2011/03
26
[ #274 ]

雑考53  前

 初めに、今回の地震被害に遭われた方達が少しでも前向きな気持ちを持ち得る様な状況が、一日でも早く訪れる事を祈ります。


 これより本文

 「前向きに生きろ!」
 なんて言葉は、上司・先輩・教師等が、部下・後輩・生徒等を叱咤する時に使われる常套句でしょうが、其処には「済んだ事、過去の失敗等に拘らず・・・」等と言う枕詞が潜んでいる様にも想われます。(私も前文に前向きなんて言葉を使ってしまいましたが・・・・)

 とすると、前とは”未来”の事なのでしょうか・・・。(あるいは未来は前方に有るという事・・・)


  

 確かにバイクで走っている時などは、明らかに前方に未来が有る気がします。
 目の前に現われる種々の状況(路面状況、コーナー、信号、他のバイク、車、対向車、歩行者、等々・・・)に対応し、その時々に出来るベターな判断を繰り返し、行動し進んでいく。
 それはある種、日々の生活(人生と言うと大げさかな?)とも似ている気がします。
 また道端にバイクを止め走って来た道程を振り返る時は、確かに過去は後方に有る気もします。

 (人生は重き荷を背負い長き道を行くが如し、何て言葉も有りますし・・・。家康だったかな? The long and winding road は、ビートルズか・・・)

 確かに目の前に短期的な目標を設定し、それに向かって努力し達成するといった行為、行き方は、効率も良いし楽な気もします。


 しかしまた、古代ギリシャなどでは過去は前方に有る。といった考え方もされていた様です。
 どういう事か・・・

 直近の過去、すぐ目の前の経験経験はハッキリと認識できる。かなり以前の事はぼやけてあいまいに見える。更に昔の事は遠く霞んで見える。そして未来の事は、背後に有り見えない、判らない・・・。

 そういわれると、確かにそうも思えます。

 またこんな言葉も、
 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ、そして狂人は未来を知ろうとする・・・。

 
 さてどう言う事か?あるいは我々はどうすべきか。
 過去を観て生きるべきか、それとも未来を見て生きるべきか・・・。
 前ってどっちに在るのか・・・。


 恐らく自分が動く時には、未来が前方に、立ち止まった時には過去が前方という事では無いのでしょうか?

 では歴史と経験は・・・。
 個人の経験は所詮、自己に閉じているという事でしょう。

 確かに目先の目標・・・。例えば、次の試験で良い点数を取る。有名大学に合格する、一流企業に入社する・・・。
 で、その先は・・・・?

 結局エゴに成りそうです・・・。個人的欲望。

 そうして考えると、最後は如何に生きるのか?あるいは何の為、誰の為に生きるのか。もっと言えば、何の為に死ぬのか?という目標設定をする事が大事に成る気もします。
 中々難しいですがね・・・・。

 そうしてこの、如何に生きるか?あるいは死ぬか?という事を考える時に歴史に学ぶ必要が有る気がします。(個人的経験を馬鹿にする気は無いですが、やはりそれは、単なる主観の枠から出れないですものね)
 (歴史解釈も所詮主観と言われると返す言葉も無いですが・・・。)


 まあそうやって生きて行くのでしょうし、そうして生きて行きたいと想います。
 前を向いたり後ろを見たり。未来を考えたり、歴史をみたり。ひたすら目の前に現われる現実に対処したり、足掻いたり・・・・・。
 




 追記

 先週叔父の葬儀に参列して参りました。
 知人の死というのはやはり寂しいものです。
 (まあ、今回の叔父は90歳の大往生なので、それなりですが・・・)

 特に近しい人の死は、それこそ人生の意味が減じる気がします。
 そうした時には、やはりその方の思い出等、過去に縛られ易い気もします。

 だからこそ葬儀という鎮魂の儀礼が有るのでしょう。
 過去に区切りをつけ前を向く為に・・・・。

 そう想うと葬儀という鎮魂の儀礼すら叶わない被災者の心中を想うと心が痛みます。

 ますた

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