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2013/01
01
[ #452 ]

謹賀新年

 新年 明けまして おめでとう 御座います。

 今年も無事こうして、新年の挨拶を書けます事、感謝致します。
 (昨年12月に世界人類が滅亡する事も無く・・・?  笑 )

 果たして、本年2013年が如何なる年と成りますか判りませんが、何はとまれ、本年も宜しくお願い致します。


 バカナリヤ バー 店主


 
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2013/01
05
[ #453 ]

初夢

 今年は初夢を見なかった気がします。尤も憶えて居ないだけかも知れません、まあ夢という物、余り記憶が継続しない物では有ります・・・。


 結局、夢(睡眠中に持つ非現実的錯覚、幻覚)という奴、視覚的なものに限定され身体感覚伴わない故に記憶が長続きしない物なのでしょう。

 とはいっても憶えている夢というのも幾つか在ります。

 例えば十数年前に店をオープンした頃は、お客様に失敗を咎められたり、叱られたりする夢ばかり見て目を覚ましていました。他、道に迷っている夢とか、何かから逃げている夢を良く見た記憶は有ります。
 


 しかし”夢”、と一言に言っても幾つかの意味が在りそうで・・・。
 先に書いた睡眠中に見る物の他に・・・、”・将来実現したい目標”とか、”・空想的願望”とか、”・儚い物の喩”とか・・・。

 また良い初夢の喩として使われます 「一富士二鷹三茄子」 には、それら全てが習合している様にも思えます・・・。
 元来、夢という言葉そうした物(色々の意味が習合したもの)で有ったのかも知れません。
 


 閑話休題、現在主として使われるのは(睡眠中物以外ですと) ”将来実現したい願い願望” としての”夢”という言葉の様にも思えます。
 ・あなたの夢は何ですか?とか ・夢、目標を持ちなさい。 とか・・・・。
 

 例えば、何年か前にテレビでの東大の合格者発表現場のニュースで、レポーターが合格者の青年に「東大に合格されましたが、将来の夢は何ですか?」等と質問をしていたシーンが有った事を記憶しています・・・。
 
 そのときインタビューを受けた青年が答えたのは・・・、確か・・・。
 「一流官僚になって庶民を顎で使いたい!」



 この答えに私としてはかなりの違和感を覚えた記憶があります。
 
 私の感覚ではそれは”夢”と言うより”欲”というものに想えます。
 少なくとも公言するような言葉には思えなかったのです。
 (TVもどういった意図で流したのか・・・・)


 一寸、話が戻りますが・・・・。

 初夢の”一富士二鷹三茄子”は、敵討ちの成就の暗示でしょう。それは(親、主人、家族等の)仇を見事に討つという大願成就の正夢という事でしょう。
 また、将来の”夢”という事で良く引き合いに出される札幌農大のクラーク博士の、「青年よ大志を抱け」何て台詞の”大志”。こうした物が”夢”であった様に思っていました訳で・・・。


 翻って現代はもしかすると、(社会的)大望とか大願とか大志といった物が成立し辛い時代になったという事なのかも知れません。
 言い換えれば何が(社会的に)正しいか?という基準があやふやになったのが現代なのかも知れません。

 結局残ったのは個人的な欲望ばかり・・・・、なのですかね?
 (其れはそれで、否定もしませんが・・・)
 
 
 
 何だか新年早々面倒くさい事ばかり書きましたが、この時期”初夢”なんて言葉を新聞等のメディアで目にする事も多く、ついついこうした話題になってしまいました・・・。


 ますた

  

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2013/01
12
[ #455 ]

衝動買い

 カーナビを衝動買いしてしまいました。

 基本的に車にアクセサリー等付けるのは、余り好きでは無いのですが・・・、安売りの物が目に付き思わず購入。

 年齢と共に標識が見づらくなって来た気もしていましたし(眼鏡を作り直すのが正解か?)、又たまに連れ合いとドライブに出た場合、助手席にコ・パイを期待するのですが、これが中々上手く噛み合わない事も多かったり・・・。
 その所為で互いが不機嫌に成ったりしても面白くないという事も有り、そろそろ買っても良い時期か?という事です。


 何はとまれ、車に付けてみたのですが・・・・。

 カーナビ


 はっきり言って”目障り”、画面が気になって仕方ありません(私が慣れていない故でしょうが・・・)。

 長距離以外は、仕舞って置きますかね。


 しかしカーナビってよく出来てますね。住所等を入力すれば、たちどころに場所が表示されますものね。
 宅配屋さん等、大助かりでしょう。
 想うに、プライバシーなんて物は無くなったのかも知れません(ストーカーさん等も大助かり?)。

