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2011/05
01
[ #285 ]

呉辺り

 良い天気(4月29日は晴れの特異日か?)ではあるし、先日替えたタイヤの皮むき&味利きにとバイクを引っ張り出す事に・・・。

 バイクを止めたのは呉市吉浦辺り。


 (実は、その前に有料に遭遇、仕方なくバイクを止める事に・・・)
 (止まらない、って選択も有り?)
 (しかし、この年齢でそれもねぇ)
 (もしかすると、8?9?回目の停止?)



 閑話休題、何故吉浦か?
 実は此処も昔、遊郭の有った場所。
 駅前には適度に寂れた商店街も有ります。

 恐らくこの辺りと想われる場所を少しばかり散歩。
 しかしそれらしい建物は殆ど残っていません。といいますか完全に再開発済み。高層住宅が立ち並んでいます(僅かながら、空気を感じない訳では無いのですが)。


    吉浦  これくらい。


 で早々に移動し次にバイクを止めたのは・・・”かわらいし”。一つ呉寄りの地域。
 ここも戦前、市民の港があった地域(現在の呉の港は軍の管轄)で市場のあった場所。
 それ故か、駅前辺りに昔の市場・商店街の面影が少々。
 細い路地が入り組んで残っていて雰囲気です。寂れ具合も中々・・・・。


 川原石



 其処から、恒例の呉みなと祭りに顔を出し(呉支部さんのブースと地ビールのブース)。

 吉備土手 吉備土手ビールさんの新作だそうです。


 の後、旧旭(朝日町・十三丁目)遊郭の有った辺りまで散歩・・・・。


 旭町

 地元の方にお聞きしますと、この建物の前辺りが昔のメインストリートだったそうです・・・。
 が、面影は少ないですね・・・・。

 売春禁止法の施行が昭和33年(1958年)、既に50年以上が経過している訳ですからね・・・。


 今回も感じたのですが。
 結局、郊外のショッピングモールや高層ビル街のみが発展し(それも栄枯盛衰となるかも知れませんが・・・)それ以外の場所は寂れるか再開発されるかなのでしょう・・・。
 まただからこそ、その寂れ具合に惹かれるのですが・・・。


 呉の街、久々にゆっくり歩いてみました。


 その後はタイヤの味を利きながら帰宅。
 一応、皮むきはOKかな?
 これでバイクシーズンが初められそうです。
 

 しかし点数が・・・・・・。


 
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2011/05
05
[ #287 ]

関門

 自分が歳を取った事を実感したり、何だか元気が出ない時・・・さてどうするか・・・。
 人それぞれに方法論はお持ちかと想いますし、私自身も幾つかのやり方を持っています(寝る・本を読む・・・・等々)。

 そしてそのうちの一つが、やはりバイク。
 バイクに乗ればやる気が取り戻せるのか?緩んだタガを締め直せるのか?若さを取り戻せるのか・・・・?
 確証は無いですが・・・・。



 で、先日3日に店を休みとさせていただきバイクで走る事に・・・・。


 しかしこれが、寝過ごしてしまったのですよね。
 さてどうするか?
 やはり店休日にした以上は走る事に・・・。



 9時頃に自宅を出、GSでタンクを満たし、西条ICから高速を一路、西へ。


 高速に乗ったとたん失敗だったか?という気分。車が多い・・・。
 震災故の自粛モードは何処へやら(まあ、私もその1台なのですが)。
 これ程車の多い高速をバイクで走るのは初めてですね・・・。寝過ごしが失敗です・・・。


