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2013/09
03
[ #527 ]

葬儀

 明日、掛井さんの葬儀に参列して来ます。

 思えば13年余り前、バカナリヤを立ち上げた時からお世話に成りっ放しでした。
 
 本当に良くしていただきました。特に日本酒等の醸造酒に関しては色々の事を教えていただいたり。
 迷惑掛けっ放しで・・・。

 私の店に限らず、掛井さんが亡くなられた事は東広島(それに限らないとも想いますが)の飲食店・飲食文化・酒文化に多大なる損失だと想います。

 身体を悪くされてからも、関係する飲食店等に心配・迷惑を掛けない様しっかりと差配されていた事も感じました。ほんと掛井さんは男です。

 兎に角、あす葬儀に行ってきます。ご冥福をお祈り致します。

 今日は涙雨です。哀しいです。

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2013/09
06
[ #528 ]

累ヶ淵怪談

 先月は日本に数多くある怪談の中で、”累ヶ淵”怪談に興味を惹かれると書きましたが今回は其の続きです。

 累ヶ淵怪談に関しては以前、本のカテゴリーでこの本の事をアップしましたが、その昔この本を読んだ事が、累ヶ淵に興味を惹かれる様に成った切っ掛けかも知れません。


 閑話休題、累ヶ淵怪談。
 寛文12年(1672年)に下総国岡田村羽生村(現在で言えば水海道から鬼怒川を挟んで対岸、常総市羽生村)で起きた”事件”を、後に”残寿”という人が関係者に取材して書物にまとめ、元禄3年(1690年)に出版した(された)「死霊解脱物語聞書」が基に成っており、この辺りの事が非常に興味を惹かれる点で有る・・・・と書きましたが、ではこの”寛文12年の羽生村の事件”とはどんな事件であったのか?


 簡単に記しますと・・・。


 寛文12年(1672年)の旧暦1月、羽生村の百姓”与右衛門”の娘”菊”に、与右衛門の最初の妻”累”の死霊(悪霊)が憑依する。そこで村人等が集まり祈祷氏や近所の坊主等に除霊を頼み試みるも上手く行かず。それを当時、弘経寺の修行僧であった祐天和尚が見事に除霊。
 更に4月、”菊”に”累”の異父兄である”助”の霊が憑依するも、これも祐天和尚が無事除霊、”助”の霊は無事昇天した。


 簡単に書けばこんな話になりますかね。

 それを後に残寿という人間が、事件の関係者に聞き歩き一つの書物にまとめ、それが開版(初出版)されたのが事件の18年後の元禄3年(1690年)という事に成るのです。

 そしてその書物の中で”助”に憑依された”菊”の様子が、「床より上へ一尺余りうきあがり~、中にて五たいもむこと人道の中にしてかかる苦患の有べしとは・・・・」(床から30センチ余りも空中に浮遊し身体を捻る様はこの世の物とは思えない苦痛を表す)、といった風に記されている訳ですが、この辺りリンダ=ブレア主演のホラー映画の傑作「エクソシスト」を連想させる訳です。
 (そういえば、エクソシストも実話を基にしているとか・・・、)
 (メリーランド悪魔憑依事件)


 それはさておき、この残寿の行った関係者にインタビューして書物にまとめるという手法、現代で言えばルポルタージュ、あるいはドキュメンタリーやノンフィクションの手法ですよね・・・。

 しかし、そうなりますと(死霊解脱物語聞書がノンフィクションであるとすると、認めると)・・・、死霊(幽霊・悪霊)の存在、あるいは憑依現象といった事を肯定しなければ成らなく成る訳でして・・・。
 それは結局、幽霊は存在すると発言する事と同意な事として、科学万能の近現代では・・・(例えば、「UFOの存在」を力説する事と同様に)、オカルトマニア扱いされる可能性の高い行為な訳です・・・。
 それ故この「死霊物語聞書」は、学問(歴史学・国文学等)の世界ではある種”奇書”扱いされていた面もありそうです。

 では、この書物が作者(残寿)創作の完全な作り話だと仮定たとしても、それはそれで無理がありそうにも思えます・・・。
 開版当時(1670~80年代)の江戸では羽生村の事件は既にかなり著名な事件であった様子、また事件から18年後と言いますと事件の関係者はかなり存命中な筈(現に菊もその婿の金五郎も存命中)で、そこで嘘八百を書いた書物を出版する事は現実的で無い様に思えます。


 では、実際にはどうなのか?

