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2018/06
16
[ #1032 ]

社交の酒のはなし 2

 前回、祭祀としての酒はある種擬人化された神との社交の酒、飲酒とも捕らえる事が出来るのでは?
 そしてまた社交という行為は、あえて損をする、あるいは無防備になる、負ける・・・等々というところに本質があるのでは?
 等と書きましたが、結局社交って無益な争いを避ける為の行為であり、それは信用に値する人間であることを相手に見せる行為故でしょうから・・・・。
 まあそれも行き過ぎると北米ネイティヴのポトラッチ的な方向に過激化したりする可能性もある訳ですが、それでもやはりちゃんとした”負け様”を見せる事が社交の本質という気はします。最近良く使われる”ウィンウィンの関係”もある種の信頼関係かもしれませんが、それって利益が出なくなったり分配が偏ったりすればたちまち解消されたり対立に陥ったりすることは想像に難くないですからね・・・・。


 前置きが長くなりましたが、泥酔し無防備に成るという社交スタイル以外にもいくつかの社交スタイルをもった飲酒行為というのはありそうで、今回はその辺り・・・・。


 泥酔し無防備になる、あるいは”迷惑をかける=借りを造る”といったスタイル以外にというと、まあ飲酒に限らずですが”リスクを共有する”というのも重要な社交スタイル。というか互いに信頼関係を築く上で重要な方法論にも思えます。

 例えば、朋輩同士がよく言う台詞で「昔よく一緒に悪さをしたよな・・・云々・・・」という言い回しがありますが、だいたいこれって、”一緒に良いことをした”には成らないのですよね。悪いことをして、ある種社会から叱責をうけたり、極端なことをいえば逮捕されるリスクをともに背負うというか、行うというか・・・・。
 まあそういうことですよね。

 振り返って飲酒という行為であれば、ひとつの器で廻し飲みをする、なんてのもある種そういうことな気がします。
 例えば一対一の場合、もし相手が重大な伝染性の病気に罹っている可能性は完全には否定できないわけで、もちろん大勢の場合、そのリスクは更に高まるわけでして・・・・。
 言ってみれば共に病気のリスクを背負う訳です。
 正に社交といいますか・・・・・。

 これの顕著な例は、もしかすると喫煙も知れません(勿論、喫煙という行為にはそれ以外にも色々な要素が含まれているとも思いますが・・・)。
 紫煙による健康リスクを共有するというのはいかにも社交的でしょ?(もっとも喫煙による健康に対するリスクというもの、実はメディア等で喧伝されているほど高くは無い気もしますが・・・ 笑 )
 言い換えると、相手の喫煙を許すことにより自らがリスクを引き受ける、許容するって非常に社交的といいますか大人な気がするのです?
 (そうした見方をすると最近の嫌煙権論争、自らが健康リスクを僅かでもこうむりたくないという主張、あるいはそうした感情論にも思えます。自分だけはほんの少しも健康リスクを負いたくない、ひたすら我が身大切・・・・、これじゃ社交にも何もならないですよね?)

 また、そうした面では性行為こそ究極の社交とも言えそうで・・・・。
 (最近性行為に積極的でない若者が増えているなんて話も耳にしたりしますが、ひたすら自らの(健康)リスクを避ける社会風潮に照らしあわせば、さもありなんですかね?)


 なんだか相変わらず話がずれていますが・・・・。

 唯そうした見方をすると、ある種会社の飲み会とか体育会系の飲み会で、”ワシの酒が飲めんのか~~”なんていうのはリスクの強要というか不利益の強要というか・・・、どちらにしろ社交ということからはずれている気はします。
 やはり個人が主体的に自らの意思で行わないと・・・・。



 それ以外の社交的飲酒というと・・・、思いつくのは、古代ギリシャの”シュンポリオン”。
 これがもう一つの、或いはある種洗練された社交の飲酒スタイルの代表にも思えます。


 これは現代で言えうところの”シンポジウム”の語源とも成ったといわれる飲酒行為で、皆で集まって芸術や学問、哲学等の文化的な会話を交わす祭、薄めたワインを飲むことにより、より自由な会話や議論をし、新たな視点や発想、より高度な会話にしようという行為ですね。

