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2016/07
06
[ #841 ]

横川

 日曜日にお休みをていただいて何をしていたかといいますと、横川駅周辺を少しばかり徘徊。
 たまにはバイクに跨ってやるか?等とも考えていたのですが”午後に一雨ありそう”という事で予定変更。

 しかし何故横川辺りなのかといいますと、少し前に横川駅周辺の高架下商店が来春までに立ち退きを求められている、という話を耳にして・・・・という事です。
 横川駅周辺のガード下・高架下、若い頃に飲みに行った記憶も有りまして少々懐かしい気持ちが湧いて来たのです。

 午後3時半位に横川駅に着き、先ずは駅の南の地区を散歩・・・。
 この辺り戦前は確か川沿いに木場が存在した筈で、周辺は木工関係の会社や人々が多かった地区と記憶しております。
 東京でも木場といえば深川の辺りで下町のイメージがありますが、往時の横川周辺ももしかしたらそうした空気が有り、また現在にもある程度受け継がれているのでは?とも思ったり・・・・・。

 が、歩き始めて直ぐに雷の音が聞こえてきて・・・・そしてポツポツと・・・・・。
 ということで目に付いた立ち飲み屋さんに避難、雨宿りも兼ねて軽く飲む事に・・・・・。

 この立ち飲み屋さん、昭和の雰囲気を意識して最近出来たお店の様にお見受けしました。
 そうしたコンセプトの店が増えている印象の横川周辺でもあります。


 チビチビ飲ませていただいているうちに雨も上がり、では とガード下辺りに向かいます・・・・。

 
 日曜日、それも未だ日が高い(4時過ぎ?)ということもあるのか多くの店がシャッターを降ろされています。


 ガード下

 
 そして結構な雨水が車道・歩道に滴っています。
 確かこのガード下、50年程前に川沿いのバラック地帯(スラム街?)の整理撤去のおり、そこで営業していた店に対する移転場所として用意された(広島駅の西地区も同様の経緯だった筈)、と聞き及んでいますが、確かに補修時期であるのかも知れません。


 そして駅北の高架下商店街辺りへ・・・・・。

 この辺りも日曜日という事でお休みの&開店前の店が殆どの様でシャーターが降りている店が多いです。また、比較的最近出来たと思われる店も割とある感じです。

 

 そこでこんな物を・・・・。


 商店街


 ”横川新宿商店街”と記されています。
 どうも東京の新宿周辺の様に賑わってもらえればという気持ちを込めてこの名前に成っているということらしいのです・・・・。


 確かに横川という場所、市の中心部からすると北西に位置する交通の結節点。東京で言えば新宿的位置付けかも知れません。
 其れ故か広島市中心部と異なり、といいますか、確かにある種の街場感・下町感等々の漂う場所です。
 
 更に駅東の飲み屋街辺りもフラフラし、再び駅の南へ移動、此処で昔ながらの喫茶店で一休み。

 
 このお店は、昭和の時代から続いているお店の様で・・・・・・良かったです(まあ、飲んだのはコーヒーではなくワインでしたが・・・・)。


 そしてさらに駅の南地区周辺を散歩・・・・。


 金光教会の建物が・・・・。

 そういえば確かその辺り戦前には券番(三篠券番)も存在した筈。
 そばに一寸雰囲気の在る意匠の建物も・・・・・。


 とまあ、相変わらずの行動パターンの私です。


 しかし、横川駅周辺良いですね。
 もしかすると現在広島市内でもっとも街場感の在る場所かも知れません。 
 またいつか訪れたく思います。

 
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2016/07
08
[ #842 ]

暑くなって来ましたので・・・・

 今月に入り急に気温が上昇しましたが、いきなりですので結構応えます。
 そこでこうした場合は毎年炎天下にバイクに跨り強制的に暑さに身体を馴染ませる、というのが私のやり方(良い子は真似をしてはいけません 笑 )。

