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2018/01
19
[ #999 ]

広重

 先日こちらも観賞て来ました。


    広重


 ひろしま美術館で開催中の 「歌川広重の世界」 展。
 
 
 またまた浮世絵。そう好きなのです。


 とはいいましても今回展示の歌川広重の保永堂版”東海道五十三次”のシリーズ、実はじっくりと愛でさせていただいたことが無かったのです。
 理由は色々と有るのですが、余りに著名すぎてなんとなく観た気になっていたのもそのひとつかもしれません。
 子供の頃に永谷園のお茶漬けの付録にこのカードが入っていましたよね?応募すればそろい物が貰えた様な記憶も・・・・。
 また単独では結構様々な浮世絵展でも展示されていたり・・・。
 それとやはり浮世絵は女絵に惹かれる面が強く、どうも風景画にはいまひとつ惹かれなかったとかと、やはり化政年間以降のベロ藍が積極的に使われだして以降の物は一寸けばけばしい印象が有ってとか・・・(等々)。
 

 そんなこんなであまりじっくりと観てはいなかった訳ですが、今回の展示がひろしま美術館に巡回してくる事を聞き及び、また他の美術館で観賞されたお客様等の評判も良く何はとまれ覗いて観る事にした訳です。

 併設展示の”根付”展も気になり。



 でその感想ですが、この保永堂版の東海道五十三次の揃い物。確かに名作の呼び声高いのも納得でした。
 特に初刷り、かつコンディション良い物ばかりの展示という事も有ったのでしょうがなるほど名作といいたくなりましたね。
 また後刷りの物や佐野喜版も展示されておりまして、その辺りも興味深かったです。
 (佐野喜版に賛としてつけられた狂歌等も魅力的です)


 また江戸の名所シリーズ等も展示されており・・・・。

 その構図などからフランス等の印象主義作家に多大な影響を与えたことで著名な名所江戸百景シリーズ。それも含め兎も角江戸時代のわが国の美しさ、良さといったものを再確認させられた気がしました。
 また作者の広重自身もそうした物=江戸や各地の風景や風情、風習やそこに生きる人々、に対する深い愛情をもった人であったでろうということが感じられる展示でした。


 その中でも特に保永堂版の五十三次は最も精魂込められたシリーズかなという印象(といいますか、東海道五十三次が売れ一躍人気絵師となり、その後は少し仕事に追われる面も有ったのかな?等と思ったり)。

 小説等でもそうですが、デビュー作あるいは出世作の魅力といった物って存在する気がしますよね。


 また蛇足ですが、東都名所シリーズの吉原の絵(鳥瞰図的三枚続きの物)の実物が観れた事も嬉しかったです。



 もうひとつの”根付”展の方はというと・・・全体的に現代作家物が多い印象でした。
 その中で個人的に魅力を感じたのは、入り口付近に展示されておりました、帯と煙草入れや印籠と一式で展示されていた物。

 やはり根付は基本的には実用品といいますか、そうした面が強い物に思えるわけでして。”用の美”といいますか、個人的にはそこに惹かれるのですよね。で、近現代の作品は美術品や作品としては面白いのですが、どうもこの”用の美”という物が・・・。
 ということで少しフィギュアっぽく感じてしまうといいますか・・・。やはり皆が和服を着ていた時代の物に惹かれましたね。

 そんな展示でした。


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2018/01
12
[ #996 ]

遊べる浮世絵

 先日広島市内まで出かける用事が有ったのですが、折角なので少し早めに家を出て午後からの用事の前、少しばかり美術館に立ち寄ることに・・・。
 場所は広島県立美術館、開催中の特別展示は「遊べる浮世絵展」です。


      遊べる浮世絵


 
 そう、浮世絵、好きなのです。
 ただ今回の特別展、タイトルが示すように”遊べる浮世絵”ということで少々子供向けというか、子供でも楽しめる浮世絵展という趣旨にも思え、おそらく展示も子供絵とか、判じ物、尽くし絵、武者絵等(いわば幕末期の物)が主体であろうと思いそれほど触手は動いていなかったのです(個人的には寛政期までの美人画等にやはり惹かれるもので・・・)、が折角なので何はとまれと観賞せていただく事に。


 しかしこれはこれで楽しめたのですよね。

 普段、母子絵等の浮世絵あまり眼にする事も多くなかった事もあり、図録等でも観た事の無い作品が結構多く、またそれ以上に惹かれたのが(洛中洛外図的視点で描かれた)年中行事屏風とか、盤双六の実物とか、豪華な貝あわせの実物等の展示でした。
 それと歌麿の潮干のつとの実物が眼に出来たのも・・・・。

