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2014/07
02
[ #624 ]

最近のニュースを聞いて

 仕事柄TVを観る事は少ないのですが、それでも少しはニュースや情報番組等をチェックしたりはするのです。
 そこで最近、いやなニュースや気になるニュースが増えてきた様な気がするのです・・・(報道の仕方も含め)。
    

 例えば、先日の新宿での焼身自殺(未遂?)のニュースであるとか、都議会の野次のニュースであるとか・・・・。


 その新宿の焼身自殺のニュース。

 ベトナム戦争の時であるとか、チベット僧の焼身自殺等、海外のニュースではしばしば聞いていた記憶があったのですが、我が国でも・・・・といった気がしましたね。
 また、気になったのが報道の有り様。
 何処で観たかはさて置き、「・男が~~・男は~~」といった紹介の仕方がされていたのです。
 しかし報道対象者を「男が~~」といった呼び方で紹介する場合は、その対象者が犯罪者や被疑者の場合ですよね。そうでない場合は「男性は~~」といった呼称であった筈。
 他にも、「昼間人通りの多い場所で迷惑だ・・・」だとか、「人騒がせだ・・・」といった論調のコメントが耳に付き・・・。あるいはいかにもお馬鹿な感じのツイッターの投稿を紹介してみたり・・・・。


 何といいますか、凄くいやな気分になったのですよね・・・。

 本来焼身自殺とは、”絶対的かつ非常に横暴な権力者や支配者に対す、庶民(持たざる物)の平和的かつ最終的抗議の手段”であるというのが暗黙智であった筈。
 少々異なるかも知れませんが我が国戦国時代の、「快川智勝国師」が「心頭滅却すれば火もまた涼しからずや」といって焼死した事も、信長という横暴なる権力者対する抗議であったであろうし、そうした心象を理解出来うる能力を我が国の人々は持っていた筈ですが・・・。

 それを単なる人騒がせな”男”として報道する姿勢・・・・・。
 いやな気分になる筈です。
 

 そしてもう一つの都議会の野次の件・・・。

 色々の意見は各所で語られているとおもいますが・・・・、例えば・・・・”セクハラだ”、とか、”あれくらいの野次は良いんじゃないの?”とか、”議会は言葉を武器とする政治家がその武器を使って切った張ったする場、あの手の野次はある面、敵失。そこを突っ込めないとね?”とか。”あんな下衆な野次が飛び交うとは日本という国は民主国家では無いのか?”とか・・・・・。


 まあ、色々とありそうですが・・・。


 セクハラだ!という話にするとどうしてもフェミニズム論とかジェンダー論とか男女同権論なんて話になって、面倒くさいしまた少々論点がずれそうなのでパスするとして・・・・。(笑)
 
 恐らく海外等も含め多かったのは・・・、先進国である日本、その首都であり近々オリムピックも開催されようとする国際都市の東京。その議会という公式な場所であのような下品な言葉が発せられるという事は、日本という国は一体どうなっているのか?民主国家では無いのか?等々・・・という意見・論調ですかね?

 確かに私も首肯する面も有るのですが・・・。唯、国会中継等観ますと・・・、まあ我が国の議会って結構昔からそんな物であった気が・・・(笑)。

 それに民主主義って、ある面下品なシステムですよね?
 何故ならそのベースは、個人(有権者)が自らの権利(利権・エゴ)を声高に主張することを是として成り立っている訳ですから・・・。我が国の伝統的価値観に照らし合わせるとやはり下品ですよね?(笑)
 また資本主義って物も、全ての物を資本=金(価格・値段)のみで判断するというシステムでしょうから同様に・・・(笑)。


 まあ冗談はさて置き一寸思い出したのが、最近少し耳にする「マイルド・ヤンキー」なる言葉・・・。
 政党という存在も結局は自閉的共同体な訳で、視線がその内側、閉じた方向にばかり向いているとこうした発言にも繋がるのかな?という事。
 そうした面では、上の焼身自殺の報道もそうですが、マスコミも所詮は自閉的共同体に堕したのかな?なんてね?

