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2017/06
03
[ #938 ]

強いられる死

 数日前、少々いやな気持ちになるニュースを耳にしました。

それは「2016年我が国における若年層の死因の一位が自殺である」という物。
 更に具体的に述べれば我が国では、(5歳区切りで)15歳~35歳の年齢層において死因のトップが自殺であり、また他の先進国の場合は其の年齢層での死因のトップは事故である。また人口に対する自殺率もいわゆる先進国といわれる国々の中では韓国に次ぐ高さ・・・云々という話です(確かに最近中高生のいじめを原因とする自殺のニュースが多かった記憶もあります)。

 そんな中思い出したのが以前読んだこの本。


       強いられる死

  「強いられる死」  ー自殺者三万人超の実相ー      斉藤貴男



 少し前に読んだ本という事で細かいところは記憶が曖昧なのですが、かなり重い気持ちにさせられた本との印象が残っています(あるいは過去に読んだ本の中でも有数に重い気持ちになった本かも知れません)。
 また著者自身もこの本を執筆するための取材過程に於いてかなり重い気持ちにさせられた、といった意の事が記されておりましたのでそれが伝わったのかも知れません。


 閑話休題、基本的にこの本はサラリーマン等、成人の自殺を主として取り上げていた記憶が有るのですが、その主要因は、会社あるいは社会全体等からうけるある種のハラスメント(といいますかいじめといいますか)であろうと書かれていて、いわば現代の荒んだ社会風潮全体に話は拡がっていた様にも思えました。

 確か日本の自殺者の数が統計上3万人を超えたのはバブル崩壊と期を一にすると記憶しているのですが、いいかえれば所謂新自由主義的風潮が強くなった事に拠りそうにも思えます。

 (因みに自殺者数3万人といいましてもWHOの基準に照らすと10万人超に成るなんて話も有ったりします。まあこの辺りは統計の手法等によりどんな形にもなりますし、実数の正確なところはよく判らないというか証明出来ないというか・・・・・。この辺りの事を言い出すとキリが無いのですが・・・・)


 確かに新自由主義という物、いわば勝てば官軍といいますか、弱肉強食の全面的肯定といいますか。
 ともかく生きる事、生活すること自体を自由競争、生存競争にしてしまう主義思想ともいえそうで・・・・・。

 しかし生活自体が無限の競争、あるいは椅子取りゲーム化すとすればそれはそうとうに辛いわけでして・・・・。また言ってみれば、勝つためには何をしても良いというか、勝者総取りというか敗者には何も残らないというか・・・・。

 確かにプロスポーツの選手等は戦って勝つことが収入や地位に直結する訳ですし勝つことが全てとも言えそうですが、本来そうした生き方は戦いが好きな一部の人が入っていく世界でもあったでしょう。東洋思想的にいえば、いわば「修羅道」、特殊な世界であった筈。また哺乳類(あるいは生物)全般、本来無益な争いは好まない訳でして・・・・。
 それこそ和をもって尊しとする我が国には会わない気がしますし、全員が修羅道に落とされてもね・・・・・・。

 (そういえばノワール系の小説等良く書かれる新堂冬樹という作家さんがある作品の中で登場人物に「地獄に落ちるのではない、この世界が既に地獄なのだ」といった意の台詞を言わせておりましたが、そうした意味では現代社会は既に地獄の様な物なのかも知れません・・・・)

 なんて書きますと、何を甘いことを・・・・等とお叱りを受けそうですし、自殺する人間は自己責任だ・・・ともいわれそうですが、他者に対して「自己責任」何て言葉を投げつけるには如何な物かとも思うわけです・・・・。
 大体死者を鞭打つというのは我が国に作法には無い気もしますしね。


 なんだか暗い話ばかり書きましたし、余り触れ易い事でもないですし、細かくかきますとそれこそ切りがないのでいい加減にしますが一寸考えても良い時期に来てるのかも想う訳です。



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2017/06
07
[ #939 ]

千代田辺り

 先の日曜日、余りに良い天気ということもありガレージから単車を引っ張り出し軽く跨る事に・・・。

 22年前から所有しているこいつです。
 
  1号機


 たまには跨ってやらないと機嫌がね・・・・、ということで。

 向かったのは千代田町辺り。


 この千代田町辺り、日帰りツーリングの途中やスキー場の帰り等に良く通過していたのですが目的に設定することはしばらく無かったのですが(最近私がツーリングの目的地に設定するのは殆ど元遊郭地ですしね・・・・笑)。
 唯、通貨のたびに道路沿いの看板等に少し気になるものがあり、今回はそこに行ってみることに。



