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2013/10
02
[ #542 ]

Make Up

 一週間程前、初めての体験をしました。

 それは、メイク。


 そういった趣味に目覚めたのですか?等と言われそうです・・・(もしそうなら、それはそれで良いのかも知れませんが・・・ 笑 )。

 が、実際には最近ダンスを教えていただいております教室の主催で、東京から専門家を招いてデモ・コンペ用のメイクの講習会を実施するという話を聞き、何はとまれ後学の為にと参加させていただいた訳です。


 講習会


 最近の若い男性等は当たり前に髪型なり、脱毛なり、ちょっとした化粧なり、身だしなみにかなり気を使われていらっしゃる方が多い様に思えますが、私の様な世代は”男がリンスだ~!?” なんて時代でしたので、やはりなんと言いますか、一寸恥ずかしいですね。


 そうした気持ちを抑えての体験。

 手順としては、恐らく女性一般になされている物とあまり変わらないのだろうと思うのですが・・・。

 クレンジングで汚れを落とし⇒(ベースクリーム)⇒ファンデーション&パウダーでベースメイク ⇒アイブロウペンシル&カラーで眉をメイク ⇒(目元にパール系ハイライト) ⇒ ノーズ&アイホールにシャドウ ⇒アイライン ⇒ アイシャドウ ⇒ チーク ⇒ マスカラ・リキッドアイライン ⇒ (付けまつげ) ⇒ (ルージュ) ⇒ リップ・グロス・・・・・。

 といった具合であったと記憶してます。( )は女性のみ。


 やはり少々、面倒&恥ずかしいです。手も上手く動かない。
 何より、鏡で自分の顔をしっかり見なければならないのが恥ずかしいです(どういった心理作用でしょうか)。


 ダンスのデモやコンペに出るのであれば、この辺りから楽しまなければいけないのかも知れませんし、恐らく女性の方はそれを楽しんでいらっしゃるのでしょうね。


 実際にコンペ等に出る場合のメイクをするかどうかはさて置き、一寸恥ずかしい気持ちもありましたが良い経験をさせていただきました。
 化粧をする女性の手間・苦労・気持ちなんて物も少しだけですが想像出来た様な気もします・・・。

 因みに、眉をこんな感じで描きました。


 眉




 癖になったらどうしよう・・・。

 
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2013/10
04
[ #543 ]

死霊解脱物語聞書

 先月、元禄3年開版の「死霊解脱物語聞書」は完全な創作(フィクション)と考えるのは無理が有り、又、寛文12年の羽生村の事件の完全なノンフィクション(ルポルタージュ)と考える事も妥当とは想えず、恐らくは事件を基にした実録小説的に捉えるのが適当と想える。しかしそうなると、死霊(悪霊・幽霊)の実在や憑依、口寄せ等の存在を肯定せざるを得ない。しかしそれは現代科学の視点からすると如何なものかと想える・・・。
 そこでもっと違った読み方は出来ないか? といった事を書きましたが・・・。



 では、どういった視点で読むと幽霊の存在の有無に引きずられなくて済むのか?


 それは、”累”という強力なクレマー(毒女・モンスター・悪女・・・・)的なる女と、羽生村の住民たち(地域社会・共同体)との闘争の記録として読むという視点。
 こういった視点で読めば、幽霊が実在するかいなかはそれほど重要な問題では無くなる気がするのです。


 では何故、私がこうした読み方をする事が面白いと思ったのか?

 それは、”菊”に憑依した”累”が”菊”の口を借りて行う村人や村の名主、祈祷師、坊主達との会話。
 この会話の展開・進め方等が現代社会で言われるところの所謂”クレーマー”と他者から認識される人々の言い回しや行動をを強く連想させるからなのです。
 それはとにかく(或いは”敢えて”)対話する相手を傷つけよう、不快にさせよう、言い負かそう、揚げ足をとってやろう目的で発せられると思われる言葉の数々であり、また、金銭や資産等に対する強い執着を思わせる言葉で有ったりする訳です。 


 では何故、所謂クレーマー等と呼ばれる人々はそうした行動をするのか?


