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2015/03
01
[ #696 ]

LISA EKDAHL

 印象的で可愛らしい声の女性ヴォーカルといいますと、この方も思い浮かぶわけでして・・・。


          lisa ekdahl

 「Back To Earth」  LISA EKDAHL  &PETER NORDAHL TRIO


 リサ=エクダール 先月アップしたブロッサム=ディアリーと並んで語られる事も多い気もします。
 また、ブロッサム=ディアリーさんの声がキューティーヴォイスと言い表される事に対し、彼女はフェアリーヴォイスと呼ばれる印象も・・・・。
 北欧(スエーデン)出身故か透明感を感じる歌声なのです(北欧の言語、その気象条件故か、矢鱈とキーが高く聞こえるといいますか透明感を感じるといいますか・・・・)。

 それでどうなの?と聞かれますと・・・・。

 このリサ=エクダールさんのアルバム、なんといいますかジャケットの写真を見ても美人さん(好みはあるでしょうが)ですし、歌声はかわいいし、おまけに結構色っぽいといいますか・・・・(確かこのアルバムは20台後半の作の筈・・・)。

 綺麗、可愛い、色っぽい・・・・。なんというか、一寸卑怯? 笑

 音楽にしろ、絵画にしろ、ある種の偏りや歪みが有った方が印象に残る気がします。
 
 そういった意味でも、ブロッサム=ディアリーさんの方が多くの方の記憶に残り易い気はするのです。

 しかしこのアルバムも結構流しやすいアルバムで、しばしば流していますので一度聞いて見てもらうのも良いのかな?と思えるのです。

  
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2015/03
05
[ #697 ]

ジンのはなし

 漸(ようや)くジンのはなしです。
 ジンというお酒はバーに於いてホワイトスピリッツの筆頭に挙げれられる印象が有ります。恐らくカクテルのベースに使われる事が多い故とも思われます。その辺りも含め少し妄想を逞しくしてみたくなるお酒なのです。

 ジンは出自がかなりはっきりとしている酒で、1660年にオランダのライデン大学医学部教授のフランシスクス=シルビウス(フランツ=ド=ル=ボエ)が作り出した物です(ジュネヴァ)。
 彼は解熱作用のある薬用酒(薬)としてジンを開発したという事ですが、その後嗜好品としてオランダで評判と成り~~~。と、まあこれが嚆矢ですが、となるとジン(ジュネヴァ)は解熱剤としての作用があるのか・・・?という事になりますよね?

 そこでジュネヴァ(ジン)の造り方ですが、穀物(大麦が主流)を発酵させた液を単式蒸留器で蒸留して得られたスピリッツにジュニパーベリー等を主体とする薬草を漬け込みそれらのエキスを浸出させた後に再度蒸留して造られる訳なのですが、この主体となる薬草(最近はボタニカルなんて呼びますが・・・)のジュニパーベリー、利尿作用の強い物として西洋では著名な物で、この利尿作用に拠り体内の毒素を排出し易くし、結果として解熱作用を期待したという事なのでしょう・・・。


 ジュニパー ベリー  ジュニパーベリー

 アルコール自体にも利尿作用は有る程度期待できるでしょうし、またアルコールには他にも麻酔作用や気付けの作用も在ります。また他の薬草の効能も期待できるかも知れませんので、現代的な感覚ではどれほど効果が認められるかは解りませんが、往時それなりに効果は有ったのでしょう。



 実はそれよりも気になるのは其の後。清涼な香りの酒としてオランダで評判になり・・・・・。といわれる部分・・・・。

 まあ好みの問題も多いのですが、ジュネヴァ或いは他のジンにしてもそうですが、常温で飲んでそれ程美味しく思える物なのか?という疑問が有るのですよね・・・。
 (当時は冷凍機は発明されていない訳でして、当然常温で飲まれた訳ですから・・・)
 (冷凍庫でキンキンに冷やしたドライジンは確かに美味しく思いますが・・・、一寸アル中気味? 笑 )
 (まあボルス等の流通生産業者の力もあるのかも知れません・・・・)



