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2010/10
03
[ #227 ]

 雑考43  ギムレット

 以前書いた”マティーニ”同様”ギムレット”も非常に著名なカクテルで、語りつくされた感は有るのですが・・・。



 ”Gimlet”を英和辞典で引くと”木工錐”と出ています。そう言えば昔、工事現場等でウロウロしていた折に合板などに穴を開ける木工錐を通称”ギムネッ”と呼んでいた覚えがあります(少なくとも、私にはそう聞こえていました)。その時は深く考えなかったのですが、今思えば英語だったのですね。バーテンダーになって初めて気付きました。


     ギムレット    ギムネッ


 閑話休題、ギムレットと聞いて思い出すのはやはり”チャンドラー”。確か”ロング グッドバイ”の中だったと想うのですが・・・・。
 「ほんとのギムレットはジンとローズのライムジュースを半分ずつ、他には何も入れないんだ」
 の台詞。

 しかしこのレシピで造ると、現代の感覚から言うと相当甘く感じます(ローズ社のライムジュースは加糖タイプで甘いのです)。これはどういう事か・・・?
 ”ロング グッドバイ”は確か1955年の作品。その頃のギムレットは今よりかなり甘かったという事なのでしょう。


 またギムレットだけでなく、古典的なカクテルは結構甘めの物が多いですよね・・・・。マティーニだって造られた当時はかなり甘かったであろうと言うのが定説ですし(ドライ・ベルモットがアメリカに殆ど輸入されていなかった故)。


 結局人間の舌、嗜好が変わっていったという事なのでしょう。私の父の世代の様に戦後の耐乏期を経験した世代等は”美味しい=甘い”といった感覚が何処かに有るようですし、米国人にも同様の事が有るのかも知れません。

 といいますか、飽食の時代=ダイエット食品の売れる時代=摂取カロリー量が十二分な時代=砂糖が当たり前に手に入る時代・・・・・それ以前は、美味しい=甘いといった感覚の人が多かったのでしょう(かの魯山人も結局のところ美味しさとは甘味であると言っていた様な)。


 尤も、日本人と白人の味覚の違いも有るのかも知れません(全体に白人の方は、甘くしっかりした味の物を好まれる様です)。

 更に言えば味覚の年齢に伴う変化というものも有るかも知れません。私自身、年齢と供に甘いものが大丈夫になって来ました(といますか多くの方が、年齢と供に味覚の幅が拡がる様な気もします・・・)。
 そうした事を考えると、もしかすると昔は今よりもっとカクテルが大人の飲み物だったのかも知れません・・・。


 まあそんなこんなで、カクテルの味も流行も年とともに変わって来たのでしょう・・・。甘い物からドライ傾向に、そしてライトに・・・。特に80年代、ヤッピー等という言葉の登場した頃から健康志向が強くなったのか、色々の意味でライトになって来た気がします(フランス等でもワインの消費が減り、ホワイトスピリッツベースのライトな飲み物が売れているようです・・・、特に若者に・・・)。


 色々書きましたがギムレットを飲むとき、あるいは造るとき。カクテルの美味しさとは何であろう・・・?等と考える事がしばしばあります。私にとって、ギムレットはそんなカクテルなのです。


 ますた

 
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2010/10
11
[ #229 ]

The Moter Cycle  ARHUR B・BOURNE

               

  The Moter Cycle


 THE Moter cycle 誌  Editor ARTHUR B.BOURNE  1950・03  ILFFE & SONS, LTD
 ジャンル  バイク雑誌・洋書



 1950年、約60年前発行の英国のバイク雑誌です。表紙はARIELの500ccツイン。
 中を捲って見ますとバイク関連のニュースであったり、新車情報、メカニカル解説、ツーリング情報、中古車情報、読者からの手紙・・・等々、少し前の日本のバイク雑誌とそれ程変わらない内容です。クラブニュース何てのがしっかり有るのが一寸英国らしいかも知れませんが・・・。
 また写真よりイラストが多いのは時代に拠るものでしょう。

 広告もしっかりあります。モーターサイクルメーカー、部品メーカー、オイル屋・・・。特にバイク用品店の広告に載っている商品群なんて時代感が有って興味深いです。


 しかし1950年と言うと、先の大戦が終わって僅か5年。その時代にこれだけバイクを趣味として楽しむ人々が英国に居たという事でしょうから、かの国のバイク文化、モータースポーツ文化の奥深さを観る気がします。まあ戦後2輪のGPが再開したのが確か1949年でしょうから、ヨーロッパのバイク好き、モータースポーツ好きも気合が入っていると言うか・・・。
 大人の趣味としてしっかり認知されているという事なのでしょう。あるいは文化として・・・。

 しかもこの雑誌、創刊年は1903年と表紙に有ります。もう言葉が無いですね・・・。


 閑話休題、環境問題等で今後バイクを取り巻く環境がどう変化するか判りませんが、私自身としては出来れば70歳になっても、たまにでも良いからバイクに跨っていたいと想います。


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2010/10
17
[ #230 ]

 雑考44  飛田新地

 飛田新地も何度か歩いた事があります。
 とは言っても私は”飲む・喫む・呑む”の人間で、基本的には”打つ”も”買う”もしない故、ただ単に街の雰囲気を感じつつ歩き回っただけなのですが・・・(因みに飛田新地、昔の色街の空気を色濃く残す場所です)。


 しかしこの”飲む・打つ・買う”。男の三大煩悩と云われたり三大遊びと呼ばれたりですが、恐らく人間の関係性、またそこに伴う感情に直結する行為故、そう位置づけられるのでしょう。と同時に付き合い方に慎重さを要する行為に思えます。