 恐らくそれは自分が王様(女王様)として扱われたいからでは無いかと想像できます。言い換えれば特別な人として扱いをされたい。自分をそう想いたい。

 王様・女王様は何をしても許される立場。
 詰まりは”人としてしてはいけないこと=悪意を持って他者を傷つける”事をしても許される人。こう自己認識したいのでしょう。
 特別視されたい、自分は特別な人間と思いたい。その為に”他者を傷つける~相手が折れる~自分は特別と想える”の回路が出来てしまっている人。
 また金銭に対する執着も強い。大金さえ持てば(払えば)何をしても許される=特別視される、という思い。

 でも、実はそれは幼児と同じなのかも知れません・・・。
 乳幼児は、泣き喚いて他者を困らせばおっぱいが貰える、食べ物が貰える、おむつを変えて貰える。その心象と変わらない様に想えます・・・。 



 閑話休題、では”累”をクレーマーとしてこの物語を読み直しますとどうなるか?(目一杯私の主観で・・・笑)


 恐らく”累”が生まれたのは1623年頃。その後、成長につれクレーマー的な面が出てくるも(原文では累の事を「顔かたち、類ひなき悪女にして剰え心ばへまでも、かたましきゑせもの」と記してあります)、両親の健在な内はそれ程村人とのトラブルは表面化しなかった。
 そうして両親の死後、村人とのトラブルが増加、村中に”悪意の連鎖”が起こり羽生村の地域社会に存亡の危機が訪れる。そこで名主が、婿でも充てがえば累も少しは大人しくなるか?と思い婿を取らせるが、状況は改善しない。


 まあそんな物ですよね。例えば婿となった”与右衛門”が村の寄り合い等で「お前の嬶、一寸なんとかしろよ」等と言われ、家に帰って”累”に意見する。そうなると・・・、まあ恐らく累は、「何?入婿のくせに生意気な!」 この一言で終わりですわな(この手の方って、~~のくせに生意気だ!というフレーズ良く口にされる様で・・・)。

 まあとにかく、”累”の行動は改善しない。
 しかし、婿の”与右衛門”は”累”の身内として、他の村人対する義務として、何とかしなければいけない(厄介者の始末を着けるのは身内の責任)。

 そして”累”の殺害に至る・・・。

 
 しかしそうなると別に殺害で無くても良いわけでして。座敷牢に押し込めたのかも知れませんし、村から追放したのかも知れません・・・。

 どちらにしろ、現実・現世の村の地域共同体からオミットし、寺の人別に”事故により逝去”と届出る。
 こうした事でしょう。
 (こうなると”累”が死んだかどうかは程重要では無くなる訳で・・・)


 そうしてその22年程後、”累”は村社会に舞い戻り再登場する。それは”菊”という”与右衛門”の娘に憑依というかたちかも知れませんし、”菊”を人質に取って村人と対峙した、でも良い訳です・・・(実際、村人にとっては同様の効果を表す訳で・・・)。

 こうなりますと、村人に勝ち目は無い様に思えます・・。
 ”菊”という人質がいなくても、一般の(村)人は(累という)クレーマーと議論しても勝ち目は薄い訳で(何故なら、普通、会話というものはお互いが理解し合うため、楽しくなるため、無益な争いを避ける為、等々の目的・前提で成す訳でしょう。そしてそれはたとえ議論でもあっても互いにプラスとなる事を良しとして行う訳ですが、”累”のようなタイプはとにかく相手を傷つける事を目的としているのですから、前提が違いますから)、更に人質を取れれている訳ですから、村人に勝ち目は無い。


 そこで祐天という、村の地域自治の外側の人間である種の力を持った(治外法権的)人間の登場と成るのでしょう。


 相変わらず長くなりましたので、続きは次回にでも(まだ続くのか・・・・)。

 

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2013/10
09
[ #544 ]

