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2020/08
02
[ #1212 ]

新しい生活様式

 最近TV等(例えばACのCMとか・・・)で”新しい生活様式”という事が矢鱈と宣伝されているというか、耳に付く気がします。
 新型コロナウイルスの流行に伴う措置という事なのでしょうが・・・、どうもこの”新生活”といった言葉と言うか、方向性というか、個人的にはどうも気持ち悪いといいますか、なんといいますか・・・・。
 まあ、そんな感じなのですよね。

 ”日常生活の各場面の生活様式”なんてところに色々具体例が箇条書きなんてされていまして・・・、まあ、それぞれ、もっともと言えば尤な事が羅列されている気はしますが(中には少々疑問符も?かな?)、何と言うか私の様ないい歳のおっさん(還暦が近づいて来ました・・・)にからすると、小学校低学年の子供に言うような事を今更さも大事な事の様に言われてもねぇ・・・と言う感じで。
 大体そこらへんの瑣末な事なんて、自分で考えて工夫して既に実践していますし・・・と思うわけですな。

 そう、こうした新生活運動等々の方向性、個人の判断というか、考えを否定するといいますか、若年層のマニュアル人間化なんて事が昭和の終わり頃から盛んに言われて来ましたが、正にこうした事がマニュアル人間の大量生産をしているのでは?ともおもえますしね・・・・。

 また、”新生活の推進”なんて言葉を耳にした時に、まず思い出したのが、北関東辺り(群馬だったか?)の新生活運動と言う奴。
 確か冠婚葬祭の簡素化等を目指し専用の香典袋とか香典袋に張るシールとかが売られているというやつですね・・・。
 戦後に始まり今でも続いている・・・とか・・・。
 (そういえば群馬県、最初の公娼廃止県だったはず、そういった場所なのですかね・・・?)

 実はこの新生活推進運動、別に北関東だけではなく全国的に展開された運動なのですよね。
 近いところでは1955年。当時の鳩山内閣が推進した運動。
 私が生まれ育った地域でも、子供の頃までその気配というか名残の様なものは微かにですがあった気がします。

 といいますか、実はこの新生活運動、あるいはそうしたものが日本の庶民に与えた非常に大きいのでは無いかと思っています。

 少々穿った見方をすれば、1955年と言えば米国主導で保守合同が行われ、急速に戦後の近代化というか社会のアメリカ化が始まった年。
 これによって、各地域に残っていた江戸以前から続く、地域ごとの慣習や習慣、文化等々が急速に消えていった、と思えるのですよね。

 
 

  
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2020/07
09
[ #1206 ]

感染症と文明

 タイムリーな書名の新書ですよね。
 先日読んでみました。


    P7090919.jpg
  

 「感染症と文明」  ー共生への道ー     山本太郎


 タイムリーと書きましたが初版が2011年なのでそれなりに古いです。また著者名が山本太郎と有りますが、タレントから政治家に転身し、最近話題の方ではありません(同姓同名の別人です、まあ、わかりますよね)。

 閑話休題、この本の内容ですが、”感染症からみる人類史”といった内容で、はっきりいって私好みの内容でした(まあ、タイトルとしては、やはり”感染症と文明”の方が売れそうではありますよね?)。

 好みの内容と言うこともあり、また岩波新書と言うこともあり、また著者が同世代と言うことも有るのか、個人的には非常に読みやすい本でした(チョット読み易す過ぎる位・・・)。
 大雑把な内容としては、人類というもの、農耕(灌漑農法)を始めて以降、まとまった人数が一定地域に定住するように成った事により、感染症の流行にさらされる様になった、そしてまた、それらの感染症と足掻きながらも共生することにより文明を築いてきた。
 そして近代と成り、細菌やウイルスの発見、抗生物質やワクチンの発明により、それらの感染症に戦いを挑み勝利して来た様にも思えるが、最終的には、けっして心地よくは無いかもしれないが共生するしか最終的解決方法は無いのでは・・・・?
 とまあ、こうしたものです。