 結構面白かったです。


 その中で個人的にお勧めなのは、絵双六(上がり双六)の女性の出世物(娘家訓出世双六等)。

 こうした絵双六、江戸後期に結構出された様なのですが特にこの女性の出世物は面白いのですよね。

 ふりだしからサイコロを振り色々な升目を通ってあがりを目指す訳なのですが、そこの枡に描かれている職業といいますか商売といいますか、これが多様で面白いのです。
 因みにふりだしから初めに向かうパターンとして、生娘とか、踊子とかに並んで、”お囲い”何てのが有ったり・・・(つまり金持ちの妾が職業として認められていたように思えます。
 そこから、三味線の師匠とか手習いの師匠とかに進んだり・・・・。
 また、ばくれん=不良娘になり~飯盛り女になり病気になり~ゴゼになり・・・・デッドエンド(因みにゴゼになるとそこで終わり)とか。
 あるいは大奥に奉公しそこから商家に勤めるとか、飯炊き等のした働きから・・・とか、子守や乳母とか、とりあげ婆とか、のり売りとか、ご新造とか、やまのかみとか、やり手とか・・・・・。

 とにかく多くの職業というか”しのぎ”というか商売というか生き方というか・・・・が描かれておりまして、結構江戸の女性の自立感というか、生活観が伝わって来るのです。
 (実は男尊女卑が庶民の間で強くなるのは明治以降という見方も・・・・・)

 まあ言ってみれば江戸後期の女性向け”人生ゲーム”です。
 (因みに良い方の上がりは、万福長者で楽隠居というパターンが多い気が・・・)


 男の子向けの物は、英雄双六とか、武者双六とか、名所双六とかで、ステレオタイプというかあまり興味を惹かれないのですが娘向けの物は興味深いのです。
 もしかすると江戸時代、男性より女性の方が生き方の選択肢が多かったのか?とも思わされますね。
 (まあ、確かに男だと職人の弟子となって職人になるとか、商家に勤めて商売人になるとか、武士や農民だと長男は家を継ぎそれに縛られるとか、またそこから外れると中々苦労しそうですしね・・・?尤も”ぼてふり”とか気楽そうな気もしますが・・・・)


 何だか相変わらず話がそれていますが、その辺りも含め結構楽しめた展示でした。
 やはり浮世絵は面白いですね。


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2017/12
10
[ #988 ]

日本の酒のはなし 8

 前回は、戦後日本酒(清酒)を嗜好品的に飲む方が増え始めたのは1970年代の所謂”第一次地酒ブーム”の頃からでは無いか?
といった事を書いた記憶があるのです。そしてまた、それ以前にも嗜好品的にあるいは趣味的に飲まれていた時期も有るのでは・・・と。
 そう、洋酒が出回り始める明治以前、酒=所謂(あるいは広義の)日本酒はわが国唯一の酒(おっと焼酎があるか・・・・)といってもよい存在、当然そうした飲み方をされる方も有ったでしょう。

 
 たとえば古くは10世紀初頭の”延喜式”。この中にはすでに10種ほどの酒の種類とその製法が記されている訳でして、それらを状況等に拠り飲み分けているというのはある種嗜好品的ともいえそうですしね。
 尤もこの例は、儀式的な面や、儀礼的・宗教的な要素も強そうですし、それに飲み手も所謂公家さんとか貴族、あるいはその周辺の方々でしょうから一般的な嗜好品といえるかどうか・・・・?というと少々疑問でもありますし。


 では庶民が酒(日本酒)をある程度嗜好品的飲み始めるのは何時ごろか・・・と考えますと・・・・。

 まあ私の勝手な想像ですが、やはり江戸中期頃からでは無いかと・・・・・?