 共同体の外部、”他者”の心象に対する想像力、これが実は大事であるし、大人の行動であろうし、知性では無いか?等と思った訳です。
 といいますか、昔は作法・しきたりとして判っていたのでは・・・?なんてね・・・。

 結局は現代社会、そうした作法や抽象的観念とかを壊して来た結果として、自閉的共同体という枠組みの集合体に成ってしまったのかな?と思った訳です・・・。


 一寸愚痴っぽかったですね・・・。

 
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2014/07
05
[ #625 ]

A2-B-C

 久しぶりに映画を観て来ました。
 映画館は広島市内に有る「横川シネマ」、レトロ感の溢れる映画館でお気に入りの映画館の一つ、上映作品の選択も好みです。(そういえば広島でもう一つのお気に入りの映画館”サロンシネマ”が近々閉鎖とか・・・。残念です。閉鎖前に一度訪れておきたいのですが・・・・)


 閑話休題、観た映画は「A2-B-C」というドキュメンタリー映画。

 内容はこのポスターから推察していただければと思います。

    A2-B-C



 では何故この映画を観に行こうと思ったのか?


 あの震災から3年余りが過ぎた訳ですが、福島の現状がメディア等で取り上げられる事も少なくなり、忘れ去られつつある感も有るように思えます。また流れる情報も福島(の食材、原発 etc)は安全・安心だ、といった情報ばかりに思えるのですよね。
 特に最近この「安全・安心」というフレーズが流行言葉のごとく耳に付くといいますか・・・。

 また、では本当に安全なのか?安心出来うる状況にあるのか?といった情報はオミットされている様にも思えたり・・・。
 (そうした意味ではバランスをとる為に観たともいえそうです・・・)


 基本的に私は物事を判断する場合に、それを肯定する見方と否定する見方の両方を得て判断するのが昔からの癖で・・・。
 言い換えれば自分に都合の良い(ポジティヴな、楽観的)情報に成り立った幸福感も悪くないかも知れませんが、残酷な(ネガティヴな、悲観的)情報によって見せ付けられる切迫感も嫌いではないのです。
 (もしかすると私が長く単車に乗っている故かも知れません、単車に乗るという行為、楽観的判断ばかりに偏ると命を落としますし、悲観的思考ばかりでは怖くて乗れないですから・・・)


 それに私も広島(県)で生まれ育った人間。
 広島は世界で最初に現住都市に対して核兵器(原子力爆弾)が使用された場所。
 故に核や放射能に対して非常に敏感であった土地(過去形かよ! 笑 )。
 やはり気になったのかも知れません。親の世代は昭和20年には既に生まれていたわけですし。
  
 まあ、そんなこんなで福島の現状を描いたドキュメンタリーというこの映画を観に行ったわけです。


 感想は?といいますと・・・・。

 自分で観て判断して下さい?ですね?(笑) ドキュメンタリーってそうしたものでしょうから・・・・。

 唯、子孫(や子供)達に対して、倫理観や自然・文化・環境等をちゃんとした形で残せない民族に未来(将来)は有るのか?とは思った次第。
 (よく言われる男女同権とか雇用機会均、女性の社会進出促進・・・・等々の言葉も、乳幼児には母親が必要であるという当たり前の視点が抜けてるように思えると同様に・・・といったところですかね?)

 
 

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2014/07
07
[ #626 ]

Nino Rota

 前回ミュゼットの音色はヂンタを連想させ、そこからサーカス・大道芸人といった物の風情を・・・等と書いたのですが、サーカス・大道芸で思い出すのが「道(ジェルソミーナ)」という映画とそのテーマ曲。
 唯、店にジェルソミーナのオリジナルサントラは持ってないので、代わりに・・・・。



       gf.jpg

 「The Godfather」  NINO ROTA


 映画「ゴットファーザー」シリーズのサントラ盤。作曲はジェルソミーナと同じく「ニーノ・ロータ」。

 このニーノ・ロータ作曲の映画音楽、惹かれるのです。
 何といいますか、海(地中海)とかカトリック、または南ヨーロッパ・イタリア等々の空気を連想させられるといいますか。そうした文化・文化圏といった事を考えてしまいます。

