FC2ブログ
2012/06
02
[ #393 ]

戯言6月 (禁煙デー)

 一昨日の5月31日は”世界禁煙デー”。
 今年の禁煙デーは例年に比べて少し静かだった様に想うのですが・・・。

 それもさもありなん、かな?


 閑話休題、確か世界禁煙デーが設定されたのは1988年であったと記憶していますが、そのときに憶えた違和感と言う物、未だに私の中では払拭されてはおりません。

 何と言いますか、煙草さえ無ければ世界が平和になるとも取れる論調、煙草こそが諸悪の根源といった感もある主張。何となくですがブッシュ大統領が幾つかの国々を”悪の枢軸”と名指しした遣り方を連想してしまいます。

 また煙草か健康か?といった二元論、二項対立論にも少々恐怖を覚えます。


 元来煙草はニコティア・タバカムに代表される茄子科の植物であり、それらは人類より遥か昔から地球上に存在している訳で、それを人類のご都合主義で”悪”と決め付けるのって如何な物か?といった印象が拭え無いのです。

 それに健康(身体)に悪そうな物って他にも沢山ありそうです。
 例えば自動車や工場等の排ガス、各種食品添加物、化学合成された各種薬品(化学的に造り出された薬って、当然使い方に拠れば、毒にも成る訳でして・・・)。
 されに穿った見方をすれば電磁波とか、巷に溢れかえる各種の情報、TV番組。ネット等の情報ツールだって、使い方に拠ればそうとう健康に悪そうですし・・・・。(笑)


 それに今はやはり放射性物質ですか。

 今年我が国で禁煙デーがあまり騒がれなかったのは、やはり原発事故の影響が大きいのかも知れません。
 煙草何て言ってる暇は無いですよね?

 特にこの放射性物質(原発)はそれが生み出す電気、その圧倒的利便性と表裏一体であり、その事実を現前に突きつけられた訳ですからそれは悩みますよね(悩むべきでしょう)。
 実は原発に限らず、現代科学に拠り利便性を求めて造り出された物、押しなべてそうした事を内包しているのですが・・・。



 そこで80年代頃から起こされた禁煙ムーブメント。結局は煙草、或は喫煙者を負の(悪の)偶像に仕立て上げる行為であり人々を思考停止させる行為でははないのかと想えて成りません。
 判り易い悪の象徴(スケープ・ゴート)の存在は、便利でしょうから・・・。
 

 嫌煙権という言葉も・・・。
 煙草(の煙)を嫌う権利・・・・・。言い換えれば、人に煙草を吸わせない権利 ???
 どちらにしろ嫌煙権なんて言葉、憎悪を生み出しやすい言葉の様に想えて成りません。


 ここで思い出すのが、昔読んだジョージ・オーエルという作家の「1984年」という小説。
 この中に憎悪週間とか憎悪の時間といったものが描かれていた気がします。嫌煙権という言葉、これを思い出すのです。

 またこの小説のなかで主人公(もしかするとその彼女だったか?)が、「幸福で満たされていれば、憎悪週間なんて必要無い・・・」といった意味の台詞を使っていた覚えがあり、印象に残っています。


 結局、嫌煙権なんて言葉(禁煙という正義)を使い他者を攻撃、或は憎悪しなければならなくなった現代人というもの、常に満たされない(欲求不満の)状態に置かれているのかも知れません。

 正に1984年頃から世界は小説”1984年”的世界に向かい踏み出したのかも知れません。
 (1984、本棚から探し出して再読するかな?)


 話が煙草からかなり外れてしまいましたが、旧来喫煙は大人の嗜(たしな)みといったイメージでした。

 嗜みという言葉通り社交ツールであった訳ですが、個人的には煙草って、最も嗜好品らしい嗜好品、社交ツールらしい社交ツールという気がします。


 何故か・・・?
 それは、他の嗜好品に比べ最も身の養いに成らないからでしょう。酒だって結構身の養い(栄養)に成ります。

 身の養いになる物とは結局、個人(個体)の生命維持にプラスになる物。動物的個体維持の本能に合致する物ですよね。
 身の養いになる物は、社交の場における”三欲を満たす姿を相手に見せてはいけない(悟られてはいけない)という基本”に合致しない面を内包する。