 そう、学術的議論等は知識が勝つというか、構造主義的に組み立てられている故どうしても固定化するというか、新たな発想が生まれにくい訳で・・・・、そこですこしアルコールを入れ、理性を少し緩めることにより、普段出来ない発想をしようというわけで・・・・。
 当然これは泥酔しては無理なわけでしょう・・・・・。


 そう泥酔しない飲酒は社交という面ではもうひとつのスタイルといいますか・・・・。

 実はBARのカウンターでの会話というものはそうした物というか、それを理想としている面は有りますよね?
 (少なくとも拙店はその心算です・・・ 笑 )

 泥酔しない社交としての飲酒=シュンポリオン的飲酒、それはある種ジャズのセッション的とも思えたり・・・・。

 そうした社交ツール・社交スタイルとしての酒ってのも良くないですか?



 かなり我田引水的ですかね?



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2017/04
26
[ #930 ]

禁酒法?

 先日どこかで目にしたのですが、禁酒法案的な物が検討されているとか・・・。

 少し前から東京オリンピックに向けて飲食店等における、或いは室内空間全てにおける禁煙法的なものが検討されていて議論が続いているという報道はしばしば耳にしておりましたが、続いて禁酒(飲酒規制)法案何て事にになりますと・・・・、バーや飲み屋は生きていけなく成りそうでして、結構深刻な状況なのかも知れません・・・・。

 
 以前にも書いたこともありますが、此処三十年程の禁煙ムーヴメントといいますか嫌煙ファシズムといいますか・・・兎も角そういった風潮、実は少々怪しいといいますか問題といいますか。
 そうした事を思っている私としては更に禁酒法的な物が検討されているとなると何とも生き辛い世の中になりそうです。

 禁煙法(健康増進法)に対する違和感何て事をいまさら書いてもせん無いことですし(何だか最後は結局、”私は煙草のにおいが嫌いです!”なんて感情論が出てきそうですし・・・・)ここでは書きませんが、更に此処に飲酒規制法なんて話にエスカレートしますとやはり如何な物か・・・・と思わざるを得ない訳でして・・・・。


 そう禁酒法やそれに類する議論は古代から多く行われて来ましたが、それがある種イデオロギー的(或いは政治的)な様相を帯びたのはやはり19世紀の西洋社会。近代の幕開けとともに・・・・とも思えま。更に云えば禁欲を是とするプロテスタンティズムの成せる業といいますか、近代進歩主義のやり方といいますか・・・・。

 またそれ以前、ヨーロッパに煙草が持ち込まれた割と初期に禁煙論を声高に唱えた著名人といえばエリザベス1世と記憶しておりますが、彼女存在の歴史的背景を考えますとやはりね・・・といいますか。

 更に正に進歩主義を国是としていると思える米国の1920年代の禁酒法・・・・(これがもたらした物、成立背景、功罪・・・)。

 更にその後、禁酒禁煙を強く唱えた著名人としては、何と言っても”A=ヒトラー”。
 ナチズム自体”国家社会主義”を謳っている訳ですからいわば進歩主義の延長線上にある訳ですし、またそこに強く溶出している優生学自体が正に近代進歩主義の典型とも思えますしね・・・。

 (そういえば学校教材にヒトラーの”マインカンプ”の使用の許可が閣議決定されたとか・・・・、これも煙草・酒の規制法案と同一メンタリティーの上にありそうで・・・・、気持ち悪いですな。)

 そうヒトラーが禁煙を推進した背景には優生学的思想が強く影響していますが、これの基になったのは所謂”ダーウィニズム”。 
 言ってみれば優生学という物は人類をより優秀な種に進化させようといった物でしょうが、言い換えれば”優秀で無い者は抹殺しても良い”という思想ですよね?そして其の基と成ったのがダーウィニズムの”弱肉強食”の理論。
 詰まり弱い物は食い殺されて当然・・・・という思想ですよね。
 もっと砕けた言言い方をすれば・・・・”勝てば官軍、儲けた者勝ち”という思想ですよね。

 いっちゃわるいけど、はっきり云って下品じゃないですか?

