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2012/09
05
[ #418 ]

戯言 9月 (ネット)

 先月はニュース等オリンピック一色でしたが、漸く他のニュースも流れる様になった気がします。
 (元々、スポーツの事を一般のニュース枠でやる事自体如何な物かとは思われるのですが・・・)
 

 閑話休題、オリンピック報道の影に隠れていたニュースで最近再び報道される事の多くなったニュースの一つに、いじめのニュースがある気がします。大津の物等はオリンピックが始まる以前はかなり話題になっていましたし、インターネット等で凄い事になっていたという話も耳にしました。
 いじめたと推定される少年達の本名や顔写真、家族のプライバシー等々が各所にアップされていたそうで・・・。


 こうした個人のプライバシー等を無暗にネットに掲載する事はマナー違反でしょうし、ある種違法行為と言われても仕方ない事は言わずもがな(少なくとも、現時点でも推定無罪ですし、未成年ですし・・・)。

 にも関わらず、かなり激しい事になっていた様子。
 以前にもいじめが原因と推定される自殺の事象は少なからず発生していたと思うのですが、今回の様な事になっ事件は余り記憶に無いのですよね・・・。


 何故、そうした状況になってしまったのか・・・。
 
 勿論、インターネット(携帯電話等も含め)の普及とその特性に拠る事が一番の原因でしょうが(その無名性、匿名性に拠り、いい放題、遣りたい放題が許されると勘違いされている状況等々)、唯今回の大津の件に関してはそれだけでは無い様にも思われます。

 
 その理由として大きいのは、各所の責任者がこの件を隠蔽しようとしたと感じられた事にも思えますし、またもう一つ遠因に昨年の原発事故等も有る様に思われます。

 原発事故の対策過程で、為政者及び、第四の権力である報道の信頼(信用)揺らいだ事に意外と大きな原因がありそうにも思えます。
 法の執行側の信用が失われた場合に、結果として庶民の順法意識は低下するという事では無いのかと・・・(仕事柄か、米国で行われた禁酒法にそうした側面が有った事を思い出します)。


 その様にてし法の執行側と思われる人たちに対する信用・信頼が揺らいだ以上、そちら側から”ネットに実名を記すのは違反です”なんて通達されても、守られなくなる事が多くなるのも仕方ないなのかも知れません(良い事とも思えませんが)。

 本来、庶民の順法意識が高まるのは取締りの強化に拠る物では無い面が強いと想えます。
 それよりも、”皆が納得して守れ無い法律は作らない”とか”為政者が人々から信頼される”といった事の方が重要だった気がします。


 では他者の信頼、信用を失った場合(特に為政者)にどうやって信用を回復するか。
 我が国だと江戸期までは腹を掻っ捌いて”己が腹黒くない事を証明する”という行為が有ったのですが・・・、現代では無理でしょうね・・・・・。 
   
 そうそれ故に、今回の事件もネット上で西部開拓時代の民間裁判(私刑)的様相を呈したのかも知れません・・・。



 また皆が納得して守れる法律。其の根底には慣習なり、仕来りなり、伝統なり、宗教なり、神なり、歴史なり、共通無意識なりがあるのでしょうが(何が正しいかを決める根源的なもの)、結局は現代と言う時代は(ニーチェが? 笑 )神を殺した後の単なるディベート合戦なのかも知れません。


 そんな事を想いましたね。

 ほんと相変わらずの戯言です。

 
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2012/09
08
[ #419 ]

SONNY ROLLINS

 店で早い時間に思わず流してしまうCDがBud Powell の ”The Amazing Bud Powell”なんて事を書きましたが、遅い時間に流したくなるCDがこれ。


    a night the village vanguard

 Sonny Rollins  「a night at the Village vanguard」 

  