 そんな訳で数日前、炎天下にオートバイをガレージから引っ張り出し、家を出たのは10時前位でしたかね・・・・?近所のGSで燃料を入れ下道をひたすら西へ。

 向かった先は周防大島、何度も訪れている場所ではありますが今回はこちらを覗いてみようという算段です(以前訪れた時は休館日だったのです)。


 記念館

 
 この島出身の著名な民俗学者「宮本常一」氏の記念館です。
 この方の著書、興味を惹かれるのです。

 大島大橋を渡り、そこからは広域農道(オレンジロード)に入って記念館に向かいます。

 この道、中速のワインディングで昔は結構楽しい道という印象だったのですが年々荒れて来ているといいますか、最近は各所に砂が浮いているのですよね、おまけに降り続いた雨の影響もあるのか水の流れている所も・・・・また全域落ち葉等多く、更に農作業の軽トラが停まっていたり、ダンプの出入り口も・・・・と言った状況。
 まあ想定内でしたので、今回はアップライトなポジションにしてあります方を引っ張り出して来ている訳です、またペースも抑え気味に走ります。


 因みにこのバイクです。

 2号機


 お蔭様で記念館に無事到着。

 入館料300円を支払い館内に・・・・。


 感想ですか?

 近所にあればしばしばお邪魔しそうな雰囲気ですが、わざわざ2時間余り掛けて来る程では・・・・かな?調べ物等の明確な目的が有ればまた別でしょうが・・・・・。

 それでも小一時間程楽しませていただき汗も少し落ち着きましたので、再びバイクに跨りせっかくなので島の東端、陸奥記念館まで海沿いを走る事に・・・・。
 流して走るには気持ち良い道なのです。


 また、この陸奥記念館のある伊保田港近くの集落、昔の海沿いの集落の風情が少しばかり感じられる街並みでもあります。
 こんな建物が有ったり・・・・。

   兜造り


 所謂兜造りですかね・・・・?と成ると江戸の終わり頃の建物ですか・・・・。
 化政期から幕末に掛け、廻船に拠る水運が隆盛しましたが往時の繁栄が偲ばれる気もします。

 また、陸奥記念館にはこんな物も・・・・・。


 PS1


 新明和のPS-1飛行艇ですな・・・、こうした機械物を観るのは楽しいです(結構事故率が高かった機体の印象も有るのですが・・・)。


 ただ、さすがに気温が高くなって着ましたので長居はせず早々に帰途に着きます。空なんて完全に”夏”です。


 海


 帰りは宮本常一記念館辺り迄オレンジロードを走り・・・・・(やはり落ち葉等多いです)。


 因みに某所の寒暖計が37度になっておりました(暑かったはずです 笑 )。
 しかしまあこれで、少し身体が暑さに馴染んだ気もする訳です。

 

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2016/07
12
[ #843 ]

今年前半に読んだ本から・・・

 今年前半に読んだ本から印象に残った物を少しばかり(今回はフィクション中心に・・・・)。


 先ずはこの本。


       壇ノ浦夜合戦記

         壇ノ浦夜合戦記     光明寺三郎 訳


 前半が”壇ノ浦夜合戦記”後半が”大東閨語”という内容です。

 そしてこの前半の”壇ノ浦夜合戦記”なのですが、内容はといいますと壇ノ浦で平家が滅亡したその夜、源氏の陣屋内にて義経と建礼門院徳子との一戦が有ったのでは無いか?という仮定の下、其れを漢文にて書き下ろした物です。
 (おそらく原作は18世紀の後半に書かれ、19世紀前半化政期頃?に書き下ろし文とされ流通。明治になり不敬として発禁、そして昭和の40年代にこのようなかたちで出版された物と推察します)

 いわば艶笑文学(江戸期のポルノ小説)というやつですね。其れを書き下ろし文とし、更に現代語訳も付けて有るという形式。言ってみれば春画の漢文版といいますか・・・・・。  
 (江戸時代は春画も笑い絵として認知されていましたし、こうしたポルノ的な物も書かれていたようでおおらかな時代ですね)
 
 何だポルノ小説か・・・・?と言われそうですが、これが漢文書き下ろし体ですと、中々格調高く感じると言いますか、下衆ばった感じがしないのです。

 もっとも原作の作者の漢文が良いというのが最大の要因でしょうが・・・・。
 因みに原作者は不明、ですが一部では頼山陽では無いかとも言われています。
 確かにそういわれると・・・・・・・ 笑 。

 どちらにしろ良い文体の漢文で書かれるとポルノも格調高くなるということを実感させられる本でした。

 (因みに後半の大東閨語は、壇ノ浦夜合戦記よりも早い時期に書かれた物と思われます、また作者も不明。内容は歴史上の著名人の性癖を漢文で書かれた物で、同じく書き下ろし文として記してありますが、これは壇ノ浦夜合戦記に比べますと・・・・・上品さに欠けますな・・・・ 笑 )
 
