2010/10
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[ #230 ]

 雑考44  飛田新地

 飛田新地も何度か歩いた事があります。
 とは言っても私は”飲む・喫む・呑む”の人間で、基本的には”打つ”も”買う”もしない故、ただ単に街の雰囲気を感じつつ歩き回っただけなのですが・・・。(因みに飛田新地、昔の色街の空気を色濃く残す場所です)


 しかしこの”飲む・打つ・買う”。男の三大煩悩と云われたり、三大遊びと呼ばれたりですが、恐らく人間の関係性、またそこに伴う感情に直結する行為故、そう位置づけられるのでしょう、と同時に付き合い方に慎重さを要する行為に思えます。

 特にそれらが商売となった場合(貨幣、貨幣経済とくっ付いた場合)、いとも簡単に堕落し、社会問題化する気がします。

 どういう事かと言いますと・・・。とにかく安く酔えれば良い、簡単に儲かれば良い、安く抱ければ良い・・・、といった状況に陥り易いのでは?という事。そうして社会問題化し、規制され、禁止されていく・・・、ということ。


 テーマが飛田なので、”買う”の視点で見ますと・・・。
 元々、官許の遊郭が登場するのは16世紀末ですが、当時そうした場所は、武士や貴人をもてなす場所。それ故遊女には先ず、琴棋書画、歌舞音曲の能力が求められ、その延長線上に性的もてなしがあったと思われます。それ故か処女のまま引退した遊女の逸話なんてのもあります。
 情報量の多い江戸吉原でいえば、明暦の大火以降成立した新吉原の頃から、貨幣経済の浸透と供に客層が徐々に変わり始め、享保の改革による大名の遊里出入り禁止令以降は、太夫も揚屋も無くなり客層も変わる・・・。
 その中で芸者が生まれ、色と芸が分離する(勿論、格を守るため色々な足掻きは有るのですが・・・)。
 更に明治維新による自由経済化、法令による娼妓と芸者の分離により完全に性が商品化され、娼妓の悲惨さが増す。  そして敗戦後の赤線・・・。
 こうして色街が社会問題化し、売春禁止法の成立・・・。

 また喫む(飲む)も、紙巻煙草の普及が今日の嫌煙ブームの遠因といえるでしょうし。打つだとパチンコ等のギャンブル依存症の問題の表面化・・・。

 では飲む・打つ・買うという遊び、その堕落化に人々はどう対抗して来たのか?

 先ずは仕来りや作法による意味付け。ドレスコードであったり、初回、裏、馴染といった作法。あるいは建物のしつらえ等・・・。
 行為そのものとは直接関係無い物、無意味に想えるものに意味を持たせる。

 また、行為とは直接関係無いが、本質的に近い物との関係性を守る。
 買うの場合だと、琴棋書画、歌舞音曲。
 明治以降はこれらが独立して花街を形成する訳ですが・・・。(今で言えば祇園等)

 そして、もしかするとこの無意味なものこそが”文化”ではないかと想う訳です。
 人類が貨幣経済(文明)に対抗するために、一見無意味な物、無駄な物に意味を持たせた行為、その結果が有る面文化の正体かとも・・・。

 相変わらず詰らない事ばかり書きなぐっておりますが、私が口を汚させていただいている”酒”の世界も、飲むという遊びの世界・・・。やはり足掻いていかないと、色の世界や、煙草同様、堕落~社会問題化~規制~禁止・・・。といった道を辿りそうな気がします。現に酒の販売規制といった動きも無いわけでは無いでしょうし・・・。


 こうした事を考えさせられる、飛田新地でした。

       外観

 

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