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2012/02
03
[ #362 ]

ワインのはなし

 ワインこそが世界最古の酒ではないのか?と想います。

 社会的酒としてはビール(エール)がその座に着くべきであるとか、文献的にはミードでないかといった意見もあるでしょうが・・・個人的には人類が意識して作った酒としてはワインが最古ではないかと想っています。


 何故か・・・?と話を進める前にワインという酒の定義付けを・・・・。便宜的かつ簡単に、広義から狭義に並べますと・・・。

 1、酒類全般 > 2、醸造酒全般 > 3、糖質を主原料とする醸造酒 > 4、果実を原料とする醸造酒 > 5、葡萄を主原料とする醸造酒 > 6、スティルワイン
 といった感じですか・・・・。

 因みに6のスティルワインと言う物が、一般的にワインといわれる物です。


 また1の酒類全般=ワイン、というのも???と想われそうですが、我々日本人が清酒だろうが、ウイスキーだろうが、ワインだろうが、ひっくるめて”酒”というような物です。


 そういえば昔の映画で、「Days of wine and roses」 (邦題、酒と薔薇の日々)というものが有りましたが(暗くて、良い映画です)(ヘンリー=マンシーニ作曲の主題歌も良いです)(因みに主演は、アパートの鍵借しますの、ジャック=レモン。女優さんはリー=レミック)、この題名中の”ワイン”です。
 映画の中で飲まれるのはジンであったり、カクテル(ブランデーアレキサンダー)であったりですから・・。
 

 話がそれましたが、ここで私が”人類が最初に作ったであろう酒”という場合の”ワイン”は、3 の果実で作った醸造酒な訳です。


 何故、そう想えるのか?
 それは農耕の誕生以前、詰まり採取を主体とした生活の中でも自然発生的に、また簡単に作れる酒だという事です。

 想像していただければよいのですが、果物は実る季節ってあります。そこで当時の人達はたわわに実った果実を採取し、貯蔵しようとしたはずです。
 そうした状況において葡萄やそれに近い果実を容器に貯蔵しますと、下の方は潰れます。そうすると勝手にワインが出来てしまうのです。
 此処が葡萄類の素晴らしいところで、内部は”適度”の水分と糖質、そして皮の表面には天然酵母。
 これに依り勝手にワインに成ってしまう。

 違った言い方をすれば、果実を貯蔵する容器を手に入れた時が人類が酒(ワイン)造りを始めた時期と言って良い気もします。
 

 ではそうした容器は何時頃から作り始められたのか?

 最古の土器は・・・?(樽より土器の方が歴史が古いといわれてます・・・・)

 実は縄文土器を最古の土器とする説も在ります・・・。

 とすると・・・最初にワインを造って飲んだのは日本人(縄文人、源日本人)?何て妄想も生まれたり・・・。(笑)


 縄文時代の土器の話をもう少し考えますと、縄文土器の中に「有孔鍔付土器」という物が有ります(以前、三次の歴史民俗資料館で酒造りの歴史展が有り、実物大レプリカが展示して有りました)。
 この土器、酒(ワイン)造りに使用された事が確定されている最古の縄文土器ではないかと想うのですが・・・、その制作時期は縄文前期末~中期末といわれているそうで・・・。今から7000~5500年前位ですかね?
 エジプト等では既に農耕が始まってるか・・・。


 それはさておき、ワインを「世界最古の酒だから」という理由で飲む(マニアな)ひとは、まずいないですよね?私だってそうです。では人々はどういう動機でワインを選択し飲むのか?


 ヨーロッパの人々はそれが「酒」だからでしょう・・・。

 では日本人は・・・・。

 20世紀においてはある種のイメージがその選択の動機付けだった気がします。
 (基本的に嗜好品はイメージの商品ともいう気がします。最近観なくなりましたが、煙草の広告に最もよく現われていた様に想えます。そうした意味でも煙草こそが最も嗜好品らしい嗜好品だといえるかも知れません)


 どういったイメージか?