 確か他にも「山猫」(好きな映画です)や「太陽がいっぱい」(名作ですな)、「ロミオとジュリエット」。確か「ナイル殺人事件」の音楽もそうですかね。
 
 ロータ自身がイタリア人作曲家という事でそうした空気になるのかも知れませんが、地中海の哀愁といいますか・・・、有りますよね?(もしかしたらクラッシック、特にオペラ曲辺りを学んだ人ゆえかも知れません)


 閑話休題、当時といいますか昔の映画音楽、雰囲気が在る物が多いです。

 モリコーネ、マンシーニ、バーンスタイン、F・レイ・・・・・。

 作品名だと、ひまわり、パピヨン、死刑台のエレベーター、第三の男、スティング・・・・・。

 キリが無いですね。

 勿論最近の映画でも”いいな”と思う物が無い訳ではないのですが、やはりオッサンなのですかね?古い映画音楽が魅力的に思えるのです。

 特にこのニーノ・ロータなんて・・・・。

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2014/07
11
[ #627 ]

転換点?

 昔のF1は草レース的な面やサーカス的雰囲気も有り、そうした時代のF1に魅力を感じる・・・・。何て事をよく書いているのですが、では何時頃までそうした雰囲気が有ったのか?

 思うにどうも82~83シーズン頃が転換点ではないのか?と思えるのですよね。


 では1982年はどんなシーズンだったのか?

 一番印象に残るのは人気者G=ヴィルヌーブの事故死。これが切っ掛けで恐らくはウイング(ベンチュリー)カー最後の年となった筈です。他ピローニが再起不能にになったり、パレッティが事故死したり・・・・。
 シーズンオフには70年代を代表するチーム監督(兼デザイナー)C=チャップマンが亡くなったり・・・。
 
 しかし、個人的にはフォードDFVエンジンが最後にチャンピオンを取った年ということが象徴的な気がします。
 因みに、翌83年が最後の勝利の年だった筈。
 
 (そういえば83年は秋には、東広島出身のレーサー”高橋徹”が富士のGCで事故死。)(TVの生中継を観ていました。そして翌年からウイングカー禁止・・・)


 

 閑話休題、このフォードDFV、市販されていたF1用エンジンなのですよね。F1用のエンジンが市販されているって今では考え辛いですが。
 故にこのエンジンを買って(当時日本円換算で1000万はしなかったとか?)来て、車体を造り、ホイルやブレーキ等は専門メーカーから購入あるいはオーダーをし、あるいは中古で購入し・・・。スタッフとドライバーが揃えば何はとまれF1にエントリー出来る訳で・・・。
 まあ、予算は膨大に掛かるでしょうが・・・。
 それ故、76・77年の富士のF1に日本のチームがスポット参戦出来たり。

 何だかこういうのって、市販車を買ってきて改造・チューニングしてエントリー出来る草レースと大して変わらない様な気も・・・。

 
 それが83年シーズン以降は、大メーカーの造った電子(コンピューター)制御されたターボエンジンで無いと勝負にならなくなる・・・。ターボが禁止された後も結局は細かく電子制御されたエンジン・サスペンション・ミッション etc にデータロガーによる管理。もうプライベーター的なチームの出る幕は無いですよね・・・・。

 そして個性派のパイロットも活躍した80年代が終わり、彼ら(マンセル・ピケ・プロスト・セナ・・・)等が消えてしまった94年以降は、完全に現代的プロスポーツになり・・・・。
 (ハイ、私としては魅力半減なのです。)

 元々モータースポーツ(もしかすると個人競技のスポーツ全般)って、プロとアマチュアの境があいまいと言いますか。
 例えば80年代、日本がバイクブーム真っ盛りだった頃、2輪の全日本を走っている選手、特に小排気量クラスにおいて、いったいどれくらいの選手がそれだけで生活出来ていたか?というと実は殆どいなかったでしょう。多くの選手が別に仕事やアルバイトを持ち、それで得た資金を突っ込んで走っていた筈で・・・。

