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2017/08
01
[ #953 ]

チョットダンスを

 先の日曜日、東広島の某所でダンスを少々。普段習っているスクールが主催という事で私も結構踊らせていただいたのですが・・・・。

 やはり緊張します(先日コンテストでカクテルを造った時よりも緊張した気が・・・・、といいますかこんな事をしている故かカクテルコンテストの時はそれ程緊張しなかった?というか待ち時間が長くてそれだけで疲れていた?)。

 おかげでミスも少々。
 アガリ性化も知れません(自意識過剰なのか・・・?)。


 それとまたえらく疲れるのです・・・・・。

 オートバイの草レースをやっていた頃も想ったのですが、緊張した状態で運動すると普段の倍以上疲れる気がします。
 (脈拍が上げっている所為か・・・・、はたまた力の入りすぎか・・・・・???)

  
 しかしこうして細々とですがダンスを続けているおかげである程度姿勢も保たれている気もしますし、また少しばかり緊張慣れした気もします・・・・、と仕事には何かしらプラスになっている気はしているのですよね・・・・(脳みそと身体の連絡等も・・・・・)。

 という事で細々ながらダンスは続けて行きたいとおもっています。


 
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2017/08
07
[ #954 ]

季節

 台風が来ている様ですが、そろそろそんな季節なのですよね(例年より少し早いかも知れませんが・・・二百十日はもう少し先ですし・・・)。
 といいますか、実は今日は立秋なのですよね。

 詰まりは今日から秋・・・といっても現代人には違和感があるかも知れませんが。
 昨日も広島県では最高気温が37度を超えたとか、益田辺りでは39度に達した・・・等と気温等から言えば正に”盛夏”といった具合ですからね。

 しかし旧来の暦、或いは季節で言えば今日から”秋”なのです。
 思えば元々の日本人の季節感と今の季節感、かなりのズレが生じている様でして・・・・(俳句や古典を読んでると違和感が生じたりします・・・)。

 では昔の(本来の?)日本人の季節感とはどんなものだったのか・・・・・。

 例えば今日の”立秋”。
 
 7月末から8月頭に掛けては一年で最も気温の高い時期、そうした中、夕方の風等に微かに秋の気配を感じる事が(出来る人には)出来るのがこの時期。この微かな秋の気配を感じて秋が立った(始まった)と思えるのが旧来の日本人の感覚。という事なのでしょう。
 立春や立夏、立冬も同様に、吹く風の中に微かに春や夏、冬の気配を嗅ぎ取れる時がその季節の始まりとする訳で、なんとも繊細とといいますか、季節に敏感といいますか・・・・。


 などといいますと、そんなものは昔の話、今は3・4・5月が春で6・7・8月が夏、9・10・11が秋で12・1・2が冬ですともいわれそうで、またそれが正しいという事になっていますようですが・・・・。
 しかしいってみればそれはグレゴリオ暦(詰まりはキリスト暦)の3・4・5月という事なわけでして・・・・・。


 個人的にはどうもね?といいますか・・・・。
 
 いったいいつからキリスト教(西洋)の支配下になったの?なんて突っ込みたくもなったり・・・・・。
 (結局この国は明治に新暦(グレゴリオ暦・キリスト教暦)を導入して以降キリスト教文明の支配下にあったという事なのでしょうね・・・・・というと厭味かな・・・・?)



 まあそれはさておき、たまには季節とか季節感といった事も思い出したくなるのですよね、せっかくの立秋ですし。

 其の辺り、単車で走ると風の香りの変化等に敏感になれるのですが、最近余り単車に跨る時間も無く・・・・・。

 で、チョット愚痴っぽい事を書いてみました。


 

タグ :   日本文化  /

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2017/08
11
[ #956 ]

お盆

 今日から世間は夏休みといいますか、お盆休みですかね?特に今年は今日”山の日”が金曜日という事もあり長期の休みを取られる方も多いのでは?と想像してみたりもしております。

 しかし思うに、この8月11日が山の日に指定された事もあるのか、この8月半ばの夏季休暇の期間が”お盆休み”というイメージから単に”夏季休暇”といった印象が強くなった気がするのですよね・・・・。
 各地で行われている(或いは行われていた)所謂”盆踊り”も”盆踊り大会”といった感じで名前が変り、昔からの祭司的意味が急速に失われている印象も強いのです。
 (といいますか地域によっては盆踊りそのものが行われなくなっている気もします)