 私が想うに、事実を基とした”実録小説”的に見るのが妥当な様に思えます。作者の残寿の主観や、如何にも坊主臭い、説教臭い言い回しも多いですしね。
 更に言えば、平家物語が浄土真宗的”諸行無常”という価値観を世間に流布する為に藤原行長(西仏という僧と同一人物の説有り)に拠って編まれた事と同様に、死霊解脱物語聞書も残寿(恐らく祐天に近い僧)に拠って”因果応報”という価値観を世間に流布する事を目的に編まれたといった事にも思えます。
 (更に穿ちをすれば、羽生村事件に拠り、世間的に余りに著名になり過ぎた祐天という個性的僧が浄土教団主流派から追放された事に対し、祐天派の人々が起死回生の策として編んだという見方も当りの様な・・・)


 しかしそういう見方をしたとしても、死霊(幽霊・悪霊)が現実に存在するか否か(或は憑依現象を認めるか)?という問題の答えには成らない訳でして・・・・。
 
 
 では学者さん等はどういった見解を出されているのか・・・?といいますと。

 基本的には、”累”の霊魂の姿、”助”の霊魂の姿をはっきりと見ている(見えている)のは”菊”唯一人であるという見解ですね(*祐天にすら見えていない)。

 どういうことか?

 詰まりこの現象は、”菊”の精神錯乱で有り、村人はその精神錯乱の激しさに巻き込まれ集団催眠に罹った(また結果的にそれを側面から強化したのが祐天というトリックスターである)。
 これは、明治に活躍した学者(哲学・心理学等)、井上円了の論理を踏襲した物でしょう。
 まあ、現代科学の視点ではこういった見解しか無い気はします。
 (一寸、無理無理な気もしますが)
 詰まり神経作用であると。
 (この学問的見解を踏まえ、三遊亭圓朝は累ヶ淵を創作落語として発表する際、頭に”真景”(神経)と付けたそうで・・・)


 私自身としては、幽霊等に関して(私個人は見た事が無い、見えない人ですが)”在ってもおかしくは無いよね~。”といった”ゆる~い”スタンスです(学者・科学者でもないですし)。
 といいますか、理解できない事は否定しない(積極的に肯定もしない)事を良しとしたいです。

 憑依・口寄せ・口走りといった事・現象にしても同様。

 (そういえば最近東北辺りでは、震災の死者の霊を降ろして遺族と対話させ遺族の心を癒すという活動も行われているとか。またそれを記録されている人々もあるとか・・・。”いたこ”の現存する東北は、ある種口寄せという”文化”が根付いている土地なのでしょうね。)


 色々書きましたが、結局羽生村事件とは何であったか(幽霊が現れたのか?、集団催眠か?)(悪霊・霊魂は存在するのか)、という事に結論は出しにくいわけでして。
 そこで私などは全く違った視点を持って見たくなるのですね・・・。
 長くなりましたので、其の辺りはまた来月にでも・・・。

 (しつこい性格の私です・・・・)  

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2013/09
11
[ #530 ]

オクトーバーフェスト他

 先の日曜日、地ビールフェスタ広島~広島オクトーバーフェストと顔を出して来ました。


 先ずは恒例の地ビールフェスタに顔を出し、ビールを数杯&何人かの方と言葉を交わし・・・。

 例年通りといいますか、例年以上に来場者が多く思えます。オクトーバーフェストとの相乗効果であろうとの事。
 またオクトーバーフェストの方が終了時間が遅い故、地ビール~ドイツビールと流れる人が多いのでは?という声も耳に・・・。

 それではと、早めにオクトーバーの会場へ・・・。


 天気が良く気持ちよいです。晴天の下で飲むビール、想像しただけでも喉が鳴ります。

 という事で何はとまれ1杯は・・・とビールを購入。
 選択したのは、HBのバイセ。

 バイセ


 実はこのビール、以前ミュンヘンの本店で飲んだことが有りまして・・・。

 hb.jpg

 懐かしくて購入・・・。

 雰囲気も味わえたし、この一杯を飲み干し地ビールの会場へ取って返し、その後は早めに帰って店を開けよう・・・・・・・・等と考え乍喫煙スペースで煙草を咥えておりますと、隣に怪しいおっさんが・・・(ホント怪く見えるのです、中国マフィアの様な丸いサングラス等で・・・)。良く視ると、懐かしいお客様(しかも先日亡くなられた掛井様の同級生)。更に、其の方の友人の方(この方もかなり怪しく見えます、人の事は言えないか?)も東京から飲みに来られていらっしゃるとか。