 色々いえそうですが「豊かで、お洒落で、進んでいて、かっこ良い”西洋”」のイメージの様に想えます・・・。
 勿論今ではワインが好きだからといった方が多いと思います(ワインを飲む事が定着したのでしょう、或いは洋食)。


 長くなりました。



 そんなこんなでバカナリヤにも少しだけですがワイン、用意してあります。

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2012/02
06
[ #363 ]

シーズン初ボード

 昨日はプライベートの友人他とシーズン初ボード。
 同行の4名、全員ボードという事で私もボードを持参。


 スキー場に到着しますと・・・、人、人、人・・・。

 ブームも一段落しスキーやスノーボードを楽しむ人口も減少傾向・・・との印象を持っておりました故、少々あわてました。
 (シーズン盛りの日曜に人気のスキー場、仕方ないのかもしれません)

 コースもかなりの混雑で友人と2人、人の少ないコースを探してウロウロ・・・。
 結果、上級者向け難関コースに・・・・。

 シーズン初めからの急斜面はかなり脚に来ましたね・・・。1年程使っていない筋肉の使い方をいきなりですから・・・。
 午後からは集中力も無くなり、転んでばかりおりました。お陰で今日は少々筋肉痛。

 しかし自然の中で遊ぶのは元気を取り戻せる気がします。

 仕事がら年々、太陽の下で過ごす時間が減っている私ですが、今年は少し意識して若い頃の様にアウトドアで過ごしてみたいですね・・・。


 雪山  メンバー

 

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2012/02
11
[ #364 ]

 子供の頃は、家で何かしらの動物を飼っていた気がします。
 想い付くだけでも鶯、リス、犬、猫・・・。

 そして中学生以降は矢鱈と黒猫ばかり家にいたような・・・。


 その後一人暮らしをを初めてからは家で過ごす時間も少なく世話も出来ないので動物は飼っていませんが、 ただ少し前、ある方のブログでこの猫を発見、昔飼っていた猫を思い出し想わず私のブログにも連れて来てしまいました。 →


 カーソルを当ててやって下さいな(PCでないと表示されないと想います)。

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2012/02
17
[ #365 ]

戯言 2月 (忠臣蔵)

 以前”忠臣蔵について想う事を書くかも知れません”とアップした記憶があります。
 年末年始の所為か忠臣蔵の話題をテレビ等で良く耳にするような気がします故、今回はその辺りの事を・・。

 とは言っても私自身、歴史等詳しくは無いので単なる言いたい放題ですが・・・。
 歴史としての赤穂事件、或いは歌舞伎の忠臣蔵や講談の赤穂義士伝等、多くの方が分析をされていまので私の様な素人は楽しませていただくだけでよいのでしょうし。
 ただ想うのは、江戸中期以降この手の仇討ち物が庶民に非常に人気であったと想われる事です。

 現実にどれ程の仇討ちが実施されたは定かでは無いですが、読み物、劇としては非常に人気であったと想われます。

 初夢の”一富士二鷹三茄子”というのも曽我物語、忠臣蔵、鍵屋の辻から来ていると言われてますしね。
 初夢でそれらを見る事を良しとする訳ですから”仇討ちこそ人間の本懐、最も天晴れ”という感情や想いが江戸庶民には有ったのでしょう。

 尤も江戸庶民だけでなく忠臣蔵(仇討ち物)。戦後の一時期に占領軍に上演を禁止されていた時を除き最近まで人気ですし、TV時代劇の”必殺シリーズ”何て物も仇討ち物と言えそうですしね。
 結局、江戸中期から20世紀まで日本人、仇討ちを肯定する(或いは評価する)メンタリティーを持っていたのでしょう。

 勿論、御成敗式目にすら既に仇討ちを禁じる令がある事を考えると、日本人の共通無意識に有るといっても良いのかも知れませんし、世界中にありそうです・・・。


 閑話休題、では仇(アダ)とは何だ?仇討ちとは何だ?となりますと・・・。辞書では”仇=かたき、恨み”と書いてありますが何となくしっくり来ないです。


 そこで私としては・・・・。

 ”恩をもって仇に報いる”とか”恩を仇で返す”といった言葉が有る様に、「恩」の反対の意味では無いかと思えます。
 「恩」というと慈しみとか、優しさとか、善意に近い様に思えますので、「仇」というと「悪意」が近いのかと想ったり。
 そこで仇討ちとは、何者かの悪意に拠り死に至った(非業の死をとげた)人間のうらみ、おもい等を死者になり替わって晴らす行為と定義付けできそうです。