 何はとまれ、凄い時代です。

 
 

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2013/01
18
[ #456 ]

映画「立川談志」

 気に成っていた映画を1本観て来ました。


 映画「立川談志」。一昨年逝去されました落語家、立川談志師匠の映画です。

 昔から気になっていました落語家さんの一人ですが、生前に生の高座を観る機会も無く、また最近では高座がTVで流れる事もあまり無く。それが最近、かの方の映画が作成された聞き及び何はとまれ出かけて行ったと言う訳です。

 東京、大阪では昨年の内に上映されたという事ですが、地方の広島では今週辺りからの封切でした。


 感想はというと、非常に良い印象。
 立川談志という人間の為した事、為したかった事と言うものが非常に判りやすく描かれた映画と想えます。


 一般に立川談志という落語家に対し”論理的な落語を語る落語家”という評価がされていた面も在った様に想いますし、また私もそう思い込んでいた面も有りましたが、映画を観ますとそれはかなり違った認識で有った事が判りました。
 例えば良く聴きに行かせていただく文珍師匠や、故枝雀師匠等も”笑い”或は”落語”に対し論理的アプローチをされる落語家という印象ですが、それとは全く異なった人である、といった印象です。

 
 たいして落語を知らない私がこんな事を書くのも如何な物かとも想いますが、それを承知で敢て記せば、戦後という時代(50年代~70年代)が生んだ落語家、或はその時代の空気を色濃く纏った落語家という印象。

 その時代がどういった時代で有ったのか?というと意見は色々と有りそうですが、少なくとも80年以降に比すれば、思想とか主義とか哲学等々といった物(自ら意味を考える事)が未だそれなりの意味、影響力を持っていた時代の様にも想えます。

 そういった意味で立川談志という落語家、落語という存在自体、或はその意味を考えた続けた落語家であったという印象が残りました。

 勿論、考える事=論理的に成らざるを得ないわけで、そうした意味では、やはり論理的に落語にアプローチをされた落語家といえそうにも想えます。 


 そういえば先日、映画監督の大島渚氏逝去の報がニュースで流れておりましたが、昭和の時代を体現する著名人が又一人亡くなられたのですね。

 (当然ですが、)時代は流れて行くのですね。


 昭和の時代を体現した落語家(本人はそうした評価は喜ばれないようにも感じますが)”立川談志”を描いた映画、という印象でした。

  

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2013/01
21
[ #457 ]

Amalia RODRIGUES

 バカナリヤではJAZZを流す事が多いのですが、たまには違うジャンルのCDを流すこともあります。
 という事で今回はJAZZ以外のジャンルから・・・。


         amalia rodorigues

   「THE ART OF Amalia RODRIGUES」



 Fadoの女王、アマリア=ロドリゲスのベストアルバムです。

 以前、少し書いた事も有りますが、”Fado”とはポルトガルの民族歌謡です。

 Fado。大きく分けてコインブラ周辺(北部寄り)の男性ヴォーカルの物と、リスボン周辺の女性ヴォーカル主体の物とに分別出来ると想えるのですが、アマリア=ロドリゲス、女性ヴォーカルという事で当然後者。


 基々Fadoという音楽、レコンキスタの終わり頃にポルトガル北部周辺で誕生し(教会、或は大学の聖歌隊の流れを汲むなんて話も有ります)。当時は基本的に男性ヴォーカルだった物が、19世紀、リスボン周辺で女性が歌った物が人気を博すようになり(マリア=セヴェラ等)盛んに歌われる様になった物だそうです。

 私個人としては、コインブラ系のFadoは少し伝統的。リスボン系のFadoはそれに比べロマ(ジプシー)音楽の影響も強そうに想え、やや大衆歌謡的に想えます。
 (まあ、ヨーロッパの民族的大衆歌謡って、何処かしらロマ音楽の影響下に有りそうにも思えますが)
 
 で、アマリア=ロドリゲスはそのリスボン系のFadoの最も著名な歌い手、ポルトガル大衆歌謡の女王といった存在です。
 言ってみれば、ポルトガルの美空ひばり?的存在ですかね?