 そしてそれを、人類が体験した多くの感染症の流行のエピソードの紹介から読ませてくれます。
 また、最近良く耳にするようになった”集団免疫”の説明も興味深いです(集団免疫とは何ぞや?何故、集団免疫を目指すのか・・・等々)。

 他、印象に残ったのが、20世紀初頭前後に流行したポリオの話(太平洋戦争時の米国大統領 F=ルーズベルトもそうだったとか・・・・)。
 元々ポリオウイルスは、ほとんどの乳幼児が幼児期に罹患していた病気らしいのですが、幼児期(生後半年以内程度)ど罹患すると、母親から受け継いだ先天性の(自己)免疫や、初乳の免疫効果により、重症化することなく終わり、それによって生涯の免疫を獲得できた病気だったらしいのですが、おそらくは19世紀半ば、たとえば顕微鏡の発見や最近の発見等の医療の発達や情報の流布により、中産階級以上の家庭で、乳幼児に対する過保護的な養育が多くなり、結果、小学生に上がる程度の年齢に成り、初めてポリオウイルスに罹患、重症化する人間の多量の発生・・・・という歴史を経ていると。
 (そういえば19世紀ビクトリア時代に、理想的家庭での育児、教育といったモデルケースの様な物が始まった記憶が有りますね)
 そして戦後はワクチンの予防接種による免疫の獲得・・・といったやり方で現代に至る・・・と。

 また、種痘に拠る天然痘の撲滅という事が実現されたことにより、その後、ある種の科学万能論というか近代医療万能論的な方向に人類は流れているが、もしかするとそれは我々人類の驕りかも知れない、天然痘ウイルスの撲滅が地球全体の生命サイクルに対し、実際にどんな影響を与えたか?という事自体、実は証明されていない・・・といった意のくだりも、思わず首肯したくなりましたね・・・。

 今の時期に読むにはお勧めの本というか、ハイ、私好みの本でした。


 まあ、確かに目の前に病気の存在が有ると、この本の様に大局的見方というか、客観的な見方というのは出来辛いとは思いますが、感情的に成り過ぎてもねぇ・・・・。
 どうせ生老病死の苦からは根本的には逃れられないわけですから。


 (そういった面でも昨今のマスコミ等の扇情的とも言える報道はいかがなものかと・・・・。「安心安全」なんて台詞で余計に人々の不安を煽っているように思えるのですがね?まあ、商業マスコミ、或いは広告なんてものは、人々を不安にさせて商売をしてきた存在では有りますが・・・。しかし生老病死をネタにそれをやるのはねぇ。少し前まではその手のTVCMは禁止だった筈ですよね・・・・)
 

 

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2020/07
04
[ #1205 ]

発動機

 先日、愛用のオートバイの調子をチェック(色々とトラブルを直しまして)しがてら、大和ミュージアムまでこの展示を観に行って来ました。

     IMG_0054.jpg


 企画展   「海から空へ」   -広海軍工廠と航空機


 (少し前に話題となった)映画、「この世界の片隅に」でも、主人公の”すずさん”の舅が確かこの広海軍工廠に勤めている設定で、呉空襲の際、迎撃に上がった紫電改のエンジン音に対し、”わしらの造ったエンジン、いい音たてとる~~”といった台詞を言った覚えもあるのですが・・・、航空機、或いはそのエンジンと縁の深い工場(?)と言うことでの企画と思われます。
 (そういえば私、昔プロペラ機のプラモデルを結構作っていた記憶もあり少々惹かれたのですね)


