんなものと思えます。

 飲む・打つ・買う といった人間の本能というか欲望が直接現われる空間や場にこそ、設えや仕来りが発達するように・・・・。
 (たとえば西洋の競馬場のドレスコードやマナー、江戸期の遊郭文化、喫煙具や飲酒道具の様に・・・・)


 そう、公の場では三欲に恬淡であることは当たり前としつつ、色と欲も否定しきらずこなせる、これが”すい”って物ですかね。

 本音と建前の両立というか、大人というか・・・・。


 でもまあ、江戸っ子の粋(いき)も難波商人の粋(すい)も共に興味深く思えますよね・・・・相変わらずの戯言ですが・・・・。


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2018/04
12
[ #1016 ]

瀬戸内の海人たち

 先日図書館で借り出した本、楽しく読ませていただきました。
 

     瀬戸内の海人たち

 「瀬戸内の海人たち」    ・森 浩一 ・網野喜彦 ・渡辺則文    中国新聞社

            
 私自身瀬戸内の海の側で生まれ育った故かこの手の本に惹かれるのです(或いは私の出自故か・・・どうも先祖は廻船問屋を営んでいたようで)。


 しまなみ街道の開通を期に広島の地元新聞社が出された本で、内容は序章に続き・・・

 ・考古学から瀬戸内をさぐる ・中世瀬戸内の海民 ・近世における瀬戸内の島々 の3章を中心としまとめ的に

 ・<討論>瀬戸内研究への提言  他、・中世都市と民衆 ・幕末の漂流民 

 といった内容で私好みです。因みに網野喜彦氏の「中世瀬戸内の海民」は既読でした(まあ、97年出版の古い本ですし)。

 
 全体を通して書かれていること、歴史学で語られるわが国の位相は農本主義或いは土地本位制を主体とした視点であり、また各文書に対する素直な信頼といいますかなんといいますか・・・・であり。そこから見える物と実際の人々の生活や生業といった物はかなり異なるのではないか?といった物に思えます。
 更にいえば、そこには海からの視点・海民の視点といったものが不足しているのでは?海上を船で運ばれる情報や品物の流通といった物を観ないと事実は判らないのでは?・・・・・云々といった感じですね。


 そう、恐らく律令制の導入やそれに伴う古事記や日本書紀の編纂といった事を切欠に、農地からの租税を基本とする政権が力を持ち、歴史も其の視点で掛かれた物が主流(大本営発表? 笑 )となり、海や山で暮らす人々や其の視点は消されてきたというのがわが国の歴史(学)の世界とも思えるのですよね・・・・。
 また其の先に、藤原純友の乱や、源平の争いや、南北朝の争いといった物もあるように思えるのですよね。
 で、そうした見方をする私にジャストな本でした。

 古本屋で見かければゲットして手元に置いておきたくなりそうな本でもありました。

 

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2018/03
05
[ #1010 ]

しゃれ

 先月、”おしゃれ”という言葉はある種江戸時代後期を代表する価値観のひとつである”しゃれ(洒落)”が基ではないか・・・?等と書いた記憶が有るのですが、では江戸時代の洒落、あるいは洒落ているといった言葉、具体的にはどんな価値観や行為だったのか?等とも想ってしまうわけなのです。

 そんな事をグズグズと考えておりますと、思い出したのが以前どこかで目にした記憶のある”番付”。
 具体的には”花競 贅二編”という見立て番付ですね。

 そう江戸時代も後半になると相撲の番付に見立てて色々な番付が刷られ人気を博したようなのですが、現代に置き換えますと”何でもランキング”といった感じですかね。

 そして”花競 贅二編”の番付は言ってみれば、男がやりたい贅沢な遊びの番付といった内容で、具体的にはこんな感じです。


 
 

       番付


 この番付、相撲番付で言えば向かって右、東が”しゃれの方”となっているのです。
 因みに左、西は”いきの方”と成っています。

 で、これを観れば当時の江戸っ子の”しゃれ”の意識が想像出来るかな?なんてね。


 そして、この中で”しゃれた”贅沢遊び筆頭は伊勢の”多々馳走籠”となっております。
 これはオンシの用意する贅沢な駕篭で居たせりつくせりの伊勢参り、という事でしょう。
 因みに対応する”いきな”贅沢遊びは安芸の宮島の”七夷船廻り”となっております。

 で次が、しゃれの方が”川一丸家形船”での川遊び。
 これは当時著名な豪華屋形船、一説には贅沢にやれば一晩300両ほども掛かるとか掛からないとか。
 今で言えば、隅田川かお台場辺りの花火大会に、巨大なモーターヨット(クルーザー)で出張ってフライングデッキで銀座のクラブの綺麗どころをはべらせシャンパーニュを・・・といった具合ですかね?

