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2016/03
01
[ #804 ]

今月で5年

 あの震災から今月で5年に成るのですね。
 未だ津波や原発の爆発の映像を観た時の衝撃は覚えております。また先日どこかで「仮設住宅に住む高齢者の孤独死が増加傾向にある・・・・」といった内容の記事を目にした記憶もあります。
 あれから5年が経過する訳ですが、現地の方たちの苦労は未だ継続しているという事なのでしょう、心が痛みます。

 振り返って、あの震災及び原発事故から何か変わったのでしょうか・・・・毎年この時期になると考えてしまいます。

 

 勿論、変わった事も変わらない事も多いでしょう。
 東北や原発周辺に暮らされていた方たちは、好む好まざるに関わらず変わらざるを得なかったでしょうし・・・。
 では、果たした私は?或いは私の目に映る色々な事は・・・。


 私自身は単に5年の馬齢を重ねてしまった気がします。そして加齢に伴い自身がポンコツに成ってきた自覚が強いです(まあ、こんな事を言っても仕方ないのですが)。

 では周りや、所謂世間は・・・・・?


 実際、広島県に住んでいますと余り変わった印象は少ないのです。

 TVや新聞でも原発の事等余り取り上げない印象ですし、震災に関する報道にしてもどちらかと言えば情緒的な物が多い気がしますしね。
 尤も余りTVに耽溺する性格でも無いので詳しくは判りませんが・・・・。

 
 それでも仕事柄ある程度世間の話題は知っておかなければ・・・と、事でニュースや情報番組にはザッと目は通す様にはしていますが、そこで感じるのが、そうしたニュース等の番組がこのところ面白く無くなったという事。


 勿論私の主観ですし、私自身が変化したのかも知れませんが・・・・。


 そう、若い頃から割りとニュースやドキュメンタリーは好きでまま観ていた訳ですが・・・、其の当時、何かの番組でその局の報道の優先順位の話をされていた記憶があるのです(かなり昔の事で記憶が定かでは無いのですが、30年以上昔の事だと思います)。

 それは・・・・・
 ”ニュース等報道の優先順位という物、世界の人々の生命や生活等に対する重要度で決める様にしている・・・・”といった内容だったと思いますし、またそれを聴き首肯した記憶も有ります。


 確かに往時のニュース、ある程度そうした事を感じさせられる内容だった様にも思えます。

 政治や世界情勢、公害問題や戦争等に割かれる時間が多く、交通事故や殺人事件の事件単体に関しては余程の事件出ない限り余り報道されなかった記憶が有ります。
 そしてスポーツ関係の事も殆ど無く、どちらかと言えば別枠か有っても最後に少し、といった状態だった思います。

 そう交通事故や殺人等の事件に関しては、新聞紙上でも後ろから2頁め(所謂3面記事の欄)の片隅か地方欄の片隅であった様に記憶しています。

 またそうした事件等に関しては、確か土曜日の夜10時くらいでしたか、「ウイークエンダー」なる番組が面白おかしく伝えたいた記憶も・・・。
 この番組、夜の時間帯でも有り、子供は観てはいけない空気といいますか・・・・、どこか後ろめたいといいますか、まあ、キワモノ的扱いをされる番組でもあった様に思います。

 また、もしかするとこの番組が所謂ワイドシショーの走りかも知れないとも思うのです(もしかすると平日の昼間にも主婦向けに似たような番組もあったかも知れません・・・・)。

 しかしこのウイークエンダーという番組、それ程観た記憶も無いのですが、キワモノ的存在故か結構面白かった記憶が・・・・。
 まあ芸人さん達の職人的喋りが見事だったという事かも知れません・・・・。

 はっきりいって最近のTVのニュースより興味深かった様にも思えるのですね・・・・(思い出補正がしっかり効いていますが・・・・)。


 そう数年前(それこそ震災後か?)からTVのニュースのヘッドライン(最初の報道)でメジャーリーグ選手等スポーツ関連の事が流れる事が多くなった印象が有るのです。

 如何な物か・・・?と・・・・。


 
 こうした事を考えておりますと、人というもの、色々な情報を基に思考する存在な訳でしょうが・・・。
 例えば他者との個人的会話やコミニュティー(会社・学校・家・地域等々・・・・)内での会話、本や教科書、新聞やTV、最近ではネットやライン等のSNSから得られる情報、世間話も含め・・・・。

 戦前はTVなんて無い訳ですから、情報の多くは会話や活字、或いはラジオや広報から得ていた訳でしょう・・・・。
 そして20世紀後半はTVの比重が強くなり、今はネットが主流かも知れません。

