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2017/06
09
[ #940 ]

ライ麦畑のキャデラック

 先日タイトルに惹かれ図書館で借り出した本です。

 
      ライ麦畑のキャデラック

 副題に ”モーターカルチャー100年の真実” 等とも付いておりまして何とも惹かれるタイトルなのです。


 早々に読んでみました・・・・。

 そこで感想なのですが・・・・少々イメージと違うといいますか・・・・。
 そうですね、副題を ”文学で読み解くアメリカモーターカルチャーの100年” とした方が良い感じと記せば雰囲気が伝わりますかね・・・・。
 そんな内容です。


 まあそれはそれで良いのですが全体的に中途半端な印象。
 何といいますか、アメリカ文学と車の関係に特化するなら特化するで、あるいはモーターカルチャーから見るアメリカの社会、あるいは精神史に特化するならする、といった方が良かった印象ですね。

 アメリカ文学、車、アメリカの現代史、精神史といったものが記されているのですが全体的に薄い印象。
 もしかするとこの著者、それ程、アメリカ文学やアメ車、あるいは自動車そのものにそれ程思い入れという物が無い方なのかも知れません。そんな印象です。
 (やはり著者の思い入れが伝わる本という物が読んで楽しい気がします)


 閑話休題、それはそれとして結構興味深い情報も少しばかり散りばめられていたりで、それ程悪くは無かったですかね。
 著者自身それ程メカニカルな面に詳しくないのか、アドバイザー的にベテラン整備氏の方の意見が記されていて、著者がこの整備氏さんに「中古外車を選ぶ時の注意点」を質問するくだりがあるのですが、(それ自体はあまり面白くも無いのですが)その最後の部分でこのベテラン整備氏のおっしゃる台詞。

 「本妻に選ぶなら故障も少なくヒトとの約束が守れるドイツ車か国産車でしょう。二号さんに選ぶなら少々だだっ仔でも走って愉しいイタリア車かフランス車でしょうか」
  
 この台詞、女性には叱られそうですが年季を感じる洒落た台詞と思え・・・・。

 言ってみれば「メインに使う車なら故障の少ない国産車か質実剛健なドイツ車、セカンドカーなら乗って愉しいイタリア車かフランス車」ということなのでしょうが・・・・・、ではこの本の主役、アメ車はどこに行った・・・・・?

 何てね・・・・。


 個人的な意見ですが、2輪でも4輪でも走る事自体が根っから好きな人間は大体において国産車かヨーロッパ車を選ぶ事が多い様に思えます。
 対して、アメリカ(というイメージやキーワード、文明、ビジネススタイル等々)が好きな人間がアメリカ車を選ぶという印象。

 またそうしたアメリカ車が持つイメージというのは(少々古いかも知れませんが)、運転がひたすら楽で、やたらと大きくて、派手でハッタリが利く(ある種こけおどし的)外観、等々といったところですかね?

 楽じゃないけど楽しく個性的なイタリア車とかフランス車とは対極なイメージ(これも少々古いかも知れませんが・・・・)。


 しかしこのアメ車のイメージというか方向性もこの本に拠れば1950年代に確立された物という事らしく、戦前のアメリカ車はメーカー数も多く、色々な個性のクルマが作られていたとの事。

 特に戦前のフォード等は質実剛健で其の分やや野暮ったいけれど壊れにくく直しやすい車を生産していたとか(そういえばフォード、トラクターでも著名ですよね)。確かに戦前のアメリカは都市部以外は道路も余り整備されおらず一歩郊外に出れば農地や荒野が広がるといった状況、壊れにくく自分で修理しやすい車が必要とされるのは必然ですよね。そして戦前、その後のアメ車の様な押し出しの強い車に乗っていたのは都市部のギャングであった、等々・・・・・・。

 で、戦後1950年代のいわばバブルの時代、ひたすら楽で大きくて派手な(内で不埒な行為がしやすい?)車が受け、それ以外の車やメーカーが駆逐されその後に至る・・・・という事の様で・・・・・。

