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2019/05
04
[ #1103 ]

国芳~芳年

 先日この展示を観て参りました、場所は広島県立美術館です。


   国芳・芳年

 

 此処最近、国芳の展示、多いですよね・・・・?少々食傷気味という気もしないでもなかったのですが、無残絵の芳年が観れるのか・・・?と、いそいそと出かけて参りました。



 閑話休題、ホント此処のところ国芳の展示多いですよね、流行気味というか何と言うか・・・・。
 個人的な感覚としては20世紀中は国芳ってそれ程評価されず、展示も少なかった記憶があるのですが、最近ホント流行なのか時代なのか・・・・多いですな。
 個人的にはやはり宝暦~文化初期辺りの物が好きで、特に国芳は(否定する訳では無いのですが)言ってみれば漫画チックといいますか何と言いますか・・・・実はそれ程好きな絵師ではないのですよね・・・・。

 そう、国芳、この少年漫画的な雰囲気故に明治~昭和にかけての時代、余り評価されなかったのでは?と思われます。

 そう昭和の時代、大の大人が電車の中で小学生向けの漫画雑誌はやはり広げられない時代だったと思いますし(まあ、私などは今でも電車の中で大の大人が漫画雑誌は広げるべきでな無いといいますか、はっきり言って見っとも無いと思う訳ですが・・・)、少なくともそうした不文律はあったと思います。
 そして、平成となり大人でも堂々と人様の前で子供向け漫画が読める時代となった(?)と時を同じくして国芳の展示も増えたというか再評価されたというか・・・・、そんな事を思いましたね。

 そう国芳が世間に評価され売れ始めるのは、おそらく”文政期”、この時期って、いってみれば爛熟退廃の時代といいますか、貨幣の改鋳等で貨幣経済の進展、いわばバブル的時代、また、貧富の差の拡大と固定等に拠るある種の閉塞感・・・・・。
 また子供がビタ銭を持って消費者ともなった時代。

 そう国芳の武者絵等、そうした子供も対象にしている感じですよね?
 で、読み本や歌舞伎・講談等の白波物や英雄物などの流行とそのインフレ化・・・・。

 何と言うか、バブル~其の崩壊~閉塞感・・・といった平成の時代とかぶる気がします。
 
 国芳やその周辺の浮世絵も子供から大人までを対象とした商品として流通していた印象も強いですしね・・・・。

 此処数十年、少年少女向けだったアニメ等が大人も巻き込んだ商品として流行していると同様・・・・、なんていうと嫌味ですかね?
 (でもホント最近のTV番組なんて、小学生でも理解できるというか、幼稚園児向け?思われそうな物が殆ど、大人向けというか、大人でないと味わえない物ってホントな無いですね?)

 まあそうした文政期から幕末といった時代の社会風俗といいますか、空気を色濃く感じさせて呉れるのが国芳の作品群と言う気もして、それはそれで魅力的でもあるのですが・・・・。

 では芳年等の無残絵は・・・・というと・・・・。

 戦後ですと、エロ・グロ・ナンセンス・・・・と呼ばれそうというか成りそうなジャンルですが・・・・・、しかし思えば江戸期の浮世絵、エロス的なのも(勿論それは西洋的英語的エロスではなく、和的”色”でしょうが)としての春画(わらい絵)は多く造られていますが、無残絵的、グロテスクを売りとしたものって少ないですよね?(というか殆ど無い?)