 これは1杯付き合いたい!という事でもう一杯生ビールを追加し其の方のテーブルに・・・。






 気が付くと夜でした。
 
 久々に持病がでてしまいました(飲みすぎ~二日酔のフルコース)。

 どうもお天道様の下で飲む酒は美味しすぎていけませんね。

 反省しております(最近、一寸ダメダメな私です)。


 そういえば先週、某ワインインポーター様の内見会(試飲会)で結構な数のワインを試飲しましたが、建物の中で飲むときはクールさを保てるのですが(試飲会ですし)、どうもお天道様の下は・・・・。


 試飲

 試飲会の会場です(そういえば来週も試飲会に行く予定が有ります、今月は行事が多いのです)。


 

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2013/09
15
[ #531 ]

浮世絵展

 時間を遣り繰りし、この展示を観て来ました。


 歌麿

 「歌麿とその時代」 ~黄金期の浮世絵 美人画と役者絵~

 場所はふくやま美術館。






 実は2年半ほど前にこの様な展示を観た事が有ります。


 浮世絵展

 「歌麿とその時代」 ~江戸の華 美人画と役者絵の世界~


 同じ展示じゃないですか・・・?と言われそうですが、そうなんです。実は私、結構しつこい性格でたまにこの様な事(同じ企画展示の再訪)をやります。

 同じ企画とは言いましても、開催される美術館の規模等に拠り展示の入れ替え等が有ったり、微妙に違いが有る事が多いですし、また私自身の心持ちが違ったりと、意外と面白いのです。
 今回の展示も前回島根で観たときよりも点数が若干多目だったと思います(まあ島根の展示が入館料¥500、今回が¥1000ですからね・・・)。
 また島根では全作品ケース内展示であった事に対し、今回、刷り物に関しては額装展示、ありがたいです。(肉筆物に関してはケース内展示、出来ればこれをもう少し硝子寄りに展示していただければ更にありがたかったのですが・・・)

 更に今回は、京伝の”吉原傾城新美人合自筆鏡”が全項展示されていたのが嬉しかったですね・・・。
 中右コレクションの物という事で解説等は一寸緩いのですが・・・、それはそれで観易い面もあるのです。

 なんだかんだ言って展示カタログも衝動買い。気になる方おっしゃっていただければ、店に置いて置く心算ですので・・・。


 因みに島根で観た時の感想はこちら


 

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2013/09
18
[ #533 ]

下津井辺り

先日、目を覚ますと台風一過の抜けるような青空。台風の影響が残るかな?と、家で大人しくしておこうと思っていたのですが、この空を見ると血が騒ぎ・・・、ついつい車庫からバイクを引っ張り出してしまいました。

    
 西に向かう心づもりで家を出た筈が、何故かフロントタイヤが東へと向き・・・・山陽道を岡山方面に・・・。
 しかし高速にのると結構風が強く、余り重量の無い私のバイクは一寸走り辛い感じ。

 その後水島ICで高速を降り、向かったのは由加山という場所。
 

 此処でフロントタイヤに違和感を・・・。
 確かに走り初めて間も無く「アレッ?何か進入のラインが・・・?」と思っていたのですが、これは恐らくスローパンクチャー。走る気満々の時は前もってエア圧位はチェックするのですが、今回思いつきで家を出たので何処も見てないのです。
 仕方なく、味を利きつつ、ごまかしながら走る事に・・・。


 閑話休題、由加山。
 昔はかなりの賑わいを見せた寺社で、玉垣には遊女寄進の物もあるとか、また門前町には遊女屋も在った等との話を小耳に挟んだ事から来てみる事にしたのです。
 門前から本宮へと石段を登ってみますと、思った以上に規模の大きな神社。厄除けの総本山という事らしく、四国の金毘羅さんとの両参り等も行われ、特に海難の厄除け等で賑わっていた事が実感出来ます。
 ただし、現在では少々寂れ気味の感は否めません、門前町も寂しいものです。


