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2011/08
05
[ #311 ]

新体験

 先日こんな体験をして来ました。


        カヤック

 リバー・カヤックです。


 初です。
 海遊びは結構していたのですがカヤックは初めて。
 どうやら新しい体験をしたがる面が私には有るようです。


 感想は?といいますと・・・。

 想っていたよりも難しいです。

 スピードを出そうとすると(私には少々スピード狂のきらいがあります)クルクルと廻ってしまいます。
 真直ぐ進む事自体が意外と難しい。
 例えると雪道をオンロードのミニバイクで走る感じかな?
 ガンガン漕いでスピードを出す。といったタイプの乗り物では無いのかも知れませんが・・・。

 しかしそれはそれで、その難しさが楽しいとも思えます。

 出来ればこの夏の内にもう1・2度、体験してみたいですね・・・。

     カヤック


  
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2011/08
08
[ #312 ]

新しい道

 家の近くに新たな道路が開通したとの噂を耳にし何はとまれ走ってみる事に。

  橋


 「フライトロード」
何と言いますか、こんな物よく造りましたね・・・・。


 それよりも私としては、上の写真を撮った場所にあったこちらの方がお気に入り?


  蓮

 蓮の花なんて見るのは何時以来でしょう。
 確かに昔の人が、極楽浄土を連想した事が理解出来そうな存在感です。
 (時期・時間帯として少々遅かったかも知れませんが・・・)


 折角バイクを車庫から引っ張りだしたにので此処だけで帰るのももったい無いという事で、其処からさらに竹原市まで移動する事に。


 実は最近こんな物を手に入れまして、これを観ながら街並みでも歩いて見ますか?という魂胆。


  古地図

 大正15年発行 大日本職業別住所入明細図 加茂郡竹原町 (復刻)


 今から約90年前の竹原の地図ですね。
 (確か以前、竹鶴酒造様で見せていただいた覚えがある物に近い物かも知れません)

 その昔竹原市の学校に通っていた時期もあり馴染の深い街なのですが、古い地図を手に歩くとまた少々印象が異なりますね。


 路地等は余り変わらず残っている印象です。建物等は、まあそれぞれですか・・・。


 この建物なんか、場所が変わって無いですね・・・。

  磯邊旅館
  磯邊旅館さん


 置屋事務所が在ったのはこの辺りか?

  新町通り

 元置屋?  元置屋さんの建物のままかな?


 学生の頃にはこうした見方は出来なかったですし、それこそ”新しいものが良い”という時代、また年齢であった気もします。

 しかしこの年齢になりこうして歩いてみますと、街の変革・歴史(あるいはこれから)等々を考えたりしますね。

 

タグ :   街並み  /   古地図  /

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2011/08
12
[ #313 ]

昔話とこころの自立  松居 友

         

     昔話とこころの自立


 昔話とこころの自立  松居 友  1994・06  宝島社
 ジャンル  民話・心理学



 昔話・民話を心理学的アプローチで読み解くといった内容の本です。

 こう書きますと「あ~、その手の本ですね・・・、一時期よく流行りましたよね。」等と言われそうですが、秀逸な本だと想っています。


 内容は・・・。

 第1章が「大工と鬼六」の話から、大工の技術=人間の工学技術、鬼=自然の摂理(本文では、鬼=無意識と表現して有りますが、自然の摂理と読んだほうが私としては解り易いと想います)と読み解き、自然の摂理(無意識)を理解する事の重要さを示して有る話としてあります。

 同様に第2章では「三びきのやぎのがらがらどん」から、人間は幼児~少年、少年~青年、青年~大人。といった3度の精神的通過儀礼(反抗期)を経て成長するという事。

 第3章で「三びきのこぶた」から、前章同様の3度の通過儀礼と同時に、昔話の持つ残酷な表現の意味について。

 第4章「ヘンゼルとグレーテル」から、子供と母性について。

 第5章「三枚のお札」から、日本の母性、またその情緒的濃さ、母と息子の日本的関係(やもするとマザコンを造り出し易い)を。

 第6章「白雪姫」で、母と娘の関係性を・・・。

 第7章「てんぐのこま」で、少年が自立し大人社会で生きていく事について。

 第8章「桃太郎」から、まとめ及び日本人の深層について・・・。

 といった感じです。


 そこで何処がこの本の魅力か?といいますと・・・。

 この本、一貫したテーマがハッキリしている事。あるいはそのテーマ設定かと想われます。

 それは・・・。

 人間はオギャ~と生まれ、幼児から、自我が芽生え少年になり、更に青年となり、親離れして大人となり、大人の社会に参加し(あるいはそこで、周囲から叩かれ)、結婚し、子供が出来、子供の成長に戸惑い、そして子離れを成し遂げ・・・・。とこうして生きていかなければいけないという事。