 文句を言っても始まらないので、兎に角西へ・・・。


 高速を降りたのは、下関IC。

 何故に下関か?
 西条IC~下関IC間約230km。無給油ノンストップで走るには良い距離なのです。

 もう一つ、この日の下関は海峡まつり(先帝祭)の行われる日。太夫さんの道中を眺めさせていただき目の保養をしようという魂胆。


 しかし寝過ごし&高速の渋滞のお陰で上臈道中には間に合わず(自業自得)。

 そこで何はとまれバイクを止めた後、先ずは連絡船で門司へ・・・。
 門司港レトロ地区は・・・・歩かず。少し山手の地区に・・・。
  

 昔の色町の跡ですね。
 そうした地区を暫く徘徊。
 空気を感じる地区です。

  錦町  東本町


 其処から下関に取って返し、赤間神宮の上臈参拝見学へ。

  上臈参拝

 出来れば道中が眺めたかったのですが・・・。
 一昨年、少し観れましたし・・・、良しとしますか。


 その後市の西側、駅の北辺りへ移動。  
 この辺りも色町が有った場所。
 当然、暫く徘徊。

  新地西町



 下関、門司共に昔(明治中期~昭和中期に駆けて)の繁栄の残り香を感じる街です。また寂れ具合も・・・。

 此処に限らず80年代以降のグローバリズムの中、殆どの地方都市は寂れる宿命を押し付けられたのでしょう。
 ヨーロッパの様にはいかないですね(そのヨーロッパもロードサイドショップ・チェーン店が増えているとか)。

 それはさておき、まあ相変わらずの行動です。


 其処から再び混雑する高速を西条にとんぼ返り。


 流石に握力が無くなりました。

 しかし次の朝には、心地よい疲労と共に少しだけ精神が軽くなった気がしました。

 バイクの力か、太夫さんの美しさの力か・・・・。


 ますた

 

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2011/05
08
[ #288 ]

帰ってきたソクラテス  池田晶子

        

    帰ってきたソクラテス


 帰ってきたソクラテス  池田晶子  2002・04
 ジャンル  哲学入門


 1994年に出版された本の文庫版です。

 著者の池田晶子様は2007年に亡くなられたと記憶しております。
 著者の作品としてはその年に出版された”14歳からの哲学”が著名な気がしますが、私自身はこの作品が好みです。


 内容はソクラテスが現代に甦り色々な人と対話をするといった形式になっております。
 この辺りが私好みの理由かも知れません。
 カウンターを挟んでお客様と対話する事が多い職業です故・・・(表紙のソクラテスの絵がワイングラスを持っているのも嬉しいです)。勿論この本の内容の如く都合よく会話が進む訳では無いですが・・・。

 しかしこの、対話形式。物事を考えたり記憶する場合に結構有効な気がします。
 私も考え事をするときや何かを記憶するとき、勝手に頭の中で誰かと会話をするといったやり方をすることがママあります。



 前置きが長くなりましたがこの本、現代に甦らせたソクラテスを政治家、評論家、ジャーナリスト、エコロジスト、学者等々と対話させ、その事により現代に於いて我々は如何に考えるか?あるいは現代を如何に考えるか・・・といった事が書いて有ります。
 或いは、現代の難問に如何に答えるか?
 更に、何故考えるか。


 これが結構面白いのです。

 バブル以降、考える事の意味が低下した時代の様に想われます。
 或いは思想、哲学等々の冬の時代と言いますか。
 思想、哲学、考える事・・・。それがいったい幾らになるの?といった風潮・・・・。
 
 
 しかしやはり考える事は大事であると思えますし、何より楽しいですしね。
 

 そこでこの本、その考える事の楽しさを教えて呉れる気がします。
 哲学なんて硬い言葉ではなく、単に”考える事って楽しいです”といっている本に想えます。
 
 そう、哲学何て言葉に限らず何らかの言葉やキーワードを使う事って、結局は意味を限定し思考の広がりを制限してしまう気がします。そんな事も想いますし想いましたね。


 ますた


 

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2011/05
13
[ #289 ]

雑考55  扉(ドア)

 以前お客様に
 「バーの扉って、何故あんなに厳つくって、開け辛い扉が多いのですかね?」
 といった内容の事を訊ねられた覚えが有ります。

 最近は少なくなった気もしますが、確かにバーの扉(特にオーセンティックなんて冠がつくバーのドア)しっかりした造りの物が多かった気がします(因みに、拙店のドアは薄っぺらな物ですが)。


 何故か?


 恐らくは先ず第一に意匠の問題。

 BARという存在が日本にもたらされたのは明治期、19世紀の終わり頃。当然、日本にも西洋からもたらされた訳です。
 そうなると必然的に西洋風の内装、造り、意匠となる。

 それ程西洋を訪れた経験が有る訳では無いですが、それでも西洋の建物の扉、非常に頑丈そうな物が多かった印象があります。
 物理的に部外者の侵入を防ぐための物。といった印象を受けた覚えが有ります。
 詰まりは正統に西洋風の意匠を取り入れると、扉は頑丈に成らざるを得ないという事。
 (それに比べると、旧来の日本の庶民の建物の入り口、扉、薄いですよね、引き戸だったり・・・。少し前までは田舎では鍵もろくに掛けず開けっ放しだったり・・・)


