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2018/11
03
[ #1061 ]

レーサーの死

 先日図書館で借り出した本なのですが思った以上に興味深かったのです。


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 「レーサーの死」   黒井尚志  2006年  双葉社


 図書館でこの本を見つけた際は表紙の写真ををみて ”ああ、セナね・・・・”等とも思ったのですが借り出して読んでみますとこれが硬派かつジャーナリスティックでして非常に好みに合ったのです。

 内容といいますか、此処で取り上げられている死したレーサーは

 1章 アイルトン・セナ・ダ・シルバ & ローランド・ラッツエンバーガー
 2章 福沢幸雄
 3章 河合 稔
 4章 鈴木誠一 & 風戸裕
 5章 高橋徹 & 小河等

 といったラインナップ

 特に2章から4章のある種一連の事故の経緯や其処にいたる当時の日本の4輪レース界の風潮といった物が非常に興味深かく読み応えが有りました(それに対し1章は、表紙がセナで有るにも関わらずモタースポーツ報道の舞台裏といいますか、やや楽屋落ち的な印象も・・・・)。
 でその2~4章辺りの感想といいますか、それを読んで感じた私の主観といいますか、少しばかり記してみたくなったのです。


 日本のモータースポーツ、特に4輪のレースが本格化するのは恐らく1962年にホンダが開設した鈴鹿サーキットの完成が契機であるといって間違いないと思うのですが、その3年後に完成した富士スピードウエイの完成もその後の日本の4輪レースに与えた影響もまた大きかった様に思えます。

 また少々話がずれるかも知れませんが個人的に思うのは、モータースポーツ、或いはスポーツ全般に於いてヨーロッパ型とアメリカ型の物があるといいますか、言い換えると中世からの伝統をどこかに内包した古典的スポーツの流れを汲むものと、その影響の少ない新世界或いは近現代型のスポーツといっても良いようにも。
 そしてヨーロッパ起源のものの本質はそれはやはり”社交”であるという事。古くからの祭りに代表される様な地域同士の社交、例えばロイヤル・シュローブド・タイドに代表されるような物とか、また我が国の”だんじり”等もその類と思えます。また個人スポーツにしても、基は地域の領主同士の”社交”といった要素が強いと思われます。
 対してアメリカ型のそれはどちらかというとレジャー(遊び)であり、そしてショービジネスのしても位相が濃いとも。
 例えばゴルフ等は典型で、ヨーロッパでは”社交”故にドレスコード等が言われる(例えば社交の典型であるパーティー等と同様に)、そしてアメリカではレジャー故にその辺りが緩い訳でしょう・・・。

 何をいいたいかというと、1965年に完成した富士スピードウェイはじつはこのアメリカ的メンタリティーがベースに造られた物であるということ、またそれが後々まで影響を与えてきたと思われる事。

 この本に書いてありましたが、富士スピードウェイの開設はアメリカの自動車業界や自動車レース業界のエージェントである”ドン・ニコルズ”という人間の日本の政財界や興行界への働きかけが切っ掛けで始められた訳でして、その設立には河野一郎代議士や丸紅、富士急行、大成建設、(他、建設地の)等の思惑が影響している訳です。
 言ってみればプロレス等と同じようなメンタリティー、経緯というといいすぎかな?
 そしてまたそれ故に当初はナスカー(NASCAR)向けのバンク付きのオーバルコースで建設予定だった訳ですが、地形の問題やそれに関するスターリング・モスの助言(ヨーロッパ型のロードコースとすべき)も合ったりして、1コーナーが30度のバンク、その後がヨーロッパ的ロドーコース風という、ある種折衷案的な形で開設される訳です。

 其れはさて置き、この富士スピードウェイの完成もあり国内の4輪レースは本格的な盛り上がりを呈し各メーカーもワークス体制のレーシングチームを造り参加を派zめるのですが・・・・、其処はレースの成績が自社の製品の人気や売り上げや直結する自動車会社、まして日本の企業(スポーツ)の体質というか・・・・。
 例えば長く人気だった都市対抗野球などでも、当初は組合運動の抑制の為愛社精神の高揚を目的に企業が始めた要素は強い訳ですし(野球等は特にアメリカ型スポーツの代表ともいえますよね)。
 早い話、利益至上主義といいますか勝利至上主義といいますか、そうした方向に行く訳ですよね(其処に社交といったヨーロッパ型というかスポーツマンシップというかは忘れられていく)。

 そしてその延長線上に有ったのが、第二章の福沢幸雄のトヨタ7のテスト中の事故死で合った訳で、また第3章の河合稔のトヨタ7ターボの同じくテスト中の事故死であると。
 そしてこの2つの事故、恐らく(というか殆ど)車の設計ミスに拠るものと思われるのですが、トヨタはそれを徹底的に隠蔽する訳です。またマスコミや警察も殆ど追及しない。
 (そういえば60年代、本田総一郎がF1等での事故に絡み”レースは走る実験室”といった発言をマスコミに散々叩かれましたが、実は当時最も人命軽視で利益優先主義だったのはトヨタではなかったと思われる)
 
 またそうした日本の4輪メーカーやレース界の体質が4章の1974年の富士GCの大事故に繋がると。


 そう実はこの本のクライマックスはこの1974年の富士GC大事故の検証にあると思われます。
 その事故へ至る流れを作ったのは・・・・
 
 先ずは富士GC主催者の興行主義。
 上にも書いた様に富士スピードウエイはアメリカ型のスポーツ=ショウ・ビジネス(=金儲けの為の見世物)が開設動機な訳で(インディ・ジャパンなんて興行も打っていますしね)。また故の安全軽視といいますか、これは1977年のF1の事故でも言われましたし5章の高橋徹の事故死の際も言われた筈です。

 そして各ワークスチームというか4輪メーカーの勝利至上主義というか利益追求主義というか・・・・。
 60年代後半からこの頃まで、各メーカーのチーム監督等は、ライバルメーカーの車に対しぶつけても勝てという指示を当たり前に出していたし、その結果そうした事が4輪のワークスドライバーの間では当たり前と思われていた・・・・。

 また石油ショックに端を発するワークス系レーサーの解雇問題~選手同士の軋轢・・・・・等々。


 どちらにしろ、この事故を切っ掛けに4輪のレースブームが沈静化し、またレースやスピードといったものが”悪”とされる風潮が強くなり、その後の3無い運動等々に繋がったのは確かでしょう。
 またバブル以降というか84年のLAオリンピック以降スポーツの商業化=ショウビジネス化が世界的に進み勝利至上主義の台等、また変らない日本的体質もありそれが今年のアメフト問題等々にも繋がっている事も実感させられました。


 色々書きましたが硬派で面白い本、レース好き、スポーツ好きの方には一読を勧めたくなる本でしたね。

 
 また、そうして全編を読んだ後に1章のセナの件を読むと其れはそれでまた味があるといいますか、良かったです。

 また5章の話しは、高橋徹というレーサーが東広島出身という事も有り、少々思い入れというか複雑な気持ちも有りで書くことはスルーします。

 
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