 そうしたアマチュアリズムの情熱の様な物に惹かれるのですよね・・・。

 (拠って、プロ野球やJリーグ等のプロの団体競技は少し苦手なのかも知れません・・・)

 
 蛇足ついでに・・・、

 F1で市販エンジンを搭載したマシンで戦うバックヤードビルダーが主流になったのは、恐らくDFVの時代の前、F1が1,5Lの時代からでしょうが、その頃強かったチームに”クーパー”というチームが有った筈です。
 あのミニ・クーパーのクーパーさんですよね。
 チューニング屋さんといいますか、レース屋さんといいますか・・・、ローバーミニをチューンしてモンテカルロラリーで活躍したり・・・・。
 (フェラーリ御大は彼らを”自動車修理工場の連中=エンジン自体を作れない”連中と蔑んで呼んだとか・・・)



 で、私の店のバックバーにこんなウイスキーが並んでいたり・・・・。


 クーパーズ・チョイス


 クーパーズ・チョイスという(インディペンデント)ボトラーズのシングルモルトです。
 クーパーズ・チョイス、和訳すれば”樽職人の選択”ですか。
 レース(チューニング)屋のクーパーさん、元々樽職人(樽屋)あがりだったのですね・・・・。


 

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2014/07
14
[ #628 ]

ウイスキーのはなし 2

 以前ウイスキーが史実に登場する嚆矢は、1172年にイングランドのヘンリー2世がアイルランドに遠征した折に現地の人々が穀物由来の蒸留酒を飲んでいる事を見て記録に残した物・・・と書きましたが、では現在においてある種主流ともいえるスコッチ・ウイスキーは何時頃から造られ始めたのか?


 勿論正確な事は判らないのですが、ヘンリー2世のアイルランド遠征からそれほど遠くない時期にアイルランドから製法が伝わり、スコットランド西部から徐々に普及したのではないかといわれています。
 また文献では(著名な話ですが)1494年のスコットランド大蔵省の記録に「修道士ジョン=コーに発芽大麦を与え”aquavitae”をつくらしむ」と有るのがその嚆矢として知られています。


 役所(あるいは王室か?)が修道士に発芽大麦を与え蒸留酒を造らせた・・・?
 となると、修道士が、あるいは教会で蒸留酒を造っていたのか?と読めそうですが・・・・。

 どうなのでしょうね?

 確かに修道院で造られたビール、現代でも結構有りますし、ワインの製造に修道院が関わっている事も多いですし・・・。 ウイスキーもそうなのか?


 個人的には一寸違うようにも思えたり・・・。

 確証がある訳では無いのですが・・・。

 当時のスコットランドやこの修道士がいた町がどんなところか判りませんが、少なくともイングランド南部や、地中海周辺から見ると結構辺境の地といった場所ではないかとおもえます。
 そうした地域の町といいますか村といいますか、町の中心辺りに広場が在り、その側に教会が建てられ街の中心となり、広場周辺に商店(よろず屋)の様な物が在り・・・・。
 そして、教会がある種の行政機関的な役割も果たす・・・。

 そういえば我が国で造られた「国分寺」なんて物もそうした物でしょうし・・・。中央の出先機関的に・・・・。

 そうなると修道士に麦を与え蒸留酒を造らせたということも”その村に与えて造らせた”という事ではないか?と思えるのですよね。

 そしてスコットランドの中心部(エジンバラ)辺りでは、ウイスキー(あるいは”aquavitae”)は造られてなかったし、珍しい物だったということでしょう。
 といいますか当時のウイスキー、スコットランド北東部の地酒的な物で、基本的に自家消費される物であったということなのでしょうね。
 まあ自家消費といいましても、個々の家が自宅にて造り自家消費といった事(だけ)ではなく、村内消費といった物でと思われます。
 まあ、流通に乗る物では無かったと・・・。