 そういえば我が国の車もバブルの頃からひたすら楽で快適で・・・・・という車がもてはやされて来た気も・・・・・ (笑) 。

 まあ、そういうものかも知れません。


 色々書きましたが、そんな事を思った本でした。


 
 
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2017/04
14
[ #927 ]

初めてです (喜)

 先日運転免許の更新をしたのですが、初めてゴールド免許なる物を手にしました。

 

      ゴールド


 免許を取得してン十年、初めてです。
 記憶が定かでは無いのですが、確か過去に8回ほど免許停止処分をいただいた私としては感無量。

 確かに最近は安全運手に気を使った気もしますし・・・(流石に年齢と共におとなしくなったという事です)、もう5年間、何とかこれを続けたいものです。

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2016/03
22
[ #809 ]

ようやく・・・

 ようやく車のタイヤを履き替えました。
 半月早くても良かった気もしますが、とは言いましても春分の日に雪が積もった記憶もありますしね(その昔、四国にツーリングに行っていて酷い目に会った記憶が・・・・)。
 
 先ずは午前中に連れ合いの車の物を4本。

 それから自分の車のタイヤを・・・と、其の前に気になっていた部分を・・・・。

 
 実は数日前、燃料タンクのエア抜きライン、そのホースの最もタンクに近い場所にピンホールが開いている事を発見したのです。

 エア抜きのラインなのでそれ程問題無いと言えばいえるのですが、目一杯燃料を入れると見事に噴出すのです。
 
 気付いてしまうとやはり何とかしたくなる訳でして、自分の車のタイヤ交換の前に一寸このホースも交換・・・と、気軽に考えていたのですが・・・。
 燃料タンク側のホースバンド、見えてはいるのですが手が入らない、工具が入らない、おまけにそれなりに錆付いています・・・・・。

 1時間程足掻いたのですが、イライラしても来ますし・・・・。
 (これだから車のメンテは苦手です。オートバイなら割と簡単にバラバラに出来ますし、バラしたままガレージ内に放置しておく事も出来ますが車ではそういった訳にもいかず・・・・)


 で、昼食休憩を入れて仕切り直し。

 右リヤ以外の3本のタイヤを先ずは交換、右リヤタイヤを外した状態で更に一足掻き・・・・・。


 何とか成りました。

 しかしホース1本に2時間かよ・・・・・。

 おまけに手探りの作業故に、気が付くと素手で・・・・。
 当然両手は真っ黒に・・・・(バーテンダーとしては如何な物かと・・・・・)。

 しかし、自分の乗る物ですから出来る事は出来るだけ自分で遣りたいのですよね。

 ちなみにこれが交換したホース。

 ホースバンド


 この奥のホースバンドで苦労した訳です。

 
 ホント、何やってんだか・・・・。

 しかし車もオートバイも20年物、これからこうした事が増えるのかも知れません。

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2016/01
07
[ #788 ]

勝手なる考察 3

 少々しつこいですがまだ書きます。昨年のこの展示を観ての考察。

 戦前、大正から昭和一ケタ台にモーターサイクルレースが盛んだった広島市周辺、日中戦争泥沼化に拠り開催されなくなり、その後は原爆投下~敗戦。市内一面焼け野原となるものの昭和21年には有志が集まりレースが開催され、その後恐らく昭和24年頃からはオートレースとして開催されていたものが、それも昭和34年を最後に開催されなくなる。

 では何故この時期に開催されなくなったのか?

 相変わらず素人の勝手な考察ではありますが・・・・。


 勿論、その理由は色々と推察出来ます。
 例えば、昭和27年には宇品に競輪場が開設されたとか、同29年には宮島競艇が開設され・・・何てことも一因でしょう。
 唯私としては、重要な要素としてその昭和30年代という時代の空気、時代風潮といった事を考えてみたくなるのです。


 では、昭和30年代とはいかなる時代であったのか・・・・。

 昭和30年の秋に米国主導で保守合同が行われいわゆる政治の55年体制が始まるのですが、これを切っ掛けに日本に急速にアメリカ文明が浸透していき、日本のさまざまな面がアメリカ化していった時代では無いかと思えるのです。
 例えばTVの普及とそこで流されるアメリカ的な物というのは良く語られますが(ホームドラマ・ハリウッド映画・プロレスもアメリカ由来でしょうし・・・・・)、全体としては、いわば民主主義という物・言葉の浸透、日本の法治国家化、ともいえるかも知れません。


