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2011/10
02
[ #326 ]

またまた

 1週間程前の事、目を覚ますと見事な秋晴れ。これはバイクに跨らねばとエンジンに火を入れ一路西へ・・・。

 バイクを停めたのは・・・。


 中也記念館

 湯田に在ります、中原中也記念館。
 常設の「これが私の古里だ」展を眺めようと想っていたのですが・・・、この日は別の展示に変わっておりまして・・・で、湯田の街の散策に切り替えました。


 この辺りも昔遊郭のあった場所・・・・(相変わらずです)。

 暫く歩いてみますが殆どの建物が大型のRC造に変わっております・・・。
 期待薄かな?と想っておりましたが・・・有りました、私好みの建物。


 遊郭跡  飾り窓

 見事に私好み・・・。更に近くにはこんなのも・・・。


 看板

 山口県、幕末に高杉晋作等が散々遊郭等で散財されたようで・・・これは少々期待できるかな?と、他にも遊郭の有った街にも立ち寄って見る事に。

 
 小郡、小野田、宇部、防府と巡り・・・。


 しかし、これが期待に反して私好みの建物は見つける事かなわず・・・。

 小野田、昔は60番と呼ばれていたらしいのですが・・・。
 今も残る60番土手周辺・・・・存在するのは大型ショッピングモール他・・・。
 完全に再開発されてます。

 他の街でも似たような感じ・・・それらしい雰囲気が微かに感じれない訳でも無いのですが、お気に入りの建物等は少ないです。


 そこで代わりと言っては何ですが、防府天満宮に立ち寄って帰ることに。

 防府天満宮、最古の天満宮という事で知名度は高いと思うのですが立ち寄ったのが平日故か人影は疎ら・・・。

 では、と昔の参道と想われる天神町商店街を歩いて見る事に・・・。
 見事にシャッター通りと化してます(それはそれで好みですが・・・)。
 神社仏閣が観光資源として存在感が有ったのも、今は昔なのかも知れません。


 しかし商店街で面白い物を発見・・・。


 これです。


 鳥瞰図  地図

 昔の防府の街の観光用鳥瞰図と昭和35年位の商店街の住所入明細図。

 恐らくは向かいにある”ほうふ昭和館”が貼り出していらっしゃるのであろうと想い、一寸お邪魔させていただく事に・・・・。

 入館料100円。
 商店街の空き店舗の活用策としては、一つの手ですかね。

 まったりさせていただきました。

 

 今回は思いつきで訪れた故かウロウロするばかりで好みの街並み、建物には出会えなかった感じです(下調べしとけよって話しですね、途中立ち寄った山口ワイナリーも店休日でしたし・・・)。


 まあそれはそれで面白くもあるのです、行き当たりばったりも。
 あまり下調べし過ぎると単なる確認作業になりそうな気もしますしね。

 
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2011/10
16
[ #330 ]

潮風・・・

 例年秋(おおむね11月前半)には、年末営業に備え気力・体力の回復を図る為・・・等と理由を付け温泉に出かける事にしておるのですが、今年は諸事情に拠りこの時期、10月前半に時期を変更(先日連休させて戴いたのはこの為です)。


 で、今年は何処の温泉に入ったのか?

 それは・・・・・。






 平内海中温泉

 (失礼、見苦しい物をお見せしました)



 「平内海中温泉」です。

 海岸に湧き出した源泉がそのまま露天風呂となっております。立地の関係で干潮時しか入れないという困った温泉ですが、御覧の様に後方はひたすら水平線、圧倒的な開放感を誇る温泉です。



 ところでこの温泉、何処に在るのか(ご存知の方も多いでしょうが)・・・・?






 屋久島遠景

 屋久島です。
 この島の南の端の海岸に在ります。


 入ってみるとかなりの硫黄臭。潮の香りを感じるのかと想っていたのですが、硫黄の香りが勝っています。
 温度は42度位かな・・・?