 ここでもしかしたら?と、私が思いつくのが(妄想の始まり?)”ハーリング”という存在です。

 ハーリングとは現在でもオランダの名物と言われるニシンの酢漬け。実はこの料理に相性が良かったのがジン(ジュネヴァ)が受けた理由では無いかと想像するのです・・・・・。


 少し話は変わりますが・・・・・、ニシンの酢漬け等の生の青魚を塩と酢で漬けた(〆た)料理にどんな酒が合うのか?という話。
 寿司屋で出されるコハダでも良いですし、〆鯖や、岡山のママカリの酢漬けでも良いですし(瀬戸内の漁師町等ではイキの良いイワシ等で造ったりもしますが、それなんか特に・・・・)。

 日本人なら日本酒という(最強の食中酒?の)米の醸造酒が在りますのでそれで良いのかも知れませんが、洋酒だと・・・・?
 白ワインとなるのかも知れませんが、これは下手をすると魚臭さ・生臭さが増幅される面がありまして(物にも拠りますが)結構難しい気がします。
 

 実は此処で相性が良いのが、アクアビットという酒。
 北欧の蒸留酒でジャガイモ等で造られるスピリッツに薬草の香りを付けた物(確かに北欧でもニシンの酢漬けは名産ですよね)。
 キャビア+ウオッカの組み合わせもそうですが、香りの強い生魚にはワイン等の酒は生臭さを増す可能性がある故に蒸留酒の方が相性が良いという話があるのです。(鹿児島辺りでのキビナゴの酢味噌に焼酎というのもあるか・・・・)

 で、このハーリングの存在故にオランダでジュネヴァが人気と為ったのでは?と思う訳なのです。


 蛇足ついでに・・・・・。
 ではジンが開発された当時、ハーリングはオランダ周辺で食べられていたのか?

 ものの本ではハーリングが当地で造られる様に成ったのは中世の終わり頃とか・・・・・。

 では中世の終わり頃を何時頃と観るのか?



 此処でオランダの歴史に付いて少々・・・・・。  

 
 1492年スペイン異端審問が始まりマラーノ等の人々が多量にスペインやその周辺から外に出て行くことに成るのですが、その人々が多く移住した先の一つが、当時ハプスブルグ家の領地であったネーデルラント(現在のベネルクス3国)周辺(カール5世の存在も大きいか?)。そして彼らは海運業を起こしたりそれらに投資をして力を蓄え後に北部が独立しオランダ王国を造る(1648年)のですよね(実際オランダの国土の多くが灌漑工事で物理的にに造られた面も・・・・笑 )。

 そしてこの頃にハーリングが造られる様になったのでは?と想像するのです・・・・・。


 異端審問以前に彼らがいたスペインのおつまみ?といえば”ボケロネス”=仔イワシの酢漬け。それを懐かしんで、或いはその代用にニシンで造ったのがハーリングの嚆矢では?と想像するのです・・・・。
 そしてこのハーリングにあう酒として普及したのがジュネヴァでは?と・・・・・・。
 どうですかね?
 

 長くなりましたので、他のジンのはなしはまたの機会に・・・・。

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2015/03
08
[ #698 ]

東広島市立美術館

 先日、少し時間が空いたので久々に”東広島市立美術館”を覗いて来ました。
 丁度2年振りですかね?この時期に毎年企画展が催されている様で、それを観賞しにという事です。
 近々移転&立替の噂も耳にしますしね・・・・・。

 因みに企画展は・・・・。


      花 展

 現代の造詣 ーLife&Artー
 「花」 -生きるということー    展


 この ”現代の造詣 -Life&Artー” の企画、定例化されている様で毎年この時期に催され今回が7回目?とか・・・。

 今回の展示で思ったのですが、一昨年以上に地元(広島県あるいは東広島市)に縁のある芸術家の展示というコンセプトという印象でした。
 といいますかこのシリーズ企画、-Life&Artーというテーマで県内在住の作家さんに作品を造って頂き展示(場所を提供)するという側面も強いのかと思いましたね。
 
 美術教育行政といった面があるのかな?という印象?(それはそれで意味が有りそうですが)

