FC2ブログ
2014/11
02
[ #660 ]

洪さん

 先日といっても、もう1月余り前の事ですが、同じ教室でダンスを習っていた中国人留学生の ”洪 偉 (フォン ウェイ)”さんが帰国される事となり、送別会が行われるという事で、私も顔出ししました。
 といいますか、一寸調子に乗ってこんな事ま で・・・・。


   カウンター


 フロアにバー・カウンターを仮設置していただき・・・。
 
 こんな事をするのも久しぶりです。    (喜んでもらえたのでしょうか・・・?)



 閑話休題、洪さん。
 中国にいたときからラテンの基礎練習をしっかりされていたそうで、更に留学中はバレエ教室にも通っていらっしゃったとかで、兎に角ラテンダンスでの身体の使い方が綺麗なのです。
 やはり何事も基礎は大事という事ですね。

 洪さん


 人当たりも良くて感じの良い方で、人間、国籍よりもその人個人に拠りますよね?なんて当たり前の事を再認識させて下さった方です。
 一寸寂しくなります。

 また、当日は他に、こんな物も見せていただけ、

 舞踊

 水戸藩伝来の日本舞踊だそうです。

 色々と楽しませていただいたのです。

 

スポンサーサイト

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2014/11
06
[ #661 ]

岡山南部

 例年のこの時期は年末に備えリフレッシュを等と理由を付け温泉に出向く事が多かったのですが、今年は時間調整が出来ず昨年同様ドライブでお茶を濁す事に・・・。

 向かった場所も昨年同様岡山県南部・・・。


 先ず車を停めたのは、由加山。
 昨年一人で単車にて訪れているのですが、今回は連れ合いと・・・。
 2度目となるとまた違った見方も出来るかも知れませんしね(この度はちょうど由加神社本宮で火渡り神事が行われていました)

 
 そして、今回感じたのは・・・・・。


 ここに存在する由加山蓮台寺と由加神社、かなり仲が悪いのでは?という印象。
 明治期の廃仏毀釈の影響の名残ですかね?(あるいはその後の神社行政とか神社本庁の設置とか・・・・?)

 またそれにも関連しますが、恐らく日本の寺社、明治維新以前は神仏混合が当たり前だったのであろうという事(人々の感覚としても)。


 そしてもう一つ。


 由加山多宝塔

 この立派な多宝塔。

 下層が正方形、上層が正円形という造り。
 非常に幾何学的印象を受けるのです。
 何だかこの辺りからも創建当時の仏(密)教教団の在り様といった物が想像出来そうな気もしました。
 (例えば空海等からは、土木技術者とか鉱山技術者的側面も強く感じますし・・・・)

 
 
 そして次に車を停めたのは、これまた前回単車で訪れております”日比港”。
 ここは精錬の町でも有り、また港町でも有り・・・。そしてその関係者用とも言える遊郭が存在した場所です。
 今回は少しだけ歩かせていただき・・・・。
 ぱっと見、ごく当たり前の住宅地と化しております印象なのでその辺りは気を使いつつ・・・・。


 日比1  日比2

 地形・立地等も含め少しばかりですが名残を感じました。


 そして次は九幡という地域・・・・。

 ここもかつて遊郭地だった場所・・・・。


 九幡2  九幡3

 現在はこんな感じです。

 往時、外側の大規模な堤防が存在したかは解りませんが、この水路は雰囲気です。また堤防の外にはいい感じの港が存在しています。
 当時、港町は人口規模が小さくても遊郭の設置許可が下り易かった様で、ここもそうして出来たのでしょうね・・・。
 