 チケットを購入、企画展示室に入るとまず目に付いたのがこれ・・・・。


 IMG_0057.jpg


 説明版にはこう有ります。


 IMG_0059.jpg



 1920年代のフランス製の発動機(エンジン)なのですが、中々造詣が面白いのです。
 上にアップした写真でも判るかも知れませんが(反射して見難いですね、ごめんなさい)、2気筒のシリンダーを片側に3つづつ配したV12気筒。それも面白いのですが、恐らくはベベルギヤを介したシャフト駆動によるOHC(ドカティかよ)。
 古いエンジンはサイドバルブとか、OHVのイメージだったのですが、当時から航空機用のエンジンは結構進んでいたのですね・・・・。


  IMG_0055.jpg


 (因みに一寸調べると、説明版の下にあるW型12気筒の450馬力エンジン、このエンジン、英国の”ネピア・ライオン”というエンジンを参考にW型に造られたという話なのですが、そのネピア・ライオン、なんとDOHCの4バルブ・・・・。既に1920年代にはそんなものが有ったのですね・・・・)


 (そして、往時の広工廠、このロレーヌ製W型を参考に国産のエンジンを開発したようですが、ボアを120から135に広げ、ストロークを180から160に短縮、ショートストローク化で出力向上を狙った気配が・・・・)



 ということで(何がだ?)振りがついてしまい、この日はエンジン中心に観る事になってしまいました。


 このローレン(ロレーヌ)400馬力の隣には先日、広町で発掘された”誉”エンジンのクランク部分が展示され(一寸サビサビで痛々しく写真は無しです)。

 其の隣には試作の”ハー107”エンジン。

 ハ107   IMG_0061.jpg


 紫電改等に詰まれた”誉”と同時期の物で、往時の日本の空冷エンジンの気化器(キャブレター)取り付け部周辺の造詣が解ります。

 
 それから常設展会場に廻ったのですが、第一会場は日曜日ということで結構人が多く、密集に不安が有りますゆえ、早々に駆け抜け、第二展示部屋に・・・。

 此処にも、ハイ、エンジンが・・・・・。


 栄31甲


 後ろに展示してある零戦(恐らく琵琶湖で昭和53年に引き上げられた固体)にも積まれた”栄”エンジン。

 IMG_0064.jpg




 そして近くには火星エンジン&そのピストンが・・・。


 火星21  火星ピストン  IMG_0071.jpg



 どうもこうした機械物に惹かれるのですよねぇ・・・・。まあ、男性全般そうかも知れませんが・・・(私だけかな?)。



 

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2020/05
05
[ #1191 ]

震災ゴジラ!

 タイトルに惹かれ図書館で借り出した本ですが、いや~、良かったですね。
 コロナ禍にみまわれている今だからこそ読むべき本、等と書くと流石に少々大げさかも知れませんが、そう思わせてくれる本でした。


       P5040918.jpg




         「震災ゴジラ!」   佐藤健志


 この著者、個人的には初めて耳にする方だったのですが、戯曲・小説・評論・翻訳・DJ・社会分析・ダンス・・・等々多方面に活躍されていらっしゃる方のようです。
 
 因みに本作は東北の大震災後の社会風潮に鑑み、近代日本(人)の集団無意識というか社会心理というか、行動というか、そうした事の考察および分析等・・・・といった感じですか。

 そしてそれらは多岐にわたるのですが、掻い摘んで言えば・・・、

 「明治維新時、わが国は攘夷から開国に明らかに変節した。そしてその変節を誤魔化す為、富国強兵の達成こそが維新を正当化するという論理の基、富国強兵にまい進するが、強兵はワシントン軍縮会議で怪しくなり、布告も昭和恐慌で破れ、それを切欠に維新的に回帰し先の大戦に突入、鬼畜米英をスローガンに本土決戦、一億玉砕に突き進むが、昭和20年8月にまたまた変節、敵であったアメリカに擦り寄り、敗戦を終戦と言い換え、占領軍を進駐軍と言い換え、経済的発展(金銭的豊かさ)こそがそれを正当化するとばかりに経済発展のみにまい進するが、バブル崩壊でそれも行き詰まり、さてどうする?と成ったところに先の震災が発生。その風景を戦後の焼け野原と同一視し、”禊は済んだ”とばかりに復興を叫ぶが、元々確固たる主体性も無く進んで来た訳で・・・・ちゃんとした未来像も描けず・・・・云々」

