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2017/07
04
[ #946 ]

ダンデライオン

 少々古い本、昔読んだ事があるのですが無性に再読したくなり先日図書館で借り出し読んでみました。



     ダンデライオン

  「ダンデライオン」   著者はメルヴィン=バージェス   英国人だそうです。

 
 因みにダンデライオンというのは「タンポポ」の事ですね。葉っぱのギザギザがライオンの牙に似ていることが名の由来とか・・・・(そういえばユーミンの曲のタイトルにもあった様な・・・・・)。

 

 閑話休題、何故急に再読したくなったかは私自身でも定かではないのですが、確か先日このブログに”最近の日本の社会の空気が大正~昭和初期に似て拠っている・・・” 何て事をアップした記憶が有りますが、それと同時に戦後の英国の所謂”英国病”といわれた時代からサッチャリズムの時代にも一寸似てるのかな?と漠然と想った事が理由かも知れません。

 この小説、日本での出版は確か2000年頃だったと想うのですが、舞台は70年代末から80年代初頭位の英国なのです(正に英国病の時代?)。

 
 ストーリーは”ジェンマ”という少女と”タール”と呼ばれる少年が(それぞれ?)家出をし、パンクス~ジャンキーへと転落していくといったものなのですが、それだけでは語れない魅力のある小説です。

 因みに原題は「JUNK」。
 ジャンキーのジャンクでしょう。

 
 何が魅力かといいますと、おそらく登場人物の心理描写。

 これがなんとも繊細かつ秀逸で引き込まれます。
 ある種青春小説の傑作ともいえそうですし、また当然のことながらデカダンス的小説です(もしかすると若い世代には太宰の小説同様の受け取り方をするかも知れません。)。

 著者は執筆当時40代のおっさんでしょうが、若者の心理描写はホントみごとです。

 そういえば同時期の英国の若者を描き話題となった映画に「トレインスポッティング」なる作品がありましたが、比較すると面白いですかね?けっこう雰囲気は違いますが・・・。


  
 話は変わりますが、当時結構存在感があった”パンク、パンクス”の若者たち、最近余り見かけない気も・・・・。
 そうあの頃のパンク、そのトンガリ具合・・・、存在感があったというか一寸惹かれるというか。
 それも私がこの本に惹かれる理由かも知れません。


 装丁画も雰囲気ですよね?

 因みに裏表紙の装丁画は・・・、


    裏表紙



 そういえば先日、あるTV番組で若者の意識が相当に保守化しているといった事を伝えていました・・・・。
 もちろん所詮はTVですし、インタビューの結果からということでどれほど信用できるかはさておき、確かにそうした事は感じます。
 安全思考というか、ともかく言質をとられない様なしゃべり方というか・・・・素直すぎるというか・・・・リスクを避けたがるというか・・・。

 別にパンクスになれとはいわないですが、少しばかり自分の頭で考えるとか、尖がってみるとかも大事な気もするのですがね。


 まあそんな事も思う小説、若い世代に勧めたくなる小説です。



 追記

 もしかすると現代はパンクの代わりにヒップ・ホップなのですかね?


 
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2017/07
09
[ #948 ]

 そういえば今月は”海の日”というのが有りますよね(因みに今年の海に日、私はシェラトンに居る予定ではありますが・・・)。

 最近はそうでもないですが昔はなにはとまれ海の日には海に居た記憶があります。
 そう、海好きなのです。海派か?山派か?と尋ねられると、迷い無く”海派”と答えるであろう私なのです。
 (とはいいましても最近ホント海で遊んで無いですが・・・、それ故か先日は海を感じにクルーズも出かけたりした面も・・・)

 おそらくは、私が海の傍で生まれ育った故でしょう・・・。自宅から海までは徒歩数秒、子供の頃は正に海が遊び場でした。
 そして最近、年老いた両親の顔を見るため田舎に帰った際もしばしば海の傍を散歩したりしています。