 それに比すと煙草の回し喫みであるとか、一つの酒器に拠る酒の回しのみ、病気のリスクとか汚いなんていう意識が有ると出来ない事です(そういった面では、性行為こそ究極の社交かも知れません)。このリスクを供用する事こそが実は社交の本質なのでしょう。
 言い換えれば”わが身大切”(自分さえ良ければ良い)という人間で無い事を証明する行為が社交と言っても良いのかも知れません。


 80年代位から、その辺りが変わって来た気がします。

 一寸面倒くさい言い方をすれば、生老病死という四苦。これらを逃れられない物ととして受け入れていた事が、それから逃れようとする欲を肯定して良い時代になったようにも想えます。

 (自分だけは)楽して儲けたい(生の苦は、食わなきゃいけない苦でしょうから)(各種投資システム)、歳を取りたくない(アンチエイジング)、病気になりたくない(健康食品)、死にたくない(延命治療、がん治療)。
 そういう事を口に出して良い時代風潮に・・・。
 また金さえあれば、四苦から逃れうる幻想を持ちうる時代。


 しかしそれって、結局は欲求不満(満たされない感)を増幅している気もしますし、無益な争いとか憎悪を増やしている気もします。
 
 何だかね・・・。



 勿論要因は色々と有りそうですが、ただ他者を正義の名の基に攻撃したり憎悪したりする時代って疲れますね。
 
 どちらにしろ個人的には、のんびりと一服するような生き方が出来ればと想います。

  
 
スポンサーサイト

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2012/06
09
[ #394 ]

衝動買い

 本を1冊衝動買い。この本です。



           バッカナリア

    
 バッカナリア  酒と文学の饗宴  沓掛良彦・安部賢一 編  成文社



 お客様に存在を教えて頂いた本ですが、何故、衝動買いなのか?

 それはこの書名、
 「バッカナリア」、アルファベットで綴れば、”Bacchanalia”。
 詰まりは拙店の店名と同じです。 
 
 Bacchanalia。をどう発音するか?

 バッカナーリヤ、バッカナーリア、バッカナリヤ、バッカナリア、バカナリヤ、バカナリア・・・。
 どれが最も原語に近いかは判らないですが・・・・。

 因みに拙店の名は、日本語で”馬鹿なり也”(現代風に言えば”馬鹿じゃなかろうか?”あるいは”馬鹿だよね”、もっとくだけた言い方をすれば”馬っ鹿じゃね~の”ってところですかね)にかけて「バカナリヤ」にしております・・・。
 (因みにBacchanaliaの意味はこちらに簡単に)


 店名と同じ書名でさらに副題が”酒と文学の饗宴”とくれば、酒好き活字好きの私としては衝動買いせざるを得ませんし、衝動買いしても叱られないでしょう。   ← 誰にだ?

 と言いますか「俺が買わずに誰が買う、止めてくれるなオッカサン」といった気分で購入。
 内容も面白そうなので、これから何日か掛けてじっくりと読ませていただきます。

 楽しみです。


タグ :    /

本とか映画とかCM(0)TB(0)URITOP

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2012/06
11
[ #395 ]

何とか

 この春からチョコチョコとエントリーを始めたボールルームダンスの競技会。
 昨日も一寸だけ踊ってきました。


 お陰様で



 何とか


 何とか、クラス優勝・・・。

 でも、次からは難しそうです。

 

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2012/06
16
[ #396 ]

ビールのはなし 2

 農耕が起こり穀物が定常的に生産・貯蔵される事と成り、その穀物(麦)から造られる酒(ビール)も通年醸造可能となり、社会の中心的なアルコール飲料の座に着いた・・・といった事を書きましたが・・・。
 ではその後、この農耕の原初の地であるメソポタミア、エジプト等でビールはどうなったのか?


