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2016/04
01
[ #812 ]

桜を探して

 本格的に暖かく成って来た事もあり、昨日は桜を求めてバイクで散歩。

 冬場は冬眠気味でしたのでバイクに身体を馴染ませる事も含めてですね。
 (少しだけバイクのセッティグを変えた面もあり味聞きも兼ねてかな?)

 
 先ずは自宅から須波港に向かい・・・・。
 一寸いい気に成って走った所為で早く着き過ぎてしまいましたので、写真を撮ってみたり・・・。


 須波港

 天候は良い感じの花曇り・・・・。

 此処からフェリーで先ずは生口島(瀬戸田)に渡ります(何だかフェリーが小さい物になっている気が・・・・・・)。



 これが気になってのルートを選択。


 金剛館

 
 耕三寺博物館の名品展。
 ポスターの下の部分に”洛中洛外図”が写っています。
 洛中洛外図や昔の鳥瞰図、古地図なんて存在に惹かれるのですよね。

 という事で、洛中洛外図が展示されています”金剛館”を訪れますと、受付にて 「チケットを見せて下さい」 と・・・・。
 「エッ?此処でチケット売って無いのですか?」 ・・・・。

 耕三寺、メイン部分&金剛館&未来心の丘、と大きく分けて三つの部分に分かれていて、共通券で全てを見る事が出来るというシステムの様で・・・・。
 確かにお得な気もしますが、出来れば金剛館単独や未来心の丘単独のチケットも有ると嬉しいかな?
 
 閑話休題、洛中洛外図屏風や源平合戦図屏風、源氏物語図屛風、曽我派の鷹図屛風・・・等々楽しませていただきました。
 (其の辺りを細かく書くと長くなりそうなので、カウンターの話題にするという事で・・・・ 笑 )

 次いで、折角なので? メイン部分にも立ち寄らせていただきました(結局立ち寄る訳です)。
 館外のしだれ桜が良い感じで開いておりましたので・・・、


 耕三寺 桜

 内の桜はさぞかし・・・・、と期待したのですが、三分咲き位でしたかね。


 耕三寺 桜 2

 
 それもあり、個人的にお気に入りの”潮セイ閣”(和洋折衷の見事な建築です)を見せていただき次に移動です。


 一山超えて洲ノ江港まで走り、またまたフェリーで岩城島まで・・・・。

 
 洲ノ江港   洲ノ江港です



 この岩城島に有ります”積善山”が桜の名所と聞き及び、訪れる事にした訳です。

 唯、フェリーの方にお聞きしますと、”未だ三部咲き”との事。
 ニュース等で、東京等では史上最も早く開花宣言が・・・・といった報道もされていた印象もあるのですが、島の桜は平年どおりの様です。
 

 何はとまれ小漕港に上陸、此処から4キロ程舗装林道を走った場所に山頂展望台の駐車場が有りまして、そこにバイクを停めます。この舗装林道(桜登山道)の両脇に多くの桜が植えてあります。

 木によって開花状況はまちまちですが、おしなべて観れば五部咲きといった感じでしたね。


 積善山 駐車場


 この駐車場から更に100m余り徒歩で登った場所に展望台があり・・・。

 積善山 登り道

 これを登って来る訳ですが、結構、急に感じます。



 展望台

 これが展望台。この屋上から周囲360度見渡せる訳です。


 はい、多島美が満喫出来ます。

 多島美



 しばらく楽しませていただいた後は島の南側、岩城港辺りへ・・・・・。

 
 岩城郷土館


 こうした場所が好きなのです。


 この郷土館、解説板にも書かれてあります様に、松山藩の島本陣としても使われた三浦家の屋敷跡という事で、江戸中期頃から大正期頃にかけて多くの文人(頼春水・山陽親子や若山牧水、吉井勇等々や其の関係者)が訪れた場所でもあるという事です。

 (往時の豪商、金持ちはこうしたかたちで文人等を”たにまち”的に援助、育てていたという事を実感させられます)

 という事で建物も往時の繁栄が伺われる物です(岩城港、藩の垣根を越えて使われたある種の自由貿易港だったとか)。

 瓦  内部  頼氏 詩



 出来れば此処で管理者の方に昔の事でもお聞きしてみたかったのですが(港町につき物の色町の事とか・・・・・笑 )、なんと管理人さんはいらっしゃらないのですよね・・・・。

 という事で代わりといっては何ですが、しばらく中庭等を眺めさせていただき、ゆっくりさせていただきました。

 
 それから、この郷土館を探している時にすぐ東側に神社の石段があることに気付いておりましたので、そちらにも立ち寄る事に・・・・。

 この神社、現在は八幡様となっておりますが、

 社殿



 ・・・・往時は水軍の砦(城)であった場所でした。


 亀山城址


 忠海の賀儀城跡と似た雰囲気でしたね。
 (現在は木が生い茂って海は見え辛い事も同様に?)