 入ったのは調度お昼時。強烈な日差しと源泉の力強さで湯当りしそうな位です。



 しかし何故、今年は平内海中温泉なのか?

 何度か書いた事が有るやも知れませんが、私は海の側で生まれ育った事もあり定期的に海の存在を感じたくなるのです。
 特に今年の夏は海遊び等で潮風を感じる事も無く・・・・。
 (ここ十数年一緒に海遊びをしている方が有るのですが、その方この夏前に身内に御不幸がありまして・・・。そんなこんなで一度も海に出ていません)

 で、何はとまれ潮風を感じる事の出来る温泉を目指した訳です。

 (また、その方の亡くなられたお身内の方の遺骨が屋久島に散骨されたらしいという話も小耳に挟み、屋久島の存在が気になっていた事もあります・・・)


 そこで屋久島ですが・・・。

 「島」という事で海の存在を強く感じれるかと想っていたのですが、この島は圧倒的に山の存在を感じる島ですね・・・。
 もっといえば”山”と言うよりも自然の原初的力。それを圧倒的に感じる場所です。
 本州のある種繊細さを感じる自然に比べ、ワイルドな力、男性的力強さといっても良いかも知れません。
 日本と言うより南米とかのイメージですか?(行った事無いですが・・・)


 こんな感じです。

 大川の滝
 屋久杉ランド



 あと印象に残ったのがこの方・・・。


 寿司屋

 大川の滝まで、お寿司を自転車で行商に来ていたお寿司屋さん・・・。

 想わず買ってしまいました(昼食場所を探す手間が省け非常に助かりました)。



 ところで私が住んでいる東広島から屋久島へはどういったルートで到達するのか?
 一般的なルートは・・・?といいますと。

 1、全通した九州新幹線で鹿児島に至り、其処から高速船(トッピー)で屋久島に渡るルート。

 次が、
 2、鹿児島まで、高速を車(またはバイク)で走り、フェリーで島に渡るルート。

 そして、
 3、飛行機を利用するルート。

 等が考えられます。


 が、私が選んだのはこの3つでは無く・・・。
 
 福岡まで新幹線、博多港から船で屋久島に至るルート。

 えっ?そんなの有るの・・・?と言われそうですが・・・この時は有ったのです。





















 にっぽん丸

 にっぽん丸です(またまた見苦しい私の姿を・・・)。

 少しばかり贅沢(といっても安い部屋ですが・・・)して。

 これも前から気に成っていた存在。
 戦前の一流バーテンダーと呼ばれる方々には客船上がりの方が多かった、という話も耳にしておりまして仕事上の刺激に成るかとの想いもあり一度体験してみたかったのです。

 それにこの方法が、最も潮風を感じられそうでしたから・・・。


 そしてこの船、屋久島の帰りに上五島にも停泊・・・。



 五島列島・・・。

 色々なイメージが沸きます・・・。
 隠れキリシタン、鯨漁、各種漁業、家船、唐行きさん、海賊、倭寇、遣唐使、五島うどん・・・・等々。


 ここでは午前中、海上タクシーで海から観光。

 若松大橋

 しっかりと潮風に吹かれました(夏を取り返した気分です)。


 島全体の印象、キリシタンの事を除けば私が生まれ育った瀬戸内と共通した文化に感じられました。非常に懐かしい感じです(残念乍、遊郭建築を探す時間は無かったですが・・・笑)。



 と、こんな感じの休日を過ごさせていただきました。

 船の印象等、気に成る方は店で訊ねてみて下さいな。


 ますた
 
 

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2011/10
20
[ #332 ]

大日本職業別住所入明細図

            

   三津町


 大日本職業別住所入明細図内 廣島県賀茂郡三津町  1926・12  発行人 平田嘉吉
 ジャンル 古地図

 