 
 ただ個人的には美術作品を鑑賞したり美術館の展示を観にいく場合、地元縁の作家かどうか?という事は意識しないのですよね・・・・。拠って此処に足を運ぶ回数が少なかったのかも知れません。
 (浮世絵や日本画だと、江戸か上方かといった地域性も気になりますが・・・・)


 因みに今回の展示作品で個人的に興味を惹かれたのは、南米の椰子の版画集の本。出来うるなら何とか全項を眺めて見たいと思いましたね・・・・。



 

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2015/03
12
[ #699 ]

安心 安全

 昨日は東北の震災から丁度4年だったのですよね。

 あの震災及び原発事故を経験して何か変わったのか?或いは変わらなかったのか・・・?良くは解りませんが、ただ個人的にはあれ以来、矢鱈と「安心安全」という言葉が耳に憑いて仕方が無いのです。

 今年になってからはそれ程使われなくなった気もするですが、原発事故以降、兎に角TV等のメディアで矢鱈と「安全安心 (安心安全)」というフレーズが連呼されていた印象が強いのです。
 特に昨年などは・・・・・、それこそ流行語大賞をあげたい位に・・・・・。兎に角耳障りな印象(まあ、流行語という物押しなべて耳障りではありますが・・・・)。


 勿論、”安心”という単語も”安全”という単語もそれ自体、取り立てて如何こうという言葉では無いのですが、メディア等で使われていた様に前後に何の文章文脈も無く、それ自体でキャッチフレーズ・キャッチコピー・スローガン的に使われる事はかなりの違和感を覚えたのです。


 例えば安全という言葉、「安全性を重視しこうした事をしました」とか「効率(性)や利益(率)よりも安全(性)を重視しましょう」とか・・・・、そうした使い方をする言葉の様に思えますし、更に言えば安心という言葉なんて個人的感情の問題ですからねェ・・・・公共の場で声高にいう物でも無い気がするのですよね。
 尤も私が、オートバイという安全性から逆方向にある乗り物にのる事が好きな故に余計に耳に引っかかったのかも知れませんが。

 そうオートバイという乗り物、”危ない危ない”と良く言われ、「何故そんな危険な乗り物に乗らなければいけないの?」といった言葉を投げかけられたりもするのですが、では4輪車を使用すれば100%安全か?というとそんな事は無い訳でして(また、人様を怪我をさせたり殺したりする可能性は、そちらの方が高そうな気もしますしネ)、電車やバスだってやはり事故の可能性は0%では無いでしょう。
 極端な事を言えば家に居たって災害で命を落とす時は落とす訳ですしね・・・・・。


 また安心という言葉・・・・、
 昔、母等から良く言われました・・・・「安心出来ないから、オートバイ何か乗らないで・・・・」 等々・・。
 しかし100%安心したいのであれば、それlこそ地下の核シェルターにでも住む(住ませる)しか無い訳で(最近米国等では核シェルターを改造した集合住宅が良く売れているとか?)。
 まあ恐らくそれでも安心出来ない人は安心出来ないと思いますが・・・(笑)。(地下に篭って日光に当たらなくて大丈夫か?レトルト食品ばかりで大丈夫か?再利用水の水質は?発電設備が壊れると反って不味いのでは?等々)

 
 どちらにしろ、「安全安心」なんて言葉を単独で使う事は少々見っとも無いと印象なのです。
 尤も、使う方もそれが判ったのか今年になって余り耳にしなくなった気もしますが・・・(尤も、こうした事もあり私が余りTVを観なくなった故かも知れません、まあ、元々あまり観る事もなかったですが)。


 では、この”安全”とか”安心”という言葉どういう形で使うのが良いのか?


