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2018/05
04
[ #1022 ]

7年ぶりの・・・・

 前回2011年から7年ぶりに観て来ました。



 何って・・・・。


 
 先帝祭です。


  上臈参拝


 はい、相変わらずです。

 
 
 今回が3回目。

 2009年に初めて訪問した際にはバスツアーを利用したのですが行きがけ高速の事故渋滞に引っかかり・・・・予定よりやや遅めの到着。ということもあり2011年にはリベンジを期しバイクで・・・・と想っていたところ、これが寝過ごしてしまいやはり遅めの到着となり・・・・。
 更に昨年は、お客様もお誘いして車で早めに出発・・・・等と想っていたところ土砂降りの雨であえなく中止・・・・。

 そんなこんなで、一度くらいは端から道中を愛でなければと本年再び訪れることにした訳です。


 今回は寝過ごすこともなく(最近歳の所為か朝早く目覚めてしまうといいますか、眠りが浅いといいますか・・・、バーテンダーとしては少々不味いのですが・・・)ほぼ予通り、朝の7時過ぎに家をスタート、GSで燃料を満たし西条ICから高速で一路下関を目指し走ります。

 足は当然オートバイ、そして単独行。

 しかしこれで正解だったかも知れません。
 この日の山陽道、UターンラッシュとGウィークのお出かけラッシュが重なったのか、えらい量の車が走っています。幸い事故渋滞等は無かったのですが、とにかく流が遅いこと遅いこと、オートバイの単独行で無ければ間に合わなかったでしょうね。

 はい、ちゃんと先帝祭のスタートに間に合いました。


 その先帝祭、午前中下関市内各所の商店街で太夫さんが外八文字を披露、午後赤間神宮に参拝という行事。
 (往時、壇ノ浦で滅んだ平家に仕えていた女官さん達が毎年不遇の死をとげた安徳天皇の命日に御霊を慰めるため行っていた古事が基と成っているといわれております)


 でその行列ですが、

 はじめに武者行列(源氏方・ついで平家方)、関係者の列。そして5組の太夫さんおよび禿さん等介添え衆・・・という順で登場。



 源氏方 源氏方2 武者行列・平家方 関係者 一の太夫 二の太夫 三の太夫 四の太夫 五の太夫




 こんな雰囲気です、因みに太夫さんは下関舞踊組合所属の名取さん(のはず)。



 下関駅周辺の商店街での外八文字を愛でさせていただいた後は唐戸周辺に移動、何はとまれ水分補給にと自動販売機を探します。
 7時過ぎに自宅を出発した後、何も口にしていなかったもので咽喉がカラカラに乾いておりまして・・(オートバイでの走行、緊張でも渇きを感じるのです)。

 確かこの辺りに飲み物の自販機が在った筈と歩いていきますと・・・・悪いことにそこにはこんな屋台が・・・・。


     地ビール屋台


 クラフトビール(地ビール)の屋台です。

 店主の方、英国出身(奥様が日本人)の方で、下関に英国スタイルのパブ出店を検討中とか・・・・・。

 で思わずIPAを一杯。
 (この日はドライに過ごす心算だったのですが・・・・まあ、帰る時間迄には醒めるでしょう・・・・。)


 この日の唐戸周辺、下関海峡祭りで多くの人、人混みの苦手な私はそれを避け渡し船で門司に渡ります。
 そしてここでも人混みを避け路地裏を散歩。

 こんなものを見つけるとすこし嬉しかったり。


 プレート

 
 しばらく徘徊の後下関に取って返し(渡し舟では外のデッキにいたのですが、風が強く結構濡れてしまいました)、赤間神宮の上臈参拝へ。

  
    赤間神宮


 何だか今年は人出が多い印象、外で結構待たされました。


 境内では三の太夫さんの参拝と、二の太夫さんの帰路の時間にあたりまして・・・・。


 太夫のすれ違い



 この二の太夫さん、私としては初めて御見かけする方かな・・・・?と・・・・。


  二の太夫2


 ここで観る二の太夫さん、ほんとお人形さんみたいで・・・・。

 来年も行くかな・・・。



 追記

 帰路はラッシュを避け中国道回り。
 30キロ余り遠回りになるのですが車が少なく走りやすかったです、何とか燃料も持ちました。
 ただ西風が強く(強風注意報が出ていたはず)気を使ったのと、また結構寒くトイレ休憩は必須、ノンストップとは行かなかったですね。
 