 ただ、どちらにしろ多くの人が信じている事が正しい・・・・、と成り易い事は確かな気はします。
 それこそ20世紀後半以降の日本では”TVや新聞の言っている事が正しい”といった状況は強かった様に思えます。

 また、そうしたマス・メディアの発達に伴い、身近な話題を話す事やそれに対する興味も減じてきた気も・・・・。
 

 
 実際、現在地上派のTVではフクシマの現状が伝えられる事は少なく、故に話題に上る事も少なくなっている気もします。
 なんといいますか(無かった事にされつつあるというと大げさですが)・・・・それは結構怖い事のようにも思えるのですよね。
 

 追記

 また、現在ネットやSNSが急速に普及し始め情報の流れ方も変わり、そこでのコミニュティーも当たり前に存在して来ている印象も・・・・。
 しかしそうなると、ネットのコミュニティーごとに価値観がかなり異なる人々のグループ何てのも出来そうです。



 なんといいますか、色々と転換点なのかも知れませんし、だからこそ今一度考える時期に来ているのかとも思えたり・・・・。


 まとまりの無い回になってしまいました・・・。

 
 
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2016/03
04
[ #805 ]

GROVER WASHINGTON ,JR

 前回に続きクラッシクとジャズのクロスオーヴァー的アルバム。


                ARIA.jpg


 「ARIA」    GROVER WASHINGTON、JR


 
 タイトルの通りクラッシクのアリアと呼ばれるタイプの曲をジャズアレンジしサックスで演奏しているアルバム、グローヴァー ワシントン JR の遺作となったアルバムです。

 因みにアリアとはオペラ等で歌われる独唱曲(或いはそのような雰囲気の曲)ですかね。

 という事で、収録曲もビゼーとかプッチーニ等の19世紀の作曲家の物が多いです。
 19世紀、パリ等のオペラ座などでこのようなオペラが上演され社交界で人気を博していたという事ですよね。

 そういえば前回19世紀以降のクラッシクの曲はジャズアレンジし辛いなんて書いた記憶もありまして、矛盾してる・・・・とも言われそうですが、まあアリアは例外?ですかね・・・・。
 独唱曲という事で結構色々使われている記憶も・・・・、そういえばロン=カーター等も取り上げていた記憶も・・・・。

 そう、どうもジャズ演奏者、(キャリアの後半に?)クラッシックの楽曲を演奏される印象が強いのです。

 まあ、パープルのリッチー=ブラックモアも最近は古楽に傾倒しているなんて話も聞いたりしますので、ジャズに限らないのかも知れませんが・・・。

 やはり西洋のミュージシャンの根底にはクラッシックが在るという事なのでしょう。
 といますか、5線譜に書かれる曲の基は全ては(グレゴリオ聖歌等の)クラッシックに帰結するという事なのかも知れません。

 日本の演歌だってかなり西洋音楽的ですしね。

 結局、音楽ってあまりジャンルは関係ないのかも知れません。しいて言えば民族音楽が基か、西洋音楽(クラッシク)が基かといった違いくらい?
 という事もありバカナリヤ、あまりジャンルに囚われない曲を流している事が多いかも知れません。


 アルバムの説明になってないですな・・・・。

 
 因みに、グローヴァー=ワシントン JR  フュージョンとかフリージャズ、ファンク系のイメージが有ったのですが。このアルバム良いのです。ベースがクラッシクに有る演奏家なのでしょう。
 またアリア、独唱曲という事で管楽器との相性も良い気がします。

 

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2016/03
10
[ #806 ]

リキュールのはなし 6

 19世紀、更に言えば18世紀の後半辺りから結構な数のリキュールが商品化されている印象が強いのですよね、特に薬草系のリキュールが・・・・何といいますか19世紀はリキュールの世紀と言いたくなる位に・・・・。
 そしてそうした薬草系のリキュールはそうした時代の空気をも纏っている故かある種の(妖しい?)魅力を感じるのです。

 という事もありバカナリヤのバックバーには割りと薬草系の酒が多めに並んでいたりもするのす。

   リキュール    その一部です。


 そこで今回はこの辺りの酒の与太話を少々・・・・。

 

 何故19世紀辺りにそうしたリキュールが多く商品化されたのか?