おしゃれ展

 先日、連れ合いとこの様な展示を観て来ました。


 おしゃれ展
 
 日本のおしゃれ展 ~池田重子コレクション~

 場所は最近訪れる事が多い気のする「奥田元宋・小由女美術館」。


 そういえば8月には、こんな展示を覗いた記憶も有ります。


 パンフ   キモノ・ビューティー

 最近この手の展示が多い様な・・・。


 それはさておき感想ですが、あまり時を置かず2つの似通った企画展を観ましたので、どうしても比較してしまう様な事になってしまいます。

 で、グラントワで有りました”キモノ・ビューティー”。副題が”シックでモダンな装いの美 江戸から昭和”となっておりまして、言ってみれば着物文化史的展示と言いますか、着物という物それ自体の美・美しさ・発展変化等を楽しめる展示で有ったという印象。
 対して今回の展示は、テーマに”おしゃれ”とあります様に”着こなしの美”、といった面に主眼が置かれている印象。

 個人的な意見としては、キモノ・ビューティーの方が男性向け?おしゃれ展の方が女性好みでは?という印象でした。

 
 また展示を観て頭に浮かんだのは”おしゃれ”とは何だ?その定義?とは・・・なんて事。
 例えば最近、「わぁ~、おしゃれ~」なんてセリフが飛び交う印象が強いのですが、では?”おしゃれ”って何? なんてね・・・。
 男性だと「洒落てんね~」何て言葉を発しそうですから「おしゃれ」という単語自体、女言葉という気がしますし、それ故かこの”おしゃれ展”、女性向けな展示という印象を受けたのかも知れません。


 まあ、”おしゃれ”という言葉の意味・・・?。
 それこそ現代の日本(の若い女性)なんて殆どすべての物事、「カワイイ~」の一言でぶった斬りですから。そこで、”カワイイ~”って何?等と聞くこと自体が野暮(天)の極みと言いますか、無粋なのであろうとは思います・・・・。

 
 と”無粋”なんて表現を使って仕舞いましたが、では粋(スイ)或いは江戸風に粋(イキ)ってわかるの?あるいはそれこそ洒落(しゃれ)って・・・?

 定義付けをしようとしない方がいい感じですね。やっても良いのですが、凄く面倒くさい事になりそうなので書かない事にします。 (笑)  (いつか書くかな?)

 唯そこには”適度な(良い意味の)遊び心”といった物は必要な気はしますよね・・・。


 と、まあ。相変わらず面倒くさい事を考えてしまった私です。


 因みに、当日の連れ合いの帯はこんな感じでした。和装
 (私は適当なな服装)


 また、帰りがけに歴史民俗資料館に立ち寄りますと駐車場にこんな物を発見。


 屋形船

 鵜飼で使われていた屋形船だそうで・・・。


 こんな船で、和装の綺麗どころに囲まれて、チン・トン・シャン・・・何て・・・やりたいですね。

 ( 馬鹿丸出しですな・・・ )


 

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2013/10
11
[ #545 ]

エアロビクスとボールルーム

 先月一杯で通っていたスポーツクラブを退会、ジム通いを一時休止する事としました。
 色々と理由は有るのですが、1年半程前からボールルームダンスのコンペに顔を出し始めた事かも知れません。


 こう書きますと、???と思われるかも知れませんね。
 ダンスを真面目にするのであればジムで体幹を鍛えるべきでしょう~・・・・と。
 確かにそうなのですよね・・・。
 唯、私、不器用な物で・・・。


 アスレチック・ジムに通うことを覚えたのは、確か20年程前だと記憶しておりますが(理由は以前にも少し書いた記憶が)、そこで遣っていたのは、大まかにエアロビクスダンスを1・2本+軽めのウェイト+ストレッチ少々といった感じでして、エアロビクスダンスが好きだったのです。

 そして最近少し真面目にボールルームダンスをしようか・・・等と思った時に気付いたのは、私がダンスをするとどこかエアロっぽくなってしまうということ。
 当然、結果として伸び悩む(成績が行き詰まる)。