 それは古保利薬師(古保利山福光寺 現廃寺)。
 現在は廃寺ですが、その跡地に寺由来の古い仏像が多数保存展示したありました。


 千手観音

 これは千手観音像


 ここでしばらく仏様とにらめっこ・・・です。
 また管理人の方に寺や仏像の由来等を色々説明いただいたり(元々9世紀建立の密教寺院で山門と薬師堂が弘法大師建立とか)・・・・。


 元が密教寺院という事で立派な仁王像も
 
   仁王
 
 


 そんなこんなで当地の歴史等に妄想を膨らませた後、壬生の街中まで戻ります。

 自宅から県道を繋いで千代田の道の駅にたどり着いたのですが、其の周辺いたる所に”壬生花田植え”と記された幟がはためいており・・・観光案内にて尋ねてみますとちょうど本日開催との事。
 花田植え、以前から気にはなっていたのですが直接目にする事は無く、これは良い機会と愛でさせていただくことにした訳です。


 駐車場に単車を停め、会場方面に商店街を歩いておりますと丁度飾り牛の行列が・・・・。

   飾り牛


 どの牛も見事に飾ってもらってますね。



 そして牛による代掻き~花田植えと見学・・・・。

 花田植え


 一寸観光化されているきらいはありましたが、良かったです。
 こうした物を観させいただきますと、昔(江戸以前)の我が国の美しさとか精神的豊かさ・・・・といった事を思いますね。
 田植えという辛い作業を楽しみに変える工夫。神々(自然神)や自然に対する感謝の作法の数々。祭りのハレやかさ・・・・。
 等々、等々・・・・。


 細かいことを書くときりが無いのですが、この早乙女の赤いけだし何てハレの日を端的に現してる気も・・・・。というと叱られますかね?

 けだし



 ということで、しっかり楽しませたいただきましたので他の場所を廻るのはやめ、素直に帰宅することに(一寸だけ遠回りで)。

 また帰りがけ商店街にこんな表示が。


 集落図

 
 壬生地区の明治30年代の集落図ですが、私が店をさせていただいている東広島市周辺との類似性等含め、安芸のくにの歴史等にも妄想が拡がりました・・・・(遊郭は記されて無さそうで・・・ 笑)。


 天気も良くリフレッシュ出来た一日でした。

 
 

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2017/06
09
[ #940 ]

ライ麦畑のキャデラック

 先日タイトルに惹かれ図書館で借り出した本です。

 
      ライ麦畑のキャデラック

 副題に ”モーターカルチャー100年の真実” 等とも付いておりまして何とも惹かれるタイトルなのです。


 早々に読んでみました・・・・。

 そこで感想なのですが・・・・少々イメージと違うといいますか・・・・。
 そうですね、副題を ”文学で読み解くアメリカモーターカルチャーの100年” とした方が良い感じと記せば雰囲気が伝わりますかね・・・・。
 そんな内容です。


 まあそれはそれで良いのですが全体的に中途半端な印象。
 何といいますか、アメリカ文学と車の関係に特化するなら特化するで、あるいはモーターカルチャーから見るアメリカの社会、あるいは精神史に特化するならする、といった方が良かった印象ですね。

 アメリカ文学、車、アメリカの現代史、精神史といったものが記されているのですが全体的に薄い印象。
 もしかするとこの著者、それ程、アメリカ文学やアメ車、あるいは自動車そのものにそれ程思い入れという物が無い方なのかも知れません。そんな印象です。
 (やはり著者の思い入れが伝わる本という物が読んで楽しい気がします)


 閑話休題、それはそれとして結構興味深い情報も少しばかり散りばめられていたりで、それ程悪くは無かったですかね。
 著者自身それ程メカニカルな面に詳しくないのか、アドバイザー的にベテラン整備氏の方の意見が記されていて、著者がこの整備氏さんに「中古外車を選ぶ時の注意点」を質問するくだりがあるのですが、(それ自体はあまり面白くも無いのですが)その最後の部分でこのベテラン整備氏のおっしゃる台詞。

 「本妻に選ぶなら故障も少なくヒトとの約束が守れるドイツ車か国産車でしょう。二号さんに選ぶなら少々だだっ仔でも走って愉しいイタリア車かフランス車でしょうか」
  
 この台詞、女性には叱られそうですが年季を感じる洒落た台詞と思え・・・・。

 言ってみれば「メインに使う車なら故障の少ない国産車か質実剛健なドイツ車、セカンドカーなら乗って愉しいイタリア車かフランス車」ということなのでしょうが・・・・・、ではこの本の主役、アメ車はどこに行った・・・・・?