(お客様にお借りした本でした、感謝です)



 現代の小説ですと、この本が印象に残っています。
 

        太陽の棘

 
         太陽の棘   原田マハ



 「原田マハの小説、面白いですよ・・・・・」と進めてくださるお客様が何名か有りまして、それならばと図書館で何冊か借り出して読んでみたのですが、この作品が最も印象に残っています(気に入りました)ね。

 実話を基に書かれた小説で、舞台は終戦直後の那覇。
 焼け跡となった那覇郊外の丘の上に絵の好きな沖縄人が集まり芸術村を造り活動していたという事が有ったらしいのですが、そこの人々と、沖縄に赴任してきた米軍の若い軍医(精神科)の交流を小説として描いた作品です。

 装丁の絵もそこの画家が軍医の肖像を描いた作品だそうです。

 この作品の魅力、もちろん基となった話の良さが第一でしょうが・・・・私が魅力を感じたのは絵画という芸術作品、あるいはそれを製作する(絵を描く)という行為そのものの葛藤?を見事に描いていることでしょうか・・・・・。

 そう、(絵画等の)藝術作品には二つの位相があると言えそうです。一つは純粋な絵、美しさ等追求して書かれた物あるいはそうした行為。もう一つは商品(売り物、現物資産、値段)としての絵画。

 言い換えれば、画家が描きたいから描く作品・行為、と、売る為・金儲けの為に描かれる作品・行為・・・・。
 (この二つの位相はやはりどこまでもついて回る気がします。また藝術以外でも・・・・・)

 そして私などはやはり最初の理由。芸術家が描きたかった絵、描きたくて描いた絵、あるいはそうした行為により惹かれるわけです・・・。
 (もちろん商業アートの魅力を否定するつもりもありませんしその辺りにも魅力を感じる訳ですが・・・・たとえばロートレック等々。また描きたいから描いた作品より、仕事として描いた作品のクオリティーが高いのが”プロ”である、といった意見もあるでしょうし・・・・・)

 そしてこの小説、その辺りを見事に描いている小説という印象でした。
 また、私が沖縄に惹かれる面が多いのでより魅力を感じた面も有るやも知れません。


 また原田マハ氏の作品ではこれも面白かったですね。


       キネマの神様

   キネマの神様


 映画好きのおっさんと、アメリカの映画評論家(後半まで正体は不明)の映画に対する評論合戦といった内容なのですが、良かったですね。

 レベルの高い評論はそれだけで作品と言えそうですし(まあ小林秀雄なんてそうした存在かも知れませんしね)、何より映画なり絵画なり小説なり・・・・を観たり読んだりして、それに対し会話・評論をしあうと言う行為、楽しいですよね(相性の合う相手と、という前提は必要そうですが・・・・またそうした物に対する愛情の存在は更に大前提でしょうが)。

 とにかくそうした行為の楽ししさ、魅力を感じさせてくれる小説でした。



 またこの小説も印象に残っています。


        対岸の彼女

  対岸の彼女     角田光代


 ”小夜子”という若い主婦、そのパート先の一見パワフルに見える社長、”葵”。その昔の友人”ナナコ”。この三人を中心にした小説で、一言で言えば中学時代のいじめに拠って生き辛さを抱えている女性があがきながらも社会で生きていこうとしている事をテーマにした作品・・・というとえらく暗そうですが、そうでも無いのです。
 ”ナナコ”という女性のキャラクターが効いている気がします。


 またこうしたテーマの小説というと、若い頃に読んだ天童荒太氏の「永遠の仔」という小説とついつい比べてしまいます。
 似た形式で書かれている気もしますし。

 永遠の仔が、虐待を受けて育った男の子二人(+女の子一人)が主人公で男性作家。「対岸の彼女」がいじめを受けて育った女の子二人が重要な存在で女性作家。

 そして、虐待もいじめも言ってみれば同じく強烈なる不条理。
 そして(現代)社会と言うもの不条理の連続とも言えそうで・・・・・。


 何といいますか男性と女性の差異を感じる2作品。
 興味深かったですね。そして共に印象に残る小説です。


 まあこんな感じで相変わらず乱読の日々です。





 追記

 
 他、北森鴻と言う作家の作品も結構印象に残っています。
 短編のミステリーの名手という印象で上手いな・・・・・という印象です。

 また、この作者の作品に、香菜里屋(カナリヤ)というビア・バーを舞台にした作品が何冊かありまして・・・・。
 実はこれが個人的には一寸複雑な気持ちになる訳です。
 はい、カウンターの内側に立っている人間と致しましては・・・・・(と言うことでバーやバーテンダーをテーマとした小説等は殆ど読まないのです)。
 特にこの方の作品のお店、言ってみれば”(ビア)バー・カナリヤ”、拙店の名前がバカナリヤ。更に複雑な訳です・・・・ 笑 。
 おまけに馴染みのお客様に同じ苗字の方まで・・・・・ 笑 。
 