 
 やはり日本人としては(特に瀬戸内で育った私の様な人間からすると)平家物語にある・・・”祇園精舎の鐘の音、盛者必衰の理を表しけむ・・・”(諸行無常)という見方こそ日本的と思えますし、また惹かれる訳でして・・・・。

 また、違う言い方をすれば健康増進法(禁煙法)や禁酒法案、個人の健康欲を煽るばかりでして、それこそ個人が健康であることは政府に対する義務なのか?と突っ込みたくなりますね。

 それにそもそもそれらの議論には、酒・煙草といった嗜好品の持つ社交ツールとしての側面・文化面がそっくり抜け落ちている気がしている訳でして。

 社交、詰まり人と人との社会的交わりの助けとなる存在。知らない者同士が仲良くする助けとなる道具。
 酒や煙草には本来そうした役割、側面が強くあった訳ですが(故に古くは商家の店先には必ず煙草盆が備えられていた訳ですし、ハレの日の酒宴もそうしたものでしょう・・・)、翻って禁煙が声高に叫ばれる様になった頃から、世の中がギスギスして来たといいますか、会話がディベート的で優しく無くなって来たといいますか、下品に成ってきたといいますか・・・・。

 結局、禁煙や禁酒が声高に叫ばれるほど、個人個人の争いが増える気がするのですよね。
 
 或いは社会全体の争いも・・・・・。



 そうした面でも、禁酒とか禁煙(といった方向の行き過ぎた)思想、何だかね?とも思うわけです。

 特にバーは社交的空間ですから。
 カウンターの内側に立つ人間としてはやはり思うわけです。


 まあ相変わらずの戯言かも知れませんが・・・・。

 
 

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2013/07
15
[ #513 ]

ビア・アリス そして・・・

 昨日、広島市内で開催された”ビア・アリス2013”に顔を出して来ました。


 広島市内の繁華街に在るアリスガーデンというスペースが会場。13時スタートという事でしたが、私が現地に到着しましたのが13時05分位。
 すでに吃驚する程の人出。アリスガーデンはそれ程広い空間ではありませんので余計に混雑感が有ります。

 一枚の前売り券で7種類のビールが飲めるという趣旨の中、少々行列に並ばないとビールにたどり着けないといった情況でしたが、せっかくなので私も勉強がてらしっかり7種類飲ませていただきました。


 会場はこんな情況・・・。

 会場


 スタッフの人たちは大変そうでした。頭が下がります。

 近々”地ビールフェスタ”というイベントも有りますし、最近広島ビールが流行ですかね?
 
 
 閑話休題、ビールを注いでもらう、飲みながら行列、注いでもらう・・・というやり方で、効率よく7杯飲ませて頂き、2時過ぎには早々に会場を後にしました。



 軽く腹を満たした後、近くの公園で一服・・・。

 猫

 猫に相手をしてもらいながら・・・・?



 そこから酔い覚ましも兼ね駅まで歩く事に・・・。

 歓楽街を中央突破、日曜日の昼間という事で閑散としております。
 この歓楽街、昔は東遊郭と言われた場所。


 地図

 昭和14年の職業別明細図ですと、弥生町遊郭と記して有ります。
 現在はソープ街、土地の記憶というやつでしょう。

 ソープ街

 広島市内、原爆で一面焼け野原になっていますので戦前の建物は残っていません。また昭和の高度成長期、支店経済の街として歓楽街も賑わい建物も建ち代わっていますので古い建物は少ないです。

 弥生町


 これくらい?

 タイル

 こんなタイルは時代を感じられ一寸嬉しいですが・・・。


 しかし、ここから少し北、旧東遊郭の北の端辺りに1軒、往時の遊郭の雰囲気を色濃く残した旅館があります。

 一楽荘  一楽荘2




 ついでに、駅前の市場の路地も散歩。

 市場

 日曜日なので閑散としています。


 此処も近々再開発されるとか・・・。

 其処の煙草屋さんで缶入りピースを衝動買い。


 空けてびっくり。
 蓋の造りが変更されています・・・。

 缶ピース


 全ては変り行くのでしょうね。

 

 

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2012/06
02
[ #393 ]

戯言6月 (禁煙デー)

 一昨日の5月31日は”世界禁煙デー”。
 今年の禁煙デーは例年に比べて少し静かだった様に想うのですが・・・。

 それもさもありなん、かな?


