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2014/04
03
[ #594 ]

JOAO QUEIROZ

 コインブラ ファドのアルバムなのですが・・・。


      coimbra.jpg

 「COIMBRA Fados Baladas」   JOAO QUEIROZ


 十年ほど前リスボンのカサ・デ・ファドに行った折に歌って下さったのがこの方。雰囲気のある声という事で買って帰ったCDです。拠ってサイン入り。

 カサ・デ・ファドの出演者ということで、日本で言えば民謡酒場の歌手?的な面も有るのかも知れませんが・・・、その分いかにも、といった感じで結構良いのです。


 閑話休題、コインブラファド。基本的に男性ボーカル+ポルトガルギターといった構成で、その嚆矢はコインブラ大学の聖歌隊に由来するとか、そこの学生が恋しい女性の部屋の窓の下で唄った物が始まりであると言われているそうで・・・。
 リスボン周辺の女性ボーカルの物のロマ音楽的雰囲気を感じさせる物とは、又違った魅力を感じます。
 私個人としては、トルバドールやミンネジンガーの延長線上といった存在にも思えたり・・・。(あるいは日本の新内の様な雰囲気とか?)


 どちらにしろこうした古典的(弦)楽器+唄といったシンプルな構成の楽曲、少し惹かれる面があるのです。

 現代の多くの楽曲と異なり、楽器がメロディーを奏でるのではなく、どちらかといえばリズムや情景・雰囲気等に限定され、メロディーや節回しは歌い手の表現に任せられるといった形態のもの・・・。
 語りに節が付いて自然発生的に”唄”等になった様な物といいますか。プリミティヴな形態の音楽といいますか(ラップは少々苦手ですが・・・)。

 もしかすると子供の頃に聞いた地域の盆踊り唄(確か”くどき”と呼ばれていましたが)の記憶が呼び覚まされる故かとも思ったり・・・。


 
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2014/04
10
[ #596 ]

文化(?)

 先月は人類は「現代文明に対する”文化”を築けて無いのでは?」等と勝手な事を書きました。又、”文明=人類が利便性を増すための手段”と定義付けするとスッキリするとも・・・。

 そこで文明=手段、とすると”文化”とは何ぞや?(あるいはどう定義付けをするとスッキリするのか?)と考えたくなるのです・・・。


 文化という言葉、様々な使われ方をしていて難しいのですが(例えばTV等に登場する”文化人”何て人や言葉、いったい何だ?と思ったり)、”文化=その土地の気候風土に拠って生み出された、そこに住む人々の慣習や習慣の偏りや癖の様な物”といった定義付けがスッキリする気がします(民俗学等で言われる定義かも知れません)。


 唯、これも少し物足りないのです。
 確かに、採集や狩猟を主体として生きていた時代であればこの捕らえ方でスッキリすると思えるのですが、現代に当て嵌めると少々物足りないと思えるのですよね。


 この辺りの事について少しばかり妄想を拡げてみますと・・・。

 古代、人類の生活に最も重大な影響を与えていたのは、その土地の気候風土であったと思えます(あるいはそれが全てであったかもしれません)。
 命を繋ぐ為の食料、また衣類の原料、住居の材料を与えてくれるのも、その土地土地の気候風土=自然であった訳で、また同時に台風や寒さ暑さ、火山噴火や、害虫、洪水、渇水・・・・・といった負の面(死や病)をもたらすのもまた気候風土=自然であった訳ですよね。
 そしてその気候風土の中、生きて行くために生み出されたある種の”足掻き”、あるいは工夫や知恵という物で取捨選択され残った物が慣習や習慣として根付く。これが、あるいはこれらの差異の様な物が上に挙げた”文化”だと言えそうです。


 そして(あるいはしかし)、農耕(穀物生産)という文明が登場して以来、この文明(=手段・ツール・システム等)が人々の生活(生・死)に与える影響がかなり大きくなり。また其れ故の弊害や、その事に対する足掻きも同時に始まった気がします。

 例えば農耕が始まるまでは、人々が生きて行く上で最も重要な物=食料。これを得る為に人々は移動をする事も多かったでしょうし、またその食料を得る為に必要な”縄張り”といった存在も割りと緩く・・・、恐らくはその縄張りを得たり、守ったりする為のある種の主張や威嚇は有ったでしょうが、殺し合いは無かったと思われます(他の哺乳類同様)。
 しかし農耕が始まり、農地の確保が生命に直結する事となり、戦争(個人的には見ず知らずの人間を殺さなければならない状況)何て物が生まれる。
 そうして、殺したり殺されたりという状況が人々(の精神面)に与えた影響はかなり大きかったでしょうし、またそれにっ拠って、武士道や騎士道といった”文化”も生み出される。