 とまあ、相変わらずの戯言でした。
 

 

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2016/07
17
[ #844 ]

懐かしいオートバイ

 先日、馴染みのお客様のが懐かしいバイクを入手されたと聞きおよんでいたのですが、何とか走れる様になったので一寸味聞きに流してみる・・・・何て噂を聞きまして。 
 それならばとご一緒させていただいてのです。
 

 お昼に待ち合わせをし、交通量の少な目の道を選んで100キロ余り。
 久々に2ストロークエンジンの排ガスの香りを嗅がさせていただいた気がしましたね。


 基本的には一人で走るのですが、たまには2台で・・・・というのも悪くないですね。
 
 こんな感じでした。


    SDR&TRX

 

 ”K”様のSDR、30年物ですな。往時のヤマハの意欲作ですね(あまり売れませんでしたが 笑 )。

 まあ私のTRXも20年落ちです(これまた少々不人気?)。

 同じヤマハ同士、フレーム辺りの意匠が近いですね。
 
 はい、一寸懐かしい気持ちにさせていただきました。


 

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2016/07
19
[ #845 ]

HIRO TSUNODA

 クラッシクとジャズのクロスオーヴァー的な楽曲、店でも流しやすくて結構すきなのですが、もしかするとこのアルバムもその範疇ですかね(一寸違う気も・・・・ 笑 )?


           般若心経


 「般若心経」    HIRO TSUNODA

 

 つのだ ひろ氏の歌う般若心経・・・・。 

 メロディーが、べートーベンの交響楽第9番、所謂第九。歌詞はタイトルのとおり般若心経。そしてアレンジがゴスペルという物なのですが、結構違和感無くお気に入りなのです(バーで流すには如何な物か・・・・とも想いますが)。


 言ってみればメロディーの第九はコーカソイド(白人)文化圏の聖なるメロディー。般若心経はコンゴロイド(黄色人種)文化圏の聖なる文言。そしてゴスペルはネグロイド(アフリカン・アメリカン)の聖なる歌唱法・・・という所為でしょうか、上手くマッチしている気がするのですよね。
 聖なる雰囲気を醸し出すものって人種を超えるのかもしれません(あるいは人類・ホモサピエンス共通の無意識、あるいは遺伝子にマッチするとか・・・)?


 またもしかすると、私が浄土真宗故か?とも思います。

 浄土真宗は基本的に般若心経は唱えないのですよね。故にこの曲も客観的に感情移入し過ぎず聞く事が出来る故、一つの楽曲として気持ちよく聞けるでは?と思ったりもします。

 実際に、葬式の場等で般若心経を唱えれられる宗派のお客様等からは”一寸、如何な物か・・・?”といった御意見を頂戴することも・・・・。

 そうしたか方々にはこうした行為(お経をポップス的に唱えること)自体、少しばかり受け入れがたいものに感じるのやも知れません(葬式にこのアルバムを流すことに対する是非の感覚に近いかも・・・・・)。

 (因みに浄土真宗では葬式の場では、仏説阿弥陀経&御文書の白骨の章等が唱えられることが一般的と思います。唯最近は宗派に限らずバッハのアリアがBGMに流れる事も多い気も・・・)


 それはさておき、個人的にはお気に入りなのです。

 (ホンと音楽的な話しでは無いですな)
  

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2016/07
22
[ #846 ]

3年ぶりに・・・

 3年ぶりにエアロビクスダンスをやってみました。
 以前通っていたスポーツクラブを退会したのが確か13年の9月。それ以来エアロビクスダンスも、フリーウェイトやマシンを使った筋トレも一切していなかったので非常に不安ではあったのですが・・・・。

