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2018/08
03
[ #1041 ]

一見さん・・・

 確か前回書いたのは、江戸の”イキ”難波の”スイ”に対し京は”ワカッテハル”かな?なんて事・・・・。
 粋(イキ)な御仁や~とか粋(スイ)なお人やね~とかに対し、わかってはるわ~ と(”はんなり”何てのも有りそうですが・・・)。

 また、”ブブ漬けだしまひょか?”といった遠まわしというか仄めかしというのが京都かな・・・と。

 そう”ブブ漬けだしまひょか?”という言い回し、言い換えれば”食事も済まれたようですしそろそろ腰を上げられては如何ですか?次のお客様も有りますし、うち等の都合も有りますので・・・”といった意なのでしょうが、確かにそうしたことだとどんな丁寧な言い回しをしてもどこかで角が立ちそうですよね(丸い卵もきり様で四角物も言いよで角が立つ とはいいますが)、で、兎も角それを避けて婉曲な言い回しをするのが京風であろうと・・・・。


 それは煮詰められたやり方で、”流石”と私などには想われますが、判らない方からするとやっぱり京都人は”いけず”やね・・・ともなりそうです。またわかる人間だけわかる言葉を使うというのは村社会的でないのか?閉じてるよね?あるいは閉じた言葉って所謂”若者言葉”と同じでは?とかの意見も出そうで・・・・。

 (個人的には若者言葉は×、京言葉は○なのです。何故なら若者言葉、なんというか下方向にに閉じているというか幼稚な方向に閉じているというか、対して京言葉、標準語的に誰でもわかる事を目指して成立した気がするのですが、結果として周りが着いて来れなく成ったというか、より成熟した方向に閉じているというか・・・そう思えます故)


 それはさておきもうひとつ、京都のイメージで良く使われる言葉に”一見様お断り”ってのも有りますよね。

 これまた一部で評判が良くない言葉という印象も・・・・・。


 でもそれはそれで必然として出来たシステムという気がします。

 そう京都の”もてなし(接客)”て、いったように主張しすぎない方向で発達したというか結果としてそうなったというか、まあ非常に高度な事を気を使ってやっている訳でしょうが、それが理解できない人が訪れると”ぶち壊し”ですよね。
 そこで仕方なくそうなったというか・・・・。


 また昔はまともなお店というか、個人営業の商売って皆そんなものだった筈なのです?
 例えば格街道沿いに在った宿場街の宿屋なんてのもそうで、”留女”なんてのを雇って派手にやっている宿屋や店なんて、いわばボッタクリというと言い方が悪すぎますが、一見さんから儲けてやろうという店ですよね(でなきゃ留女なんて置く必要も無いわけで・・・・)、また、物販だってそうした店が目立つと”名物に美味い物無し”となってしまう訳でして・・・・。

 で商人等旅なれた人はそういう宿ではなく、何時も使う定宿を持っていると・・・。またそうした宿屋は一見様はあまり泊めない・・。
 これは西洋でもそうで、基本的に近代以前は似たようなものですし、現在でも個人のお店ってそうした面が強かったり・・・。
 (バブルの頃、日本人のおのぼりさんツアー客がその辺りで散々嫌われたというか日本人の評判を落としたというか・・・、中国人観光客の所謂”爆買い”を揶揄する意見をよく耳にしますが、日本人だって大概だった訳で・・・・ 笑 )


 では何時ごろからそれが代わって一見様ウェルカムになったのか?というと、おそらく西洋では19世紀、大規模デパートが発達する頃から・・・・(今でも個人店はそれほど一見さんウェルカムでは無い気もしますが、唯それも崩れつつあるとか無いとか?まあ巴里にもDランドが出来る時代ですしね・・・)。

 日本はというと、江戸後半三井越後屋が”現銀掛値無し”をやりだした頃から徐々にかな?それこそ留女を置いている宿なんてそうですしね?
 唯それが主流となったのはやはり1970年の大阪万博の頃からでしょうね。
 ”お客様は神様です”なんてフレーズが流行って・・・・・・。
 (まあ万博なんて正にグローバリズムの象徴ですし、それは殆どの文化を陳腐化する訳で・・・・・・)
 さらに最近は各種広告やSNSの情報が拍車をかけ・・・・・。


 蛇足的にいえば、江戸吉原だって大店は一見様お断りというか、”初回~裏~馴染み”という作法があった訳で、実はこのやり方って、お互いに良いやり方だと想うのですよね。

 ひたすら一見様ウエルカムというか、お客様の我が侭を全てかなえるのが良い接客といった現代風というかアメリカ式のやり方って、結局、お客様も従業員も文化も疲弊すると想うのですが・・・・。

 そうした意味でも、京都、適度に一見様お断り的空気を守って貰いたいなと想います。

 まあ適度だと個人的に嬉しいですし・・・・ 笑 。

 
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2018/08
06
[ #1042 ]

73年目

 今日広島は73年目の原爆の日でした(私も式典をTVで観つつ黙祷)。

 確か子供の頃はこの日が登校日で、学校の授業でも所謂”平和学習”的な授業が行われていた記憶がありますが、今はどうなのでしょう?特別にこの日が登校日となっている気配も無い気がします・・・。

