2011/10
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[ #332 ]

大日本職業別住所入明細図

               三津町

 大日本職業別住所入明細図内 廣島県賀茂郡三津町  1926・12  発行人 平田嘉吉
 ジャンル 古地図
 



 明確なる理由が有る訳では無いのですが、古い地図に惹かれます。
 現在では寂れてしまった地方都市にもそれぞれに賑やかであった時代も有り、またその理由の有った事が解りますし、そこに多くの人々の生活が在った事にも想いを馳せる事が出来る故かも知れません。
 それとは逆に、現在高層建築の立ち並ぶ場所にも当然、過去の歴史が存在していた事も。


 そこでこの地図ですが、大正末期の廣島県賀茂郡三津町(現、東広島市安芸津町大字三津地区)の職業別明細図(コピー)です。
 
 先ず、発効日が大正15年12月25日と記されている事がちょっと嬉しいです。
 この日は昭和元年12月25日でもあります。

 この大正から昭和にかけての時期、こうした地図が多く作られていた印象があります。
 大きな都市に関しては昔から多く作られた気もしますが、地方の街の物(この地図の様な物)や、宣伝広告の為作られた鳥瞰図等も多く作られた時期に思えます。



 閑話休題、現在のこの地区。JR安芸津駅前周辺地区といいますと、かなり寂れた印象を受けますが(他の地方の小都市同様・・・)、この地図を観ますと当時の賑わいを感じます。
 (人口的には意外と現在と同程度かも知れませんが、凝縮した観があります)

 また当時、酒造に寄り街が成り立っていた事も感じられます。
 (安芸津杜氏、三津杜氏の本拠地ですからね)

 一寸数えてみますと酒の醸造所が約10ヶ所。全てが自社銘柄で出荷していたかどうかは定かでは無いですが、結構な数だと想います。
 他に樽製造所が8ヶ所、樽縄製造なんて物も在ります。

 また私好みで言えば芸妓置屋なんてのも3軒程、旅館等が8軒程・・・。

 それ以上に今と異なるのは、物販、個人商店と想われるものが沢山あります。

 
 酒造に関しては地域性等、色々特殊な事情もあるでしょうが、この個人商店の減少は他の寂れつつある地方都市(各所のシャッター通り)と共通の現象、事情では無いでしょうか?


 勝手な想像ですが、交通手段の発達が一つの要因にも成っていると想えます。

 この当時、この三津町から西に竹原、忠海、三原・・・と、約10km置き位に街が成立していた気がします(そういえば、東海道53次も約10km間隔の様にも想えます)。
 もしかすると庶民の一般的移動手段(当時までは徒歩として)、2時間程度がある種の目安かとも想ったり・・・。
 そうなりますと・・・、結局自家用車の普及等が地方の街の中心部を衰退させた一因なのかとも想われたりもします。
 またビジネスユースでの新幹線、飛行機の利用の一般化を想うと、地方の大きな都市すら東京からの時間距離から考えると衰退せざるを得ないか・・・?等と想ったり・・・。

 勿論メディアによる(商業的)情報の氾濫(情報距離)や高層建築の乱立、大規模店舗法・・・。色々な要因はあるでしょうが・・・。


 何だか変な方向に話が向かってしまいましたが、こうした古い地図を眺めておりますとその時代、其処にも多くの庶民の生活が在った事や、賑わいの在った事、またそれが種々の事情に依り現在の様に変わった事等々。色々の事に想像が拡がり飽きないのです。

 まあ古い物に限らず地図を眺めておりますと時間を忘れてしまう私ですが、特にこうした古めの地図に興味を引かれる事が多く成ったのは、もしかすると年齢的なものかとも想う昨今です。

 ますた
 

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