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2018/04
06
[ #1015 ]

桜を横目に・・・

 先日の火曜日、初夏の様な陽気に誘われオートバイを引っ張り出し近所をウロウロ。

 向かったのは下蒲刈島の三ノ瀬地区、朝鮮通信士の寄港地として著名な地区で、一寸気になる物も有り此処を最初の目的地とした訳ですが、駐車場にバイクを停め少しばかり散策と歩き始めると周辺が妙に静か。
 そうこの地区の美術館・博物館等々の施設、火曜日が休館日と記してあります。又故にみやげ物屋さん等も休業日。広島県のこうした施設の多くが月曜休館ですので何も考えず訪れた訳ですが”大失敗”(もう少し慎重に行動しないと・・・・)。

 また各施設等閉まっています故トイレも・・・・、で役所にお邪魔しトイレを拝借しトイレ休憩のみで次へと向かうことに・・・(三ノ瀬は改めてリベンジですな、まあ何度も訪れている場所でもありはするのですが・・・)。


 
 で、次にバイクを停めたのはこちら・・・・

     観音崎


 愛媛県の岡村島に在ります”観音崎という場所。向かいは大崎下島で広島県。
 といいますか、真向かいに御手洗の常夜灯が見えます。そういう場所です。

 御手洗は何度も訪れているのですがここは足を踏み入れて無かったので、今回は此処に。
 さて岬の上までバイクで・・・とも想っていたのですがこの看板のすぐ脇にこれが・・・・。

      2輪は・・・


  
 はい、真面目にバイクを降り徒歩で遊歩道を観音堂まで登ります。


 此処を音訪れたのはこれを観てみたかった故です。

     地蔵




 この近くお不動さんを祭った祠のそばにこうした説明文があります。

 説明文



 また、以前聞いた話では、
 「身の不幸を嘆き身投げをした御手洗の遊女の遺体がこの観音崎沿岸に打ち上げられる事が多く、その引き取り手の無い彼女たちの骸を当時の島民達が無縁仏として松林のなかに埋葬し墓をたて供養した~~」

 どちらが正しいか?何て事を断定するのは難しいですが、話としては後者の方が古いと想われますので、実際に此処に遊女の遺体が流れ着いた事が有ったのでしょう。他の案内板等にも”遊女の墓”と記されていたりもしますしね。


 またこの遊女の墓のある観音崎の突端、これ以外にも観音堂等や古い常夜灯等もありまして。
 その常夜灯・・・、

 元文年間


 元文の文字が刻まれています(既にそのころより沖乗り航路が活性化していたということでしょう)。

 
 またその周辺も含め遊歩道やちょっとした公園に整備されておりまして、ちょうど桜が満開~散り始め。
 桜吹雪の下を散歩させていただきました。

 桜



 しかし、こうして桜の舞う中、こうした句を眼にしますと、色々な思いが浮かんできます。

  句碑


 
 一時間余り居たでしょうか?そこからせっかくなので御手洗にも立ち寄ります。


 それが此処も火曜日は各種施設はお休み・・・・。

 まあ何度も来ている場所でも有りますし、というか此処もいつかリベンジですね。


 それに今回はこうした物を手に御手洗の街並みを歩いてやろう、という気で立ち寄った面もありまして・・・。

 089.jpg 090.jpg


 昭和初年の職業別明細図です。


 これを頼りに歩いてみますと、結構往時の建物が残っております(平成3年の台風19号の被害でかなり崩壊したという話も聞いていたのですが・・・・、)。


 例えばこれは往時御手洗券番だった建物。

 元芸妓券番

 
 やはりどこか粋な風情が残っていますね。


 そんなこんなでしばらく街を散策させていただいた後、天満宮にも立ち寄り・・・

 天満宮


 散り際の桜を愛でさせていただき



 更にこちらに・・・・。

 070_20180406134618053.jpg


 此処はこうした場所です。

 071.jpg



 084.jpg



 此処に並んでいるお墓、享保から慶応辺りに掛けての年号が記されています。唯、殆どが戒名が記されているだけで俗名は無く、本当に全てが遊女の墓か?というと少々疑問も・・・・・。