 そうした時に想うのは”魚が減ったな”ということ。


 子供の頃海を覗き込めば、何らかの魚影が見えたものです。
 季節や場所にも拠りますが、コノシロが回遊していたり、水面近くをサヨリが泳いでいたり、干潟の水溜りにはハゼ類やえびかに類。
 一寸岩でもひっくり返せば、ギンポの仲間やゴカイ等。
 すこし穿り返せば、アサリ等の貝類やタコ・・・・。
 更に季節によっては夜、魚の跳ねる音が耳について・・・・何て場合も・・・・。

 落語のじゅげむでは無いですが、海砂利水魚は尽きぬほどといった喩えも大げさに感じない程で・・・・。
 (それでも父親などに言わせれば、昔は更に・・・・ともなるのですが)


 しかしそうした水生生物類も70年代くらいからは急速にその数を減らし・・・・、特に70年代後半からは劇的に姿を見れなくなったのです。(また漁業権なんて事もいわれ、勝手に干潟を穿り返せない状況にも・・・・)


 しかし何故こんなに急速に魚等が居なくなったのか?

 色々の理由が言われてきた気がします。

 先ずは”漁労技術の発達による魚の取りすぎ”
 これはかなり昔からいわれ現在でも言われていますよね?

 そして当時、70年代頃に言われて居たのは・・・。
 都市部への人口集中に拠る生活雑排水の増加に伴う、海洋汚濁、富栄養化。
 今でも溶存酸素量の低下しやすい夏場等では赤潮発生とともに言われたり。
 
 それと工場排水に含まれる有害物質等による海洋汚染。
 そういえば当時、呉の広大川河口周辺では”お化けハゼ釣り大会”なんてのが催されていた記憶も・・・・。

 そしてたしか、特に瀬戸内は内海故に水の入れ替わりも少なくそうした影響も出易い故、四国山脈の下を貫通するトンネル水路を設け、太平洋の海水を瀬戸内中央部に流し込んで浄化しようなんて案が言われていた記憶も・・・・。流石、日本列島改造論の時代ですね・・・・。
 (この辺りは水質汚濁防止法や、浄化槽や下水道の普及で改善傾向という気も・・・)

 また、その時代風潮故に、各地の(魚のゆりかごともいえる)干潟が相当数埋め立てられた事も大きい気がしますし・・・。


 そして70年代から80年代の高度成長~バブルに向かう建設ラッシュの中、大量の海砂の採取。

 また当時はあまり言われなかったですが、水田等への(水銀系を含む)大量の農薬散布も原因の一つに想われます・・・・。


 そして90年代に入るとTBTO(トリブチルスズ化合物)の影響なんて事も盛んに言われた時期があった気も・・・。
 トリブチルスズ化合物は船底塗料や養殖の魚網やロープに使用される防汚剤で、催奇性が強く、環境ホルモン(女性ホルモン)として作用し貝類に大きなダメージを与えると・・・・。

 また、各地での行き過ぎた養殖漁業の影響なんて事も言われた事もあった記憶も・・・(富む栄養価に拠る汚濁や、えさに含まれる抗生物質の影響、海洋汚染、上記のTBTOの事等・・・)

 また、各地に建設されたダムの影響で砂浜が痩せる・・・・といった事が言われた事も。


 また今世紀に成ってからは、そのダムの影響や里山の崩壊に拠る貧栄養価とか・・・・・。


 更に最近では、マイクロファイバー(微細プラスティック)の問題。
 これは海洋投棄された石油化学製品、所謂プラスティックが波等により細かくなり、それを動物性プランクトンが餌と誤認識し摂取、死滅していっているのでは?という件ですね。
 (因みに根本的対処法は無いとか・・・・)