 特にそれらが商売となった場合(貨幣、貨幣経済とくっ付いた場合)いとも簡単に堕落し、社会問題化する気がします。


 どういう事かと言いますと・・・。とにかく安く酔えれば良い、簡単に儲かれば良い、安く抱ければ良い・・・といった状況に陥り易いのでは?という事。そうして社会問題化し、規制され、禁止されていく・・・ということ。


 テーマが飛田なので、”買う”の視点で見ますと・・・。
 元々、官許の遊郭が登場するのは16世紀末ですが、当時そうした場所は武士や貴人をもてなす場所。それ故遊女には先ずは琴棋書画、歌舞音曲等の能力が求められ、その延長線上に性的もてなしがあったと思われます。それ故か処女のまま引退した遊女の逸話なんてのもあります。
 情報量の多い江戸吉原でいえば、明暦の大火以降成立した新吉原の頃から貨幣経済の浸透と供に客層が徐々に変わり始め、享保の改革による大名の遊里出入り禁止令以降は、太夫も揚屋も無くなり客層も変わる・・・。
 その中で芸者が生まれ、色と芸が分離する(勿論、格を守るため色々な足掻きは有るのですが・・・)。
 更に明治維新による自由経済化、法令による娼妓と芸者の分離により完全に性が商品化され、娼妓の悲惨さが増す。
 そして敗戦後の赤線・・・。
 こうして色街が社会問題化し、売春禁止法の成立・・・。

 また喫む(飲む)も、紙巻煙草の普及が今日の嫌煙ブームの遠因といえるでしょうし。打つだとパチンコ等のギャンブル依存症の問題の表面化・・・。

 では飲む・打つ・買うという遊び、その堕落化に人々はどう対抗して来たのか?

 先ずは仕来りや作法による意味付け。ドレスコードであったり、”初回・裏・馴染”といった作法。あるいは建物のしつらえ等・・・。
 行為そのものとは直接関係無い物、無意味に想えるものに意味を持たせる。

 また、行為とは直接関係無いが、本質的に近い物との関係性を守る。
 買うの場合だと、琴棋書画、歌舞音曲。
 明治以降はこれらが独立して花街を形成する訳ですが・・・(今で言えば祇園等)。

 そして、もしかするとこの無意味なものこそが”文化”ではないかと想う訳です。
 人類が貨幣経済(文明)に対抗するために、一見無意味な物、無駄な物に意味を持たせた行為、その結果が有る面文化の正体かとも・・・。


 相変わらず詰らない事ばかり書きなぐっておりますが、私が口を汚させていただいている”酒”の世界も、飲むという遊びの世界・・・。やはり足掻いていかないと、色の世界や煙草同様、堕落~社会問題化~規制~禁止・・・。といった道を辿りそうな気がします。現に酒の販売規制といった動きも無いわけでは無いでしょうし・・・。


 こうした事を考えさせられる、飛田新地でした。


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 ますた

 

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2010/10
21
[ #231 ]

 「芸能と差別」の深層  三國連太郎・沖浦和光

         

 芸能と差別の深層


 「芸能と差別」の深層  三國連太郎・沖浦和光  2005・05  ちくま文庫
 ジャンル 民俗学・文化論


  
 三國連太郎氏といいますと最近では、映画”釣りバカ日誌”の”スーさん”こと鈴木社長役としての好々爺のイメージが強いと想いですが、実はこんな本も出されています。

 民俗学・比較文化論等で著名な沖浦和光氏との対談集です。
 タイトルからも判るように、一般のタレント本とは一線を画す内容です。

 戦後”差別”という言葉が禁句となり・・・(とくに最近、私にはそう感じられるのですが・・・)?メディア等でも差別、或いはそれを感じさせる言葉が使われなくなり、差別問題等に関する客観的議論もし辛くなっている現状においてこうした本を出されている事に役者としての三國氏のスケールを感じる気がします。


 恐らく差別(この言葉、使い辛いので、身分制と言いたい)制度は、大規模農業=文明の萌芽と供に出来たのではないかと想像するのですが・・・。

 その時に、社会を責任を持って治める=無益な争いをなくす&外敵=他の侵略から農地・民・財産を守る義務を有する人を貴人。食料を生産する人々を良民。その他を賤民。といった形で始まったのでしょう。
 その他の人々の中でも、特に定住性の低い人々がその後も低い身分に置かれてきたのが、歴史における身分制度の大きな流れの様な気がします。
 そして、芸能を司る人々は、この非定住と非生産の両面で賤民とされた。 
 そうした会話が広く、かつ解り易く繰り広げられております。
 また沖浦氏らしく、日本人の根底に有る無意識や慣習のあり方の、南方民族との類似性などについても・・・。

 遊所・遊女といった言葉も有るように遊行民=非定住者と遊び、芸能の関係は洋の東西を問わず見出せますし(例えば、西洋のロマ=ジプシー)、その社会的地位の低さ・・・(河原乞食なんて言葉も有りますし・・・)と同時に、裏返しの聖性・・・。
 その辺りの事を、広範囲かつ解り易く書かれた本です。


 私も”飲み”という”遊び”の世界に関わっております故、そうした意味でも興味を惹かれる本です。

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2010/10
31
[ #234 ]

 愚痴?

 10月は殆どバイクに跨る事が出来なかったので、本日(10月31日)は何処でも良いから出かけるのだ・・・!  な~んて想っていたのですが・・・(降水確率も20%でしたし)。
 着替えを始めたとたんに”雨”。


 何だか最近、週末になると天気が不安定ですね。
 今は通勤にバイクを使わない様にしているため跨る機会がほんとに少なく、乗り方を忘れそうです。

 という事で、仕方無く愚痴っぽい事書いています・・・。

 寒くなる前に、一度は何処かを走りたいです・・・。
 

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