 まあ、色町や風俗に関する話というのは中々難しいですしね・・・・・。


 又いつか訪れてみたいと想い、夜は仕事なので早々に退散。



 そんなこんなの今シーズン最初のバイクでの散歩(プチツーリング)でした。
 
 
 

 追記

 
 帰りがけに一寸だけ遠回りして、宿根の江戸彼岸の巨木に立ち寄り。

 昨年から丁度1年での訪問。
 昨年はつぼみでしたが、今年は風に花びらが舞っていました。
 今年の桜は本当に早いです。


 宿根の江戸彼岸



 
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2018/04
12
[ #1016 ]

瀬戸内の海人たち

 先日図書館で借り出した本、楽しく読ませていただきました。
 

     瀬戸内の海人たち

 「瀬戸内の海人たち」    ・森 浩一 ・網野喜彦 ・渡辺則文    中国新聞社

            
 私自身瀬戸内の海の側で生まれ育った故かこの手の本に惹かれるのです(或いは私の出自故か・・・どうも先祖は廻船問屋を営んでいたようで)。


 しまなみ街道の開通を期に広島の地元新聞社が出された本で、内容は序章に続き・・・

 ・考古学から瀬戸内をさぐる ・中世瀬戸内の海民 ・近世における瀬戸内の島々 の3章を中心としまとめ的に

 ・<討論>瀬戸内研究への提言  他、・中世都市と民衆 ・幕末の漂流民 

 といった内容で私好みです。因みに網野喜彦氏の「中世瀬戸内の海民」は既読でした(まあ、97年出版の古い本ですし)。

 
 全体を通して書かれていること、歴史学で語られるわが国の位相は農本主義或いは土地本位制を主体とした視点であり、また各文書に対する素直な信頼といいますかなんといいますか・・・・であり。そこから見える物と実際の人々の生活や生業といった物はかなり異なるのではないか?といった物に思えます。
 更にいえば、そこには海からの視点・海民の視点といったものが不足しているのでは?海上を船で運ばれる情報や品物の流通といった物を観ないと事実は判らないのでは?・・・・・云々といった感じですね。


 そう、恐らく律令制の導入やそれに伴う古事記や日本書紀の編纂といった事を切欠に、農地からの租税を基本とする政権が力を持ち、歴史も其の視点で掛かれた物が主流(大本営発表? 笑 )となり、海や山で暮らす人々や其の視点は消されてきたというのがわが国の歴史(学)の世界とも思えるのですよね・・・・。
 また其の先に、藤原純友の乱や、源平の争いや、南北朝の争いといった物もあるように思えるのですよね。
 で、そうした見方をする私にジャストな本でした。

 古本屋で見かければゲットして手元に置いておきたくなりそうな本でもありました。

 

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2018/04
14
[ #1017 ]

いき

 前回、「花競 贅二編」という江戸後期の見立て番付から江戸時代のあるいは江戸っ子の持つ”しゃれ”という感覚についてグダグダと書いた訳ですが、ではもう一つの重要な価値観”いき(粋・意気)”は・・・となりますよね?
 「花競 贅二編」でも西の方は”いき”になっていた訳ですし。

 しかしまあ、この”粋”というやつに関しては昔から色々と書かれてきてもおりますし(確か”粋の構造”なんて本もあった記憶が)、今更私が詰まらない事を書いてもそれこそ無粋という気もしますので、そこは私らしく一寸違った視点で・・・・。

 
 この”いき(粋・意気)”という価値観、”しゃれ”以上に江戸っ子を代表する価値観にも思える訳ですが、では何故この”いき”という価値観を江戸っ子が大事にするようになったのか?

