2010/07
03
[ #188 ]

 雑考37  昔話し

 昔話・民話、といった物も興味を惹かれる対象です。


  


 昔話・民話、その多くは実際にあった出来事が元になっているのでは無いかと想うのですが、それらが現在に至る間、口伝により伝わっていく間に、色々な物がそぎ落とされたり、或いは付け加えられたりして来たであろう事、そこに魅力を感じるのかも知れません。

 付け加えられたものは宗教的訓話であったり、ある種の処世術であったり、生きるための知恵であったり、禁忌であったり、慣習、習慣に基づいたお約束で有ったりするのでしょうが、それらは語り手、聞き手等の共通無意識、或いは共同幻想という物の洗礼を受けている様に想われます。
 また、それらの行為はある種の熟成と呼んで良いのかも知れません。
 この時間による熟成を経た味わいに魅力を感じるのです。
 酒に例えると、日本酒の古酒の様な物かも知れません。
 (だとすると、西洋の民話はワインの古酒の味わい・・・・・?)

 勿論、現実に私が接する事が出来るのは、活字という形態になった物。実際に口伝、語りといった形態で接する事はかなわないので、それらは、ある種、すでに熟成を停止した物なのでしょうが・・・。


 では今の時代に口伝による民話、昔話に近いものと言うと・・・・。(或いは、生きている語り物というと)
 やはり落語、講談、浪花節、浪曲・・・等。といった話芸が近いのでしょうかね・・・?
 民謡や琵琶法師の語り(平家物語等)、鼓女唄等も近いかも知れません・・・。
 この辺りの区別は難しい気もします・・・。

 ”物語”は元々、あの世の”物”の語りであったという説もありますし・・・、そうなると、イタコやユタの口寄せ・・・?
 どちらにしろこの辺り、文字が発明される以前の村の記憶、知恵等は、物語、話として伝えられ、それに節、伴奏等が付いて唄になり、近代ではそれが歌に変わったのでしょうから、基は一緒といっても良いのかも知れません。


 相変わらず、話が脱線してしまいましたが、私等が接する活字となった民話、昔話。
 活字好きの私としては、これはこれで十分に味わえます。(ある種、瓶詰めされた古酒の味わいか?)
 ただ日本の物にしても西洋の物にしても、収集者、編纂編集者の取捨選択と言うフィルターが掛っているのも事実。

 具体的にいえば性的な表現が排除されている事等。
 これは柳田国男の遠野物語にしても、グリム童話にしてもそうですよね。
 これに関しては母親が、子供に読み聞かせをする場合に不都合であったから・・・。という説も有りますが、私としてはやはり、キリスト教の性愛観の影響が強いのでは・・?と感じます。
 現に、江戸時代以前に語られていた物には、性的な表現が溢れていた様ですから・・・。


 江戸末期に日本を訪れた西洋人が、混浴の銭湯等を見て、はしたないと感じた感覚が、民話から性的表現を駆逐したのでしょう・・・。

 脱線ついでに・・・。売春行為に対する潔癖ともいえる禁忌のイメージ(別に売春を奨励する気は有りませんので悪しからず)もこの辺りが基かも知れませんね。
 元来、性は聖なるもの、これに貨幣という俗なる(汚れた)ものがへばり付く事が問題で(少なくとも中世以前までは、貨幣=汚れの意識は強くあったはずです)、これがいつの間にか、性=汚れに摺りかえられてしまった気がします。
 プロテスタントイズムですかね・・・。

 それはそれとして、語り継がれてきた民話に含まれる知恵と言うもの。下手な教育理念なんかよりは、はるかに精神の成長面に効果が有る気がします。だってそれは、人間の無意識に合致するものですから、あるいは、そうしたものが残って来たのでしょうから・・。

 そうした面では、こうしたものが語られなくなってしまった現代が、荒むできたのもせん無い事とも想います。


 どちらにしろ、法律(ルール)で縛らなければならない世の中よりも、お約束(掟)で上手く廻る世の中の方が、自然で幸せな気がします。
 昔話や民話に触れるとそういった事を想います。
 自分の中にあるある種の無意識に違和感を覚えない事が魅力なのかも知れません。

 相変わらずの乱文です。

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