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2012/12
05
[ #445 ]

JOHN LENNON

 この時期にになると掛けたくなるCD(アーティスト)があります。


     Double Fantasy

 John Lennon & Yoko Ono  「Double fantasy」
 


 そう、レノンのラストアルバムです。

 レノンが射殺されてもう30年以上ですか・・・。
 若い頃は、良くビートルズのレコードを聴いていたので、ニュースを聞いた時はかなり驚いた覚えがあります。
 ある日の朝食時に母親が「ジョン=レノンが撃ち殺されたってニュースで言ってるよ・・」等と言いまして・・・・。


 確かその1年後ですかね?FMラジオで「ジョン=レノン生前最後のインタビューbyBBC和訳版」の放送があり、テープに落として(時代ですね)聴いていた憶えもあります。

 もはや30数年前の話、内容はそれほど記憶しておりませんが聞き応えの有るものだった印象。
 印象に残っているのは・・・・。


 インタビュアーが「このような素敵な曲、どのようにして作られるのですか?詩を先に書くとか、メロディーから造るのか・・・?」といった内容の質問をした時にレノンが・・・・
 「曲の方から降りてくるんだ」といった内容の答え方をしていた事であるとか。

 WOMANの曲に関して女性に対する尊敬を語っていた事、他にドラッグのこと、FBI,平和運動の事・・・。

 またインタビュアーが、貴方(レノン)は世間ではナイーヴ(繊細)過ぎると言われていることについてどう想うか?といった質問をした事とか・・・。


 当時はそう想わなかったのですが確かにレノン、曲の歌詞等を想うとある種世間からはナイーヴと評価されるよな性格、タイプなのかも知れません。

 現代で言えばアダルトチャイルドとか、愛着障害等と言われるようなタイプに近いのかも知れません(幼児期~少年期の体験に拠る物か?)。

 そしてそれ故に、ある種の繊細さを持ち合わせた日本人であるオノ=ヨーコ女史との関係も成立したのでしょうかね・・・(彼女が典型的日本人かどうかは判りませんが、彼女の展示作品等観せていただきますと、やはり日本的とも想えますし繊細さも想います)。

 しかしまた、そしてだからこそ(ナイーヴ故に)死後30年以上経た今日でも世界中で聞き継がれているのでしょうし、これからも聞き継がれて行くのでしょう。
 ビートルズがこれほど大きな存在になったのも、そのコア(核)にレノンのこうした個性が有った故にも思えます。


 恐らくは今後も残酷な現代という社会は続いて行くのでしょうし(時代は残酷さを増して行く)、レノンの曲も聞き継がれて行く様に思えます。

 
 そんなこんなでこの時期のバカナリヤの店内、レノンの曲が掛る事が有ると想います。
 
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2012/12
10
[ #446 ]

中国の酒のはなし 2

 前回、中国の酒は殷(或はその前の夏)の時代に黄河流域周辺で作られ始め、麹を利用して黍等を醸して造る物・・等と書きましたが・・・。
  
 その頃の酒、”酒”ではなく”チョウ”と言う漢字(出てきません)で表されて居た様で、また神事等ではそれにウコン等を加えた薬酒が使われていたとか。
 (我が国で正月等に飲む屠蘇もある種薬酒ですよね、共通性を感じます)

 では”酒”という字が充てられるようになるのは何時ごろかとなるのですが、どうも始皇帝の前の戦国時代の様。またそれは紹興酒(黄酒)が造られ始める時期と同様に思えます。
 (もしかすると酒とは米の酒、チョウは黍等の酒といった区別があったのかも知れません)

 と言いますかこの時期、流通や貨幣経済の発達もあり、越(揚子江周辺)等にも当時の中国(黄河)文明が
伝わったと考えるべきなのでしょう。


 で、紹興酒ですが・・・・・。


 若い頃、周りの方達が良く言っていたのは、紹興酒って美味しいの?とか、苦手だよね。あれって(氷)砂糖を入れて飲むものでしょ?。ロックで飲むと飲みやすいよね・・・・、等々。

 私自身それ程飲む機会も無く、また好んで飲むといった事も無かったです。
 正直にいえば、当時、若造であった私にはあまり美味しく思えなかったという事ですね。


 それが数年前、上海に一杯のみに言った折に現地の上海料理の店で出された紹興酒(確か15年物のぬる燗だったと記憶しています)。これが、良かったのです。
 上海料理を食しながらという事も有ったのでしょうが、素晴らしく美味しく感じました。

 また同時に想った事は、熟成系のシェリーや日本酒の古酒の出来の良いものに似ているという事。同じ方向性にあるのでは無いのかという事。
 (そういえばシェリーというお酒も若い頃は余り美味しいとは想わなかった記憶が有ります。)