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2018/05
08
[ #1023 ]

釜ヶ崎のススメ

 先日図書館で借り出した本、非常に興味深く読ませていただきました。
 
 こんな本です.。


       釜ヶ崎のススメ

 「釜ヶ崎のススメ」    原口 剛 他


 
 先ずはタイトルが強烈です(といいますかこのタイトルに引かれ衝動借りした訳です・・・)。
 ”釜ヶ崎”を勧めるのか・・・・? と。

 ”OOのススメ”といいますと我々世代からしますと、まずは”学問のすゝめ(福沢諭吉)”とか、”気くばりのすすめ(鈴木健二)”とかが思い浮かびまして、確かに学問も気くばりの当たり前に身に着けるべきものといいますか、確かに人に勧めても良いかな?と思えるものですが・・・・”釜ヶ崎”ですからね。


 ”釜ヶ崎”と聞いて私のような(広島の)人間からすると思い浮かぶイメージとしては、・ドヤ街・ホームレス・暴動・日雇い・泥棒市場・・・・・etc(そう大阪のDEEPサウスの代表かと・・・・)。
 まあ普通は人様に勧めたくなる物、あるいは場所ではないですよね。
 まあ私個人としては路地裏好きということもあり、それらのキーワードに惹かれる面もありで、何度か訪れてもいる場所ではありますが・・・・。

 そんなこんなで何はとまれページを捲ってみますと、これが中々・・・・・。


 実は”釜ヶ崎”という地名、ここのところあまり耳にする地名ではないのです。どちらかといいますと”あいりん地区”と呼ばれる事が多い、あと”西成”とか・・・・。

 西成は区名ですので地図にも載っていますが、実は”釜ヶ崎”も”あいりん”も現代では正式な地名としては残っていないのです。昔は正式に”釜ヶ崎”という地名は字の名として地図等にも掲載されていたのが、暴動等が頻発したころからそのイメージの定着を懸念した動きが生まれ、あるときからマスコミでは”釜ヶ崎や西成”といった地名は使わなくなった・・・。で、代わりに使われる様に成ったのが”あいりん地区”の呼称。
 さらに現在ではその呼称も良いイメージが無い故”新今宮”とか”萩の茶屋”という地名を使う方も多い・・・・とか。
 
 そして現在、”釜ヶ崎”あるいは”カマ”とこの地区を呼ぶ人たちは、この地区で長年日雇い労働等をされてきた方々で、この地区にある種の思い入れのある方・・・・。
 ”あいりん地区”という呼び名は、福祉関係や定住者等で”釜ヶ崎”にあるある種のイメージが世間に定着する事を懸念される方やマスメディア等。
 そして最近この地域の再生や町おこしに携わっている方は”・新今宮・萩の茶屋”という地名で呼ぶ・・・と。

 とまあこんな感じで・・・、呼称(地名)の変容だけでも興味深いことが多く引き込まれましたね。


 他、江戸期からの古地図から現代までの各時代の地図や航空写真からこの地区の成り立ちや変容を見たり。あるいは学生さんが実際に日雇い労働や飯場で働いた体験談であったり。長年この地区で日雇い労働者として生きてこられた方たちが語られるお話であったり、暴動の歴史であったり、また福祉関係の方や労働運動関係の方の話や、現在ゲストハウス街として地域再生を目指される方の話とか・・・・・・。

 ともかくその成り立ちから現在までの”釜ケ崎”について多面的に記されてありました。


 最近、メディアやネット等に流れる、あるいは氾濫する情報って今の点の情報を一面的に押し付けがましく垂れ流すだけでは?といふうに私には思われますし、またそれを深く考えることなくその情報や見方のみを取り込む方も多そうですが、それって結局非常に不味い状況とも思われるのですよね。

 そう”大本営発表”を国民が鵜呑みにした結果の悲惨さは70数年前に証明されたはずです・・・・(相変わらず話がそれて申し訳ない)。

 またこの本、多面的かつ成立過程からの意味づけという、言ってみれば当たり前の事をしているだけかも知れません、がそこに惹かれましたね。




 追記

 そして、しかし、何故”釜ヶ崎”のススメなのか?