 また盆踊りに限らず各地域で行われていた昔からの祭りも、(例えばOO市夏祭り、とかOO町花火大会といった感じに)急速に名前等が変更になっている印象も・・・。

 もちろん昔からの名前で行われているそうした祭りや盆踊り等も残っていますが、それらも基本的には観光資源としての価値がある物に限られている気もしますし、そうした行事自体が観光資源としての価値があるかないかで判断される傾向がこの数年特に強くなっている気がするのです・・・・・。


 閑話休題、”お盆”ですがそもそも何なのか・・・・・。


 物の本等に拠れば、仏教行事の盂蘭盆会であり、仏教とともに伝来し飛鳥時代ごろ(推古天皇のころ?)から行事として我が国に定着し始めたとか。またウラボンエの語、元はサンスクリット語に起源が求められるとか・・・・道教の影響もかなり強いとか・・・・・。
 諸説あるわけですが・・・・・・。

 個人的にはもっと古い慣習というか習慣というか、祭祀というか・・・・・そんなものではないかな?という気がしているのですよね。


 それこそ世界、或いはアジア地域全体に存在する豊穣神や先祖等々に対する感謝や畏怖・・・・、まあそうした行事、慣習、習慣。そうした物が宗教によってある種意味づけられたり取り込まれたり習合したりといった感じで形式化された物では無いかと想うのですよね・・・・・。

 実際仏教伝来以前にだって、色々の(そうした)祭祀的行事等は行われていたはずですし、例えば弥生時代や縄文時代だって、お墓や祭司的行事はあったはずですから。

 更に言えば(或いはもちろん)我が国に限らず。
 そうした、夏場(或いは初秋か)の満月の日に行われていた豊穣祭り、先祖崇拝の行事が各種宗教にも取り込まれた、或いは意味づけされたと考える方が腑に落ちるのですよね。


 例えば日本でおそらくは最も古い形のお盆行事に近い物を行っている地域といえば沖縄や奄美が思いつくのですが、そこらへんって仏教でも神道でもないですからねぇ。
 つまり元々は(唱導的)宗教以前の存在。


 では何故この(旧暦7月の満月)なのか・・・・・・。

 もちろん個人的な妄想?ですが・・・・・。


 この時期はアカテガ二等が産卵する時期。

 といいますか、多くの魚類や両生類等、満月や新月の夜に産卵を迎えたりしますよね。
 当然そこには”死と再生”が強く意識される訳でして・・・・・。
 そうした事だと思いますね・・・・・。


 付け加えて言えば寒い時期の大潮(新月)が旧正月となり・・・・・。

 そういえば子供も頃は旧正月周辺の大潮の時期、多くの方が潮干狩り等に磯に出ていた記憶があります(貝を掘ったり、海苔を摘んだり、蛸を掘ったり、ギンポを取ったり・・・・と)。

 また初夏の大潮(新月)が住吉祭りになったり・・・・・と。



 で、現代では関東辺りではお盆といえば新暦の7月15日辺りとか。そしてそれ以外の多くの地域では新暦の8月15日辺りですよね(これがこの時期)。そして沖縄やほかいくつかの地域では旧暦の7月15日あたり・・・・・。


 
 何故こんな話になったのか・・・・。



 関東周辺の7月15日前後というのは明治初期に明治政府が新暦(グレゴリオ暦)を導入し、お盆も新暦の7月15日にした故でしょう。
 それ以外の地域の新暦8月15日というのは、新暦の7月15日前後だと農作業に支障が出る故という事も有って、旧暦の7月15日に近い8月15日にすることにした地域が多かった故といわれています。

 では何故旧暦のままのお盆にしなかったのか?


 この辺り色々有るのですが・・・・・・。

 先ず明治初期に政府が新暦(グレゴリオ暦)を採用、多くの行事を新暦に基づいて行う事を奨励する訳ですが、農村等の地域、地方ではやはり旧暦で行う事が多かった訳でして・・・・(それはそうですよね、盆踊りなんて満月の下でないと暗くって・・・・また海民系の祭りですと潮の大きさと満ち干の時間に決定的に影響される訳ですし・・・・・)。


 それが変るきっかけが20世紀初頭の地方改良計画でしょうね・・・・。

 日露戦争の後、逼迫した財政の事もあり政府によって行われた事業ですが、これにより、お盆と神道系神社の行事以外の行事を旧暦で行う事を禁止する訳ですよね。また、その徹底と徴税の徹底化を図るために地域に昔からあった組織を改変し、行政下に置く訳です・・・・(例えば若衆宿を青年会にとか、女性だとお処女会とか婦人会とか・・・・)。で、地域の行事もそうした組織主導で新暦で行われるようになる・・・・道造りとか川切り何てものそうでしょう)。