 18世紀半ば、享保の改革の時代の後に大岡越前や吉宗候がみまかり年号が宝暦に変った時代(所謂田沼意次の時代になる訳ですが)、まあその頃からでは無いかと・・・・。

 海運が発達し商品の流通量も増し江戸の庶民文化が花開く時代。やはりこの頃からでは無いかと思われます。
 また、浮世絵という情報発信ツールも花盛りを迎えますしね。
 そうやはり商品や情報の流通の発達、そして(町場の)中産階級の隆盛というのはやはりそうした消費文化や嗜好品文化の発達には欠かせないでしょうから・・・・。

 現実に当時、確か天明年間でしたか?”管巻太平記”なんて洒落本が開版されるのは。
 これは大雑把にいえば、古酒と新酒が争いそれを焼酎が間に入って収めようという話・・・・・。

 また寛政年間こんな浮世絵も出されたり・・・・。


 名取酒六歌仙


 歌麿の 名取酒六歌仙 若那屋内白露 木綿屋乃男山


 評判の遊女を人気の酒に喩えたシリーズですね。

 確か男山、灘の酒で上記の管巻太平記にも記されていた記憶が・・・・・。
 まあ当時人気の酒ですね。

 また正確な時期はわかりませんが、やはり江戸中期以降は銘酒番付なんてものも盛んに出されますしね・・・・。

 加えていえば、味醂も味醂酎といって今で言えばデザートワイン的に飲まれた面もあるでしょうし、豊島屋の白酒なんて人気商品もあったり・・・・・。
 (ほか焼酎を好む方も在ったでしょうし、落語に登場するヤナギカゲとか・・・・)

 兎にも角にも江戸時代中期以降、 けっこうそうした感じで趣味的視点で酒を見る人も結構あった様に思えるのですよね。

 

 でその後というと・・・・・。


 明治維新で色々と状況が変わる。

 明治政府に限らず近代政府というもの、酒を徴税の対象としか見ない面が強い訳でして(というか近代政府というもの税収を増やす事が全てとも思えたり・・・・)、日本の酒造の現場もそうした方向に向かうわけですよね・・・・。

 古酒なんて貯蔵コストを考えると造り辛い、どぶろくも禁止・・・・。

 
 各地の酒蔵が安定的に納税できる様に清酒の醸造法も研究されそれが普及していく。
 そしてある種画一的清酒ばかりとなる。
 この清酒という呼称もその頃からでしょう(政府主導というか、そうした印象が強いです)。
 

 さらに決定的なのが戦争前後の配給制や酒蔵の統合・・・・。


 そんなかんじで、江戸にあった嗜好品的な酒、飲酒文化は明治維新から敗戦後にかけて消えていき、それが1970年頃から再度復活しつつある・・・・・と。

 
 ただ、ここのところ日本酒ブームとはいわれつつも国内で消費される日本酒の量は微減の様ですし、若者の飲酒離れや、中産階級の減少消滅といった事も言われますし・・・今後どうなりますか・・・・。


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2017/08
18
[ #957 ]

Maiking of a Victorian Lady

 先日図書館で借り出した本、実は好きなのですよねこの手の本(一寸キャッチー過ぎる書名という気もしますが・・・・・)。


     英国レディーになる方法

  「英国レディになる方法」


 
 内容はというと19世紀、ヴィクトリア朝時代の英国の中流家庭女性の生活やそれを取り巻く社会を、当時の小説や雑誌広告等々から浮き上がらせようといった趣旨の本でして、各種図版等が多く収録されています。

 当時の絵画をはじめ、小説等の挿絵から雑誌広告やポスター新聞広告、写真(時期的にそれはど多くは無いですが)等々。
 また往時のファッションプレート等が掲載されているのも非常に嬉いですね。


 以前こんな本の事も一寸だけアップしたかも知れませんが、

 明日は舞踏会  「明日は舞踏会」

 この本の英国版といった雰囲気。



 閑話休題、”ファッションプレート”等と書きましたが、”明日は舞踏会”という書籍は正に19世紀前半のフランスのファッションプレートを中心にまとめられた本です。
 (本としての纏りはこの”明日は舞踏会”のほうが上という気はします、がそれはさて置き・・・・)


 ではファッションプレートとは何ぞや?ときかれますと、主として19世紀フランス等を中心に出版されたファッション雑誌や商品カタログに掲載された衣装や装身具の見本図版、といったところですかね。
 特に石版画に手彩色されたものがそう呼ばれている様で・・・・・。

 言ってみれば浮世絵の西洋版といいますか・・・・。はい、浮世絵同様に惹かれるのです。


 因みにこの本にもこんな感じで少しばかり載っています。

 1843  1861



 浮世絵の西洋版などと書きましたが、実は浮世絵の方が少々古いといいますか先駆者といいますか。

 例えば歌麿の「夏衣装当世美人」のシリーズ、おそらくは寛政末頃のものでしょうから丁度1800年前後、西洋のファッションプレートの全盛期より半世紀ほど早いですし。それにこのシリーズは明らかに和版ファッションプレートといった感じで、描かれているのが、越後屋、大丸、松阪屋、白木屋・・・・・・・・等々の着物と帯(を身にまとった美人)ですからね。

