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2018/11
01
[ #1060 ]

このブログも既に10年

 このブログも書き始めて既に10年が経過している事に先日気づきました。
 確か10年ほど前、商店街のHPが立ち上がる事を期に、PC等を所有している方は出来るだけブログなるものを立ち上げリンクを張って下さい・・・云々、といった話しがありそれでスタートした訳ですが、我ながら良く飽きず書いていたな思います。

 そんな事も有り少し前から自分のブログを読み返してみると・・・・、まあこれが誤字誤変換の多い事おおい事。
 基本的に空いた時間にPCを立ち上げ~思いつきで書きなぐり~そのままアップ・・・というやり方でですのである程度は仕方ない面も有るかと・・・・といいますかアップする前に読み返すべきですな・・・・。
 (ホント、雑な性格がばれてしまいます)
 またそんなこんなで此処のところ昔アップした投稿の修正をしてみたりで、余り新しい事は書かなかったのですが、改めて10年前からの投稿を読み直してみると、確かにこれはこれで”日記(ログ)”的な雰囲気も少しは有るかとも思えたしだい。
 (また同時に、同じ事ばかり書いているなとか、始めの頃に書いたものの方が古さは有るけれどまとまっているな・・・等々の想いも)

 そう、このブログという存在、確か2000年辺りから流行り始め、2005~2010年くらいが最も始める方が多かったのではないか?という印象です。
 そして最近は各種SNS等が発達といいますか主流となり、ブログを更新される方も徐々に減少傾向か?という印象が有ります。
 また色々と目にするブログの雰囲気等も変って来た様な印象。

 といいますか世の中に溢れる情報、その量や手段も含めこの10年でかなり変化し、それが人々、特に若い世代に与える影響といった面が色々と有る様にも思えます。
 特にコミニュケーションのあり方が相当に変ったと。

 基本的に人間というもの、群を作る霊長目の一種ですしそうした意味で社会的生き物で有るともいえると思うのですが、その社会形成に重要な要素となるであろうコミニュケーション手段やその方法論・あり方等が変った事により、人々の思考パターンや作法が相当に変っって来ているという印象ですね。

 具体的に言えば、会話が成立し難くなって来ているといいますか・・・。


 そう会話というもの、相手のしゃべる事を理解し、その事を相手に感じさせ、そして自分の意見を伝える・・・・、またそれを相手が理解し・・・・・・・といった感じで成立していた訳で、それ故に会話も広がりや深みを持ち、其処に楽しさも有ったと思うのですが、どうも最近は、一方的に自分の事はしゃべりつ続ける方とか、相手に会話内容に対し、なにはとまれ反論(揚げ足をとる)とか、ひたすら質問を繰り返すだけとか・・・・・・、まあ外にも多いですが、兎も角会話が成立し辛い傾向にあると思えるのですよね。

 またそこにネット等の影響も・・・・。

 例えば色々の掲示板等に書き込まれる内容・・・・・。

 昔なら対面の会話であんな事をいえば、殴り合い・・・・、とまで行かなくても、先ずは窘められるか相手にされなくなるか・・・(場合によってはほんとに殴り合い殺し合いになったりも・・・)、といった事になった筈です。
 まあ、無名性故に言いたい事を書いてるのかも知れませんが、隠れて人の悪口を言うような人間は当然卑怯者扱い、或いは餓鬼扱いだった筈。
 まあ世間(の噂)話なんて物は確かにそうした面も多かったかもしれませんが(特に村的社会)、それでも今とは異なった気がしますし、そうした物は下種なものと認識された筈。
 それが最近では殆ど全てといいますか、TV等で語られる内容も殆どそうした類ですし、あるいは兎にも角にも、自らの正当性を主張するか、責任逃れか、相手を非難するか・・・・といった具合で・・・・。

 兎も角、僕が私が俺が・・・・・・で、自分しかないというか・・・・・。


 尤も、私もこうしてブログを書いているわけでそれが事故強化に繋がる嫌いも当然ある訳でして、その分気をつけ無かればとも思いますし、そうした面を感じれれる方も有るやも知れません。

 
 まあそうして面でも自らのブログを久々に読み直してみたのは良かったのかも?とも思いましたね。

 そして、おそらくボチボチですが続けていこうかとも思っています。

 宜しくお願いします。

 

 (今回も思いつきで書いてしまいました) 

 
 

 
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2018/11
03
[ #1061 ]