 ただ、此処にも記したように、お盆や神社が主導する祭りは旧暦のものもかなり残った訳です。
 実際、私が生まれ育った地域もお盆の行事、を戦後すぐの時期等では新暦の8月15日と、旧暦の7月15日、両方行っていた様で・・・・。


 では多くの地域から旧暦のお盆がなくなったのは何時ごろか?というと・・・・・。

 どうも昭和30年代の様で・・・・・。



 理由としては、お盆休みが2度に渡ると、企業が困る・・・・・といった理由が言われています。
 まあ、確かにそれもあるでしょう・・・・・。戦後の日本、特に高度成長期は企業中心というか、そうした社会でしたから。
 (地域社会の代わりを企業がしたともいえそうです)


 唯、個人的には55年体制のスタートが大きいように思えたりもするのですよね・・・・・。

 一寸話が長くなったので、今日はこれくらい・・・・・。

タグ :   日本文化  /

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2017/08
18
[ #957 ]

Maiking of a Victorian Lady

 先日図書館で借り出した本、実は好きなのですよねこの手の本(一寸キャッチー過ぎる書名という気もしますが・・・・・)。


     英国レディーになる方法

  「英国レディになる方法」


 
 内容はというと19世紀、ヴィクトリア朝時代の英国の中流家庭女性の生活やそれを取り巻く社会を、当時の小説や雑誌広告等々から浮き上がらせようといった趣旨の本でして、各種図版等が多く収録されています。

 当時の絵画をはじめ、小説等の挿絵から雑誌広告やポスター新聞広告、写真(時期的にそれはど多くは無いですが)等々。
 また往時のファッションプレート等が掲載されているのも非常に嬉いですね。


 以前こんな本の事も一寸だけアップしたかも知れませんが、

 明日は舞踏会  「明日は舞踏会」

 この本の英国版といった雰囲気。



 閑話休題、”ファッションプレート”等と書きましたが、”明日は舞踏会”という書籍は正に19世紀前半のフランスのファッションプレートを中心にまとめられた本です。
 (本としての纏りはこの”明日は舞踏会”のほうが上という気はします、がそれはさて置き・・・・)


 ではファッションプレートとは何ぞや?ときかれますと、主として19世紀フランス等を中心に出版されたファッション雑誌や商品カタログに掲載された衣装や装身具の見本図版、といったところですかね。
 特に石版画に手彩色されたものがそう呼ばれている様で・・・・・。

 言ってみれば浮世絵の西洋版といいますか・・・・。はい、浮世絵同様に惹かれるのです。


 因みにこの本にもこんな感じで少しばかり載っています。

 1843  1861



 浮世絵の西洋版などと書きましたが、実は浮世絵の方が少々古いといいますか先駆者といいますか。

 例えば歌麿の「夏衣装当世美人」のシリーズ、おそらくは寛政末頃のものでしょうから丁度1800年前後、西洋のファッションプレートの全盛期より半世紀ほど早いですし。それにこのシリーズは明らかに和版ファッションプレートといった感じで、描かれているのが、越後屋、大丸、松阪屋、白木屋・・・・・・・・等々の着物と帯(を身にまとった美人)ですからね。

 更に言えば、湖龍斎から初期の清長に引き継がれた「雛形若菜の初模様」シリーズもいわばファッションプレート的ですし、これは更に2.30年ほど早い18世紀中期辺りですしね・・・・更に言えば師宣になると17世紀後半・・・・。


 おっと話が横道に・・・・。


 因みにバカナリヤにも往時のファッションプレートが一枚掛けてあります。

 1853

 因みに1853年のフランス物です。
 この19世紀中期の頃のものが版や彩色も緻密で好きですね。


 しかしこの19世紀、英国ではヴィクトリア朝時代、フランスではナポレオンの帝政から19世紀末に向かう時代、正に現代の走りといいますか、資本主義が世界を席巻する最初の時期といいますか・・・・。

 現代に有る多くの品物(製品等)の基はこの時期に殆ど出揃っているのです。デパートやパックツアー、冷蔵庫、新聞や新聞広告、インスタント食品、またそれらを見せる博覧会、等々・・・・・・・。
 この雑多というか何でもあり感というか、またその光の部分に対する影の濃さというか、混乱といいますか・・・・。
 興味を惹かれるのです。

 そしてこの本、このヴィクトリア朝時代に確立された社会感というか作法というか慣習というかシステムというか・・・・・、これらが明治維新以降強力に我が国に流れ込み(導入され?)、現代にも繋がっている事も実感させられる本でもありました。
 更に戦後の家庭教育のモデルケースにも・・・・・。