 更に言えば、湖龍斎から初期の清長に引き継がれた「雛形若菜の初模様」シリーズもいわばファッションプレート的ですし、これは更に2.30年ほど早い18世紀中期辺りですしね・・・・更に言えば師宣になると17世紀後半・・・・。


 おっと話が横道に・・・・。


 因みにバカナリヤにも往時のファッションプレートが一枚掛けてあります。

 1853

 因みに1853年のフランス物です。
 この19世紀中期の頃のものが版や彩色も緻密で好きですね。


 しかしこの19世紀、英国ではヴィクトリア朝時代、フランスではナポレオンの帝政から19世紀末に向かう時代、正に現代の走りといいますか、資本主義が世界を席巻する最初の時期といいますか・・・・。

 現代に有る多くの品物(製品等)の基はこの時期に殆ど出揃っているのです。デパートやパックツアー、冷蔵庫、新聞や新聞広告、インスタント食品、またそれらを見せる博覧会、等々・・・・・・・。
 この雑多というか何でもあり感というか、またその光の部分に対する影の濃さというか、混乱といいますか・・・・。
 興味を惹かれるのです。

 そしてこの本、このヴィクトリア朝時代に確立された社会感というか作法というか慣習というかシステムというか・・・・・、これらが明治維新以降強力に我が国に流れ込み(導入され?)、現代にも繋がっている事も実感させられる本でもありました。
 更に戦後の家庭教育のモデルケースにも・・・・・。

 また一寸厭味な言い方をすれば、19世紀とは女性を(都合の良い?)消費者に仕立て上げる時代という気もします。
 またそれを担ったのが商業新聞に代表されるマスコミであり広告であったとも。

 (その辺りも含め興味深い訳です)


 更に言えば、フランス人権宣言以降喧伝される所謂”男女同権”の一つの側面は、女性を消費者に、(低)賃金労働者に、納税者に仕立て上げるためのプロパガンダであったのかも?・・・・・・なんていうと厭味が過ぎますかね? (笑)

 
 等々、色々書きましたが楽しめる本でした。


 

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2017/02
13
[ #910 ]

チョコレート

 この時期になりますと各地デパートメントストア等にてチョコレートの特設売り場が開設されるようになりますが、その所為(で?かどう)か、ついつい衝動買いをしてしまうのですよね・・・・。

 仕事柄を考えますと、素材に気を使った硬派な物とかある種のアート作品の様な美しさの物等、大人っぽい物・・・・などを選ぶのが良い気はするのですが、どうも根が道化に逃げる性格故か・・・。

 
 因みに昨年はこれ・・・・・。

      ボンボン2016

 ウイスキーボンボンというよりはリキュールボンボンと呼びたい物。各種ウイスキー・ブランデー・リキュールといった物がエチケットも含め再現してあるという遊び心を感じる物。




 そして今年は・・・・・。


     浮世絵チョコ


 こちら、東京国立博物館所蔵の浮世絵シリーズチョコレート。役者絵ヴァージョンと女絵ヴァージョンの2種。

 ハイ、私の趣味全開です・・・ 笑 。

 因みに中身は・・・・。


   浮世絵チョコ中


 役者絵ヴァージョンは東洲斎写楽の第一期の作品からのピックアップですね。


 そして女絵(美人画)ヴァージョンは・・・・。

 箱絵は著名な”見返り美人図”。浮世絵師の嚆矢ともいえる菱川師宣の物ですよね。



 そして中身の方の選択が中々渋く・・・。
 
 歌麿の”ポッペンを吹く娘”はまあ著名な物ですが、他に・・・・、


 春章の遊女図。

 春章といえば役者絵、特に役者似顔絵の嚆矢という気もしますがまあ何を描かせても上手い絵師。寛政の浮世絵全盛期の基礎を築いた功労者では無いかとも思えたり・・・・、春潮や北斎の師匠ということですからね。


 そして北尾重政、京伝や俊満の師匠。

 渋い選択ですね・・・・(笑)


 さらに西川祐信。
 これも渋い選択・・・・。晴信の師匠という説もありますね。
 

 という事で衝動買いでした・・・・・。


 

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2016/12
30
[ #896 ]