 おそらくはですが・・・・・。

 この地区は日雇い労働者の地区としてある種意図的に作られた面もある様で・・・。

 明治の近代化からの大阪の都市開発、戦前の勧業博覧会や、1970年の万博、等々。それらを成し遂げるためには使い勝手がよくかつ切り易く、保障等もしなくて良い日雇い労働者が必要とされた訳です。しかも出来れば市内には住んでもらいたくない故此処に集められた。

 実は産業革命・資本主義というのは、奴隷的労働者を必要としそれによって発展してきたわけですが、その弊害から労働者保護の動きも出来。わが国でも戦後。労働基準法等制定され・・・・・・。
 ただ、ここや山谷等の日雇い労働者はある種その埒外におかれていた面も強く・・・、いってみれば人間扱いされない労働力が必要とされた訳です(また治外法権的地域が必要とされた)。

 またそれをコントロールするのが、(それは江戸時代の幡瑞院長辺衛のころからそうでしょうが)いわゆるヤクザといわれる方や、場合によっては警察だったり。 


 そして現在、確か1980年代あたりから派遣労働法が改正に改正を重ね、確か2004年ころでしたか、ほとんどの業種で派遣労働が可となり、さらに”働き方改革”なんて言葉が踊ったり・・・・(あと外国人研修生とか・・・・・・)。
 そうした現状を見ると日本全体が”釜ヶ崎”化に向かっていると言えなくも無い訳でして・・・・。

 
 日雇い労働者の失業・ホームレス化・高齢化。地域のスラム化~治安の悪化等々を経験し、今その対策をあがきながら、あるいは地域住民の共生等を模索している釜ヶ崎は、そうした面で一歩も二歩も先を行っているとも言えそうで・・・・。


 故に今、”釜ヶ崎のススメ”

 なのでしょうね。

 兎も角、面白い本でした。

 

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2018/05
15
[ #1024 ]

祭祀の酒のはなし 3 あるいは社交の酒

 前回まで、祭祀の場の酒は醸す事自体が粥占的に神の意思を感じる行為、そして酔うことは神に近づこうとする行為・・・といった見方が出来るのでは?と書いていたのですが、またこの場合の神という存在はどちらかというと自然そのものといいますか・・・、言い換えればそれ程擬人化されていない存在としての”神”という気もするのですと・・・。
 唯もう一つ、神事等祭祀的な場での酒の飲まれ方、扱われ方として神と酒を酌み交わす・・・といった扱われ方もありそうな気もするのです。
 
 ささを好まぬ神はなし・・・・といった具合で。

 いってみれば神と酒を酌み交わす(共に酔っ払う?)といった意識の元行われる飲酒、そんなものもありそうで・・・・神を相手にした社交としての飲酒といいますか、社交ツールとしての酒といいますか。

 また巷で行われる多人数(集団)での飲酒というものもいわば社交的行為な訳で・・・・。
 会社単位の新年会や忘年会、歓送迎会なんてそうでしょうし、結婚披露宴や葬式等の親族単位の飲酒もそうでしょう、昔の地域社会なんてのも結構そうした飲酒の機会が有ったように思えます。祭りや盂蘭盆会、自治会の飲みなんてのは正にそうでしょうし、冠婚葬祭も昔は親族単位と同様かそれ以上に地域単位で行われていた印象が強いのです。

 そう昔、高度成長期以前、戦前や特に江戸時代までは家族・親族といった枠組み以上に”地域(村、丁、部落、字・・・・・)”といった枠組みや意識が強かったのでしょうね・・・・。


 ではそうした飲酒により、いわゆる”社交”といった事が達成できるのか?あるいは社交と行為とはそもそも何なのか・・・・?というと結構難しいといいますか、人間の生活や意識や活動といった事の重要な部分にも触れなければならない気もするのです。
 
 その辺り思いつくまま記してみますと・・・、先ずは先にも挙げた神との社交、神と酒を酌み交わすという意識、あるいは行為、それによってどうなるのか?何をするのか・という話ですが・・・・。

 おそらくこれは酔っ払う、あるいは泥酔することにより無防備な姿をさらす事に意味がある様にも思えるのですよ。
 あるいはついつい”ホンネ”的なことを漏らしてしまう事に・・・(尤も、酔っ払って漏らす言葉が実際に普段思っている”ホンネ”的な事なのか?というとかなり疑問もあるのですが、他者からみるとなんとなくそう感じられるのは間違いなさそうにもおもえます)。


