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2010/09
04
[ #213 ]

 雑考41  趣味

 こういった仕事をしておりますとしばしばお客様に訊ねられる事があります。
 「マスターの趣味って何ですか?」


 私の返答はおおむね・・・。

 「特に趣味と言える様な物は無いですね・・・」

  このように答えますと「読書は趣味では無いのですか?」とか、「バイクが趣味では無かったのでは?」等と、更に問いかけられたりする事も・・・・。



 確かに本を読む事(活字を目で追う事)は好きです。しかしこれは物心付いた頃からそうであった訳で、単に好きで読んでいるだけ。言い換えれば習慣として読んでいるといいますか、癖で読んでいるだけといいますか・・・。文学を究めようとか、何かの目的の為に系統立てて読んでいる心算もないのです。
 単なる乱読(或いは活字中毒?)に過ぎないと自己認識している訳で、とても趣味といえる様な物では無いのです。

 ではバイク(オートバイ)は?といいますと・・・・。
 確かに若い頃(10代後半から30代前半位にかけて)は、かなり入れ込んでいたかも知れません。
 「あなたは何をしている人なのですか?」といった意味の質問に、「単車に乗っています」と答えたり・・・。
   ↑  ↑  ↑
 馬鹿というか、若いというか・・・・。(笑)
 

 今になって振り返ると当時の私、自分の立ち位置といいますか、肩書きといいますか(学生であったり、会社員であったり、仕事であったり)に、何処と無く納得しきれない物があったのかも知れません・・・。
 故に、名詞の表(社会的一位置付け)ではなく、裏(プライベート)(趣味?)で自分を語りたかったのかも知れません。
 当時(80年代前半)流行った言葉で言えば、”新人類”と呼ばれるタイプに近かったのかも知れません。



 この”新人類”なる言葉、その後”オタク”に取って変わられ今となっては死語でしょうが、当時は盛んに使われた気がします。

 ではこの”新人類”なる言葉、どういった意味であったのか?あるいは、何故あの時期に流行ったのか?また、”オタク”との違いは・・・?

 少しばかり考えてみますと・・・・。



 人(他者)を肩書き(名詞の表)(社会的位置付け)ではなく、その人個人の趣味や志向や考え方等で判断しようとする若者を表していた様に想われます。
 何処の会社に勤めているとか、職種、役職・・・更に言えば出身地(地縁)や誰の親戚(血縁)では無く、趣味、思考・・・。どんな映画が好きか?どんな本が好きか?どんな遊びが好きか?、どんな思考パターンを持っているか?どういった感受性を持っているか?・・・で判断しようとする人々の事を呼んでいた様に想われます。
 逆に言えば、それまでは人を判断する上で、職業や地縁、血縁(ばかりを)を重視して判断していたという事にもなるのでしょう。
 (それを世間ともいうのですが・・・・)


 では何故、あの時期に・・・?

 一つは会社員の地位(ステータス?)の低下があるのでは?と想ったりします。

 明治維新以降、武士(氏族)の地位が低下し、また職人の地位も低下、代わりに”勤め人”がある種花形職業になる・・・。更に戦後は軍人の地位も低下し・・・。大会社の社員がステータスとなる(現実に収入も多く安定している・・・)。  それが、この頃から少しずつ変わったのでは?と思われる訳です。会社員がサラリーマンとなり、過去の職人や農民同様に地位が低下した事。

 また他に、個人主義の蔓延(個人主義って、社会的地位等よりも個人を重視する訳でしょうから?)。
 また核家族化や、当時の社会風潮による働く事(金儲け)に対する嫌悪感や、逆に拝金主義の蔓延・・・・・。
 等々。


 ただ今思うに、結構世の中平和でのんびりしていたのかも知れません。
 江戸時代の中・後半の様に色々な趣味(ホビー)が流行る時代だったのかも知れません。


 そして”オタク”の時代・・・。二次元(想像、バーチャル、空想、)や趣味・物の世界に耽溺し、現実逃避する時代(ちょっと言い過ぎ?)。或いは、残酷な現実から逃避しなければならない時代に・・・・。



 少々話がずれました・・・・私の趣味の話でしたよね。
 では何故バイクが趣味で無くなったのか、趣味に耽溺しなくても良くなったのか・・・?