 次は西大寺。


 西大寺仁王門


 裸祭りで著名な寺ですね。(観客席まで有りました)
 ここも密教感、神仏習合感溢れる雰囲気。

 ここには雰囲気有る街並みが残っているという噂も耳にしており、その辺りを少しばかり散歩・・・・。

 門前町的な雰囲気か?と想像していたのですが、そうではなく商家街と言いますか・・・・。
 いってみれば昭和の商店街の街並みがそのまま冷凍保存されている雰囲気です。


 西大寺2  西大寺3

 管理が行き届いているのか綺麗で、しかもわざとらしくなく良い雰囲気の街並みです。

 西大寺1


 更に東に移動し牛窓へ・・・・・。

 牛窓といいますと「日本のエーゲ海」といったフレーズが付いて回りそうですが、私の印象としては古くからの著名な潮待ち港。遣唐使時代から賑わっていた記憶があります(また朝鮮通信使との関連も)。
 そして当然遊郭(色町)も存在していた訳で・・・・。
 加えて言えば往時を偲ばせてくれる街並みも残っています。(適度な寂れ具合で・・・・・)


 ありがたい事にこんな散策図も・・・・。

 牛窓散策図
 
 
 色町が存在したのはフェリー乗り場から天神社の門前にかけてでは無いかと想われます。


 ニコニコ食堂

 この建物も雰囲気です。


 この周辺、裏手辺りに・・・・。

 牛窓1  牛窓2  牛窓3



 牛窓、由緒有る寺社も多そうですし、また街並みの通りもかなり長さがありそうで、ゆっくりと散策して見たかったのですが・・・、到着したのが既に夕方、秋の夕日はつるべ落としとも言いまして夕方5時を過ぎると一気に暗くなるのですよね・・・。

 夕日


 という事で、残りの街並みは次回の宿題として帰途に付きました・・・。


 しかし岡山県の南部、江戸期は結構栄えていたのですかね?同時期の安芸の国よりも栄えていたのでは?等と思わされます。
 立派な塔を持った寺社も多いですしね。


 牛窓塔
 これは牛窓


 まあ密教系寺院が多いという事もあるのでしょうが・・・・(安芸は真宗が強いですから)。
 またその辺り吉備の国、鬼の城、そこから連想される産鉄の民といった事との関連・・・、何てことも想いましたね・・・・。

 

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2014/11
10
[ #662 ]

ワインの会

 昨夜のバカナリヤは予約制でワインの会。

 とは言っても勉強会的ではなく、皆でワインを飲んで酔っ払いましょうという企画。

 参加して下さったのは男性6名、女性6名の計12名。狭い店故これが精一杯。

 今回はソーヴィニヨン・ブランを6本、シラーを4本、シラーのスパークリングを1本、おまけでリースニングのアイスワイン(BACCHANALIAというワイナリーで造られた物)の計12本。
 見事に全て空きました。


 ワイン

 これは準備中・・・。


 出来れば来年もこの時期に実施出来ればと想っております。

 

タグ :   店・仕事  /    /

店絡み・酒絡みCM(0)TB(0)URITOP

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2014/11
12
[ #663 ]

映画 「花宵道中」

 映画「花宵道中」を観て来ました。


      映画 花宵道中

 以前このブログにアップした事も有りますがこの映画の原作、宮木あやこ氏の小説「花宵道中」、お気に入りの小説の一つなのです。
 吉原を舞台とした小説はかなりの数の作品が出版されていると想いますし、そこそこ読んだ記憶も有るのですが”雰囲気”という面に関して個人的には一番では無いかと思っていたりもするのです。
 その小説「花宵道中」が主演”安達祐美”で映画化されたと聞き及び気になっていたのです。
 確かに安達祐美、小説の主人公”朝霧”のイメージに割りと合いそうですし・・・。


 
 観ての印象はといいますと・・・・。


 衣装は雰囲気です、天保年間の深川の吉原仮宅のセットも雰囲気在るように想えました。キャストも結構・・・・。
 原作のストーリーや世界観に忠実という印象です。
 (最近この手の日本映画が多い気がしますね。人気コミックや売れた小説を略そのまま映像化といった物。メディアミックスというのですかね、何だか80年頃の”観てから読むか、読んでから観るか?”のフレーズ、やり方を思い出します)

 またそしてそれ故に、(悲しいかな)やはり原作を超えるのは難しいのか、という印象も有ります。
 小説は読者(私)の主観、想像力等を加えて読めます物ね・・・。

 
 閑話休題。衣装も良い、セットも悪くない、キャストも雰囲気・・・・、では何処が物足りないのか?