 また資料館も改修中で蝋人形も無くなるとか無くなったとか・・・・。

 
 それはさておき、こうして毎年平和式典が行われている訳ですが、これで何か具体的に何か変わったのか、あるいは所謂核廃絶が進んだのか・・・?というと結構疑問でもあります。

 思うにこの原爆の式典だけでなく、終戦の記念式典とか震災の慰霊祭等、そした式典や行事は色々と行われ報道もされ(特に最近、そうした報道が非常に多い気がします)・・・・。
 そしてこの平和式典(慰霊祭)の報道はその代表的な物に思えます。


 またそしてこれは何なのか?・・・・・とも。


 それこそ慰霊祭でありますから、いってみれば法事のようなもの?


 まあそうなのでしょう。
 日本的といえば日本的といいますか。

 唯、書いたように、これを行うことにより何かが進展したか?というと少々疑問といいますか・・・・。


 確か今年の首相演説にも「被爆の悲惨な実相の理解を”出発点”として」といったフレーズが有り、少々耳についたのです・・・
 (エッ?今日が出発点かい?とか、あるいは未だ出発点にも立って無いのか?とか・・・)。


 おそらく海外等では、こうした日には先の大戦は歴史学的に何だったのか?等の客観的かつ踏み込んだ議論がなされそうですがあまり無いですよね・・・。

 いってみれば何所までも情緒的というか・・・・。

 おそらく歴史を観んずるということは、時系列的に出来事の要因や原因、関係性等を考えることによりその事実というかそうした事を認識する行為と想うのですが、どうもわが国では基本的に歴史って英雄譚であったり、そこから学ぶ物も処世術的であったり・・・。という範囲から出ていない気がします。

 

 まあそんなことは個人的に行えば良いのかも知れませんが・・・・。

 ということで、今日は個人的に戦争とか戦とか近代とか現代とか”くに”とか・・・・そういった事について少しばかり考えてみたいと想います(ブログにはアップしません)。
 

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2018/08
15
[ #1044 ]

大山倍達正伝

 先日図書館で借り出した本、私好みで興味深く読めました。


        大山倍達正伝

 大山倍達正伝   小島一志・塚本佳子


 大山倍達といえば我々世代からすると漫画”空手バカ一代”の主人公、そして当時の空手界のカリスマともいえる存在。
 そしてこの漫画、色々と言われますがその後封切られたブルース・リーの映画と共にある種の空手ブームを生み出し、それが現代に続く格闘技ブームを生み出したのは確かでしょう。

 また一方死後は色々と誹謗中傷的な情報も流され、その実態が見え辛い方という印象も。

 それが先日図書館でこの本の背表紙を目にし、もしかするとその実像的な物が垣間見えるかと借り出した訳ですが予想以上に興味深かったのです。
 特に第一部はかなり面白いといえる内容でした。

 その興味深かった部分を私なりの解釈も混ぜながら(笑)少しばかり紹介してみようと想います。
 (恐らく長くなります)


  

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2018/08
20
[ #1045 ]

嗜好品としての酒のはなし 2

 帝政ローマの頃から既にワインが嗜好品的に飲まれ初めていた云々という話しを前回書いたのですが、まあ洋の東西を問わず宮廷や朝廷等が成立すると、ある程度そうした事はありそうです。

 わが国だって延喜式に記されている各種の酒、祭司的面が強いのかもしれませんが、ある種嗜好品的に観られていた要素もありそうですし。また皇帝などに寄進する酒なんて、何所産のどういった名酒です・・・等と献上されたでしょうし(まあそれは嗜好品というよりブランド品的かもしれませんが・・・)。
 またポンパドール婦人がモエのシャンパーニュを愛したとか・・・こういった話しは幾らでも出てきそうです。

 しかしそれらはどちらにしろある種特権階級の方々の世界。
 では一般人が嗜好品として酒の産地等に拘りだしたのは・・・というと?一つは18世紀頃の英国、資本主義の定着と共に所謂中産階級の誕生。
 そしてもう一つはフランス革命後、19世紀のグルメブーム辺りからですかね?宮廷料理人が失業し街中にレストラン等を開業し始めたころ?
 アメリカでのカクテルの誕生も確かこの頃ですし、更にナポレオン3世によるボルドーワインの格付けとか・・・・。
 
 それが(世界的に)一般の庶民にまで拡がる切っ掛けというと、やはり1935年の”AOC”の制定以降、或いは戦後と観るのが良い様に思えます。いかにワインを味わうか?といった方法論も確立していきますからね。

 そう、嗜好品としてのお酒をいかに味わうのか・・・・?


 勿論突き詰めれば切りは無いのですが、参考までに幾つか記したいと想います。ヒントとなれば・・・・。


 例えばワイン、よく言われるのが、・テロワール と ・セパージュ の二つの言葉。
 大雑把に言えば、・テロワール というのは産地。 ・セパージュというのは 葡萄品種。
 この辺りが基本ですかね?