 また、玉垣や石灯籠も興味深かったです。

 玉垣  灯篭


 そうこうしているうちに、空が暗くなり始め、気温も心持ち低下・・・・。

 帰りのフェリーの場所と時間を確認しておくかな?と長江港に行きますと、丁度因島行きのフェリーがいます。

 これ幸いとそのまま乗り込み・・・・・、岩城島を後にしました。

 長江港


 フェリーの上で煙草を一本吹かしながら、フッと思いついたのが、そういえば岩城島では(色町跡を探して?)街並みを徘徊しなかったな・・・・と。

 いつかの宿題ですね。


 結局、あまり距離は走りませんでしたが、これで私のバイクシーズンの始まりです。

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2016/04
04
[ #813 ]

クララ

 私が店を遣らせていただいております直ぐ近くにこのたび「クララ」という名の芸術文化ホールが完成しました。
 この4月1日が正式オープンで1日から3日までオープニングイベントとして内部を観る事が出来ると聞き及び、先日たずねてみたのです(3月中にプレオープンイベントとして泉ピンコ女史の講演会も行われていました)。

 ロビー~小ホール~大ホール~サロンホール~等々と、一通り内部を歩かせていただきました。

 
  印象としては、余り広くない敷地に3つのホール以外にも沢山の研修室や調理実習室、和室や市民ギャラリーまで備えてあり多機能な建物を上手く造ってある印象。また、モダンな印象の造りとも思えます。
 各ホールの音響も良さそうです。

 また上記の理由から、一寸迷路的で迷いそうな印象も有りますが・・・まあ慣れるでしょうね。

 
 また、大ホール。狭い床面積に工夫して造られ、面積に比べ高さがかなり高い印象ですが、個人的には個性的で雰囲気のある印象。左右のバルコニー席も一見ボックスに見えそうな意匠で、雰囲気ですね(オペラ座っぽい?そういえば側の通りもブールバールなんて命名されておりますので、オスマンの都市開発を意識した街造りなのですかね?)。

 
 大ホール2  大ホール



 何はとまれ駅前地区にこんな施設が稼動を始める訳です、また美術館も出来るという噂もありますし、アザレアホールなんて物も有りますので、これを切っ掛けに駅前地区が文化ゾーンとして人が集まる区域となれば嬉しいですね。

 (駐車場が不足しそうなのが一寸気になりますが・・・・)

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2016/04
07
[ #814 ]

平和公園

 先日、お世話になっていますワインのインポーター様の内見会の為広島市内に出てきました。

 広島駅に到着したのが少々中途半端な時間になった事もあり、内見会に出向く前に時間調整も兼ねて平和公園を少しばかり散歩。
 時期の桜を愛でてやろうという算段です。


 しかし思えば、さくらの季節に平和公園を訪れるのも久々な気がします(もしかすると30数年ぶり?)。

 元安川を挟んで観るとこんな感じで・・・・。


      桜 川沿い

 
 良い感じに咲き誇っています。


 その桜並木の下を歩きますと・・・・。


      花見

 皆様、のんびりとお花見の最中。


 正に”平和”な雰囲気・・・ですかね?
 と思っていましたが、一寸どこかに緊張感が・・・・・。


 何といいますか、ダークスーツを着た方々が目に付きます。



 公園中央部、資料館~慰霊碑周辺に目を転じますと、そうした方々が20Mおきに立っていらっしゃいます。


 警備

 そういえば次の日曜日は外相会談でしたね・・・・なるほど、緊張感の正体はこれですか・・・・。


 という事で花見はそこそこで切り上げ、そそくさとワインの内見会会場に向かいました。
 
 
 

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2016/04
11
[ #815 ]

今年のお花見

 昨日、店の花見を無事実施出来ました。

 参加して下さった皆様、有難うございました。
 本日の片付けの為に体力温存という事もあり2次会は不参加とさせていただきました。
 昨年のように醜態をさらしても不味いですし、また寝不足気味で。何卒ご容赦願えれば・・・・。

 