 
 少し前の事です、以前よくジムでご一緒していた方が某スポーツクラブの招待チケットを下さいまして(大感謝です)、これは久々にエアロでもやってみるかとイソイソと出かけた訳です。


 久々なので上級クラスは避け(みっともない事になってもいけませんし)中級クラスと想われるクラスを選択。
 エアロが始まるまでウォーミングアップ代わりに20分程、軽くダンベルを振り回してみますが、筋力は想ったより落ちていない感じ(もちろん流石に三年前同様とはいきませんが・・・・)。

 
 そしていよいよスタジオに・・・・。

 
 結構忘れていない物ですね・・・・。流石に一寸バタバタはしましたが楽しめました、息も上がらなかったですし。

 まあ、ラテンエアロというクラス選択も良かったのかも知れません・・・・。
 (半分くらいがラテンダンスからの応用の動きにおもえました)

 エアロを終えスタジオでマシンを使っていますと、以前ジムで顔見知りだった方々から「太ったよね・・・」の声が・・・・(ハイ、わかっていますので言わないでね・・・・)  笑 。

 それはさておき、更にストレッチ代わりにヨガのクラスも一本、これは初体験(失敗、靴下を脱いでおくべきでした・・・)、と言った感じで楽しませていただきました。



 しかし、久々にエアロビクスダンスをやると楽しいですね。リーダーの指示に合わせて無心で動けるというのは・・・・。最近やっている社交ダンスですと(特にパーティー形式等では)先ずは女性をリードする事に気を使いますから、思いっきり体を動かすといった感じにはならない訳でして・・・(尤も、余りリードしようとすると返って女性も踊りにくいとか・・・・何はとまれ基本をの動きを丁寧に行うことが第一と言う気もします・・・・)。他、他のカップルとぶつからない様に気を使うとか・・・・。


 (以前の書きましたが)エアロと社交ダンス両方と言うのは不器用な私には難しい気もしますが、時間や予算の都合が付けばジム通いも再開したくなりましたね・・・・。
 (週一位でよいのだけど・・・・・、そういう訳にもいかないだろうし・・・・・、現実には一寸無理かな・・・・。)
 (誰か体験チケットプリーズ 笑 )



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2016/07
26
[ #848 ]

瀬戸内モダニズム周遊

 先日図書館で借り出したこの本、中々興味を惹かれる本でしたのでその感想等を少々・・・・。

 その本はこちら・・・


        瀬戸内モダニズム周遊

 「瀬戸内モダニズム周遊」   橋爪紳也



 何はとまれ、このタイトルと装丁に惹かれ借り出した本なのですが、色々と興味惹かれる本でした。

 先ずは惹かれましたこの装丁が良いですね、この分野の第一人者”吉田初三郎”氏の観光鳥瞰図ですから。

 内容はと言いますと、大正から昭和初期にかけわが国に観光ブームが訪れる訳ですが、その観光ブームを”瀬戸内”と”モダニズム”という2つのキーワードを切り口に多面的に論じてみようという物です。
 私自身、瀬戸内で生まれ育ったこともありますし、またこのモダニズムあるいはそうしたことが喧伝された大正~昭和初期の建物に惹かれる面もありまして、正にツボ嵌ったという訳です。

 そして読み進めるにつれ観光立国を目指す現在のわが国の在り様および観光ブームと、往時のそれの余りの類似性に驚いたり楽しくなったりと・・・・。


 たとえば昭和初期の観光ブーム、国立公園という世界基準の公園の制定により地域のブランド化がされた事をきっかけに沸騰する面が有るのですが(また故に地域おこしとして制定を促す運動が各地域で行われたり)、これは現在の世界遺産等の登録運動と瓜二つに思えますし、また格地域における観光開発のやり方も同様に・・・・。
 地域の風景・景観・神社仏閣・歴史・民話・伝統・工場・盛り場・等々・・・・・を観光資源として開発。更にレジャーランド等の建設。
 そして各種イベントの開催(往時では博覧会、共進会etc、現在では各種グルメやスポーツイベント等々)。
 国を挙げて外国人観光客の誘致を推し進め、それに対応するホテル等の建設、等々・・・・・・。
 また、船旅のブームなんてのも・・・・。、
 まさに約100年前と同じことを現在もやっているのだと実感させられます。