 深夜に流したくなるアルバムといいますか、深夜のバーの空気のイメージに近い気がする演奏に想えます。

 バーも遅い時間に成りますと、お客様も適度にアルコールが廻り少々饒舌に成られたり、主張が強くなられたり・・・。そしてそれらが上手く混ざり合い深夜のバーの空気が出来る気もするのです。そんな演奏に想えます。

 もしかすると”ピアノレストリオ”という事が良いのかも知れません。
 ピアノという楽器。それ一台でも完結出来る楽器と言いますか・・・・それ故ピアノが入るセッションは上手く纏りやすい印象があるのです(それはそれで嫌いでは無いです)が・・・。

 そこでこのアルバム、ピアノレス故にか奏者それぞれの主張が適度に発揮され混ざり合っている印象。一寸騒がしい感じもしますが、それもまた深夜のバーのザワザワした雰囲気を連想させ・・・・。

 お気に入りの一枚です。


 

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2012/09
11
[ #420 ]

飲んで飲んで・・・

 9日の日曜日は、広島市内のとあるBARにてウイスキーの試飲会。

 久々の参加です。


 サンプリング会

 広島のしかも結構田舎におりますと、ウイスキー等の試飲会等に参加出来ます機会も少ない故こうした催しは有り難いです。


 当日は12種類の樽出し度数のウイスキーのテイスティング。今店をお休みさせていただく事にして参加、所定の2時間ゆっくりとテイスティングさせて頂きました。

 終わりの頃は、単なる飲み会的になってしまった気も・・・。


 その一週間前、やはり市内で地ビールフェスタに顔を出させていただき、地ビールをテイスティング。 
 実は例年この日(9月の第一日曜日)は住んでいます場所の自治会の清掃奉仕。早起きしてしっかり汗を掻かせていただき出動なので、寝不足と相まってハードな一日でした。


 そう言えば来週には某ワインのインポーター様の内見会も有ります。
 9月は試飲会続きです。

 
 出来る事ならば店に並べるお酒は出来る限り自分の舌で確かめた物にしたい故こうした機会は積極的に参加です。
 (地ビールは関係無いのでは?と言われそうですが・・・)
 (単に、私が飲兵衛なだけかも知れません) 
 (しかしやはり自分で飲んでおかないと、お客様に進め辛いですし飲兵衛の気持ちも理解出来ないし・・・何てね・・・)
 

 そんなこんなで、9月の私は試飲会の季節です。

  

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2012/09
12
[ #421 ]

宇山DNA

 ”宇山DNA”を覗いて来ました。
 といっても解り辛いかも知れませんが・・・東広島現代美術プログラム2012”宇山DNA”と記せば雰囲気は伝わりますかね?


 ポスター ポスターです

 
 十年ほど前から東広島市の教育委員会が主催している美術イベントで、確か最初が高屋町白市地区、2回目が安芸津町三津地区、前回が志和町志和掘地区、そして今回が河内町宇山地区。
 特徴的街並みと現代美術の作品コラボといった企画です。

 第一回の白市DNAが魅力的でしたので、三津DNA、そして今回と歩いてみました(志和堀の時は何故か見逃してしまいました・・・・)。


 思い出とともに

 こんな感じの展示が其処かしこにあるといえばイメージ出来ますかね。
 

 1回目の白市は江戸時代に牛馬市等も立ち栄えた地区で、その街並み(木原家住宅等)で行われ。
 2回目の三津は古くからの港町でもあり、また近代酒造の町でも有りその街並み地区で行われ。
 3回目の志和堀は里山の空気を残す地区で、閉められた千代の春酒造の酒蔵の建物等で行われたそうです。


 そして今回の宇山は里山の美しさ残している地区です。
 民俗学者の宮本常一が言った”里山の美しい風景”といった物を保っている地域に思えます。


 里山

 メイン会場となっていたのは、閉校した旧宇山小学校。私の様な年齢の人間には何とも懐かしいです。


 小学校

 こんな手洗い場なんて、たまりません。


 また他にも教念寺という立派なお寺とか、安広神社という八幡様等もいい雰囲気です。
 (江戸時代の農村の豊かさを感じさせて呉れます)