 何が言いたいのか?というと、社交の重要な要素のひとつにこの”無防備になる”ということがある様に思えるのです。

 他の群れを作る哺乳類全般もそうかと思うのですが、たとえば犬類、他の個体に対し無抵抗の意思を示すため、言い換えれば”無益な争いを避ける為”に仰向けになり腹をさらす、といった行為をしますが、そういう事。
 仰向けになり腹を曝すって完全に無防備姿勢であり行為ですよね。

 人間でも土下座するとかそういう意味でしょうし、もしかするとネクタイや引きずるような裃といった衣装にもそうした暗喩が残っているように思えますしね。
 泥酔し抵抗力をなくし無防備になるという事はそうした面も有りそうです・・・・。

 また、酔っ払って理性を休める(麻痺させる)ということもある種そうかもしれません。あるいは重要な社交的行為とも。

 いわゆる理性とか知恵って、どちらかというと利益追求的というか、文明(まあそれ自体利便性や利益追求の手段と定義づけも出来そうですが)的といいますか、自己防衛的というか・・・・、そうした印象を他者に与える面も強そうです。
 それを酒の酔いに拠り休止させる・・・・・。


 そう社交って、実はそんな感じで上手に負ける行為といいますか、損を出来ることを証明する行為といいますか・・・。


 たとえば最近何かと話題の将棋なんてのも、敗者が自らの口で”負けました”といって頭を下げることに意味がある訳でして、故に頭で行うスポーツとも言われるわけでしょう。
 そう古典的スポーツって典型的社交といいますか・・・。
 そうした物って、兎にも角にも”負けざま”の美しさ、潔さが問われる、みられる物であった筈ですよね。

 ある程度神が擬人化されると、祭祀の酒が神の前で泥酔し無防備・無抵抗になる事を目的とするようになる様に思えるのです。


 まあでもバーのカウンターでは泥酔しないでね・・・・・(異なった社交ルールで成り立っていますゆえ)。

 ” 笑 ”

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2018/05
21
[ #1025 ]

すい

 確か前回”いき(粋)”という言葉、あるいは価値観につい、”しゃれ”と同様江戸っ子を規定する重要な価値観、あるいは言葉ではないか?等と書いた記憶があります。
 また実はこの”粋”という漢字、関西圏では”すい”と読むのですよね(すいなお方やなぁ~ なんて)、でこれはこれでやはり難波っ子を規定する重要な価値観にもおもえたり・・・・。


 そうなるとこの”いき(な)”と”すい(な)”ってどう違うのか、あるいはどう似通っているのか? やはり考えてみたくなりますよね。

 江戸っ子の”粋な”って感覚、日本各地から異なる出自の人々が江戸という過密都市で暮らす上において無益な争いを減ずる為、・性欲・食欲・金銭欲 等に恬淡である(こだわらない、あっさりしている)様に振舞う事、あるいは他者に感じさせない事、それらをよしとする物だろうと思えるわけですが、思えば関西圏だって太閤さんの都市開発以降全国から異なる出自、価値観の人々が集まり大阪(難波)という都市を築く訳で、それは江戸という都市と変らないわけで・・・・。
 といいますか大阪周辺という地域、それよりも相当昔から港町として成立していたわけで(それこそ太古の昔から)、当然色々な出自の人間、よそ者、まれびと・・・等が訪れて来た場所、当然、無益な争いを避ける為、三欲に恬淡であることをよしとする文化は古くから育まれていた筈というか、そう思えますよね。

 で、当然”すい(粋)”という価値観にはそれらを内包している様に思えます。
 金や女や食い物に拘る(欲深い・えげつない)人って、あまり粋(すい)な感じではないですよね?というか”粋”という評価はされないでしょう。


 じゃあ、江戸の”いき”と同じではないか?となるのですが・・・・ちょっとちがいそうです。


 人前で三欲に恬淡であることは当然というかなんというか、まあそうすれば無益な争いは減るでしょう。
 ただ、それでも人間という生き物、根っこのところでは、三欲からは離れきれない、色と欲の存在は否定しきれない訳で・・・・・。

 その根っこの部分、色と欲から逃げ切れない人間の業も認める、あるいはそれを判った上で、三欲に適度に恬淡である姿、これがおそらく”すい”なのではないかと・・・・・。

 いってみれば三欲に恬淡で有ることに拘る、若い江戸っ子文化の”いき”にたいして、さらにそこから成熟し色と欲から逃げ切れないことも飲み込む大人の難波っ子というといいすぎですかね・・・・。
 あるいは建前重視の江戸にたいして、本音と建前の両方認める難波というか・・・・・。