 そこで少し真面目にラテンの基礎練習を・・・。

 今度はエアロがラテンダンスっぽく成ってしまうのです(不器用な私です)。
 これが困るのですよね。
 エアロをラテンダンス的に踊りますと、膝を傷める可能性が非常に高くなりそうなのです。



 こう書きますと、エアロの踊り方とラテンの踊り方、そんなに違うのですか?と聞かれそうですが、結構異なります。

 解り易いところでは・・・、
 例えば前や横に動く、或いは一歩踏み込む場合・・・。エアロでは、間違いなく踵から接地します(ヒール~フラットという感じ)、それに対しラテンだと基本的に爪先から接地(トゥ~フラット)。
 決定的に違うのです。
 他にも腕の使い方(ラテンだと外から内に回す感じ、エアロだと逆が多い)ですとか・・・。
 
 またエアロだと運動量を増やし、筋肉にしっかり負荷を掛け心拍数を上げ・・・等々で良い汗を掻く事が目標とされますが、ダンスでは全く目的が違いますし・・・。


 結局、不器用な私には両立は無理!ということで、何はとまれジム通い(エアロ)を一時休止することと相成った訳です。

 しかし実のところ運動量、筋肉量、基礎代謝といった物の低下は否めないでしょうから、不安は不安なのです。


 鉄アレイかダンベルでも買うかな・・・・。 


 

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2013/10
18
[ #547 ]

ABE KAORU

 フリージャズという物、時代的にアメリカで始まった学生運動等とリンクしている印象が有る・・・何て事を書きましたが・・・。
 ではその当時の日本でのそうしたフリージャズは・・・

 思い出したのがこのアルバム。


      暗い日曜日

  阿部 薫   「暗い日曜日」
  

 1stトラックに収録されています楽曲が「アカシアの雨がやむとき」となっていまして、そうした意味でも正にあの時代といった印象です。

 掛けてみますと・・・。
 兎に角、切迫感・迫力感の有る音色・・・。今風に言うとトンガった音がひたすら流れてきます。

 これは何だ・・・?という印象・・・。
 当時(学生運動)の時代感からすれば、それこそ、”(虐げられたる)若者の叫び”・・・?自己主張なのか・・・?

 しかし一寸違う気がします(当時そうした物を担っていたのは、ある種のフォークソングといった印象も有るのですが・・・)。


 閑話休題、これが結構引き込まれる音なのです。
 私、どちらかと言いますとフリージャズ等あまり得意では無いのですが、この音はどこか引き込まれると言いますか、懐かしいと言いますか・・・。

 うまく言い表せないのですが・・・。個人的には二十歳前後のあの何とも言えない感情が蘇る様な・・・。


 当時の私、そうした物を持て余し、やたらと単車で峠を走っていた様な記憶が有ります。
 そして、峠道を単車で走るなんて事を覚えますとより速く走りたくなる訳でして・・・。そこで段々とペースを上げて走るように成ってしまうのですが・・・、実はいくらそれを繰り返し主観的に速く走っても、満足感という物、実は余り得られない訳なのですよね。
 結局、走れば走るほど・・・、もっと、もっと、もっと・・・・。と、スロットルを開けるような事になってしまうのです。

 で、何かの拍子にクラッシュ・・・。


 この、どこか満足感が得られず、もっと、もっと、もっと・・・。と、アクセルを開けている感じを思い出します。


 想像ですが阿部薫。もっと、もっと、もっと・・・と、よりトンガった音を出そうとしていたのでは?と思えます (この感じに一寸惹かれるのかも知れません)。


 で、最後はクラッシュ・・・(29歳で夭折、自死とも言われています・・・)。


 でもこのトンガった音、一寸、気持ちいいのです。
 (この、焦燥感といいますか、切迫感といいますか・・・)

 

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2013/10
22
[ #548 ]

懐かしい?