 明確なる理由が有る訳では無いのですが、古い地図に惹かれます。
 現在では寂れてしまった地方都市にもそれぞれに賑やかであった時代も有りまたその理由の有った事が解りますし、そこに多くの人々の生活が在った事にも想いを馳せる事が出来る故かも知れません。
 またそれとは逆に現在高層建築の立ち並ぶ場所にも、当然過去の歴史が存在していた事も。


 そこでこの地図ですが、大正末期の廣島県賀茂郡三津町(現、東広島市安芸津町大字三津地区)の職業別明細図(コピー)です。
 
 先ず、発効日が大正15年12月25日と記されている事がちょっと嬉しいです。
 この日は昭和元年12月25日です。

 この大正から昭和にかけての時期、こうした地図が多く作られていた印象があります。
 大きな都市に関しては昔から多く作られた気もしますが、(この地図の様な)地方の街の物や、宣伝広告の為作られた鳥瞰図等も多く作られた時期に思えます。



 閑話休題、現在のこの地区。JR安芸津駅前周辺地区といいますと、かなり寂れた印象を受けますが(他の地方の小都市同様・・・)、この地図を観ますと当時の賑わいを感じます。
 (人口的には意外と現在と同程度かも知れませんが、凝縮した観があります)

 また当時、酒造に拠り街が成り立っていた事も感じられます。
 (安芸津杜氏、三津杜氏の本拠地ですからね)

 一寸数えてみますと酒の醸造所が約10ヶ所。全てが自社銘柄で出荷していたかどうかは定かでは無いですが、結構な数だと想います。
 他に樽製造所が8ヶ所、樽縄製造なんて物も在ります。

 また私好みで言えば芸妓置屋なんてのも3軒程、旅館等が8軒程・・・。

 それ以上に今と異なるのは、物販、個人商店と想われるものが沢山あります。

 
 酒造に関しては地域性等の色々特殊な事情もあるでしょうが、この個人商店の減少は他の寂れつつある地方都市(各所のシャッター通り)と共通の現象、事情では無いでしょうか?


 勝手な想像ですが、交通手段の発達が一つの要因にも成っていると想えます。

 この当時、この三津町から西に竹原、忠海、三原・・・と、約10km置き位に街が成立していた気がします(そういえば、東海道53次も約10km間隔の様にも想えます)。
 もしかすると庶民の一般的移動手段(当時までは徒歩として)、2時間程度がある種の目安かとも想ったり・・・。
 そうなりますと・・・、結局自家用車の普及等が地方の街の中心部を衰退させた一因なのかとも想われたりもします。
 またビジネスユースでの新幹線、飛行機の利用の一般化を想うと、地方の大きな都市すら東京からの時間距離から考え衰退せざるを得ないか・・・?等と想ったり・・・。
 (詰まり2時間圏に発展できる都市、商店街は一箇所となり易いのでは?)


 勿論メディアによる(商業的)情報の氾濫(=情報距離)や高層建築の乱立、大規模店舗法・・・。色々な要因はあるでしょうが・・・。


 何だか変な方向に話が向かってしまいましたが、こうした古い地図を眺めておりますとその時代、其処にも多くの庶民の生活が有った事や、賑わいの有った事、またそれが種々の事情に依り現在の様に変わった事等々、色々に想像が拡がり飽きないのです。

 まあ古い物に限らず地図を眺めておりますと時間を忘れてしまう私ですが、特にこうした古めの地図に興味を引かれる事が多く成ったのは、もしかすると年齢的なものかとも想う昨今です。


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2011/10
22
[ #333 ]

 先日生まれ育った家に顔を出し、畠(とは言っても家庭菜園レベルですが・・・)を耕しました。
 たまには、土の香りを嗅ぐのもよい物です。



   畠 畠2
 

 ここに植付けられるのは、蚕豆と玉葱の予定。
 勿論、無農薬。

 こうした物をもっと積極的に店のお通しに活用出来れば等とも想います。
 

 

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