2011/07
24
[ #307 ]

雑考59  蕎麦

 蕎麦、あるいはそば切りって一寸気になるといいますか、不思議な食べ物?という気がします。
 蕎麦会(懐)席とか蕎麦道場なんて物が成立する訳ですからね。


 日本人にとってある種の想い入れがある食べ物なのかも知れません。
 もしかしたら東日本の方にとって、と言い直すべきかも知れませんが。

 私は西日本育ち故か、蕎麦に対する印象と言えば・・・、大晦日に食べる年越し蕎麦とか、母方の祖母が畠で育てた蕎麦で造ってくれた、そば切りともいえない様な不ぞろいの物とか、蕎麦掻・蕎麦団子等であり、その点東日本の方の様な特別な想い入れは少ないと想うのですが・・・・。


 少々前置きが長くなりましたが、では蕎麦とはどういう位置付けをされている(蕎麦好きの方にとって)食べ物なのか・・・?

 あるTV番組をみて考えた事を書いてみます・・・。



 
 一年程前ですか?たまたまTVを付けていますと、そこで”和の良さ”をテーマとした民放の番組が流れておりました。
 その中の1シーンで、若い女性アナウンサーが成田空港にて外国人に日本人の印象を尋ねるという場面がありました。

 アナウンサー  「日本人にどういった印象をお持ちですか?」
 米国人      「日本人ってマナーが悪いよね」
 アナウンサー  「何故ですか?」
 米国人      「だって、麺類を食べるとき大きな音を立てるでしょ、ほんと不快だね・・・」


 私は思わずTV画面に向かい「テメェ~の様な太ったアメリカ人にそんな事言われたくね~や!!」
 と叫びそうになりました・・・。(実際は心の中で叫んだだけですが)(因みに、本当に肥満体型の米国男性でした)

 それはそれとして・・・。


 で、その米国人の言葉にその番組がどう答えるのか?と観ておりますと・・・。

 マナーを教えているという女性が登場し・・・。
 「日本人は食べ物を食べる音すらも楽しめる風流な民族なのです・・・」
 と答えられ・・・。


 私は思わずTV画面に向かい、「違うだろ!!!」
 今度は声に出してしまいました・・・。
 (TV画面に文句を言うって、私もオッサンですね・・・)

 何故、”違うだろ!!” なのか?

 先ず第一に、食べる音を楽しむという事は個人的な行為、個人に閉じている行為、そこに他者の存在に対する意識は無いですよね。一方、マナーなり作法なりって、他者との関係性に於いてのみ成立する事。
 つまり、全く答えに成っていないという事。

 それに基本的に食事音、食べる口元等、”他者”に聞かせたり、見せたりしないのがマナー、作法の基本ですよね。(数年前に某お茶付けのCMで”食べ方が余りに無作法でTVで放映すべきでは無い”という苦情が殺到したのを忘れたのですか?と、言いたかったですね)



 では、この太った米国人の指摘に、どう答えるべきであったのか・・・。 

 私なりに考えますと。


 基本的に音を立てて食事をするのは日本でもマナー違反です。
 ただ、蕎麦だけは音を立てても良い事になっているのです。
 それは何故か・・・。
 それは蕎麦は”食べ物”では無く、”嗜好品”と捉えられてきた歴史があるからです・・・。

 こう、答えたいです。



 19世紀、江戸で蕎麦が定着する過程において、当時の江戸っ子は蕎麦を食べ物では無く嗜好品として位置づけ様としたという事。
 詰まり、食べ物=腹を膨らませる為のもの生命維持の為に口にする物では無く、嗜好品=趣味、遊び、楽しみとして口にするものとして位置づけた、という事。

 いいかえると蕎麦を食するという行為は、その香りを楽しむ為にする行為であるという事。そしてその香りを最大限に楽しむ為、香りを引き出す為に、口腔内に空気を取り入れる事が許される、という事。
 それはあたかも、ワインのテイスティングのときに口腔内でワインと空気を混ぜる為、口から空気を吸い込む行為と同義である、という事。ワインをテイスティンする時のグズルズルズル~とやる行為と同じ。

 こう、答えたいです。

(しかし例のワインのテイスティングの時、ズルズルズル~とやる行為、実は私は未だに好きになれず内見会等でどうしてもしなければならない時だけ、控えめに行うだけにしております。)



 でも現実にはうどんであろうが、素麺であろうが、皆さん音を立てて食べているじゃ無いですか?と問われたらどうするか・・・?

 確かに今の日本では蕎麦=嗜好品、という認識も忘れられ、麺類は全て音を立てて食す方が増えたのは確かかも知れません。
 しかし少し前までは、人様の前で大きな音を立てて食事する事は(と言うか他人に食事する姿を見せる事自体)無作法で有ると言う認識は有った筈です。
 特に婦女子が人様の前で、麺類を大きな音を立て啜り込むなんて、ありえない行為だった気がします。

 (もう一つ言えば中世から現代に続く日本文化の精神的原点と言えるのは茶道の精神で有りましょうし、またその精神を支えているのは”禅”の思想と言えると思いますが、この”禅”の食事の作法、基本的に声を発しても行けないし、音を立てることも良くない。唯、麺類(饂飩)だけは、少しばかりの音を立てても可とする。その事を”饂飩供養”とという言い方をするそうですが、実はこの辺りが原点かも知れません)


 それが何時から変わったのか・・・。
 明治の文明開化、敗戦に拠るアメリカ文明の流入等もあるでしょうが、この件に関して大きいのは、1971年7月20日、銀座に某Mドナルドが開店した事が大きいのでは無いかと、個人的には思います。
 その後、平時においてさえ街角での立ち食いが肯定される様になってしまったという事。

 結局、日本人の食事マナー、作法を壊したのは、米国生まれのファーストフードチェーン・・・。
 そんな気がします。

 蕎麦は嗜好品として認識される性格をもった食べ物である。という事を語る為に、訳の判らない事まで色々書いてしまいましたが、まあ、バーという嗜好的空間にいる人間の戯言と、笑っていただければ幸いです。 

 ますた 

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