 他に考えられるのは、店内の静寂性等を維持する為。
 防音等考えるとごつく為らざるを得ないという事(そうした意味でも、拙店は失格ですね・・・下のスナックのカラオケの音とか、外の通行人の話し声が結構聞こえたりしますから。まあ場末の酒場という事でご容赦を・・・)。


 そしてもう一つ。意識的に結界としてそうしてあるという事。


 明治に日本に入ってきたバーという存在。その後、日本的接客の要素を取り入れて今の様な形態・文化を築いて来たのでしょうが、その日本的接客の基となったのはやはり茶の湯の精神でしょう。

 茶室のにじり口同様の意味、ある種の入りにくさ。それは内側の空間、空気が、外とは切り離されている事の象徴の様にも想えます。
 世間の柵や、肩書き、地位、人間関係からある種隔絶されている空間。その隔絶を守る為の結界。


 最近ではファースト・フード店やファミリー・レストラン等々、兎に角入りやすい事を目指した物が多い気もします(自動ドア・看板等)が、そうした意味ではバーという形態は全く逆方向を向いているのかも知れません。

 それ故にバーの扉。扉自体は何の変哲も無くても、ある種の入り難さ、結界を感じさせるのかも知れません。
 

 それはそれで良いのかも知れません。結界の意識。
 そこは日本人。障子一枚、襖一枚で、結界が作れる(た)人々でしょうから・・・。
 (安い遊女屋なんて、屏風一枚が結界、何て事も成立していたそうですし・・・・) 


 故に私も他所のお店にお邪魔する時は、何はとまれ扉の前で一呼吸・・・・・。


 ますた

 
 

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2011/05
20
[ #290 ]

明治村

 明治村に行って来ました。

 そこで明治とはどの様な時代であったのか?


 我が国に於いて遊郭が賑った時代・・・?(盛んに、遊郭が造られた時代・・・?)

   ↑  ↑  ↑

 こんな馬鹿な事を言うのは私くらいでしょうが・・・(?)


 という事で、明治村には当然妓楼建築とか、遊郭建築は保存されておりません。
 まあ在っても困るかも知れませんが・・・(見学に来た小中学生にどう説明するのか?とか)。

 大体において明治期の遊郭建築で、保存・保護されている物は殆ど無いのでは?
 大正期の物なら同じ愛知県は中村区辺りにありますが・・・・。
 (そういえば御手洗の若胡子屋、修復が終わった噂を聞いた様な・・・。近々、観に行きますかな)


 閑話休題、明治村、面白かったですね。基本的にテーマパーク、アミューズメントパーク等と呼ばれる場所は苦手なのですが(現にTDLもUSJも行っておりません、行く事も無い気がします)、此処は選択肢として有りですね。
 博物館と銘打ってあります故テーマパークと同列に語るのは叱られそうですが・・・・。


 博物館とテーマパークの中間的イメージですかね。


 文化財指定を受けている、いないに関わらず興味深い建物が多く保存されております。
 またそれらを通して明治という時代に想いを馳せる事が出来る気がします。

 またその量の多さはとても一日で周り切る事が叶わないです。駆け足で一周、それでも表面だけといった感じでした。


 その中でお気に入りを一つ挙げれば・・・・。これですかね?


 御料車

 明治天皇昭憲皇太后御料車(お召し列車)


 ある種近代文明を象徴する鉄道という器に、我が国伝統工芸の粋を集めた内装。それは外出時(正装時)洋装であった明治天皇が自宅(プライベート)では和装、和風の生活をされていらっしゃった事にも通ずる気もします。またこの車両を使っての地方巡幸の意味(それは、ある種近代の象徴でもあったか?)も考えさせてもらえる気がします。



 そういえば、初めに明治は遊郭の時代等とふざけた事を書きましたが・・・・。
 一般に認識されている明治とは・・・・。

 やはり・・・・

 ・我が国、近代化の時代  或いは・・・・文明開化の時代、となるのでしょう。

 我が国が近代国家となって行く時代。


 では近代とは・・・・・。

 これは、時代区分ですかね?
 有史以前~古代~中世~近代~現代。

 で、数十年前の高校の頃の世界史の授業(教科書)をちょっと思い出してみますと・・・。
 
 確か近代は1492年~1945年辺りの時代区分を現していたような・・・?