 あくまで私の想像ですが、江戸時代そうしたもの(血とか死体とか・・・等々)、割と皆、日常的に目にしていたのではというか、出来たのでは?と思えるのですよね?
 磔だって、斬首だって、見ようと思えばライブ?で観れたわけですし、獄門首だって晒されていた訳ですから・・・・。

 それが明治(特に6年以降かな?)という時代となり、プロテスタントイズムにて磔も獄門首も斬首だって残酷だからといって禁止され、一般の人々の目から隠されるように成る・・・・。
 そうした時代背景ゆえの”無残絵”かな?という印象ですね。

 また思えばグリム童話等の西洋の童話が社会に流布する過程で、先ずは”エロス”が排除され、戦後は更にグロも暴力も差別も表面的には排除され・・・・・。
 西洋だって中世までは刑罰は公開で行われたわけですし、近代化の象徴の革命を象徴するギロチン刑だって・・・・。


 何だか話が相変わらずとっちらかっていますが・・・・、唯最近、再び、”無残絵”的なものが流行っているというか、流行らせられようとしている時代風潮というのは感じますし、其の辺りを考えてみたくなる展示でしたね。


 

 
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2019/05
06
[ #1104 ]

第二夜 2


 B  「ふ~~~ん・・・」

 バ  「まあ他にも色々と有るとも想いますが・・・」

 B  「えっ、何が?」

 バ  「そうですね、せっかくなので私が他所の街で知らないバーに入る時の事をもう少し話して見ましょうか・・・」

 B  「酔って行くなって事以外?」

 バ  「そうですね、先にも言いましたが軽くお腹に何か入れてからバーを探して歩きますよね」

 B  「それは聞いた」

 バ  「そう、そうしてそれらしい看板を見つけたら・・・・」

 B  「やっぱ、タベOグか何かで探すの?」

 バ  「いえ、私はあまりその手のものには頼りませんね・・・」

 B  「何で?」

 バ  「まあ、色々と理由は有りますが、基本的に其の手の物とバーって余り相性が良くないと想うのですよね」

 B  「じゃあどうやってバーを見つけるの?」

 バ  「まあ、経験と言うか、勘というか、行き当たりばったりというか・・・・、まあ色々ですね・・・・」

 B  「ふ~~~ん」

 バ  「まあ何はとまれ、それらしい看板を見つけたら入るかどうか決めますよね?」

 B  「まあそうよね」

 バ  「で、此処みたいに階段を上がる店ですと静かに階段を上がり・・・・」

 B  「へぇ~~~」

 バ  「扉の前で深呼吸を何度かして・・・・」

 B  「そこまでする?」

 バ  「そうですね、前の店なんかの空気を持ち込みたく無いですから・・・」

 B  「良くわかんないだけど・・・・」

 バ  「まあそうして置いて、扉を静かに開けますよね・・・」

 B  「バ~~ン、て入った方格好良くない?」

 バ  「いえ、それはアウトですね」

 B  「でも西部劇なんかでやってない?」

 バ  「どうですかね?有るかも知れませんが、でもそうやってスイングドアなんかを派手に開けて入って来るのって、大体が悪役というかやられ役というか・・・そんな感じじゃないですか」

 B  「そう?」

 バ  「そう想いますが・・・、で主人公はやっぱり静かに紳士的に入って来ると想いますけれど・・・」

 B  「まあそうかも知れないけど、バ~~ンって派手に入っちゃいけないと・・・?」

 バ  「ハイ、そうです。」

 B  「何で?」

 バ  「何故って・・・、こうしたバーって皆さん静かに飲まれているでしょ?大きな音を立てると中で飲んでいらっしゃる他のお客様がビックリされるでしょ?」

 B  「そこまで気を使わなきゃいけない訳?」

 バ  「そこまで?と言われると何ですが、基本的に人様の家に行ったりしても、ドアって静かに開けますよね?」

 B  「まあ言われるとそうかも知んないけど・・・・・」


   つづく


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2019/05
11
[ #1105 ]

お好み焼きの物語

 少し前に図書館で衝動的に借り出した本なのです。


  お好み焼きの物語


 「お好み焼きの物語」   近代食文化研究会


 広島県で生まれ育った身としては衝動的に読んでみたくなるタイトルではありますよね?
 著者名が ”近代食文化研究会” とかかれておりますが、もしかすると個人の方のペンネームかな?
 そんな本です。

