2011/08
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[ #314 ]

雑考60  バー(BAR)

 私の様なカウンターの内側に立っている人間が、バーについて何かしら語るというのは自己宣伝、楽屋落ち、身びいき、等々の謗りを免れない事との認識は当然、持ちあわせてもおりますが、今回は少々甘えさせていただくという事で・・・。
 

 

   
 これより本文。

 最近やたらと「バー」という単語が巷に溢れかえっている気がします。
 ガールズバー、ボーイズバー・・・、更にはサラダバーとかドリンクバー・・・。

 何でもバー、BAR。
 では元来のバーの意味、起源は何であったのか・・・?
 バーとはどういった物、空間であったのか・・・?


 語源としてはその昔、英国で”イン”と呼ばれる馬車宿(商人宿)が発達し(ビジネスホテルに~~インというネーミングが多いのはこの流れでしょう)、その中庭や裏手に馬車用の馬を繋ぐスペース及び横木(バー)が在り、その側では御者たちが一杯引っ掛ける事の出来る飲酒空間が出来た。この辺りが嚆矢でしょう。
 今で言えばハイヤーやバス、タクシー、電車の運転手が一杯引っ掛ける立ち飲み屋といったところですか。

 その後このバーという言葉・飲酒空間が、18世紀頃から米国で発展を遂げ後にカクテルという飲み物と共に世界に拡まり、現在のバーという形態・イメージが出来上がる。

 では何故当時米国でバーが成立、発展していったのか?


 幾つか理由は有りそうですが・・・。

 想うに、それは英国圏の(古いタイプの)パブや、我が国の居酒屋等の成立過程と似た過程を経て成立した物では無いかという事。


 どういうことか?

 元々酒屋(酒の小売店)、あるいは万屋(雑貨店)が、店先で飲ませる様になり、それが飲み屋となっていったと物であるいう考え方。

 では何故アメリカの西部開拓時代にバーという存在が出来たのか?

 米国で瓶詰めのウイスキーが流通し始めるのは、19世紀初頭(確か1815年)。それまでは当然の事ながら、樽詰めのまま流通していた訳で、それは江戸時代に我が国でも酒が樽で流通していた事と同様でしょう。
 そこで庶民(樽ごと購入出来ない人々)は、瓶を持って酒屋へと小売をして貰いにいく訳ですよね。
 (時代劇で浪人や庶民が持っている徳利、あれです。通い徳利、貧乏徳利)
 で、酒屋や宿屋(タバン)等で樽から瓶に注いで貰う。
 この時に店側が、客に酒を味見させる・・・。またそれが嵩じて、その場で飲ませる事が常態化する。居酒屋(かくうち)の誕生ですよね。

 そこで当時、開拓時代の米国。
 西部で一山当てようとする連中が集まって集落が形成される。
 其処には法律も無い、有っても無きが如し。力こそが正義、勝てば官軍、獲った物勝ち、盗んだ物勝ち・・・(基本的にフロンティア・スピリッツの本質、基本はこれですかね・・・・)。

 兎に角、当時の米国では勝手に樽から酒を盗む無法者が沢山居たで有ろうという事。
 そこで仕方なく、店主は樽を置いてある場所(今で言えばバックバー)と客の側の間に仕切りの棒(バー)を渡し、客が勝手に酒樽に近付け無くした。この仕切りの棒(バー)が、その後バーカウンターとなった。
 恐らくこれが(米国的)バーの始まりでしょう・・・。

 バーカウンターを挟んで、客と店主(バーテンダー)が対面(カウンター)する事。これがバーなのだと想います。
 蛇足ながら当時、江戸のに煮り屋や居酒屋等には、このカウンターって見当たらない様に想えます。(鍬形けい斎の浮世絵等を見ると)(それだけ治安が良かったのか?)


 では我が国で、カウンター接客が何故これ程定着したのか?人気なのか?
 屋台文化の影響も有る様にも想えますし。
 (スペインのバルやイタリアのバール何てのも、暖かい地域故屋台的な物に理解があっての定着か?等と、私は勝手に想像します・・・)
 もう一つやはり、茶の湯の文化の影響の様な気がします。
 日本料理の原点は茶懐石に求められるのでしょうし、茶室における主と客の関係って、バーの店主と客の関係を彷彿とさせられる気もします。
 (間にカウンターが無いだけ、あるいは茶席には見えないカウンター、線が存在する)
 
 色々書きましたが。バーカウンターを挟んでの対面接客がバーという事。


 となるとボーイズバーやガールズバー、スナック(広島ではスタンドといわれます)もバーの範疇でいいのか?とも聞かれそうですが、私は良いのではないかと想っています。(私が決めれる事でも無いですが・・・)

 まあ、何を売り物にしているか・・・?という違いだけでしょうから・・・。
 (え?酒売ってんじゃないの?との声も聞こえそうですが)

 ボーイズバーは若い男が中に居る事を、ガールズバーは若い女性が居る事を。カクテルバーはカクテルの技術を・・・等々。
 じゃあスナック(スタンド)は?
 これは恐らくは・・・・・母性?  かな?

 では単なる「バー」は?
 (出来ればバカナリヤは単なるバーでありたいと想っています・・・)

 難しいですが、もしかすると父性の様な物なのかも知れません?

 父性が何であるか?今の時代に父性という物が必要とされるのか?
 難しいところですが・・・・。
 唯、出来ればこの父性と言うやつを頭の片隅にでも引っ掛けて置きたいとは想います。

 ますた






 追記

 お気づきの方も有るやも知れませんがこのカテゴリー、テーマを”しりとり”として書いてきました。
 そして今回が「バー」。
 「ー」で終わってしまいました。

 今回で調度60回、人間であれば本卦返り(還暦)。良い頃合かな?という事で最後にさせて頂こうと想います・・・・。



 

 追記2

 今回、バーについて言いたい放題、書かせて頂いたついで、といっては何ですが。
 自己宣伝ついでに、以前中国新聞夕刊に掲載して頂きましたバーをテーマとした雑文。以下に書かせていただきます、興味の有る方は読んでやってみて下さいな・・・。

   








    「バーの愉しみ」

 「バーではどのような飲み方をすればよいのですか」。しばしば尋ねられることがある。
 そうした時、こう答えることが多い。
 「堅苦しい決まり事はないですよ。どうぞ素の自分に戻ってリラックスしてください。ただできることなら、そのためにも一度一人でカウンターに座ってみてください」

 人にはそれぞれ立場、肩書がある。社会における立場、家庭における立場、そのほかの立場。
 それらが人間を規定しているともいえる。
 立場に見合った行動を求められる。 
 しかし、そこから離れ一人の人間に戻る時間、空間があってもよいのではないだろうか。
 バーのカウンターはそうした場所である。

 カウンターで、肩書きを離れた個人が交わすたわいのない会話。
 その会話が混ざり合い、広がりを持ち、高まってゆく。
 そうしてバーの時間、空気がつくられてゆく。
 それはある種、即興演奏にも近いとも想える。
 そこにバーの愉しみがある。

 その会話に加わるもよし、聞き耳を立てるのもよい。
 あるいはその空間で酒と語り合うのもよい。


 ご存知のようにバーには、たくさんの酒がある。
 この多くの酒、それぞれに歴史があり、造られた場所があり、造り手の思いもある。
 それらに思いを巡らせ酒と対話することは、バーのもう一つの重要な愉しみである。

 こうしたバーという空間の愉しみを守り、伝えていきたい。

 バカナリヤ・バー 店主

  

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