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2019/03
01
[ #1089 ]

別れの季節

 例年年末から年度末に掛けてのこの時期、「引越しが決まりましたのでもうお邪魔できなくなります、それの報告を兼ね最後に飲みに寄らせていただきました・・・」といった台詞を聞く事が多い気がします。
 そう、今シーズンも既に3名程のお客様からこうした挨拶をいただきました。
 
 やっと拙店の雰囲気とか遣り方に馴染んでいただけたと思うとこうした仕儀と相成る・・・といった方が毎年3名程・・・。
 馴染みのお客様の多くが転勤族という感じの拙店ですからこれも仕方ない事なのかもしれませんし、また新たに馴染んで下さるお客様も現れて下さるであろうとも思い毎年過ごす訳ですが、拙店、結構隠れ家的&個性的と評される様な遣り方でして、新しく馴染みに成って下さるお客様も中々・・・・・・。

 また、そうして東広島を離れるお客様もそれぞれに新天地での飛躍を胸に移っていかれるわけでしょうから、目出度い事です。

 そこで新天地でのご活躍を祈り笑顔で対応させていいただく訳です・・・・。
 
 ただ、やはり余り馴れないですね。

 
 特に今年は、まっとうに営業されていた日本料理屋さんというか和食屋さんというか・・・、2店舗程この3月で閉められるという噂も耳にしました故か少々寂しさも・・・・・。

 まあ諸行無常は世の常、全ては流転し変っていく訳でして・・・・。
 さよならだけが人生だ・・・なんて台詞も。

 そう春はそうした事を想う季節なのですよね・・・・・。


 
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2019/03
07
[ #1090 ]

第一夜 4



 A  「で、カウンターに座ったら何を飲んだらいいんですか?」

 バ  「何を飲んだら良いのか?というと、まあそのお店次第といった面も多いですし色々と有るのですが・・・それよりももっと大事なことが色々と有りそうですよね・・・」

 B  「というと・・・?」

 バ  「そうですね、あくまで個人的意見なのですが、カウンター主体のバーに飲みにいく場合、何はとまれ一人で行くといいますか、やはりカウンターに座るのであれば一人で座るというのが大事というか、良い気がしますね。」

 B  「え~~、なんか一人でバーに行くってちょっと変というか、アリなんですかというか、怖いというか・・・」

 バ  「いえいえ、バーのカウンターといいますか、バーに限らずカウンター席に座る時はやはり一人というのが基本ですね」

 A  「でも何かの本で、バー初心者はバーに詳しい先輩につれてもらうのが良いなんて書いてあった気が・・・」

 バ  「確かにそういった面も否定しないのですがしないのですが」

 A  「で、そうした感じで会社の先輩から後輩へと飲み方が継承されないのが良くない何て事もかいてあった様な・・・」

 バ  「はい、確かにそうした意見も否定しないのですがね・・・、ただ私としてはバーのカウンター、出来れば初心者の方程一人で座っていただきたいと思うのですよね・・・・」

 B  「二人じゃいけないんですか?」

 バ  「いえ二人ではいけないとは言っていませんよ・・・・」

 B  「でも、一人で行くのがいいって・・・・」

 バ  「一人が良い というのと 二人じゃだめ というのはけっしてイコールではないですよ・・・」

 B  「でも、二人じゃいけないって感じに聞こえたんですよね・・・」

 バ  「そうですか・・・・、でも二人でなきゃいけない理由って何なのですかね・・・」

 B  「だって、一人でバーに入るのって一寸怖いジャン・・・・」

 バ  「まあ確かにその気持ちも判らないでは無いですが・・・・、でもこの話を始めたのって、確かバーで格好良く飲むには・・・といった事だったと思うのですが・・・・、怖くて一人でバーに行けないですって言うのはあまり格好良くない台詞という気もしますよね・・・・」

 A  「まあ言われれば確かにそうなんですが・・・・」

 バ  「それに一人でカウンターに座った方が色々と見えますし・・・・」

 A  「何が・・・・」

 バ  「まあ、色々とですよね・・・・」

 B  「並んでいるボトルとかですか・・・?」

 バ  「それも含めですよね」

 C  「雰囲気とかってことですか?」

 バ  「まあ、そんな感じですね・・・」

 B  「ふ~~~ん」


 つづく

 

  

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2019/03
14
[ #1091 ]

文楽

 先日、このような物を観て来ました。


 P3090903.jpg


 文楽です。
 確か6年振りくらいですかね?