 エジプトに関しては、その後もローマの支配下に入るまで王家を中心に頂いた農本主義的社会でしょうから、各種のビールがアルコール飲料の中心として飲まれていたように想われます(ワイン、ミード酒等もある程度飲まれていたようです)。

 一方メソポタミア周辺。勿論ビールがアルコール飲料の中心ではあったのでしょうが、エジプトとは地政学的に少々異なり、東西の結節点にある事が社会的にも飲酒行動にも影響を与えたのでは無いかと想えます。


 どういう事か?
 メソポタミアの農耕文化を作ったのはシュメール人といわれていますが、その後バビロニア、アッシリア等の王国の成立を見る事になり・・・詰まりは色々の異なった人種が出会い、混ざり合う様な現象が起こったのではないかと思える事です。
 そして、昔世界史で習った”ハンムラビ法典”。その中に当時のビールの事を規定した条項が幾つか有るようです・・・。


 例えば、

 ・酒場の女主人がビールの代金を穀物ではなく銀貨で受け取ったり、質の悪いビールを客に高く売りつけた場合は「溺死」の刑。”
 なんてのがありまして。
 これが私の興味を引くのです。


 この条項から判る事は、

 先ずこの時期(紀元前1700年位)に既にバビロニアにビールを飲ませる酒場が成立している事。
 酒場という物が成立するような都市が誕生していたといっても良いかも知れません。


 それから、銀貨の流通も始まりつつあったという事。
 しかも何故か酒場では使えないという事。

 この辺りの条項から、私はこの時期に異なった価値観を持つ人々が狭い地域に集まる空間。詰まりは「(ある種現代的)都市」が成立していたと思える訳です。
 其処に銀貨を積極的に使用する。ある種の「商人」が活躍している事も。

 また同時に人々の内に、その貨幣(銀貨)という物に違和感を覚える意識も存在していたのでは無いか?という事。

 そして其れ故「酒場」という雑多な人々が集いかつ酔っ払うというある種プリミティヴな空間では、銀貨の使用が問題視されたのでは無いのか・・・・?

 こんな事を想像します。

 
 違った言い方をすれば、多様な価値観を持つバビロニアという多民族国家が成立した事に拠り「ハンムラビ法典」という”成文法(LOW)”が必要とされ、生み出されたという事(恐らくは、最古の法典であるウル・ナンム法も同様に)。
 
 そしてこれが後のギリシャ~ローマ~中世~近代ヨーロッパ~現代(グローバリズム、世界国家・国連)へと繋がっていく嚆矢であろうという事。


 一方でエジプトは、貨幣というある種不自然な(汚れた)存在を積極的に使う人々(貨幣によって他者や社会を支配しかねない人々)、詰まりヘブライ人(のちのユダヤ人)をオミットする事で、ある種古典的な農本主義的社会を守っていったといえるのかも知れません。



 何だか、ビールの話が変な方向に行ってしまいましたが・・・・。
 しかし人類の歴史、この「貨幣」という不自然でかつ強力な存在とどう付き合うか?という足掻きの記録なのかも知れない等とも想ってしまいます。

 たまにはビールを飲みながらこんな事を考えるのも楽しいかも知れません。

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2012/06
20
[ #397 ]

気になっていた街

 気になっている街というものが幾つか有ります。
 そのうちの一つ”大和郡山”に先日立ち寄ってまいりました。
 たまたまバイクで近くを走る用事がありまして休息がてら一寸バイクを止めてみたのです。

 では、大和郡山の何処に立ち寄ったのか?(まあ、私の事ですから・・・)


 先ず一つ。洞泉寺町辺り・・・。

 浄土宗洞泉寺並びに、義経ゆかりの源九朗稲荷の門前町です。
 古くからの門前町ですから当然?そうした面も有った訳で・・・。


 洞泉寺  源九朗稲荷


 特に奈良は京都と並び古い歴史を誇る分、そうした面でも古い歴史がある場所といっても良いかも知れません。
 京都同様、大規模な空襲に遭遇って無いですしね。


 そうした面?

 ご想像通り、色町としての側面です。

 この洞泉寺町周辺の遊郭、ものの本では江戸の初期から成立していたとか。


 歩いてみますと、非常に保存状態の良い建物が数軒立ち並んでいます。
 ある程度、保存活動がされているのかも知れません(或は家主の方の努力か)。


 望楼  3階建て

 こんな感じで、街並み保存地区の様な雰囲気も有ります。


 他、こんな建物も・・・。

 飾り窓



 そしてもう一箇所。

 東岡町。


 洞泉寺町がJR線近く、一方東岡町は近鉄線近く。
 ここの建物は明治後半~大正~昭和初期といった雰囲気を感じます。

 ものの本では、昭和初期、古い洞泉寺に対しモダンな地区として賑ったとか。(この時期、日本各地に盛んに遊郭が造られ賑っていた印象があります。)