 内容はといいますと、それこそ”お好み焼き”という物の誕生から普及(主として戦前まで)の過程を当時の文献等から考察ちう内容で、戦後の事に関しては殆ど触れられておりませんのでガイド本的な物では無いですし、広島名物と言われる現代の広島の”お好み焼き”に関しても全くといって良いほど書かれてはおりません。
 しかしそこが良いといいますか魅力的でしたね。
 
 また”お好み焼き”という物の成立を調べる過程において、明治期の洋食(文化)や所謂町中華の成立過程やラーメンの普及に関しても言及されており、また世間に広まっている各種風説の間違いや問題点にも言及されているという、中々の労作。
 何と言いますか、明治期以降の屋台等の路面店で提供される”食い物”全般の歴史と言うか文化に対する考察の書といった内容で、資料的に楽しいですね・・・。
 (唯、個人的には文体?が少しあわないといいますか・・・、まあ私が古い人間故でしょう・・・。唯ひたすらに情報至上主義的といいますか・・・、まあ現代風なのでしょうね・・・という印象です)


 それはさておき、此処に書かれている”お好み焼き”の成立過程、かいつまんで書けば(余り詳しく書いても問題でしょうし・・・)、19世紀初頭辺りに江戸の街中に”焼鍋”という路面商というか屋台的な物が生まれ、それが文政期頃に子供を対象にする要素が強くなり”文字焼屋”と呼ばれるようになり・・・、そうした屋台が日清戦争以降に鉄板で洋食のパロディー的な物を客のお好みに合わせて焼くようになり・・・、其のうち其の中で”天もの”と呼ばれるスタイルのものが”洋食焼き”あるいは”一銭洋食”という名で全国に広がって、それが戦後”お好み焼き”という料理名になった・・・。
 またそれとは別に大正初期前後に店でお客自身が自分で焼くスタイルの店も出来・・・(これは鼻から材料を混ぜてあるスタイル)、東京や大阪で流行るが風俗上の問題で云々・・・・。

 といった感じですかね。


 では私が生まれ育った広島の海岸線辺りだと・・・・。
 少なくとも昭和の50年代(半ば)位までは・・・、そうですねなんと言うか漁師の嫁さん辺りが小遣い稼ぎにやっていて、中学生や高校生が買い食いする”おやつ的食い物”の印象でしたね。
 
 其の辺り色々と想うことも有るのですが、色々と面倒くさくなりどうなので、カウンターの与太話のねたにさせていただくと言うことで・・・。

 しかし其の辺りも含め色々ヒントをいただけた本でした。

 あうあわないは有るかも知れませんが、面白いと思える本でした。

 

 

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2019/05
18
[ #1106 ]

元号

 今月(2019年5月)から元号が令和に変わったのですよね?
 少し前からTV等が姦しく伝えておりましたが、実際に変わってみますと・・・、そうですね、個人的には昭和~平成への移り変わりの時のようには無いですね、まああの時は天皇の崩御から新元号の制定と言うこともありある種歴史の重みといった物も感じられた気もしたのですが、今回はどこかあざといというか何と言うか・・・・政治利用的な雰囲気も感じられる様なそうでもない様な・・・・と。

 まあそれはそれとして、何かの転換点といいますか世の雰囲気も変わるのですかね?
 自分で書いて置いてあれですが、こうした歴史や世の雰囲気の転換点なんてのは、後で”あ~、あの時が転換点だったのか”といった感じで気付くものとも思えるので、今この時点で言ってもあまり意味が無い気も確かにするのですが・・・。

 唯、個人的には何とは無くですが色々と想うことも有りでして・・・・・。

 何と言いますか・・・・・・。


 そう、私自身の人生というか生命も既にその三分の二は過ぎ去ったのだ・・・、という思いを強く感じたのですよね。

 まあ、だからと言ってどうする、と言うことも無いのですが・・・・。

 個人的には相変わらずの”その日暮らし”的な感で日々を過ごしその先に孤独なる死があればそれで良し、という想いでは有るのですが・・・・。
 (だって人以外の全ての哺乳類ってそうして生きていますよね?)(でも、連れ合いに叱られるか・・・?)