 どこかでこの公演が有る事を聞き及び、これは観なければ・・・とチケットを購入、いそいそと出かけてまいりました。
 そう、文楽って惹かれるのです。また、連れ合いが観た事が無いと申します故、一度は観せてやりたいと思った事も理由のひとつ。

 開場の10分前には現場に到着の予定が色々ありまして会場に到着しましたのは開場時間の10分程後・・・・、故に良い席を確保できず少々残念かな・・・?とも思いましたが、やはり文楽は楽しいですね。
 (会場となりましたしまなみ交流館、受付の場所が判り辛く少々あわたました)

 また一緒に鑑賞しました連れ合いやお客様も良かったとの意見、安心しました。

 因みに今回観た演目は”義経千本桜”の3段目と5段目。前回観た”かな手本忠臣蔵”の5段目・6段目に比べると、結構こてこてといいますか、上方ものらしいといいますか・・・、松竹新喜劇ににも通づる泣き笑い感のある演目の印象。

 また前回と違い、字幕を表示する機械が会場に設置されていたのも少々驚きました・・・・。

 狂言にしろ文楽にしろ、基本的に日本語の口語、江戸初期からそれ程変化してないゆえ、そのままでもある程度理解できるのですが、字幕が有るとやはり読んでしまいますね。

 字幕をチラ見し~太夫さんの語りを聞く・・・といった感じで鑑賞したのですが、人形の動きも観たいし、太夫さんや三味線の方も観たいし・・・と結構忙しかった印象。
 (底本暗記出来てる位ならもっともっとたのしめそうでした)

 しかしやはり文楽は惹かれますね・・・・、あの生々しい人形の動き・・・、太夫さんの語り・・・・、情景を的確に表現する三味線の音・・・・、又、機会が有れば是非観たいと思わせられます。


 P3090904.jpg


 因みにこれは若君”六台”の人形。子供なので少々小ぶりです。


 ついついパンフレットまで購入・・・・・。

 P3140902.jpg


 来年の日程もチェックしたいですね。


 

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2019/03
21
[ #1092 ]

漂砂のうたう

 少し前に「落語心中」というコミックの話をアップした際、以前読んだ「漂砂のうたう」という小説を思い出した云々~、ということを書いた記憶が有ります。

 で、今回はその小説。


   漂砂のうたう


 漂砂のうたう     木内 昇




 舞台は西南戦争(明治10年)前後の東京は根津遊郭を舞台としていますので(また遊郭かよ・・・と言わないように)、時代小説といえば時代小説、遊郭文学といえば遊郭文学というジャンルになるのですかね?
 尤も、以前にも書いたかもしれませんが”遊郭文学”というジャンルがあるのか?といわれますと自信は無いのですが・・・・。
 まあ江戸中期に流行った”洒落本”やその周辺は明らかに遊郭文学といえそうですが・・・。といいますか江戸時代には”遊郭”という言葉はほとんど使われていない様子、どちらかといえば”廓(くるわ)”なんて呼ばれていた様で、言ってみれば廓文学ですか?
 といいますか”文学”という言葉も明治期に造られた新語ですので、廓物というべきか・・・(そういえば”廓文章”という歌舞伎の演目があった筈・・・・)。

 何だか相変わらず話がわき道にそれておりますが、閑話休題この小説、根津遊郭を舞台としていますので遊郭文学といえばそうなのでしょうが、あまりそうした雰囲気は無いのですよね。
 何故かと言えば、遊郭という存在や遊女という存在自体やその文化や周辺がテーマとはなっていない様に思われる故です。
 あくまでテーマを書く上での舞台設定を遊郭としたと印象なのです。

 ではこの小説で作者が言いたかったこと、書きたかった事というのは・・・・?