 1945は第二次大戦の終結。では1492は?
 コロンブスの新大陸発見?も有りますが、レコンキスタの完了~異端審問の開始が重要な気がします。


 そう考えると近代とは・・・?


 ・ローマカトリック教会とプロテスタント陣営・ユダヤ主義の争いが激化し、それが植民地獲得競争という形を取った時代ともいい得る気がします(ちょっと、穿ち過ぎですか?)。


 では(開化した)文明とは?


 文明。これは、一言で言えば”手段”ですよね・・・・。
 何の為の?・・・
 それは人類が贅沢をする為の。或いは人々が欲望、エゴイズムを充たすための・・・・。
 今話題?の原発なんて、色々の意味で正に文明の象徴かも知れません。




 閑話休題、明治村。結構お気に入りです。
 近所(県内)にでも在れば毎月でも行きたくなりそうな場所でした・・・・。


 

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2011/05
29
[ #292 ]

鳥瞰図

 地図を眺めるという行為は楽しいですね。時間を忘れます。
 特に少し古めの地図を眺めるのがお気に入りです。

 そんな私が先日こんな展示がある事を耳にしまして・・・そりゃ出かけますよね。
 

 これです。


 鳥瞰図

 歴史の風景眺めてみれば -鳥瞰図の世界- 展


 場所は、広島県立歴史民俗資料館

 結構、楽しめました。


 先ず初めに展示して有ったのが ”鍬形恵斎 江戸一目図屏風”。
 図録や本等では良く観ていた物ですが実物を観るのは初めて。大きさを実感出来ました。
 他、展示ケース内に江戸期の鳥瞰図がかなりの点数展示してあります。

 唯、其処は展示ケース内の展示。如何せん作品との距離が遠い・・・(1M弱?)。
 暗めの展示室内でこの距離は少々辛いです。特に最近、目の弱っている私には・・・・。

 やはりこの手の展示は嘗める様に観賞したいのです(出来れば20㎝位・・・)。
 オペラグラスか何か持参すべきでしたかね?

 閑話休題、他に机型の展示ケース内に昭和初期周辺の観光地図がそこそこの点数展示してありました。
 昨今のこの手の地図、当たり前の平面図なのですが、展示して有るものは手書き(を基とした)鳥瞰図。
 良いですね~、観ていて飽きません。
 

 出口付近に現代の鳥瞰図が展示販売もされていたのですが・・・・。
 現代のもの、恐らく地図等からCADか何かで起こした物をベースに描かれている様に思われますが、私はやはり古めの手書きの鳥瞰図が良いですね・・・。

 洛中洛外図の様な物も好きですが、同様に今回の様な鳥瞰図もまた良かったのです。




 其処からついでと言っては何ですがこれも観賞。

 猫

 浮世絵猫づくし にゃんとも猫だらけ展


 歴史資料館から車で5分程の”奥田元宋・小由女美術館”です。
 浮世絵好きの私としては、やはり立ち寄りますな。

 猫の描かれた浮世絵の特集という事で予想通りと言いますか、やはり国芳の作品が多いです。他、女三宮のみたて物・・・。


 浮世絵に描かれる女性って、現代の漫画やアニメに共通する可愛らしさみたいな物を感じるのですが(特に春信~英山、初期栄泉辺りまで・・・)、猫の絵は現代の漫画表現等に比べるとリアルと言いますか、余りカワイク無いのです。
 野性味が有る、野良っぽい、と表現しても良いかも知れません。

 もしかすると江戸時代の猫は、今より痩せていたのかな?(鼠を獲らせる為、餌を控えているとか・・・?)等と詰らない事を考えたり・・・。


 浮世絵の人物表現。天明期~寛政~化政期~明治とかなり様式の変化が有る気がしますが、猫の絵はそうでも無い様子、そんな印象でした。途中からは、猫の絵を観るというより一般の浮世絵として観賞して来ました。
 (此処の展示はへばり付いて観賞出来ました)



 そういえば此処の美術館。先日この展示も観に行きました。


 若冲展

 琳派・若冲と雅の世界 展


 これも良かったです。特に若冲の墨絵の鶏図屏風は迫力だった記憶があります。


 この美術館周辺、ワイナリーも有りますし、ドライブがてら出掛けるのに調度良い距離という事も有り最近良く訪れております。
 お気に入りの展示があれば、また出かけたいですね・・・。

 
 

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