 先日図書館で借り出した本が少し懐かしかったのです。


 それは、これ。

 3段組み


 活字が3段組みになっているのです。
 最近の単行本では有り得ないですよね。
 最近の新刊本の殆どが1段組、更に本文の余白がしっかりと取ってあり、更に行間も広くて活字も大きく・・・。

 
 また旧仮名の活字も懐かしかいのです。

 唯、実際に読みますと、その活字の小ささが眼に辛いです。
 歳ですね・・・。

 
 因みに、昭和42年の筑摩の文学全集の内の一冊でした・・・。

 

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2013/10
24
[ #549 ]

ウオッカのはなし 2

 ウオッカのはなしの続き。

 そもそもウオッカの定義とは?何て事も考えたくなります。

 「穀物を麦芽で糖化・発酵させた後、連続式蒸留器でアルコール度数85%以上に蒸溜、それを白樺活性炭等でゆっくりと濾過した物・・・。」というのが一般的定義。
 しかしここ数年フランス辺りから、例えば「グレイグース」といった単式蒸留&無濾過といった商品で有ったり、

 グレイ グース


 或いは「シロック」というブドウ原料の商品が、ウオッカとして発売されています。

 これらの商品当然、ウオッカの定義から外れているのでは?等という疑問が出てきておかしく無い訳です。
 又ロシアやその周辺諸国では・・・、有名なところではズブロッカの様にフレーバーの付いた物や、更にいえばベリーのリキュールの様な物。はたまたオールドウオッカと言われる様な樽熟を経た物まで”ウオッカの名で売られていたり・・。

 ズブロッカ他


 これはどういった事なのか?


 いくつか考え方は有ると想えますが・・・。実は酒の定義、各国の酒税の都合に拠ってそれぞれの国で決められているという事がまず一つ。

 更にいえばはじめに書いたウオッカの定義(穀物原料~連続式蒸留~活性炭濾過・・・)。
 これは言い換えれば、英米基準。あるいは、国際基準・グローバル基準。それが出来る以前から有る酒であったり、またそれを飲んでいた国の基準ではそれと異なった物も多い、という事。

 実際に連続式蒸留器が発明されるのが1830年前後、活性炭濾過の効果が発見されるのも略同じ19世紀の始めですが、ロシア周辺でウオッカは遥昔の12世紀頃からは飲まれている訳でして、最初に書いたウオッカの定義は結局、英米基準で(近代になって)便宜的に作られた物でありそれが全てでは無いという事です。

 またこうした事は、お酒に限らず多くの物事にも当てはまりそうです。


 多くの物事。グローバルな基準のみで図ると、結局は各国や各地の文化等が見え無くなります、或いは文化を破壊してしまう訳で・・・。まあ今話題のTPP何て物もそうした面が強そうです。



 何だか話がずれましたが、では古くからウオッカを飲んでいるロシア周辺でのウオッカの定義とはどんな物であったか?

 大雑把にいえば、”蒸留酒、及びそれから作られる酒(リキュール等)全般”、と考えて良いように思えます。
 ワイン・ビール・クワスといった以前から在る醸造酒以外の酒類といっても良いかも知れませんし、その中でロシア圏で作られる物と言っても良いかも知れません。
 (この醸造酒か蒸留酒かという区分け。実はロシアだけで無く、或いはそれ以上にヨーロッパでは重要である様に思えます。)
 
 そうして現代でもロシア(やソビエト)の影響の強かった国では、強い酒(蒸留酒&それから作られる酒)=ウオッカと呼んでいる様に思えます。


 例えばこれ、

 ネップ モイ

 ベトナムのお酒「ネップ モイ」(現地仕様)のラベルにも”VODKA”の文字が読み取れます。
 (ベトナム、ベトナム戦争等を通じソビエトとの関係は深かった訳で)
 (ソビエト=ロシアと安直に考えるのは問題がありますが・・・)