 門前町にて

 こんな蔵のある建物が残っていますので、昔は相当に繁栄していたと思われますが・・・。

 常夜灯や玉垣の寄進者の名に大阪辺りの商家の名が多く在る事も、往時の繁栄を偲ばせます。唯、遊女の名は見つけるにかなわず(何せ数が多い物で)。
 代わりといっては何ですが、こんな物を見つけました。



 句碑

 川柳の句碑です。

 刻まれた文句は「かなかなや 遊女が建てた 道しるべ 鴻峰」 とあります。(鴻峰と言う方、恐らく児島の塩田経営、野崎家の執事をされていた方では?)
 

 どちらにしろ由加山、往年(江戸期後期~昭和の前半辺り?)の観光名所といった雰囲気で、現代では一寸忘れられ気味ですかね?(そうした神社は多いですが)


 それよりも隣に建つ”蓮台寺”というお寺が迫力。

 蓮台寺

 内部を拝観させていただいたのですが、応挙の遺作と言われるものも含め見事な襖絵が多数、また「御成りの間」等迫力です。
 (創建時に石等を運ぶために女性の髪でなわれた綱何て物も・・・、遊女の寄進か?)


 そんなこんなで由加山を楽しませていただいた後は、タイヤの味を利きつつ(GSを探しつつ)、日比という場所まで走ります。
 実は、この日比という街も昔遊廓が存在しました。
 ”此処”と思える場所にたどり着いたのですが、結構宅地化が進んでいる様子。往時を偲ばせる建築物も幾つか目に付いたのですが、住民家族の方等が散歩されていらっしゃったりで、私のような怪しいおっさんがカメラを持って徘徊するには少々気が引け写真は諦め遠くから眺めるだけにさせていただきました(こうした場所を写真に収める事にはやはり気を使います)。

 そこで早々に次に移動。


 以前から訪れて見たかった”下津井”へ。
 こうした潮待ち港等の場所に惹かれるのです。当然色町(遊廓)も存在していた訳で・・・。

 先ずは祇園社に立ち寄り(此処の玉垣にも遊女の名が有るとか?見つける事はかなわず)、続いて昔の街並みを散策。江戸期の物と思われる商家が残っていて雰囲気です。路地等も港町らしさを感じます。


 商家  路地

 
 そこら辺りで地元の方に昔の色町の場所をさりげなく尋ねますと、ちゃんと教えて下さいました。(其の方、本人いわく、”女郎屋の息子”だそうで・・・)


 其の場所はこの碑の近く。


 石碑


 まだかな橋跡の石碑。この石碑の裏に”まだかな橋”の由来が記して有ります。

 それは・・・。


 かつて江戸時代にこの橋は 遊女が入港して来た北廻船等の船頭に「まだ上がらんな」とさそいをかけていた橋であった 当時はこの場所は叙情とロマンの波止場でもあった



 昔の遊廓、”思案橋”、”思い切り橋” 等の橋が良くありまして(といいますか河や堀が境になっていて)、そうした面でもこの”まだかな橋”の存在も情緒がありますよね。


 因みに当時の遊廓地、殆どが駐車場に変っている様子ですが、近くに一軒木造3階建ての建物が残っていました。


 木造3階

 
 其の後漸くGSでガソリンとタイヤのエアーを張り、玉島経由で帰途に。


 玉島は少し前にも訪れているのですが、近所まで来たという事で・・・。


 柏島


 今回も行き当たりばったりに走っていました。ホント計画性の無い私です。
 バイクにはナビなんてものは付けて無いですし、ETCも無し、地図すらも持たずに走っていました・・・(勿論?スマホやタブレットも持ってないです)。

 まあ、それが私のやり方、それはそれで面白いのです。効率は悪いですがね・・・。


 

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2013/09
20
[ #534 ]

ARCHIE SHEPP & MAL WALDRON

 前回の「LEFT ALONE」 の21世紀バージョン、42年振りのリバイバル版・・・。


   lar.jpg

 ARCHI=SHEPP & MAL WALDRON
 「LEFT ARONE REVISITED」

 
 確か2002年の録音で、其の年にWALDORONが亡くなっていますので恐らく彼の遺作です。
 今回はテナーがARCHIE SHEPPに変っています。
 今回のWALDRONのピアノは淡々と弾いている印象を受けます。其処にSHEPPのブギャ~、ブギャ~、といったSAXが重なる感じ。
 オリジナルの方はジャッキー=マクリーンが押さえ気味にSAXを吹いていたイメージが有り、そのマクリーンの感情が適度に制御されたSAXに、ある種のハードボイルド的印象を受けたのですが、今回のシェップの演奏は結構感情がストレートに音に乗っている感じですかね?