 一つは、産業革命等を経て科学的なものの見方が世間で認知される様になり(魔女狩りも終わり?)、それまで結構怪しい見方をされていた錬金術的なものが科学として認識される様に成った面がありそうです。
 医師や科学者の存在が認められたといっても良いかも知れませんし、そうした空気がヨーロッパに広まった事が先ずは遠因としてありそうです。

 また、そうした科学の発達に拠り、科学万能論的な空気も生まれ、機械や薬といった化学の力に拠り、人間が超人的な存在に近付けるのでは?といった思想も生まれた(それは精神と肉体を分離して認知する見方が生まれた・・・或いは肉体を一つの装置として見る考えが生まれたといって良いかも知れません)


 そしてまた、当然ながら1789年のフランス革命と其れによる種々の社会的変化。
 
 さらにフィロキセラに拠る葡萄の収穫量の激減~ワインやグレープブランデーの生産量の減少・・・・。といった事も大きかったかもしれません。


 
 で、最初の錬金術師 云々・・・・、という話。

 何度か書きましたが、錬金術師には色々な位相が付いて廻っていた様思えます。
 例えば、・医師・占い師・占星術師・妖術師・科学者・預言者・薬剤師・贋金造り・・・・・そう何とも妖しいのです。

 それ故、異端審問の対象にも当然成っていたいた訳ですが、これが16世紀半ばルターの訳した聖書で、呪術師を情勢の呪術使いとされた事もあり、魔女狩りといった言葉で表されるように、どちらかというと女性に焦点が辺り、医師や薬剤師は結構審問の対象から外れていった様にも思えます。

 こうした事を書いていますと、触れてみたくなる話が一つ。

 それは16世紀に活躍したスイスの”パラケルスス”という人物。
 高名な医師とも書かれたり、有名な錬金術師とも紹介されたり・・・・。

 彼はこんな意味のことも書いてるそうで・・・・。

 「人は首を絞められるとその精気が頭の外縁部に集まる、故にそうした遺体の頭部は非常に強い精気を含んだ万能薬と成る・・・云々・・・」

 まあ、つまりはミイラ等がが薬に成るという話です・・・・。当時はこうした事が信じられていた様で(東洋でも一寸有りますが)身体の悪い部分を直そうとすれば、其の部分を食すると良いというやつですね。

 そしてまた彼は”ロードナム”という万能薬を生み出した事でも知られています。
 この薬、正に万能薬として王侯貴族等に人気であったとか・・・・。



 そしてこの薬の主成分は・・・・・”アヘン” (確かに万能薬ではありますかな?)。

 ね?錬金術師って怪しいでしょ・・・・・?


 更に17世紀と成りますと、英国の内科医の”シデナム”という人間がこれを液体化した薬を造り売り出すのですが・・・・。”シデナムズ ロードナム”という名の其の薬・・・・赤ワインにアヘン等を溶かし込んだ物でして・・・・・。
 そう、謂”アヘンチンキ”というやつです(ゲーテ等もこれに依存していたとかいないとか・・・・)。

 これまた今からみると怪しいのですが、当時はそうした物かも知れません。

 とにかくこうして薬という物が認知され普及していった訳でしょう(そしてその延長線上に現代の薬もあるといっても良いかも知れません)。

 そして19世紀以降~20世紀半ばは(或いは現代でも?)、全てを(人間までも)機械的・科学的こ捕らえる思考が生み出され、故に薬の万能感も肯定され歓迎される時代風緒があったと思えるのです(人間の機械化?)。
 (大戦時に日本で使われたアンフェタミンやドイツで使われたメタンフェタミンは正に人間を兵器化するために使われたともいえそうですしね)

 そして、そうした時代の空気が各種のリキュールが生み出される遠因となったと思えるのです。


 一寸長くなりましたので続きは次回にでも・・・・。

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2016/03
15
[ #807 ]

暖かくなって来ましたので

 暖かくなって来ましたのでシーズンに向けてオートバイのメンテを開始。
 

 ガレージ

 古臭いTRXが2台います。


 先ずはその内一台から・・・。

 この裸になっているやつは数年前にネットオークションで衝動買いした固体。
 奥のやつの予備機(パーツ取り?)として購入したのですが、結局2台体制になってしまっています。

 実はこれが我が家にやってくる前はこいつの変わりにセローが居まして、それを近所の足代わりに使っていたのです。
 が、流石に3台ではガレージが狭く(維持費の問題等も・・・)、セローは処分してしまった訳です。

 
 セロー  こいつです。


 しかしこれが、近所の足になってくれるバイクが無いのも一寸寂しいといいますか不便といいますか、で追加したTRXを近所の足に使う事にした訳です。しかしこれがTRX850というバイク、はっき言って街乗りには向かないのですよね・・・・。
 理由は色々・・・・。