 何てね・・・・。


 個人的な意見ですが、2輪でも4輪でも走る事自体が根っから好きな人間は大体において国産車かヨーロッパ車を選ぶ事が多い様に思えます。
 対して、アメリカ(というイメージやキーワード、文明、ビジネススタイル等々)が好きな人間がアメリカ車を選ぶという印象。

 またそうしたアメリカ車が持つイメージというのは(少々古いかも知れませんが)、運転がひたすら楽で、やたらと大きくて、派手でハッタリが利く(ある種こけおどし的)外観、等々といったところですかね?

 楽じゃないけど楽しく個性的なイタリア車とかフランス車とは対極なイメージ(これも少々古いかも知れませんが・・・・)。


 しかしこのアメ車のイメージというか方向性もこの本に拠れば1950年代に確立された物という事らしく、戦前のアメリカ車はメーカー数も多く、色々な個性のクルマが作られていたとの事。

 特に戦前のフォード等は質実剛健で其の分やや野暮ったいけれど壊れにくく直しやすい車を生産していたとか(そういえばフォード、トラクターでも著名ですよね)。確かに戦前のアメリカは都市部以外は道路も余り整備されおらず一歩郊外に出れば農地や荒野が広がるといった状況、壊れにくく自分で修理しやすい車が必要とされるのは必然ですよね。そして戦前、その後のアメ車の様な押し出しの強い車に乗っていたのは都市部のギャングであった、等々・・・・・・。

 で、戦後1950年代のいわばバブルの時代、ひたすら楽で大きくて派手な(内で不埒な行為がしやすい?)車が受け、それ以外の車やメーカーが駆逐されその後に至る・・・・という事の様で・・・・・。

 そういえば我が国の車もバブルの頃からひたすら楽で快適で・・・・・という車がもてはやされて来た気も・・・・・ (笑) 。

 まあ、そういうものかも知れません。


 色々書きましたが、そんな事を思った本でした。


 
 

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2017/06
16
[ #941 ]

何だか最近・・・

 何だか最近の世の中が明治末から大正・昭和初期の社会風潮と雰囲気が近くなって来ているのでは?と思ったりするのです。
 (等と書きますと「では其の時代にあなたは生きていたのですか?」 と突っ込まれそうではありますが・・・ 笑 )

 もちろん私は昭和の生まれなので其の頃の事、直接には判らないのですが、最近古い街並み等を探して単車を走らせたりすることもあり往時の事柄等に付いて本を読んだり妄想を膨らませたり・・・といった事もありまして、そうした中で漠然と想うのです・・・・。

 
 そう、では明治末~大正~昭和初期とはどんな時代なのか?

 先ず明治末、ヨーロッパは世紀末~ベルエポックの時代、電気・瓦斯・内燃機関等が実用化され、それらの力を借りれば不可能は無い?等と想われた時代(同時に漠然とした不安や、負の側面もあったのでしょうが・・・・)
 そして日本もその影響は如実にあった時代。
 この辺り70年の万博と被ります

 さらに大正初期の一次大戦。
 この大戦景気により、日本はある種のバブル、”成金”という人たちが生まれ・・・。
 この辺りは80年代後半からのバブル景気&バブル紳士の誕生にかぶる気がするのです・・・・。



 そして其の崩壊・・・・。
 そこから立ち直ろうとする矢先の関東大震災・・・・・。

 この辺りもバブル崩壊から東日本の震災ともかぶるわけですが・・・・。


 そして金融緩和等によるそこからの復興(&一部では復興景気?)
 唯これは貧富の差の拡大や、都市におけるスラム(貧民)街の誕生や、都市と農村の格差・・・・なんてものも生み出したり。
 
 最近の限界集落や格差問題の話しともかぶりそうで・・・・。

 
 で、その後NY発の金融恐慌・・・・。

 これはリーマンショックか?



