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2013/08
02
[ #518 ]

怪談

 毎日暑いですね。そこでこの暑い日本の夏で、思い付くのは・・・・ ”怪談” ですかね?

 もっとも最近では”怪談”なんて言葉を耳にする事も減った気もしますが・・・、どちらかといえば”ホラー”と呼ばれたり。
 ホラー映画、ホラー小説、ホラー文庫・・・。また”妖怪”という物の方が一寸流行りの様ですしね。
 確かに妖怪は一寸アニメ的で現代の風潮には合いやすいのかも知れませんし、お子様受けもしそうで流行っているのかも知れませんが、しかし私のような一寸古めの人間には、やはり”怪談”の方が気になるのです。

 
 そこで日本の怪談といいますと・・・、代表的なところでは・(東海道)四谷怪談 ・(怪談)牡丹灯篭 (番町)皿屋敷 といったところですかね。
 他、・(真景)累ヶ淵 ・(鍋島の)化け猫騒動 辺りを入れても良いかも知れません。

 ハーンの「怪談」や雨月物語、といった意見も有りそうですが怪談=怪しを談ずる、と成るとやはり語り物が思い浮かんでしまいます。


 上に挙げた5つの怪談話もそうした語り物、浄瑠璃(歌舞伎狂言)や落語で世間に流布した物でしょうし、それ故か何れも少し似通った雰囲気を要している様に思えるのも確かなのですが、しかしこの雰囲気が私としては如何にも日本的で少し安心するといいますか、一寸嬉しいような(子供の頃にはそうは思わなかったのですが・・・、落語も歌舞伎も大人の娯楽という事なのかも知れません)。

 これらの怪談、何れも基と成るエピソード・事件等が有り、それが読み本等で世間に流布。更にそれを南北とか馬琴辺りが、当時の庶民好みの物を色々と習合させて浄瑠璃(歌舞伎狂言等)に仕立てて、更に幕末から明治に架け三遊亭圓朝が落語として完成させ、またそれが歌舞伎となったり、更に後には映画となったりしたのでしょうから、日本の怪談、実は圓朝スタイルといっても良いのかも知れません。似か寄るのも当然と言えば当然なのでしょう(圓朝の落語となると、それが速記本となり、日本語速記の嚆矢・・・、更に口語文語の一体化表現として我が国の小説に多大な影響・・・云々といった面も面白そうなのですが・・・)。


 閑話休題、これらの怪談で私が最も興味を惹かれるのは、実は「累ヶ淵」なのです。

 その理由は色々と在るのですが・・・。

 先に、これらの怪談は基となる出来事等があり、それが読み本等となり、歌舞伎や落語として流布した・・・、等と書きましたが。
 例えば・・・。
 ・四谷怪談、 元禄頃に田宮又左右衛門の娘”岩”が浪人を婿取りするが、其の浪人に一方的に離縁され狂乱したというエピソードが基に成っていた筈で(この時点では幽霊は関係ない)、それが後に怪談となり鶴屋南北が東海道四谷怪談として歌舞伎狂言とする。(この時点で当時の庶民好みの話が多数盛り込まれ今の形になるのでしょう)
 
 ・牡丹灯篭・・・、中国、明時代の小説が基で、京伝等が戯作化し、圓朝が落語化・・・。

 ・(番町)皿屋敷・・・、日本各地に有った皿屋敷伝説と、延宝年間の旗本書院番大久保彦六の下女の自死の話が合わさり怪談に成った物。

 ・(真景)累ヶ淵・・・、寛文12年、下総の羽生村で起きた事件が、死霊解脱物語聞書という本にまとめられそれが、歌舞伎や、落語となる。

 ・(鍋島の)化け猫・・・、全国各地にあった化け猫伝説に、竜造寺氏一族の家老格だった鍋島氏が、竜造寺一族から家を乗っ取った史実を重ねて怪談にした。
 
 簡単に書けばこんな感じでしょうが、この中で”累ヶ淵”のみが、基と成る事件自体が既に怪奇現象であり、それが”聞書”という、ある種ノンフィクションにまとめて有るのです(それ以外は基の事件は怪奇現象では無いと思われる・牡丹灯篭は基が小説)。
 
 
 この基となった羽生村の事件&其の聞き書き(ルポルタージュ?)の関係が実はかなり現代的な様にも思え、興味を惹かれるのです。


 という事で「累ヶ淵」という怪談の話を書きたかったのですが、長くなりましたので続きは次回に・・・。

 ますた

 
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2013/08
04
[ #519 ]