 という事で、本日は朝一番で車を取りに行き(まあ、車の中が酒臭い事・・・・)元気に?後片付けです。


 因みに、昨日の宴の残骸です。


 酒瓶


 年々、参加者の平均年齢も上がり酒量も落ち気味かと思いましたが、結構な量の酒瓶ですな・・・・。


 折角なので現場の様子も少々・・・・。


 今年の花見現場


 因みにこれは、生の筍を刺身で食べるの図です。

 筍


 来年も実施出来たら嬉しいです。
 その際はまた宜しくお願い致します。

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2016/04
14
[ #816 ]

ゴールデン街

 ここ数日私の琴線に触れるニュースを幾つか耳にした気がします。

 その一つが”新宿ゴールデン街”の火事のニュース。
 新宿ゴールデン街、良く飲みに行った訳ではないですが(何せ田舎者ですので・・・)、その言葉(新宿ゴールデン街というキーワード)から惹起される物・イメージ等々といった物に強く惹かれる面が有るのです。
 
 それを一言で表すには中々難しい物があるのですが、強いて言えば街場の魅力の様なものですかね?

 確か数年前から、”街場の文化論”といった雰囲気の言葉を耳にしたり、そうした切り口の本(新書等)を目にすることが多かった気もしますが、もしかするとこの街場の文化といったものを強くイメージさせる存在が、私にとっては正に”ゴールデン街”というキーワードなのかも知れません。

 街場の文化?といっても解り辛いかもしれませんが・・・・。

 例えば、文化や藝術、価値、意味といった存在。
 これらの中には、上で造られ、トップダウン的に広まる物も多い気もしますし、特に最近は其の傾向が強い気もするのですが、ある面その対極に有る物。

 もっと解りやすく言えば、政府や省庁で決められた価値観や正しさ、学校教育等で教えられる正しさといった物(正義なんて言っても良いかも知れませんが・・・・)。例えば国宝や、成文法的な正しさの様なものに比して、ボトムアップ的に庶民の間から生まれてくる価値観や文化といった物。

 そうした物が街場の空気という気がしますし、そうした物が生まれそうな場所の象徴としてゴールデン街(や路地裏のバーや飲み屋)の存在がある気がしているのです。


 では何故そうした物が、ゴールデン街の様な場所で生まれたのか?あるいはそう思えるのか?


 狭いカウンター主体の飲み屋。
 そこでは、出自や価値観、帰属の異なる個人同士が会話する空間。

 そこで会話が混ざり合い、互いが刺激となり、新しい見方が生まれ易いという事なのでしょう。

 勿論、何処でもそれが可能か?というと難しいかもしれませんが、それが東京の新宿の路地裏的な位置であったゴールデン街故に拠り生まれ易かった様にも思えるのです。

 
 もしかすると、この街場という言葉の対極はある種の”村”という言葉で表される存在、枠組みかもしれません。

 
 話は少し変わりますが、田舎や村に対し、街とか都会という言葉で表されるもの、それは異なった仕来りを持つ個人が混在出来る空間といい得るかも知れません。

 村という言葉で表される様な共同体は、基本的に構成員に対し同じメンタリティーを持つ事を強要しますよね(同調圧力なんて言葉も使われますが)、勿論それはそれで意味のある事とも思います。
 それに対し、街という存在は、出自の異なる個人が共生する空間、そしてそれ故、互いが争いを減ずる事が出来るように新たな作法が生まれてくる訳で、いわばそれが街場(都会)の空気といっても良いかも知れません。


 例えば江戸時代の江戸、日本各地から参勤交代等で武士が訪れ住んでいる訳ですし。また町人や庶民も全国から集まって暮らしている訳です。そして、それぞれに故郷の価値観や仕来りを持っている訳ですが、それを他者に押し付けると当然争いになる。

 解りやすいところでは、酒に酔うという行為。
 村社会では、”ハレ”の日等に村人全体が酔っ払う(泥酔も可)という事が正しいやり方ですが、それを都会でやるとどうなるか?
 もしかすると、隣の人は”ケ(日常)”かも知れません・・・・・。
 それが理解できないと、当然揉め事の種になる訳でして・・・・・。

 また江戸の庶民文化、例えばその代表的な存在の”狂歌”なんて物も、多くは、遊郭等で誕生したりしている訳です。
 町人や武家等、立場の異なる人々が肩書きを越えた個人として集い、生み出した文化。
 またそういった物が生まれやすい、茶屋とか遊郭的空間・・・・。
 (もしかすると、往時のモンマルトルやモンパルナスもそうかもしれません)