 それはやはり、今の店を始めたからでしょう。趣味が如何こういう余裕も無いですし、それ以上に今のバーテンダー(単なる飲み屋の親爺かも知れませんが・・・)という自分の立ち位置に、何となく納得出来ている故という気がします。
 内面と肩書きを何となくですが統合出来たといいますか・・・。
 恐らく内面と肩書き(名詞の表と裏)の両方をひっくるめて自分なのでしょうから・・・・。
 もしかすると、働く事の良さの一つはこの辺りに有るのかも知れません。


 故に、暫くは私自身、単なるバーテンダー(飲み屋の親爺)で在る様にように努力出来ればと想います。


 
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2010/09
06
[ #214 ]

 地ビールフェスタ&映画

 昨日の5日。地ビールフェスタ広島に顔を出して来ました。


 12時の会場オープンと共に入場、出展されているビールを片っ端から試飲。
 ”注がれたビールはなにはともあれ飲み干す”をもっとうに4時間余り飲み倒しておりました。
 おつまみコーナーはかなりの行列。基本的に行列に並ぶ事は趣味では無いので、ひたすらビール一本やりです。

 各々、個性的なビールで楽しませていただきました。
 その中で個人的にお気に入りは、富士桜高原麦酒のラオホかな?適度なスモーク臭が私好み。一寸、バンベルクのスペチアルに似ている印象。他、箕面ビールのスタウトも麦茶っぽい香りが面白いです。

 4時過ぎまでひたすら飲み、近くのホテルにチェックイン&仮眠。当日は3時間弱の睡眠故ここら辺りが限界。
 その後お客様に夕食のお誘いを受けるも、脳みそが醒め切らず・・・。
 不義理をしてしまいました(本当に申し訳御座いません)。


            地ビールフェスタ会場


 その後シャワーで目を覚まし市内を徘徊、久々にバーの梯子をいたしました。


 明けて6日。

 せっかく朝から広島市内に居るという事で、映画を1本観て帰る事に・・・。
 観た映画は・・・・

 ”アルゼンチンタンゴ・伝説のマエストロたち”

 最近こうした音楽ドキュメンタリー映画が少々お気に入りです。
 ”五線譜のラブレター”とか”エディット・ピアフ・愛の賛歌”とか”ベルリンフィル”とか・・・。
 

 感想は?といいますと・・・。

 とにかく出てくる年寄りたちが、男女を問わずかっこ好いのです。
 ”かっこ好い”って言葉、何だか軽くて使い辛いのですが、やはりこの老人達、かっこ好いのです。出来れば私もこうした年寄りになりたいですな。
 それと少し古い感じのアルゼンチンタンゴの音楽。哀愁があって良いですね。ファドとか、フラメンコのカンテなんかもそうですが・・・。惹かれます。
 電子楽器が登場する以前の大衆歌謡、大衆音楽には引き付けられます。何だか文化が未だ文明に負けていない時代の音楽って気がします。

 それとこの映画を観た”横川シネマ”。場末感があって良いです、お勧めです。


           横川シネマ

 

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2010/09
10
[ #216 ]

 公文協・歌舞伎

 今年も観て来ました。公文協・松竹大歌舞伎。
 呉市文化ホールでの開催です。

 
 演目は?といいますと。

 先ずは中村亀鶴氏による”歌舞伎の見方”の解説。
 基本的な解説ですが、流石本職の役者さん楽しませていただきました。特に付け打ち、鳴り物、長唄等の解説が私好み。

 続いて”鳴神”。
鳴神伝説を基にした狂言ですよね。
 七代目団十郎選定の歌舞伎十八番の内の一つ(因みに他には不破とか、暫、外郎売や、助六、鎌髭、勧進帳・・・・・・)。
 前半のコミカルさ、楽しめます。特に鳴神上人と雲の絶間姫のさしでの掛け合い、楽しいです。中村扇雀氏の雲の絶間姫の美しさ、可愛らしさ、色気の溢れる所作、衣装・・・。
 また後半の橋之助氏の上人の怒りの表現も、いかにも歌舞伎、荒事といった感じも良いです・・・。
 江戸時代後半、庶民、特に女性に歌舞伎や芝居の人気が有った事を実感(想像?)させられました。

 そして最後に”俄獅子”。
 舞踊物です。
 俄(仁和賀)という事で8月の吉原が舞台かと勝手に想っていたのですが、3月の吉原が舞台なのですね。
 やはり華の吉原は、満開の夜桜・・・の下が最も様になるのでしょう。
 照明が点った瞬間に舞台全体に現われる”桜満開花の吉原仲ノ町”(大門を入った辺り)。豪華です(昨年観た、”都をどり、第八景、岩清水八幡宮桜”をちょっと思い出しました)。
 また助六にしろ、篭釣瓶、比翼塚、廓文章・・・・等々(昨年観た封印切りも・・・)、廓の存在が江戸時代の人々の中に認められていた。或いは日常に存在していた事を思わせて呉れますね。


          画像 648


 楽しませていただきました、出来れば来年も・・・。

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2010/09
17
[ #219 ]