 これが中々一言では言い表し辛いといいますか・・・・。

 まあ、当時世間で流行った”自由”という言葉は一つのキーワードで有るのは確かなのですが。

 
 主人公の定九朗、江戸時代に御家人の次男として生まれ、武士として成長してきたわけですが、その”武士”という身分(枠組み・肩書き)の明治維新で消滅。で、男衆として廓を渡り歩き、根津の中見世の客引きとして生きている状況。
 そしてその現状に鬱々としている。

 そこで彼が思うのは、ある程度まとまった金を手にし廓を抜け出せば新たな生き方が出来るかも知れない、自由に成れるかもしれない・・・という思い。
 しかし現実にはそうはいかないということを感じるのですよね。

 いくら廓勤めから逃げ出したとしても、自分の育成暦は消えないのですよね。自分の記憶からも、また身体からも・・・・。

 言い換えればかれは自分がどう生きるべきかを見失っているといいますか・・・、少し前に流行った言い方をすれば”自分探し”をしているといいますか・・・。
 
 (そういえば昔読んだ新書に”なぜ人を殺してはいけないか”といったタイトルの物が有りましたが、その中で人を殺してはいけない理由のひとつとして、自らが人を殺したという事実は死ぬまで消えない故・・云々というのがありましたが、一寸それを思い出しましたね・・・)

 また同僚の嘉吉等は、”学問のすすめ”(ある種擬古啓発本のはしりか・・・ 笑 )等を読み知識さえ付ければ認められる筈・・・といいつつ、どこか自ら考えることも無く軽薄に日々を送っていたり・・・あるいは”自由”という言葉に振り回されたり・・・・。

 どちらにしろ二人とも、日々を空虚に流される様に送っている・・・。


 対して男衆の先輩筋にあたる辰造、妓楼の男衆としてすべき事を当たり前に厳しく行っている。
 いわば、妓楼の男衆という立場・立ち居地に殉じている。日々やるべき事をストイックにをやっている・・・。

 この対比・・・・。

 さらに落語家のうだつの上がらない弟子となった、ポン太・・・。彼は肩書きや世間体といったものに囚われず(自らの名前にさえ囚われていない)、それこそ自由に漂うように生きている。
 (故に、変わり者と思われつつ結構物が見えている様にも・・・・)

 更に生きがい(死に場所?)を求め西南戦争に身を投じる山公・・・・。


 そういった男たちに対し、苦界に身を置きつつも芯を崩さない、板頭の小野菊。


 
 
 この本を読んで感じたのは、明治維新でわが国に流入した近代という観念、近代化の波。そこで足掻く市井の人々。
 そしてこの近代を象徴する”自由”というキーワードの不確かさというか怪しさというか捕らえどころの無さというか、性質の悪さというか・・・・。

 そうデカルトに代表される近代自我・・・・。

 是って結局、”僕が僕が・・・・”といった餓鬼の思考に成るのであろうということ。
 又その先に、自我=本当の自分・意識としての自分と、自らの身体性や社会的立場、肩書きとの乖離を生み出したであろうということ。
 そしてその先にいわゆる”自分探し”とか”自分で自分を褒めてあげたい、自分にご褒美”といった言い回しを生み出したのであろうということ。
 
 そんなことを感じる小説でしたね。

 そう、言ってみれば近代という空気の中でいかに生きるか?といったテーマにも思えました。


 中々読みでのあった、11年の直木賞作品でした。


 因みにポン太の師匠は円朝、妓楼を抜けた小野菊は速記者を目指すという設定。

 

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2019/03
28
[ #1094 ]

幸若舞曲絵画

 先の日曜日、久々に晴天という事もありガレージから単車を引っ張り出し・・・向かった先は廿日市市、厳島の向かいにあります”海の見える杜美術館”。
 久しぶりです。

 開催中の特別展示は


 旗


 「幸若舞曲と絵画」展

 所謂、幸若舞をテーマに描かれた各種絵画、絵巻物や屏風絵等の展示ですね。

 で、幸若舞曲。
 信長が出陣前に良く舞ったといわれる舞。
 「敦盛」



”  思へばこの世は常の住み家にあらず
 草葉に置くさら白露、水に宿る月よりなほあやし
 金谷に花を詠じ、栄花は先立って無常の風を誘はるる
 南楼の月を弄ぶ輩も、月野先立って有為の雲に隠れり
 人間五十年、化天(下天)のうちを比ぶれば夢幻の如くなり
 一度生を享け滅せぬもののあるべきか
 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ  ”