 元々江戸という土地、家康が小田原征伐後に入府するまでは寒村というと大げさかも知れませんが恐らくは人口数百~程度の小さな集落だったと想われます(まあ、大田道灌の造った江戸城跡はあった訳ですが)、それがその後100年ほどで一気に人口100万程度の大都市になった訳ですよね。
 ではその100万まで増えた人口の出自はといいますと・・・・。家康入府前から江戸に住んでいた人の子孫というのは元が少ない訳ですから当然多くないですよね?多かったのは家康入府とともに移ってきた其の家臣団や周辺、三河等東海地方の人々の子孫という事に成るのかもしれませんが、それだけではなく商人等は伊勢や近江や京、大阪から多く来ているでしょうし、佃島等も関西の漁師の移住組みでしょう。また関東周辺からの流入や、越後や東北からの出稼ぎ組み等々、更に参勤交代制度がありますので全国各地の大名やその家臣、関係者、商人・・・・等々。

 早い話、全国あらゆる地域から集まった人々やその子孫によって江戸の人口は構成されていたと考えられます。


 しかし、全国各地から色々な出自や職業の人間が江戸というある種の過密都市に集まって暮らすとどうなるか?

 当然、それぞれの持つ慣習や習慣、仕来り、作法、宗派、ハレ、感覚、考え方 etc、etc。微妙に異なる訳ですよね。
 そうした異なった感覚、価値観を持った人々が狭い都市空間で暮らすとどうなるか?特に庶民と定義されそうな人々(江戸という土地、武家地と寺社地が広く庶民の暮らすいわゆる街場的空間は広くなかった)がですよね。

 当然一寸したことで争いや喧嘩が絶えなくなる。
 (実際、江戸初期の屏風絵など観ても現在の人形町辺り、旧吉原辺り等には喧嘩をする人々が多く描かれていたり)

 しかし争いや喧嘩が多いという状況は良くないですよね?基本的に哺乳類、無益な争いを避けることを是としている訳でから。治安も悪くなりそうですし、誰もうれしくない。

 では、無益な争いを避けるためにはどういった行動が大切か・・・・・。

 少々一面的ですが、”自分さえ良ければイイ”なんて態度、或いはそれを他者に感じさせるとだめですよね?当たり前ですが、喧嘩になる。

 もう少し具体的にいえば、三欲を満たす姿を人様の前では見せない。
 三欲は、食欲、性欲、睡眠欲ですが、近世以降では(睡眠欲の代わりに)”金銭欲”。
 これらはいってみれば、生き物が自らの生命維持の為の動物的行為、つまり個体の生存競争に直結する行為な訳で、そりゃそれを前面に出すと争いに成りますわな (笑)。

 で、それらを人様(他人様)のいる場所では出さないようにすれば争いも減じると考えられる訳でして・・・。 


 そう、いってみれば”いき(粋・意気)”とは、食欲・性欲・金銭に恬淡(てんたん=あっさりしていること)である事をよしと感覚と言って良いかも知れません。
 江戸落語なんてこの価値観が根っこにある故の江戸落語でしょうし・・・。

 もう少し具体的に言えば・・・・。

 よく言われる「江戸っ子は宵越しの金は持たない」なんて言い回しは金銭に恬淡で有る事でしょうし。「饂飩なんて腹の膨れる物が食えるかい、とか、腹が減ってるから蕎麦をくってるんじゃねぇ香りを楽しんでんだ」なんてのは食欲に恬淡であることに意思表示でしょうし、「大門を清い体で出れるなんて冥加なことだ」なんてのは性欲に恬淡であるということでしょう・・・・・。


 唯・・・・

 実際にはこれらを大きな声でいうと台無し。

 ”宵越しの金は持たねーんだ!”なんて大きな声で年中言っているやつ、それこそ「意気がっている」或いは「野暮」といわれる。

 まあそりゃそうですよね、”俺が俺が”、”わかってわかって”、は結局自分だけよければですから・・・・・。


 さりげなく他者にかんじさせて・・・・じゃないとね(難しいですが)