 更に最近では、人間の服用したピル等のホルモン製剤が尿として排出されたものが河川に流れ込み淡水魚に影響を与えているという報告もあった記憶が・・・・。

 そういえば普及した下水道処理施設の温排水の問題何てのもありましたし、余り語られませんが原発の温排水何て問題も・・・・。


 何だか書いていて暗くなってきました・・・。

 
 まあ、どれが実際の海洋生物減少の主原因か?何て話は正確な事は証明されない気もしますし、地域等によっても異なるでしょうし、全てが原因とも言えそうですし・・・・。

 まあしかし、兎にも角にも我々人類が利便性を追及した結果ではあるわけでしょうから・・・・。


 唯、ある程度対処療法的とはいえ、対策も少しづつは利いている気もします。
 実際先日、田舎に帰った際に干潟を散歩して見ますと90年代には殆ど姿を見かけなくなっていた”ウミニナ”が少し戻ってきていました。
  
 海、或いは自然の持つホメオスターシス(恒常性)といいますか、懐の深さに一寸期待したくなったといいますか・・・・。
 少し嬉しい気もしましたね。


 丁度海の日に里山創作カクテルコンペなんていう物がある所為か、そんな事とを想いましたね。

  

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2017/07
14
[ #949 ]

梅雨明け前に・・・

 そろそろ梅雨も明けそうですね。

 それはさて置き、数日前の事。雲天乍何とか天気も持ちそう故久々にガレージから単車を引っ張り出し県央辺りを走っておりました。
 主目的は海の日に行われる”里山創作カクテルアワード”の仕込みだったのですが、せっかく其の辺りまで走るのならばと先ずは此処に立ち寄ってみました。


    おもちゃ


 みよし風土記の丘ミュージアム(広島県立歴史民俗資料館)で開催中の特別展 ”みんな大好きおもちゃの世界” です。


 こうしたおもちゃが好きという訳でも無いのですが、古い物には少々惹かれる面もありまして、という事です。

 でその展示ですが、このコレクションのオーナーの北原氏、おそらくは私より少々上の年代なのだろうな・・・という印象。
 そうした面でも微妙に趣味が異なるというか・・・・。


 唯、おもちゃ以外にもこんな物が展示されておりまして・・・。

  ポスター  掛け軸  商船


 この辺り(往時の印刷物)、当時の社会風潮が想像出来好みなのですよね。

 結構楽しめました。

 因みにおもちゃの展示ではやはりこの辺り・・・・

 ミニカー


 

 その後主目的の仕込み等に向かいます。



 訪れたのは・・・・


 美和桜  養鶏場  トムミルクファーム


 他、世羅の農園の販売所とか・・・・。


 唯店休日だったり、欲しい物が無かったりと・・・・。

 おまけに単車のボルトが一部脱落(応急処置で乗り切りましたが、締め忘れか?振動ゆえか?)したりと、結構トラブルな半日でした。

 まあそれでも最低限何とかなったので、気持ちを入れ替え、海の日の備える予定です。


 

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2017/07
18
[ #950 ]

コンテスト

 昨日は市内シェラトングランド広島で行われた”里山創作カクテルアワード”のコンテストに参加しておりました。

 カクテルのコンペに参加するのなんて何年ぶりですかね・・・・・。

 結果は出ませんでしたが(観にきてくださった方申し訳御座いません、少し工夫が足りなかったのかも知れません)、久々に舞台に立たせたいただきました。
 これはこれでよい経験をさせていただきました。


 

 因みに試技の後は隣の部屋でパーティー、これは楽しませていただきました。

 
 そのパーティー会場の入り口の傍にこんな感じで当日の作品群が展示されておりまして・・・。



     展示


 私がコンテストで造った作品はこれ、


 カクテル1


 それともう一つ

 カクテル2


 (おそらくしばらくの間は店でオーダーしていただければお出しできると想います)




 追記


 結構緊張もしましたが、実際はダンスのデモとかコンペの方が緊張する気がします。といいますか、ダンスを習った事で少し場慣れするようになったのかも知れません。

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2017/07
23
[ #951 ]