 また一寸厭味な言い方をすれば、19世紀とは女性を(都合の良い?)消費者に仕立て上げる時代という気もします。
 またそれを担ったのが商業新聞に代表されるマスコミであり広告であったとも。

 (その辺りも含め興味深い訳です)


 更に言えば、フランス人権宣言以降喧伝される所謂”男女同権”の一つの側面は、女性を消費者に、(低)賃金労働者に、納税者に仕立て上げるためのプロパガンダであったのかも?・・・・・・なんていうと厭味が過ぎますかね? (笑)

 
 等々、色々書きましたが楽しめる本でした。


 

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2017/08
24
[ #958 ]

福山文化ゾーン

 先日、福山駅北の所謂”福山文化ゾーン”と呼ばれる場所に行ってきました。

 目的はこちら、美術館で開催中の”東郷青児展”

 
  東郷青児展



 並びに傍の民俗資料館で開催中の”坂本龍馬展”です。


  坂本竜馬展


 
 この2つの展示が気になったのです。それにこの福山駅北の福山城周辺の文化ゾーン、駅のすぐ北にもかかわらず人も余り多くない印象ですし結構ゆったりしていて居心地のよい空間なのですよね。
 結構お気に入りです。

 閑話休題、東郷青児展。この作家の展示を観るのは初めてです。事前の印象としては戦後の美人画といいますか、やや商業アート的な作品。そして所謂”昭和モダン”のイメージです。

 で実際に展示を鑑賞させていただいた印象としては・・・・、基本的には変りませんね。

 しかし、何せ初鑑賞という事で色々と興味深かったです。
 彼の手がけた装丁の本や雑誌といった展示も多かったですし・・・・。


 個人的には、初期の作品が好みかな?また、全体としてピカソの影響も感じましたかね。

 それと、大正ロマン(高畑花宵等、実際には竹久夢二との交流があったとか・・・・)~昭和モダン~戦後のモダニズム~商業アート(鶴田一郎等にも繋がっている様な・・・)といった流れを想いましたね。


 

 そして”坂本龍馬展”


 この坂本竜馬という存在、我が国の歴史上の人物では最もファンが多いという気がします。
 (まあ、実在の歴史上の人物に対しタレントやアイドル的にファンが付くというのも不思議というか・・・・、まあそんな気もするのですが・・・・)
 
 そして其の割りにその実態、実像という物がいまひとつ判らないという存在(例えば暗殺時のことやその事実も未だ良く判っていないとも思えますし)。
 まあ日本の歴史上の人物というものは得てしてそうですが、小説等のフィクション(虚構)によって築かれたイメージが真実と認識されている面が殆どとも想われる訳でして・・・。
 其の筆頭ともいえそうな存在、というとファンの方から嫌われますかね?

 それはさて置き展示内容ですが、竜馬の直筆や竜馬に向けられた手紙等を、現物、現物から活字に起こした物、その現代語訳&解説といった物が中心となる展示で中々興味深かったのですが、照明の落とされ気味の展示室で多量の文字を読む事は歳で目の弱り気味の私には少々辛かったですね。
 ですこし早めに退出(基本的には書籍等で知っている物が殆どでしたし・・・・)。


 他、竜馬等の維新関係者を描いた絵等も展示されていましたが、この辺りは正に竜馬ファン向けというかファンの多さを象徴する物の様にも感じられました。


 
 色々と書きましたが、楽しませていただきました。




 追記


 10月東広島のアシダ画廊で”佐野繁次郎”展が開かれるそうです。


  佐野繁次郎展


 佐野繁次郎、東郷青児と結構印象がかぶるといいますか、似たような活動をされた作家という印象、共同で舞台芸術等も製作されていますしね、書籍等の装丁の作品も多いですし・・・・。
 
 一寸覗いてみるかも知れません。
 興味の有る方、如何ですか・・・・?