 歌舞伎等もそうですが、江戸の荒事ってわかり易いヒーローものといいますか・・・・。
 対して上方の和事歌舞伎や文楽、浄瑠璃の主人公って、結構、色(性欲)や金、出世等々に振り回されているというか、とらわれているというか、あがいているというか・・・・そんな印象ですよね。

 それにだいいち、大阪(難波)は商都、商売の街。金銭に恬淡だと街が成立しないでしょうし・・・・ 笑 。
 

 しかし、金(金銭欲)って、三欲の中でも最もえげつないというか汚いというか(少なくとも近代以前ではそう認識されていた筈)そうした物、その金という存在と難波はどう折り合いを付けてきたのか?といのは気になります。
 銭金オンリーというか、金儲けの安直な肯定は争いを増やすでしょうし残酷な都市を生み出しそうですし・・・・。



 恐らくですが・・・・・、
 難波の商人は往事、出来る限り手形決済等を増やし、出来る限り現銀(金)のやり取りする機会をへした。あるいは定期的に読書会や勉強会等を催し”商人道”といったものの研鑽に勤めた(義を忘れたビジネスは単なる金儲けに堕するといった意の事をいったのは確か渋沢栄一だったとおもいますが、そういうものかと・・・・)。


 あともうひとつ、しゃべくり倒す。

 等というと ?????  と思われそうですが・・・・・。

 儲かりまっか? ボチボチでんな ~~~~~~~~等々というある種形式化された会話、実は、銭金のえげつなさを中和する為の作法というか道具立てというか、しつらえというか・・・・。まあそんなものと思えます。

 飲む・打つ・買う といった人間の本能というか欲望が直接現われる空間や場にこそ、設えや仕来りが発達するように・・・・。
 (たとえば西洋の競馬場のドレスコードやマナー、江戸期の遊郭文化、喫煙具や飲酒道具の様に・・・・)


 そう、公の場では三欲に恬淡であることは当たり前としつつ、色と欲も否定しきらずこなせる、これが”すい”って物ですかね。

 本音と建前の両立というか、大人というか・・・・。


 でもまあ、江戸っ子の粋(いき)も難波商人の粋(すい)も共に興味深く思えますよね・・・・相変わらずの戯言ですが・・・・。


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2018/05
28
[ #1027 ]

久々に

 久々に人様と走りました。
 はい、単車の話です。

 普段は基本的に一人で走り回っていますのでこういうのはかなり珍しいのですが・・・・。
 しかしたまには人様と走ることもしないとますます無頼性が進むというか個人主義が強くなるというか、たまには人様に合わせる事も楽しいかもと・・・・。


  店のお客様二人をお誘いして3台での走行です。


    IMG_20180527_095857.jpg


 

 L型、フラット、パラと3形式のツインの組み合わせ。産地?も伊・独・日・・・・(そういえば過去の三国同盟の組み合わせですな)。
 と結構楽しい組み合わせです。

 もっとも互いの単車を乗り比べたりはしないので、個性の違いを確認するにはいたっておりませんが興味深い組み合わせかと・・・・(特に今回、私ずっと先頭を引っ張っておりましたので人様の単車の動きや加速具合etc、確認できずでしたし。次回はしんがりを走らせてもらうかな・・・・・?)。


 それはそうと、私も含めそれなりの年齢ですし、恐らく他のお二人もソロで走ることが好きな方であろうということで、結構安心して走れるといいますか、走りやすいですね。


 そうオートバイ、相当に個人的な乗り物でして、こうして3台で走っても基本的には3つの個性といいますか、個人×3といいますか。その辺りが楽しいといいますか・・・・。
 お二人もそうした感覚の持ち主とお見受けし(まぁ、BARのお客様ですし・・・・ 笑 )、ちょっとお誘いと・・・・。



 半日で下道を約250キロ余り・・・・・。
 結構楽しく走れました。

 ペースもソロの時よりは当然控えめで・・・・ということで、夜はしっかりカウンターに立てましたし。

 こんな感じなら、また何台かで走るのもありかなという印象。


 私も私の単車も年齢過多気味ですが出来る限りは乗り続けたく思っております。


 