ビールのはなし 6

 前回の続きというか補足というか・・・・。

 我が国のビール、一部の地ビール(クラフトビール)を除き、特に前世紀までは(或いは今でも)殆ど似たタイプのビールしか生産されていないわけですが、その理由として、高温多湿の日本の夏にはアメリカスタイルのややドライで軽めな低温発酵ビールが好まれたとか、宴会(共同体)的飲み方にでは細かい味の違いを個人的に楽しむ(嗜好品的)飲み方が育たなかったとか、基本的に日本のビール製造は大規模装置産業に拠る大量生産品であった故・・・・等々が考えられると想うのですが、もしかすると戦中~戦後の食管制、配給制の影響もあるのかとも想われたり・・・・。


  
 実は我が国、明治中期頃までは色々なビール製造会社も存在していた様なのですが、結局日本のビール産業、大規模装置産業故中小の製造メーカーは淘汰され、明治の後半頃には数社の大メーカーが残るだけになっていったと想われます。

 更にその後、20世紀初頭(確か1906だったか?)に政府主導でキリンを除くメーカーが資本合併し大日本麦酒となり基本的に2社体制なるわけです。

 (そういえば、戦後60年代くらいにやはり政府の斡旋でオートバイメーカーが4社体制になったり、プリンスと日産が合併したりなんてのも似た印象が有ります・・・。結局、敗戦を経ても日本の行政の有り方とかメンタリティーって余り変ってないのかも知れません・・・)


 唯ブランド名は生きていた様で、当時の麦酒のポスター等観るとこんな感じで、・サッポロ・えびす・朝日の各銘柄が一緒に掲載されていたり・・・(他、時代によってはカブト麦酒とかも・・・・・)
 
 麦酒



 唯、日中戦争の長期化~太平洋戦争といった流れの中で食料統制等が進み、確か1940頃から家庭用のビールが配給制になり、更に戦争末期から戦後に掛けては食料の一元管理が始まり・・・・・。

 つまり戦中(43年だったか?)からは、はっきりって1種類の麦酒しか供給(配給)されないという状態が出来上がる訳です。
 (戦後も40年代一杯続くのかな・・・・)


 またその他に何が日本の麦酒の画一化に繋がるのか?というと・・・・。


 明治から、大正ロマン~昭和モダンといった時期、ビールって、アルコール度数の割りにかなり割高なのですよね。
 で当時は割りと年収の高い都市部で消費される、いわばお洒落なアルコール飲料だった訳で(上のポスター等もそんな雰囲気をかもし出してるとおもいますし、当時の麦酒のポスター全般にそんな雰囲気で一寸面白いのですよね)、地方や田舎では殆ど消費されていなかった様に想われます。

 それが配給制度により、都市部や地方に関わらず一元的に供給される、しかもそのビールは基本的に同じ味のもの・・・・。
 つまり其の頃に、麦酒とはそうした味の物”だと多くの日本人に刷り込まれた面が結構あると想われるのですよね。


 更に戦後の高度成長期は言ってみれば会社中心の社会だった訳で、そうした場合飲む機会も等も会社中心、或いは部署単位等の宴会、(いわば共同体的、村社会的な飲み)が中心となっていき、そこでそうした状況に使いやすいビールが大量消費され、そうした存在となっていく・・・・・。
 「とりあえずビール」 なんて言葉は正にその象徴といいますか・・・・。

 確かにビール、その酔い口も含めそうした場面に相性がよい気がするのですよね。

 大勢で飲んで、ついでに肩でも組んで歌でも・・・・といった感じに・・・・。
 (オクトーヴァーフェストなんてのも一寸そんなイメージですよね)
 (まあだからこそ故に、昔は”バーにはビールを置くものでは無い”といった話も有った訳で・・・)

 緊張感とは逆の雰囲気になるお酒といいますか・・・・・。
 


 なんて感じで話がとっ散らかって来たので、続きはまた改めて・・・・・。

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