 閑話休題、確か世界禁煙デーが設定されたのは1988年であったと記憶していますが、そのときに憶えた違和感と言う物、未だに私の中では払拭されてはおりません。

 何と言いますか、煙草さえ無ければ世界が平和になるとも取れる論調、煙草こそが諸悪の根源といった感もある主張。何となくですがブッシュ大統領が幾つかの国々を”悪の枢軸”と名指しした遣り方を連想してしまいます。

 また煙草か健康か?といった二元論、二項対立論にも少々恐怖を覚えます。


 元来煙草はニコティア・タバカムに代表される茄子科の植物であり、それらは人類より遥か昔から地球上に存在している訳で、それを人類のご都合主義で”悪”と決め付けるのって如何な物か?といった印象が拭え無いのです。

 それに健康(身体)に悪そうな物って他にも沢山ありそうです。
 例えば自動車や工場等の排ガス、各種食品添加物、化学合成された各種薬品(化学的に造り出された薬って、当然使い方に拠れば、毒にも成る訳でして・・・)。
 されに穿った見方をすれば電磁波とか、巷に溢れかえる各種の情報、TV番組。ネット等の情報ツールだって、使い方に拠ればそうとう健康に悪そうですし・・・・。(笑)


 それに今はやはり放射性物質ですか。

 今年我が国で禁煙デーがあまり騒がれなかったのは、やはり原発事故の影響が大きいのかも知れません。
 煙草何て言ってる暇は無いですよね?

 特にこの放射性物質(原発)はそれが生み出す電気、その圧倒的利便性と表裏一体であり、その事実を現前に突きつけられた訳ですからそれは悩みますよね(悩むべきでしょう)。
 実は原発に限らず、現代科学に拠り利便性を求めて造り出された物、押しなべてそうした事を内包しているのですが・・・。



 そこで80年代頃から起こされた禁煙ムーブメント。結局は煙草、或は喫煙者を負の(悪の)偶像に仕立て上げる行為であり人々を思考停止させる行為でははないのかと想えて成りません。
 判り易い悪の象徴(スケープ・ゴート)の存在は、便利でしょうから・・・。
 

 嫌煙権という言葉も・・・。
 煙草(の煙)を嫌う権利・・・・・。言い換えれば、人に煙草を吸わせない権利 ???
 どちらにしろ嫌煙権なんて言葉、憎悪を生み出しやすい言葉の様に想えて成りません。


 ここで思い出すのが、昔読んだジョージ・オーエルという作家の「1984年」という小説。
 この中に憎悪週間とか憎悪の時間といったものが描かれていた気がします。嫌煙権という言葉、これを思い出すのです。

 またこの小説のなかで主人公(もしかするとその彼女だったか?)が、「幸福で満たされていれば、憎悪週間なんて必要無い・・・」といった意味の台詞を使っていた覚えがあり、印象に残っています。


 結局、嫌煙権なんて言葉(禁煙という正義)を使い他者を攻撃、或は憎悪しなければならなくなった現代人というもの、常に満たされない(欲求不満の)状態に置かれているのかも知れません。

 正に1984年頃から世界は小説”1984年”的世界に向かい踏み出したのかも知れません。
 (1984、本棚から探し出して再読するかな?)


 話が煙草からかなり外れてしまいましたが、旧来喫煙は大人の嗜(たしな)みといったイメージでした。

 嗜みという言葉通り社交ツールであった訳ですが、個人的には煙草って、最も嗜好品らしい嗜好品、社交ツールらしい社交ツールという気がします。


 何故か・・・?
 それは、他の嗜好品に比べ最も身の養いに成らないからでしょう。酒だって結構身の養い(栄養)に成ります。

 身の養いになる物とは結局、個人(個体)の生命維持にプラスになる物。動物的個体維持の本能に合致する物ですよね。
 身の養いになる物は、社交の場における”三欲を満たす姿を相手に見せてはいけない(悟られてはいけない)という基本”に合致しない面を内包する。

 それに比すと煙草の回し喫みであるとか、一つの酒器に拠る酒の回しのみ、病気のリスクとか汚いなんていう意識が有ると出来ない事です(そういった面では、性行為こそ究極の社交かも知れません)。このリスクを供用する事こそが実は社交の本質なのでしょう。
 言い換えれば”わが身大切”(自分さえ良ければ良い)という人間で無い事を証明する行為が社交と言っても良いのかも知れません。


 80年代位から、その辺りが変わって来た気がします。

 一寸面倒くさい言い方をすれば、生老病死という四苦。これらを逃れられない物ととして受け入れていた事が、それから逃れようとする欲を肯定して良い時代になったようにも想えます。