レーサーの死

 先日図書館で借り出した本なのですが思った以上に興味深かったのです。


     PB020897.jpg


 「レーサーの死」   黒井尚志  2006年  双葉社


 図書館でこの本を見つけた際は表紙の写真ををみて ”ああ、セナね・・・・”等とも思ったのですが借り出して読んでみますとこれが硬派かつジャーナリスティックでして非常に好みに合ったのです。

 内容といいますか、此処で取り上げられている死したレーサーは

 1章 アイルトン・セナ・ダ・シルバ & ローランド・ラッツエンバーガー
 2章 福沢幸雄
 3章 河合 稔
 4章 鈴木誠一 & 風戸裕
 5章 高橋徹 & 小河等

 といったラインナップ

 特に2章から4章のある種一連の事故の経緯や其処にいたる当時の日本の4輪レース界の風潮といった物が非常に興味深かく読み応えが有りました(それに対し1章は、表紙がセナで有るにも関わらずモタースポーツ報道の舞台裏といいますか、やや楽屋落ち的な印象も・・・・)。
 でその2~4章辺りの感想といいますか、それを読んで感じた私の主観といいますか、少しばかり記してみたくなったのです。


 日本のモータースポーツ、特に4輪のレースが本格化するのは恐らく1962年にホンダが開設した鈴鹿サーキットの完成が契機であるといって間違いないと思うのですが、その3年後に完成した富士スピードウエイの完成もその後の日本の4輪レースに与えた影響もまた大きかった様に思えます。

 また少々話がずれるかも知れませんが個人的に思うのは、モータースポーツ、或いはスポーツ全般に於いてヨーロッパ型とアメリカ型の物があるといいますか、言い換えると中世からの伝統をどこかに内包した古典的スポーツの流れを汲むものと、その影響の少ない新世界或いは近現代型のスポーツといっても良いようにも。
 そしてヨーロッパ起源のものの本質はそれはやはり”社交”であるという事。古くからの祭りに代表される様な地域同士の社交、例えばロイヤル・シュローブド・タイドに代表されるような物とか、また我が国の”だんじり”等もその類と思えます。また個人スポーツにしても、基は地域の領主同士の”社交”といった要素が強いと思われます。
 対してアメリカ型のそれはどちらかというとレジャー(遊び)であり、そしてショービジネスのしても位相が濃いとも。
 例えばゴルフ等は典型で、ヨーロッパでは”社交”故にドレスコード等が言われる(例えば社交の典型であるパーティー等と同様に)、そしてアメリカではレジャー故にその辺りが緩い訳でしょう・・・。

 何をいいたいかというと、1965年に完成した富士スピードウェイはじつはこのアメリカ的メンタリティーがベースに造られた物であるということ、またそれが後々まで影響を与えてきたと思われる事。

 この本に書いてありましたが、富士スピードウェイの開設はアメリカの自動車業界や自動車レース業界のエージェントである”ドン・ニコルズ”という人間の日本の政財界や興行界への働きかけが切っ掛けで始められた訳でして、その設立には河野一郎代議士や丸紅、富士急行、大成建設、(他、建設地の)等の思惑が影響している訳です。
 言ってみればプロレス等と同じようなメンタリティー、経緯というといいすぎかな?
 そしてまたそれ故に当初はナスカー(NASCAR)向けのバンク付きのオーバルコースで建設予定だった訳ですが、地形の問題やそれに関するスターリング・モスの助言(ヨーロッパ型のロードコースとすべき)も合ったりして、1コーナーが30度のバンク、その後がヨーロッパ的ロドーコース風という、ある種折衷案的な形で開設される訳です。

 其れはさて置き、この富士スピードウェイの完成もあり国内の4輪レースは本格的な盛り上がりを呈し各メーカーもワークス体制のレーシングチームを造り参加を派zめるのですが・・・・、其処はレースの成績が自社の製品の人気や売り上げや直結する自動車会社、まして日本の企業(スポーツ)の体質というか・・・・。
 例えば長く人気だった都市対抗野球などでも、当初は組合運動の抑制の為愛社精神の高揚を目的に企業が始めた要素は強い訳ですし(野球等は特にアメリカ型スポーツの代表ともいえますよね)。
 早い話、利益至上主義といいますか勝利至上主義といいますか、そうした方向に行く訳ですよね(其処に社交といったヨーロッパ型というかスポーツマンシップというかは忘れられていく)。