 対応するいきの方が”加茂川夕涼”。
 個人的には加茂川を見下ろす(貸し)座敷で馴染みの芸妓さんや舞妓さんと・・・・・といったイメージかな。



 とまあこんな感じなのですが・・・。

 こうしてみると、しゃれの方の遊び、言ってみれば誰でも知ってるメジャーな遊び。その分ミーハーというか何と言うか・・・・。 
 似合わない奴がやると、単なるお馬鹿?といった感じになりそうですし、それなりの人がやってもちょっとね・・・・、という感じですかね?

 でいってみれば、その馬鹿を承知でやる”遊び心”これが”しゃれ(洒落)”
 あるいは”しゃれっ気”かな?


 しかしこれはこれで結構難しそうです・・・・。

 先ず、結構金が掛かりそう(まあ、その無駄使い感がしゃれなのでしょうが・・・)。
 また、一応金さえ有れば誰でも出来そうですが、下手すると単なる下品な馬鹿になりそうですし。
 これがいい感じで洒落た感を醸し出そうとすると、そうとう・・・・。

 またこの番付の下のほうに、料理の部でしゃれの方が”初松魚(カツオ)のなまりぶし”なんて有るのですが、まあこれなんて典型的な”しゃれ”に思えます。
 江戸の後期、最盛期には一本数両(今で言えば10万円以上した)初鰹。またそれは新鮮さと初物に対する対価だった訳ですが、それを敢えて”なまりぶし”にしてしまう。
 まあ、見事というか何というか。それこそ「洒落だよ、しゃれ」という言葉が聞こえそうで・・・・。


 で初鰹のなまりぶしに対するいきの方は?といいますと・・・”鉢植え茄子ノ新漬”。 
 渋いですな。

 そう洒落は遊び心(まあ程度ものという気もしますが・・・・)ですかね?ただしスマートにやれれば・・・・といった感じですかね。

 思えばファッションもそんな気がしますよね。
 スマートで一寸遊び心が感じれれるのが”おしゃれ”の基本という気も・・・・・。


 ではもう一方の”いき(粋)”という価値観は・・・・?

 これは長くなりそうなので次回にでも・・・・。







 追記

 閑話休題、この”花競 贅二編”という番付結構お気に入りなのです。

 何がって・・・・、当時の色町の名前や関連がてんこ盛りなのです。

 番付の中央、行司の部分に・・・
 ・江戸吉原・京島原・大阪新町・長崎丸山・大阪島之内・祇園新地。
 更に・品川・三国・博多・室津・鞆の浦・・・・他・宇都宮・船橋・岡崎・吉田・松戸・甲府 とありまして・・・・。

 更に本文中に・・・・、
 ・伊勢・下関・新湊・有馬・駿河・潮来・鳥羽・水戸・・・・・といった具合。

 ともかく面白いのです。


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2018/02
21
[ #1008 ]

ドナルド=キーン

 先日、図書館にて借り出した本は日本文学者のドナルド=キーン氏の著作なのですが、楽しく読ませていただきました。
 
   
     ドナルドキーン

 日本文学の歴史 ⑨   近世編3

 
 ドナルド=キーン氏、たまにTVの画面に登場されたりされますが、私としては何といいますか全身からこの国、あるいは日本語というものや日本の文学、文芸に対する愛情が溢れている印象を受ける方でして以前から気になっていたのですが、未だその著作に触れたことが無く・・・。
 それが先日図書館でこの本を見かけ思わず借り出した訳です。