 まあアーチー=シェップ、フリージャズの奏者でしょうからこんな感じになるのかも知れません。

 フリージャズの定義をどうするか?等と言い出すと面倒くさい事に成りそうですが、それまでのモダンジャズの規則から自由(フリー)に演奏するジャズで、其の分、奏者の感情を自由に音に乗せて表現する音楽といった物ですか・・・。またそれは同時に当時アメリカで盛んであった学生運動の空気とも合致する気がします。
 自分の感情・想い等を自由に表現、主張することを良しとする空気、時代風潮と言いますか・・・。 

 まあ音楽に限らず近現代のアートを、”自己表現”とする考えも有りますので、フリージャズに限らないのかも知れませんが・・・。

 相変わらず話が逸れていますが、40年余りの時を隔てた2枚を聞き比べるのも面白いかも知れません。
 と同時に、40年近く前に前作を現役で聞いていらっしゃった方々の印象何て物をお聞かせいただきたい気にもなるアルバムです。

 

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2013/09
21
[ #535 ]

ETC

 先日、お客(ドカティ)様がETCを譲って下さいまして(感謝です)、漸く私のバイクにも文明の利器が付く事に。

 何はとまれ仮付けしてみました。


 センサーは此処。

 etc.jpg

 諸事情に拠りこの場所に仮設置。


 唯私の場合、このバイクではしっかりシートの後に乗りますので、一寸邪魔になるかも知れません。
 (後ろ乗りの所為でバックレストが削れてしまっています)
 因みに電源はテールランプから、本体はタンデムシートの下に転がしています。

 どちらにしろ近いうちに作動確認して使い勝手を見てみたいです。
 上手く作動するようならシーズンオフにでも本格的に設置ですな。

 これで行動半径が拡がるかも知れません。有り難い事です。

 
 

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2013/09
23
[ #537 ]

ビールのはなし 4

 広島オクートーバーフェストに顔を出しましたし、本場ミュンヘンにおいてもオクトーバーフェストが始まったということで、ビールの話を少々。


 以前、カール大帝がワイン好きでワイン普及のために修道院等でのブドウ栽培ワイン造り等を推奨し、それがブルゴーニュ等のワインの成立に大きな功績を残した・・・等と書いた記憶があるのですが、それと同時にカール大帝、大のビール好きで、ドイツ辺りの修道院ビールの成立にも大きな影響を与えた、なんて話も同時に有ったりするのです・・・。

 フランスの修道院ではワイン造りを推奨し、ドイツの修道院ではビール造りを推奨したのか?まあ、酒好きで有ったというのは間違い無いのかも知れません・・・。

 これ関しては、ローマ時代に成立し国教化されたキリスト教に於いてワイン=キリストの血として特別視している訳ですから、ワインの普及を促進したという方がより真実に近そうな気もするのですが・・・。
 尤もビールの視点からすれば、カール大帝はゲルマン人であり、それまで下等な(民族=ゲルマン人等の)飲み物として蔑まれていたビールに市民権を与えたという論説にもなり、これも納得できそうな気もします。

 そう考えますと、ワイン好きなフランスとビール好きなドイツの争い、それは又神聖ローマ帝国の正統争いとも重なり、普仏戦争~一次大戦~二次大戦等の遠因にもなっている様に思えましたり・・・。


 では実際に9世紀頃の神聖ローマ帝国(カール)、あるいはカトリック教会はワインとビール、どちらの普及に努めたのか?というとやはりワインでは無かったのか?という気がします。


 では何故にドイツ、特にバイエルン辺りの修道院でビールが作られる様になったのか?


