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2018/02
02
[ #1003 ]

おしゃれ?

 最近はそうでも無いですが、たまに初見のお客様等から「おしゃれな店、こじゃれた店、等々」の言葉をいただくことがあります。
 店主である私としては全くもってそうした意識は有りませんので(普通のとか、場末感漂うとか、ありきたりなとか、古いやり方・・・等々なバーだと想っております)、少々”?????”と思う面も有るのですが、まあそれはそれでお褒めいただいている訳でしょうから素直に感謝でもある訳ですが。
 あるいは、それ程意味があって発せられる言葉でも無いのかも知れませんし(例えば女性達が色々な物や事象に対し”カワイイ”という言葉を良く使われる事と同様に)、それほど意識する事も無いのが良いなでしょう。

 唯、私のような面倒くさい性格の人間はツイツイ、”おしゃれ”ってどのような物や事象や状態を表す言葉なのか?とか、そもそも”おしゃれ”ってどういう物なのか?等と考えてしまったりするのです。

  
 まあ”おしゃれ”という言葉、その意味とか使われ方は時代と共にかなり変化している訳でしょうし。特に最近は、先に書いた”カワイイ”なんて言葉同様に非常に便利に、故に乱用されている気配もありまして・・・・(まあ、故にちょっと耳障りだったり・・・と 笑 )。

 これがもう少し(数十年)前だと、ちょっと古めかしい言葉の印象ともあったり、ちょっと気恥ずかしい印象もあったりした記憶が有るのですよね。

 更に言えば、当時の雑誌や文章を読んだり観たりした印象ですが、昭和の20~30年代くらいには当たり前に(特に女性に)よく使われた言葉という印象もあります。
 
 また、昭和の後半の時代には、外面だけでなく内面の”おしゃれ”が大事といった方向や論調にむかったきらいもあった様な記憶もあったり無かったり・・・・。


 ではその前はというと・・・・・(まあ私の勝手な妄想。推察ですが・・・・)。

 大正、昭和初期は”おしゃれ”という言葉よりも”モダン”という言葉が流行していた気配が・・・(モボとかモガとかね)。

 で、明治は?

 小説など、特に男性が書いた物では”酒落”(しゃら、しゃらく)なんて言葉が使われたり。
 洒落(しゃら・しゃらく)という言葉はそうとう古そうです。
 ただ”おしゃれ”という言葉はあまり小説等で読んだ記憶は・・・・(まあ当時小説は未だ文語が主体の面も有るでしょうし・・・・)。
 
 ただ、口語ではそこそこ使われていたのでは無いかと想うのですよね。

 特に女性の間では。

 酒落(しゃら)なんて言葉を書きましたが、これに接頭語の御(お)を付けて”御酒落”(おしゃらく)なんて使い方も有ったようで、これは今でも”オシャレ”と読めますし。
 名詞や形容詞に接頭語の”お”をつけてるのは女性言葉という面が強そうですから(あと京なまりや山の手言葉といった印象も、また漢字で”御”を付けると丁寧語になりそうだったり・・・・・)。
 またゆえに”気取っている”等の負の印象を受ける場合や方も・・・・・。 



 閑話休題、その前、江戸時代は”しゃれ”という言葉や価値観は良く使われた様に思えます。
 ”洒落本”なんて存在、江戸を語るには欠かせない気もしますし。
 (ちなみに”しゃら”という言葉、遊女を表す場合もあったり・・・・)
 
 あと似た言葉で”いき”なんて言葉もそれこそ江戸を代表する価値観にも思えたり。

 また、これが江戸の前期頃までだと”伊達(だて)”だったり。

 とまあこの手の言葉、考えれば考えるほど面白いのですよね。
 
 まあやりすぎると切りが無いので続きはまた。ちょっと長くなりましたし。



 追記

 そういえば江戸中期の著名な浮世絵(師)。
 写楽(しゃらく)。

 そう考えると、これを生み出した蔦重は、やはり洒落(しゃらく)と写楽(しゃらく)を掛けていたのでしょうね。
 らしいといいますか。

 となると(以前ちょっと書きましたが)、写楽の存在は・・・・・。

 なんてね。

 
 
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2018/02
05
[ #1004 ]

吹奏楽

 今度このような演奏会が有るそうです。



  吹奏楽



 賀茂吹奏楽団スプリングコンサート2018


 入場無料とのこと。






 たまには聞きに行くかな・・・・?