 民主主義の浸透および法治国家化・・・・何て書くと良いイメージが強いですが(といいますか、それのどこが問題?なんていわれそうです)、物事全て良い面も有れば悪い見方も出来る訳でして・・・・・。

 例えば、民主主義、言ってみれば議会(立法府や内閣)で成立すれば、どんな悪法でも施行されるシステムともい得る訳でして、ナチス政権だって民主主義に則り誕生した訳ですしね?
 また法治国家化とは、法律を絶対視しそれに人々を従わせる支配するシステムともいえる訳です、所謂”法の支配”(何だか昨年良く耳にした気も・・・・・)というやつですね。


 閑話休題、それによって昭和30年代、わが国ではどういった変化が起ったのか・・・・?


 旧来(江戸以前)の我が国は基本的に、村や町といった地域はそこの自治組織によって運営されていた側面が強く、其の当たり幕府等の行政は余り介入しなかった、といいますか、自治に任せていたと言われています。
 言い換えれば、地域の枠組みが強固であったともいえそうです。
 そして、各村や地域にはそれぞれに”ハレ”の日や行事が有り、存在感を持っていた訳ですが・・・・・。

 それは例えば・・・・・、岸和田の”だんじり”や博多の”山笠”の様ないわば競争系の物であったり、伊予の太鼓祭りや広島県では幸崎に残る布団だんじりのような喧嘩みこし系の物であったり、西大寺や宮島の玉取り神事の様な裸まつり系であったり、また地域や地方に拠っては、闘牛や競馬系の物であったり・・・・・。
 また、そうした祭りが盛んでない地域では、盆踊りで近所の若衆連同士が喧嘩的な事をしたり・・・・と。

 どちらにしろ、怪我人が出るような(或いは場合によっては死人が出るような)荒っぽい行事が”ハレ”の行事として行われていた訳でして・・・・。

 また、そうした行事には”夜這い”という風習が付いて廻っていたり・・・・・・。


 例えばその夜這い、地域の作法にしたがって行われる訳ですが何時の時代でも無作法な輩はいる訳でして・・・・・、たまに揉め事が起ったりもする・・・・。
 で、そうした場合どういった対処がされるかといいますと、村の自治組織(座)等で話し合いが行われ、地域の仕来りや慣習に基づき落としどころが探られる・・・・・。
 荒っぽい祭りで怪我人等出た場合も同様に、地域の仕来りに拠って解決される、他地域との揉め事も地域に代表同士の話合いで落としどころが探られ解決が図られる・・・・。
 といった事が殆どでしょう。


 それがこの昭和30年代前半に急速に変わり始める訳です。


 例えば夜這いで揉め事になった場合・・・・、婦女暴行罪・強姦罪といった形で行政(警察)や司法が介入する様になる訳です。また、そうした解決法が推奨される・・・・(これが所謂法の支配ですな)。
 これに拠り、多くの地域でこの時期に夜這いの風習が廃れる・・・・・。

 また、荒っぽい祭りで怪我人や死人が出た場合(たしか昨年の岸和田のだんじりでも一人亡くなられた筈)には主催者に対し、業務上過失致死傷罪で捜査が入る・・・・何て事になり・・多くの荒っぽい祭りが、大人しくなる方向にも向かい始める。
 (どちらが良いとか悪いとかではなく)


 一寸考えすぎ・・・・?
 しかし、昭和31年に成立し33年に完全施行された売春禁止法等はその象徴とも言えそうで(また遊郭のはなしかよ・・・・・)、この時期急速に日本にアメリカ化(プロテスタントイズム)の浸透が政府主導で行われたのは現実でしょう。