 
 これらの3つの酒に共通するのは、先ず熟成香(ヒネ香と呼ばれたりしますが)、そして甘味と酸味。
 それぞれがしっかりと存在するという事。
 そしてそれらは、若者からすると一寸飲み辛いと感じる物である可能性が高いのでは無いか?という事。

 言い換えれば”大人の味”なのかも知れません。


 現代のチェーンの居酒屋等では「このお酒、飲み易くって美味しい~」何て台詞が良く聞こえてきますが、現代以前、特にヨーロッパ等では、”飲みやすい=美味しい”、では無かった筈。
 我が国でも江戸時代の黄表紙等で、新酒と古酒の論争といった物も有りますし・・・。
 (最近はヨーロッパでも若者を中心に、ホワイトスピリッツをベースとした飲みやすい酒の消費が急速に伸びているようですが。)


 酒に限らず、近代以前、長い時間を掛けて熟成された物を良しとしていたと思えます。(例えば職人の技術とか、老人の知識や知恵等・・・) 
 また飲みやすい酒を大量に飲んで酔っ払うのでは無く、しっかりした味の酒をゆっくりと味わうという事が良しとされていた様にも思えます。

 言い換えれば、熟成系の(醸造)酒は大人の味、大人の舌でこそ解る味で有ったのかも知れません。

 或いはヨーロッパや東洋の文化は大人の文化であり、現代(アメリカ)文明は子供っぽい物といった認識でも良いのかも知れません。 


 
 何だか、相変わらず話が逸れてしまいましたが・・・、たまにはしっかりした紹興酒をゆったりと味わってみるのも、楽しいかも知れません。

 確かバカナリヤにも、1本だけですが紹興酒が転がって居た様な・・・。

 紹興酒
 

 ますた

 

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2012/12
14
[ #447 ]

浮世絵展

 広島県立美術館にて開催中の浮世絵展「平木コレクション特別公開 浮世絵の美」を観て参りました。


 浮世絵展

 

 非常に満足度の高い展示でした。
 展示されています作品の質、非常に保存状態が共に良く、かつ構図等名品と呼べる物ばかりといった印象。

 浮世絵黎明期から終盤までを時系列に沿って並べた展示も浮世絵の発展の系譜、画法の発達、表現の変容、往時の流行や風俗(着物の柄、着付け、髪型等々)の変化等も含め非常に理解しやすい展示で、浮世絵を見慣れてない方でも興味深く観れるのでは?と想えました。

 更に、有名浮世絵師に偏り過ぎない作品セレクトも良い感じ。
 個人的には初見の作品がかなり有って嬉しかったですね。

 全ての作品が額にての展示というのも嬉しいです。
 数cmの舐めるような距離での観賞も出来ますし。当然、離れての観賞も可ですしね。
 (個人的には春信は舐める様な距離で観たいですし、広重の風景画等は少し離れて眺める事を考えた構図に思えます)


 展示作品の殆ど全て(特別出店以外)が重要美術品クラス以上ということも納得できる展示、眼福でした。


 開催期間は年明け1月14日まで、もう一度訪れたい位です。

 (因みに、展示図録の購入は見送り・・・・)



 2時間余りじっくりと観賞させていただき少々小腹も空きましたので、昼食がてら近くの立ち飲み屋~立ち飲みBARへ・・・・。

 こうした日の高いうちから入れる立ち飲み屋さんが増えてきたという事は、広島も都会っぽくなって来たという事ですかね・・・?
 (或は、景気の悪化でロープライス志向になって来たのか・・・・?)


 どちらにしろ、浮世絵展も立ち飲み屋さんも楽しかったですね。

 

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2012/12
19
[ #448 ]

中国の酒のはなし 3

 黄酒(紹興酒の基)が誕生したのは、中国に於いて南北の文化の交流が盛んに成った事に拠る面が大きいと想われる等と書きましたが、そうした面や他の面でも、始皇帝の秦の建国(中国統一)がその後の中国に与えた影響は非常に大きいと思えるのです。


 ではこの国家統一とは何であったのか?或はどの様にして行われたのか・・・。

 色々と考え方は有りそうですが・・・。

 先ず一つ、酒絡みで言えば奉山の封禅の儀。
 (酒を供えるのですが、歴代の儀に使われた酒のレシピが判らず、黍酒を濾した物を使ったなんて話があります)
 これは、封(天)=祭(まつり)ごとの長に付く事、禅(地)=政(まつりごと)の長に付く事で在った様に思えます。