 例えば・・・・、

 ・2千回転以下が使えない&2千~3千ではギクシャクするエンジン+ハイギヤードな1速。
 ・低速で切れ込み易いフロントタイヤ。
 ・しかもフロントヘビーに感じる車体(マフラーを変えると特に感じます)+柔らかめのフロントスプリングでピッチングが大きい。
 ・ハンドルが少し遠く感じるポジション。

 等々・・・。

 街中で(60キロ以下)は楽しく無いのです。


 という事で少々、自分好みにセtッティング変更。
 先ず手をつけたのは、フロントの突き出しを17ミリ程減(前の車高を上げた訳です)。


 神経質さは少しだけ減りましたが、余り変わらず・・・。

 で、思い切ってカウルを無くす事に・・・・。

 オートバイ、何はとまれ軽くすれば全て解決、といった思考をしたがるのが私の癖という事もあり。

 これが外したフロント周り・・・。

フロント周り


 何とこれ一式で6キログラム余り有るのです・・・。
 こんな物が車体の先端に在る訳ですから、そりゃ重く感じる訳でして・・・・。


 まあカウルを外すのは良しとして・・・・。メーターはどうするか?

 色々やり方はあるでしょうが、基が安く購入した車体、あまりコストを掛けてもね・・・・という事で、ノーマルメーターを加工して使う事に・・・・、リスクも少ないですし・・・・。

 メーター周り


 スロットルケーブルでタコメーターが見難いのはご愛嬌、昔は3千回転以下が無いタコメーター結構存在しましたし・・・・ 笑 。

 次に、ライト&ウインカーはどうするか?

 これは流石にノーマル流用は厳しいですし。
 適当な丸ライトでも・・・・と思いはしたのですが、メーターとの相性が悪そうですしね・・・・。


 そんな事を考えながらネット等眺めていますと・・・・、何だか使えそうなライトカウルが・・・・。
 ミニバイク用に見えますが、これならウインカーも付いているしと(それに安かったのです)衝動買い・・・。
 無理やり付けて・・・・。こんな感じ・・・・。

 ライトカウル


 他、ハンドルポストの左右入れ替え&シートの肉抜きでポジションを少しアップライトにし・・・・。
 加速ポンプを殺し、ブリーザーチャッキ弁・・・、2次減速比を少しショートに振って・・・。
 等で、一応完成・・・・。

 こんな感じで昨年は乗っていたのです。


 昨年


 乗り味は・・・・。

 ハンドリングは割りと満足ですかね。

 攻めるとフロントの接地感不足やアンダー気味なのが一寸だけ気になりますが、近所の足としてみれば、クイックだけど神経質すぎなくて、略、思った通り。

 ポジションも街乗り用としては、略満足。ただシートを薄くしすぎて腰に来ますが・・・・。

 エンジンのギクシャク感は消えず。・・・といいますか、軽量化とローギヤードの所為か余計に気になる・・・・。
 (といいますか、そろそrエンジンが・・・・初期型4NXの持病が出始めている気も・・・・、オーバーホール?)

 まあ、そんな感じでここ数年足代わりに使っているのです。



 これが昨年末問題発覚。

 この安物のライトカウル、安いだけ合って造りが悪く・・・・・。配線が削れてリークするのです。

 其の当たりも含めメンテ中です。

 

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2016/03
20
[ #808 ]

首切りの歴史

 先日、図書館で借り出した本が正に私好み。非常に興味深く読ませていただき、少しばかり其の本について記してみたくなったのです。

 こんな本です。


      首切りの歴史


 「首切りの歴史」    フランシス=ラーソン 著   矢野真千子 約
 

  内容は序章+8つの本章+結びという構成。

 先ず序章にて、切り落とされた”首”という存在は、物体であると同時に”人”であるという事を見る人々に強く印象付けるが故、古来から人の目を惹きつけて止まない存在である、という事が書かれています。

 そして本章では・・・・。

 第一章
 所謂”首狩り族”の話しなのですが。本来首狩りの風習を持つ人々は祭司的意味で首を狩っていたのであり、其の首を干し首等にする過程に於いて其の首の持つ霊力が自ら(の身内に)宿るという感覚の基に干し首を造っていたのであり、其の首等に対する畏怖の念も大いに存在したのであるが、大航海時代以降に西洋文明人(白人)がその造られた干し首に興味を惹かれ収集を始め買い集めるようになった。
 それ故、彼らは首との交換で西洋人のもたらす物(銃器や鉄製の刃物等)を得るため、商品として不必要に首を狩り、干し首を造るように成った。詰まりは”首狩り族”を生み出したのは西洋の商人やコレクターである。
 また、彼ら現地の人々からすれば、矢鱈めったら「どこかに人の首は無いか?」と探し回り買い集める彼らこそが首狩り族に感じられた・・・・云々~~。
 という事が非常に解りやすく書かれています。