 それらを舞台に色々の作品が展示されている訳です。


 例えば

 その空間は如何なる場所か  monster  宇山の空気  音霊&月の船

 等々。


 個人的にお気に入りだったのは・・・・。


 Scab

 これかな?(理由はありません)

 他に展示作品では無いですが・・・。

 狛犬

 子連れの狛犬・・・。



 宇山、一寸道がわかり難い事もあり初めて訪れましたが歩いてみると雰囲気のある里山の地域でした・・・。
 (次の開催地は大芝島とか)


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2012/09
16
[ #422 ]

米の酒のはなし

 果実で造るワイン、麦で作るビールと続けますと、やはり日本人としてはお米で造る酒についても考えてみたくなります。


 先ずその前に、お米っていったい何時頃から栽培されるようになったのか?
 昔習ったのは、確か今から4000年余り前に中国の雲南省周辺で稲作が始まったという話だった様に記憶しています・・・。

 現実には、それ以前から稲という植物は食用として供されていたようですが、ただかなり原始農法的な遣り方、判りやすく言えば陸稲の焼畑栽培とか。
 穀物にしろ野菜にしろ単一品種を同じ場所で造り続けると連作障害が起き易いという事で、定期的に焼畑をして場所を移していくという話しなのでしょう。

 では何故、エジプトでは農耕が継続的に成立したのか?となりますと、定期的な川の氾濫に拠り、連作障害が起こり難かった故と思えます(メソポタミアに関しては灌漑による塩害で砂漠化する訳です)。
 (また、水田による稲作も連作障害が起こりにくい。)

 そうして恐らく雲南の稲作が晋の東征を切っ掛けに、水の豊かな揚子江下流域にて稲作が大規模に定着したのではないかと想像してします訳です。


 ではこの頃、米から酒は造られていたのか、またどんな酒だったのか?

 農耕が始まる以前の採集を中心として人類が生活していた時代でさえ、原始的果実酒(ワイン)が飲まれていた事を考えれば、当然、米から酒を造る事も自然と考えられた様に思えます。

 ではどういった造り方で、米から酒を醸していたのか・・・?

 
 現代でも中国、特に南部辺りでは、米等の穀物から作られた酒(黄酒)(有名なところでは紹興酒)が著名です。これは日本の酒同様に麹を使って糖化させて造る酒ですが、この酒、北方の黄河流域のキビ酒の製法が、米に応用されて誕生したという説が強いです。

 前漢の頃とか?


 では、それ以前に米の酒は造っていたか?

 一つ考えられるのは、口噛みの酒ですよね。唾液に拠って糖化を行い醸す酒。

 この可能性が高いように思えます。
 
 唯、何も無いところからいきなり口噛みの技法が誕生するか?という疑問も有ります。

 私個人としては、口噛みの酒以前に偶然に(自然の麹菌や酵母の働きに拠り)酒が生まれ、そこから口噛みの技法が生まれたのではとも想像します。

 理由は色々有るのですが・・・。

 例えば、当時、米どうやって調理していたのか?
 ”蒸す”という調理法が主流ならば(実際中国ではそれが主流だったのでは?)、麹菌も付き易いですしね・・・・。

 偶然に米から酒が出来る~口噛みに技法が発明される~麹による糖化の技法が伝播し一般化する・・・。
 こんな感じ?

 そんな事を考えます。またそれが我が国への稲作伝播とか、我が国の酒造りという事にも繋がりそうですし・・・。

 

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2012/09
21
[ #423 ]

日本の酒のはなし

 前回、米の酒は古代(前漢頃?)揚子江周辺で醸し始められたのが原初では無いか?等と書いたのですが・・・。
 では我が国では?