 そしてその延長線上に有ったのが、第二章の福沢幸雄のトヨタ7のテスト中の事故死で合った訳で、また第3章の河合稔のトヨタ7ターボの同じくテスト中の事故死であると。
 そしてこの2つの事故、恐らく(というか殆ど)車の設計ミスに拠るものと思われるのですが、トヨタはそれを徹底的に隠蔽する訳です。またマスコミや警察も殆ど追及しない。
 (そういえば60年代、本田総一郎がF1等での事故に絡み”レースは走る実験室”といった発言をマスコミに散々叩かれましたが、実は当時最も人命軽視で利益優先主義だったのはトヨタではなかったと思われる)
 
 またそうした日本の4輪メーカーやレース界の体質が4章の1974年の富士GCの大事故に繋がると。


 そう実はこの本のクライマックスはこの1974年の富士GC大事故の検証にあると思われます。
 その事故へ至る流れを作ったのは・・・・
 
 先ずは富士GC主催者の興行主義。
 上にも書いた様に富士スピードウエイはアメリカ型のスポーツ=ショウ・ビジネス(=金儲けの為の見世物)が開設動機な訳で(インディ・ジャパンなんて興行も打っていますしね)。また故の安全軽視といいますか、これは1977年のF1の事故でも言われましたし5章の高橋徹の事故死の際も言われた筈です。

 そして各ワークスチームというか4輪メーカーの勝利至上主義というか利益追求主義というか・・・・。
 60年代後半からこの頃まで、各メーカーのチーム監督等は、ライバルメーカーの車に対しぶつけても勝てという指示を当たり前に出していたし、その結果そうした事が4輪のワークスドライバーの間では当たり前と思われていた・・・・。

 また石油ショックに端を発するワークス系レーサーの解雇問題~選手同士の軋轢・・・・・等々。


 どちらにしろ、この事故を切っ掛けに4輪のレースブームが沈静化し、またレースやスピードといったものが”悪”とされる風潮が強くなり、その後の3無い運動等々に繋がったのは確かでしょう。
 またバブル以降というか84年のLAオリンピック以降スポーツの商業化=ショウビジネス化が世界的に進み勝利至上主義の台等、また変らない日本的体質もありそれが今年のアメフト問題等々にも繋がっている事も実感させられました。


 色々書きましたが硬派で面白い本、レース好き、スポーツ好きの方には一読を勧めたくなる本でしたね。

 
 また、そうして全編を読んだ後に1章のセナの件を読むと其れはそれでまた味があるといいますか、良かったです。

 また5章の話しは、高橋徹というレーサーが東広島出身という事も有り、少々思い入れというか複雑な気持ちも有りで書くことはスルーします。

 

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2018/11
13
[ #1062 ]

走り納め?

 先の日曜日、単車乗りのお客様数名にお声掛けしちょっと走る事に。
 紅葉も身頃だし、気温も高そうという事で。
 また新蕎麦の時期でもあるし・・・という事で石見蕎麦でも何てね・・・。

 お声賭けした方の内、ドカのK様は腰痛で急遽不参加とない3台での出発。


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 しかしこれが紅葉ピークの好天の日曜日という事で車が多い&流れの遅い事・・・・・。

 まあ、たまにはのんびり目のペースもありかと・・・、目に映る山々の紅葉が美しいですし、風に舞う落ち葉の中を走るのも雰囲気ですね・・・と。

 はい、紅葉は確かに今シーズンのピークと思わされる美しさでした。


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 そんな感じで走り、目的としていた益田の蕎麦屋に着いたのですが・・・・”臨時休業”

 第二候補の蕎麦屋も”木~日の臨時休業”

 何とまあ・・・・。


 下調べ位しとけよって言われそうですが、基本的に飲食店の下調べや予約等はしない主義。
 基本的に”バー”ってそういうものですし、それも楽しみの内といいますか・・・・(といいますか、飲食で”絶対に失敗したくない”という姿勢、何と言うか余裕が無い、あるいは自分しかない感じで如何な物か?とも想う訳です)。
 で私、そこはバーテンダー、特別な場合を除き飲食店の予約はしないのです(基本的にバカナリヤも予約は受け付けておりません)。

 という事で昼はコンビニエンスストアとあいなりました(同行のお二人にはご迷惑を・・・、でもそこはバーのお客様、理解して下さいますよね・・・・?)。

 帰途は車の少なめな道を出来るだけ選び(それでも普段より多くはありましたが)割と楽しく走行出来たかな?