 とまあよく言われる話を書いてみたのですが、実はそれ以上にに当時の社会風潮、これが似ている気がするのです・・・。


 例えば・・・・
 先ず大正から昭和にかけて観光ブーム・・・。国定公園の指定やホテル等、”世界基準”なんてキャッチがうたわれたり。
 更にハイキングや山登り等もちょっとしたブーム・・・・。
 船旅もブーム・・・・。
 また各地で博覧会等のイベントもやたらと開催され・・・・。

 また五族協和なんてある種グローバルな思想の元、外国人(観光客や労働者)も多く日本に訪れたり・・・・・。


 また、各地に遊郭も造られ多くの女性が働かされると同時に女性の人権といった事も言われたり。
 (最近の女性アイドルグループなんて、システムとして正に遊郭的な印象を受けるのです)

 そして往時は東京オリンピックの招致と中止~太平洋戦争・・・・と進んでいくわけですが・・・・。
 さて、現代はどう進むのですかね・・・・?


 どうも昨日、(所謂)共謀罪成立のニュースを聞いた故か気になりますな・・・・。

 たしか往時は治安維持法~2・26というテロ事件~翼賛体制と進んだ筈・・・・・。


 一寸いやな雰囲気ではありますね・・・・。


 

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2017/06
20
[ #942 ]

博多へ・・・

 先の日曜日、一寸博多に行っておりました。


 目的はこちら・・・・、

   ウイスキートーク


 ウイスキートークという催しです。

 最近この手のものに出かけることも少なかったのですが、たまには情報収集もしなければ・・・といった感じで久々に出張ってみました。ウイスキートークは未体験でしたし・・・・。

 

 それはさて置き、出来るだけ無駄な予算は掛けまいと行き帰りとも高速バスを選択。催し&バスともチケットを事前購入し準備万端、の筈が・・・・これが寝過ごしてしまったのですよね・・・・(ダメダメな私です・・・・、ちょっと疲れ気味?あるいは年齢過多か?)。

 急遽行きの手段を新幹線に変更・・・・結局高くついてしまいました(ホント何やってんだか・・・・)。


 足を新幹線に変更したことにより、予定より2時間近く早く博多駅に到着。
 さて時間までどうするか・・・・・?



 先ずは中州辺りまでブラブラと歩きます。

 夜は中州辺りで飲む可能性も考え、中州から会場までのルートの下見といったところですね(といいますか、昼間の歓楽街のなんともいえない雰囲気も好きなのですよね)。

 そこから春吉橋を渡り、那珂川の対岸地区の街並みを散策しつつ一路南へ・・・・。
 会場のビルを確認し更に南に・・・・。

 実は一寸気になる場所が有りまして、



 それは此処・・・・。
 
  大門通り

 このロータリーなのですが・・・・・。


 実はこのロータリーに有るのは古い井戸の跡だそうでして・・・・。

 この井戸、往時新柳町遊郭の中心存在したものとか・・・・(ハイ、お約束、遊郭跡です)。
 で、このロタリーを南北に貫く通りが往時の大門通りということですね。


 もちろん現代ではかなり再開発も進み往時の建物は少なくなっていますが(空襲被害も有ったでしょうし)、それでもいくつか雰囲気のある建物も残っていました。


 春吉辺り  新柳町辺り


 こんな感じで・・・・。

 また新柳橋遊郭跡、大門通りも広く真っ直ぐで更に東西の道が直角に交わり・・・と、いかにも近代(明治後半)に造られた遊郭らしい地形を残している印象です。川も近いですし・・・・。
 (ウイスキートークはどうした?)



 とまあこんな感じで2時間程徘徊した後、ウイスキートークの会場へ・・・・。

 しかしこれが結構な人出・・・・。最近のウイスキーブームの影響ですかね?
 (といいますか、各地で行われるイベントはどれもそれなりに参加者はありそうです、その代わり普段の日や、個人的に行動する人は減っている印象も感じます・・・・)


 それでも閉会近くまで会場周辺でウロウロしていました。
 人の多さと寝不足と歩き過ぎ&立ちっぱなしでかなり疲れましたが・・・・。

 そしてそこから再び中洲方面に移動、川の傍で少しばかり夕涼みで体力回復の後バーを2軒程・・・・。
 (昼間の試飲で余り飲めなかったです・・・・)


 そんな感じの博多でした。


 

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2017/06
30
[ #945 ]

ビールのはなし 5

 此処のところ蒸し暑さが増しビールが美味しい季節となりました。

 閑話休題、最近クラフトビール(所謂地ビール)が結構ブームといいますか(各種輸入物も含め)、色々イベント等も開催されていますようです。
 そう、ここ10年余り前くらいからですかね(或いはもう少し前か?)結構地ビールの話題等を耳にするようです。
 (現実には確か94年に規制緩和があり色々と地ビールが誕生したわけですが、定着した感じなのは此処10年程に思えます)


 10年ほど前までは、所謂4大メーカーのビールが殆どで(もちろん今でも消費量はそうでしょうが・・・)、確か店を開けたころもたまにお客様から・・・
 「日本のビールって何故みんな似たタイプなのですかね?所謂ドイツ風というか・・・・・」等といった質問をいただくことも結構多かった記憶があります。

 確かに今でもそうですが、大きなメーカーの造るビールはほとんど下面発酵タイプの割と似通っ飲み口のビールですよね?