 ってやつ。

 といいますか・・・・まあ、私にはそれだけの知見しかない訳です・・・。


 で、知らない物ってやはり少しばかり惹かれるのですよね。
 更に屏風絵や絵巻物、何と言いますか”洛中洛外図”的で、これまた惹かれるものも・・・・そう、描かれた当時の社会風俗が魅力的といいますか、情報量が多いといいますか・・・・。

 で、いそいそと出かけた訳です。

 山陽道を一路西へ・・・大野ICで降り信号待ちで停まると・・・、ひ、膝が・・・・・。
 歳ですな・・・・。


 閑話休題、美術館に入り先ず見せていただいたのは受付近くの展示室。
 これが”香水瓶”の展示なのです(以前訪れた際には無かった記憶が、最近開設された展示室なのですかね?)。

 古代から現代までの香水瓶等、50点余りの展示。
 中々魅力的でした。
 個人的にはやはり18~19世紀の物に惹かれますね。


 で、メイン展示の幸若舞曲物。

 
 絵巻物等、文字数も多く・・・・。
 結構、目に堪えましたが、見ごたえありました。

 で、”幸若舞”

 鎌倉期辺りに成立し、平家物語等の戦をテーマにした物語を、語りと舞で表すものといった感じですかね?
 また、その底本(的なもの?)それ自体が読み物、物語、絵巻物としても成立していった・・・といった存在の様です。

 ただ、どうも江戸期に入った辺りから、より芸術性の高い”能”や、より娯楽性の高い”浄瑠璃”や”歌舞伎”に取って代わられ徐々に衰退、明治以降はほぼ完全に廃れてしまった存在・・・の様です。

 主要テーマは、義経物、源平物、曽我物、といったところで、これらは歌舞伎等に継承されて人気ですよね。

 また、九州に民間伝統芸能として残っている物の実写映像も流されておりまして(もちろん当時のものそのままかはわかりませんが・・・・)、興味深かったですね。
 (まあ、確かに能や歌舞伎等に押される理由も分かりそうな・・・・)

 
 何はとまれ楽しませていただきました。


 

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2019/03
31
[ #1095 ]

第一夜 5



 A  「言ってみれば、バーのカウンターに座る場合は一人で入るのが良いと・・・」

 バ  「そうですね・・・」

 A  「二人でもまあオッケーと・・・・」

 バ  「はい」

 A  「じゃあ、3人だと?」

 バ  「バーのカウンター、3人以上で座らないというのがバーの不文律ですね」

 B  「え~~?不文律って何ですか」

 バ  「そうですね、法律とかで決まってはいないですが、まもらければいけないお約束とか仕来たりとか決まりの様ななものといったところですかね・・・」

 B  「常識・・・ってやつですか?」

 バ  「厳密に言うとちょっと違う気もしますが、まあそういったものですかね、常識って言葉は色々難しいというか少し使い辛い気がしますし・・・、で、不文律といわせてもらったのですよね・・・・」

 A  「ルールてことですよね?」

 バ  「まあそんなところですかね?」

 B  「でも、何でです?」

 バ  「まあ細かいことはそのうちまた改めてということで・・・・」

 C  「でも今日は私たち3人で来たのにカウンターに座れましたよねぇ・・・・」

 バ  「まあ何事にも例外はつき物ですし、まあ今日は特別ということで・・・」

 A  「じゃあ普段だったらテーブル席に座らされたわけですか・・・?」

 バ  「まあそうですね」

 B  「じゃあ何で今日は・・・?」

 バ  「まあ色々思うこともありますし、その辺りもまたそのうちに・・・・」

 B  「ふ~~~ん・・・」

 A  「じゃあ、例えばカウンターしかないバーに3人で行ったら入れないって事ですか・・・・?」

 バ  「まあ、そういうこともあるかも知れませんね・・・」

 B  「でも外からじゃ判んないじゃないですか・・・」

 バ  「まあだからこそ一人で行きましょうということで・・・・」

 B  「わかった、一人がいいんですね、じゃあ今度どこかで一人で飲み歩いてみますわ・・・・」



 第一夜  ここまで    第二夜につづく

 

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