 政府が決めた価値観を押し付けれれる訳でもなく、組織(村)の同調圧力にがんじがらめでも無く、良い意味で自由な個人同士の会話から生まれる空気・・・・・。


 私にとっては、そうしたイメージの象徴がもしかすると”新宿ゴールデン街”という”キーワード”なのかも知れません。
 或いは、街場とか、路地とか、場末とか、そうした場所のバーとか、飲み屋とか・・・・・・。

 私がやっている店も、古い木造二階建ての一角、そうした面でも今回の火事のニュースはやはり気になった訳です。


 また最近、日本各地で、耐震問題や消防法がらみ、或いは相続等の問題か?空き家問題がらみか?
 兎にも角にも、古めの建築物(や店舗や学校、旅館等々)が、次々と閉鎖されたり、取り壊されたりといった事も耳にします。

 そうした事も、また、気になった理由でもあるのです。

 なにはとまれ、全焼とならなかったのは不幸中の幸いでしたね。



 他にもうひとつ、モータージャーナリスト事故死というニュースも個人的に気になったのですが、これまた長くなりそうなので、日を改めて・・・・。


 相変わらず、思いつきで書いてまとまりの無い文章になってしまいました・・・・。

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2016/04
15
[ #817 ]

一寸そこまで

 本日は好天に恵まれ、また気温も高くなりそうで初夏の様な心地よさ。
 折角なのでオートバイを引っ張り出し、一寸そこまで。

 向かった先は、最近お気に入りの場所の一つ、「奥田元宋・小由女美術館」。
 企画展示は、「櫛・簪とおしゃれ」展。


 簪

 
 この手の展示にも惹かれるのです。


 またこの美術館、自宅から約60㌔、バイクならば気軽に走れる距離です。

 引っ張りでしたのはこのバイク。

 1号機


 たまには跨ってやらないと拗ねるといけないので・・・・、といいますか、冬の間は殆ど車庫の肥やしと化していましたので、乗り方を忘れそうということもありまして・・・・。

 はい、走り始めた直後は一寸おっかなびっくり・・・、といった感じで慎重に走ります。
 タイヤの溝が不安なのと、ギヤ比を変えたりした事も有りで・・・・・。
 まあ、無事到着できたので良しとしますか・・・・。


 閑話休題、美術館の展示ですが・・・・。


 第一展示室が、江戸中期~江戸後期作と思われます、櫛の名品(作家物といいますか・・・・)を主体とした展示。
 結構天明辺りの物が多いのかな?という印象。

 第二展示室が、恐らくは幕末から明治初期の、櫛・笄・簪等の展示及び、国周の美人画を主体として。

 第三展示室は、入ったところに小袖屏風(これが迫力でした)の展示。続いて、明治~大正~昭和期の櫛・笄等。
 また、南蛮風(長崎物?)の展示や美人画等も少々。

 個人的には解説がもう少し詳しくても良かった気がします(少々物足りない感じです)。
 また美人画も、初期(元文~元禄頃)や中期(明和~寛政)頃の物も有っても良かったのでは?(まあ、それ程広くないスペースでもありますし、仕方無い面もあるかもしれません・・・)という気もしましたが、おおむね満足、楽しませていただきました。


 帰り道は、道端の桜(遅咲きの物が結構咲いていました、染井吉野は流石に・・・・ですが・・・・)を目の端に引っ掛けたり、芝桜を眺めたりしながら、少しのんびり目に走って帰宅。

 気持ちよかったですね。


 芝桜


 因みにこれは豊栄地区の芝桜。最近、東広島市周辺では各地で観られる気もしますが、ここがはしりですかね?

 

 追記。

 しかしホント、そろそろタイヤを手配しないと・・・・・。 
 

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2016/04
21
[ #818 ]

拘り(こだわり)

 バーテンダー等といった商売をしておりますと、しばしばお客様等から 「こだわりの店ですね?とか、こだわってますね。」といった言葉を投げかけられる事があるのです。

 そうした場合の私の返答は・・・・・
 概ね 「そんな事は無いですよ・・・とか、当たり前にバーらしくしているだけですが・・・とか、あるいは、いえ私はかなり自由なやり方をさせていただいているつもりですが・・・・」といった意味である事が多いのです。
 (そういたしますと、更に重ねて「いいや、絶対にこだわっている」等との言葉を頂く事も。)