 全集形式といいますかかなりの冊数のあるシリーズで、初刊から読み通す気力は今の私には有りそうに無かった故に、先ずはこの一冊を選択。

 ”近世編3” ということで対象は江戸後期、享保の改革の後から幕末が範囲ですね。浮世絵等江戸という時代に興味惹かれる私としてはここになります。
 
 内容は背表紙に記された目次から判断していただければ・・・・。


    内容


 
 読後感ですが、訳の良さも有るのでしょうが江戸期にわが国の文芸の流れといいますかアウトラインといいますか、それが非常にわかり易く、楽しく読めました。

 勿論、私個人の見方とは異なる面もというか・・・も多いのですが・・・。
 例えば基本的に江戸中期の洒落本や狂歌やその作者に対する評価低いです。
 離世的で無為、社会風刺も無く文学的に見るものは無い・・・云々、といった感じで。

 まあ、西洋近代文学学(ちょっと変ないいまわしになってしまいました)、あるいはその研究者からすればそうなるのでしょうが、まあ私などはそこが好きだったり。


 閑話休題、この一冊でも相当な内容といいますか、現代の日本人でも一般の方では日本の文芸に対しこれほどの知識といいますかを持たれる方は少ないのでは?と思います。またこの国の文化の魅力といいますか、この国の人々をそうたらしめているメンタリティーといいますか、内面といいますか感性といいますか、それらを再認識させていただいた気がしますし、またそれらが好きになる内容でした。
 そう著者の日本、あるいは日本語や日本の文芸に対する愛情を感じる本でした(この国を好きに成るってこうしたことのような気が・・・・)。
 また同時に振り返って現代の日本人の愛国心とは?等とも考えさせられたり・・・・。

 
 ハイ、魅力的な一冊でした。





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2018/02
02
[ #1003 ]

おしゃれ?

 最近はそうでも無いですが、たまに初見のお客様等から「おしゃれな店、こじゃれた店、等々」の言葉をいただくことがあります。
 店主である私としては全くもってそうした意識は有りませんので(普通のとか、場末感漂うとか、ありきたりなとか、古いやり方・・・等々なバーだと想っております)、少々”?????”と思う面も有るのですが、まあそれはそれでお褒めいただいている訳でしょうから素直に感謝でもある訳ですが。
 あるいは、それ程意味があって発せられる言葉でも無いのかも知れませんし(例えば女性達が色々な物や事象に対し”カワイイ”という言葉を良く使われる事と同様に)、それほど意識する事も無いのが良いなでしょう。

 唯、私のような面倒くさい性格の人間はツイツイ、”おしゃれ”ってどのような物や事象や状態を表す言葉なのか?とか、そもそも”おしゃれ”ってどういう物なのか?等と考えてしまったりするのです。

  
 まあ”おしゃれ”という言葉、その意味とか使われ方は時代と共にかなり変化している訳でしょうし。特に最近は、先に書いた”カワイイ”なんて言葉同様に非常に便利に、故に乱用されている気配もありまして・・・・(まあ、故にちょっと耳障りだったり・・・と 笑 )。

 これがもう少し(数十年)前だと、ちょっと古めかしい言葉の印象ともあったり、ちょっと気恥ずかしい印象もあったりした記憶が有るのですよね。

 更に言えば、当時の雑誌や文章を読んだり観たりした印象ですが、昭和の20~30年代くらいには当たり前に(特に女性に)よく使われた言葉という印象もあります。
 
 また、昭和の後半の時代には、外面だけでなく内面の”おしゃれ”が大事といった方向や論調にむかったきらいもあった様な記憶もあったり無かったり・・・・。


 ではその前はというと・・・・・(まあ私の勝手な妄想。推察ですが・・・・)。

 大正、昭和初期は”おしゃれ”という言葉よりも”モダン”という言葉が流行していた気配が・・・(モボとかモガとかね)。

 で、明治は?