 またこうも言えるかも知れません、20世紀初頭のロシア革命をきっかけに多くのロシア人が米国等に亡命・移住し、ロシア以外でもウオッカと呼ばれる酒が多く作られる様になった。そして、現代的定義付けがされた・・・。


 お酒には古い歴史がありますので、現代的定義のみで一面的に判断は出来ないという事ですね・・。

 

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2013/10
31
[ #551 ]

ハイヒール展

 先日、こんな展示を観て来ました。



   ハイヒール
 

 ー欧米ファッションを彩ったー 「ハイヒール300年」


 中々”フェティッシュ”な展示でしょ?
 私自身そうした(フェチの)きらいは無いという自己認識なのですが、何はとまれ一寸興味を惹かれまして。

 場所は福山市松永に在ります「日本はきもの博物館」。
 「日本郷土玩具博物館」との併設です。


 展示内容ですが、これが中々興味深いものでした。


 16世紀末に登場した靴の”ヒール”という存在、当初は男性が姿勢をよく見せる為に履かれたそうですが、その後主に女性の靴に使用されるようになり・・・・。

 18世紀前半カペー朝の宮廷文化でロココ調の優美な靴に~アメリカ独立・フランス革命を経て19世紀前半頃はネオ・クラッシック&ユニセックスな感じに(まあ、フランス革命等主導したプロテスタント、やたらと男女同権、女性の社会進出なんて運動を遣ってますからね・・・)~19世紀末の爛熟・キャバレー文化の時代には再び華美で高いヒールに~一次大戦中に女性の社会進出が促されヒールの低い活動的な靴に・・・・・。

 といった具合にその流行は、 ・ヒールが高い(より女性を強調)・ヒールが低い(ややユニセックス的) を繰り返している様に思えます。また1970年頃のフラワームーブメント以降は何でも有りな感じもします(それでも、ローヒール・ハイヒールの流行の波は有りそうですが)。


 他にもミシンの発明・普及に依る製法等の変化とか・・・・。アメリカ製のハイヒールは活動的な中にも女性的でシンプルに洗練された印象とか。19世紀末のスウェーデンのブーツのデザインは”女王様”に受けそうとか・・・。
 
 等々、非常に興味深く鑑賞できました。


 また全体として感じられた事は、ハイヒールのシルエットがどことなく中国の”纏足”の形状を連想させるという事。
 また、女性らしさを強調する時期の女性のハイヒールは、特に足を小さく見せようとしている(この辺りの物が纏足っぽい)と同時に、男性の靴は足を大きく見せようとしている様に感じられる事。

 よく”纏足”は女性を歩けない様にして女性を束縛する為に使われた等と実しやかに説明されていましたが、こうした展示をみますと少々違う意見を述べたくなります。(往時、女性自身は自ら進んで纏足を行っていた面も強いのです。たとえ禁止されても、あるいはそれ故余計に・・・)

 それは男性性は本能的(無意識的)に手足の小さな女性に惹かれる(それは当然逆に、女性は手足の大きな男性に惹かれる)のではという事。晴信の浮世絵に描かれる女性もそうですし、歌舞伎の女形の表現でも手を盗むとかいって、いかに手を小さく見せるかが重要であったり・・・。
 詰まりエロス(性差)は先端に宿るという事。

 そして纏足、その形自体がエロスの対象で有ったという事(子供のころから纏足をすると、全体的に華奢で小柄に成長する、それを女性的と感じた、という説も)。
 そう言えば、確か写真家のH=ニュートンが撮ったハイヒールの作品もエロスを表していた様な・・・。

 とまあ、相変わらず妄想が拡がった展示でした。面白かったです。
 
 
 更に併設されています、郷土玩具資料館の展示&履物博物館の常設展示も観て廻ったのですが、展示点数の余りの多さに疲れました、歳ですね。

 そこで歩き疲れて喉も乾いたということで、これまた併設されておりますコーヒーハウスへ・・・。

 これがまた良かったのです。
 大正建築の建物といい、雰囲気といい、接客といい・・・、私好みで・・・。
 一寸嬉しかったですね。


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