 さてそれが広島のモーターサイクルスポーツと何の関係が?といわれそうですが、あの展示のパンフレットの写真。昭和34年のレースの写真。会場が可部高校のグラウンドなのですよね・・・・。
 この状況でもしバイク同士が接触クラッシュなど起こして観客席に飛び込んだ場合(写真を見る限り柵すら設けれれていないようです)当然主催者の刑事責任が問われる事態となる訳でして・・・・。


 結局そうしたこの時代の風潮として開催は断念せざるを得ない事態に陥ったのが大きいのでは考える訳です。


 (これは4輪の話ですし後の時代の話しですが、1974年(昭和49年)の富士での大クラッシュや1977年の富士でのF1の1コーナーの事故、1983年富士の最終コーナーでの高橋徹の事故・・・・・等々、どれも警察が介入した記憶が。)


 そんなこんなで、(ヨーロッパの様な)モータースポーツという物・文化。中々我が国には根付き辛いのかも知れませんね。

 
 

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2015/09
23
[ #755 ]

無目的なドライブ 2

 二日目の朝、いい子して布団に包まっていますと何だか気配が・・・・。
 連れのお二人が出かけようとしています。
 慌てて飛び起き、私も混ぜてくださいよ~~。

 で朝食前に朝の散歩、車で港周辺へと向かいます。


 歩いてみますと現在の香住町、非常に漁業が盛んな印象。
この日も調度、香住ガニの競りが終わったタイミングの様子で、蟹を積んだトラックが盛んに市場から出て行っています。



 市場

 この様な市場の建物が何棟も建っているのです。
 


 因みに競り落とされたであろう蟹は・・・・・。

    香住がに

 


 そして採って来たであろう船は・・・・。

 蟹舟


 香住ガニ専用の船なのですかね・・・・・・。




 周辺にも漁師町らしい風情をたたえた建物や船溜まりが有ります。

 
 町並み2  町並み3




 また散歩していた近くの海浜公園でこんなレリーフを発見。


     レリーフ


 恐らくは江戸期の香住の古地図をレリーフにした物でしょうが、これを観ると風除け等に良さそうな地形、往時は北前船も結構入っていたのでは無いでしょうか、特にこれから西の鳥取の海岸線が砂浜ばかりですしね、一寸調べてみたくなりますね(明治期に遊郭が在ったという話は聞かないですが 笑 )。


 閑話休題、その後宿で朝食もしっかりといただき帰途に着きます。

 前日はバイパスを通って香住の街に入ったのですが、この日は海沿いの旧道を選択、走っているうちにこんな神社に出会いました。


 荒砂神社


 荒砂神社という名だそうで、縁起はここに。

 縁起


 7世紀後半~8世紀前半・・・・・。古い神社ですね。
 (この8世紀初頭に確か古事記や日本書紀が成立していますので、この頃にいわゆる神社神道が成立したのでは?等と個人的には想えたりもするのですが・・・・)
 また、向かいの島の恵比須神社はこんな風情。

 恵比須神社


 いかにも漁民の信仰を集めたらしい佇まいです。

 また岩美町、この神社の西の地区。崖に(恐らくは漁業従事者の)人々の住宅がへばり付く様に建っていまして独特の風情、出来ればまたいつか訪れてみたくなった町並みでした。



 更に浦富海岸辺りも少し散歩し(400弱?の)階段を降り海岸まで行ってみました。

 浦富海岸




 ここまでは行かなかったのですが、気になる地名ですね 笑 。

 酒宴洞門  酒宴洞門(さかもりどうもん)





 そこからは大山経由(紅葉には未だ早そうでしたが、久々の大山を愛でさせていただきました)で無事夕方には東広島に帰り着きました。


 大仙




 店?もちろん開けましたよ。






 

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2015/09
22
[ #754 ]

無目的なドライブ

 先日、おっさん3人で行き当たりばったりのドライブ。

 年に一度位こうした事をしているのです。
 メンバーはいつものごとく”M氏”と”A氏”と私、私が今の店を開ける前からの付き合いで全くのプライベートな旅です。
 今回は山陰方面へ・・・・。