 またそうした行為、一言で言ってしまえば(少々不遜な言い方ではありますが)「軽薄」と成りますかね。

 勿論現場で苦労された方々の行動や地域おこしの想い等々は安直に軽薄とはいえない様に思えます。
 しかし、この観光ブームを俯瞰的(それこそ鳥瞰図的に?)に見た場合、やはり軽薄という印象が拭えないのですよね。
 まあ、”ブーム”というものは押しなべて軽薄なものではあるわけですしね・・・・。


 また、(物見遊山や近代)観光と言う行為自体が言わば生産性の無い行為、言ってみれば軽薄な行為と言われても仕方ない面が強くあるとも言えそうですし。
 現実に当時もそう認識されていた面もありそうでして・・・・この本に記されていたことによれば、当時、観光産業のみで成立していると言っても良い”別府”という街。ある識者は別府を”煙突の無い街”評価したそうです。その意というのは、工場の無い街であり生産的行為は行っておらず、タダタダ人様の財布の小遣いをあてにして飯を食っている・・・云々、と。

 (まあ、非生産的、非実利的行為が遊びであろうし、また上手くすればそれが文化ともなりそうで、結構個人的には好きなのですがね・・・・ 笑 )


 更に言えば、近代と言う存在自体が実は軽薄ともいえそうでもありますし。
 (確か「近代の夜明けと共に世界は軽薄の炎に包まれた・・・・云々、・・・」といった言い回しもありました・・・・誰だったかな?橋本治か?)

 実際当時でもそうした見方はあった様で、この本に紹介されています「モダン讃岐」という雑誌、その創刊号に編集者がこの様な意味なる創刊の辞を載せているのです。
 「浅薄なるモダニズムは真のモダニズムにあらず・・・云々・・・・」
 詰まり当時、モダニズムには浅薄というイメージがもたれていたと言うことでしょう。

 (まあモダニズム、場合に拠っては、また捕らえ方によれば、伝統的な物事を否定する主観的思想であり、とにかく新しいことをよしとする風潮でもありますからね。まあ、浅薄と言われても仕方ない気も・・・・・・。)


 実際、近代化、あるいは近代観光ってやはり浅薄・軽薄に堕し易いともいえそうで。


 例えば当時、また現代でも、地域の祭りや盆踊りが観光商品として存在感を放っていますが、近代以前それらの行為は地域の人々にとって先祖供養であったり、自然に対する感謝であったり、祭司的であったり、儀式的であったり、ハレとしての重要な日であったり・・・と、気域の行事として重要な意味を持っていた筈ですが、近代(観光)というもの、それらの多くの意味をすべて無視し、あるいは無理解とする立場において、単に観光資源としてしか評価しないわけですね・・・・・。
 更に言えば近代化と言うもの、言わば資本主義化でもあり、結局のところ全ての物事に対し、商品価値というスケール以外をあてはめ無い訳ですから・・・・そりゃ軽薄ですわな(それらの行為物事に内包された多々ある意味を理解出来ないって・・・・そりゃ浅薄といいますか、軽薄といいますか・・・・・)。


 そうして言ってみればこの商品価値でしか判断できない=経済理論優先の先にあったのが、わが国の大陸への進出であり、満州事変~日中戦争~太平洋戦争~敗戦・・・という一連の流れにつながっているとも思えるのですよね・・・・。

 実際に西洋でも、爛熟と退廃の19世紀末の先に第一次大戦があり、喧騒と金融バブルのジャズエイジの先に第二次世界大戦が来たともいえそうですしね。


 もしかすると、軽薄・浅薄なる社会風潮の先には地獄が口を空けて待っているのかも・・・・・、何てことも考えてしまいましね・・・・。
 特に今朝、いやなニュース(介護施設での大量殺人事件)を耳にしたこともありまして、こんな話しになってしまいました。



 それはさておきこの本、版が小さめ&白黒の印刷と言うこともあり見えにくいのがネックですが、多くの資料も掲載されていますし非常に魅力的な本なのですよね。特に呉や高松の当時の花街の事や、各種ホテル等の建築物などの資料は正に私好み、この企画で博物館展示なんてしてもらえませんかね?といった内容でした。

 


 追記、そういえば北海道の某所では新たに伝説を創作(捏造?)しその文脈にて祭りを行い観光客を集めているとかいないとか・・・?正に・・・・といった印象ですね。
 (しかし、アイヌとの関係やその存在はどう表しているのでしょうか?)
 