 さらに言えば、「鬼畜米英に擦り寄ることで成し遂げた戦後の経済発展の虚妄性を破壊してくれる”ゴジラ”的存在、いわば破局を待望する心理もあり・・・・」
 「また、そうした面で右も左も、改憲派も護憲派も同じ穴の狢であり・・・」
 「そうした面で”禊”とは歴史に筋を通さないまま、筋を通したかのごとき気分にひたる行為である・・・」

 等々

 言葉の選択等々、少々違和感を感じる部分もありますし、私とはやり方も違いますが(まあ、まったく一緒だと読む価値は無いわけで・・・)、だからこそ非常に興味深い、刺激的本でした。

 まさに”ゴジラ的”なコロナウイルスが猛威を振るう今だからこそ、読んでいい本だと想いますね。
 (冗談抜き、ホントですよ)

 久々に面白い本に出会った気分です。

 
 
 

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2019/10
03
[ #1139 ]

高暮ダム

 先の日曜日、久々に予定の入っていない休日。天気も何とか持ちそうなのでガレージからオートバイを引っ張り出し跨る事に(たまには跨ってやらないとね・・・・)。
 向かった先は最近少々気になっていた”高暮ダム”。

 本来ならば三次から君田村経由で南からアプローチが早そうなのですが、どうもそのルート、昨年の豪雨災害に拠り通行止め、との噂を耳にしておりまして、北側、高野町から向かうことに・・・。


 下道を繋いで高野の道の駅まで走りトイレ休憩・・・・、そこから先ずは”高暮ふるさと村”という名の施設まで・・・。

  この施設、道の駅にあった案内板で見つけたので、もしかすると何かの郷土史的資料展示でもないか?と立ち寄ったわけですが、廃校になった小学校を地域の集会所的に転用した物でして、そうした展示物は無かったですね。


  高暮ふるさと村

 そういえば私が卒業した小学校も此処と同様、廃校~地域の集会所的になっており(各地の過疎問題を想います・・・)郷土史的な展示は無いですし・・・。



 それはさておき、此処で施設の管理をされていらっしゃる方に出合いまして、「高暮ダムまでオートバイで行こうと想うのですが行けますかね?」とお聞きすると・・・。
 「大丈夫、9.9キロ、オートバイなら直ぐだよ、その先に行けばキャンプ場もあるしその先に温泉施設もあるし・・・」なんて話で・・・いかにも楽そうにおっしゃるので私も気楽にダムに向かったのですが・・・・・。
 走り始めて直ぐにこんな看板表示が・・・・。


  レベル4

 
 一応アスファルト舗装はされているのですがかなり荒れていますし、道幅は普通乗用車が漸く通れるくらい、片側は崖で勿論ガードレールもなし。
 まあそれだけなら良いのですが、恐らく通る車もほとんど無いのでしょう、一面に枯れ枝が散らばり、更に多量の栗やどんぐり等の木の実、さらに多様の落石と思われる小石、大きいものではこぶし大。落石故に角が尖っていてパンクの心配が・・・・。
 更に悪いことに日当たりの悪いところには水溜り&多量の濡れ落ち葉・・・。アスファルトの上の多量の濡れ落ち葉、まあ滑る事滑る事・・・・。