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2018/05
31
[ #1028 ]

LUCKY

  LUCKY(ラッキー)


 といっても特別に何か幸運なことに出会ったというわけではないのです・・・・。
 (といいますか、どちらかというと私という人間、普段から、幸・不幸 運・不運 ラッキー・アンラッキー ・・・・といった考え方はあまりしないタイプでして・・・。特に単車なんか乗っていますと転倒の原因等を”不運”に帰結すると同じ過ちを繰り返す気がしますしね・・・。)


 先日映画館で「LACKY」というタイトルの映画を鑑賞て来ましてその話なのです。

 
 
 一月程前でしょうか、どこかで(ネットの情報だったとか・・・・)この映画の事を知りどうも気になっていたのです。
 で、たまには映画館に足を運ぶか・・・ということで先日観て着ました。映画館はシネマ尾道です。


   IMG_20180528_152834.jpg


 閑話休題この映画、何故私が気になったかといいますと、どこかのネットで「ロックな生き方を貫いてきた一人暮らしの老人男性が自らの死期が遠くないことを悟ったとき、どう死と向き合うか・・・云々・・・」といった内容の映画だと紹介されておりまして。
 まあ、”ロックな生き方”たる物の定義なんて良く判りませんが、何となく雰囲気は伝わりますよね・・・・。

 また映画館の紹介では「一匹狼の偏屈な老人が静かに死と向き合っていく姿をユーモアを織り交ぜながら・・云々・・・」と記してあったり。

 さらに公式ポスターでは「90歳の気難しい現実主義者が人生の終盤で悟る、”死とはなにか”云々・・・」という小見出しが着いていたり・・・・・。


   IMG_20180528_133432.jpg



 ロックな、一匹狼、偏屈、気難しい、現実主義者・・・・・。

 これらの形容詞って人事では無い気がしまして・・・・ 笑 (どうも私という人間、一部ではそう噂されているとか・・・?)。

 どちらにしろ、「無頼な人間がいかに死に対峙するか?」という内容とおもわれ、それは気になるというか身につまされるというか・・・・。



 観た感想ですが・・・・。



 いいたい事は良く判ります。

 というか判りすぎるくらい判ります。


 まあ、普段私が考えている事というか、態度というか、姿勢というか・・・・。
 そしてそれ故に、少々、差異が、細かい言い回しが・・・気になるといいますか、物足りないといいますか・・・・。

 東洋思想(あるいは仏教思想)の影響からくる台詞等、クライマックスとも言えそうですが、何せ私は本家本元の日本人ですからねぇ・・・・。
 ”無”とか”空”とかアメリカ人に言われても・・・・というと言い過ぎかな?

 そう確かに良い映画なのですが、そこはアメリカ映画というかアメリカ人のメンタリティーに立脚しているわけで、特にこうしたセンシティヴなテーマとなると、そのメンタリティーの違いにどうしても違和感が拭えないというか・・・微妙に・・・・・。


 また思ったのですが、同じテーマでフランス映画だったり、日本映画だったりするともっとシックリ来そうな気がしますね。
 といいますかそうした映画を観てみたく思いましたね(既にありそうですが)。


 そんな映画でした。





 追記

 ポスターの見出しに「HARRY DEAN STANTON IS LUCKY」と書かれているところをみますと、この映画が遺作となった主演の”ハリー ディーン スタントン”自身をかれの友人達が撮影った映画とも言えそうで、なんというか身内感というか、身内ノリ、といった印象を受けたのもちょっと物足りなさの原因かも知れません。

 まあそれはそれとして、現実主義者=リアリスト という言葉のニュアンスなんてことも考えた映画でしたね。


 個人的には、”リアリスト”ってロマンチストやセンチメンタリストと対をなす言葉で、ロマンチスト=明るい未来が来るはずと夢見ている楽天主義的人、センチメンタリスト=昔は良かった、つまり現実や未来は詰まらないとするやや悲観主義者、リアリスト=今の現実をドライに見つめる現実主義者・・・といった見方なのですが・・・。

 この映画(あるいはパンフ)でも、”現実主義=状況をありのまま受け入れる姿勢や行動と、ありのままの状況に対処する心構え”と記していたりなのですが・・・同時にアメリカ(人)では、キリスト教の神や天国に対する懐疑的態度というか否定というか、そうした意味も強そうに思えましたね。


 そんな映画でした。


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