2011/12
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[ #353 ]

文藝春秋 2002・1月号

                  文藝春秋

 文藝春秋(2002・1月号)  2002・01  文藝春秋社
 ジャンル  月刊誌

 2002年1月号の文藝春秋です。発売されたのが2001年の12月という事で、調度10年前の文藝春秋です。

 文藝春秋、定期購読している訳ではないのですが、想い付いた様に購入する事が有ります。理由という程の物は無いのですが、しいて挙げれば文字数の多さですかね(笑)。この適度な読みごたえが好みかも知れません。
 気になった特集の時等にたまに購入。
 この号もそうだったと記憶しております。
 
 この号のその特集ですが・・・。

 「遺書」


 文藝春秋、定期的に”死に様”といったテーマの特集を組まれる様で(最近一寸マンネリ気味か?)、この号もそうした方向です。


 想えば現代思想の嚆矢と言われるデカルトのコギト。「我想う故に我在り」って奴。しかしこの言葉の中には自分しか無いのですよね。他者も無ければ社会も歴史も、ましてや「死」なんて存在しない。
 唯、我(自分)が有るだけ・・・・。

 この辺りがスタートの故か現代思想って、結局、餓鬼(子供)の思想に成り易い気がします・・・。

 振り返ってデカルト以前、特に我が国に於いて最も確かに想えた事は”考えている自分だけは否定できない”では無く・・・、”何時かこの自分の肉体は確実に死を迎える”という事だった様に想えます。(現代は「死」を見ない様にしている?或は生老病死から逃避している・・・?)

 故に近代以前には、確実に訪れる「死」にどう意味を持たせるか?何のために死すか?誰の為に死すか?という考え方が有った気がします。そして見事な死に様を成し遂げる事を”天晴れ”と・・・。



 前置きが長くなりました・・・・。

 そこでこの号ですが、多くの方の遺書(あるいはそれに類する物)が掲載されています。

 先ず目に付くのはやはり軍人の方。
 江戸時代まで、武士は死の覚悟を求められた身分でしょうし、また武家にも死の作法が在った様に想えます。明治維新以降に徴兵が始まり、武家以外の出身の兵が多くなり、結果、靖国神社がああいった型で成立するように成ったのでしょうが・・・(身内の死に対する作法を持たない遺族の為、詰まり武家以外の遺族の為)。
 そして武士・武人は存在しなくなった・・・等といわれている気もします。が彼らの遺書を読みますと、少なくとも現場の兵士には武人の覚悟を抱いた方も多かった気もします。
 またそれとは少し異なるかも知れませんが(以前知覧でも拝読した覚えも有ります)、特攻隊士の方の遺書にはやはり心を動かされる気がします。

 軍人以外の方ですと自死された方の遺書と、病老死の方のものに分けられる気がします。(他に事故死の方、登山家の方の物)


 どちらにしろ「死」という絶対的な物に直面した、或は意識した文章という物にはある種の空気を感じます。



 今年2011年は大きな震災もあり、実は「死」という物が思った以上に身近に存在する事を実感させられた年では無かったか?と想えます。
 たまには「死」という物の存在を意識し、表裏一体の「生」という物を考える事も良い気がします。
 一年の区切りの時期ですしね・・・・。

 
 因みにこの号に掲載されていた遺書、辞世の句等の中で私のお気に入りは・・・・。

 落語家、三遊亭一朝氏の

 「あの世にも 粋な年増が ゐるかしら」
 
 こんな洒脱な辞世が読めるにはまだまだ遠いですが・・・・。






 追記

 このカテゴリー「マスターの本棚から」も今回で調度60回。人で言えば還暦。
 今回で最終回とさせていただきます。
 また気に入った本に出合えたら、その都度アップするかも知れませんが・・・・。

 ますた 

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