ワインのはなし 11

 海外の、特にヨーロッパのそれなりワインを買いますと、AOCとかDOCGとかDOとか・・・規格といいますか格付けがついてますよね。
 こうした格付けに関する法律、消費保護や公正な商取引等々の立場で行われているといった説明もされるのですが、ではこういった格付けは何時頃から始まったのか・・・?といいますと、恐らくは1855年のボルドーワインのそれが嚆矢ではないかと思われるのですよね。
 
 そう1855年に初めてボルドーワインの格付けが行われる訳ですが、これはやはり1855年に行われた第一回のパリ万博に向けて・・・・というのが大きな理由といえそうです。


 等といいますと、では何故?万博故に格付け?という疑問もありそうです。
 そう、一寸と考える分には万博と格付けって余り関係なさそうな気もするのですが・・・。


 1851年にロンドンで初めて開催された万博というシステム、特にその後粗11年ごとに行われたパリ万博、これは言ってみれば全ての文物をショービジネス、詰まりは見せ物の対象とするシステムであるともいえますし、全ても物を商品化するシステムとも言えそうです・。

 そうして其の中でボルドーのワインも一般消費者向けの商品としての位置づけが明確になる、あるいはそうしようとしたということなのでしょう。


 革命以前のフランスのワイン、その多くは貴族等富裕層に飲まれたり、或いは流通業者によってイギリス等に輸出されたり・・・・という事が多かったのでしょうが、この万博を切欠に一般消費者向けの商品、或いは消費者の視点ということを意識したのでは・・・?ということです。


 そして一般消費者向けの商品として必要な要素とは・・・・、先ずは解りやすさそして高級感・・・・といったところですかね。
 つまりはブランド商品化すること。

 例えば昔の日本の酒の等級等考えても解り易いのですが・・・。

 特級=いい物、高級品。2級=安物、廉価品。

 ねっ、解り易いですよね。(もっとも日本の場合酒税の都合も多そうですが・・・)

 
 また考えると、日本で人気の宝飾品ブランド多くがフランス製という気がします(エルOスとかヴィOンとか・・・)。勿論18世紀以前においてもルイ王朝御用達のフランス制奢侈品は著名だった訳ですが、これをブランド商品として成立させたのが19世紀であり、パリの万博であったという気がするのです。
 そしてそのワインとしての嚆矢がボルドーワインであり、行ったのはナポレオン3世の周辺・・・ということなのでしょう。
 
 確かに現代でもワインの産地名として最も著名なのはボルドーという気がしますよね。

 
 万博に出品し受賞したことにより、万博来場者に知名度が広がり更にそこからの口コミで・・・・・と、こうしてボルドーワインの名は不動の物に・・・・。


 ただ万博に行けない人たち、一般消費者への知名度は・・・・?
 となりますと・・・・。
 そこでもう一つの要素、広告・宣伝という存在や媒体。


 19世紀とはまた、商品広告が本格的に始まった時代という気もするのですよね。


 例えば以前一寸アップしたこの本。


 明日は舞踏会


 表紙もそうですが中にも多くのイラスト(石版画)が掲載されておりまして・・・・。

 例えば

 1830頃


 これらは恐らく1930年前後の”モード”誌のページでしょうが、この頃からこうした形で広告宣伝的な物が本格的に始まり商品のブランド化、知名度向上に貢献していく訳でしょう。

 そして恐らくこのモード誌はエミール・ド・ジラルダンの作ったものでしょうが、その後彼は1836年にページの半分が広告という形態の新聞(広告料故に値段が安い)を発行する訳ですが、これが商業新聞の嚆矢でしょう・・・・。
 (そういえば私の家に配達される新聞もその役半分のスペースが広告やそれに類するものですな)


 一寸話は飛びますが、実は18世紀末の寛政時代に活躍した歌麿や写楽等の浮世絵も上のモード誌同様の存在(詰まり広告的)だった訳ですし、平賀源内が引き札(ちらし広告)を発明したのは18世紀半ばですから其のあたり我が国の方が実はかなり早いですかね?更に云えば菱川師宣の”吉原の態”なんて17世紀半ばですし(実は個人的には菱川師宣が浮世絵広告の嚆矢とも思えたり)。

 となると、ジラルダン等も浮世絵に影響を受けた?
 (いやいや、フランス革命自体印刷物の影響が大きそうですし、マスコミ・プロパガンだ的存在が起こしたとも言いえそうだし・・・・・) 