 三次インターから中国道に乗り一路東へ・・・・、晴天に恵まれ気持ちよく走れます。また中国道は山陽道に比べ圧倒的に交通量が少ない事もありこちらを選択(適度に曲がりくねっていてオートバイだとそれはそれで楽しい道でもあります)。

 

               中国道


 蒜山インターで下に降り、周辺を少し走ります。
 先日この辺りをオートバイで走った折には、通過しただけでしたので別に何もないところだよね・・・等と思っていたのですが、道を一本山側に入りますと・・・・、なるほど観光地の風情。
 小腹も空いてきたので何か食べますか?という会話も始まったのですが、ロードサイドのレストランやドライブインの駐車場、4輪・2輪が”これでもか”という位停まっています(調度お昼時という事もあったのかな)。

 
 そのような訳で蒜山周辺での食事は諦め、しばらく走った後に思いつきで関金温泉へ・・・・・。

 ここの新しそうな温泉施設の駐車場、シルバーウイーク中にも関わらず割と空いています。
 ここなら何とかなるかということで無事食事を終え、勢いで温泉にまで漬かる事に・・・・(ほんと行き当たりばったりです)。


 自販機で入浴権を購入しカウンターに持って行きますと係りの女性が・・・・・、
 「免許証か何か身分の判る物をお持ちですか?」 と、

 「エッ?温泉に入る為にそんな物が必要なのですか?」と問い返しますと・・・・・。
 「お客様の出された500円の入浴件は地元在住の方用の物で、それ以外の方は800円なのです」 と。


 あら、まあ。道理でレストランもお昼時にしては割りと空いていたのですね・・・・・・。

 まあ、折角ですので入浴させていただきました。


 一汗ながしてドライブ再開。


 今回、この山陰は鳥取方面を選択した理由の一つに、”M氏”が鳥取県内にて尋ねたい場所が一つ在るという事も有ったのですが、その用事も無事終了。
 そうなると他にこれといった用事も無いので山陰海岸を東にのんびりとドライブ、途中潮風に吹かれたりしながら・・・・・。


  白兎海岸  牧谷


 鳥取県の海岸線って良い感じの砂浜が多いですよね。
 といいますか砂浜ばかり(江戸期の北前船等は港に苦労したのでは?という印象です。あるいは故に少し内陸に入った感じの倉吉や鳥取市が栄えたのかな?とも想えたり・・・・)。


 更に此方にも立ち寄り。


  あまるべ  あまるべ2

 あまるべ鉄橋ですね。
 確か昭和61年に列車の転落事故が有った場所です。
 現在は鉄橋というよりはコンクリート橋といった風情の物に変わっています、しかも微妙なカーヴを描き・・・。
 土木技術の進歩にタダタダ驚きです(昔の鉄橋が存在するうちに来て見たかったですね・・、いや確か30年近く前に一度その下をオートバイで潜った筈・・・・・)。


 そうこうしているうちに、この日の宿、香住町の民宿旅館に到着。
 魚料理で一杯飲むと、とたんに眠気が・・・・・・。
 3人の中で一番最初に寝入ってしまいました(全くハンドルを握って無いにも関わらず・・・・・、仕事柄3時間弱の睡眠という事で何卒ご容赦を・・・・・)。


 二日目に続く

 

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2014/08
17
[ #637 ]

無目的ドライブ

 このお盆、2日ほどお休みさせていただき何をしていたかと言いますと・・・、行き当たりばったりのドライブ、しかも中年のオッサンばかり3人で(笑)・・・・。

 ほんと何やってんだか・・・・。確か一昨年のお盆も似たような事をしていた様な・・・(更にその2・3年前にも・・・・)。


 しかしこうした無目的、無計画、行き当たりばったり、生産性ゼロの行動もたまにはリフレッシュになるのです。
 (流石に宿だけは押さえて置きましたが)


 目的地は四国の右下辺りに・・・。室戸岬~徳島間、3人とも訪れた事が無いと言うことで・・・。

 私自身は、室戸岬まで丁度30年前にバイクで行った事がありますが、そこでUターンして高知方面に引き返したのでそこから徳島方面は未到達。


 しかしこうしたドライブをしていて最近一寸面白くないな、と思うことが・・・・。
 何がって、何処に行っても似たような風景ばかり・・・。
 特に地方都市の幹線道路やバイパス沿い。