 別に嫌味でそうした返答をしている訳でもなく、本心からそうしたやり方をしているつもりなのですが・・・・。


 また重ねて言えば、この”拘り(こだわり)”という言葉、あまり好きになれない言葉といいますか・・・・。

 
 そう、”こだわり”あるいは”こだわる”といった言葉、負のイメージが強いのですよね・・・。


 どちらかといえば、あるいは本来であれば 「そんな細かい事にこだわるな!」とか、「何、詰まらない事にこだわってるんだ!」といった具合に使われる言葉であった様に思いますし、実際に若い頃にはそういった叱責を受けた事も多くあった様にも思います。

 詰まり、こだわる=悪い事・良くない事、といったことであった筈です。、現に今でも私はそう思っています。
 (いいかえれば、「拘ってますね?」何て言われますと、それは非難ですか?と感じる訳でして、少なくともほめ言葉とは思えない訳です。という以前に、たとえほめ言葉であったとしても、そうした断定的評価を受けて嬉しいはずは無い訳でして・・・・)


 現実に拘るという言葉はそうした使われ方をされて来た言葉ではありますし、広辞苑にも(要約して記せば)、 ① 妨げとなること、 ② (気にしなくてもよい様な些細な事に捉われ拘泥すること、 ③ 難癖をつけること と記してありますしね。

 つまり、拘る(こだわる)とは、本来、枝葉末節に捉われすぎ大局的見方の出来なくなっている状態であり(それこそ木を見て森を見ずといった)、自縄自縛的で身動きが取れないな悪い状態であるとか、あるいは自閉症気味とも捕らえられそうで・・・・。
 


 とまあこんな事を書く性格故、”こだわり”等と言われたりするのかも知れませんが・・・・・ 笑 。
 また、現代では 拘り=よい事 として使われている訳だから素直に取れよ・・・とも言われそうでもありますし。


 実際、言葉の意味という物、時代とともに変化をするものでもありますし・・・・・。



 それはさておき、ではいったい何時ごろから、また何故”こだわり”という言葉がほめ言葉の様に使われる様になったのか?
 (先にも記した要に、私の若い頃は ”こだわり”=悪いこと、といった意味で使われておりました)


 あまり定かな記憶では無いのですが、どうも恐らくは80年代の後半位、詰まりは所謂バブルの頃から徐々にほめ言葉的に使われ始めた印象です。


 其の頃からTV等で、グルメ番組やローカル局の地元情報番組といった物が急速に増えそれらの番組の中等で・・・・、
 例えば・・・此処は”こだわり”のラーメン店です とか。”こだわり”の大将の居る居酒屋です・・・・・。といったかたちで使われ始め、急速に広まった様に思います。


 所謂バブルの時期から、兎にも角にも経済効率、或いは利益優先主義といいますか・・・(楽して)儲ける=善、という価値観が社会を席巻し、”楽して儲ける”といった事以外の方向性や遣り方(をしている人や店)に対し、”こだわり”というレッテルを貼るようになったのではないか?と思われるのです。

 つまりバルブの前までは、儲けに”こだわる”事=善くない事。で有ったのがバブル以降、儲け以外に”こだわる”事=善い事。という事になったという事でしょう。

 そして、グルメ番組等で、非効率とも思えるやり方をしている、店や店主に対し、(平気で)”こだわり”の店ですよね?とか、”こだわってますね~”等と、ほめ言葉とも嘲笑とも思えない言葉が投げつけられる様になったという事でしょう。

 現実に、現代において使われる”こだわり”という言葉には、ある種、”褒める”という意識と同等、あるいはそれ以上の嘲笑が無意識的に含まれる気がしますし、また言い換えれば、変わり者というレッテルを貼ろうとする行為とも思えます。

 また其処の無意識の底辺には、変わり者を受け入れない、ある種の(村社会的)同調圧力も有る様にも・・・・。


 バブルという存在は所謂”新自由主義”が齎した物とも言われますが、この(新)自由主義という言葉に反して不自由な世の中になっている気も、実はかなりするのですよね。


 そう、”こだわり”等という言葉を聴くと、どうもこの自由主義という名の不自由さといいますか、同調圧の様な雰囲気も感じるのです・・・・・。


 何といいますか・・・・・まあ、”こだわり”という言葉に限らず、言葉を発するという行為自体が実は結構難しい事では無いか?とも思える訳でして、其の当たり、ネットの発達故かそれ以外の要因かは判りませんが言葉を発信する事の意味が軽くなり、それが少しばかり世の中をギスギスしたものにしている気配も・・・・。


 と、まあこんな面倒くさい事を書くので、”こだわり”等という言葉を投げられるのかも知れませんが・・・・笑 。

 一寸くどかったですかね・・・?