 こんな道を10キロ弱。ハンドルを下げている私のオートバイでは苦行以外の何者でもないですね。
 おまけに途中大きな鹿と睨めっこになったり・・・・。

 1・2度転びそうにもなりましたがそれでも何とか到着(ハンターカブ向けの道かな?谷に落ちなくて良かったです。熊にも出合わなかったし・・・)。


   バイク



 しかし到着してみると、これが立派なダムでして、


 高暮ダム


 特にその高さ・・・、

 下流方面を見ると特にそれを感じます。


 下流



 確かこのダム、昭和15年着工、20年には一次中断(一部で使用が始まり?)、完全竣工は24年だった筈。昭和の初期によくもこんな巨大なものをこんな山奥に造ったものです。

 恐らく難工事だったのでしょう、傍に殉職者慰霊碑があります。

 殉職者慰霊碑

 記されていますのはこんな感じ。

 碑


 それと


 日本発送電


 因みに日本発送電株式会社、今の中国電力の前身ですね。




 それともうひとつ思ったのは、やはり昭和初期の設計、各所の意匠が”モダン”です。往時は所謂”大正ロマン”に続く”昭和モダン”の時代、アールデコ的造形が流行った時代。それを各所に感じます。

 モダン


 モダン2




 また、こうした巨大な構造物(高層ビルや橋などもそうですが)を観るといつも思うのですが、耐用年数が過ぎたときはどうなるのだろう?という思い。
 そういえば先日も台湾で古いコンクリート製の巨大な橋が崩落したとか・・・・。
 

 まあ、近代ってあまりそのあたりのこと考えて造ってないのかも知れません(最近問題となっている原発等もそんな気がしますよね・・・?)。


 まあ、このダムに関しては有る程度メンテの手が入っている様子、しばらくは大丈夫でしょうが・・・。
 (それにしっかり人柱も入っているし?)

 それでも何時かは耐用年数は来ますからねぇ・・・・・。


 



 

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2019/09
09
[ #1131 ]

「主婦」と日本の近代

 著者の方から謹呈いただいた書籍(感謝至極であります)。
 タイトルは”「主婦」と日本の近代”、ようやく読了いたしました(最近目が遠く読書量が極端に落ちております、眼鏡を造り替えねば・・・、私も年齢ですなぁ)。


   主婦


 それはさておき、読後の印象。


 内容としては、”主婦之友”を中心とした女性向け雑誌の内容等から、明治期から昭和前半にに掛けて、わが国に”主婦”なる言葉がいかに定着しまた社会や女性にどういった影響を与えたのか・・・?といったものです。

 特に前半は著者自身の主張も抑え気味で、研究書らしいといいますか資料集的な印象も強く、また故に行間等から往時の日本社会のあり方というか、近代化の正体といった物も推察出来得る感じで興味深く読ませていただきました。

 明治近代化の初端は明治6年の1月1日に新暦(キリスト教暦)が導入、旧暦(太陰暦)廃止された事によりスタートしたと思えるのですが、この暦の制定権こそが権威の象徴とも言える訳でしょうから、この時点から日本はグリニッジ天文台の在る英国の支配下に表立って入ったともいい得そうで、明治の近代化=庶民の英国化とも言い換えることが出来そうです。
 (確か少し前に1874年、日本の管轄権は英国王室に在ると書かれた英国官報が発見されたなんて事を耳にした記憶も有りますが・・・)。

 そうした中で、「主婦」言葉(単語)も、英語の「housewife」の翻訳(江戸期の漢籍にも”主婦”なる言葉は存在していた様ですが一般には認知されていない)であり、それと同時にその言葉には当時英国ヴィクトリア朝期の空気・価値観・理想像・・・等々も含有されていたということ。
 (私の主観も有りますが、それは禁欲と蓄財を是とするプロテスタンティズムを基とするともいえそうです)
 また同様に”家”(HOME)という価値観も・・・・。
 またそれにより各個人を”家”(近代国家たる大日本帝国の構成要素としての英国型の家)という枠組みに帰属・収斂させることにもなる。
 (江戸期までは各個人は村落共同体に帰属していた、あるいは村落共同体こそが主たる枠組みであった)