 ”安全”及び”安心”という言葉を最低一度は使い簡単な文章を作りなさい。  (10点)    

 何てね(笑)



 もし私が作るのならば・・・・・。



 舞台はは明治後半の吉原、仲ノ町・・・・、妓夫が(素見しの)客に向かって・・・・、

 「大将!大将!揚がっていって下さいよ、良い娘が居ますよ。 大丈夫ですよ、此処は天下の吉原、江戸の昔から伝統のある官許の遊郭、他の岡場所何かと一緒にしてもらちゃ困ります、おんなしも定期的に検梅所でちゃーんと診てもらっていますから安全ですよ、安心して遊んでって下さいな。さあ、揚がって揚がって ~ 。」

 何てね・・・・。  ( 笑 )


 こんな事を書きますと、マスメディア・マスコミを女郎屋の呼び込みと一緒にするのか!何て叱られそうですが・・・・。


 しかし思えば、エミール・ド・ジラルダンが19世紀前半に商業新聞(マスコミ)という物を造り出して以来、基本的にはマスコミも女郎屋の呼び込みも、本質的に遣っていることは余り変わらない気もするのですよね・・・・。
 (別にそれが良いとか悪いとかいう気は無いので悪しからず)


 しかしそうなると、あの震災や原発事故を経験しても、結局人間(社会)というもの、変わらなかったという事なのですかね?


 そんな気もしますし・・・・ドゥなのでしょうね・・・・・。

 

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2015/03
16
[ #700 ]

東広島呉道路

 昨日は東広島呉道路が全面開通という話を耳にしまして、それならば一寸確認がてら走ってみますかね?とバイクを車庫から引っ張り出、一路呉方面へ・・・・。10時過ぎです。
 

 馬木IC近くまで来ますと電光掲示板に 「東広島呉道路15日16時全面開通」 との表示・・・・・。
 エッ?そんなに遅い時間なの?(10時頃からオープニングイベントと何処かに記されていた記憶が有ったのですが・・・・)
 そこで仕方が無く一般道に下り、海岸線へ・・・。そこから海沿いの曲がりくねった道を走り向かった先は音戸町。

 ここの街並み好きなのですよね。いかにも海沿いの街・漁師町という風情が残っている様に想え・・・・。
 古くは遊郭も存在しましたし・・・・。  (笑)

 という事で此処の街並みを少しばかり徘徊。
 今回はこれの確認・・・・・。


     門柱


 旧隠渡(音戸)遊郭大門の門柱の基台部分の残りです。
 上部に切った時の跡が残っております。


 そしてその直ぐ側には立派な碑が・・・・。


 廓碑

 基台側面には廓開設及び碑の建立の年が記されています。

 廓碑2

 開廓が明治40年、碑の建立が大正8年。
 大正時代には色々の場所でこうした碑が建立されているのですが、この碑の建立もその時期。
 (因みに廓開設の筆頭者は、恐らくタレントの城ミOルさんの関係の方・・・・)


 しかしこの周辺、雰囲気の有る建物は既に残っていません。地形等から往時の事に思いを馳せるのみ・・・。
 強いて挙げれば・・・・・。


 建物
 



 という事で、周辺の街並み散歩に切り替えます。
 この辺り何度も歩いているのですが、やはり海の側は良いですね。
 流石海の側ということで・・・・、

 猫1 猫2 猫3

 こんな物に出会えます。(何故か黒猫ばかりでした)


 また、こんな自動販売機も・・・・。

 自販機

 一升パックの有る自販機って珍しいのでは・・・・(貴醸酒で著名な榎酒蔵様の設置ですかね)。



 そして道路開通の16時までの時間調整も兼ねこちらに移動。


 展示

 呉市立美術館です。

 1Fで特別展「谷口仙花と船田玉樹」展&新収蔵品展が、2Fで市民ギャラリー的に絵画教室・絵手紙教室等の作品展示が行われていました。(収蔵品展の萩太郎氏の作品に惹かれました)


 更に隣に建つこちらにも・・・・・。

 入船山

 この辺りも何度も訪れているの場所ですが、好きな空間です。


 そうこうしておりますと、空からポツポツと・・・・・。
 エッ?朝確認した広島県南部の天気予報、曇りのち晴れだった様な・・・・?等といっても仕方無いので16時まで待つ事は諦め、急ぎ帰途に・・・・・。

 しっかり雨天走行させられました。(因みに東広島呉道路、田万里付近のトンネルを抜け高屋側に出ますと路面は完全にドライ、雨の気配も無し、トンネル・山一つでこんなにも違うのですよね)