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2016/07
29
[ #849 ]

カクテルのはなし 4

 カクテルなる飲み物、あるいは飲み方、言葉・・・・といった存在のはなしのつづきなのですが・・・・。
 
 18世紀末頃(後半)にアメリカで酒を混ぜて飲むといった行為が始まり~カクテルと呼ばれるようになり~19世紀初頭ころにアメリカで一般的に認知され~19世紀後半ヨーロッパに広まり・・・・・・何てはなしを書いたわけですが、ではさてその後は・・・・と言う話です。
 いってみれば、次のカクテルの転換点と言うはなし。
 恐らくは1920年代にカクテルという存在が、更に一段階進み洗練されたのでは?と思えること。


 1914年から18年渡って続いた第一次対戦。

 この後半にアメリカが参戦し、ヨーロッパに渡った米兵がカクテルを更に伝え流行らしたと言うことは有るでしょう(それこそ戦場でのマティーニなんてはなしも・・・・・)。またヨーロッパの連合国はアメリカの参戦により勝利したとも言える訳で、アメリカがある種ヒーロー的となりアメリカ的な酒、すなわちカクテルの流行にも繋がるということは当然想像出来る訳でして・・・・。


 更に1920年代のアメリカは、所謂ジャズエイジなんて呼ばれる時代。
 理由は色々考えられますが(一次大戦の一人勝ち、その賠償金、中央銀行の成立と金融緩和・・・・等々)、何はとまれ当時のアメリカ金融バブルの時代、金余りの時代なのですよね。
 更に禁酒法の実施されている時代。

 この禁酒法、酒類の製造と販売を禁止している物で飲酒自体を禁止している訳では無いのですが、やはり大ぴらには飲み辛い雰囲気・・・・(大金持ちはあらかじめストックしておいた酒で、自宅で派手なパーティーなんてはなしも・・・・グレート・ギャッツヴィーの世界ですな・・・・)。
 そうした中で一見お酒に見えない酒としてカクテルが発展した・・・・等とも言われますが(今回は其の視点ではなく・・・・)、金は有るけど、おおぴらに酒が飲めないアメリカを離れ、ヨーロッパを目指したアメリカ人もかなりの数に上ると想われます。
 そうしたアメリカ人に人気の場所のひとつがやはりパリでしょう・・・・。

 またこの時期前後のパリ、ロシア革命を逃れ東欧からやって来た連中も多い(貴族とか、金持ちとか、ユダヤ人とか芸術家とか・・・・)。

 特に19世紀末を経たこの時期のパリ、藝術の都とも呼ばれとそうして人々が世界中から集まっているわけです(後にエコール・ド・パリ等と呼ばれる様な人々)。
 例えばピカソ・ミロ・ダリ・・・・等はスペインからでしょうし、ザッキンやヴァシリエフはロシア、キスリングやパスキンは東欧、クローグやヴィデルは北欧、マン・レイ等はアメリカから・・・・そしてフジタは日本・・・・勿論フランス人のアーテイストも・・・。

 そして新たな芸術文化が起こり遊行する。
 ダダ、キュビズム、シュールレアリズム・・・・・。
 正に現代アートの開花の時期。モダニズム全盛の時期、アールデコの時代。


 そしてそこでモダンな酒、ジャズ的な酒、あるいは飲み方としてカクテルが持て囃され、世界的に流行する。

 実際この時期から、日本でもカクテルと言う言葉が色々の媒体にやたらと登場しはじめる訳でして・・・・(ホテルや客船、飛行機等でのサービスを記したパンフレットや各種雑誌等・・・)。


 上にモダンな、あるいはジャズ的な・・・・等と書きましたが、言ってみれば・・・・、
 非伝統的で、主観的で、新しく、科学的・論理的雰囲気も在り、即興的でもあり、また華やかで少々軽薄でもあり・・・・・・。

 ある種この時期、カクテルにも現代アート作品的な位相がもたらされたともいえそうです。
 (コンペ等で造られるカクテル、現代アートの作品的ではないですかね・・・?)


 そしてそれらを総括して1930年に出版されるのがサボイ・カクテル・ブック・・・・というと妄想が過ぎますかね?


 しかしどちらにしろこの時期、カクテルはある種モダンアート的、あるいはそうした空気を持つ存在としても見られていた(脱皮した)のは確かでしょう。



 追記

 少し前に観た映画「FOUJITA」、其の中で造られるカクテルは其の辺り見事に描いていた気がします。


 

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