 ということで其の辺り妄想を膨らませ・・・・。



 先ず最初に、日本のビールが所謂ドイツ風というのは正しいの化も知れませんが、やや間違いといいますか・・・・。
 特に昭和の時代に主流だったビールは米等の副材料も使われたもので、言ってみればアメリカスタイルのといって良と思えます。

 そうなった理由は色々とあると想われますが、やはり理由としては夏場高温多湿となる日本では上面発酵タイプのものは安定した品質を確保し辛かったという面が大きいのかと想うのですよね。
 


 また、横浜に造られた我が国初のビール工場にしろ、現サッポロビールにしろ、技術者がドイツ人であったりドイツで学んだ方であったりという事も大きいのかも知れません。
 唯個人的に想うのは、当時陸軍がフランス式からドイツ式に変わった事とも同根かとも思えたりもするのですよね・・・・。


 当時、西洋使節(視察)団や桂太郎等の留学経験者の進言もあり陸軍がそれまでのフランス式からドイツ式に変わっていくのですが(因みに海軍は基本的に英国式)、其の辺り、西洋視察の影響がつよそうですよね。

 明治維新自体は基本的に英国主導で行われた訳で、それもあり往時は鉄道や船、造船関連等の機械等英国からの輸入が殆どだったわけでしょうし、政府も英国を手本といいますか目標といいますか・・・・まあそんな感じだったのでしょうが・・・・。

 また当時の英国、確かにユーラシア大陸の端にある島国という事で地政学的に日本とも似た感じで手本にもし易かったかもしれません。唯、なにせそこは世界に冠たる大英帝国、目標としては余りに大きいといいますか・・・・。

 で、1860年にヴィルヘルム1世が即位した後、普仏戦争でフランスに勝利したドイツ(プロイセン)帝国に学ぶ事も取り入れたといいます、方向を変えたといいますか。
 とまあ、そうした影響もありドイツ式に機械等が輸入されるようになり・・・・。



 何故、こんな事を書くかといいますと・・・・。
 
 はじめに昭和の日本のビールはアメリカスタイル等といいましたが・・・・、ドイツにはビール純粋令というものがありまして、麦以外の副材料を使ったものはビールとは名乗れないのです。

 また、現在のドイツの南部、旧バイエルン州。まさに此処がビールの本場ともいえるのですが、此処では色々なタイプのいわば伝統的なビールが造られ、当然上面発酵もあったり・・・・・・。


 まあ、言ってみればは日本で造られるビールはドイツ式というよりも、北部ヨーロッパ式といいますかプロテスタント式といいますか、それを手本としたという言い方が良い気がするのですよね。
 純粋培養酵母(これの嚆矢はたしかやはり北ヨーロッパ、デンマークのカールスバーグ)を使い、チリングユニット(冷却装置)をによる温度管理にて下面(低温)発酵による安定した品質の大量生産のビール造り。

 言い換えれば近代式のビール製造。

 まあ、なにせ文明開化ですから。

  等と書くと批判的と捕らえられそうですが、別にそんなことも無く、日々安定した味のビールが飲めるのはこのおかげなわけでして・・・・。


 そして、おそらく戦前(戦後)の物資不足等もあったのか、工夫もあったのか米等の副材料も使われるようになり・・・・。

 では、米やスターチ等の副材料を使うとどうなるのか・・・・。
 まあ一言で言えば、飲み味が軽くなる。
 飲みやすいというか、淡味というか、ドライというか・・・・。

 これが日本の気候や飲まれ方に合致したのでしょうね。


 高温多湿な日本の夏だと、やや軽め淡めの方が飲みやすいですし。

 それに基本的に我が国の飲酒文化って、新年会や忘年会、歓送迎会等、共同体ベースの飲みが主体ですらね・・・・。そうなると何はとまれ飲みやすいのが一番といいますか・・・・・。

 まあ、そういうことなのでしょう。



 では何故、最近地ビール(クラフトビール)等が注目されるのか・・・・・。

 この辺りの妄想ははまた改めて・・・・・。

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