 ついつい妄想癖が・・・・・申し訳ない。



 閑話休題、バカナリヤの店内に掛けてありますこちら
 
 1853頃

 1853年の物です。

 石版や手彩色の手法が1930年代より上がっています。
 (はい、この手のもの好きなのです)

 更に云えば19世紀の終わり頃になりますと印刷技術の発達で印刷のイラスト広告が、それこそ大量生産される時代に・・・・アメリカのシャツメーカーの”アローマン”なんて代表的存在ですよね。


 そういえば、モード誌が1830年前後、私の店内の物が1853年ころ・・・・。
 1830年のフランスは復古王政~7月王政への転換期、1953年は第二帝政が始まりパリ万博を間近に控えた時期・・・。
 色々思いますよよね。

 (個人的には7月王政期に現代資本主義社会が成立したと思いますし、第二帝政でそれが固定化したとも思っています・・・)


 何だかワインの話からそれていますな・・・・。

 でも思えば、フランスのAOCが発効するのも、確かパリで万博が行われた1937年だった記憶が・・・・。


 この辺り、中々面白いと思うのですがね・・・・。

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2016/02
02
[ #795 ]

春画考

 先日、永青文庫主催の春画展の図録を購入してしまったという記事をアップいたしましたが、その図録にも一通り眼を通す事も出来ましたし、たまには春画に付いての戯言を記してみるのも悪くは無いか?と思いまして今回は春画に対し想う事を徒然に・・・・。

 確か以前に浮世絵について簡単に記した記憶も有るのですが、この何十年か浮世絵を眺める事は好きな行為の一つです。
 基本的に一般の浮世絵、出来れば明和年間~文化十年辺りの物が好みでして春画は少々苦手ではあるのですが・・・。
 
 
 では何故、春画が少々苦手かと言いますと・・・・やはり”三欲を満たすを行為ストレートに描いている”からですかね?

 三欲(食欲・性欲・睡眠欲)を満たす行為は人様に見せないのが基本、と言いますか三欲に限らず欲望を満たす行為を公の場で行う事は無作法な(みっともない=見たくも無い)事であるというのはある種世界共通の自明性であった筈です。そして春画という存在、性欲を満たす行為を露骨に、しかもかなり誇張的、あるいは生々しく描いている訳でして、どうも日常的に観るには辛い物があるのですよね。特に今回の図録の様に最初から最後まで略そればかりという物は、かなり精神的にきついのです。
 ポルノ写真とか所謂エロ漫画の方がまだましといいますか。


 やはり春画は覗き見程度が良い気がします・・・・。



 閑話休題、今回の図録を観て思ったのは、やはり浮世絵の一ジャンルではあるという事。

 例えば鳥文斎栄之。
 栄之に関しては「寛政年間を中心に活躍した美人画の名手で歌麿のライバル・・・云々・・・」といった意の説明が良くされているのですが、浮世絵を観ることを覚えた当初は「歌麿と双璧をなす美人がの名手と言われても、質、量共に圧倒的に歌麿が上に思えるのだが・・・・」等と想っていた訳です。
 しかし栄之の描く肉筆春画を見させていただきますと・・・・成程、歌麿のライバルという評価も伊達では無いな・・・・と想えたり。

 といいますか、肉筆春画に関しては栄之の作品の方が・・・・等とも思えたり・・・。
 尤も、歌麿の肉筆春画は見たことが無いですし・・・・・また歌麿の「歌まくら」は流石に迫力ですが。
 まあ、歌麿は春画よりも一般の美人がを描きたかったのかも知れないな、とも思えたり(所作や表情・着付け等も含めた女性の魅力を愛していたのか?何てね)。

 これは他の絵師についても同様。春画作品も含め観てみないとその絵師の個性等は判らない物とも思える訳です。


 また春画という物、基本的に享保の改革以降は一応禁制ではありまして、一般の浮世絵に比し刷られた量はやはり少ないでしょう。
 恐らくは一般の浮世絵=売れなければならない商品、それに対し春画は少量生産品。絵師等の力の入れ方や自由度も上の様で、其の分、絵師の個性がより判り易い気もする訳です。



 話は変わりますが、「春画」という言葉。どうも江戸期には使われていないようで・・・。確かにこの漢字2文字の熟語、江戸ことば(或いはやまとことば)というよりは明治の新語という語感ではありますよね。

 では維新以前、こうした物はなんと呼ばれていたか?といいますと、一般的には「わらいゑ」(笑い絵)という物が多かった様です。
 ではこの手の浮世絵を観て現代人が笑えるのか?というとどうでしょう?
 まあ、笑いにも色々とありはしますが・・・・。


 こんな事を考えていますと、以前どこかで目にした次のような言説を思い出すのです。



 それは・・・・。

 ・昭和の終わりの頃、日本が急速に豊かになり殆どのトイレが水洗化されたが、もしかするとこれが日本人のメンタリティーの変化に与えた影響は思った以上に大きかったのでは無いか・・・・?