 小説など、特に男性が書いた物では”酒落”(しゃら、しゃらく)なんて言葉が使われたり。
 洒落(しゃら・しゃらく)という言葉はそうとう古そうです。
 ただ”おしゃれ”という言葉はあまり小説等で読んだ記憶は・・・・(まあ当時小説は未だ文語が主体の面も有るでしょうし・・・・)。
 
 ただ、口語ではそこそこ使われていたのでは無いかと想うのですよね。

 特に女性の間では。

 酒落(しゃら)なんて言葉を書きましたが、これに接頭語の御(お)を付けて”御酒落”(おしゃらく)なんて使い方も有ったようで、これは今でも”オシャレ”と読めますし。
 名詞や形容詞に接頭語の”お”をつけてるのは女性言葉という面が強そうですから(あと京なまりや山の手言葉といった印象も、また漢字で”御”を付けると丁寧語になりそうだったり・・・・・)。
 またゆえに”気取っている”等の負の印象を受ける場合や方も・・・・・。 



 閑話休題、その前、江戸時代は”しゃれ”という言葉や価値観は良く使われた様に思えます。
 ”洒落本”なんて存在、江戸を語るには欠かせない気もしますし。
 (ちなみに”しゃら”という言葉、遊女を表す場合もあったり・・・・)
 
 あと似た言葉で”いき”なんて言葉もそれこそ江戸を代表する価値観にも思えたり。

 また、これが江戸の前期頃までだと”伊達(だて)”だったり。

 とまあこの手の言葉、考えれば考えるほど面白いのですよね。
 
 まあやりすぎると切りが無いので続きはまた。ちょっと長くなりましたし。



 追記

 そういえば江戸中期の著名な浮世絵(師)。
 写楽(しゃらく)。

 そう考えると、これを生み出した蔦重は、やはり洒落(しゃらく)と写楽(しゃらく)を掛けていたのでしょうね。
 らしいといいますか。

 となると(以前ちょっと書きましたが)、写楽の存在は・・・・・。

 なんてね。

 
 

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2018/01
05
[ #993 ]

お笑い

 新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。
お正月はゆっくり過ごされましたでしょうか?
 私はというと今年もカウンターの内側で年越し、ということで相も変わらずで・・・。

 しかし年々正月らしさといったものも減じているようにも思えます、コンビニエンスストアやショッピングセンター等元日から開いていますしね。子供の頃はそうしたお店も三が日は閉めていた様な記憶もありますが(もしかすると田舎故という事もあったかも知れません・・・)。
 またそんなこんなで子供の頃の正月というと、TVでやっていたお笑い番組を結構観ていた印象があるのですが、最近は殆ど観なくなりましたね。
 といいますか、何時頃からかTVのバラエティー番組やTVドラマといった物を殆ど観なくなったのです。
 
 そんな私ですが、たしか先月の中ごろ、ネットのニュースサイトか何かで”ウーマンラッシュアワー”という芸人が披露した漫才が凄かった(あるいは笑えない)といった事が結構でていて・・・・気になってその漫才をネットで観て見た訳です(便利な時代ですね)。
 
 で、感想はというと・・・久々に笑える漫才を観させていただいたといいますか、一寸懐かしいといいますか・・・・。
 そう昔の漫才って、ああいった風刺的な側面がけっこう強く、そこが笑えたという印象が有るのです。


 上にも書きましたが何時ごろからかTVのバラエティー等を一切観なくなったのです、それはおそらく1980年台の初めくらいから。そしてウーマンラッシュアワーの漫才はそれ以前のお笑いの空気を感じた訳でして・・・・。
 
 おそらく其の頃、1980年代になった頃から所謂”お笑い(番組)”の質が変わった印象なのですよね。
 

 ではそれ以前の”お笑い”は、更にいえば”笑う”という行為とは?

 個人的見方ですが”笑う”という行為、霊長目の”パントコール”と同様、あるいはそれに端を発するものだと思えるのです。そしてサル等が発するパントコール、解釈は色々有るでしょうが仲間(身内)と敵を分ける行為、あるいはそうした状況で使われる、あるいは意味を持つ行為と思われるのですよね。
 昔から言われませんでした?
 公の場で大きな声で笑うな。とか、見ず知らずの人の前で笑うな。とか。
 そう、見ず知らずの人とは中々笑えないですし、仲の良いグループとか共同体の中でリラックスしていると自然に笑えますしね。
 笑うという行為はそうした物だと思えるのですよね。