 結局、新たに開通した部分は走れず・・・・・。


 何やってんだか・・・・・・。


 
 そんなこんなで、濡らしたバイクのグリスアップも兼ねて気になる部分をメンテし、ボチボチとシーズンを始めますかね。
 

 時間を捻り出さなければ・・・・。
 

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2015/03
19
[ #701 ]

ボクシング

 私という人間、基本的に余り真剣にTVは観ないのですよね。
 そんな私が割りと御執心なのが、WOWOWエキサイトマッチというボクシング中継。この番組だけはそこそこに観ている気がします。

  元々2輪の世界選手権を観る為にWOWOWを導入したのですが間も無くそれも無くなり・・・・代わりに嵌ってしまったのがこの番組。

 番組自体、試合を淡々と放映している面が多く、民放の様な応援放送的アナウンスもし無いですし、ワザと盛り上げようとしたり、タレントを出演させたりとかもないのが良く(またアナウンサーや解説陣も好みです)。
 そんなこんなでしばらく観続けていてボクシングという競技の魅力に嵌ったといいますか・・・・。

 それは・・・・。


 実はボクシング、リング上では基本的に喋ってはいけないのですよね。
 言葉で相手選手を罵倒したり惑わせたりする行為は”卑怯な事”だとされている故です(尤も最近はエイドリアン・ブローナーの様なマナーの悪い選手も有りますがね・・・・)。
 違った言い方をすればプロボクシングという物、大金も動きますし、マスコミや宣伝も深く関わり典型的商業スポーツといった側面も確かに強いのですが、リングに選手が上がりゴングが鳴った瞬間から、2人の選手の世界となり周辺の事は関係なくなる様に思えるのです(また、それは2輪のレース等の、スタートした瞬間から選手個人の出自等関係なくなり、誰が最初にゴールするか?といったシンプルな価値観に支配される事と良く似ている様に思えます)。

 そしてゴングが鳴った後、リング上で2人は何をしているのか・・・・?といいますと・・・。
 勿論、どちらが強いかを競いあっている訳ですが、それは同時に、どちらがヨリ”卑怯者で無いか””勇気が有るか””信用できる人間であるか”といった事を競い合っている様にも思えるのですよね・・・・。
 (またそうした要素故に、その昔英国は植民地支配にも使用した訳ですが・・・・。詰まり・・・・アフリカ等現地の種族の戦士等とボクシングで戦い、同一ルールで相手を打ちのめすことに拠り相手の信頼・尊敬を勝ち得る、云々・・・・)

 何と言いますか、古代から人々の本能に刻まれている物に合致する物を感じるといいますか・・・。
 それは恐らく、太古の戦とか、現代にも続く古典的祭りと共通する物を内包しているのでしょう・・・・。

 どちらにしろボクシング、一寸、惹かれるのですよね。




 追記

 ではそうして観て来た中で、私が魅力を感じた選手は?といいますと。
 1人挙げれば、”ディエゴ・(チコ)・コラレスという選手ですかね?(勿論TV画面を通して観た印象だけですが・・・)

 その理由・・・・。

 そうですね、
 先ず第一に「負け様」が良いということ。
 例えば、メイウェザー戦の負け様。或いは、カサマヨールとの第一戦の負け様。
 (それぞれ、レフェリーストップ&ドクターストップに拠るTKO負けですが、負けてなお闘志溢れるといいますか・・・・)

 そして「勝ち方」。
 例えば、アセリノ・フレイタスに勝ちライト級のタイトルを獲得した試合。
 恐らくアスリートとしての能力(スピード・テクニックetc)はフレイタスが上に想われたのですが、それをハートの強さで勝ったといいますか、相手の闘志を折って勝った試合といいますか・・・・・。

 最期は交通事故で他界したわけですが・・・・、確かオートバイで飲酒運転だったとか(其の辺りも何とも・・・・・)。
 
 そう実はボクシング、勝つ事(勝ち方)以上に、負け様(負け様)を観る事が出来るといいますか、そこが魅力に思えるのです。
 また、他の競技や人生においても、実はこの「負け様」に対する視点という物は大事な気がするのです。

 
 

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2015/03
23
[ #702 ]

樹液?