 2日続きで・・・

 水曜日、木曜日と2日続けてワインの試飲会(内見会)に行ってまいりました。

 水曜日が広島市内、木曜日が東広島です。


 いったい2日間でどれ程の数のワインを試飲したのか・・・(恐らくは100~130位?)。
 結構こたえます。立ちっぱなしですしね。

 しかしワインに限らずお酒全般”自分の舌で試してなんぼ”と想っています故、これからも機会が有れば出来るだけ参加の予定です。
 また、こうした機会を与えて下さるインポーター様に感謝です。
 
 そして今回試飲させて戴いたワインの中から、秋から来年の春辺りまでの拙店のハウスワイン他、何種か選ぶ心算です。

 ますた

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2010/09
19
[ #221 ]

 酒と日本文化  佐々木久子 他

       

   酒と日本文化
 

 酒と日本文化  佐々木久子 他  1997・11  岩波書店
 ジャンル  酒・文学・文化論

        

 ”酒と日本文化”という書名ですが、そこは季刊”文学”の増刊という事で”文学に観る酒と文化”といった内容です。
 非常に読み甲斐の有る本で、先ず巻頭の座談会からして歴史学者の網野喜彦氏、国文学者の浅見和彦氏、更に詩人の大岡信氏といった濃いメンバーです。
 座談会に続くのは古典に観る酒のコラム・・・・。萬葉集、源氏物語、徒然草・・・等々。

 その後も各研究者や文学者等のコラムが続きます。
 黄表紙の”新板酒癖 管巻太平気”なんてものが収録してあるのも私としては嬉しいです。

 他にも”酒の世界史”といったテーマが有ったり”イスラームと酒”といったテーマも有ったり・・・。
 はたまた文壇酒徒番附の事が書いて有ったり・・・。

 とにかく酒好き活字好きには嬉しい本です・・・・。
  

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2010/09
21
[ #222 ]

 出雲へ・・・

 昨日は同業者の寄り合いの為、出雲へ・・・。
 季節も好いし天気も悪くなさそうだし、という事でバイクを引っ張り出す事に。
 リヤシートに、ブレザーやスラックス革靴等を括りつけ10時過ぎに家をスタート。

 自宅の在る東広島から出雲へはR375~R54を繋いで走るのが最短最速なのでしょうが、往きと帰り同じルートを走るのも味気無いので、往きは少々遠回りの筈ですがR432を選択。


 これが間違いのモト。
 庄原から北に暫く走った辺りで路面がウェットに・・・。霧も少々。昨夕の天気予報では言って無かったはず・・・等といっても仕方ないのでペースダウン。ウエット路面は好きになれません。
 更に近道になるか?と入った県道?途中から林道に毛が生えたような道・・・。当然路面は完全にウエット・・・。ほぼ予定通りに昼前には出雲市内に入れたのですが肩がこりました。


 帰りは素直にR54を選択。17時半頃に出雲をスタートなので暗くなる事を考えての無難なルート選択。
 しかし秋の夕日は釣瓶落とし・・・とはよく言ったもので、18時半を過ぎると完全に夜。歳で目が弱っている私には辛いです・・・。おまけにシールドに大量の虫・・・・。


 ヘルメット

 

 停まって拭えばよいのでしょうがノンストップで帰りました。
 その夜は流石に右手の握力がダウン。夜の走行はどうしても力が入ってしまいます(入り過ぎ・・・?)。
 

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2010/09
23
[ #223 ]

 雑考42  民主主義

 10年程前からTVの討論番組や新聞等におけるコメンテーター、政治家、アナウンサー、司会者等々の発言で気になるのが「それは民主主義の原則に反す」とか、「それは民主主義的で無い」とか、あるいは「民主主義の手続きを経てない」等々の意見です。



 こうした意見、いかにも正しい事、或いは正義として自信満々に発言されていますし、メディアもそうしたスタンスなのでしょうが・・・・。
 実はこれって、民主主義が達成されれば、或いは民主主義の手続きに則りさえすれば、民主主義の原則に反しなければ世の中は全て良くなる・・・って事ですよね。


 そしてこれは言い換えれば”民主主義万歳教”或いは”民主主義絶対主義”的ですよね。


 民主主義さえ達成されれば本当に世の中は良くなるのか?或いは民主主義はどういった世の中を造るのか?そもそも民主主義ってどういった事なのか・・・・。少しばかり考えてみますと・・・・。


 まずは過去の歴史に少々目を向けますと。
 民主主義の嚆矢(直接民主制)と言われる古代ギリシャ。民主制が在る程度形となったBC7世紀以降・・・ギリシャ国内では奴隷制の誕生、定着。対外的には国外の植民地の獲得。そして後には衆愚化から国力の減退、滅亡に向かいました。