  原初的果実酒に関しては縄文中期から既に造られていたでしょうが、では書物に登場の酒はとなりますと・・・。

 良く語られるのは、”魏志東夷伝倭人の章(俗に言う魏志倭人伝)”に出て来ます 「~蹲踞を以って恭敬となす。人の性は酒を嗜む。寿孝多く、~」
 の部分では無いかと思います(3世紀ですか?)。

 ではこの酒はどんな酒であったのか?
 これ以外にヒントが無いので推察するになりますが・・・・・。


 先ず気になるのが、”人の性は酒を嗜む”の記述。

 これから想像出来るのは当時の”倭人”、結構、常態的に酒を飲んで居たのでは無いかと想像出来る事。
 少なくともこの記述者、あるいは当時の倭人の風俗を観察した人間の眼にはそう写ったであろうという事ですよね。

 となると、季節性に左右されやすい果実酒の可能性は低いのではないかと思えます・・・。

 まあこんな面倒くさい事を書かなくても魏志東夷伝、3世紀の日本に関する記述でしょうから、既に我が国に稲作(水田)の定着した時期ですしね・・・(吉野ヶ里遺跡等の時期かな・・・)。
 米から醸された酒と考えるのが妥当の様にも思えます。勿論、稗、粟等の雑穀の可能性も否定出来ないとも想えますが、それでもやはり私としては米の酒の可能性が高い気がします。


 ではこの米の酒をどうやって造っていたのか?
 米(穀物)から酒を醸すには、糖化という工程が必要とされますがそれはどうしていたのか?

 勿論記述は有りません、が、私は口噛みの酒だった可能性が高いのでは?なんて想像しています(常態的に飲酒可能な生産量では麹菌の使用必須という意見も有ります) 。

 理由は色々有りますが、長くなりそうなのでまた次回にでも・・・・。
 
 

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2012/09
30
[ #425 ]

三朝

 先の週末、友人の車でドライブがてら三朝温泉に、たまにはのんびり、という事で・・・。


 単にドライブの筈が前日にその方から連絡が有り途中でゴルフをする事に・・・。
 え?ゴルフ・・・? した事無いのですが・・・。
 
 という事で、大変な事になってしまいました。
 (他の人に迷惑掛けなかったかな?)

 でも、天気の良い日に自然の中で遊ぶって確かに気持ち良いですね・・・。


 ゴルフ場


 そこから友人の車で三朝まで移動。

 三朝に決めたのは私。
 三朝温泉の街並みって何故か惹かれるのです。
 今回で何度目かな?ドライブコースとしても良い距離ですしね・・・・。

 
 今回泊らせていただいたのはこちらの旅館。


 木屋  部屋

 木屋旅館様、老舗の一つですね。


 基礎は江戸期の三朝の庄屋さんの時代の物で、玄関辺りが明治初期、更に大正、昭和と増改築され現在の木造一部3階建ての姿という、いかにも私好みの旅館。

 こうした旅館、落ち着きます。泊った部屋も、以前茶室として使われた小部屋が続きの間として付いていたりで風情が有ります。


 それと三朝温泉、気になっていた事が一つ。

 それは以前お客様にお借りしたコミック「テルマエロマエ」の第3巻、主人公「ルシウス」が橋のたもとの河原の露天風呂にタイムスリップして出てくるシーン。及びその温泉街の街並み。初めて読んだ時から三朝っぽいよな~?と想っていまして・・・。
 今回はその辺りも確認出切ればとも想っていたのですが・・・ありました、街中の掲示板にこんな物。
 (一寸ネットでお借りしました)


 三朝橋

 街並みにはこんな物も残っていますし。

 ヌード

 三朝ですよね?



 確かに三朝温泉、少し寂れ気味ですがそれも含め昭和の時代の温泉街の空気が感じられて好きですね。
 (余談ですが昭和の40年代位には、検番も新・旧二つあり最盛期には数百名の芸舞妓さんがいらっしゃったとか)

 気が向けばまた行きたいですね。



 次の日はのんびりドライブというか運転手?
  
 55AMG

 一寸ハンドルを握らせていただきました。

 

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