 下手に見ず知らずの人の前で大きな声で笑ったりすると・・・・
 「ワリャー、なに人のこと笑よーんなら (怒)」 とか 「ワリャ、今、ワシのこと笑ろーたろーが (怒)」
 となるのもそうした査証ですよね。


 何だか話が横道にそれていますが・・・・。

 そう1970年代以前の笑いとそれ以降のものの違いって話で・・・・。

 なんといいますか、1970年代までは多くの日本人。お笑いを楽しむような時といっても良いかも知れませんが、そうした人々の自己認識に、”庶民”というものが有ったのではないのかと思うのですよね。

 其の頃までは、漫才にしても落語にしても。演じるのも聞くのも(観るのも)、基本的に庶民。あるいはそうした意識が有ったのでは無いかと思えるのです。生活者といっても良いかも知れません。 
 そうした庶民が日々の生活で色々と足掻きながら暮らしている、その足掻きが滑稽だったりして、其の姿に共感しつつ笑えるというのが実は日本の伝統的話芸というか・・・庶民芸能の本質というと大げさですがまあそうした物ではないかと思えるわけで・・・・。

 たとえば、往時人気だった藤山寛美の新喜劇だってそうですし、それ以前、名作と言われる古典落語(文七元結にしろ芝浜にしろ)もそうですし、古くは近松の世話物もそうですしね・・・・・。

 そして80年代ころになるとバラエティー番組で演じられる笑いが、そうしたものから”弱いもの虐め”の物に変わってきた気がするのです。そして個人的にはそれらは笑えない故そうした物(バラエティー等)は一切観なくなってしまった・・・・。
 またその後もそうした”弱いもの虐め”的なものがどんどん多くなっていった気がするのです。


 結局其の頃から、日本人のメンタリティーも変わったのかも知れません。
 確かわが国がGNP世界第二位になったのが1968年だったと記憶するのですが、その後の70年代は石油ショック等もありそれを実感できる部分は少なかった気がするのです、それが80年代となり、バブルに一直線に向かうごろから何かが変わった気がします。

 何と言うか”俺たちは金持ちな日本人だ・・・”といった自意識が芽生え、強くなっていった気が・・・・。
 (確か東南アジア等への買春ツアーなんて事が問題視されて来たりしたのもこの頃のような・・・・)

 つまり自分たちは”庶民”ではなく所謂”勝ち組”だという自意識に変わっていったのがこの頃からという気がするのですよね。
 (勝ち組なんて言葉がはやるのは未だ先ですが)

 で、笑いも庶民の悲哀といったものから、弱いもの虐めの下衆な物に変わっていったと・・・・・。

 そして現状は・・・・。



 そんな事を考えさせられた、ウーマンラッシュアワーの漫才でした。

 

 

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2017/10
06
[ #970 ]

筑前琵琶

 ”筑前琵琶”の演奏を聴いて来ました。新たに開園した仙石庭園の開園感謝観月会です。

 仙石庭園、存在は以前から知っていましたがこの度正式に開園となった事を聞き及び先月辺りからしばしば訪れていたのですが、十五夜(当日は旧暦八月十五日でした)の月の下、琵琶の演奏が行われると聞き及びいそいそと出かけた訳です。



    004.jpg



 当日は見事に晴れ渡り美しい月の光、その下での琵琶の演奏。
 良かったです。



 北風が強くマイクがその音を拾ったりと、で・・・どうなるか?等といらぬ心配などもしたのですが杞憂でした。
 といいますかその風の音や周りの風景・雰囲気、青く冴え渡る月、これらのが演目の”敦盛”に見事マッチし・・・、侘び感満点・・・。
 兎にも角にも演者の奥村旭翠氏の見事な琵琶の音色とともに、震える程でした。


  琵琶


 唯私、防寒対策を忘れていまして・・・・これはこれで寒さにも震えてしまいました。


 当日はえらく冷え込み(まあ故に月が冴え渡って呉れたのでしょうが)、そこに結構な北風・・・・、それもあり、また仕事も有りということで途中退席となってしまいましたが、良かったです。

 もし次があるのであればしっかりと防寒対策をして出かけたいですね。

 
 
