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2009/09
02
[ #81 ]

 樅の木は残った   山本周五郎



            コピー ~ 画像 339


 樅の木は残った(上)(下)   山本周五郎   1963・11  新潮文庫
 ジャンル  歴史・時代小説
 

 

 山本周五郎氏の作品にはこの他にも 「さぶ」 であるとか 「小説 日本婦道記」 であるとか名作といわれる物も多いですが、私としてはこの 「樅の木は残った」 がお気に入りですね・・・。



 内容は伊達騒動を原田甲斐を中心に据えて描いた物ですが、”伊達騒動と原田甲斐を描いた小説”と言うよりは、”山本周五郎が書いた小説”を感じさせます。


 それは、氏の想う理想とする生き方、天晴れな死に方、人生観、等々が全編に渡って感じられる作品故で、巷に溢れる安っぽい人生論とか処世術とかの本とは比べ物にならない迫力を感じます。

 私にとっては小説(フィクション)の力を感じさせてくれる本で、多くの小説の中でも先ず頭に浮かぶ物の一つです。 


     ますた

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2009/09
07
[ #82 ]

 杜氏物語  植野瞭三  

  

        杜氏物語
 


 杜氏物語   植野瞭三   1984・3  渓水社
 ジャンル  酒の本 自伝小説




 安芸津杜氏(三津杜氏)である植野瞭三氏の自伝小説で、戦前の酒造りや瀬戸内の若者の暮らしや考え方、あるいは三津杜氏の生活、三津杜氏と西条の酒蔵の関係等々が感じられ興味深い本です。


 また全編に亘って広島弁で書かれている事で、ある種の臨場感、親近感が有ります(苦手な方も有るかも知れませんが・・・)。


 また著者のご子息が、一時期私の母校の学校長をされていた事もあり、少々思い入れの有る本でもあります。


 最後が、”前編了”で終わっているのですが、続編の存在については私は確認して出来ていませ。ご存知の方があれば、ご教授頂ければ幸いです。


 ますた
 
 

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2009/09
11
[ #83 ]

 歌舞伎

 先日、呉市文化ホールへ”松竹大歌舞伎近松座公演”を見に行ってまいりました。

 本当ならばこういった多目的ホールではなく、歌舞伎座なりに見に行けば良いのでしょうが、貧乏暇無しでして・・・。

 

 演目は”座長お目見え”、”封印切り”、”連獅子”の三つ。


 特に封印切りは、泣き笑いで・・・。


 上方の芝居(新喜劇等)の伝統ってこの辺りに有るのかな?と想わせていただきました。舞台設定が新町の廓というのも嬉しかったですし・・・。


 それと思うのは”言葉”です。
 昔の上方落語等を聞いても想うのですが、関西弁の台詞、語りって、すごくやわらかく感じられて良いです(最近のTVのバラエティー番組等で聞くとそうは想えないのですが・・・)。

 ただマイクのボリュームが少し低かったのか(特に幕が開いた直後)?私の耳が悪いのか?台詞が、少し聞こえ辛かった気がしました。

 
 まあそれはそれとして、生で観るのは楽しいですね。


 ますた

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2009/09
16
[ #84 ]

 雑考 19  畏怖

 ”畏怖”なる言葉の意味は?と、広辞苑で引いてみますと・・・。

 


 ”恐れおののくこと。おじること。”となっているのですが、私のイメージでは少々物足りないですね。
 畏怖の”畏”って、恐れるの他に”敬服する”という意味もあるの筈なので、”畏怖”は恐れつつも敬服する、怖さと同時に尊敬とか愛情とか信頼とかの感情も内包されいる気持ちではないかと想うのです。


 でその畏怖の対象ですが、やはり”自然”であったのでは無いかと想うわけです・・・。我々が生きる上で重要な、まずは食べ物を与えてくれる自然。また、衣、住、も与えてくれる自然。と同時に時に死とか災害ももたらすもの・・・。


 古代、山の民における”山”。海の民における”海”。森の民における”森”。生活の全てといってもいい物を与えてくれる大きな存在。
 また、それは”あの世”のイメージも同時に在ったのでは無いかとも想います。死から生を再生産する場所としてのあの世・・・。


 またその畏怖の念、農業の始まりと共にわずかずつ変化を始めたのでは?等と想うわけですが・・・。


 農地を拓く為に森を切り開き、川の流れを変える・・・。
 そしてその行為による自然の怒りを納めるために神社を建てる。祭りを執り行う。もちろん、畏怖の念があるからこその鎮魂の行為ですが・・・。
 地鎮祭ってそういった事ですよね。