 そうしてその人生の場面場面に於いて、”昔話を読み聞かされた事、あるいは子供に読み聞かせた事が非常に助けに成る(あるいは成っていた)という事”。

 そうしてだからこそ昔話が語り継がれて来たで有ろう事。またその魅力を伝えてくれる事。此処に有る気がします。


 高度成長期以降、親離れ・子離れの問題、更に最近ではネグレクトや虐待・・・。他、色々の家族の問題が噴出している気がします。その辺り考える時にも一寸役立ちそうな本でも有ります。
 近代以前の当たり前の良さ。あるいは人間の共通無意識に潜む親子観、成長観なんて事も感じさせて呉れる気もする本です。

 
 

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2011/08
16
[ #314 ]

雑考60  バー(BAR)

 私の様なカウンターの内側に立っている人間がバーについて何かしら語るというのは、自己宣伝、楽屋落ち、身びいき等々の謗りを免れない事との認識は当然持ちあわせてもおりますが、今回は少々甘えさせていただくという事で・・・。
 

    
 これより本文。

 最近やたらと「バー」という単語が巷に溢れかえっている気がします。
 ガールズバー、ボーイズバー・・・更にはサラダバーとかドリンクバー・・・。

 何でもバー、BAR。
 では元来のバーの意味、起源は何であったのか・・・?
 バーとはどういった物、空間であったのか・・・?


 語源としてはその昔、英国で”イン”と呼ばれる馬車宿(商人宿)が発達し(ビジネスホテルに~~インというネーミングが多いのはこの流れでしょう)、その中庭や裏手に馬車用の馬を繋ぐスペース及び横木(バー)が在り、その側では御者たちが一杯引っ掛ける事の出来る飲酒空間が出来た。この辺りが嚆矢でしょう。
 今で言えばハイヤーやバス、タクシー、電車等の運転手が一杯引っ掛ける立ち飲み屋といったところですか。

 その後このバーという言葉・飲酒空間が18世紀頃から米国で発展を遂げ後にカクテルという飲み物と共に世界に拡まり、現在のバーという形態・イメージが出来上がる。

 では何故当時米国でバーが成立、発展していったのか?


 幾つか理由は有りそうですが、それは英国圏の(古いタイプの)パブや、我が国の居酒屋等の成立過程と似た過程を経て成立した物では無いかと想えます。


 どういうことかというと、元々酒屋(酒の小売店)、あるいは万屋(雑貨店)が店先で飲ませる様になり、それが飲み屋となっていったと物であるいう考え方。

 では何故アメリカの西部開拓時代に所謂バーという存在が誕生したのか?

 米国で瓶詰めのウイスキーが流通し始めるのは19世紀初頭(確か1815年)。それまでは当然の事ながら樽詰めのまま流通していた訳で、それは江戸時代に我が国でも酒が樽で流通していた事と同様でしょう。
 そこで庶民(樽ごと購入出来ない人々)は瓶を持って酒屋へと小売をして貰いにいく訳ですよね(時代劇で浪人や庶民が持っている徳利、あれです。通い徳利、貧乏徳利)。
 で、酒屋や宿屋(タバン)等で樽から瓶に注いで貰う。
 この時に店側が客に味見をさせる・・・。またそれが嵩じて、その場で飲ませる事が常態化する。居酒屋(かくうち)の誕生ですよね。

 そこで当時は開拓時代の米国。
 西部で一山当てようとする連中が集まって集落が形成される。
 其処には法律も無い、或いは有っても無きが如し。力こそが正義、勝てば官軍、獲った物勝ち、盗んだ物勝ち・・・(基本的にフロンティア・スピリッツの本質、基本はこれですかね・・・・)。