 それはやはり台詞なのかも知れません。
 確かに廓言葉等も上手く取り入れている気もするのですが、普通の会話やモノローグが言ってみれば最近の女性の日常会話そのままと言いますか、以前観た映画「源氏物語 千年の謎」でも感じたのですが、風情が無いのですよね(脚本の所為という事ですかね)。

 観賞者の主たる対象であろう妙齢の女性が感情移入し易い様にと、そうして在るのかも知れませんが、語彙の選択や言い回しの工夫、間の取り方等、もう少し何とか出来たのではという印象です。
 (活字好きのオッサンの意見なので一般的かどうかは解りませんが・・・)


 結局この辺りの事が、気にいった小説等が原作に沿って映画化された場合に原作を超えれない印象を受けるのかも知れません。

 では邦画で、読んだ後に観て原作よりも勝っている印象を受けた物は無いのか?といいますと・・・・・。

 一つは、以前書いたかも知れませんが「嫌われ松子の一生」。
 これは、原作が重過ぎて・・・・。そしてかつ、泣き笑いのミュージカルという手法にやられましたね。


 そしてもう一つ。

 これは最近某衛星放送で観たのですが、「共喰い」という映画。
 原作は田中慎弥氏の146回(平成23年下半期)芥川賞受賞作。
 この原作も当時読んだ記憶が有りますが、個人的にには同時受賞の円城塔氏の「道化師の蝶」の方が良かった印象。
 小説「共喰い」は少し物足りないといいますか、ラストが弱いといいますか・・・・。それが映画ではその部分が力強く・・・・。カット等も良く・・・・。あるいは出演者の存在感・・・・。
 嬉しい誤算といいますか驚きました。


 色々と書きましたが映画「花宵道中」。オッサンとしては、悪くは無いけど物足りない印象。
 まあ女性向けの映画でしょうから、女性が観てどうか?は解りませんが・・・・・。

 相変わらずの言いたい放題で申し訳無い・・・。


   

タグ :   映画  /    /   遊郭色町  /

本とか映画とかCM(0)TB(0)URITOP

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2014/11
14
[ #664 ]

LISA ONO

 前回はタンゴのアルバムでしたが、南米の楽曲といいますともう一つ”ボサノバ”何て物が思い出される訳でして・・・。
 唯、ボサノバって何といいますか、けだるい午後といったイメージで中々深夜のbarでは流し辛い物もあるのです。
 そこで、こんなアルバム。


        ONO LISA

 「DANS MON ILE」  LISA ONO


 小野リサさんのフレンチポップス集(シャンソンなら夜の世界でも流しやすいかな・・・・と)。

 ここ最近の小野リサさん、世界各地の大衆歌謡・民族歌謡といった物をボサノバアレンジでCD化する活動をされている印象が有るのですが、その初期作品という記憶があります。

 流してみますと、楽曲は当然フレンチポップスですので所謂シャンソン的なのですが、アレンジがボサノバなので、これまた当然ボサノバ的でもありまして何とも不思議といいますか・・・・。
 そして何よりやはり小野リサのアルバム(唄)ですね。

 しかし彼女の歌声、なんといいますか(良い意味で)肩の力が抜けるといいますか、余り好きな言い回しでは無いのですが癒されるといいますか、リラックス出来るといいますか・・・・。

 彼女の人柄なのですかね?(あるいはボサノバの個性か?日本人のDNAに拠るのか?)

 どちらにしろ夜のbarに似合うかどうかはさて置き、ついつい流したくなるのですよね・・・・彼女のCD。

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2014/11
17
[ #665 ]

落語の世界?