 拙店で良く出る、シングルモルトウイスキー。これ等は蒸留所、つまりは造られた場所の違いを楽しむ面が強いですから、言い換えればテロワールの違いを楽しんでいるともいえそうです(大麦の品種なんて余り言わないですしね)。
 またこれはワインで言えばブルゴーニュのワインに譬えられる事も。ブルゴーニュのワイン、葡萄品種は赤は基本的にピノ・ノワール、白はシャルドネですから。これは産地、いわば村や畑ごとの土壌等の違い(詰まりテロワール)楽しんでいる訳ですから。

 そしてもう一方のワインの雄、ボルドーのワインに対応するのがブレンデッド・ウイスキーですかね。
 ボルドーのワイン、幾つかの葡萄品種のワインをブレンドする事により味を追求している訳で、そりてブレンデッド・ウイスキーも何種かのモルト・ウイスキーやグレーン・ウイスキーをブレンドして味を追及している訳ですから。
 言ってみれば、そのシャトーやメーカー、あるいはブレンダーさんのブレンドの妙を楽しんでいる訳でして。まあ、言ってみればブレンダーさんの芸術作品的といいますか。


 勿論、モルト・ウイスキーだってカスク物意外はブレンドされている訳で、造り手の妙といった見方も出来ますし、ブルゴーニュのワインだってそうです・・・。
 まあ、突き詰めればその辺りそれこそ切りは無いといいますか、まあ故に嗜好品=趣味の対象として奥深い訳ですからね。


 勿論それらに拘り過ぎると、オタク的に成り過ぎそうだったりしますし、情報を飲んでるとかその確認をしている様な飲み方になりそう・・・・・とい懸念も(まあ、それも悪くは無いですが・・・)(バーという世界もどこかオタク的ですし)(ただ一般の酒飲みの方とは合わなくなるかな?)。



  追記

 そんなこんなで、お酒について色々といいたい放題に書いて来ましたが、どのお酒にだった背景や歴史は有りますし、楽しみ方だって、色々出来る訳で、其処がお酒という嗜好品の、お酒を飲むという行為、バーという世界の楽しさのように想える訳です。
 
 そしてこのカテガリーも今回で80回。適当なこと?を書きなぐって来ましたが、そろそろ切りも良さそうなのでここで一旦終了としたいと想います。

 また何か新しいテーマでも考えて書ければと想っております故、その際にはまた読んでいただければ嬉しいです。

 
 

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2018/08
24
[ #1046 ]

古地図展

 先日これを観て来ました。


   古地図展


   広島県立歴史博物館の企画展示  「日本人の地図づくり」

 
 古い地図、好きなのです。


 といいますか、
 連日の殺人的猛暑ゆえと言うこともあるのでしょうが、先月の豪雨災害以降何とはなしに元気が出ない。
 この一月余りはひたすら店と自宅の往復のみ、晴天の日が続いているにも関わらず単車も車庫の肥やし情態。
 (まあ、私が良く使う交通量の少ない道、今だ道端には瓦礫の山、路面には砂、各所で片側交互・・・・という状況もあるのですが)

 しかし何時までも引きこもって鬱々していても仕方ない・・・、といったところにこの展示。
 これは久々、単車を引っ張り出し元気を取り戻そう・・・という事です。


 で単車で福山に向かったのですが、途中結構な雨量の通り雨・・・・何故に私が単車を引っ張り出すと・・・・・・という気分。


 雨粒

 ホント・・・・。



 それはさておき今回の展示内容ですが、17世紀中期の江戸幕府の地図編纂事業に関連する古地図が前半のメインかな?
 そこから江戸期を中心としたわが国の古地図、およびその関連の品。後半には蝦夷風俗図等およびその関係のもの等々といった展示。
 また「海国兵談」の実物も・・・・。

 はい、私好みの物が多く展示されていました。


 しかしそれ故余計にストレスが溜まるといいますか・・・・。
 そう、どれも直に手に取って眺めたい物ばかり・・・。しかし対象はケースの内。
 ね?ストレスでしょ?

 確かにタブレット等も活用され工夫された展示とは想うのですが、やはり”直に手に取りたい”という想いが・・・・・。
 展示図録の購入も考えはしたのですが、印刷だと細かい部分(特に文字等)がつぶれて読みとれないのですよね・・・・。
 


 それはそれとして、2Fにて同時に行われていたこのミニ企画も見せていただくことに。


 オッペケペー


 1900年、川上音二郎のロンドン公演の音源が聞けたり(1900年のパリ万博にあわせ結構な数の日本の芸能人がヨーロッパに渡りパリを中心に周辺のヨーロッパ諸国を公演して廻った筈で、その時の物でしょうね)。
 しかしこれまたケース内で細かい文字が読み取れない・・・・(最近、歳で目が・・・・・)。
 
 1・2Fとも完全に好みの企画で良かったのですが、その分ストレスも・・・・といった感じですかね?
 でも興味深かったですよ。


 その後は幹線道では無く、裏道を・・・・。

 各所に豪雨災害の傷跡が残っていました。

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