 兎に角、当時の米国では勝手に樽から酒を盗む無法者が沢山居たで有ろうという事が想像出来ます。
 そこで仕方なく店主は樽を置いてある場所(今で言えばバックバー)と客の側の間に仕切りの棒(バー)を渡し、客が勝手に酒樽に近付け無くした。この仕切りの棒(バー)が、その後バーカウンターとなった。
 恐らくこれが(米国的)バーの始まりでしょう・・・。

 バーカウンターを挟んで、客と店主(バーテンダー)が対面(カウンター)する事。これがバーなのだと想います。
 蛇足ながら当時、江戸の煮り屋や居酒屋等にはこのカウンターって見当たらない様に想えます(鍬形けい斎の浮世絵等を見ると)(それだけ治安が良かったのか?)。


 では我が国でカウンター接客が何故これ程定着したのか?人気なのか?
 屋台文化の影響も有る様にも想えますが・・・・(スペインのバルやイタリアのバール何てのも、暖かい地域故屋台的な物に理解があっての定着か?等と、私は勝手に想像します・・・)。
 もう一つやはり、茶の湯の文化の影響の様な気がします。
 日本料理の原点は茶懐石に求められるのでしょうし、茶室における主と客の関係ってバーの店主と客の関係を彷彿とさせられる気もします(間にカウンターが無いだけ、あるいは茶席には見えないカウンター、結界が存在する)。
 

 バーカウンターを挟んでの対面接客がバーという事。となるとボーイズバーやガールズバー、スナック(広島ではスタンドといわれます)もバーの範疇でいいのか?とも聞かれそうですが、私は良いのではないかと想っています(私が決めれる事でも無いですが・・・)。

 まあ、何を売り物にしているか・・・?という違いだけでしょうから・・・。
 (え?酒売ってんじゃないの?との声も聞こえそうですが)

 ボーイズバーは若い男が内に居る事を、ガールズバーは若い女性が居る事を。カクテルバーはカクテルの技術を・・・等々。
 じゃあスナック(スタンド)は?
 これは恐らくは・・・・・母性・・・かな?

 では単なる「バー」は?
 (出来ればバカナリヤは単なるバーでありたいと想っています・・・)

 難しいですが、もしかすると父性の様な物なのかも知れません?

 父性が何であるか?今の時代に父性という物が必要とされるのか?
 難しいところですが・・・・。
 唯、出来ればこの父性と言うやつを頭の片隅にでも引っ掛けて置きたいとは想います。

 ますた






 追記

 お気づきの方も有るやも知れませんがこのカテゴリー、テーマを”しりとり”として書いてきました。
 そして今回が「バー」。
 「ー」で終わってしまいました。

 今回で調度60回、人間であれば本卦返り(還暦)。良い頃合かな?という事で最後にさせて頂こうと想います・・・・。



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2011/08
20
[ #315 ]

黒猫

 こんな物を観て来ました。


  シャ・ノワール

 LE CHAT NOIR  Entertainment,Art and Cultur in Paris 1880-1910
 陶酔のパリ・モンマルトル 1880-1910
 シャ・ノワールをめぐるキャバレー文化と芸術家たち  展



 浮世絵を眺める事も好きですが、この辺り(19世紀末~ベル・エポック周辺)にも惹かれます。
 何処か共通する物も感じます。

 場所は尾道市立美術館。

  看板

 確か安藤忠夫氏設計の建物。尾道の観光名所、千光寺公園内にあります。


 で展示内容ですが・・・・。
 中々気合の入った展示で美術作品単独を愛でるというより、歴史資料的展示といった内容に近い印象ですかね?
 出品点数や解説の文字数も多く、また好みに合う故展示カタログを衝動的に購入(店に置いおく心づもりです)。