 

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2018/04
17
[ #1018 ]

今年のSAKURide

 毎年この時期になりますと何はとまれ単車を引っ張り出したくなるのですよね。
 基本的に12月半ばから3月の初め頃までは寒すぎ(他、気分的にもバタバタしてい)て乗りませんので、3月半ば頃からボチボチとメンテを初め3月末頃から桜を探す等と理由を付けてウロウロし始める・・・・というのがここ数年のパターンです。
 またこの時期は気温の上下動も激しく、その所為かなんとは無しに気分の上下も・・・・という時期(4月病、5月病なんて言葉もありますし)、それを振り払うためにもバイクに跨りたくなるというのもあるかも知れません。

 で、昨日も愛用のバイクでウロウロして来ました。

 


 先ずバイクを止めたのは備後吉備津神社。

     備後吉備津神社


 立派な社殿です。
 此処で無事帰宅できることを祈り・・・・ということで。

 そこから県道等を北上し目的の桜に・・・・・。



 先ず向かったのは・・・・。


     千鳥別尺

 千鳥別尺のヤマザクラ



 観光客の方と比べると其の大きさが判ると思います。
 例年より少し開花が早いそうで・・・・丁度満開。




 続いて・・・・・


   小奴可要害

 小奴可の要害さくら


 こちらも観光客の方と比べていただければ・・・・。

 こちらはエドヒガンということでヤマザクラより早く散り始めか?と想っていましたが、これまた満開(少しだけ散り初め感も・・・)。


 


 そしてお次は・・・・。


   森湯谷エドヒガン

 森湯谷のエドヒガン


 こちらは半ば散っているという状況ですがまだまだ綺麗・・・・。


 所謂、東城の三本桜です。
 以前より気になっていたのですが、ようやくたどり着けました。

 今年は一気に暖かくなり、またこの週末に寒の戻りがあった故か3本とも良い感じの開花具合で、ありがたいことです。


 

 ここから東城の街中に取って返し、まちなみ春祭り(桜祭り、旧暦ひな祭り)を・・・とも思ったのですが、時間が許さず(何せ夜はカウンターに立ちます故)これはまたの機会に・・・・と。



 その代わりといっては何ですが、帰りがけに以前から気になっていたこちらに一寸だけですが立ち寄り・・・・・・。


    蘇羅比古神社

 蘇羅比古神社の一の鳥居、参道脇が八重桜の並木となっています。


 この参道、本殿側からみますと・・・・。


   参道

 正面に綺麗な三角形の山が見えます。


 そう其の辺りの山々、ピラミッド伝説があったりしまして・・・・。
 或いは古墳とも言われていたり・・・・・。



 また神社の名前も蘇羅(空?)比古(彦?)神社故か狛犬も空を仰ぎ見ているのですよね。


 狛犬2
  狛犬



 色々と妄想の膨らむ神社です。



 またそれと同時にこの神社の周辺、桃の花が満開でして見事でした。
 そういえば明日の水曜日が旧暦3月3日、桃の節句でしたかね。
 また桃の木に限らず、今回走った道沿い、いたるところでヤマザクラやヤマツツジを初め色々の花が目を楽しませて呉れました。

 東城周辺、ほんとこの時期花が綺麗です。特に今年は一斉に花開いている感じで・・・・。
 昔の人が”山に戻っていらっしゃった神様が里に戻られた”と感じられたのもわかる気がしましたね。

 
 下道で約300㌔。少し肌寒かったですが、いいSAKURideに成りました。
 






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2018/04
21
[ #1019 ]