MAL WALDRON

 前回WILENの「SANCTUARY」というアルバムが、日本人に相性が良さそうでついつい流してしまう・・・等と書きましたが、このアルバムは明らかに日本で受けたアルバムですね。


     mal.jpg

 MAL=WALDRON 「LEFT ALONE」


 ビリー=ホリディーが作詞、マル=ウォルドロンが作曲したレフト・アローン。59年にビリーが亡くなった後60年にウォルドロンが中心となりリリースしたアルバムですが、本来ビリーが歌うべき声のパートをジャッキー=マクリーンがアルトサックスで演奏しています。

 当時(60年代~70年代前半位?)やたらと売れたアルバムという印象が有ります。


 では何故このアルバム(曲)が日本でそれ程受けたのか・・・?

 このアルバムを聞いて私が思い浮かべるイメージは・・・・、  ”ハード=ボイルド” 。
 例えば、H=ボガード演じるフィリップ=マーロウ、といった印象。

 戦後の混乱も一段落し高度成長に差し掛かった60年代(”もはや戦後ではない”の言葉は56年だったか?)、米国から、D=ハメットやR=チャンドラー等のハードボイルド小説が流れ込み盛んに読まれる様になった時代。またそれらを原作とした映画も多く公開され、そうしたアメリカンハードボイルドの主人公のカッコ良さにあこがれた時代。
 そうしたハードボイルドの主人公のカッコ良さ、・数を恃まない(群れない)・寡黙・タフ・女に優しい・・・等々、そうしたある種の美意識(見得)とそれを保つやせ我慢。チャンドラーの小説「プレイバック」の台詞、「強(したた)かで無いと生きて行けない、優しく無ければ生きていく資格は無い」といった世界。
 またそれは、同時期頃に流行った東映やくざ映画の「義理と人情秤に掛けりゃ義理が重たいこの世界」等といって、一宿一飯の恩を返すため敵対する組に1人(或は2人で)乗り込む鶴田浩二(高倉健?)といった世界にも共通する気もします。

 では何故、こうしたハードボイルドややくざ映画が当時受けたのか?
 戦後、入ってきたアメリカ型民主主義や自由主義、或は進歩主義といった物、それらは自己主張する事が正しいといった路線ですよね・・・。僕は僕は、私は私が・・・・。

 でもそうした自己主張の小理屈って、少しばかり餓鬼臭くって面倒臭いですよね、やはり日本男児は”男は黙ってサッポロビール?”ではないですが、しゃべり過ぎる男、自己主張の過ぎたる男はカッコ悪いといった、ある種の反動が有ったのでしょう(当時、右の連中も左の連中も、皆やくざ映画が好きであったという話も有りますし)。

 ともかく、そうした映画の主人公(例えばボガード)がバーのカウンターで一人静かにグラスを傾ける。其の背中に漂う哀愁・・・。といった(シーン)をこの曲は連想させるのですよね。
 
 更に(ビリーへの)追悼、鎮魂といった空気も感じる曲にも思えますし。
 流行る訳です・・・・。
 

 では現在は?といいますと・・・・。


 確か沢田研二が「カサブランカ・ダンディ」で”~ボギー、あんたの時代は良かった、男のやせ我慢粋に見えたよ~~”等と歌ったのが、確か79年。其処から軽薄と傲慢が支配するバブルに一直線の80年代へ・・・(作詞の阿久悠氏の時代感覚凄いですね)。
 
 ともかくバブル以降は、寡黙にやせ我慢している男なんて、全く評価されない時代になった気がします。
 ”惻隠の情”何て言葉ももはや死語ですかね・・・。


 相変わらず話が変な方向に行ってしまいましたが・・・、このアルバム、我が国では一時期余りに売れてしまった為、ある種のイメージや手垢が付きすぎてしまった印象は拭えないアルバムとも思えます。
 演奏者のマル=ウォルドロンも同様に・・・。
 売れすぎるのも考え物かも知れませんね(特にJAZZ)。

 そんなアルバムですが、たまに改めて流すとそれはそれで面白いアルバムでもあるのです。

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2013/08
08
[ #520 ]

ツーリング気分

 天気予報を聞いておりますと、立秋(8月7日)辺りから10日間程猛暑日が続くとのこと。
 いい加減にしてくれよ・・・といった気持ちですが、文句を言っても仕方ないので此処は一つ猛暑の中、バイクに跨りしっかり夏を感じてやろうか?と・・・。 
 出来れば海の存在を感じれる場所が良いと”島”に向かう事とし、弓削島に・・・。