 (自分だけは)楽して儲けたい(生の苦は、食わなきゃいけない苦でしょうから)(各種投資システム)、歳を取りたくない(アンチエイジング)、病気になりたくない(健康食品)、死にたくない(延命治療、がん治療)。
 そういう事を口に出して良い時代風潮に・・・。
 また金さえあれば、四苦から逃れうる幻想を持ちうる時代。


 しかしそれって、結局は欲求不満(満たされない感)を増幅している気もしますし、無益な争いとか憎悪を増やしている気もします。
 
 何だかね・・・。



 勿論要因は色々と有りそうですが、ただ他者を正義の名の基に攻撃したり憎悪したりする時代って疲れますね。
 
 どちらにしろ個人的には、のんびりと一服するような生き方が出来ればと想います。

  
 

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2012/02
03
[ #362 ]

ワインのはなし

 ワインこそが世界最古の酒ではないのか?と想います。

 社会的酒としてはビール(エール)がその座に着くべきであるとか、文献的にはミードでないかといった意見もあるでしょうが・・・個人的には人類が意識して作った酒としてはワインが最古ではないかと想っています。


 何故か・・・?と話を進める前にワインという酒の定義付けを・・・・。便宜的かつ簡単に、広義から狭義に並べますと・・・。

 1、酒類全般 > 2、醸造酒全般 > 3、糖質を主原料とする醸造酒 > 4、果実を原料とする醸造酒 > 5、葡萄を主原料とする醸造酒 > 6、スティルワイン
 といった感じですか・・・・。

 因みに6のスティルワインと言う物が、一般的にワインといわれる物です。


 また1の酒類全般=ワイン、というのも???と想われそうですが、我々日本人が清酒だろうが、ウイスキーだろうが、ワインだろうが、ひっくるめて”酒”というような物です。


 そういえば昔の映画で、「Days of wine and roses」 (邦題、酒と薔薇の日々)というものが有りましたが(暗くて、良い映画です)(ヘンリー=マンシーニ作曲の主題歌も良いです)(因みに主演は、アパートの鍵借しますの、ジャック=レモン。女優さんはリー=レミック)、この題名中の”ワイン”です。
 映画の中で飲まれるのはジンであったり、カクテル(ブランデーアレキサンダー)であったりですから・・。
 

 話がそれましたが、ここで私が”人類が最初に作ったであろう酒”という場合の”ワイン”は、3 の果実で作った醸造酒な訳です。


 何故、そう想えるのか?
 それは農耕の誕生以前、詰まり採取を主体とした生活の中でも自然発生的に、また簡単に作れる酒だという事です。

 想像していただければよいのですが、果物は実る季節ってあります。そこで当時の人達はたわわに実った果実を採取し、貯蔵しようとしたはずです。
 そうした状況において葡萄やそれに近い果実を容器に貯蔵しますと、下の方は潰れます。そうすると勝手にワインが出来てしまうのです。
 此処が葡萄類の素晴らしいところで、内部は”適度”の水分と糖質、そして皮の表面には天然酵母。
 これに依り勝手にワインに成ってしまう。

 違った言い方をすれば、果実を貯蔵する容器を手に入れた時が人類が酒(ワイン)造りを始めた時期と言って良い気もします。
 

 ではそうした容器は何時頃から作り始められたのか?

 最古の土器は・・・?(樽より土器の方が歴史が古いといわれてます・・・・)

 実は縄文土器を最古の土器とする説も在ります・・・。

 とすると・・・最初にワインを造って飲んだのは日本人(縄文人、源日本人)?何て妄想も生まれたり・・・。(笑)


 縄文時代の土器の話をもう少し考えますと、縄文土器の中に「有孔鍔付土器」という物が有ります(以前、三次の歴史民俗資料館で酒造りの歴史展が有り、実物大レプリカが展示して有りました)。
 この土器、酒(ワイン)造りに使用された事が確定されている最古の縄文土器ではないかと想うのですが・・・、その制作時期は縄文前期末~中期末といわれているそうで・・・。今から7000~5500年前位ですかね?
 エジプト等では既に農耕が始まってるか・・・。


 それはさておき、ワインを「世界最古の酒だから」という理由で飲む(マニアな)ひとは、まずいないですよね?私だってそうです。では人々はどういう動機でワインを選択し飲むのか?