 そこに存在する物は全国チェーンやフランチャイズの ・ショッピングセンター ・ファストファッションの店 ・コンビニエンスストア ・ファミリーレストラン ・DIYショップ ・ドラッグストア ・家電量販店 ・眼鏡店 ・自動車販売店 ・レンタルショップ ・リサイクル店 ・うどん屋とかラーメン屋、回転寿司・・・・ 等々。

 何だかね・・・・。


 その点、四国の右下。安芸市を過ぎてから徳島の小松島の手前辺りまで昭和の50年代で時間が止まっている感じ。 
 不便と言えば不便なのですが、一寸懐かしくてよい感じでした。

 室戸岬やスカイラインも30年前と同じ佇まい(まあ、変わりようも無いかも知れませんが・・・・)。


       室戸

 室戸岬



 因みに30年前に行った時のスカイラインにて。

 30年前  30年前2
 ( 笑 ・・・。)

 
 
 その後は海岸で一寸たそがれたり・・・・。

 たそがれ





 2日目、完全に無目的も面白くないかな?ということで昨年に続き・・・・。


 菊水連


 一寸、嵌ってる?

 来年は単車引っ張り出して来てみるかな?

 
 そんなこんなの行き当たりばったりの小旅行、たまには何も考えず、という時間も悪くないのです。





  

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2014/04
18
[ #599 ]

免許更新も無事終了

 免許更新の違反者講習を昨日受講し、新しい免許証になりました。
 暖かくもなって来ましたので、オートバイに跨りたくなります。走っているオートバイを見かける事も増えました。


 しかしこんな事を書くと如何にもオッサン臭いのですが、最近の若い男性でオートバイや車で速く走ろうとか、上手に乗ってやろうといった連中、少ない気がしますよね。飛ばしているのはけっこうオッサン連中という気が・・・。
 といいますかのんびりと走るタイプのオートバイが目に付く気がします。

 免許更新の講習を受けたばかりでこんな事を書くとお巡りさんに叱られそうですが、やはり車とかバイク、スピードを全否定してはいけない気がするのです・・・。
 勿論、馬鹿みたいにスピードを出したからって良い事なんて一つも無い訳ですが(残ったのは借金と後遺症何て事になりかねない訳で・・・)、唯、そうした理屈を離れてやはり少々血が騒ぐという乗り物だと思うのですよね。

 と言いますか、本来そうした存在だった訳です。




 どういう事か?

 自動車の嚆矢は1885年にカール・ベンツが作った物とされていますが、実はそれより100年以上前に既に自動車らしい物は出来ていたのです・・・。

 18世紀の中頃(確か1769?)にワットが蒸気機関を発明したと習いましたが、その後まもなく蒸気機関を積んだ自動車が作られ、ある程度は実用化もされていたと言う事なのです。


 しかしこの蒸気自動車、19世紀前半までには姿を消してしまう。

 何故か?
 当時の蒸気自動車は人や・物等を運ぶ輸送機関として開発されたのですが、それらの役割を鉄道や馬車に奪われて消えていったのです。

 確かに一般の道を走る車の動力源としては蒸気機関(外燃機関・ボイラー)は色々と使い辛い訳でして・・・。
 例えばまず第一に、重量が重い。更に、立ち上げ・立ち下げに時間が掛かる。その割りに出力も低いし・燃料効率も・・。
 (実は私、バーテンダーのくせに一級ボイラー技師なんて資格を持っていたり・・)

 そんな訳で陸上輸送の手段としての(蒸気)自動車は、19世紀初め頃には乗合馬車等の各種の馬車や鉄道(蒸気機関車)に敗れて駆逐されてしまう訳なのです・・・。



 では?ベンツの造った自動車が何故、自動車の嚆矢と言われるのか?あるいはベンツの造った自動車とは何だったのか?