 といいますかこの仙石庭園、自宅から遠くないので機会をみてしばしばお邪魔させていただこうと想っております。
 (もうすぐ紅葉シーズンでもありますし)

 近所にこの様な庭が開園しありがたいです。

 

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2017/09
08
[ #962 ]

清談 佛々堂先生

 最近読んだ本で少しばかり印象に残ったこの本。


     清談佛々堂先生

 「清談 佛々堂先生」   服部真澄

  
 服部真澄といえば出世作の「龍の契り」が非常に面白く、また続作の「鷲の驕り」もこれまた楽しくそうしたイメージが強かったのです・・・・。
 詰まりは現代の社会情勢そして国際関係をテーマとしたミステリーの名手で、読み応えも有る作品を書かれるという・・・。

 其の印象をよい意味で裏切られた作品でした、恐らくそうした理由で印象に残ったのです。


 内容は数寄者を主人公にしたミステリー仕立ての短編集で、当然の事ながら日本文化とか骨董といった物がテーマになるのですが、全体として軽く書かれたというか・・・そうした文体で、それがまたテーマにあっている印象。
 良い感じに軽みを感じて嬉しかったのです。

 そう「龍の契り」等が硬派な文体でそのテーマも含めどちらかといえば男性作家的な印象も受けるのですが(またテーマも国際情勢等いわばグローバル視点といいますか)、この「佛堂々先生」は女性的な印象(また、徹底して和文化礼賛ですし)。
 はたしてどちらがこの作家本来のスタイルなのか・・・?等とも想わされたり。

 まあ、グローバルを意識すればローカリズムに回帰せざるを得ないというのは良く言われる話でもありますし、表裏一体、両面ともこの作者の色なのでしょうかね?



 どちらにしろこの作者のこっち路線の作品をいくつか読んでみたくなりました。

 そうバーなんてある種趣味性の世界ですしね、この手の作品惹かれるのです。


 

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2017/08
11
[ #956 ]

お盆

 今日から世間は夏休みといいますか、お盆休みですかね?特に今年は今日”山の日”が金曜日という事もあり長期の休みを取られる方も多いのでは?と想像してみたりもしております。

 しかし思うに、この8月11日が山の日に指定された事もあるのか、この8月半ばの夏季休暇の期間が”お盆休み”というイメージから単に”夏季休暇”といった印象が強くなった気がするのですよね・・・・。
 各地で行われている(或いは行われていた)所謂”盆踊り”も”盆踊り大会”といった感じで名前が変り、昔からの祭司的意味が急速に失われている印象も強いのです。
 (といいますか地域によっては盆踊りそのものが行われなくなっている気もします)


 また盆踊りに限らず各地域で行われていた昔からの祭りも、(例えばOO市夏祭り、とかOO町花火大会といった感じに)急速に名前等が変更になっている印象も・・・。

 もちろん昔からの名前で行われているそうした祭りや盆踊り等も残っていますが、それらも基本的には観光資源としての価値がある物に限られている気もしますし、そうした行事自体が観光資源としての価値があるかないかで判断される傾向がこの数年特に強くなっている気がするのです・・・・・。


 閑話休題、”お盆”ですがそもそも何なのか・・・・・。


 物の本等に拠れば、仏教行事の盂蘭盆会であり、仏教とともに伝来し飛鳥時代ごろ(推古天皇のころ?)から行事として我が国に定着し始めたとか。またウラボンエの語、元はサンスクリット語に起源が求められるとか・・・・道教の影響もかなり強いとか・・・・・。
 諸説あるわけですが・・・・・・。

 個人的にはもっと古い慣習というか習慣というか、祭祀というか・・・・・そんなものではないかな?という気がしているのですよね。


 それこそ世界、或いはアジア地域全体に存在する豊穣神や先祖等々に対する感謝や畏怖・・・・、まあそうした行事、慣習、習慣。そうした物が宗教によってある種意味づけられたり取り込まれたり習合したりといった感じで形式化された物では無いかと想うのですよね・・・・・。