 以前1575年にオランダで創業したボルス社が、世界最初のリキュールの製造販売会社と書きましたが、詰まりそれ以前は、リキュールや蒸留酒、そして多くのビール類も基本的に流通に乗っていなかったという事と同様なのだと思うのですよね・・・。

 恐らくワインを除いては・・・・・。

 

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2014/07
18
[ #629 ]

プロ化

 前回の続きなのですが・・・。

 F1GP、82年にDFVが最後のチャンピオンを取って以降段々とシビアになり・・・何て書いたのですが、恐らくそれは原因では無く、結果という事なのでしょう・・・。
 では原因はといいますと、恐らくはTV放映権辺りの問題が大きいのでは?と・・・。
 
 まあF1に限らず、その頃から多くのスポーツがプロ化の方向に行った気がします。

 象徴的なのが1984年のL・Aオリンピック。それを境にオリンピックが急速にプロ化、言い換えれば放映権ビジネスに席捲されていく、そして90年代半ばにはF1やオリンピックに限らず他のスポーツもプロ化の波やTV放送との絡みの様な物に晒される様になったと思えるのです。
 (そういえば、Jリーグの発足も92年でしたかね?)


 更に言えば、スポーツに限らずプロ(フェッショナル)=正しい、アマ(チュア)=お遊び=素人的 といった価値観が幅を利かせる様になった気も・・・・。
 (そういえば某国営放送でもプロフェッショナルなんて番組が出来たり・・・・)


 別にそれ(=プロ)が悪いっていう訳ではないのですが、アマチュアリズムの良さ何て事がまったく言われなくなったのも、バランスとしてどうか?という印象なのです。

 またオートバイの話に戻りますが、オートバイのレースが流行っていた頃って、仕事を2つ位掛け持ちし、その収入の殆どをレースに突っ込み、寝不足でトランポを運転して練習に行き・・・・。なんて連中がそこいら中にいた様な・・・・、そして残った物は借金と後遺症といった感じで笑い話にもならないと・・・。(勿論、命を落とした連中も多々・・・・)


 更にオートバイに限らず、例えば他のスポーツ、また音楽とか、あるいは文学や演劇とか・・・・。そうやって、稼いだ金を突っ込んで何かに耽溺している連中が結構有った様に思えるのですよね・・・。

 そうした行為、今現在の視点から見ると、”おろか(者)”という評価になるのでしょうが、ちょっと惹かれる気がしませんか?銭金にならないことに真剣になるとか、遊びだからこそ真面目にやるとか・・・・。

 そういった”おろかさ”って、ちょっと美しいと言いますか、可愛いといいますか、楽しいといいますか・・・・。


 例えば先日あった博多の山笠に入れ込んでいる男なんてのも、ちょっとそんな雰囲気が有るような気もしますし。
 阿波踊りなんてのも・・・。
 江戸時代までは我が国では、そういった事が評価されていた様にも思うのです(或いは寛容であったとも・・・)。


 勿論、プロスポーツの魅力を否定する心算は無いです。
 TVなんて殆ど真剣に見ない私ですが、実はWOWWOWエキサイトマッチ(ボクシング)という番組だけは、割とまめに録画して観ていたりもする訳ですから・・・・。

 (まあ、ボクシングもモータースポーツもちょっと似たところはありそうですが・・・・、ともに危険を伴う個人競技ですしね・・・)


  そんなはなし。

 

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2014/07
22
[ #630 ]

梅雨が明けた様なので・・・

 梅雨明けしたという事を耳にしますとやはりバイクを引っ張り出したくなりまして・・・(海の日なので海に行けよって話もありそうですが)。
 また少しは車庫から引っ張り出してやらないと、バイクも私も黴そうでという事です。


 相も変わらず一人バイクに跨り、今回は西に・・・。

 バイクを停めたのはJR徳山駅近く、その昔、徳山にも遊郭が在ったという事で・・・。(笑)
 周辺地図等、何か良い観光パンフレットでも有ればと思い駅構内へ。


 観光パンフレットは無かったのですが、代わりにこのような物が張り出して有るのを見つけました。

 職業別明細図

 昭和10年版の徳山市職業別明細図


 嬉しいですね。思わずその前に座り込んでじっくりと・・・(殆ど不審者です。&裏面が気になります)


 戦前の徳山の遊郭辺り、ちゃんと券番が記載されてあります。

 券番

 (判りますかね)


 ということでその辺りを少し散策。


 が、 完全に今は昔です。
 確か徳山市も空襲で焼けておりますので戦前の建物を期待した訳では無いのですが、その何といいますか”土地の記憶”の様な物、気配といいますか、その様な物が感じられればと思ったのですが・・・・。
 妙に健全な街並みになっています。(というか寂れている?)