 そこで江戸中期、元禄バブルと言われたりもしますが、都市部においては庶民にまで商品経済、貨幣経済が浸透し、庶民が不条理(非業)と想う事象(貧富の差等)が増えたのが仇討ち物が受けた遠因の一つかとも想えたもりします。


 その後明治となり、確か明治6年2月に敵討ち禁止令が出される事となる。

 これの意味をどう考えるのか・・・。


 確かに敵討ちといえど人を殺めるわけですから”殺さず”の戒めを破る(罪を犯す)訳です。詰まりは”罪の連鎖が起きる”とも言えるかも知れません。
 そこで敵討ち禁止令は、”その連鎖を止める”という面が有る様に想えます。

 それは今風に言えば、被害者家族のうらみ、おもい等を為政者が成り代わって果たすという宣言でも有った面もある様に想えます。

 それをふまえた上で・・・・、確か昨年の死刑の執行数は”0”であったと記憶します。
 と成りますと、最近はこの”為政者が被害者家族に成り代わりおもいを果たす”という視点、義務は放棄されたのかも知れません(というか戦後民主主義、人道主義ではタブーなのかな?)。


 言いたい放題ついでにもう一つ。
 仇=悪意に近い?等と書きましたが、とすると仇討ち物は究極の勧善懲悪物とも言えそうです・・・。

 近々、代表的勧善懲悪物である水戸黄門も打ち切りとか・・・・。
 好んで観ていた訳では無いのですが何だか寂しいですね・・・。

 現代では水戸黄門における悪代官やそれと結託する井筒屋(?)こそが町(地域)を活性化している。何て意見も多いそうですし、水戸黄門も打ち切りは中央集権から地方分権への象徴だ・・・という意見もあった様な・・・。


 それでも私は勧善懲悪物のドラマは大切な気がします。
 場当たり的に刑法を改正するよりよほど効果的なのではと・・・。

 この判り易い、皆が納得しやすい(そして、適度にゆるい)善悪観というものはやはり大事な気がするのですがね・・・。
 
 忠臣蔵の話が変な方向に行きました(笑)。


 

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2012/02
28
[ #368 ]

京都 ふたたび・・・

 久々京都に行ってきました。
 前回の第四回で一段落、打ち止めにしようと想っていた筈が・・・・。


 今回は新大阪駅にて解散~自由行動~ホテルロビーにて集合というバカナリヤらしい行程。
 新大阪の新幹線改札を出たところで、見事全員四方八方へと散って行かれます(この感じが、嬉しいのです)。


 私自身はどうしたかといいますと・・・・。

 JRの在来線で京都駅まで直行し、そこから一人で歩きます。
 歩いたのは・・・。
 旧七条新地~五条橋下~宮川筋~祇園新地・・・というルート・・・。
 相変わらずです。
 古い建物を愛でながらフラフラと徘徊しつつ祇園方面へ・・・。


 七条新地  五条橋下  カフェー建築  宮川筋


 旧七条新地辺りは徐々に開発されている感じ。旧橋下(五条楽園)辺りも年々妖しさが減じている感じですね。以前あった歌舞練場も・・・・(一昨年の秋に一斉手入れが有った模様、その影響でしょう)。


 其処から小腹が空いたので昼から開けていらっしゃる立ち飲み屋さんで、なにはとまれ昼飯代わりに一杯。
昼間というのにほぼ満席。
 流石、京都ですか?




 そして夜はいつもの如く・・・。

 これです。




 舞妓さん  芸妓さん  地方さん&大将


 困ったものです・・・。



 宴会の会計を終え外に出ますと、既に他の方々の姿は無く・・・・(流石ですね)。

 ということで私も付近のバーに少々お邪魔させていただきました・・・。





 明けて翌日・・。

 やはり徘徊・・・・。



 祇園から、下河原、清井町、辰巳新地、清水新地・・・・。
 タクシーで移動し、上七軒。


 天神様の梅は寒さで開花が遅れ残念でしたが(後2週間?いや1週間でも良いか?)、更にそこから下ノ森、旧五番町周辺・・・。おまけに嶋原。


 下河原  上七軒の郵便局 下ノ森 大門 嶋原


 ホント相変わらずです。



 追記

 何故に色街や花街の文化、建物に惹かれるのかは何時か書きたいと想います・・・。

 今日は一寸、バタバタなので・・・・。

 

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