2010/02
07
[ #139 ]

 禅とオートバイ修理技術  ロバート・M・パーシグ

            禅とオートバイ修理技術

 禅とオートバイ修理技術  ロバート・M・パーシグ  1990・4  めるくまーる社
 ジャンル  ニューアカデミズム


 全体の流れとしては、作者が友人夫婦及び自分の息子と計4名で、キャンプツーリングをしながら考えた事を書いてあるのですが、オートバイの事、キャンプの事、メインテナンスの事が、具体的に書いてあるわけではありません。


 では、何が書いてあるのか・・・?

 この本に作者が書いているのは、物事の認識の仕方、考え方、感じ方には、ロマン的思考と、古典的思考が有り。オートバイに乗るという行為は、ロマン的である。しかしオートバイが不調になり、それをメインテナンスしようとした場合、このロマン的思考は、役を成さない。そういった場合には古典的思考が必要である。
 そして、この古典的思考にて、世界、或いは自分、自分の内面、他者、自分を取り巻く状況等を認識する行為は、重要でかつ楽しい・・・。
 と同時に、この二つの思考の融合、バランスが大事である。
 更に、多くのアメリカ人はロマン的思考に偏り勝ちで、トラブルになった場合にヒステリー的に成りやすい(その例としての友人)。
 またこの古典的思考、或いはそれによって世界や自分の内面等を認識する作業は禅的である・・・。
 
 といった事ではないかと想うのです。あるいは、作者がツーリングを通してこうした考えをする事が書いてある気がします。更には作者がその行為を通じて自己を再構築する過程。


 ???ロマン的思考、対、古典的思考?
 ゴシック→バロック→ロココ→新古典主義→ロマン主義→印象主義・・といった、西洋の文化の流れから採っているのかどうか判らないですが、初めて読んだ時にはこの二項対立、或いは言葉の使い方に違和感を覚え、最後までこの違和感に引きずられ、しっくりと来なかった覚えが有ります。

 そして何年か後に読み返してみると・・・。
 この、ロマン的⇔古典的、とした考え方。私なりに翻訳すれば、感覚的⇔分析的、表面的⇔内面的、文系的⇔理系的、感情的⇔理性的、形而下⇔形而上、直感的⇔論理的・・・・・・・・・。でも良いのかな?
 そう想って読み返すと、ちょっとすっきりしました。

 しかしだとすると、この古典的と作者が定義した思考パターン。これに近いものを、私は物心付いた頃から当たり前にしていた様な気がします・・・・・。(故に周りから”暗い”と言われる事が有ったのかも知れませんが)
 なかなか他者の思考パターンって判り辛いのですが、意外と日本人は昔からこういった思考の人は多いのではとも想ったり・・・・。

 まあだからこそ、禅といった事も我が国でひろまったのかもしれません。



 閑話休題、確か1980年頃から、根アカ⇔根クラなる言葉が流行りだし、根クラ=悪い。といった風潮になった様な覚えがあります。
 この本の言う古典的思考って、ある種、自分の内面を掘り下げる思考=根クラの思考とも言えるのと思えるのですが・・・・。
 
 何だか1980年頃から、”根アカ=軽い”の思考が持て囃され、世の中の軽薄化が進みその後にバブルがあった様な気もします。特にメディアの軽薄化は一気に進んだのでは・・・・?


 まあ其れはそれとして・・・・、たまにはこういった読み甲斐のある本も良いですよ。

 ますた

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