 弓削島、江戸期から潮待ち・風待ち等で名前の挙がる島(また他の歴史では相当に古くから)ですので、そうなると潮待ちの港に付き物の”色町”の気配の残る場所でも有るか?というのがその理由。
 (一説に拠れば、最盛期には13軒の茶屋が存在したとか・・・?)
 (昭和初期の遊郭一覧には記載されてはいませんが・・・)
 


 何はとまれ車庫からバイクを引っ張り出し、ルートは無難に三原バイパス~尾道バイパス~しまなみ街道を選択。
 しかしこれが、三原バイパスの東の終点少し前、トンネルの中で渋滞ストップ。
 私のバイク、整備性向上の為電動ファンが外してありまして・・・、見る間に水温上昇、強制的にアイドリングストップ運動・・・。
 まあそれも尾道バイパスに入ってからは順調に流れ、無事因島に到着。弓削には、家老渡からフェリーで渡る事に(その昔、家老が渡る場所で家老渡の名になったとか・・・)。
 この家老渡、以前にも書きましたが小説「悪名」の中盤に登場する家老渡遊郭の有った場所。今でも其の雰囲気が少しばかり感じられます故フェリーに乗る前に一寸立ち寄り・・・。


 家老渡  家老渡2


 
 家老渡~上弓削のフェリーはこんな感じ。

 家老渡~上弓削フェリー

 フェリーと言うより”渡し”と呼びたいこじんまりした船ですね(地元の方達も”わたし”と呼ばれるとか)。 手前が因島=広島県、向こう岸が弓削島=愛媛県と成ります。

 しかし、バイクでフェリーに乗るって一寸良いですね、何となく旅行(ツーリング)している気分に浸れます。

 フェリーにて


 上弓削の港に着き、観光パンフレットでも・・・と思ったのですが、上弓削の船着場見事に何も無いのです。仕方なく行き当たりばったりに周囲を散歩。
 
 色町の風情を感じさせる建物等は見当たらない感じですが、路地や其の周辺の建物等、適度な歴史を感じさえて呉れる街並みも存在します。


 意匠

 こうした意匠を持った建物が目に付きます。


 また”願成寺”というお寺に遊女墓が在るという話も小耳に挟んだ事もあり・・・。

 願成寺

 山門を潜り一寸墓所を覗かせていただきます、が、大量の墓石・墓所。唐突に遊女の墓はどれですか?等と訪ねる訳にも行かないですし、それより何より強烈に暑いのです。フェリーの上は涼しかったのですが陸地を歩くと、まさに猛暑。で、早々に立ち去る事に。

 なまこ壁 路地

 こんな感じで一寸した街並みを愛でる事も出来ましたし・・・。


 其処から下弓削の港に移動。此処は少し港らしい港、観光案内の看板を観て見ますが”古い町並み”といった物は無さそうです・・・。
 それに何より暑いのです。
 という事で早々に帰る算段、弓削大橋~生名大橋と走って今度は立石の港から因島に帰る事に。

 途中、この辺りに立ち寄り。
 
 砂浜

 佐島の南の端っこに在った砂浜。(酒飲みって端っこを目指してしまう気がします)

 
生名サーキット

 「生名サーキット」、個人の方が造られたミニバイク用のコース。80年代・90年代のバイクブームを思い出しますね。

 麻生イト像

 「麻生イト」の像。「悪名」にも登場される、因島の男装の女親分。
 彼女が私財を投じ造ったとされる三秀園も今は荒れるにまかせてある様子、時の流れを思います。


 そんなこんなで、夜に店を開けなければという事もあり早々に帰途に。
 往路と同じルートをはしりますが、途中”稲光”っと思ったとたんに夕立、目に付いたパチンコ屋の立体駐車場に緊急非難。土砂降りに成る前に何とか逃げ込めました。


 雨

 
 ふと横をみますと先客が・・・、ツーリング中らしいバンディット250(かな?)。二言三言言葉を交わし揃って雨宿り。これも何だかツーリング気分。
 
 そんな半日でした。
 

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2013/08
13
[ #521 ]

徳島

 徳島へ行って参りました。
 目的は・・・、




 阿波踊り


 阿波おどりです。


 昼過ぎに東広島を出発、夕方から夜にかけて阿波おどりを見学の後、深夜11時に徳島を出て東広島に帰るというバスでの弾丸ツアー。
 バイクという事も考えたのですが、阿波おどりは未体験、現地の状況も判らない故無難にツアーを選択したのです。