 このような物も少しは残っていますので、戦後も少しは飲食店等が有った時期も有るのでしょうが、現在は無機質な印象。
 
 栄町  栄町スナック

 上記の地図を見ても判りますが、元々小規模の遊郭であった事もあるのでしょうし、恐らく駅の開業後に造られた遊郭でも有るのでしょうから、土地の記憶という程の事も無いのかもしれません。
 (戦後は少し離れた場所に特飲街が造られ、そちらが盛り場に成った事にもよるのでしょう)


 ついでといってはあれですが、駅の南側も少し散歩。こちらの方が雰囲気は有りますね。鉄道駅と港の間ですしね。

駅裏

 木造4(3?)階建ての旅館があったり・・・・。

 戦後の特飲街周辺は別の機会とすることとして、次の場所に移動・・・・。


 それはこちら・・・。


 下松地図

 下松市です。(上記の地図から)


 下松市、山陽線の花園駅辺りに花園神社があり、その辺りを旧西国街道が通っており、本陣も在ったり古い町並みも残っているという話は聞いていたのですが、私が向かったのは下松駅周辺。
 その昔この辺りにも遊郭があったらしい・・・。という話も耳にし・・・・。


 先ずは歴史有る妙見宮に参拝。

 少々寂れ気味ですが興味を惹かれる存在です。

 妙見宮仁王門

 門前町は見事に寂れています。といいますか往時の繁栄の名残ですかね。

 また縁起書きも興味深く・・・。


 妙見宮縁起


 戦国武将大内氏由来もあり、また大内氏=百済系、またそれが南朝にも繋がり・・・・・・・。
 色々と妄想が広がります。


 で、街並みですが、結構らしい雰囲気が漂っていましたね。(ちょっと写真は撮り辛い気もしましたが・・・)

 昔の(料理)旅館や飲食店の建物が残っていまして・・・・。

 下松


 そこから更に笠戸島へとフロントタイヤを向け・・・・。
 海の日なので海とか島とかに立ち寄るのもね・・・・。
 と・・・・・いいますか、ある知人の方のお話で、その方の親戚が戦前笠戸島で遊郭(女郎屋)をやっていらっしゃった、なんて事を耳にしまして・・・。
 

 更にそこから北に向かい田布施の駅に。
 駅前に立派な唐破風の有る料理旅館が・・・・・。

 田布施



  閑話休題。田布施町周辺、兎に角明治以降、政治に深くコミットしている町。出身者を思いつくままにあげてみましても・・・・

 ・伊藤博文初代総理大臣・松岡洋右元外相・安部源基内務大臣・岸信介元総理・佐藤栄作元総理・宮本顕治元共産党書記長 等々・・・・・・。

 まあ個人的には、シベリヤお菊なんてのが気になるのですが・・・・。


 で、一寸民俗資料館を拝観・・・と立ち寄る事にしたのですが・・・・・

 休館日

 休館日・・・・。

 いきなり疲れが倍増です。  
 気温も上昇、寝不足でもありますし・・・・。
 やる気を殺がれ早々に帰宅する事に決定。 
 

 でも折角なので帰りがけ、岩国にも一寸立ち寄る事に・・・・。

 ここも戦前遊郭が在ったのですよね・・・・。

 こんな物が残っています。

 楼  木造三階  岩国

 (しかし山口県、当時そこかしこに小さな遊郭が存在していたのですよね。)


 それはさて置き、夏の到来をバイクで感じた一日でした。

 

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