2012/02
17
[ #365 ]

戯言 2月 忠臣蔵

 以前”忠臣蔵について想う事を書くかも知れません”とアップした記憶があります。
 年末年始の所為か忠臣蔵の話題をテレビ等で良く耳にするような気がします故、今回はその辺りの事を・・。
 とは言っても私自身、歴史等詳しくは無いので単なる言いたい放題ですが・・・。

 歴史としての赤穂事件、或いは歌舞伎の忠臣蔵や講談の赤穂義士伝等、多くの方が分析をされていまので、私の様な素人は楽しませていただくだけでよいのでしょうし・・・、ただ想うのは、江戸中期以降この手の仇討ち物が庶民に非常に人気であったと想われる事です。

 現実にどれ程の仇討ちが実施されたは定かでは無いですが、読み物、劇としては非常に人気であったと想われます。

 初夢の”一富士二鷹三茄子”というのも曽我物語、忠臣蔵、鍵屋の辻から来ていると言われてますしね。
 初夢でそれらを見る事を良しとする訳ですから”仇討ちこそ人間の本懐、最も天晴れ”という感情や想いが江戸庶民には有ったのでしょう。

 尤も江戸庶民だけでなく忠臣蔵(仇討ち物)。戦後の一時期に占領軍に上演を禁止されていた時を除き最近まで人気ですし、TV時代劇の”必殺シリーズ”何て物も仇討ち物と言えそうですしね。
 結局、江戸中期から20世紀まで日本人、仇討ちを肯定する(或いは評価する)メンタリティーを持っていたのでしょう。

 勿論、御成敗式目にすら既に仇討ちを禁じる令がある事を考えると、日本人の共通無意識に有るといっても良いのかも知れませんし、世界中にありそうですが・・・。

 閑話休題、では仇(アダ)とは何だ?仇討ちとは何だ?となりますと・・・、辞書では”仇=かたき、恨み”と書いてありますが、何となくしっくり来ないです。

 そこで私としては・・・・。

 ”恩をもって仇に報いる”とか”恩を仇で返す”といった言葉が有る様に、「恩」の反対の意味では無いかと思えます。
 「恩」というと慈しみとか、優しさとか、善意に近い様に思えますので、「仇」というと「悪意」が近いのかと想ったり。
 そこで仇討ちとは、何者かの悪意に拠り死に至った(非業の死をとげた)人間のうらみ、おもい等を死者になり替わって晴らす行為と定義付けできそうです。

 そこで江戸中期、元禄バブルと言われたりもしますが、都市部においては庶民にまで商品経済、貨幣経済が浸透し、庶民が不条理(非業)と想う事象(貧富の差等)が増えたのが、仇討ち物が受けた遠因の一つかとも想えたもりします。

 その後明治となり、確か明治6年2月に敵討ち禁止令が出される事となる。

 これの意味をどう考えるのか・・・。

 確かに敵討ちといえど人を殺めるわけですから”殺さず”の戒めを破る(罪を犯す)訳です。詰まりは”罪の連鎖が起きる”とも言えるかも知れません。
 そこで敵討ち禁止令は、その連鎖を止めるという面が有る様に想えます。

 それは今風に言えば、被害者家族のうらみ、おもい等を為政者が成り代わって果たすという宣言でも有った面もある様に想えます。

 それをふまえた上で、確か昨年の死刑の執行数は”0”であったと記憶します。
 と成りますと、最近はこの”為政者が被害者家族に成り代わりおもいを果たす”という視点、義務は放棄されたのかも知れません。(というか戦後民主主義、人道主義ではタブーなのかな?)


 言いたい放題ついでにもう一つ。
 仇=悪意に近い?等と書きましたが、とすると仇討ち物は究極の勧善懲悪物とも言えそうです・・・。

 近々、代表的勧善懲悪物である水戸黄門も打ち切りとか・・・・。
 何だか寂しいですね・・・。(好んで観ていた訳では無いですが)

 現代では水戸黄門における悪代官や、それと結託する井筒屋(?)こそが町(地域)を活性化している。何て意見も多いそうですし、水戸黄門も打ち切りは中央集権から地方分権への象徴だ・・・という意見もあった様な・・・。


 それでも私は勧善懲悪物のドラマは大切な気がします。
 場当たり的に刑法を改正するよりよほど効果的なのではと・・・。

 この判り易い、皆が納得しやすい(そして、適度にゆるい)善悪観というものはやはり大事な気がするのですがね・・・。
 
 忠臣蔵の話が変な方向に行きました(笑)。

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