 また議会制民主主義の嚆矢といわれるローマ。紆余曲折は有りますが、奴隷の活用、(殖民的)領土の拡大、後に衆愚化から滅亡(西ローマ)。


 そして近代議会制民主主義の嚆矢といわれる英国。産業革命以降の労働者は非常に奴隷的労働を強いられましたし、貴族・王族の存在から判る様に階級社会ですよね。また大英帝国の獲得した植民地の広さは言わずもがな・・。そして大戦後の斜陽。



 こうして観ると民主主義は国内では奴隷を必要とし(貧富の差の拡大を招き)、対外的には植民地を求めて侵略を行う。そうしてその後、衆愚化から滅亡へと向かう。


 こうした視点で見ると我が国が日清戦争を起こしたのも、明治の開国により我が国が民主主義を取り入れたからとも言える訳で・・・(よく原因と言われる超国家主義が力を持つのは昭和になった頃から)。
 また「米国は民主主義にも拘らず奴隷制を採用していた」という論説が有りますが、民主主義だからこその奴隷制と言いたくなりますね・・・。



 これは何故か?


 結局、民主主義とは”有権者(市民、国民、個人)のエゴ(欲望)の拡大を肯定する思想”だからでしょう。そしてそれは、個人、家庭、地域、企業、国家等の欲望の拡大を肯定する。そして国家は拡大を志向する。
 近代は自我の時代ともいわれますが、故に自我の拡大を肯定する民主主義が持て囃される。
 僕が・・・、私が・・・、といった個人主義から見れば、民主主義は正義なのでしょう・・・。


 こうした事を書くと、あなたは共産主義者ですか?とかファシストですか?と言われそうですが・・・・。
 私が言いたいのはそうした事では無いのです。



 前置きが長くなりましたが”民主主義”にも好い面も悪い面も在るという事。
 と言うよりは、全ての物事は好い面も悪い面も在る。或いは”好い”は裏から見れば”悪い”。等々・・。
 所詮は単なるベクトル。
 結局全ての物事は多様な見方が出来る、という事。”禍福は糾える縄の如し”。善悪も正邪も同様。


 つまり私は、・民主主義にも反民主主義にも、また・共産主義・社会主義・マルクス主義・資本主義・進歩主義・教条主義・博愛主義・教養主義・構造主義・国粋主義・無政府主義・経済至上主義・権威主義・・・・・等々。
 更に言えば・一神教・正義という言葉・自由という言葉・神という言葉、あるいは特定の個人、本、思想、組織、メディアの情報・・・・。
 そうした物に適度な距離感を持って接したいという事。あるいはそれらに対す客観的視点を保持したい。そうした姿勢をたまには思い出したい、という事。


 少し言い方を変えると”それらの物事の依存したくない”という事。

 確かに主義思想、あるいは他人や情報に依存すれば楽なのでしょうが、楽しくないのです(この2つ、同じ漢字というのも面白いですが・・・)。
 少なくとも私としては、全く持って面白く無いのです。

 それに大体既に、私は”酒と煙草”に十分依存していますから、これ以上依存対象を増やしてもね・・・・。

 長くなりました。

 
 ますた

 

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2010/09
29
[ #226 ]

 カルチェ・ラタン  佐藤賢一

          

  カルチェ・ラタン


 カルチェ・ラタン  佐藤賢一  2000・05  集英社
 ジャンル  小説



 小説らしい小説という印象の本です。

 16世紀のパリの街を横糸に、当時のキリスト教の状況を縦糸に編まれた舞台の上で繰り広げられる物語。
 基本的にミステリー仕立てで物語は進んで行くのですが、そこに当時の神学論争がある種骨子として加えられ物語に深みを与えています。またソルボンヌ(パリ大学)という学問の塔。当時各地に作られつつあったヨーロッパの大学といった存在、またそれらの意義、空気も重要なエッセンスとして加えられています。

 そうして紡がれたこの物語の本質は主人公”ドニ・クルパン”の成長譚なのです。
 気弱ないい所の坊ちゃんがいかに大人になるか?青年がいかなる通過儀礼を経て成長するか・・・。それが主要テーマです(そうした面では、山本周五郎の”さぶ”にも共通するか?)。
 恐らくその辺りが私が物語りらしさを強く感じる理由でしょう。


 また物語中でしばしば繰り返される”神学”をベースとした論争。「言葉の力」といった事を感じさせて呉れます。
 (何だかここ数十年、全ての”言葉”が軽くなっている気がします)

 そんなこんなで、私のお勧めの小説の一つです。


 

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