 第二章
 
 太平洋戦争中、ガダルカナルやペリリューの戦場において、アメリカ兵が戦争の記念品として日本兵の首(や歯、耳等)を狩り集めていた事実。また彼らアメリカ兵は朝鮮戦争でも同様の事を行い、ベトナム戦争では更に残酷な行為を多数行った事を・・・。
 またそのメンタリティーを表す物として、米海兵隊が訓練を終え戦地に赴く兵士に狩猟許可種なる物を与えていて、其処には、・狩猟対象=ジャップ ・期間=常時 ・場所=どこでも といった事が帰されていたという事実を。
 そして、戦場となった東南アジア各地において首狩りの風習を持つ人々に首狩りの伝統が復活し、それを米軍は利用しゲリラとして活用したという事も(これに関しては逆等もあった筈ですが)。
 

 第三章

 ギロチンを中心とした刑罰としての断頭、斬首の話。
 当時の西洋の刑罰の残酷さは驚きです。更に老若男女がそれを娯楽として楽しいでいた事も・・・。
 また、洋の東西を問わない首切り役人の立ち居地の類似も思わされました。


 第四章

 生首に惹かれ絵画に描いた画家や写真家、また蝋人形制作者等の話。


 第五章

 ミイラ等となりあがめる対象とされた聖人の首の話や、薬として薬効が信じられていた頭蓋骨やミイラの話。


 第六章

 所謂”骨相学”の話。この骨相学、現代西洋人こそが優秀であるという結論を導き出そうという意思が根底に在ったいわば似非科学の面が強かったという話で、これは後のナチスの行為に繋がったのであろうと容易に想像できます。
 また、優生学という物、更に言えば科学や科学者という存在の身勝手さや差別意識や残酷さも感じさせる章です。


 第七章

 医学や医療現場に置ける”首”の存在、医学生達の病理解剖や過去の解剖、医学標本としての首の話を・・・。



 第八章

 移植、詰まり首の挿げ替え(胴体全体の移植)をも考える現代人や医学の話・・・(アカゲザル等ではある程度試されているという事実・・・・)。また死後、自らの頭部を冷凍保存しようとする人々の存在等・・・・。


 そして結び。


 という内容。


 個人的には、現代文明、或いは西洋人の残酷さ、といった物を再確認させられる内容ですかね。(著者は其の辺りの告発を目的に書かれている訳では無い様ですが・・・・)

 ともかく面白い本だったのです。

 

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2016/03
22
[ #809 ]

ようやく・・・

 ようやく車のタイヤを履き替えました。
 半月早くても良かった気もしますが、とは言いましても春分の日に雪が積もった記憶もありますしね(その昔、四国にツーリングに行っていて酷い目に会った記憶が・・・・)。
 
 先ずは午前中に連れ合いの車の物を4本。

 それから自分の車のタイヤを・・・と、其の前に気になっていた部分を・・・・。

 
 実は数日前、燃料タンクのエア抜きライン、そのホースの最もタンクに近い場所にピンホールが開いている事を発見したのです。

 エア抜きのラインなのでそれ程問題無いと言えばいえるのですが、目一杯燃料を入れると見事に噴出すのです。
 
 気付いてしまうとやはり何とかしたくなる訳でして、自分の車のタイヤ交換の前に一寸このホースも交換・・・と、気軽に考えていたのですが・・・。
 燃料タンク側のホースバンド、見えてはいるのですが手が入らない、工具が入らない、おまけにそれなりに錆付いています・・・・・。

 1時間程足掻いたのですが、イライラしても来ますし・・・・。
 (これだから車のメンテは苦手です。オートバイなら割と簡単にバラバラに出来ますし、バラしたままガレージ内に放置しておく事も出来ますが車ではそういった訳にもいかず・・・・)


 で、昼食休憩を入れて仕切り直し。

 右リヤ以外の3本のタイヤを先ずは交換、右リヤタイヤを外した状態で更に一足掻き・・・・・。


 何とか成りました。

 しかしホース1本に2時間かよ・・・・・。

 おまけに手探りの作業故に、気が付くと素手で・・・・。
 当然両手は真っ黒に・・・・(バーテンダーとしては如何な物かと・・・・・)。

 しかし、自分の乗る物ですから出来る事は出来るだけ自分で遣りたいのですよね。

 ちなみにこれが交換したホース。

 ホースバンド


 この奥のホースバンドで苦労した訳です。

 
 ホント、何やってんだか・・・・。

 しかし車もオートバイも20年物、これからこうした事が増えるのかも知れません。

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