 実際仏教伝来以前にだって、色々の(そうした)祭祀的行事等は行われていたはずですし、例えば弥生時代や縄文時代だって、お墓や祭司的行事はあったはずですから。

 更に言えば(或いはもちろん)我が国に限らず。
 そうした、夏場(或いは初秋か)の満月の日に行われていた豊穣祭り、先祖崇拝の行事が各種宗教にも取り込まれた、或いは意味づけされたと考える方が腑に落ちるのですよね。


 例えば日本でおそらくは最も古い形のお盆行事に近い物を行っている地域といえば沖縄や奄美が思いつくのですが、そこらへんって仏教でも神道でもないですからねぇ。
 つまり元々は(唱導的)宗教以前の存在。


 では何故この(旧暦7月の満月)なのか・・・・・・。

 もちろん個人的な妄想?ですが・・・・・。


 この時期はアカテガ二等が産卵する時期。

 といいますか、多くの魚類や両生類等、満月や新月の夜に産卵を迎えたりしますよね。
 当然そこには”死と再生”が強く意識される訳でして・・・・・。
 そうした事だと思いますね・・・・・。


 付け加えて言えば寒い時期の大潮(新月)が旧正月となり・・・・・。

 そういえば子供も頃は旧正月周辺の大潮の時期、多くの方が潮干狩り等に磯に出ていた記憶があります(貝を掘ったり、海苔を摘んだり、蛸を掘ったり、ギンポを取ったり・・・・と)。

 また初夏の大潮(新月)が住吉祭りになったり・・・・・と。



 で、現代では関東辺りではお盆といえば新暦の7月15日辺りとか。そしてそれ以外の多くの地域では新暦の8月15日辺りですよね(これがこの時期)。そして沖縄やほかいくつかの地域では旧暦の7月15日あたり・・・・・。


 
 何故こんな話になったのか・・・・。



 関東周辺の7月15日前後というのは明治初期に明治政府が新暦(グレゴリオ暦)を導入し、お盆も新暦の7月15日にした故でしょう。
 それ以外の地域の新暦8月15日というのは、新暦の7月15日前後だと農作業に支障が出る故という事も有って、旧暦の7月15日に近い8月15日にすることにした地域が多かった故といわれています。

 では何故旧暦のままのお盆にしなかったのか?


 この辺り色々有るのですが・・・・・・。

 先ず明治初期に政府が新暦(グレゴリオ暦)を採用、多くの行事を新暦に基づいて行う事を奨励する訳ですが、農村等の地域、地方ではやはり旧暦で行う事が多かった訳でして・・・・(それはそうですよね、盆踊りなんて満月の下でないと暗くって・・・・また海民系の祭りですと潮の大きさと満ち干の時間に決定的に影響される訳ですし・・・・・)。


 それが変るきっかけが20世紀初頭の地方改良計画でしょうね・・・・。

 日露戦争の後、逼迫した財政の事もあり政府によって行われた事業ですが、これにより、お盆と神道系神社の行事以外の行事を旧暦で行う事を禁止する訳ですよね。また、その徹底と徴税の徹底化を図るために地域に昔からあった組織を改変し、行政下に置く訳です・・・・(例えば若衆宿を青年会にとか、女性だとお処女会とか婦人会とか・・・・)。で、地域の行事もそうした組織主導で新暦で行われるようになる・・・・道造りとか川切り何てものそうでしょう)。

 ただ、此処にも記したように、お盆や神社が主導する祭りは旧暦のものもかなり残った訳です。
 実際、私が生まれ育った地域もお盆の行事、を戦後すぐの時期等では新暦の8月15日と、旧暦の7月15日、両方行っていた様で・・・・。


 では多くの地域から旧暦のお盆がなくなったのは何時ごろか?というと・・・・・。

 どうも昭和30年代の様で・・・・・。



 理由としては、お盆休みが2度に渡ると、企業が困る・・・・・といった理由が言われています。
 まあ、確かにそれもあるでしょう・・・・・。戦後の日本、特に高度成長期は企業中心というか、そうした社会でしたから。
 (地域社会の代わりを企業がしたともいえそうです)


 唯、個人的には55年体制のスタートが大きいように思えたりもするのですよね・・・・・。

 一寸話が長くなったので、今日はこれくらい・・・・・。

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