 現代社会というもの、自らの思いを殺して会社等(組織)の理論に従うと、大人とは言われるが同時に人でなしにもなってしまいそうで、逆に己の思いに素直に従うと”餓鬼”と呼ばれてしまう・・・。
 じゃあどうしろって言うの?・・・・と。

  でその辺り、落語の世界に学ぶなんて楽しそうな気がします・・・と前回終わっていたのですが、では落語の世界とはどんな物なのか?という話で・・・・。



 落語の世界といいますと、やはり思いつくのは”熊さん””八っつぁん”といった人たちの世界。
 (屋根?)大工の熊五郎に大工の八五郎、左官の長兵衛さんに魚屋の金さん、道具屋の甚兵衛さんに経師屋の清さん。他、髪結いのお崎や若旦那とか・・・・・。
 まあ、そんな人たちの世界。

 そこを代表して大工の”熊さん”主演?で話を進めますと・・・・・。


 先ず大工の熊さんの主観的自己認識(自己規定)は、当然ながら自分=大工な訳ですよね。
 そこで熊さんが道具箱を担いで世間=仕事場に出て行ったとして、周囲の人々の彼に対する(客観的)認識も、熊さん=大工な訳で・・・。凄くあたりまえなのですが、これって(主観と客観の一致って)収まりが良い訳です・・・・。
 落語の世界の良さって、実はこんな感じの良さだと思えます。そしてこれが結構大事な気がするのですよね・・・・。

 唯、ここで一つ加えて言えば・・・・、

 熊五郎自身が「俺は大工の熊五郎だ」と言ったり想ったりしたとしても、周囲が「熊五郎?あんな腕の無いやつ大工じゃねーよ!」といえば上手くいかない訳で・・・・。

 *詰まりは自分の存在(の意味)という物、実は他者が決めると言う事なのですよね・・・・。これが実は凄くあたりまえで重要な気がします。


 また大工の熊五郎さん、常に大工の熊五郎か?というとそうでも無い面も有りそうで・・・。

 例えば長屋に帰り大家さんの前に顔を出した時は、当然ながら”店子”の熊五郎な訳でして。更に両隣に住まわれる方からすれば”お隣の熊さん”ですよね。カミサンに言わせれば”ウチの馬鹿亭主の”熊五郎かも知れませんし・・・(勿論、カミサンの認識も”大工の熊五郎”かも知れませんが、これはこれで良い気もしますよね・・・・)。

 *詰まり他者に規定される自分の存在・意味なんて、場面や関係性により求められる物も変わる訳で、まあ場面場面で最低限それらしくしとけば良いわけですが・・・(またその辺りのらしさや、らしく無さが落語の笑いになったりもするのですが・・・)。


 更に、あるいは加えて言えば・・・、
 例えば熊さんが大門潜って仲ノ町となりますと・・・・。
 そこでは基本的に大工であるとか何処に住んでいるとかすら関係無くなる訳で、上手な素見しが出来るかどうかだけが重要だったり・・・。あるいは妓楼に揚がれば、粋な熊さんか野暮な熊さんかという話でしょう・・・。
 (ここで、私は何処何処藩の何々役の何の何兵衛なんていいだすと野暮の骨頂、裏浅黄と呼ばれるわけでして・・・ 笑 )

 更に狂歌の世界となれば(熊さんと狂歌って似合いそうに無いですが)、狂歌名(今で言えばハンドル・ネーム)になる訳でしょうから、上手い狂歌が造れるかとか、らしい振る舞いが出来るかどうかだけが重要でしょうし。


 何を書いているのか自分でも良く解らなくなって来ましたが・・・・笑 。


 *つまりは(自分の存在の)意味と言うもの、他者との関係性に拠り結構有機的に変わっている訳ですよね。絶対的な正しさって無い訳ですね(善悪=人の道と言うものは有りそうですが)。

 もしかするとそこに有ったのは、実は”お互い様”という事(価値観?)だけかも知れません。

 例えば熊さん、妓楼に揚がった場合、良い客、粋な客として振舞う事=客らしさを求められる訳ですが、当然逆に遊女も遊女らしさを求められる訳で・・・。
 座敷持ちは座敷持ちらしく、部屋持ちは部屋持ちらしく、端女郎は端女郎らしく・・・・。
 お互い様といいますか、お互いの関係性に拠り、意味=らしさが変わると・・・。