 そしてそれらを一般に流布する役目を負ったのが各種の雑誌ともいえる訳で、その中心となったのが”福沢諭吉”を中心とした明六雑誌(明六社)で有ったわけで・・・・。

 で、この福沢諭吉という存在、私は米国型の自由主義者で宗教という存在には否定的であったと聞き及んでいたのですが、実は自宅の二階に英国国教会の宣教師を住まわせており、盛んなる交流があったとか・・・・。
 (まあ、いってみれば明治に造られた国家神道も英国国教会の日本版というか、システム的には相似ですからねぇ・・・)

 またそれ以外でも多くの情勢向け雑誌がキリスト教会やキリスト教信者が中心となって発行されていたようで・・・・。


 付け加えれば日露戦争後に行われた、地方改良運動。
 これにより、地域共同体の運営に強く係わっていた若衆組も青年団として国家行政組織に下請け的に変えられ、娘宿も処女会(おとめかい)として同様に・・・・と、そうして旧来地域の共同体に任されていた地域の自治も政府(国家)のトップダウン式に変革され、その先に翼賛体制~敗戦~へと一直線に続く道程が見えるわけです。


 そうして戦後も、各家庭に於ける子供に対する教育等も19世紀英国式を相変わらず理想とし(その後米国的要素もか・・・)、それを流布したのも各種女性向け雑誌であったと・・・・。

 そうして、バブル崩壊以降、専業主婦なる言葉も誕生し、「主婦」なる言葉の意味が単に家事を行う人という意味に矮小化され(故に”主夫”なる当て字も流布する)、”主婦”向け雑誌はその寿命を終えた・・・・。

 と。


 なんといいますか、読書感想というよりは、行間から私が読み取れた事を書きなぐっただけになってしまいました。

 まあ、それほど情報量の多い書籍ということで・・・・、ご容赦を・・・。


 



 
   

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2019/07
04
[ #1115 ]

主戦場

 今日はガレージから久々に単車を引っ張り出し尾道まで映画を観に行って来ました。

 見た映画はこちら・・・、


  IMG_20190704_110911.jpg


 「主戦場」

 
 慰安婦問題といいますか論争をテーマとしたドキュメンタリー映画です。

 中々興味深い題材ですし、それ故(昨今の社会情勢を考えると)恐らくTVで放映される事は無いであろうと思われる作品故、これは一寸観ておこうか・・・という思いで出かけて来ました。

 それにこのテーマ自体惹かれる部分もありまして・・・(何せ先日も旧緑町遊郭周辺をフラフラしておりましたし・・・)。
 店の本棚にはこんな本も鎮座していたりで・・・

 慰安婦

 。

 因みに映画館は”シネマ尾道”(まあそうですね、この手の映画を上映って呉れるのは此処か横川シネマさんくらいで・・・)。

 IMG_20190704_110827.jpg



 で、感想は?と問われると、まあブログで書くには少々センシティヴなテーマ内容ですので、遠慮しまして・・・。
 まあ、観る人にも拠るでしょうが・・・偏っているとか、押し付けがましい・・・、なんて意見も出そうな作品かも知れませんが、元来ドキュメンタリーなんて偏っていて当たり前な訳でして・・・、そうした面でもよい作品と思えますね。
 是非TVのゴールデンタイムで放映し多くの方の目に留まると色々と議論が起きそうで・・・(まあ無理ですな)。
 
 ということにさせていただこうかと思います。

 強いて挙げれば、この慰安婦というテーマで論争等が行われる場合”カラユキサン”の存在も同時に俎上にのせれば異なった展開になりそうというか、視点が変えれそうにも何時も思うのですが・・・・、としておきましょうか。

 

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2019/03
28
[ #1094 ]