 徘徊をして見ますと・・・。

 
 割と最近(昭和の時代)まで現役であったという話も聞いたりはしていたのですが、今は現役感が無いですね。
 と言いますか、朽ち果てつつある感じです。
 しかしこれはこれで雰囲気なのかも知れません。
 

 こんな感じの建物が残って居ます。


 東岡1  東岡2

 空き地も増えている様子。
 
 時間の余裕が無かったので一通りザッと歩いただけですが、共に雰囲気のある街並みでした(ただ東岡町は何年残っているか?)。


 その後は余韻を楽しみつつバイクに跨り自宅まで・・・。

 相も変わらずです。
 
 

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2012/06
23
[ #398 ]

ワインのはなし 2

 農耕が定着、穀物が安定的に生産できるように成るにつれ、穀物から作られる酒(ビール)がアルコール飲料の主流に成った訳ですが、では果実酒(ワイン)はどうなったのか?

 勿論エジプトでもメソポタミアでも造り続けられたようです。ただし、少しあり方が変わった様に想われます。
 理由は色々と有るでしょうが、結論から言えば高級品になったであろうという事。


 一年を通してある程度安定的に造られるビールに対しワインは葡萄の収穫期しか造れない。
 もしかすると、これが大きい理由かも知れません。

 年中口に出来る様になった穀物に対し、特定の時期にしか口に出来ない果物はそれだけで希少性が有りますし、趣味性も強い気もします。現代でも果物の事を「水菓子」と呼んだりしますからね。

 また、その血液を連想させる赤い色も理由の一つかも知れません。

 気候の問題もあるかも知れません。エジプトやメソポタミアの気候が、どの程度葡萄生産に適していたのか?
 現にメソポタミアで消費されるワインの多くはコーカサス地方(今で言えばグルジア辺り)で造られた物が多かった様です(と言いますか、ワインの原産地がその辺りとも言われています)。
 そうなると、輸送中の品質保持の問題や輸送コスト等々の問題も生まれるでしょう。

 また(酒の薬理効果の主役としての)アルコール度数の高さというのも重要な気がします。

 他、果糖由来の甘さ。
 実際世界の多くの人々が飢餓の心配をしなくて済むようになるのは20世紀になってからでしょう、其れまではやはり美味しさ=甘さ、と言う面は否定でき無かったと想われます。
 

 これらの理由からワイン=高級品。或は特権階級の飲み物という価値観が生まれた気がします。


 そして実は、今でもワインにはそのイメージは着いて廻っていると想えます。
 勿論現代では生産量の増加、生産システムや輸送システムの発達に拠りデイリーワイン等安価な物も多く、日常的に飲める事になりましたが、それでも一部の高級ワインは明らかにそうした面(ブランドとしての意味)が色濃く残されている気がします。
 たまにオークション等で古いワインが驚く程の値段で落札されたりするのは、そうした事でしょう。

 ツタンカーメンの墓にワインの壷が副葬されたりしていたのも、其れを証明している様に想えます。



 話は変わりますが昨年の秋に、あるお客様の引越し記念の宴会でグルジア産の赤ワインと赤のスパークリングワインを味あわせていただいた覚えがあります。

 その味は・・・・・?

 共にかなり甘さが強く、また恐らくはアルコール由来と思われるある種の重さも強く感じました。現代的な基準から言えば、繊細さの感じられないワインとなるのかも知れません。
 地酒的なワイン、古いスタイルの物と評価されるのかも知れません。

 しかしそれはそれで非常に興味深かったですね。

 ワインに限らず多くの洋酒。今でも地中海的、或は南部ヨーロッパ的な物と、北部ヨーロッパ的な色の物といった見方が出来るかも知れません。
 カトリック的、プロテスタント的。と言っても良いかも知れません。
 そして其処には、それなりの意味と言う物も見出せそうです。

 そうした意味でも飲ませていただいてグルジアのワイン。そうした古典的なワインのあり方を想像させていただけて嬉しかったですね。

 何だか話がまとまらなくなりましたが、ワインというお酒、農耕が安定した事に拠り、高級品、或は特権階級の飲み物としての地位を手に入れ、そのイメージは現代に於いても消えていない様に想えますし、色々のシーンでそれが顔を出してくる様にも想えます。

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.