 唯それでも、既に肉体的には明らかに下り坂といいますか衰退期に入っているようですし、それに変わって経験に裏打ちされて含蓄といいますか、知恵といいますか・・・が身についたとは想えない訳でして・・・・。ただただ、老醜を曝しながら死に向かって行くのかな?とも想ったり・・・・。

 まあそれも含めおそらくはそれが私の行き方であり、その先に死に様があれば・・・・と想うわけでして。

 唯、出来うれば、もう少しバーテンダーとしてやっていきたいな・・・と想っております。

 と言うことでもう少しばかりお付き合いいただけたら幸いです。


 ますた

 

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2019/05
22
[ #1107 ]

津軽三味線

 先日、津軽三味線の演奏を聴いて来ました。

 一月程前の事、東広島市内某所にてこのようなポスターを目にいたしまして・・・。

 ポスター


 ほう、入場無料なのですか・・・。行き易い場所でもありますし、たまには津軽三味線も良いかな?竹山流なんて書いてあるし・・・、といそいそと出かけてみた訳です。

 会場に到着、演奏が始まってみますと・・・・、
 どうやら地域の津軽三味線教室の発表会・・・といった様子。
 これは一寸微妙かな(皆さん失敗されないかな?等と心配しつつ聴くことに成るか・・・等と)?とも想ったわけですが、何はとまれ最後まで聞かせていただきました。

 と言うのも教室の先生の各曲目に対する説明等が興味深く・・・なるほど、と思わせられる面も多く・・・。
 はい、結構楽しめましたね。

 で、以前も想ったのですが、この竹山流の津軽三味線、なんといいますか”うねり感?”の様なものも感じられ、なんといいますかJAZZっぽいな・・・と。
 また、吉田兄弟や秋田風のものはヘビメタっぽいと言うか・・・・。

 そう、たまには和楽器を聴くのも楽しいのです。

 

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2019/05
30
[ #1109 ]

第二夜 3


 B  「そうかも知んないけど・・・」

 バ  「そうして静かにドアを開けて、一声かけて店内に入りますよね」

 B  「やあ! ・・・とか?」

 バ  「いえそうでは無くって・・・・、そうですね私の場合、”一人ですが今大丈夫ですか?”と言う事が多いですね」

 B  「え?でも看板が点いていれば入っていいって事じゃないの?」

 バ  「まあそれはそうなのですが、其の時の状況等で、お店の都合もあるでしょうしねぇ」

 B  「で・・・・」

 バ  「まあドアマンのいらっしゃるお店ならその方が対応してくださいますし・・・」

 B  「そんなバーって有るの?」

 バ  「カウンター主体のバーですと確かに多くは無いですが有りますよ・・・、ホテルのバー等ですと多いですしね」

 B  「そうじゃない時は?」

 バ  「大体、バーテンダーの方が、カウンターの内から、”どうぞ”とおっしゃいますね」

 B  「断られた事って」

 バ  「余り多くは無いですね、ゼロとは言いませんが・・・・」

 B  「じゃあ、わざわざ”良いですか?”なんて聞かなくてもいいいじゃん」

 バ  「いえ。それでも大事なのですよね、特に小さいお店では」

 B  「なんで?」

 バ  「そうですね・・・、小さなバーって基本的に個人でやっていらっしゃるお店が多いわけですが、それってある種、その方の自宅にお邪魔するみたいなものですからねぇ」

 B  「よくわかんないけど」

 バ  「お知り合いの自宅などを訪ねた時って、勝手にドアを開けて入ったりはしないでしょ?」

 B  「まあ鍵、掛かってるし・・・」

 バ  「それにバーですと知らない者同士ですからね・・・、まあ作法ですね」

 B  「なんかバーってメンドクサイんだね・・・、俺、もういいや・・・・・」


  つづく


 
 



 

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