 

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2018/02
07
[ #1005 ]

試飲会 他

 この時期は例年ワインのインポーター様の業者向け試飲会(内見会)があり、今年も寄らせていただきました。

 今回は海外ワイナリーの方2人が来日、またそれ以外にも国産ワインのブースも設けれれており(この業者さんでは初かな?)興味深く試飲させていただきました。


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 こんな感じで・・・・。

 気になるワインも有りましたのでいくつか仕入れてみようと想っています。



 またこの時期に市内に出たのならば・・・と、某デパートのチョコレート(スイーツ)特設会場にもちょっとだけ立ち寄る事に。
 洋酒の入ったチョコレートの面白い物でも有れば・・・・という心算だった訳ですが・・・。
 何と言いますか居心地が・・・・・。


 おそらく会場内に男性は私一人。


 IMG_20180206_155837_resized_20180207_092953317.jpg


 場違い感が激しく有ります。


 で、早々に撤収。

 しかし例年よりは人手が少ないかな?
 (某チョコレート会社が”義理チョコやめませんか?”という広告を打ったなんて話も有りましたし、義理チョコも今は昔になりつつあるのですかね・・・・)


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2018/02
09
[ #1006 ]

祭祀の酒のはなし

 ここのところお酒の嗜好品としての面を思いつくままに書いていたのですが、多くの人が酒を嗜好品としと飲むようになるのは割と近代の事の様です。
 もちろんある種の人々(王侯貴族や金持ち、粋人、趣味人、等)にはそれなりに昔から趣味的に飲む人も有ったようですが・・・。

 閑話休題、ではもともと人々はお酒とどう関わって来たのか?というと一つ外せないのが”祭祀”ツールとしての側面では無いかとも思うわけです。

 今でも”お神酒”なんて言葉は当たり前に使われますし、祭りに酒はつきものでしたしね。酒(さけ・さき)の語源もその辺り有るという説もありますし。
 西洋でもワインと祭祀との関係性は強く感じますし、オクトヴァーフェスタ等もある種の収穫祭でしょうしから。
 

 で祭祀に用いられる酒はどんな物であったのか、あるいはどんなふうに飲まれていたのか?等、妄想を膨らませてみますと・・・・。

 先ずその前に、そもそも祭り祭祀とは何なのか・・・・?(ちょっと話が広がり過ぎる気もするのですが)といえば、生活等の中で意識的に作られるハレ=非日常、さらにいえば動物の発情期の様なものか?と。

 しかし今回はその面は横に置き、神の存在を意識する行事という定義とし、神への感謝、神との社交という面から・・・・。


 とはいいましてもこの”神”という言葉が難しいといいますか・・・・。

 近代ではキリスト教等的にある種擬人化された”神”が主体といいますか、神様ってそんなものと認識されている気がします(日本でもOOの尊・命とか)、が太古の時代はもう少し違ったのではないかと個人的には思えるのですよね。

 いわばアニマの世界では。


 おそらく太古の時代においては、自然、森羅万象、宇宙、等々それら全てに神を感じていた、それら全てを神と見ていたのではないかと。
 ”八百万の神々””日本にはそこかしこいたるところに神が居る”なんてのはそういうことでしょうし、西洋でも唱導的一神教の誕生まではそうしたものだったでしょうしね。

 そういえば英語の化粧=コスメティックの語源も、元々祭り等でなされる化粧が基で、それは祭りで神に近づく行為でもあり、その語源は宇宙=コスモスから来ている、という説を唱える方も有るそうで、私としても首肯したくなるところです。


 なんだか話がそれていますが・・・・。

 そう祭りで使われる酒ですよね。

 実は祭りで酒を醸すという行為自体がすでに祭祀ではなかったと思うのです。
 いってみれば、それ自体が卜占であり、そこに神(自然、宇宙)の意思を読み解こう、感じようとする行為では無かったかと?

 つまり、粥占・筒粥・管粥 といったもの同様に・・・・。

 収穫した新米(あるいは各種穀物や果実)を醸し、その出来具合に神の心を見出そうとする行為。
 日本各地にわずかながら残る”どぶろくまつり”って本来正にそうしたものだったのではないかと?
 (明治維新以降は多くが廃止され、あるいは換骨堕胎された気もしますが・・・・)
 琉球のウンシャクなんてものもそう・・・・。


 となると、自然環境によって出来が左右される酒が良い訳で、というかそうでないと占いに成らないですよね。
 (培養された麹菌で糖化し、純粋培養酵母で仕込み、温度管理もし、粗100%失敗しないのでは占いにも何もならない訳でして)

 恐らく縄文期ではそのまま出来る果実酒(ワイン)。その後、収穫された穀物で作られる濁酒(にごりざけ、どぶろく)。
 もっと具体的にいえば(妄想を膨らませれば)、収穫した穀物(新米等)を蒸し、処女(おとめ)が口噛みで糖化させ、自然醗酵でアルコールが生まれ(であろう)酒。