 ヨーロッパの人々はそれが「酒」だからでしょう・・・。

 では日本人は・・・・。

 20世紀においてはある種のイメージがその選択の動機付けだった気がします。
 (基本的に嗜好品はイメージの商品ともいう気がします。最近観なくなりましたが、煙草の広告に最もよく現われていた様に想えます。そうした意味でも煙草こそが最も嗜好品らしい嗜好品だといえるかも知れません)


 どういったイメージか?

 色々いえそうですが「豊かで、お洒落で、進んでいて、かっこ良い”西洋”」のイメージの様に想えます・・・。
 勿論今ではワインが好きだからといった方が多いと思います(ワインを飲む事が定着したのでしょう、或いは洋食)。


 長くなりました。



 そんなこんなでバカナリヤにも少しだけですがワイン、用意してあります。

  セラー

 

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2010/03
06
[ #147 ]

 雑考29  パイプ

 ごくたまにですがパイプ煙草も愉しみます。


 出来れば自宅で毎夕食後、好みの本と相性の良い酒と共にでゆっくり・・・。といった愉しみ方がしたいのですが、そこは夜の職業、自宅でゆっくり夕食といった事は出来ない故、ごくまれに愉しむ程度です。


 昼間、昼食後にといったやり方も有るのでしょうが、仕事前に喫うとその香りの強さにより、暫く味が判らなくなる故にこれも無し。


 では、どういった時に楽しむのか?

 多いのはOFFの日、アウトドアに出かける時にバッグに1・2本忍ばせる、というのが私のやり方です。
 といいますかOFFの日に出かける時にバッグの中に1・2本忍ばせておくと、その旅あるいはお出かけに、何だか深みが増すような気がします。嗜好品(一見無駄なもの)の良さってこの辺りにも有るのかも知れません。


 特に海の近くに行くときが良いですね。パイプ煙草の香りに潮風の香りが混ざるのは、非常に相性が良いと私は感じております。また風の強さに負けないのもパイプの良さ。船乗りが咥えているイメージもあながち嘘では無いと思います。船の上で(最近はその機会も減りましたが・・・)燻らせるのはとても気持ちが良いのです。シガーでは中々こうは行きませんものね。シガーこそ、自宅で夕食後が良いかも知れません・・・。
 
 という訳で、ごく稀にですがパイプ煙草も愉しみますし、シガーも店にほんの僅かですが置いているので、こちらは勉強というか、経験としてたまに・・・・。プライベイトではあまり咥えないかも知れません。シガーに付いて廻るステイタスなイメージが私には似合わない気が・・・或いは苦手といいますか・・・・。


 まあ何はとまれ、嗜好品全般、私の興味の対象では有ります。


     パイプ1     


 ますた
 

 

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2009/11
07
[ #106 ]

 雑考22  メタボ

 最近はメタボ検診の話題がメディアに取り上げられる事も少なくなった気がしますが、実施はされてるのでしょうかね?私は健康診断等は受けていないので判らないのですが・・・。
 
 確か制度導入時前後には、よくメディアで話題にされていた気がしましたが・・・。


 しかしその議論も、”ウエストサイズで体脂肪等が本当に推定できるのか?”とか、”ウェストが細ければ健康といえるのか?”とか、”適度にコレステロール値が高い方が長生きでは無いのか?” 等々の瑣末な議論に終始していた気がしました(尤も、あまりTVとか観ないので確かでは無いのですが・・・)。 


 本来でしたら、あるいはバブル以前であれば、”個人が健康であることは政府に対する義務であるのか?”とか、”個人の健康に政府がそこまで関与すべきか?法令で定めるべきか?”とか、あるいは”それは、戦中の生めよ増やせよ政策と同じでは無いか?”とか、”社会主義では?ナチス的では?”とか、”不健康は犯罪なのか?罪なのか?”といった議論がされ、軽々には施行されなかったのでは無いかと想うのですよね。
 尤も、個人の健康に対する政府の関与、法令化の是非に対する議論については、その数年前に”健康増進法”が嫌煙ブーム・禁煙ブームに乗って成立した時点で終わったと観るべきなのかも知れません・・・(まあ、80年台のシートベルトの罰則付き義務化かも知れませんが)。
 
 しかし、これってドウなのですかね?健康に対する脅迫観念が強くなったのか・・・。それとも他者に対し差別がやり辛くなったので、代わりに喫煙者とか肥満者を攻撃したいのか・・・?
 どちらにしろ、なんだかな~という気分。
 他者が不健康だとして非難するってね・・・・。 
 

 こんな事を書いてると思い出すのが、フランスの女性作家フレンソワーズ=サガンが記者のインタビューに答えた言った台詞。

 ”私には破滅する自由がある!”