 じつはその前の19世紀の半ば過ぎに”自転車”と言う物が発明されるのです。
 これがそのスピードやスリル、あるいは爽快感や自由を感じさせてくれる乗り物として、更にアスレチックツールや未来の象徴として大人気となり、その後、3輪や4輪の物も含め色々な自転車が作られるのです(そしてまもなく自転車レースも始まる)。


 この自転車のスピードとスリルの虜になった一人がカール・ベンツだったのです。

 つまりベンツが始めて造った自動車は、馬の代わりに馬車にエンジン(内燃機関)を積んだのでは無く、スリルとスピードと乗る楽しみを求めて自転車にエンジンを積んだ物だったと言う訳ですね。
 (同じ年、ダイムラーとマイバッハが共同で世界初のオートバイも造っています)

 そして、まもなく自動車レースもフランスで始まる・・・。

 どちらにしろ自動車や自動二輪は、輸送(移動)手段というよりもスピードを楽しむツールとして誕生した訳で、其れを外すと存在理由が脆弱になる気がします。


 しかし現実には、今の街中を走っている自動車(4輪)、その殆どが単に便利な移動や輸送の道具となっています。
 ではこれの始まりは?というと・・・・。

 1908年にアメリカで誕生したT型フォード辺りなのかも知れません。
 ヨーロッパに比べ広く、またその割りに馬車路線や鉄道路線が少なかったアメリカでは、自動車は移動手段として普及した面が強かった様に想えるのです・・・(大量生産方式に拠るコストダウンも要因の一つかも知れませんが・・)。
 (またこの辺り、発展途上国で、有線電話より先に携帯電話が普及した現象とも近い気もします・・・)


 どちらにしろ現在でも(特に)2輪車、ヨーロピアンタイプ=スポーツ的(スピードを出す)、アメリカンタイプ=旅(移動)の道具的(のんびり走る)、と言う事はその辺りを引きずっていそうで面白いと想いますね。

 そして最近の日本、アメリカ的な社会・メンタリティーに成って来た故にか、アメリカンタイプのバイクが目に付くのですかね?何て想ったり・・・。



 

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2014/03
06
[ #585 ]

伝説のレーサーたち

 ”RUSH”という映画を観た故かどうもこの辺りの事が気になり始め・・・、この映画も時間を遣り繰りし観て参りました。



         伝説のレーサーたち
 
 伝説のレーサーたち  ー 命をかけた戦い ー


 50年代から現代に至るF1の世界を描いたドキュメンタリー映画。
 テーマはF1(レース)と死亡事故(安全性)という事で硬派な作品に仕上がっていました。

 50年代から現代に至るレース映像+関係者のインタヴュー&ナレーションといった構成、この古いレースの映像が雰囲気(&懐かしい)です。また当時活躍した、・スチュアート・フィッティパルディー・ワトソン・ラウダ・アンドレッティー・イクス・シェクタ-・マンセル・・・・といった面々、皆、良い雰囲気を湛えたオッサン(爺さん)に成ってまして、このインタヴューがこれまた良かったのです。

 それらの映像じっくりと見ていますと、少々字幕に付いていけないというジレンマも・・・。速い展開で凝縮された感もありましたが、60年余りのF1の歴史を2時間弱にまとめている訳ですからね・・・・。

 そうして、レースと死亡事故という非常に根源的テーマ。言い換えれば、”何故こんな危険な事をしなければいけないのか?”といった事が描かれています。

 更に94年のセナ以来、F1では死亡事故は全く起きていないという事実や、非常に安全性の高くなったマシンのこと等々。
 

 しかし100%の安全が確保されたレースに面白みは有るのか?という疑問が湧いたのも又事実。死亡事故を期待している訳では無いのですが、やはり死の恐怖を認識しつつステアリングと格闘している選手達故に惹かれる面も有るのでは?と思えるのです。

 そうした意味でも、ハミルトンやベッテルといった現代の若手のインタヴュー、”若い”といいますか、”軽い”といいますか・・・。
 やはり、死屍累々の中で戦ってきたおっさん達に魅力を感じましたね。

    

 追記
 そう言えば昔(86年頃?)”PRIDE 1”という映画も有りましたが、レンタルに無いかな?

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