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2016/04
26
[ #820 ]

タンデムで散歩

 一週間ほど前の事、連れ合いとたまたま空いた時間が重なり、どこかに出かけるかね?という話になりまして・・・・。




     備中松山城


 備中松山城です。



 私自身は何度か訪れているのですが、連れ合いは天守まで登った事が無いという事で・・・・。

 確か以前一人で訪れた際には上(下太鼓の丸)の駐車場までバイクで上がれた記憶もありタンデムを選択した訳ですが、当日は下(城見橋)の駐車場まででストップ。
 そこからシャトルバス、そして20分程山道を歩きますと本丸です。


 この城、個人的には結構お気に入りでして、天守や其処からの景色もよいのですが、それ以上に石垣や其の周辺にに魅力を感じます。


 石垣


 恐らくこの石垣等は江戸時代に入ってからの物でしょうが、その基礎の辺りといいますか、立地といいますか、古い山城の佇まいを色濃く感じさせて呉れるのです。

 石垣の基礎の部分は岩山の岩そのままの部分が多いのです、といいますか岩の上に構造物を載せているといいますか・・・。
 こんな感じで・・・・。


 岩山



 確かキッチリと石垣の組まれた城の嚆矢は、信長の小牧山城と記憶していますが、それ以前の城は、どちらかというと山の上の造られた”砦”的風情であった思われますが、こお城、そうした部分も感じさせて呉れるのですよね。


 しばらく城や景色を愛でさせて頂き、折角なのでこちらの石垣も愛でに・・・・・。



広兼邸



 吹屋の大野呂地区、広兼邸の石垣です。

 ここもお気に入りの場所の一つ、威容を誇るともいえそうな見事な石垣で下手なお城以上の迫力ですかね。

 恐らくは19世紀初頭のもの。

 この時期、享和~化政年間は江戸の爛熟期、流通経済も発展しある種バヴリーともいえる時期。
 往時の大商人の経済力を感じさせられます。

 
 
 更に折角なので、吹屋の弁柄の街並みにも立ち寄り・・・・一寸バイクで通過・・・・で帰るつもりが 「一般車の乗り入れはご遠慮下さい」との立て札が・・・・。

 で、結局徒歩で散策・・・・・。


 吹屋郵便局


 因みにこれは郵便局。

 ここでフと時計を見ると結構な時間。
 (オッと、開店時間に間に合うのか?)


 吹屋から県道50で東城に抜けたのですが、この選択がもしかすると失敗だったか?
 中央線が有る場所が少ない上に、矢鱈と曲がりくねって、結局かなりの距離を走らされた感じ、タンデムだと結構きつかったですね。
 東城で一休みした後、自宅までは知った道ですのでそれなりのペースはキープ出来ましたが、夕方になるとまだまだ寒く・・・・。


 はい、無事に店は開けました・・・・。


 
 若い頃は基本的にタンデムはしない主義だったのですが、このペースや寒さ、距離を走っても泣きが入らない連れ合いの様ですので、これからはたまにはタンデムで散歩もアリかな?とも思いましたね。

 
 

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2016/04
30
[ #821 ]

FUMIO YARA

 沖縄のジャズピアニストのアルバムです。

 
          屋良文雄


 「BEST&LAST LIVE」   FUMIO YARA



 タイトルにラストライヴと有る様に故人です。

 2枚組みのアルバムで1枚目がベストライヴでオリジナルの楽曲の演奏、2枚目のラストライヴはプッチーニ等のオペラ曲のジャズアレンジが主体です。

 1枚目のライヴのオリジナル曲、沖縄の方という事で、エーサー等の沖縄伝統音楽的要素があるか?というとそんな事は無く、正統派のジャズです(沖縄らしく米軍向けのクラブ等で演奏されていた事ゆえですかね)。ただどの曲も沖縄の自然や空気、例えば海、空、海風といった物が浮かんでくる曲であり演奏と思えます。
 (一寸、一時期のコルトレーンとか・・・・一寸違うかな?)

 そして2枚目は、オペラ曲のジャズアレンジ、しかも歌詞が和訳されていたり・・・・・。
 しかしこれがまた違和感無く良い感じで・・・・・。
 元々この方、クラッシックをまなんでいらっしゃったとかで、其の当たりもあるのかも知れません。

 兎も角、こうした演奏をを聴くと、音楽のジャンル分けという事にあまり意味が無いように思えるといいますか・・・・。
 とにかく音楽という物の自由さを感じさせてもらえる気がします。

 

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