 17時過ぎに現地に到着、おどりが始まるのが18時からという事で少しばかり市内を散策、


 怪しい路地

 怪しい路地を歩いたり・・・(相変わらずです)。


 徳島市、大戦中の空襲で焼けていますので古い建物は残っていませんが、歓楽街周辺、雰囲気がある街の印象。
 
 それ以上に、街のそこかしこでこうした風景に出会えるのが雰囲気ですね。


 準備1 準備2

 何ともいえない色気を感じますね。


 18時からは演舞場といわず、いたるところで”おどり”が始まり、街が鳴り物の音色に包まれる感じ、いいですね~。

 特に昔ながらの雰囲気を感じさせてくれる”おどり”が嬉しいです。(新しいスタイルの物はやたらと音が大きくて・・・・)



 しかし、此処で踊られる「女踊り」、何故これほど美しく感じられるのでしょう。


 女踊り  女踊り2


 女性の美しさとか色気といった物について考えますね。

 生物学的には、若く健康な女性(メス)が男(オス)を惹きつける、という事が正しいのでしょうが、こうした踊りを見せていただけますと、女性の美しさ、若さという物がそれ程重要ではないのかも知れないと思わされます。

 足の運び、手の動き、着物の柄、着付け、姿勢・・・。それらを含めた所謂、”所作”の美しさ。また、それらが板に付いてるといいますか、不自然に無い事・・・。そののかたち、姿、動き・・・・。
 其の辺りに人の美しさ、といった物が在りそうな気がします。


 一方男踊り。年配の方の踊りのその流れるような動き、年季故の美しさ、といった物が見てて気持ち良いです。

 またある種男を売っている様な粋な踊りにも魅力を感じました。


 どちらにしろ、”守・破・離”なんて事を思わされます。


 またその”盆踊り”といった日本古来の風習の持つ空気、庶民の踊りの場の空気といった物の気持ち良さといった物も町全体に溢れている感じで・・・。兎に角、街にいるだけで何ともいえない気持ちになります。

 本来、私、人出の多い場所は苦手なのですが、

 人出 (ハッキリ言って凄い人出です)

 阿波おどりは例外ですかね?この雰囲気嬉しくなります。


 後半は南内町演舞場という桟敷で、有名連の踊りも鑑賞。

 これも一度は視ておいて悪くないと思わせて呉れる物でした。

 阿波おどり、侮れずですね。
 こうした物が残っている、安房の国(徳島)。一寸良いですね。
 (今度はバイクで行って見るかな)


 ますた






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2013/08
16
[ #522 ]

バイク漫画のこと

 先日あるお客様が、「マスターは”バリ伝”か”キリン”かというと、どちらかといえばキリン派ですよね?」といった意味の事をおっしゃいまして・・・。

 それに対し「どちらの世界観も理解出来ますよ」、と答えたのですが・・・。
 (因みに”バリ伝=バリバリ伝説”も”キリン”も共に著名なバイク漫画です)

 
 蛇足ながら、バリ伝に関して言えば連載が始まった当時、既に乗っていたRZ350でしばしば峠通い・・・。完全に同時代といいますか・・・。(コミック等買ってはいませんが・・・)
 キリンは(以前にも書きましたが)、6年ほど前までその存在を知ら無かったところに上記のお客様が最初の10冊ほどを貸して下さり・・・。いや~、良く描けてると思いましたね(結局古本屋でその10冊程を購入してしまいました)。
 

 そんな会話をしていて思い出したのが「万歳ハイウェイ」という漫画。これが好きでした。
 と同時に昔たまにつるんで走っていた”T”の事。彼のバイクにその漫画由来のステッカーが貼り付けてあり・・・。
 

 その”T”が事故で死んだらしいと聞いて、そろそろ6・7年になるのかな?
 お盆時期の所為かそんな事を思い出してしまいました。
 
 

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2013/08
19
[ #523 ]

ウオッカのはなし

 以前、蒸留酒は8世紀頃に生まれ、10世紀頃に中東世界に広まったといった事を書きましたが、ではその後どういったかたちで世界に拡散していったのか・・・。
  

 実は比較的早い時期に伝わったのが東欧・ロシア圏では無いかと思えるのです。出典は忘れてしまいましたが12世紀には既に文献に記載があるとか(或は11世紀にはポーランドで記述があるとか)。
 理由は色々と考えられそうですが、所謂ヨーロッパ(神聖ローマ帝国)が科学に対し少々否定的なカトリック文化圏という事も在りそうですし、ロシア圏が中東の直ぐ北で距離的に近い事もあるでしょうが、それ以上に考えられるのがカスピ海~ボルガ川の水運を利用した交易ルートに拠る物な気がします。