 また後に貨幣という物が定着し、持つ物と持たざる物の差が非常に拡大し、人々の心持が不安定化する状況の中においてキリスト教やイスラム教といった物が生み出され、それが定着し”文化”となって行く。(所謂ヨーロッパ文化ってキリスト教文化でしょうし、中東文化というとイスラム文化といってもよさそうですし・・・)

 
 言い換えれば農耕という文明の誕生以来、人間の足掻きの対象が自然から文明に徐々にシフトして来た様に思えるのです。そしてその足掻きの中で生み出された、慣習やある種の知恵のことを”文化”と呼んでも良い気がするのです。
 (となると、文化とは巨大な存在に対する人々の足掻きから生み出され慣習化された知恵の様な物ですかね)

 こう考えますと、人々が(気持ち良く)生きていく為に自然や農耕や貨幣経済といった物と付き合うために生み出した知恵(=文化)の一つの理想型として、(江戸中期~後期の)日本文化を挙げてみたくなったり・・・。



 閑話休題、産業革命=化石燃料等の使用に拠って生み出された所謂”現代文明”に対し、人々はどんな文化を生み出したのか?出せたのか?一寸考えたくなりますよね。

 どうなのでしょう・・・・?
 ”民主主義がその答えだ”何て言われそうですが、所謂~~主義って、文化(足掻き、慣習)というよりは、文明(手段・ツール)って気がしますし・・・。

 もしかしたら文学であったり音楽や絵画といった、所謂”芸術”と呼ばれる物がそれに近いのか等と思ったりもしますが(ロートレックの絵なんて・・・・)、しかしそこで生み出された芸術作品も、商品や投資対象として結局文明に取り込まれてしまうだけに思えてリ・・・・。新興宗教何て物もゾッとしないですし・・・・。



 足掻いている最中という事ですかね?(笑)

 
 思いつきで詰まらない事を書いてしまいました。

  
 

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2014/04
12
[ #598 ]

桜を愛でに・・・

 たまにはタンデムシートに連れ合いを乗せて・・・。桜を愛でに・・・。


      桜+バイク

 タンデムし易いバイクでは無いのですが。
 


 場所は三和町の川土手。
 この辺り、数kmに亘って桜並木が続くのです。

 因みに上は座った場所から南側。

 北側は・・・、
 北側

 川を挟んで西側は・・・、
 西側

 こんな物でのんびりと・・・、
 つまみ  美和桜のワンカップ&桜金鍔。 ほんの一口。



 散歩&のんびりで酔いを醒まし、こちら経由で帰宅。


 仁王門

 甲山という地区に在ります、今高野山の仁王門。

 歴史を感じさせていただける寺で、最近一寸お気に入り。


 のんびり出来た半日。

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2014/04
18
[ #599 ]

免許更新も無事終了

 免許更新の違反者講習を昨日受講し、新しい免許証になりました。
 暖かくもなって来ましたので、オートバイに跨りたくなります。走っているオートバイを見かける事も増えました。


 しかしこんな事を書くと如何にもオッサン臭いのですが、最近の若い男性でオートバイや車で速く走ろうとか、上手に乗ってやろうといった連中、少ない気がしますよね。飛ばしているのはけっこうオッサン連中という気が・・・。
 といいますかのんびりと走るタイプのオートバイが目に付く気がします。

 免許更新の講習を受けたばかりでこんな事を書くとお巡りさんに叱られそうですが、やはり車とかバイク、スピードを全否定してはいけない気がするのです・・・。
 勿論、馬鹿みたいにスピードを出したからって良い事なんて一つも無い訳ですが(残ったのは借金と後遺症何て事になりかねない訳で・・・)、唯、そうした理屈を離れてやはり少々血が騒ぐという乗り物だと思うのですよね。

 と言いますか、本来そうした存在だった訳です。




 どういう事か?