 といった物です。


 どういうことかといいますと・・・・。

 いくら絶世の美女、若くて美人で着こなしや所作も文句なしといった女性であっても、排泄という行為はしなければならない訳でして・・・・。勿論、上等の着物を身に着けた二枚目の男性であろうが、渋い紳士であろうがそれは同様に・・・。(排泄欲も根源的欲求、欲の一つでしょう)

 いってみればそこから、人間一皮向けば所詮は唯の糞袋では無いのか?といった視線も持ちえた訳でしょう。
 (また、故に排泄という行為も他者に見せる物でもないですし、普段はそうした気配すら他人に感じさせない様にもする訳でして・・・・。また公の場に出るときはそれなりの格好や所作、行動も求められる訳でしょうし・・・。)
 (そういえば図録の中にもそうしたビロウな物も数点掲載されていました)


 こうした視点で春画を眺めて見ますと、其処に描かれているのは男女の営み、直裁に言えば性行為。
 同じような物を感じるのです。

 日常(ケ)の世界ではいかに気取っていても、異性と閨を共にすればすることは他の動物と同じ事をしているだけでは無いか?といった視点。
 つまり、”人間様”何て威張っていても動物と対して変わらないのではと・・・・。
 確かに古い日本の御伽噺や落語等には結構動物が登場しますよね(狸なんて特に・・・・落語の狸賽とかね)。
 昔の日本人は、動物との親和性が高かったという事でしょう。
 (そういえば、江戸期、矢鱈とベタベタしているカップルを冷やかす言葉として、「このチクルイ(=畜類)めが!!」という物が使われていたそうですが、同様のメンタリティーでしょう)
 (最も西洋でもキリスト教普及以前に起源を持つ民話等には結構擬人化された動物が登場しますが・・・・)



 色々と書きましたが、春画=わらいゑ の笑いとは、例えば・・・・。


 ~ 楽は苦の種 苦は楽の種 二人してする 人の種 ~ 
 
 とか

 ~ 酒を飲むまで 男と女 トラになる頃 オスとメス ~

 とか

 ~ 惚れたはれたと やれ喧しい 人のせぬ事 するでなし ~


 といった様な都々逸を耳にした時に出る、言わば”クスッ” とした笑いと同様な笑いをもたらす存在だったのかも知れません。


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2016/01
18
[ #791 ]

衝動買い?

 購入するかどうか悩んで居たのですが、結局購入してしまいました。

       
          図録


 昨年、東京の永青文庫で開催された春画展の図録です。
 送料も含めると結構高くついてしまいました。


 
 実は基本的に春画は余り好きではなく、普通の美人画系の浮世絵(明和年間~文化10年頃までが矢張り良いですな)が好みなのですが、これほど話題になりますと気になりまして結局購入。
 (現地に出向いてみたかったのですが適わず、故の購入です。そういえば昨年は大阪市立等で行われた肉筆名品展にも出向きたかったのですがこれも適わず、最近少々パワー不足です。)



 閑話休題、届きましたる品を手にし先ず想ったのはそのサイズ。美術館の展示図録としては版が小さい(縦260弱×横150弱という変形サイズ)という事。
 そして厚みがえらくあるな(60㎜強)・・・と。

 そんな事を気にしながらも何はとまれザッと捲ってみますと、矢張り版の小ささが少々気になります・・・・・。特に小さめの図版は目が遠くなり始めた私には少々辛いかな?と・・・・(まあ、大きめなサイズの春画集も所持しておりますのでそれはそれで良いのですが・・・・)。

 ザッと目を通した後、前後の解説文も含め少し丁寧に目を通し・・・・・等としている内に思ったのは、何といいますか広辞苑等の国語辞典のサイズを連想させられるという事。
 綴じも工夫されておりましてそれも一因。

 もしかすると展示図録というよりも入門者向け春画辞典的といった意味合いも持たされているのかな?という想像してみたり。
 



 内容と致しましては、豆版の物が収録されていますのが先ずは興味深いです。
 豆版の存在はどこかで読んだ記憶が有るのですが、目にするのは初めてですかね?