 
 気が向けば来年も1・2度、こんな感じで店のツーリング何て事をやるのも悪くないかな?という印象。
 その際は宜しくお願い致します。


 追記

 この日乗ったTRX、もしかするとこれで今シーズンの走り収めかも知れません。年末に向け気分的にバタバタですし、この日の後半シフトのタッチが少し渋くなった印象も(オイル交換の時期?)という事です・・・・。

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2018/11
17
[ #1063 ]

心中しぐれ吉原

 遊郭文学というジャンルが存在するかどうか良く判らないのですが、遊郭や色街を舞台とした小説等、昔からそれなりの数が存在いていると思われますし、また遊郭跡等に惹かれる私としは結構好んで読むジャンルといいますか。まあ嚆矢としては江戸中期頃に流行った”洒落本”辺りがそうなる気もしますし、或いは師宣の浮世絵作品等が言ってみればそうともいえそうですし。

 其れはさて置き、”小説”というもの基本的にフィクションでしょう、そしてその架空の物語において何かを表現といいますか書こうとしている訳でして、そしてその為に色々と舞台設定も考えられる訳でしょうが、結果として作品がその舞台設定に束縛されたりする面も当然あるわけでしょうし。
 (まあ、故にある種のSF作品等はその舞台設定の影響を嫌ってあえてSFというスタイルを選んでいる様にも思えてたりも・・・)
 
 そしてまた、場合によってはその手段たる舞台設定が目的となってしまったりする作品もまま見受けられる気も・・・。
 (所謂、ペパーバックやノベルズといわれるジャンルなんてそんな感じが多い様な・・・)

 そう遊郭を舞台とした小説にもまま有るのですよね。
 勿論其れはそれで悪くない気もしますが、やはり何かを書きたくて書かれた作品の方が読み応えがあるというか・・・。
 そう、そうした作品を何冊か読むと余計に著者の個性というか筆力というか思いというかが感じれる気がするのですよね。


 前置きが長くなりましたが、最近読んだそうした小説で結構読み応えがあったのがこの作品。


  心中しぐれ吉原


 著者は山本兼一氏、”利休にたずねよ”が映画化されたので代表作ですかね?

 京都出身&元々は僧侶の家系ということか、濃いといいますか、どろどろしてるといいますか、えぐいといいますか、深いといいますか・・・・、兎も角雰囲気がありました。

 この作品、寛政初期の江戸吉原周辺が舞台という事で、その京都的雰囲気の文章が”粋と張り”を売りとする吉原に合うのか?という意見も有りそうですが、これが良かったのです。
 (逆に嶋原辺りを舞台とすると、それこそドロドロの和事的になりそうですかね?)

 主人公は当時の通人の代表格ともいえる蔵前の札差という設定、これも面白いといいますか。
 当時の資料等も当然しっかりと調べられていらっしゃる感じで、且つ、その資料等に引きずられない書き方は見事私好みでした。
 (そう、遊郭関係、それなりに資料等も多いようですが、それ故に資料に引きずられ易いというか、そうした小説作品も多い印象)

 また著者最晩年の作品で、恐らく著者自体自らの寿命を悟った上で執筆されたのでしょうが、その所為か後半特にある種の”暗さ”の様なものが強烈にあり、これがまた特徴というか、印象深いというか・・・・。人間の業というか情というか、人生の無常というか・・・・、兎も角そうしたことを感じさせられ、人間の生・性、という物が描かれている感がありました。

 良かったです。

 

 

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2018/11
27
[ #1065 ]

ちょっとドライブ

 10日ほど前の事なのですが、ちょっと山陰方面にドライブに出向いてました。

 以前より年老いた父親が”一度大山寺に参ってみたい”等といっておりまして、またその父親、最近足腰がめっきり弱ってきておりまして、出来れば早目が良いかな?という想いも有り両親を乗せてのドライブでした。

 まあ大山を含めその周辺はバイク等で何度も行っている場所でもあり、個人的には目新しさも無い訳ですが、まあ紅葉の時期でもありますしたまには親孝行の真似事もありかな?と出かける事にした訳です(まあ私、若い頃から散々親には心配掛け通しでもありますし・・・・と)。

 廻ったのは、大山寺~三保神社・仏谷寺~一畑薬師 といった感じで寺社めぐりですかね。
 (他、可部屋集成館、糸原家記念館も)

 因みに大山寺の山門


 大山寺


 石段が雰囲気です。



 三保神社

 三保神社


 いつも掃除が行き届いて綺麗な印象、また周辺の人たちの信仰心の厚さや歴史も感じさせられる神社です。



 また仏谷寺では、著名な仏像は蔵が閉まっており(係員さんの姿も見えず)諦めましたが、こちらを愛でさせていただき。


 吉三墓


 八百屋お七の想い人、小姓”吉三(吉三郎)”の墓
 八百屋お七というと天和の大火ですね。


 それと後鳥羽上皇の歌碑


 後鳥羽上皇句碑


 読めますかね?