 しかし意味が互いの関係性に拠り有機的に変化するって・・・・・、
 その昔(1970~80年代?)に流行った”ポスト構造主義”って、確かこんな話では無かったですかね?
 とすると日本と言う国、江戸時代までは当たり前にポスト構造主義的生活をしていて、またそれが結構幸福そうですよね?(落語の世界=江戸の価値観で展開する庶民の世界でしょうから)


 またその中で人々(庶民)は、肩書き(上の何処何処藩の~~)では無く、職業やその場その場の立ち居地で生きていて、それは有る面、結構自由であった気もしますし、人間という生き物の性質にも合致していた気もするのですよね。

 全てとは言いませんが江戸の人々、サラリーマン的ではなく職人的だった気がします。
 現代は結局、企業といった”わくぐみ”の力が強くなりすぎたのかも知れません。
 落語の世界では逆に、肩書き(わくぐみ)で生きざるを得ない武士の悲哀なんて物もある気がしますしね(笑い飛ばしてる?)。

 

 私自身構造主義なんて良く知りませんが、科学的な正誤や正しさなんて物が必要以上に重要視・絶対視され強要されるのって一寸辛い気がしますね。
 
 お互い様といった感じで、適度に気を使いながら暮らすのが楽しそうです。
 

 

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2014/11
20
[ #666 ]

日本の酒のはなし 4

 久々に日本の酒に付いての妄想を・・・。


 西洋でシェリーの生産量が増える時期、我が国の酒はどうだったのか?という事なのですが。
  

 12世紀末に鎌倉幕府=武家政権が誕生し政(まつり)事=行政が幕府に移るのですが、そこで酒に関して行われた事で重要と思えるのが、13世紀半ばの沽酒禁令。
 これは各家において蓄えても良い酒の量を、甕一つに制限するという法です・・・。
 そしてここから推察出来るのは、まずは往時そこそこの家ではかなりの酒を造り貯蔵していたであろうという事。それはまた日常(ケ)における飲酒がある程度行われる様になっていたのであろうという事。

 そうした状況で幕府は沽酒禁令を発布する訳ですが、それでどうなったのかといえば・・・・?
 専門の酒屋(造り酒屋)が誕生するという事になる訳です(各家は酒が必要な場合そこに買いに行かねばならなくなる)。そしてそこから、今風に言えば酒税を徴収する訳です。
 明治維新後にも似たような事が有ったと記憶していますので、新政権ってやはり予算的に苦しいのでしょうかね・・・。

 そしてそこで酒造に乗り出すのが京都の金融業者等の豊かな商人・・・(この辺りも明治維新後と似ている様な・・・・)。
 (特に室町時代になったころからか・・・)

 こうした状況でどういった事が起こるかといいますと、一つは、専門業者故により良い製品を造ろうと工夫や技術革新の様な物が起こる。

 代表的な物の一つが”諸白”造りという物。
 古代の酒は玄米で造っていたのですが、蒸米等が徐々に白米で造られる様になっていく、それでもこの時期(16世紀)まで麹米は玄米であったとか・・・。
 それを全ての原料を精白した白米で造る様にしたのが、諸白。

 そしてもう一つが火入れの開始。
 自家醸造が制限され造り酒屋的な物で造られる酒が多くなり、流通とか貯蔵に対する必要性から生み出された面が強いのかとも想えます・・・・。

 火入れ、詰まりは低温殺菌法。麹菌他各種の菌を殺す為に60℃前後に温度を上げる行為。
 西洋の現代科学がこれ(パスツール法)を発明、実用化するのが19世紀半ば過ぎですから約300年前から我が国では始まったいたわけで、流石、技術立国の我が国というところですかね (笑) 。


 では何処で酒の火入れが始まったのか?ですが・・・・。

 これは著名な話が有りまして・・・「多聞院日記」という興福寺の学僧が記述した文献に登場するのが記録としての嚆矢とか・・・。(1568年)