 その歌声の圧倒的存在感、恵まれているとは言えない出自、権力者との関係をマスコミから叩かれたり・・・といった部分も似ているかも知れません。


 閑話休題、このCD。個人的にお気に入りでたまに店でも流したくなるのですが、アマリア=ロドリゲスの歌声の圧倒的存在感(それ故に第一人者たり得たのでしょうが)、又Fado自体が持つ曲調等に拠り、店の空気自体変わってしまいそうにさえ想えます。
 店がポルトガルの場末のバルになる様な?(一寸大げさですが・・・)

 しかし、それでもたまに流したくなる、そんなアルバムです。


 

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2013/01
25
[ #458 ]

ワインの話 6

 前回、秦の始皇帝の中国統一~漢帝国~辺りの話をダラダラと書きましたが、ではその時期ヨーロッパはどういった状況であったか?といいますと・・・。


 アレクサンドロス大王の東征~滅亡。ローマの成立~拡大といった状況。 
 アレクサンドロスの帝国と始皇帝の秦、ローマ帝国と漢帝国。洋の東西で似たような状況であったと感じるのは私だけですかね?これが単なる偶然なのか?と問われれば、私としてはそれなりの理由が有った様に想えますが・・・。


 閑話休題、ではこの時期のヨーロッパ、特にローマではどの様な酒が飲まれていたのか?


 ローマの始まりの頃、ラティウムの地でラテン人が蜂起し共和制を始めた当時は、実はワインは余り飲まれていなかったのでは?といわれます。
 これは当時のラテン人が牧畜を主体として生活していた為で、当時のイタリアには葡萄畑も余り無かったようです。

 それでも、パッスムという干し葡萄から造られたワインが少し在ったとか。


 パッスムと聞き思いつくのは、現在パシュートと言われる種類のワイン。
 干し葡萄を原料にした甘口ワインですね。ビン・サント(vino santo)とか。


 vino santo


 干し葡萄という物、保存性・携行性に優れている故にかなり昔から利用されていたようで、ある面穀物以前に貨幣の前駆的存在にも成った可能性も有り、それから作られるワインの歴史が古い事も首肯出来ます。


 その後ローマが勢力を拡大して大国と成った後、ローマ市民が好んで飲んだのは白ワイン、それも甘口の白ワインだったといわれます(因みに此処でいうローマ市民とは、はっきり言って上流階級ですね)。

 またそうしたワインを水で割ったりもしていたそうで・・・。
 この辺りはローマが拡大する時に周辺の人々の文化・文明(特にギリシャ文明)を吸収した故でしょう。


 しかし何故甘口の白ワインなのか?単に造るだけならば赤ワインの方が簡単そうですが・・・。
 

 やはり当時のローマ。特に市民はそれだけ豊かだったという事なのでしょう・・・。

 現代の様な飽食の時代を迎える以前、或は現代でも基本的には美味しさとは甘さである(確か魯山人も言っていた様な)とも言える訳で、その甘口のワインを飲めるという事はそれだけ豊か(贅沢)という事であったと想えます。
 (戦後日本が高度成長期~バブルにいたる頃に、贅沢な作り方をされた吟醸酒がブームを迎えた事と似ている様にも想えます)  
 また、食事と共にワインを楽しむといった事もこの当時から行われていた様です(それは、泥酔を防ぐ意味も有った様ですが)。

 

 話は変わりますが、当時(前期のローマ)の飲酒で思い出したのが「ベン・ハー」という映画。

 その中で、ベン・ハー(チャールトン・ヘストン)とローマの武人(指揮官だったか)(メッサラだったか?)(ジャック・ホーキンス)が、友情の印に腕を絡ませてワインを飲んだシーン。(リュトン・角杯だったか?)
 (記憶があやふやで申し訳無い)


 この「ベン・ハー」と言う映画。中学の時に全校生徒映画鑑賞会として体育館で観た(見せられた)記憶があります。

 この映画、戦車競争のシーンが有名でスペクタル映画の分類になるのかも知れませんが、基本的にはキリスト礼賛の映画でしょうし、又典型的米英史観の映画という気もします。
 (共和制ローマが良い時代で、そこから暗黒の中世~フランス革命等を経て~素晴らしい現代~・・・。ユダヤ的・プロテスタント的宗教観・歴史観と言うべきかも知れませんが・・・・)
 
 それが中学で映画鑑賞会として上映されるというのも当時という時代なのかな?等と想ってみたり・・・。

 何だか「ベン・ハー」、今一度観てみたく成りました。


 相変わらず酒自体の話じゃ無いですね・・・・。


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