幸若舞曲絵画

 先の日曜日、久々に晴天という事もありガレージから単車を引っ張り出し・・・向かった先は廿日市市、厳島の向かいにあります”海の見える杜美術館”。
 久しぶりです。

 開催中の特別展示は


 旗


 「幸若舞曲と絵画」展

 所謂、幸若舞をテーマに描かれた各種絵画、絵巻物や屏風絵等の展示ですね。

 で、幸若舞曲。
 信長が出陣前に良く舞ったといわれる舞。
 「敦盛」



”  思へばこの世は常の住み家にあらず
 草葉に置くさら白露、水に宿る月よりなほあやし
 金谷に花を詠じ、栄花は先立って無常の風を誘はるる
 南楼の月を弄ぶ輩も、月野先立って有為の雲に隠れり
 人間五十年、化天(下天)のうちを比ぶれば夢幻の如くなり
 一度生を享け滅せぬもののあるべきか
 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ  ”


 ってやつ。

 といいますか・・・・まあ、私にはそれだけの知見しかない訳です・・・。


 で、知らない物ってやはり少しばかり惹かれるのですよね。
 更に屏風絵や絵巻物、何と言いますか”洛中洛外図”的で、これまた惹かれるものも・・・・そう、描かれた当時の社会風俗が魅力的といいますか、情報量が多いといいますか・・・・。

 で、いそいそと出かけた訳です。

 山陽道を一路西へ・・・大野ICで降り信号待ちで停まると・・・、ひ、膝が・・・・・。
 歳ですな・・・・。


 閑話休題、美術館に入り先ず見せていただいたのは受付近くの展示室。
 これが”香水瓶”の展示なのです(以前訪れた際には無かった記憶が、最近開設された展示室なのですかね?)。

 古代から現代までの香水瓶等、50点余りの展示。
 中々魅力的でした。
 個人的にはやはり18~19世紀の物に惹かれますね。


 で、メイン展示の幸若舞曲物。

 
 絵巻物等、文字数も多く・・・・。
 結構、目に堪えましたが、見ごたえありました。

 で、”幸若舞”

 鎌倉期辺りに成立し、平家物語等の戦をテーマにした物語を、語りと舞で表すものといった感じですかね?
 また、その底本(的なもの?)それ自体が読み物、物語、絵巻物としても成立していった・・・といった存在の様です。

 ただ、どうも江戸期に入った辺りから、より芸術性の高い”能”や、より娯楽性の高い”浄瑠璃”や”歌舞伎”に取って代わられ徐々に衰退、明治以降はほぼ完全に廃れてしまった存在・・・の様です。

 主要テーマは、義経物、源平物、曽我物、といったところで、これらは歌舞伎等に継承されて人気ですよね。

 また、九州に民間伝統芸能として残っている物の実写映像も流されておりまして(もちろん当時のものそのままかはわかりませんが・・・・)、興味深かったですね。
 (まあ、確かに能や歌舞伎等に押される理由も分かりそうな・・・・)

 
 何はとまれ楽しませていただきました。


 

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2018/12
08
[ #1069 ]

戦争

 今日は太平洋戦争の開戦日、77年前の今日に真珠湾攻撃が有ったのですよね(ジョン=レノンの命日という話もありますが・・・)。という事で少しばかり戦争や太平洋戦争について考えてみたくなりました。


 そう”戦争”ってそもそも何なのか?
 勿論、切り口、アプローチの方向は色々と有るでしょうが、先ずは”戦争”という言葉、これって恐らく新語ですよね?
 (因みに新語とは主として明治維新以降に英語等を和訳し新たに日本語に加えられた言葉、或いは江戸期頃に中国語から取り入れられ定着した言葉も含む場合も・・・)
 少なくとも昔から日本にある言葉=やまとことば、では無いでしょう。
 では”やまとことば”で戦争に近い物というと・・・・恐らくは戦(いくさ)。
 でこの二つの言葉、戦争といくさ、実は結構異なった位相にある気がするのですよね。といいますか”いくさ”という物の方が私には理解しやすいというか”しっくり”来るというか・・・。で、先ずは”いくさ”とはどういう事象を表すのか?というと・・・・。