 そして農業の定着と共に、実りに最も影響を与える太陽が対象ととして重要視されてくる。少しばかり太陽信仰的になる・・・(天照、ラー等)。
 勿論、太陽なる自然に対する畏怖の念は強く在る訳ですが・・・。
  

 さらに一神教の神が生まれ・・・。



 誤解を恐れずに言えば、一神教の神とは、承認欲求を充たされなかった民族(あるいは個人)が、自己肯定の為に作り出した観念(あるいはシステム、幻想、物)だとも想える訳で・・・。自分たちで作り出した観念に対する感情は、畏怖の念とは少しばかり違うのでは?等とも想うわけです・・・。



 おそらく我が国での畏怖の念、明治維新と共に入ってきた西洋文明、科学等により変わり始め、敗戦により決定的に変わってしまった気がします。
 地鎮祭にしても、執り行ったから後は海を埋め立てようが、山を削ろうが、ダムを造ろうが、人間の勝手・・・。といった単なる手続きになっていった気がします。


 確かに、F・フードのハンバーガーであるとか、コンビニの弁当とか、ファミリーレストランの定食から自然の存在を意識し、自然に対する畏怖の念を持つのは難しいと想います(しかし、そこで出る肉にしろ魚にしろ、元々は生き物だった訳ですが・・・)。
 が、畏怖の念を持てなくなった人間の行動は、どこか醜く成って行く気がしてなりません。
 出来れば私自身、少しでも自然に対し畏怖の念を保てる様、意識していきたいと想います。

 くどくなりました。


    ますた

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2009/09
19
[ #86 ]

 テロリストのパラソル  藤原伊織



         テロリストのパラソル


 テロリストのパラソル   藤原伊織   1995・9  講談社 
 ジャンル  エンタテイメント
 


 この藤原伊織という作家。「ひまわりの祝祭」にしろ、「蚊トンボ白髭の冒険」にしろ、「シリウスの道」にしろ、私にとって外れの無い作家の一人です。そうして、その中で一つ選ぶとすると、私としてはやはり江戸川乱歩賞受賞作のこの作品になるのでしょう。


 今、読み返してみても旧さを感じさせませんし、なにより主人公がアル中のバーテンダーってのが嬉しいです(身に詰まされる?)。

 また冒頭の”著者の言葉”にある”小説を分類すれば、すぐれた小説とそうでない小説があるだけだ”の言葉もひかれます。
 さらに、全編に亘って感じられる著者の想い(少し大げさかな?)も私の好きな理由かも知れません。


 どちらにしろ、一昨年(2007)に氏が亡くなられたのが残念です。


 ますた


 

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2009/09
24
[ #87 ]

 角島

 22日は雨の中、何故か山口県の角島に行ってました。


 コピー ~ 画像 361



 島も橋が架かると島では無くなるのでしょう・・・。
 人・人・人・・・。まあ、私もその一人ですが・・・。
 (牧崎の方は人も少なく良かったです・・・。こちらには灯台は無いですが、ロカ岬周辺を思い出しました。)
 

 

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2009/09
28
[ #89 ]

 鞆の浦

 昨日の日曜日、お客様のドカティーさんと2台で福山市の鞆まで走ってきました。


 今年は私がバイクを引っ張り出すと決まって雨でしたので、たまには晴天の下で走りたい等と思い、金曜日の夜に(この時点で天気予報は晴れ)ドカティーさんに声をかけ付き合って頂いた次第。



 鞆は恐らく10年ぶり位、近所の割には訪れていませんでしたが、やはり雰囲気が在って良い街ですね。



 画像 374  鞆の港  元、理容店の喫茶



 潮待ち港らしい古い商家と細い路地、付き物の色町はあまり面影は残って無いですが(シーサイドホテル等に変わったかな?)、好きな街並みです。


 また、架橋とそれに伴う埋め立てをめぐり賛成、反対の両意見が有る様子が伺えましたが、一個人の意見(住民では無いので、所詮は部外者といわれるかも知れませんが・・・)としては、やはり反対ですね。


 古い物は、存在するだけで意味が有ると思いますし、一度壊してしまうと二度と元には戻せませんものね・・・。
 元々、日本人って古いものを大切に使う事を美徳としていた筈ですし・・・。
 もちろん、利便性云々は有るでしょうが、元々そうして暮らしていた訳でしょうし、経済的な価値で計れない事がある気がします。 まあ、私が、古い街並みを見るのが、好きなだけかも知れませんが・・・。


 それはさておき鞆の街並みは好きですね。生活観も残っていますし、観光地化し過ぎてなくて。
 コーヒーを頂いた店の女将さん(バイク好きで好い雰囲気の)に話し相手をしていただいたり・・。


 ただ、帰り道に僅かですが雨がぱらつき・・・。やっぱり今年は雨男・・・?

 

 ますた
 

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