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2017/08
31
[ #960 ]

ビールのはなし 7

 相変わらずのはなしです。

 そうビール、最近は以前地ビールと呼ばれていた大手メーカーの物ではないビールもクラフトビールと呼ばれ結構ブームになっている印象(とは言っても全体のビール消費量に占める其の割合はまだまだ少ない印象ですが・・・・)。
 ようやく日本でもビールを嗜好品的に飲む方が増えてきたという事ですかね?
 (嗜好品の定義をどうするか?という事ももちろん考えなければならないのでしょうが、それをするとえらく大変な事になりそうなのでここでは便宜的に、個人が趣味的にタイプや製法、産地、メーカー等の違いから来る差異を楽しむ品としておきます)
 

 で、何時頃からそうなったのかといいますと(もちろん昔から輸入ビール等嗜好品的に楽しまれていた方は存在していたでしょうが)、やはり今世紀に入って少したった頃からですかね?
 確か1990年代半ばに規制緩和により各地に地ビールの醸造所がかなりの数造られましたが、しばらくしてどの醸造所も結構苦戦に陥った印象があります(私が住んでいる広島県内でも閉鎖した醸造所がいくつか・・・・)。

 確かに思えば我が国、バイエルンや英国の様に古くから地域に密着したビールの醸造所が在った訳でな無いですから、通い瓶等を持って家々がそこにビールを買いに行くとか、パブが近所の人たちの社交場となるとか、主婦(も含め人々)がお茶やコーヒー代わりにビールを飲みながら井戸端会議・・・といった文化は無い訳ですから地ビールといっても定着し辛かったのかも知れません(もしかすると飲酒運転の基準および罰則強化も影響したかも知れませんが・・・・)。
 

 そしてその後呼び名を”クラフトビール”と変えたことで、ある種のブームというか、そんな形で嗜好品として認められる様になったと想われるのです。


 そうした事の含め、ビールは他のアルコール飲料に比べると嗜好品的に飲まれる様になったのが少々遅い気がするのですよね。

 思うに我が国ですと、ウイスキー等は80年代に入り国産のシングルモルトが出回るようになってしばらくすると結構そうした飲み方が定着した気がします。またワインは割と昔からそうした方が有った気もします。特に80年代半ばバブルの時期以降は完全に嗜好品的としての見方が定着した印象が・・・。

 そういえば焼酎も90年代半ば位からですかね、所謂焼酎ブームとして世間賑やかせていた印象も(最近は少し沈静化ですかね)。

 そして酒(日本酒)はというと、70年代の第一次地酒ブームのころから徐々に始まり、純米酒なんて言葉が定着した頃からそうした飲み方をされる方も増えていた印象ですしね。

 そうした面ではやはりビールが最も遅かったですかね。



 何故なのか?
 それは恐らく・・・。

 前回の繰り返しになりますが、ビールという酒は宴会的飲み方に向いている気がするのですよね。

 個人的にはその酔い口、何と言いますか・・・朗らかになり皆で賑やかに(高歌放吟というと少々大げさかもしれませんが)和気藹々とといった感じになり易い気がしますし、またその度数の低さも宴会向けと思えるのですよね。
 特に日本では宴会等で出されるビール用のグラスって、結構小さいですよね。そしてそれ故に”注いだり注がれたり”という行為がし易い。そしてその割りには度数が低い分泥酔になり難い・・・・(というか其の為の小さいグラスではという気もします)。
 また、泡が立つという見た目や、炭酸の刺激・・・・・。

 そんなこんなで日本の宴会文化というか、そうした飲み方に見事合致していたと・・・・・。
 「とりあえずビール」という言葉等、正にそれをあらわしている気がしますよね。
 そして其の印象というかイメージが強すぎて中々嗜好品的飲み方をして貰えなかったのがビールという気がします。

 また、今でもやはりそれは付いて回っている気がします。例えばイベント等でも、ビールのイベントってやはりみんなで騒いで・・・・、という雰囲気になっている気がしますしね。
 例えばウイスキーのイベント等とはかなり雰囲気が違います(どちらが良いか?という事はさて置き。個人的にはどちらもアリと想いますし)。
 まあ、またそれ故に嗜好品的な物や話題、飲み方を良しとするバーではビールは積極的に置かなかった訳でして(或いは置くべきではない等と言われていた訳で)。


 少々話は変りますがこのクラフトビールブームって、日本だけでなく世界中であるようです。
 おそらくは1980年代位からアメリカで地ビールの醸造所やそれに併設されたレストラン等が出来始めた事が嚆矢でしょうが、それが世界的に広まった・・・・とみてよいのかも知れません。

 そういえばウイスキーだって、1960年代にフィディックがシングルモルトを販売を始めた事により趣味の対象としての位相が出来、1980年代のスコッチウイスキー生誕500年辺りから本格的に世界にそうした飲み方が広まった印象が有ります。

 そう酒を飲む(或いは語る)上において、この嗜好品(個人の趣味の対象)としての飲酒と、宴会=コミニュケーションとしての飲酒という事はやはり意識しない訳にはいけない気がします・・・・。
 
 出来れば次はそんな話が書きたいですね。


 

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