 他、度量衡の統一。(これは、長さ、重さ、容積の単位の統一。)
 また、文字の統一・・・・、等々。


 何が言いたいかと言いますと。
 始皇帝の中国統一(秦の建国)は今で言う”グローバリズム”の達成では無かったか?と思える事。

 当時の中国、異なった文化を持った多くの民族からなる多民族地域であった(今でも中国はそうした面が有りそうです・・・)、それをグローバリズム的手法で一つの国家としたという事。

 例えば度量衡の統一は今で言えばISO規格みたいな物でしょうし、文字の統一はアルファベットの普及・・・。
 
 しかしそれ以上に大きかったのは、価値の単位の統一では無いかと想われるのです・・・。

 半両銭への貨幣の統一。
 価値を計る単位を、貨幣に統一したのでは無いかという事・・・。


 言い換えれば、ある面、銭金に対抗(異なる)する価値を唱えていた儒教(儒学)等に対する焚書等。
 (尤も儒教自体が、貨幣の普及により引き起こされた戦国時代の荒んだ世界に対しカウンターカルチャーとして誕生したとも言いえそうで・・・)

 グローバリゼーションですね。(と言いますかグローバリゼーションとはこういった物でしょう)

 そしてそれは、その後の中国、そのメンタリティーに多大な影響を残している様に想われる訳です。


 例えば漢帝国の終盤から三国時代。
 そう、三国志の時代・・・。(日本にもファンが多そうですが・・・)

 この時代、中国では戦乱・混乱に拠り人口が激減したといわれています。(1/3~1/10位迄に・・・。)

 4人に3人が死んだ時代。

 目先の金・食料の為に簡単に人が死ぬ時代。
 仏教的な言い方だと、現世が(阿)修羅界、地獄界と成った様な時代。
 (それは、隋による仏教というカウンターカルチャーの導入に拠り、平穏を取り戻すのでしょうが・・・)

 
 何をダラダラと書いているかといいますと(酒の話は何処へ行った?)、そうした修羅の時代にどう生きるか?という例の一つとして登場するのが”竹林の七賢”という存在では無いかと想う訳です。

 詰まり、肆意酣暢(しいかんちょう)という(飲酒)スタイル・・・。

 
 現代日本では”竹林の七賢”といった者に対する評価は否定的な物が多そうに思えます。
 無責任であるとか、現実逃避であるとか、お気楽、現実離れ・・・、肆意酣暢って結局我儘に酒飲んでるだけでしょ・・・等々。

 
 確かにそうかも知れません。

 しかし私としてはそれもアリかとも想う訳です。
 

 例えばこのブログでたまに取り上げます”遊郭”。

 我が国に作られた初期の遊郭(戦国末期~江戸初期)が手本にしたのは、中国の遊郭・楼閣といった物でしょうし(数年前に訪れた事の有ります上海の”豫園”もそうした物でしょう)、それらは都市部に七賢の”竹林”を現した物といえそうです。

 そうした見方をすれば、東アジアの飲酒文化、遊び文化が求めた物、その理想形の一つが”肆意酣暢”に有りそうに思えるのです。
 (自然体で酒を酌み交わし、哲学、文化に興じる)
 (古代ギリシャのシュンポリオンもそうした飲酒形体に思えます)


 重ねて言えば私自身、自分の店(バカナリヤ)に隠遁している様な物ですしね・・・・(賢者というタイプでは無いですが)。
 当然、肯定ですね・・・(笑)。


 長くなりましたが”七賢の酒”。飲酒という行為を考える場合には外せない気がしますし、今一度、考えても良い対象にも思えます・・・。
 (三国志の時代に、肆意酣暢という飲酒文化が誕生したという事がテーマでした)


 

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2012/12
23
[ #449 ]

戯言 12月 今年読んだ本から

 今年もボチボチと本を読んで過ごした1年だった様に想います。年々、図書館や古本屋にお世話になる率が増える様です。

 その中から記憶に残った本の事を・・・。



 死体に目が眩んで  独りファシズム


 先ずはこの2冊。

 ・「死体に目が眩んで」  釣崎清隆
 ・「独りファシズム」   響堂雪乃


 ”死体に目が眩んで”は本屋さんで衝動買い。
 別にグロテスクな物を見たかった訳では無いです。この世に死体カメラマンという職業が成立しているという事、またその方の手記という事に興味を惹かれて衝動買いした本です。


 もう一冊の”独りファシズム”。
 数年前このブログを始めさせていただき、ブログを書く参考にとたまに人様のブログを覗かせていただいたりする事も憶えましたが(其れまでは、ブログの何たるかさえ知りませんでした)、その中で非常に面白く読ませていただけるブログが有りまして・・・。
 今年の中頃そのブログが書籍化されると知り反射的に購入に至った本です。