パリジェンヌ

 昨日このような展示を鑑賞て来ました。


      パリジェンヌ

                 「パリジェンヌ展」
 
   中々キャッチーなタイトル、広島県立美術館の特別展示です。 

 事前広告等に拠りますと18世紀半ばから20世紀半ばにかけてのパリの女性をテーマとした展示、ということで19世紀半ばから20世紀前半にかけての社会風俗等に少々興味惹かれる私としてはやはり観てみたくなる企画展ではあるわけです。

 ということで何はとまれ出かけて来ました。


 個人的な感想としては”少々あっさりした展示”という印象。

 まあ考えてみれば18世紀半ばから20世紀半ばにかけての”パリジェンヌ”とはいいましても余りにその範囲といいますか意味するところは広い訳でして、それを総括する展示といいましてもね・・・・・。
 
 はい出来ればもう少しテーマを絞り込んだ展示内容であれば・・・・とは思いましたね。
 基本的に女性のファッションが中心とは思えたのですが、それに徹して特化されている訳でもなく少々ぼやけた印象、点数もそれほど多い訳でもありませんし・・・・。

 そうファッション一つとっても切り口は無限にありそうですし、或いは女性の社会進出なんてテーマだって・・・・・・・・。
 19世紀~20世紀前半って特に社会変化の大きい時期ですから、風俗にしろ文化にしろ文明にしろ社会システムにしろ、政治システムにしろ・・・・・・。


 とまあ苦言的なことばかり書きましたが、それでも最低限押さえる所は押さえてある印象も・・・・。

 私としては初見のロートレックの油絵とか、初期のピカソの素描とか、或いはカフェ・ドームや晩年のキキの写真とか、”ロレット”を対象としたリトグラフとか・・・・・・。


 それと19世紀のファッション・プレートやそののちそれらが転じたポスト・カード等は私好みの方向ですし・・・・・。
 因みにファッション・プレートとは、当時の最新流行の服装の広告絵といいますか・・・。当時それらが一冊の雑誌にまとめられ最新流行のファッションを形づくっていった訳です。


 因みに、拙店の店内にも当時の物が一枚架けてあります。


 こんな物です。


 1853.jpg

 因みに1853年の物。


 会場に主として展示されていたのはもう少し後のもの。其の一枚がポストカードになっていましたので、買ってきてみました。


 こちら

 ファッションプレート



 これは1872年の物が元ですかね?


 更に言えば1830年位だとこんな感じ。

 1930-3



 そんなこんなで、少々物足りなさは有ったものの割りと楽しんで来たのは事実です。


 


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2018/04
30
[ #1021 ]

シャンソン

 昨日、広島市内フランス座(オルガン座)という場所にてシャンソンのライブを聴いて来ました。


 このヲルガン座というお店も出演される方も共に気になっておりました故これは行かねば・・・・と出かけてきた訳です。


       ヲルガン座

           ヲルガン座の外観。



 この三階にある小さなライブスペースがフランス座。


 こんな感じ。

       フランス座

 
 雰囲気のある空間です。


 出演されるグループは”別府葉子シャンソントリオ”さま。

 美人三人のグループ(同行のカメラマンの方を含めると美女4人か?)
  (因みに出演者の方の写真は遠慮しました)


 日本語訳されたシャンソンの曲が美しい声で歌われ一寸聞き入ってしまいました。何だか物語を頭の中で想像してしまう感じ・・・・。それに加えジャジーなピアノとしっかりしたコントラバスという組み合わせです。


 昼間14時30分からのライブですが店の雰囲気&シャンソンということで、何だか深夜にグズグズと飲みながら聴くと更に雰囲気かな?という印象も・・・・(しかしそうなると店を閉めなきゃならないか・・・・・)。

 そう昨日も夜は営業ということで終了と共にそそくさと退席してしまいました(一寸失礼だったかな?一言ぐらい言葉を交わしてみたいという気持ちもあったのですがマツダスタジアムでカープのデーゲームもありその帰宅ラッシュを考え急いでしまいました)。

 また機会が有ればゆっくり聞きにいってみたいです。


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