 自動車の嚆矢は1885年にカール・ベンツが作った物とされていますが、実はそれより100年以上前に既に自動車らしい物は出来ていたのです・・・。

 18世紀の中頃(確か1769?)にワットが蒸気機関を発明したと習いましたが、その後まもなく蒸気機関を積んだ自動車が作られ、ある程度は実用化もされていたと言う事なのです。


 しかしこの蒸気自動車、19世紀前半までには姿を消してしまう。

 何故か?
 当時の蒸気自動車は人や・物等を運ぶ輸送機関として開発されたのですが、それらの役割を鉄道や馬車に奪われて消えていったのです。

 確かに一般の道を走る車の動力源としては蒸気機関(外燃機関・ボイラー)は色々と使い辛い訳でして・・・。
 例えばまず第一に、重量が重い。更に、立ち上げ・立ち下げに時間が掛かる。その割りに出力も低いし・燃料効率も・・。
 (実は私、バーテンダーのくせに一級ボイラー技師なんて資格を持っていたり・・)

 そんな訳で陸上輸送の手段としての(蒸気)自動車は、19世紀初め頃には乗合馬車等の各種の馬車や鉄道(蒸気機関車)に敗れて駆逐されてしまう訳なのです・・・。



 では?ベンツの造った自動車が何故、自動車の嚆矢と言われるのか?あるいはベンツの造った自動車とは何だったのか?


 じつはその前の19世紀の半ば過ぎに”自転車”と言う物が発明されるのです。
 これがそのスピードやスリル、あるいは爽快感や自由を感じさせてくれる乗り物として、更にアスレチックツールや未来の象徴として大人気となり、その後、3輪や4輪の物も含め色々な自転車が作られるのです(そしてまもなく自転車レースも始まる)。


 この自転車のスピードとスリルの虜になった一人がカール・ベンツだったのです。

 つまりベンツが始めて造った自動車は、馬の代わりに馬車にエンジン(内燃機関)を積んだのでは無く、スリルとスピードと乗る楽しみを求めて自転車にエンジンを積んだ物だったと言う訳ですね。
 (同じ年、ダイムラーとマイバッハが共同で世界初のオートバイも造っています)

 そして、まもなく自動車レースもフランスで始まる・・・。

 どちらにしろ自動車や自動二輪は、輸送(移動)手段というよりもスピードを楽しむツールとして誕生した訳で、其れを外すと存在理由が脆弱になる気がします。


 しかし現実には、今の街中を走っている自動車(4輪)、その殆どが単に便利な移動や輸送の道具となっています。
 ではこれの始まりは?というと・・・・。

 1908年にアメリカで誕生したT型フォード辺りなのかも知れません。
 ヨーロッパに比べ広く、またその割りに馬車路線や鉄道路線が少なかったアメリカでは、自動車は移動手段として普及した面が強かった様に想えるのです・・・(大量生産方式に拠るコストダウンも要因の一つかも知れませんが・・)。
 (またこの辺り、発展途上国で、有線電話より先に携帯電話が普及した現象とも近い気もします・・・)


 どちらにしろ現在でも(特に)2輪車、ヨーロピアンタイプ=スポーツ的(スピードを出す)、アメリカンタイプ=旅(移動)の道具的(のんびり走る)、と言う事はその辺りを引きずっていそうで面白いと想いますね。

 そして最近の日本、アメリカ的な社会・メンタリティーに成って来た故にか、アメリカンタイプのバイクが目に付くのですかね?何て想ったり・・・。



 

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2014/04
23
[ #601 ]

リキュールのはなし 2

 前回、リキュールの嚆矢は中東辺りのラキ(ラク)辺りに見出せるのでは?等と書いたのですが、ではヨーロッパのリキュールはと言いますと・・・。

  一般的に言われるのは、リキュールの父と言われるアルノード=ヴィルヌーヴが13世紀に作り出した”リケファケル”と言われる薬酒がその嚆矢ということですが・・・。
 そして、この「リケファケル」という言葉が「リキュール」の基になったとも言われています。
 尤も他に「リクオール」(アラビア語で液体の意味とか)が基になったとか、「エリクシール」(錬金精液あるいは錬金術に於ける”精”)が基になったとの説もありまして・・・。

 また、リキュールを造る時に使われる蒸留酒、あるいは蒸留技術自体が錬金術師の発明とも言われていますので、やはりこの”錬金術”とか”錬金術師”というものは気になるのです。


 では具体的に錬金術師とは何なのか?あるいはその定義・イメージは?と言われても、現実に西洋文化に生きていない我々日本人としては、今ひとつピンと来ないといいますか、よく解らないといいますか・・・。


 そういえば昔、「ヴィドック」というホラーミステリータッチのフランス映画を観に行った事があるのですが、ホラーとうっていたわりには余り怖くなかったという記憶がありまして・・・。
 実はこの映画の犯人は錬金術師(の末裔)という設定(ヴィドックが探偵役)だったのですが、錬金術師に文化的に馴染みの無い私には怖く感じれなかったのですよね・・・・。
 因みにこの”ヴィドック”氏、19世紀にパリに実在した怪盗(後に警察署長~私立探偵)がモデルと言われ、またそのヴィドック氏は”レ・ミゼラブル”のジャン・バル・ジャンのモデルとも言われていたり・・・・(一寸見直してみたい映画ではあります)。