 それは共同体同士の社交方法の一つではないかと。

 明治以前のこの国では地域社会という枠組み、共同体の存在が強かったと思われるのですが(例えば町とか村とか”くに”とか・・・)、そうした共同体同士で隣接した物はどうしても揉め事等が発生しますよね?で、そうした場合の解決策としては、恐らくはしきたりや慣習等に従い解決されたのでしょうが(例えば何らかの贈与とか・・・・)、それがうまく行かなかった場合は話し合いや、間に他地域の有力者に入って貰い落としどころを探るとか(まあ、色々な方法が取られたのでしょうが)、それがこじれた場合に行われるのがある種の示威行為を含めた実力行使、まあこれが”戦”ではないかと?

 また少し違った視点だと、例えばそれに参加する兵の視点等から見ると、また其れは祭祀的出も合ったりしたでしょう。
 例えば”岸和田のだんじり”とか”西大寺の裸祭り”のごとく・・・。いってみれば男を売る場というかある種冒険的というか・・・。
 (勿論実利的な面も有ったでしょうが・・・)

 そう、それ故に戦では”名のり”なんて事も行われる、「やぁやぁ、我こそはOOのXXなり、尋常に勝負勝負~~」なんてやつですね。単に勝つ事(実利)だけを考えればそんな事する必要は無い訳ですが、それこそ名を売る場、行われる訳ですね、ネッ?祭りっぽいでしょ?

 それが戦争=近代戦ではまったく無意味となる(第一次大戦辺りが転換点ともいわれたりもしますが・・・)。
 勿論それ以前にも色々な戦いでいくさ的で有ったり戦争的であったりもしたでしょうが・・・。

 例えば源平の戦い、平家方は明らかに戦(いくさ)を行ってりるというかそうした意識で戦っている。
 (例えば屋島にしろ女御衆もいてこの扇を射抜いてみろ・・・なんてやっている訳ですし、壇ノ浦にしろ・・・)
 対して源氏方、特に義経なんて戦争をやっている。
 奇襲攻撃で寝込みを襲うなんて事も平気でしますし、壇ノ浦だって船頭等の非戦闘員を狙い撃ちにしている訳ですかから・・・。  卑怯っちゃ卑怯というか、勝つ事、詰まり実利のみを追求している、詰まりは戦争をやっていると・・・・。

 そして前にも書いた様に世界的には第一次大戦辺りがその転換点とも言われていますが、詰まり戦争に参加した英国の志願兵の若者なんて、”ちょっと冒険をしてくる、とか、男を上げてくる、位の気持ちで志願したのが、現実には地獄が待っていた訳で。
 また、ドイツだって、初期は騎兵や歩兵が中世的兜を被り、突撃~、なんて感じでやっていたのが機関銃でなぎ倒され・・・・・・。

 そう確かに一時大戦辺りが転換点なのかも知れませんが、その前、南北戦争辺りがそうかとも思われたり・・・。

 何だか話しがとっちらかってしまっていますが、言いたかったのは、戦いには”いくさ(戦)”と”戦争(近代戦)”という二つの位相があるのではないかと思うのですよね。
 で戦はある種社交的であり祭司的であり、拠って、勝つ事(実利)も大事だが、勝ち方、それ以上に負け様や”卑怯で無い事”が重視される。

 では戦争は?というと・・・・・。
 それはひたすら実利的行為。勝てば官軍的というか・・・・・。
 ではその実利、利益を得るのは・・・・?というと・・・・。
 近代国家?或いは近代政府?  何だか実態が見えないというか顔が見えないというか・・・、私としては良く判らない存在。
 ではもっと具体的に誰が戦争で実利を得たのか・・・・?
 
 この辺りを考えると近代というやつの正体も見えそう?というといいすぎですかね?

 戯言でした  

 

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