 このルートを使って北欧のバイキングが(北欧~中東の)貿易を行い、色々の商品を移動させていたという事(そういえば、以前TVで北欧で大量の古代ローマ銀貨が発掘されたといった話をしていた様な・・・)。
 そこで思い出すのが、バイキングが中東に運び込んでいた商品で一つ重要な地位を占めていたのが、実は奴隷であったという事実。そしてそれ故、SLAVES(スレイヴ=奴隷)を語源にスラブ(SLAV)人という言葉も出来たという事。
 当時中東は世界の中心的地域の一つで経済も非常に盛んだった訳で、其処にバイキングがロシア圏の女性等を奴隷として売っていたという事です。
 確かに東欧圏の女性美しいですしね、世界で最も美人度が高いのはウクライナだとか?何だか映画「ひまわり」に出演した女優、”リュドミラ=サベーリエワ”を思い出したり・・・(一寸不謹慎でしたかね・・・・)。


 そしてこの交易ルートに拠り中東の蒸留技術がスラブ圏に伝わったと思えるのです。
 思えば、ラムも三角貿易=奴隷貿易に深くコミットしておりますし、ジンは英国のジンの悲劇の時代に、テキーラはヨーロッパ人の新世界支配とコミットしている訳ですから、蒸留酒にはどれもそうした”歴史の苦さ”の様な物が付いて回る気がします。


 暗い話になりましたので、ここで少し方向を変えて・・・。

 ウオッカ=VODKAの名はロシア語の水(VODA・boдa)の指小辞形と言われています(指小辞とは、例えば日本語だと、”しゃれている”を”こじゃれている”という表現にするときの”こ”の様な物)。ポーランド語由来という説も有りますが、少なくともロシア人はそうした意識で使っている訳でして・・・。
 ウオッカというそれなりに度数の高い酒を、”水・こ水・水っこ”と言っている訳ですよね。なんと言いますか見事な酒飲み振りといいますか・・・。
 日本でも飲ん兵衛は、酒の事を米の汁と表現したり、ビールを麦の汁と表現したりしますが、そういう事ですよね。
 
 (お酒ばかり飲んでると身体に毒ですよ!少しはご飯も食べないと・・・。)
 (大丈夫、米の汁飲んでるから・・・・。)
 なんて会話が頭に浮かびます。
 そういえば、酒飲みの神様?小原庄助さんの戒名は「米汁呑了信士」でしたかね・・・。

 どちらにしろロシア人、根っからの飲ん兵衛って事ですよね。何かそれだけで一寸親近感が沸く気がするのは私が酒飲み故だからでしょうね・・・。

ウオッカ



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2013/08
23
[ #524 ]

Kimono Beauty

 この様な展示を観て参りました。


     パンフ

 企画展 キモノビューティー 
 ~シックでモダンな装いの美 江戸から昭和~


 場所は島根県益田市のグラントワ内、島根県立石見美術館
 という事で少々遠いのですが行って参りました。


 展示内容予想以上に良かったですね。

 江戸初期~中期~幕末~明治~大正~昭和初期の着物の展示が主ですが、どれも素晴らしいと思える物で点数も多く、またそれ以外にも櫛・笄・簪といった小物も非常に良い物が展示してありました。
 更に、私好みの江戸期の風俗図や読み本の展示なんてのも有り(北斎の狂歌絵本とか春信や歌麿の絵の入ったもの等)、他にも美人画やイラスト、刺繍に主眼を置いた西洋のドレスの展示なんて物まで有りまして盛り沢山。
 大正の着物のアール・ヌーヴォー感であるとか、昭和初期の着物のアール・デコ感等、非常に判りやすい展示でした。また当時の著名なイラストレーター、高畑花宵氏の作品に登場する着物の雰囲気に近い物(結構派手)が、実際に当時存在していた事も実感出来たり・・・・。

 兎に角、時間と体力に余裕があれば一日いても楽しそうな展示でした。


 それとグラントワの建物、相変わらず迫力ですね。

 グラントワ

 こちらは中庭

 中庭


 写っていますのは、同行の連れ合い(縞柄の紗の着物)。

 という事で、今回はバイクではなく車を移動手段として選択。
 しかし下道を片道3時間余りのドライブ、結構疲れましたね。
 (高速使えよ・・・って)

 このグラントワ、興味深い企画展示が多いのでもう少し近い場所に在って呉れれば・・・と何時も思います。

 
 

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