 更に其処からロープウェイで街中に下り、これも観賞。


  常一

 しまなみ海道写真展 宮本常一があるいた瀬戸内の島と街 尾道会場 民俗学者宮本常一、尾道をゆく


 この辺りも興味を引かれる対象です。



 更に其処から・・・、


  カフェ

 なかた美術館、コレクション展 「Cafe」

 
 仕事柄気に成りまして・・・(海辺のCafeやBarを描いた洋画の企画展示です)。

 この美術館に立ち寄るのは初めてですが、こじんまりしつつも贅沢な印象。ちょっとお気に入りの場所に登録したい感じの場所でした。

 しかし展示会の3箇所はしごって・・・・・・・。
 疲れましたが楽しかったですね。


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2011/08
25
[ #316 ]

江戸夜咄草 聞き屋与平   宇江佐真理

                

       聞き屋与平


 聞き屋与平  宇江佐真理  2006・05  集英社
 ジャンル  時代小説


 両国広小路の薬種屋の隠居”与平”が、日の暮れた後に店の裏口辺りで聞き屋(辻占の様なやり方で、黙って客の話を聞く)という商売?をしている。という設定の連作時代小説です。
 この著者らしく優しさを感じる時代小説となっています。

 私が口を汚させていただいておりますバーテンダーという職業もお客様のお話を聞く(聞かせていただく)という要素も多く、そうした面で気になった時代小説でもあります。


 しかし実はそれ以上に衝動的に購入に至った理由があります。

 それはこの帯。


  帯


 帯に惹かれ(騙され?)ついつい購入してしまう本というものが有りますが、その一つです。


 では何故この帯に惹かれたのか?
 帯に大きくこう書かれております。


 「お話、聞きます」



 実はこの本を購入した時に私の自宅にはこういう本が在りました。


 お話、聞きます


 お話、聞きます  枚方バンダム  2004・05  徳間書店
 ジャンル  自伝



 これはドウいう事か?とついつい興味を引かれ(怖い物観たさ?)購入してしまった訳です。
 (みごとに、帯にやられてますな・・・)

 枚方氏の「お話、聞きます」が2004年5月の初版。対して「聞き屋与平」の初版が2006年5月。
 当然、この帯を書かれた担当者は「お話、聞きます」の本の存在は了解していたでしょう・・・。
 これって有りなの?

 内容に関しては与平に収録されている話の初出が、2004年6月号の「小説すばる」なので微妙なタイミングですが・・・もしかすると編集者が作者にアイデアを提供したのかな?等と穿ってみたり・・・。

 まあ、あまり穿ちばかりしても仕方無いですし、初めに記した様に著者らしく優しい時代小説で内容は悪く無かった印象です。



 またこの二冊の本のテーマ。他者のお話を聞く、或は聞かせていただくという事、行為。そして私自身がカウンターを挟んでお客様の話を聞かせていただいているという現実・・・。
 そこで、どうした事を想ったのか・・・。


 この二冊の主人公、基本的に聞き役に徹しアドバイス等は極力しない・・・。
 また、おあし(代金)も基本的に受け取らない(与平の場合は心付という形で受け取ったりしますが)。

 これはやはり私がしている事とは少々異なる気がします。
 確かに私が頂く代金は少々のシートチャージ料と飲み物代金であり、お話を聞く事で特別な料金を頂いている訳では無いので同じと言えば同じなのですが・・・。

 また本では常に相手と1対1ですが、バーでは1対多の場合も多い。


 バーテンダーという職業、色々のやり方をされる方があり確かに聞き役に徹するというスタイルの方も多い様に想いますが、実は私はかなり喋(会話)ります。

 等々かなり異なります。



 ただ共通していると想うのはやはり喋りたい、自分の話を誰かに聞いて貰いたいという方が多いという事。
 それによって自己を承認して貰いたいという気持ちを多くの方が持っているという事。

 確かにそうなのかも知れませんし、そうした時間があって良いのかも知れません。


 では何故私はカウンターの内で聞き訳に徹し無いのか?

 理由は色々と有りますが、私はやはり”会話”という事が好きなのでしょう。
 会話。色々の方、或はお互いの言葉や会話が混ざり合い何か空気が生まれる感じ。或は会話が高まっていく事。其処から何かが生まれた気になる事。
 (もしかするとジャズに似ているかも知れません)(まただからこそバーにはジャズが似合うのかも知れません)

 そんなところです・・・・。


 色々と書きましたがこの2冊、興味深い本です。


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