 恐らく、自由とか自己責任ってこういう事ですよね。昨今の風潮の如く他者に向け発する言葉では無いと想うのですが・・・(特に自己責任という言葉)。
 


 まあ面倒くさい事は抜きにしても、サガンの台詞、一寸好きです。

 (尤も、派遣労働法辺りと絡めて考えますと、労働者、あるいは労働力という物・商品のQC、品質管理を国主導で遣りますという事かも知れませんが・・・。穿ち過ぎ?)


   ますた

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2009/08
27
[ #78 ]

 雑考 18 付き合い

 付き合いとは、人と人との交際といった意味でしょうから(友達付き合い、近所付き合い、等々)それ自体には正のイメージも負のイメージも持っていないのですが、これに私の好きな”酒”がくっ付いて”付き合い酒”となると、いきなり負のイメージになるのはどうした事でしょう・・・。



 ”酒盛り”となるとウキウキするのですが・・・。


  
 恐らく酒盛りとは、同じ共同幻想を持つ相手、早い話気心の知れた人間と飲むことであり、付き合い酒はそれ以外の人間と(も)飲む事である故でしょう。


 元々哺乳類のオスにとって他のオス(特に認識の薄い)との出会いは、非常な、緊張や闘争心、恐怖心が惹起され、またその結果としての攻撃、闘争、弛緩、思考停止等々が本能(感情)的に起きるのが常でしょう。また社会的(群れを作る)哺乳類になると、ある程度それを理性等で押さえ込んで生活しているのでしょう(また殆どのおそらくその結果として場合群れの中にオスの数は少ない)。


 そうして酒がもたらす酔いって先ずはこの理性(あるいはそれを司る大脳新皮質)を麻痺させる形で利くのですよね。


 で緊張する相手とも席を同じくできる面もあるのでしょうが、それが高じて本能が表に出過ぎてしまうと、多くの場合人同士の関係性等に問題が起こり易い。


 結局、酒を飲んでも酔えない空間が付き合い酒となるのでしょうが、酒好きにとって、飲酒の楽しみの重要な部分は、この酒のももたらす酔いに有るのでしょうから(もちろん、それが全てでは無いですが)、苦しいですよね。



 ではどう対処するか?個人レベルでは、


 1、つきあいの飲みには一切参加しない。(若い世代の方など多いやり方かも、これはこれで関係性が壊れそう)
 2・参加はするが酒は飲まない(下戸なら有りでしょうが・・・)
 3、酔わない程度に飲む(苦痛ですし、それが出来ればね・・・)
 4、酔って本音が出ても嫌われない位に人品を磨いておく(これが出来れば良い酒飲みと言って貰えるでしょうが・・・、)
 5、本能に任せ、飲みたいだけ飲む。(まったく、対処法ではないですね・・・)


 等々、考えられると思いますが・・・・・・・・・・・・・・・・。



 では社会的には対処のしかたは?


 私が理想とするのは、付き合い酒はやめて、”付き合いタバコを世界的に奨励する!”



 元来タバコはネイティヴ・アメリカンの社交(付き合い)の為の嗜好品だった訳で、それにより彼らは平和な世界を築けた面も大きいでしょうし、タバコがヨーロッパに持ち込まれた後も社交の場で持て囃されました。

 パイプが今でもイギリス紳士のイメージに付いて廻ったり、フランス社交界の嗅ぎタバコなどもそうでしょう。
 社交とか戦争とか、精神的に緊張を強いられる場面に置いてもタバコが地着物ですし、それが有用だった査証とも思われます。
 またそれ故に、我が国でも商家の店先には煙草盆がつき物だった訳で。
 

 それに、もし社交の場の主役がタバコであったなら、某財相もサミットの会見で失態を犯さずにすんだでしょうし・・・。 

 などと・・・・。  


 まあどちらにしろ、酒もタバコも嗜好品。上手く付き合えば一生付き合えますし。他者との付き合いに気を使う小心者にとってはありがたく。また、適度な社会の潤滑油であり、適度な隙間を作ってくれる存在。
 これからも上手に付き合いたいと思います。 


   ますた

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