 全体を通しての感想(読後感?)と成りますと、何だか春画そのもの或いは春画全体に対する物と成りそうですので、また項を改めてアップする事と致しまして・・・・・・。

 
 まあ?という事で、バカナリヤの片隅に置いておく心づもり、捲ってみたい方は声を掛けてみて下さいな。

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2015/11
21
[ #775 ]

呉市へ

 昨日は久々に日差しも有り暖かかった故、一寸呉まで。

 目的はこれ。

 
     北斎&リヴィエール


 呉市立美術館で開催中の「北斎とリヴィエール」展。

 

 浮世絵、1900年前後のパリ風俗、共に興味惹かれる対象であるという事で出かけてみた訳です。
 足は単車。東広島~呉道路の開通以来、呉の街が近くなりました。

 呉市立美術館



 さて展示ですが、富嶽三十六景×エッフェル塔三十六景が主かと思っていましたが、1階は全て「北斎漫画」の展示。
 北斎漫画、冊子等では良く眼にしていたのですが現物をこれだけの数を鑑賞するのは初めて、見応えがありましたね。その成立過程等も含めた解説も必要十分な感じで見やすかったです。版木の展示が多かったのも嬉しい事でした。

 そして2階に富嶽三十六景&エッフェル塔三十六景、およびテーマに沿った広島市立大学美術部員の作品展示という構成。
 富嶽三十六景もまとめて鑑賞させていただくのは初めてかも知れません。


 そしてリヴィエールのエッフェル塔三十六景ですが・・・・。

 富士の山という物、確かに江戸期、江戸の中心、江戸庶民の(心の)ランドマークで有った訳でして、またエッフェル塔は19世紀末から現代までのパリの中心、パリ市民の(心の)ランドマークであり、確かにそうした面では共通性といった物も多そうです。


 実は観に行く前は、富士の山も含め火山列島であるこの国において火山という存在は太古からの畏怖の対象・象徴であり、いわばアニマ的存在。対してエッフェル塔という存在はフランス革命100周年を記念して建てられたものであり、いわば”ヨーロッパ的アニマ”や文化等を習合・内包したカトリック(教会)に対する、プロテスタント(自由主義・科学万能主義・蓄財主義・・・)からの勝利宣言のモニュメントともいえそうで、似ていても本質は異なるのでは・・・・?等と思っていたのです。
 故、同じ三十六景でもかなり雰囲気方向性は異なるのでは・・・・と。


 で、観させていただきますと・・・・。これが中々良いのです。

 エッフェル塔三十六景、エッフェル塔自体を描いているかといいますと(勿論そんな作品も入っていますが)、エッフェル等が建った、あるいは建ちつつあるパリという街に住む人々を活写している面が強そうで、これが結構良いのです。

 富嶽三十六景や北斎漫画もそうですが、市井の人々に対する視点・愛情のような物を強く感じますが、エッフェル塔三十六景もそうなのですよね。パリの市井の暮らしや庶民に対する視点といいますか。
 そうした視点も含め、19世紀末のジャポネスクは成立していたのかも・・・・?と思えましたね。

 (しかし北斎の描く江戸期の庶民に比し、描かれる19世紀末のパリの庶民は陰を感じるといいますか・・・・、暗さを感じますね)


 どちらにしろ楽しませていただきました、人も多からず少なからずで(福山のピカソ展より多かった気も・・・・)。



 それから折角なのでこちらにも立ち寄り。

 戦艦展


 はい、大和ミュージアムですね。特別展示は日米最後の戦艦。

 この特別展示は一寸イメージしていた物とは異なりましたが、それはそれで・・・・。
 (大和ミュージアムとミズーリ記念館の姉妹提携記念の展示という趣旨が強そうかな?)

 そして常設店も・・・・・(何だか以前訪れた時に比べ、幾つか展示も変わっている気も・・・・)。

 しかし此処の展示、好きなのです。造船と海軍と共に発展してきた呉の街という存在・空気・歴史が良く感じられます。
 また、ガイド(学芸委員?)の方々にも展示に対す愛情のような物が感じられますし、全国から鑑賞者が集まるのも解る気がします。

 この日も多くの入館者でした。


 この日はあまり時間に余裕が無かったので早々に退散しましたが、また改めて訪れたいですね。
 いっそのこと泊まりで・・・・?
 呉の街、好きなのです。

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