 閑話休題、では錬金術師とはどのような位置付けなのか・・・?ということで、錬金術師に付いて回るイメージと言いますか側面と言いますかを、思いつくまま羅列してみますと。

 ・贋金造り師 ・魔術師 ・科学者 ・薬剤師 ・占星術師 ・化学者 ・医師 ・占い師 ・預言者 ・研究者 ・技術者 ・祈祷師 ・反キリスト教者 ・手品師 ・スコラ学者 ・超能力者 ・・・等々。

 こんな感じですか。全体的になんとなく怪しいイメージが付いて回ります。
 
 しかし考えますと当時(12世紀~16世紀頃?)に、例えば科学実験の実演(例えばTV等でデンジロウさんの行う実験の様なもの・・・)を見せ付けられた庶民は、やはり魔術とか手品とかと怪しいとか想ったでしょうし・・・。


 9世紀に神聖ローマ帝国が誕生し、その後、それまで禁忌していた科学や科学等を再び取り入れる動きを始めるのですが、またそうした考え等をスコラ学とも言いますが、このスコラ学、科学を志向すると同時に神秘主義にも向かった面が強く、ある種その両面を体現していた人々とも言えそうです・・・。

 そしてまた、そのある種の怪しさ故にキリスト教からは否定的扱いを受けていたのも事実でしょう。


 唯後に、彼らの造るリキュール(薬酒)の効果やその知識等を頼る権力者も増加し・・・。
 例えばアルノード=ヴィルヌーヴも教皇の医師でしたし。予言で有名なノストラダムス(私などは彼を錬金術師のイメージで観るのですが・・・)もアンリ2世と繋がっていたり・・・・(まあ権力者に預言者や占い師、医者ってつき物の気もしますよね・・・)。

 更に、13世紀のペストの流行時にリキュールの薬効が評価され、徐々に教会等でも造られ始め・・・・。

 そうして16世紀、近代の始まりと共に錬金術師も社会に認められ、(科・化・医)学者といった存在になっていく。
 (ニュートン等はその典型とも思えたりします、結構神秘主義にも傾倒していたとか?)


 といいますか、(ある面)ルネッサンス~近代の幕開けといった時代の変化の影の主役は実はこの辺り(錬金術師、スコラ学・・・)、に有りそうにも思えるのですよね。


 相変わらず酒の話では無いですね・・・。

 
 

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2014/04
30
[ #603 ]

平曲

 こんな物を聞いてまいりました。


     琵琶 ポスター


 平曲(平家琵琶)です。
 会場は「みよし風土記の丘ミュージアム」

 生で聞く機会も中々無く、興味を惹かれ三次まで足を伸ばしてみた訳です(オートバイの味利きも兼)。

 
 内容はといいますと、先ず初めに「琵琶」という(和)楽器の成り立ちや構造・種類といった事の説明や、平家物語の基礎的な事の公演に続き、ポスターにも記してある様に・・・、 小秘事「祇園精舎」~拾物「飛脚到来」~拾物「那須与一」~節物「先帝御入水」、 のサビの部分の弾き語り(それぞれの前にその曲の内容の説明がありました)。
 

 演者の方は大学の非常勤講師等もされていらっしゃる様で、初心者でも非常に理解しやすい説明でした。

 因みに演者の方は、荒尾 努 氏おっしゃる方。

 平家好きが高じて、奏者になられたとか。
 ということで、平家好きといった雰囲気が言葉の端々に感じられる公演でした。


 私自身も、瀬戸内の海際に生まれ育った事もあり、やはり(源氏よりも)平家という存在のありように惹かれる面がありまして、興味深く聞かせていただきました。また楽しませていただきました(久々に先帝祭まで足を伸ばしたくなったり・・・)。


 ただ今回、会場がミュージアムの研修室と言う事で、事務用長机&パイプ椅子というセッティング。出来ればいつか寺の本堂とか説教場の様な場所で聞いて見たいですね(あるいは神社の能舞台とか・・・)。



 因みに会場の雰囲気は・・・・。

  琵琶 セッティング  琵琶 演者



 どちらにしろ良い体験でした。(思わず先帝御入水のCDを購入、店のチェンジャーに投げ込んでおく心積もりです)

 

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