 いくつか理由はあると思われます、例えば気候の問題でブドウ栽培が難しかった・・・とか。
 しかし、後にはラインガウ辺りがワインの一大生産地になったり、バイエルンでもフランケン地方辺りではワインが定着したりしてますので、それだけが理由とも思えない気がします。

 フランケン  フランケンのワイン 


 推察ですが、最大の理由はバイエルン辺りの人々の生活、慣習にしっかりビールが根付いてしまっていたという事と思えます。
 つまりは各種の儀式や行事等にビールが付き物で有ったと。
 紀元前のローマでもゲルマンの民はやたらとビールを飲むと認識されていたようですし。

 そうした人々に対し”儀式の時にビールでは無くワインを”等と言っても中々難しい気がします。

 例えば我が国に置き換え、結婚式の三々九度をワインでしなさいと強制されても反発を招くでしょうし、お神酒をワインにしろと言われましてもねェ。
 そういえば昔、大分で知人の結婚披露宴に列席した際、テーブルの上に焼酎の瓶と湯割り用のポット(魔法瓶)が沢山並んでいた事に驚かされた記憶があります。
 やはりお酒って、人々の生活や行事に深く根付き、また地域性を表しけむ物なのでしょう。
 (尤も戦後、あるいは現代の日本人はそうでも無いかな?結婚式等では矢鱈とシャンパーニュで乾杯ですし)

 
 恐らくはそんな理由でカトリック教会、無理にワイン造りを強制して住民の反発を招くよりは、バイエルン辺りではビール醸造を肯定する動きになったのでは?と想像するのです・・・・。

 特にバイエルン州のバンベルク周辺、ある種ビール飲みの聖地と思える程にビールが根付いている地域です、そしてそれと同時に中世のドイツにおけるカトリックの中心地といった面も強い様に思えます。
 (確か、イタリア以外で法王の墓所があるのはここだけで有ったと記憶するのですが)
 その、ローマカトリック教会と非常に近しいバンベルク周辺で、教会の推進したいワインでは無くビールを修道院で造る事が行われたという事も興味深いですね。
 それは、教会建築が多く立ち並ぶベナチアにおいて反カトリックとも言えるルネッサンスが勃興した事と同様の理由に寄る事かとも思えたり。

 ともかくバイエルン地方、ビールの聖地、ビールらしいビールが作られる場所。私もバイエルン地方のビールが個人的にお気に入りですね。



 ということで、バカナリヤにもいくつかバイエルンのビールが置いてあります。

 バイエルンのビール


 

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2013/09
30
[ #539 ]

25~6年振りのマス・ツーリング

 土曜日に店で開店準備をしておりますと、単車乗りのお客様の一人”M様”から「明日、ツーリングするのですが混ざりませんか?7~8台位の予定」とのお誘いメールが。


 私は基本的にはソロで走ることを良しとしておりますので、5台以上で走るの事になれば恐らく25~6年振り。
 一寸不安にも思ったのですが、実はこのM様、30年以上昔からの知人。共に単車好きでありながら過去に一度も一緒に走ったことが無いという不思議な関係。
 ”これは折角のお誘い、断る訳にはいかないね。”ということで日曜日の早朝、持病の寝不足を圧して集合場所へ。

 そこから、M様に先導してもらい私を含め3台で第二集合場所へ・・・。


 集まったのは計7台、新し目のリッター(&オーバー)クラスが多い感じ(因みに私は18年落ちの850)です。
 比較的年齢層も高め。


 そこから、その中では若手に見えますカワサキの1400様が先頭でスタート。
 交通量の少ない道に入ってからは、見事なTop引きをして下さいました。
 7台のマス・ツーリングということでどんなペースになるのかなと思っていたのですが・・・。



 bike1.jpg


 何だか久しぶりに人様のテールランプを追っかけて走るなんて経験をさせてもらった気がします(80年代に峠道で遊んでいた頃を思い出しました、また一般道OOOkm/hオーバーは久々気合が入りましたね)。

 疲れましたが何だか凄く楽しかったですね。


 M様以外の方は初対面でしたが皆様良い感じの方で、又、それなりの年齢という事もあるのか必要以上にベタベタする訳でも無く楽でした。
 感謝です。

 基本的に一人で走ることばかりでしたので常にマイペースで走っていた訳ですが、人様のペースで引っ張ってもらいますとまた違った感覚と言いますか・・・。
 何だか一寸だけ昔のカンが蘇った様な・・・。(笑)

 たまにはマスで走るのも楽しいですね。



 
 bike2.jpg

 大型車に混ざると私のヤマハ、250CCクラスに見えます。


 

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