 先日お客様のオーダーで抜栓、私も少しばかり味を観させていただきましたのでインプレッションを少々。
 このウイスキーです。


 富士御殿場27年  富士御殿場 シングル・グレーン・ウイスキー 27年


 グラスに注ぎ鼻を近づけ最初に感じるのはウッド感。樽の印象といっても良いのかも知れませんが、樽材と表現したくなる印象です。原がグレーンということで、モルトに比べより樽の成分が抽出され易いのかも知れません。また其の分原自体の主張は押さえ気味とも思えたり・・・・。

 しかし少量口に含んでみますと、グレーンらしさといいますか、玉蜀黍の風味かと想われる甘みをしっかり感じます。
 また長熟故でしょう、60度というアルコール度数にしては優しく刺激・キックは少ないです。

 そして口腔内に残るのは・・・そうですね樹液の甘さといいますか風味といいますか・・・・。
 これがかなりしっかりと残ります。
 こう書きますと”メープルシロップ”の様な味ですか?といわれそうですが、かなり異なります。しいて言えばクヌギの樹液かな?といいますか、クヌギの森の印象といいますか。
 そうした甘みが長く口腔内に残り、満足感が高いです。或いは穏やかな気持ちになる感じです。

 強いて言えばデザートの様なウイスキー、食後・ナイトキャップ向きのウイスキーとして独自の物という印象。最近流行のシングルモルトとは異なる存在ですね。
 
 なんといいますか、木、或いは樹液そのものを嘗めているといいますか・・・。

 少々高価ですが、お気が召せば・・・・。


 

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2015/03
30
[ #704 ]

ジンのはなし 2

 前回、ジンという酒は1660にオランダで造り出されたジュネヴァが嚆矢~~等と書いた記憶がありますが、その後このジュネヴァが(オレンジ公)ウイリアム3世とメアリーの婚姻を契機に英国で人気を博す様になり、ジンと呼ばれる様に成ったのですが
、しかし、この辺りの経緯(英蘭戦争等々)、結構不可解といいますか興味を惹かれるといいますか・・・・、ある種歴史の転換点といった印象も受けるのですよね・・・・。


 確か、英蘭戦争は1952年から74年に架けて行われ基本的に英国の勝利と言われていますが、色々と興味を惹かれる面があるのです。
 確かこの戦争は英国がオランダに喧嘩を売る形で行われているのですが、この戦争が始まるまではこの2つの国、結構仲良くスペイン等のカトリック商船に海賊行為を仕掛けていた筈・・・・。
 更に言えばこの当時迄、経済力や航海技術、造船能力等もオランダが上だった様にも思えるのですよね・・・・。
 確か1600年頃に日本に達した三浦按針のいた英国商船隊も、殆ど漂着といった体だった筈ですし、オランダの商船隊の方が既に貿易可能な能力を有していた故に徳川幕府も貿易相手にオランダを選んだのでしょうから・・・・。(にもかかわらず、この戦争は英国の勝利となる)。


 閑話休題、どちらにしろ英蘭両国は似たような国ともいえそうで・・・・、
 それは、1492年のスペイン異端審問を切っ掛けに金融・商工業者が流れ込み、当時彼らが金融業や海運業を発展させていたという事。

 そう見ると、この3度の英蘭戦争~英国の名誉革命(政治の中心が王室から商工業者を中心とした議会に移った?)&ウイリアム3世の婚姻・・・・、を経て、英蘭が一体化したというか、金融・海運・商工業の中心地がオランダから英国に移ったという事は確かな様には思えるのですよね・・・・。

 そして、ジュネヴァがジンと呼ばれる様になり、英国の工業も発展し・・・・・、ジンの時代といいますか、ジン・クレイズの時代に向かって行く訳ですね・・・・・。
 オールド・トム~ロンドン・ドライジンの時代へ・・・・。
 (ホント、お酒と歴史ってリンクしているのですね)


 この辺りの事を書きたかったのですが、長く成りましたのでまた次回に・・・・。



 しかしこの英蘭戦争を仕掛けたと言われるクロムウェル、英蘭合邦政策を唱えていたという事で、結果、ちゃんと其の狙い通りには成った訳ですかね・・・・。

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