 因みに

 ”しるらめや うきめを見をの 浦千鳥 なくなくしぼる 袖のけしきを”
 ”たらちめの 消えやらでまつ 露の身を 風よりさきに いかでとはまし”

 と記してあります。



 それと一畑薬師


 一畑薬師


 此処は眼病に御利益があるといわれる寺、連れ合いが目を悪くしている故にです。


 そんなこんなで寺社めぐりをして来ました、紅葉は盛りで良かったです。




 追記

 実は個人的にはもう一つ思いが有りまして、それはこのドライブの一週間前、新蕎麦を食べにと益田まで単車を走らせたのですが、目当ての店が何れも臨時休業の憂き目。
 で、うまく行けばそのリベンジも出来るかな?と奥出雲経由のルートを選択したのですが・・・・。

 途中に有った蕎麦屋・・・・・、

 一軒目は、開店時間前にも関わらず20人程の行列が・・・・・、食い物を食べるために並ぶ趣味は無いので」スルー。
 行程の道沿いにあった二軒目、駐車場が一杯でスルー。
 更に同様の三軒目、駐車場が一杯+道路沿いにも多数の車が停車・・・・、でスルー。


 何てこったい!という気分。

 昔はこんな事無かったと思うのですが・・・・・。
 ネット等に情報が溢れる所為ですかね、兎も角イベント等やそれに近い物に人が殺到するのは・・・・。
 何だかね・・・・という気分。

 で新蕎麦は食べず仕舞いです。
 まあそんなこともあるでしょう・・・・。
 
 (はいH様の蕎麦に期待です)

 以上

 
  

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2018/11
29
[ #1066 ]

長門展

 先の日曜日、暖かかった事もあり呉までこの展示を観に行って来ました。
 足は単車、2号機の乗り納めも兼ねてといった感じで・・・。


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 大和ミュージアム特別展 戦艦「長門」と日本海軍 展


 結構良い展示でした。

 当時の社会風潮
例えば日露戦争後の国家財政緊迫にからの軍事費増大に対する反対意見の増加とか、第一次大戦による厭戦感、或いは大正デモクラシーに代表される様なものとか・・・、また大鑑巨砲主義の成立。そうした背景の中、純国産艦として建造された長門の意義や存在感。

 また当時、大正後半から昭和初期の時期、未だそれ程軍国主義に傾倒していなかった国情。
 そうした中で長門が存在した意義。

 海軍の象徴として、海外要人の接待や国民への見学会での開放、また関東大震災への支援、また当時世界最高峰の性能を誇った事による戦争への抑止効果等々、興味深かったです。
 正に日本海軍を代表する戦艦といった存在感と風格を備えている、また歴史を担ってきたという艦に思えますね。
 (それに比し姉妹艦の陸奥は・・・)


 さらに当時、正に”武=矛を止める”といった感覚が存在した事(琉球空手等の武道の精神と同様に・・)。
 また言ってみれば、戦がある種未だ国家間の”社交の一つ”といった雰囲気がいくばくか残っていた事も思わされ。
 (現実には日露戦争~一時大戦の流れの中、戦争はすでに戦から近代戦争・総力戦のフェーズに移行していたにも関わらず・・・、というと嫌味かな?)


 また入り口のこの写真

 PB250891.jpg
 

 恐らくは昭和初期の長門見学会の物でしょうが、其処に映っている人々、正に往時の”五族協和”の風潮を現している訳でしょう。


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 ハイ、好みの展示でした。



 そこからついでと言っては何ですがこちらに立ち寄り・・・・。


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 最近少々映画等で知名度も増したと思われる”澤原家”の三つ倉。

 江戸期のこの地区の割庄屋さんで呉の名士の方の家の蔵ですね。

 確か朝日町遊郭の土地も、海軍に請われ提供されたのもこの方であった記憶も・・・・。

 

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