 詰まりはこの時期(でも)、寺社においても酒造りが行われていたと言う事でしょうし、また当時の寺社にはそうした有る面研究機関的側面も有ったという事なのでしょう。

 西洋でもブルゴーニュのシトー派修道院において、ワイン用葡萄の品種改良やワイン醸造法の研究も行われていたわけで、洋の東西似たような事をしている訳ですよね。
 といいますか、酒造り等の行為を系統的に長年に渡り観察し記録し研究するといった人材を確保出来る組織として、寺とか教会以外には難しかったのでしょう・・・・。

 
 更に言えば寺社という物、古くはそうした多くの側面を持っていたという事でしょう。
 (現代ではお葬式の時にお世話になると印象ばかり強い訳ですが・・・・)


 初期の法隆寺なんて立法機関的側面も有りそうですし、国分寺なんて国の出先機関=合同庁舎や裁判所的な側面が強い様にも想われます。他、荘園領主的側面だってありそうですし、金融業や貿易業を行う面や、江戸時代では役所の住民課的側面も強いですしね。上記の様に教育機関や研究機関の面も強そうです(弘法大師に土木技術者や鉱山技術者空気を感じるのは私だけでしょうか?)。また信長と戦った本願寺や延暦寺は僧兵もいますし、一つの政治勢力ですよね・・・。
 他にも、集会所的であったり、舞台や劇場、ある種のアジールとして機能したり・・・・。

 そういえば近代の”大学”という組織もそうした面が有りそうで・・・・・。


 何だか相変わらず話が横道に逸れてしまいました・・・・。

 

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

2014/11
29
[ #668 ]

ヨースケ

 先の連休、京都に行って参りました(またかよ?)。

 今回は御座敷ではなく、披露宴列席の為です。



 結婚したのは、以前バカナリヤでバイトをしてくれていました”ヨースケ君”。

 現在は某酒造メーカーで頑張っています。

 凛

 こんなウイスキーを売っているメーカーですね。


 ということで、披露宴もこんな感じで・・・・。

 鏡開き


 何だか一言喋って下さいという話だったのですが、これが大失敗、相変わらずプレッシャーに弱い私です(私にスピーチ何てさせるなよ・・・・)。

 だからという訳では無いですが、そのスピーチ代わりといいますか、彼の紹介等を少々・・・。


 ヨースケがバカナリヤでバイトをしてくれていたのはもうかなり前の事で、もうご存知のお客様も少なくなっているかもしれませんが、当時は結構かわいがっていただけたのでは?と想っています。
 私の印象は、近所の某大学の学生らしく、とても根が真面目な印象、真面目すぎて一寸不思議といいますか、ワンテンポ反応がずれると言いますか、お人よしな雰囲気も・・・・。
 こんなので大丈夫か?等と想う面も少しばかりなきにしもあらず?だったかな?まあまただからこそ結構お客様にもかわいがられた様にも想えます。

 それがある時、「マスター、米国に留学する事にしましたので、やめさせて下さい」なんて話で・・・・。
 で、とっとと留学、更に帰国後は今の会社に入社も決め・・・・。
 のんびりしているようで、実はしっかり考え、また意思の強いタイプだったのかも知れません。

 新婦はエーサーで知り合ったとかで、そういえば彼、学生時代からギターも弾いてましたし・・・・。
 のんびりというよりは自然体の人間だったのでしょう。

 何はとまれ、非常に嬉しい事でした。

 お幸せに。    ですね。


 そして彼が留学する為にアルバイトややめることになり、代わりにと紹介してくれたのが・・・・。


 メセ

 こいつ。
 現在はKという洋酒メーカーでウイスキーを造っています。

 そして2次会と称し、彼と痛飲。

 何度も言うようですが、実に嬉しい一日となりました。

 私自身は相変わらず場末のヤクザな飲み屋の親父ですが、バカナリヤでわずかでも働いた若い子達が立派に働いている事は心から嬉しいのです。


 何だか今回は完全にオッサンの独り言になってしまいました。

 
 

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.