 実はこの2冊。似た空気を感じさせて呉れる本です。

 内容もそうですが、その文章から立ち上る香りと言いますか(文体というのとは少し異なる気がします)、受ける印象が近いのです。

 (こう書きますと)誤解を受けそうですが・・・”パンク”な雰囲気と言いますか”ロック”な姿勢と言いますか・・・。
 無頼感の有る文章と言うべきかも知れません・・・。
 
 そういえば昔無頼派って有ったよね・・・、織田作とか太宰とか・・・。等とも言われそうですが、それとも一寸異なる印象です。
 しいて挙げるなら、荷風とか安吾といった印象ですかね。

 どちらにしろ私好みの文章です。
 (”独りファシズム”の前書きの、”~~~~~独りファシズムを語りたい”の文節なんて嬉しくなります。)


 内容は、これまたある種、近似の方向性。

 其れは、大手のマスコミやマスメディアが取り上げない物事を観ようとする姿勢ですね。
 (死体写真なんて、TVや大手新聞にはまず登場しないですよね。現実に死体は存在しているにも関わらず・・・)
 
 結局、世に溢れる情報は何らかのフィルターが掛っている訳ですが(当然、このブログにも私という人間のフィルターが目一杯掛っている訳ですが)、そこ(大手メディア)のフィルターでオミットされる様な現実を見てやろうといった内容です。

 その分、それなりの覚悟も要求される本とも思えます(し、私好みです)。

 何はとまれ、今年購入した本からの2冊です。



 1月にもこんな内容で書きましたが、その時もノンフィクション系2冊だったと記憶してます。
 フィクション(小説)の類は読まないのか?とも言われそうですが、基本的に活字なら何でも読みます(ビジネス書以外)。唯小説の類は、図書館や古本屋に頼る事が多く、中途半端に古い本ばかり読んでいるといった現状です(まあ、本に古い・新しいは余り関係無いと想いますが)。


 しいて挙げればこの2冊


 苦役列車  汐のなごり

 ・「苦役列車」  西村健太
 ・「汐のなごり」 北重人



 ”苦役列車”はあるお客様が「読んでみれば」と下さった本。144回の芥川賞の受賞作という事でそれなりに知名度も有りそうです・・・。


 読んだ印象は、兎に角、異様な迫力の有る小説。
 これですね。

 ”苦役列車”というタイトルからしますと、一寸リバイバル気味の”プロレタリア文学”なんて言葉が浮かびそうですが、そんな言葉が裸足で逃げ出しそうな迫力を感じます。
 ジャンルとしては典型的”私小説”。

 私小説というと・・・あの日本人好みのとか、大正頃に流行った例えば太宰とか・・・なんて言葉が聞こえそうですが・・・・。

 当時、明治後半~昭和前期の私小説を東大文学部卒の私小説とすると、この本は中卒の私小説ですかね。
 その所為か?下手をすると読者に不快感を与えかねない独特の迫力を有すとも思えます。


 もう一冊の”汐のなごり”は、しっとりとした印象の時代小説(図書館本です)。

 作者の出身地(山形県酒田市)の所為かも知れませんが、しっとりした印象です。舞台設定が江戸期、日本海側の河口に栄えた港町というのも私好み。

 最近、時代小説等も(一般の小説も)女性作家の活躍ばかりが目に付く気がしますが、今年はこの2冊の男性作家の本が個人的には印象に残りました。(共に数年前の本ですが)


 今年も残すところ僅かですが、来年も興味深い本に出会いたい物です・・・。


 

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2012/12
30
[ #451 ]

珍しい酒

 あるお客様が下さったお酒。



 先ず一つ


 スラーソー


 入れ物はミネラルウォーターのペットボトル(表面の文字はクメール語だそうで・・・)、中身は”スラーソー”というカンボジアの蒸留酒。プノンペンの市場にて甕で量り売りしていた物だそうです。

 屋台


 因みにスラーソー、現地の言葉で”白い酒”という意味。米(の濁酒)を蒸留して造る物。

 飲んだ印象は、度数は恐らく20~25の間。後口が少し泡盛に似ています。また粉っぽさが有ります(一寸、小麦の蒸留酒的な・・)。




 もう一つ


 ラオカオ

 この乳飲料の物と想われるペットボトルに入っているのは、現地仕様のラオカオ。

 因みにラオカオ。タイの蒸留酒。現地語で米の酒という意味です。

 飲んだ印象はスラーソーより少し高めの度数で、エステル臭が少し強いです。



 どちらもプリミティヴな蒸留酒といった印象。

 少しの間、店にあるかも知れません。 (ちゃんとしたガラスの瓶に移さねば・・・)


 

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