 場合によっては醗酵しなかったり、腐敗したり、黴たりも有ったでしょうが、そこに神の意思を見出せる酒。

 そんな酒がよしとされるのでは無いかと思うわけです。

 そういえば西洋でも処女(おとめ)が足ふみで潰した葡萄で祭り用のワインを仕込んでいた筈で・・・、この処女(おとめ)が、ということからは恐らく神との社交という意味が読み解けそうですが、長くなりましたのでそれは次にでも・・・・。






 追記、

 その後に我が国でも神の擬人化が進み(古事記ってある面そういうことですよね?)、その後、酵母に拠る糖化”技術”等導入され生産性が向上するわけですが(確か10世紀の延喜式などはいろいろの酒造”技術”も記されていた筈)、その分酒から神(自然神)の気配が消えていった様にも思えたり・・・・・。


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2018/02
16
[ #1007 ]

水道管

 今年の冬は本当に寒いですよね(西日本では例年に比べ2℃近く気温が低いとか?)。

 その所為か先週水曜日に自宅の水道管が破裂。

 恐らくその数日前から破裂していたと想われるのですが、その日の夕方、少しばかり気温が上がった所為か水が壁から噴出しました。
 何はとまれ止水栓を閉め、ひたすら辺りを掃除。
 そうしておいてともあれ仕事に・・・(はい、バーテンダーたるもの安易に店を閉めないのです)。

 そして翌日、午前中からごそごそと自分で修理。
 破裂箇所が壁の中ということで、先ずは壁に穴を開け水道管の保温をはぐると・・・・。


  IMG_20180208_120450_resized_20180216_031545138.jpg


 と、まあこんな感じ・・・。

 でこの部分を取り替え、周辺を無とに戻し止水栓を開くと・・・・・。


 水が出ない・・・・・。


 またまたその先が凍ってしまったのですね。
 
 まあ、それでも恐らくは大丈夫だろうと・・・・・。
 (そうしないと台所やお風呂も使えない訳でして・・・。因みに破裂したのはトイレのライン)

 そして土曜日の夕方・・・・気温が上がると・・・・、またまた水漏れ・・・・・。
 直した部分の先というか基というか・・・、の部分でしょう・・・。


 で、日曜日再び自分で修理・・・・。

 今度は床下を這いずり回り・・・・。


 疲れました。



 早く暖かくならないかな・・・。


 

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2018/02
21
[ #1008 ]

ドナルド=キーン

 先日、図書館にて借り出した本は日本文学者のドナルド=キーン氏の著作なのですが、楽しく読ませていただきました。
 
   
     ドナルドキーン

 日本文学の歴史 ⑨   近世編3

 
 ドナルド=キーン氏、たまにTVの画面に登場されたりされますが、私としては何といいますか全身からこの国、あるいは日本語というものや日本の文学、文芸に対する愛情が溢れている印象を受ける方でして以前から気になっていたのですが、未だその著作に触れたことが無く・・・。
 それが先日図書館でこの本を見かけ思わず借り出した訳です。


 全集形式といいますかかなりの冊数のあるシリーズで、初刊から読み通す気力は今の私には有りそうに無かった故に、先ずはこの一冊を選択。

 ”近世編3” ということで対象は江戸後期、享保の改革の後から幕末が範囲ですね。浮世絵等江戸という時代に興味惹かれる私としてはここになります。
 
 内容は背表紙に記された目次から判断していただければ・・・・。


    内容


 
 読後感ですが、訳の良さも有るのでしょうが江戸期にわが国の文芸の流れといいますかアウトラインといいますか、それが非常にわかり易く、楽しく読めました。

 勿論、私個人の見方とは異なる面もというか・・・も多いのですが・・・。
 例えば基本的に江戸中期の洒落本や狂歌やその作者に対する評価低いです。
 離世的で無為、社会風刺も無く文学的に見るものは無い・・・云々、といった感じで。

 まあ、西洋近代文学学(ちょっと変ないいまわしになってしまいました)、あるいはその研究者からすればそうなるのでしょうが、まあ私などはそこが好きだったり。


 閑話休題、この一冊でも相当な内容といいますか、現代の日本人でも一般の方では日本の文芸に対しこれほどの知識といいますかを持たれる方は少ないのでは?と思います。またこの国の文化の魅力といいますか、この国の人々をそうたらしめているメンタリティーといいますか、内面といいますか感性といいますか、それらを再認識させていただいた気がしますし、またそれらが好きになる内容でした。
 そう著者の日本、あるいは日本語や日本の文芸に対する愛情を感じる本でした(この国を好きに成るってこうしたことのような気が・・・・)。
 また同時に振り返って現代の日本人の愛国心とは?等とも考えさせられたり・・・・。

 
 ハイ、魅力的な一冊でした。





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